aklib_story_命の芽吹き

ページ名:aklib_story_命の芽吹き

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命の芽吹き

クエルクスのアーツは怪我と痛みを治し、植物を成長させることができる。しかし今度の件は一体……ぐんぐん大きくなっていく大樹から「生えて」きたのは、なんと一人の男の子!?


[痩せ細った子供] おなかすいた……

[痩せ細った子供] あれ……なんかすげぇいい匂いがする!

[ひもじい屋台の店主] なぁ、例の噂は聞いたか?

[ひもじい屋台の店主] 何って……ドルイドのお宝の噂だよ! もうそこら中この話題で持ちきりなんだぜ!

[貧しい屋台の店主] 知らねぇ。興味ない。どーでもいい。

[貧しい屋台の店主] もし本当にそんなお宝があったとしても、どうせお偉いさんの総取りだろ。俺たちみてーな底辺にゃ回ってこねぇよ。

[ひもじい屋台の店主] そんな横暴許されてたまるかよ。

[ひもじい屋台の店主] ハッ、こんなザマになっちまったのも当然の報いだってのか?

[貧しい屋台の店主] まぁ、その話はひとまず置いといてだ……

[貧しい屋台の店主] お前の商品がさらわれそうになってるぜ。

[痩せ細った子供] (お宝……兄ちゃんも探してるとか言ってたっけ?)

[痩せ細った子供] (それよりも、店主の気が逸れている今のうちに……)

[痩せ細った子供] (あちちッ!)

[ひもじい屋台の店主] コラァ!

[ひもじい屋台の店主] 俺のもんを盗るとはいい度胸だな!

[痩せ細った子供] クソッ! 喰らえっ!

[ひもじい屋台の店主] *ヴィクトリアスラング*! 屋台まで滅茶苦茶にしやがって!

[ひもじい屋台の店主] 待てコラァ!

[ビタールート] 傷の具合はどうだ?

[クエルクス] もう大丈夫。

[クエルクス] ドクターからの連絡はまだ届いていないの?

[ビタールート] ああ。ロンディニウムに入ってから連絡が途絶えてる。あらゆる通信手段を試したが、今のところコンタクトは取れてない。

[ビタールート] そっちの状況は?

[クエルクス] 情報はもう流してあるよ。

[クエルクス] その情報をどれだけの人間が信じるかはともかく、少なくとも公爵側は、私たちが調査を名目に公爵領北部の辺境に駐留することを黙認してくれている。

[クエルクス] 必要とあらば、いつでもドクターたちを迎えられる状態だよ。

[ビタールート] そうか……ならいい。

[クエルクス] まずはこの情報を本艦の方に知らせておこう。

[クエルクス] ドクターたちならきっと無事だから。

[ビタールート] そうだな。

[ビタールート] それと、あの難民キャンプにいる子供たちは……

[クエルクス] みんなここに連れてきてあげよう。

[クエルクス] ここの方が……ずっと安全だから。

[ビタールート] おっと、スージーさんが来たようだ。

[ビタールート] そんじゃ、俺はお先に失礼させてもらうよ。

[クエルクス] スージーちゃん、しっかり休んどきなさいって言わなかった?

[クエルクス] こっちの仕事なら……

[クエルクス] 私だけでどうにかなるから、別に手伝いはいらないよ。

[ゴールデングロー] ……

[クエルクス] 不満そうな顔してどうしたの?

[ゴールデングロー] ここの通り、それに街そのものも……すごく変わりましたね。

[ゴールデングロー] こんなにたくさんの警備隊が街中を歩いてるところなんて、初めて見ましたし……

[ゴールデングロー] みんなどこか緊張した面持ちで、忙しそうに行き来してます。

[クエルクス] ……

[クエルクス] ロンディニウムが今どういう状況になっているのか、誰にも分からないからね……みんな落ち着かないんだよ。

[クエルクス] あそこから逃げてきた人たちも増えてるけど、聞ける話は断片的なものや矛盾するような情報ばかり……

[クエルクス] それがかえって恐怖とデマの原因になっちゃってるんだよね。

[ゴールデングロー] クー姉、そうやって誤魔化さなくても……なにが起こったかくらい私も知ってます。

[ゴールデングロー] 皆さんが忙しいのも知ってます……だから私も何か力になりたいんです。

[ゴールデングロー] グラニさんにしたって、最初は難民キャンプやクー姉の状況を全然教えてくれなかったんですよ。

[ゴールデングロー] 私を心配してのことだって……わかっていますけど、でも……

[クエルクス] スージーちゃんは優しい子だからね。

[ゴールデングロー] へ?

[クエルクス] ……ほら、この葉っぱ――虫食いの痕とか、日灼けの痕が残ってるでしょう?

[クエルクス] 今起こってることも、いつかは全部誰かの手で片付けられる。

[クエルクス] その「誰か」は私かもしれないし、グラニとか、他の人たちかもしれない。

[クエルクス] その結末がハッピーエンドかバッドエンドかはわからないけど――

[クエルクス] 時が経てば、ほとんどの人たちは、きっとここで起こったすべてのことを忘れてしまうでしょうね。

[クエルクス] でも、その渦中にいた当事者たちは忘れられないんだ。この葉っぱに付いた痕みたいに、永遠にその身に刻まれるんだよ。

[クエルクス] だからね……

[ゴールデングロー] でも、私はもう子供じゃありません!

[ゴールデングロー] クー姉!

[クエルクス] ……

[ゴールデングロー] 見てください。これ、私が焼いたパンなんですよ。ロドスで作り方を学んだんです。

[ゴールデングロー] 私たちのおやつは、これまでずっとクー姉が作ってくれていましたよね……

[ゴールデングロー] だから私も……こういう小さなことからでも、クー姉のお手伝いができたらいいなって――

[ゴールデングロー] 皆さんの力になれたらいいなって思ってるんです。

[クエルクス] うん、スージーちゃんの想いは伝わってるよ。

[クエルクス] それでもね、心配しちゃうんだよ。

[ゴールデングロー] え?

[クエルクス] 私たちの大事なスージーちゃんのことも、グラニのことも、それからあの子供たちのことも……いつだって気がかりなんだ。

[クエルクス] 難民キャンプに響くのはいつも、苦しげな悲鳴と、絶望の嘆きと、欲望に満ちた怒号だけ。

[クエルクス] 私はこれまで、まだ死にたくないと願う人たちや、心に未練を抱いている人たちに突き動かされて、人々の間に蔓延る病の影を払おうと全力を尽くしてきた。

[クエルクス] もちろん、命の終わりをすんなりと受け入れる人もいたよ。そんな人たちに対しては、安らかに大地へと還るその最後の時まで、付き添ってあげた。

[クエルクス] だけど絶え間なく広がる疫病は、人々が還るふかふかで湿った土まで干からびさせてしまうんだ。

[ゴールデングロー] ……

[ゴールデングロー] だからクー姉は、キャンプの子供たちを全員ここへ連れてくることにしたんですか?

[クエルクス] そうだね……

[クエルクス] 生まれたばかりの苗木にとって、あそこにあるものはどれもこれも息苦しい存在でしかないからね。

[クエルクス] でもね……

[クエルクス] 私はスージーちゃんの実力と勇気を疑ったことは一度もないよ。

[クエルクス] だからスージーちゃんさえよければ、これからもここに来てあの子たちと一緒に遊んであげて。

[ゴールデングロー] はい!

[ゴールデングロー] それともう一回言っておきます!

[ゴールデングロー] 私はもう子供じゃありませんからね!

[ゴールデングロー] それにしてもクー姉って……本当にすごいです! だってアーツで枯れてしまった植物を蘇らせることができるんですから。

[ゴールデングロー] クー姉や他の皆さんがいれば、何もかもきっと良い方向に進むはずです。

[クエルクス] ……

[クエルクス] アーツだって万能じゃないけどね。

[クエルクス] たとえば、あの隅っこの木がいい例だよ。

[クエルクス] あの木は病気で痩せ細ってしまって、もう……

初秋の夕暮れ時、クエルクスは穏やかに庭園で佇みながら、聞こえてくる音に耳を傾けていた。

命の悲鳴が、風の音に混じってはっきりと聞こえてきた。

[ヘイズ] うにゃ……

[ヘイズ] ていうか、ドルイドのアーツを見るのはこれが初めてだにゃ。

[ゴールデングロー] わわっ! ヘイズさん、いつからいらっしゃったんですか?

[ヘイズ] ずっといたよぉ。

[ヘイズ] 噂じゃドルイドは木々の会話を聞くことができるらしいねぇ。

[クエルクス] 「会話」って言うとちょっと違うかな。

[クエルクス] あれは大地と生命の根で繋がっているもの同士の感情伝達ってだけだからね。

クエルクスが古の呪文を囁くように唱えると、彼女のアーツはまるで夜空から降り注ぐ星の光のように、大地へと染み込んでいった。

そして激しい振動と共に、苗木は地面を割って、果てしない空へとその最も優美な姿を広げていった。

枝には新芽が萌え、生命の息吹を吐き出す。

[ゴールデングロー] うわぁ!

[ゴールデングロー] 一瞬で大きくなりましたね!

[クエルクス] そうだね。

[クエルクス] ほんの一瞬で。

[ゴールデングロー] あれ……待ってください!

[ゴールデングロー] クー姉! 木の……木の上を見てください!

[ゴールデングロー] 木から子供が生えてきましたよ!

[バント] お宝が見つかったら、俺たちの取り分は六割だ。

[バント] 俺と弟が三割ずついただくってこった。

[バント] 俺に働いてもらいたけりゃ、これ以上は負からないね。

[小柄な傭兵] 噂に名高いバントさんも随分落ちぶれたもんだと思ってたが……

[小柄な傭兵] まさかまだそんなに太々しい態度でいられるとはな。

[バント] ならここでお前らとやり合ってもいいんだぜ?

[小柄な傭兵] ……

[小柄な傭兵] お前ごときに俺たちがビビると思うなよ。

[小柄な傭兵] うぐっ!

[バント] もういっぺん言ってみろよ?

[小柄な傭兵] うっ……

[小柄な傭兵] さっ、三割だ、お前の言う通りでいい。

[バント] 俺と弟がそれぞれ三割ずつ、そうだな?

[小柄な傭兵] あぁ、そ、そうだ!

[バント] よし。じゃあもう失せろ。

[小柄な傭兵] あぁ……

[バント] いや待て、それより俺の弟を見なかったか?

[小柄な傭兵] ええっと……

[小柄な傭兵] あいつなら、さっき近くの屋台で見たぞ。

[バント] ったく、手のかかる野郎だ! あれだけ大人しくしてろって言ったのに!

[バント] いつもいつも……あぁもう頭にくる!

[小柄な傭兵] お、おい……

[クエルクス] いつまで隠れているつもりなのかな?

[クエルクス] ボクちゃん。

[痩せ細った子供] お、おい!

[痩せ細った子供] こっから下ろせ!

[ゴールデングロー] わわっ、どこの子でしょう?

[ゴールデングロー] 私が……下ろしてあげるからね。

[ゴールデングロー] 危ないから気をつけてね……

[クエルクス] ……

[ゴールデングロー] きゃっ!

[ゴールデングロー] なっ……私のパンが!

[ゴールデングロー] ちょっと、なにするのっ!

[痩せ細った子供] おれはハラがへってんだ! いっぱい持ってんだからケチんなよ!

[クエルクス] こら! 君!

[痩せ細った子供] (小声)う、うめぇ……

[痩せ細った子供] あっ、そうだ!

[痩せ細った子供] お前らさっきドルイドの話をしてただろ!?

[痩せ細った子供] ドルイドのお宝の噂はおれも知ってるぜ。いま兄ちゃんが探してるとこだけど……

[痩せ細った子供] お前ら、何か知ってるだろ! 早く教えろよ!

[クエルクス] 知ってたとしても……

[クエルクス] どうして君に教えなきゃならないのかな?

[痩せ細った子供] だってそういう決まりだろ。

[痩せ細った子供] この話を知ってる奴みんなで分け合うんだって、兄ちゃんが言ってたぞ!

[ゴールデングロー] ……

[ゴールデングロー] 君ねぇ……

[ヘイズ] やんちゃな子だにゃ。

[痩せ細った子供] もしおれに教えなかったら……

[痩せ細った子供] 兄ちゃんにチクってやるぞ! 兄ちゃん相手に秘密なんて無理だからな。

[痩せ細った子供] 兄ちゃんはな、すげぇんだ!

[痩せ細った子供] すごく、すごーく、すげぇんだからな!

[クエルクス] ……

[クエルクス] はぁ……そうなんだ。

[クエルクス] じゃあボクちゃん、一つ質問だけどね……

[クエルクス] 秘密を知っちゃった君を……私たちがみすみす逃がすとでも思ってるのかな?

[痩せ細った子供] なっ!

[痩せ細った子供] 何するつもりだよ! こっち来んな!!

[痩せ細った子供] おれはそんなんじゃビビらねぇからな!

[痩せ細った子供] おれだって超すげぇんだ!

[ゴールデングロー] この子……もしかして感染者!?

[ゴールデングロー] アーツユニットは持ってなさそうですし……

[クエルクス] このおバカさん!

[クエルクス] アーツを使えたらカッコいいとでも思っているの?

[痩せ細った子供] へへ~ん!

[痩せ細った子供] その通り! おれはアーツが使えるんだぜ!

[痩せ細った子供] 兄ちゃんにはかなわねぇけど、ナメんじゃねぇよ!

[クエルクス] こら!

[クエルクス] 自惚れるのもいい加減にしなさい!

[痩せ細った子供] な、なにするつもりだよ!?

[クエルクス] フンッ。

無数の蔓が頭上の樹木から垂れたかと思えば、子供が避ける間もなく全身に絡みつき、その身体をがっちりと捕らえた。

束縛から逃れようと暴れる子供の姿は、まるでパニックを起こした幼い獣が歯をむき出しにして必死にもがいているかのようだった。

[痩せ細った子供] おい!

[痩せ細った子供] なんのつもりだ!

[クエルクス] 言うこと聞かない子には――

[クエルクス] お尻ぺんぺんだよ。

[痩せ細った子供] いたっ!

[痩せ細った子供] ううぅ……

[痩せ細った子供] に……兄ちゃんを呼んでやる!

[クエルクス] そうやって好き勝手にアーツを使うのがすごいとでも思っているのかな?

[クエルクス] アーツユニットを使わずにそんなことしたら、鉱石病がどんどんひどくなっちゃうんだよ。

[痩せ細った子供] でもおれの兄ちゃんだってそうしてるぞ!

[痩せ細った子供] 兄ちゃんはいつもアーツを……

[クエルクス] 君のお兄さんが?

[痩せ細った子供] でも、鉱石病もどんどんひどくなって……あっ……

[クエルクス] こういうことは君のお兄さんから教わったの?

[ゴールデングロー] クー姉、その子が今落としたのって……

[ゴールデングロー] クー姉が仕入れてくれた鉱石病の治療薬なんじゃ?

[痩せ細った子供] あっ! それはおれのだぞ!

[痩せ細った子供] クソッ! 返せよ!

[痩せ細った子供] それは全部おれが見つけたもんなんだ!

[痩せ細った子供] タンスん中に置きっぱなしで、誰も使わねぇもんならもらってもいいだろ?

[クエルクス] それを泥棒って言うんだよ。それはそれとして……

[クエルクス] 今後、絶対に好き勝手アーツを使わないこと。もしこれからも生きていきたいんならね。

[クエルクス] 分かった?

[痩せ細った子供] ……知るもんか。おれはビビらねぇぞ!

[痩せ細った子供] 兄ちゃんが……兄ちゃんが言ってたんだ。こうすれば誰もお前をいじめたりできないって!

[痩せ細った子供] おれの兄ちゃんはお前なんかよりもずっと強ぇんだ! 兄ちゃんは必ずおれを助けに来てくれる!

[クエルクス] ってことは、君はお兄さんに言われてこんなことしてるのかな?

[クエルクス] これを盗んでこいって、そう言われたの?

[痩せ細った子供] ……

[痩せ細った子供] ちげぇし!

[痩せ細った子供] おれの兄ちゃんが来たらお前なんか……

[クエルクス] じゃあ聞くけどね――

[クエルクス] もしお兄さんが、本当に君の言うようなすごい人だったら……

[クエルクス] どうして君にこんなことをさせてるの?

[痩せ細った子供] おれは……

[クエルクス] そのお兄さん、今君がこの辺りにいるって知っているの?

[クエルクス] ここに来ること、お兄さんには言っていないんじゃないのかな?

[クエルクス] もしいつまで待ってもお兄さんが来なかったらどうするつもり?

[クエルクス] もし……このまま君を蔓に絡まったままにしておいたら、お兄さんは本当に君を見つけ出してくれるのかな?

[痩せ細った子供] に、兄ちゃんは……

[痩せ細った子供] グスン……兄ちゃんは……

[ゴールデングロー] (小声)クー姉、ちょっと言い過ぎじゃないですか?

[ゴールデングロー] (小声)たしかに子供とはいえ……盗みは悪いことですけど。

[クエルクス] (小声)だったら、私たちのスージーちゃんもまだまだ子供だってことだね。

[クエルクス] じゃあもし……私たちが君をここから連れ去ることにしたら?

[クエルクス] もしもう二度とお兄さんに会えなくなっちゃうなら……

[痩せ細った子供] いやだっ!

[痩せ細った子供] そんなのいやだよ……おれ……

[痩せ細った子供] もう兄ちゃんに会えないなんていやだよぉ……

[クエルクス] じゃあ正直に言ってもらえないかな。

[クエルクス] まずは、どうしてこの薬を盗んだの? それから、ドルイドのお宝を探している理由も教えてくれる?

[痩せ細った子供] ……

[痩せ細った子供] それは、兄ちゃんが必要みたいだから……

[痩せ細った子供] ロンディニウムを出てから、兄ちゃんは助けられてばっかなんだ……兄ちゃんはいつも、ゴドズィンにはお宝が眠ってて、それを掘り起こせばいい暮らしができるって言ってた。

[痩せ細った子供] 兄ちゃんは本当にすげぇんだ! 兄ちゃんのおかげで、おれたちは一度だっていじめられたことはないんだぞ!

[痩せ細った子供] でも兄ちゃん、最近どんどん具合が悪くなって……いつもこっそり薬を飲んでるんだ。

[クエルクス] 薬って、これと同じの?

[痩せ細った子供] わからねぇけど、それと似たやつだった。

[痩せ細った子供] おれだってもう助けられてばっかのガキじゃねぇからさ。

[痩せ細った子供] 兄ちゃんの力になりてぇんだよ……

[痩せ細った子供] もしおれがお宝とか、薬を手に入れれば。

[痩せ細った子供] 兄ちゃんもきっとすげぇ喜んでくれるはずなんだ!

[クエルクス] ……

[ゴールデングロー] ……

[痩せ細った子供] だからさ……

[痩せ細った子供] お願いだよ、おばさん。

[痩せ細った子供] おれに……

[クエルクス] 事情は分かった。

[クエルクス] それでも、今すぐ君に教えることはできないかな。

[痩せ細った子供] そうかよ……

[痩せ細った子供] じゃあ……どうしたら教えてくれるんだ?

[ビタールート] そっちはどうだい? すべて順調か?

[ビタールート] ちなみに、あの子供たちのことなら、グラニにここまで護送してもらう予定になってる。

[クエルクス] オッケー。こっちの準備ももう済んでるよ。

[ビタールート] ……

[ビタールート] 庭のあの子だが……

[ビタールート] 君も随分手厳しいな。

[クエルクス] 私はただの医者だからね。

[クエルクス] おとぎ話に出てくるような、願いをなんでも叶える妖精じゃない。

[ビタールート] はぁ……あの子も色々と大変だな。

[ビタールート] あの子のお兄さんも、一体どういう状況なんだか。

[クエルクス] だから先にスージーちゃんを帰らせたんだよ。

[クエルクス] あの子は、優しすぎるからさ……

[クエルクス] 難民キャンプの人たちや、ここに送られてきた子供たちの中に……心が痛む過去を持っていない人がいると思う?

[クエルクス] いちいち落ち込んでたらもたないからね……私はスージーちゃんの方が心配なんだ。

[ビタールート] はぁ……

[ビタールート] じゃあドルイドのお宝について、あの子にはどう説明してやるつもりなんだ?

[ビタールート] 「俺たちの作戦のために流した偽情報だ」なんて伝えるわけにもいかないだろ。

[ビタールート] ドクターからの連絡が届いてない以上、相手が子供であっても、このタイミングでそれをバラすのはマズいしな。

[ビタールート] あくまでも、俺たちが優先すべきはロドスと任務だからな

[クエルクス] それじゃあ……

[クエルクス] 君はあの子にいつまでも実現不可能な偽りの目標を信じさせておくつもり?

[クエルクス] あのまま、無鉄砲に探し続けるのを見過ごすってこと?

[クエルクス] あの子を、ロドスと任務のための犠牲にするのが正しいの?

[ビタールート] どういう意味だ?

[ビタールート] 犠牲って……

[クエルクス] 私はただ……

[クエルクス] こんなのはロドスらしくないって思っただけ。

[クエルクス] そうやって自分たちの行為を正当化するのはよくないことだよ。

[ビタールート] お、おい……何をするつもりだ!?

[ビタールート] 待てクエルクス!

[ビタールート] どうするつもりかしっかり説明してくれ!

[クエルクス] 安心して、ロドスに被害が及ぶようなことはしないから。

[バント] おい!

[バント] これくらいの背丈の子供を見かけなかったか?

[ひもじい屋台の店主] 何しやがるんだ!

[ひもじい屋台の店主] *ヴィクトリアスラング*! さてはさっきのクソガキ、お前の弟だな? よく見りゃお前とそっくりじゃねぇか!

[ひもじい屋台の店主] ちょうど誰に弁償させるか悩んでたところ――

[ひもじい屋台の店主] てめぇ……

[バント] あいつはどこに行った!?

子供の痩せ細った人影がせわしなく庭園内を駆け回っている。

[痩せ細った子供] クエルクスおばさん! 庭の木全部に水をやっておいたぞ!

[クエルクス] (きっと今は衝動的になっているだけ。)

[痩せ細った子供] あっちの道も掃除し終わったよ!

[クエルクス] (すぐに疲れて諦めてくれるかもしれないしね。)

[痩せ細った子供] 他になにすればいい?

[クエルクス] (それにしても、お宝がどういうものかも知らないのに、まったく考えなしに飛びつくなんてね……)

[クエルクス] どうして私が君にこういうことをさせてるか分かるかな?

[痩せ細った子供] わかんねぇ。

[痩せ細った子供] あのおじさんが言うには、おれが間違ったことをしたからだって。

[クエルクス] じゃあ君は自分が間違ったことをしたって思ってる?

[痩せ細った子供] ……

[痩せ細った子供] わかんねぇ……

[痩せ細った子供] だって、兄ちゃんもずっとこうしてきたんだぜ。他の連中はおれたちのものを奪い去ったから……

[痩せ細った子供] だからおれたちはそれを取り返してるだけだって。

[クエルクス] (朽ちた枝はすべからく整えられん。)

[クエルクス] (蝕まれた幹も、またすべからく切り落とされん。)

[クエルクス] じゃあ言い方を変えるね。

[クエルクス] 君の取った行動で、君は捕まることになってしまった上に、お兄さんの助けが必要になったとしよう。

[クエルクス] この場合、君は間違ったことをしたと思う?

[痩せ細った子供] ……うん。

[クエルクス] じゃあもしお兄さんが君を助ける時に怪我をしてしまったら……

[クエルクス] それどころか……もっとひどい状況に陥ってしまったら。

[クエルクス] 君は間違ったことをしたと思う?

[痩せ細った子供] 当たり前だ!

[クエルクス] 君がそうやってお兄さんのことを大切に思っているように、他の人にも大切な物や大切な人がいるの。

[クエルクス] それを君が勝手に持ち去ってしまったら、その人たちは怒るし、お兄さんにだって迷惑がかかるんだよ。

[クエルクス] わかった?

[痩せ細った子供] うん……

[痩せ細った子供] わかったよ。

[痩せ細った子供] もう間違ったことはしない。

[クエルクス] (しかし、その整えられた木の行末を、未来の姿を想像できる者はいるのだろうか。)

[クエルクス] (願わくば、命がいつまでも盛らんことを。)

[バント] ここか?

[ひもじい屋台の店主] あぁ。こ、この辺りで間違いない……

[ひもじい屋台の店主] あの時この辺まで追っかけたんだが、そ、そこで見失っちまって。

[ひもじい屋台の店主] うぐッ!

[バント] とっとと失せろ。

[バント] ジョー?

[バント] ここにいるのか?

[痩せ細った子供] 兄ちゃん!

[痩せ細った子供] 来てくれたの!?

[痩せ細った子供] あ、あのさ!!

[バント] 大人しくしてろって言っただろうが!

[バント] お前を連れてやっとここまで逃げてきたんだぞ! それがどんだけ大変だったか分かってんのか!?

[痩せ細った子供] おれ……

[バント] なにうつむいてんだ、ちゃんとこっちを見やがれ!

[ビタールート] (小声)あの子、助けてやった方がいいんじゃないのか?

[ビタールート] (小声)あんな奴と一緒にしとくわけにはいかないだろ?

[クエルクス] ……

[バント] なんだてめぇ!

[バント] 邪魔なんだよ! どきやがれ!

[クエルクス] 君がその子のお兄さん?

[バント] それがどうした?

[クエルクス] 君は「ジョー」って名前だったんだね?

[ジョー] ……

[バント] おい、とっとと帰るぞ。

[ジョー] いやだ。

[バント] 言うことを聞け!

[バント] お前がそんなんだからこっちはずっと心配してんだぞ! 誰のために俺や父さんと母さんが苦労してきたと思ってんだ!

[ジョー] それでもいやだ。

[バント] 俺は使えねぇ兄貴だとでも言いてぇのか? もう俺じゃお前を養ってやれねぇとか思ってんだろ!

[バント] もう一人前だから構わないでくれってか? ああ?

[バント] どうなんだ!

[ジョー] ……

[バント] 放せ、この野郎!

[バント] 赤の他人が、よその家の事情に首を突っ込んでくるんじゃねぇよ。

[クエルクス] (小声)ビタールート。

[クエルクス] (小声)その子を引き離してやって。

[バント] てめぇ、何のつもりだ?

[バント] がはっ!

[バント] うぐっ!

[バント] 放せっつってんだろ!

[クエルクス] まだ分からないのかな? 私の機嫌次第で、君くらいどうにでもできるんだよ。

[クエルクス] 君の弟も含めてね。

[クエルクス] 君は、その軽率な言動のせいで──

[クエルクス] 私を怒らせてしまったから。

[バント] この野郎!!

[バント] ぐはっ!

[クエルクス] 大人しくしなさい!

[バント] ……

[クエルクス] これで話を聞く気になってくれたかな?

[バント] くそっ……言えよ……

[クエルクス] 君のその無礼な態度には目を瞑ってあげよう。

[クエルクス] 君がこの子のためにしてきたことも、その想いは尊重してあげる。

[バント] ……

[クエルクス] だけど……自分の感染状況なら、よく分かっているはずだよね。君はこの子にも同じ苦しみを味わわせたいの?

[クエルクス] アーツで自分を守れだなんてことを教えたのは君だよね?

[バント] ……

[バント] あいつらはアーツにしかビビらねぇから、そうするしかなかったんだよ……

[クエルクス] じゃあ今、私が「ビビってる」ように見える?

[クエルクス] もし私が今ここで君たち二人を殺すって言ったらどうする?

[バント] 何だとコラ!

[バント] そしたらてめぇも道連れにしてやるよ!

[クエルクス] つまり、死んだって構わないってことかな?

[クエルクス] そしたら君の弟はどうするの?

[バント] ……

[バント] 何が狙いだ?

[クエルクス] それは私とこの子の秘密だよ。

[クエルクス] この子が私との約束を果たすまで、この子は連れて行かせない。

[クエルクス] それだけ了承したら、もう帰っていいよ。

[クエルクス] もちろん、こっちはいつでも君の居場所を探し当てることができるからね。

[クエルクス] 東にある難民キャンプなら援助を受けられるはずだから、そこを目指してもいいと思うよ。

[クエルクス] さて、話はこれでわかったかな?

[バント] ……

[クエルクス] ほらね。

[クエルクス] 落ち着けばちゃんと人の話が聞けるんじゃない。

[ビタールート] あっ!

[ビタールート] こら! 坊や!

[ビタールート] 恩を仇で返すつもりか!

[ジョー] クエルクスおばさん!

[ジョー] お、お願いだから兄ちゃんを放してやってよ!

[ジョー] 兄ちゃんはいい人なんだ!

[ジョー] 誰よりもずっとずっといい人なんだよ!

[ジョー] 兄ちゃんを傷つけるのは許さない!

[バント] ……

[クエルクス] やれやれ……

[クエルクス] これじゃまるでこっちが悪者みたいじゃない。

[ビタールート] ……

[ビタールート] まったく侮れない坊やだな……

[クエルクス] ジョーくん、前に君が私に訊いたことをまだ覚えているかな?

[クエルクス] 大人しくついてきてくれたら、答えを教えてあげてもいいよ。

[クエルクス] それから、お兄さんを傷つけないって約束もしてあげるから、どうかな?

[ジョー] ……

[ジョー] わかった!

[クエルクス] さっきはあんなふうに言ってたけど、私たちのことを悪者だと思ったのかな?

[ジョー] 兄ちゃんをいじめるなら、おばさんもあのおじさんも悪者だよ。

[クエルクス] じゃあどうしてアーツでお兄さんを助けなかったの?

[ジョー] アーツを使ったら鉱石病がどんどんひどくなるっておばさん言ってたじゃん。

[ジョー] そしたら兄ちゃんを心配させちゃうから、間違ったことなのかなって思ってさ。

[クエルクス] それじゃあ仮に、お宝はお兄さんと交換だって言ったらどうする?

[ジョー] ……

[ジョー] いくらお宝をやるって言われたって、そんなのお断りだね。

[ジョー] 絶対……絶対にいやだ!

[クエルクス] (萌芽の只中にある命は、無造作にその芽を広げてゆく。)

[クエルクス] おめでとう。

[クエルクス] 合格だよ。

[ジョー] ……え!?

[クエルクス] ドルイドのお宝はね、ドルイドにならなければ見つけられないものなんだよ。

[クエルクス] そして、君はその最初の試練に合格したってわけ。

[ジョー] え?

[ジョー] ドルイドになる? おれが?

[クエルクス] そうだよ。

[クエルクス] ついて来て。

[ジョー] ここは?

[クエルクス] ここは……かつてドルイドの聖地だった場所。

[クエルクス] ただ長い長い時を経て、その伝説も今では忘れ去られてしまった。

[クエルクス] ドルイドの師たちは一代また一代と、ここで知識と教訓を次の世代へと伝えていたんだ……

[クエルクス] ドルイドがヴィクトリアの歴史から霞んでいき、最後に跡形もなく消えてしまうまで、ね。

[ジョー] ……

[クエルクス] さぁジョーくん、そこにある石の台に膝をついて。

[ジョー] うん。

クエルクスは樹木から蔓を一本取り、それを使って力強くジョーの背中を鞭打った。

突然の鋭い痛みにより、ジョーは思わず腰を反らせたが、それでも彼は我慢して再び腰を真っ直ぐに伸ばした。

[クエルクス] 迷える幼き者、ジョーよ。

[クエルクス] 願わくば、これから幾度の苦難を経ようとも、進むべき正しい道を示してくれる古の信念がそなたの心に刻まれんことを。

次にクエルクスは樹木から果実を摘み取って潰すと、親指でジョーの額に鮮やかな赤色の線を引いた。

[クエルクス] 願わくば、そなたがどれほど故郷から離れようとも、決して迷えることなきよう、大地の根元が永久にそなたと繋がらんことを。

[クエルクス] 朽ちた枝はすべからく整えられん。

[クエルクス] 蝕まれた幹も、またすべからく切り落とされん。

[クエルクス] 願わくば、命がいつまでも盛らんことを。

[クエルクス] ジョー、そなたに問う。古の箴言(しんげん)と契りを交わし、真のドルイドになる意志はあるか?

[ジョー] はい!

[クエルクス] よし……それじゃもう立って大丈夫。今日から君もドルイドだよ!

[ジョー] えっ? おれはもうドルイドになったのか?

[クエルクス] うん。だからこれからは、自分の手で伝説のお宝を探さなきゃいけないからね。

[ジョー] じゃあクエルクスおばさんはもう見つけたの?

[クエルクス] 私もまだだよ。もしかしたら……君の方が先に見つけちゃうかもしれないね。

[ジョー] ホントに?

[クエルクス] ホントに。

[クエルクス] でもこのことは秘密にしておかなきゃダメだからね。

[クエルクス] もしすご~く悪い人にこのことがバレたら、君を利用するために捕まえたり傷つけたりしようとするかもしれないんだから。ひょっとしたら、お兄さんもひどい目に遭っちゃうかもしれないよ。

[クエルクス] だから……わかった?

[ジョー] うん……

[ジョー] つまりそれは間違ってる……やっちゃいけないってことだろ。

[ジョー] じゃあ……兄ちゃんにだけは教えてもいい?

[クエルクス] あれ? もったいないなぁ……

[クエルクス] こっそり見つけ出して、お兄ちゃんにサプライズしてあげるいい機会なのに?

[クエルクス] どうする?

[ジョー] うーん……

[ジョー] わかった!

[ビタールート] 本当にあんな歳の子供が秘密を守ってくれると思ってるのか?

[ビタールート] もしそんな話が広まってしまったら、自分がどんなリスクに晒されるかわかっているのか?

[クエルクス] 私とロドスとの繋がりを知ってる人なんて、ほとんどいないよ。

[クエルクス] だけど君が最近よく私のところに来るせいで、感づいてる人はいるかもね。

[クエルクス] だから必要とあらば、一回くらいここで内輪揉めしたように見せといてもいいんだけど。

[ビタールート] ……

[クエルクス] でも、君はドクターとロドスにそんなリスクをもたらしても構わないと思っているのかな?

[ビタールート] ……いいや。

[クエルクス] つまり、あんなことをしたのは私なりの判断があったってわけ。

[クエルクス] 何より……

[クエルクス] ドルイドの伝説──あの命にまつわる物語は、もう随分と昔に忘れ去られてしまったけれど……

[クエルクス] もう一度、誰かの口によって語られるべきなんだ。

[ビタールート] ……

[ビタールート] あの子が一生かかってもそのお宝とやらを見つけることができないのは、君だってはっきりわかっているだろう。

[クエルクス] ふーん、お宝が存在しないなんて誰から聞いたの?

[ビタールート] 君が俺に言ったんじゃないか。

[クエルクス] だって君はドルイドじゃないからね。

[クエルクス] ドルイドのお宝はドルイドしか見つけることができない。たしかに君にとっては存在しないも同然だけどね。

[ビタールート] は?

[ビタールート] どういうことだ?

[ビタールート] じゃあ君がこの前やっていた儀式やら呪文やらは、全部本物だってことか?

[クエルクス] あぁ……それは違うかな。あれ自体は私の思いつきだから。

[クエルクス] 今のところ、過去の文献やら資料は掘り起こせていないからね。

[クエルクス] あれ、もしかして信じちゃってた?

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