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協力
他のオペレーターと共に数々の任務を遂行したファントムは、次第にロドスの環境に溶け込むのだった。
ロドス本艦
とある人気のない片隅
[ウィスパーレイン] 異物を取り除き、傷口を塞ぎ、血を拭き取る。
[ウィスパーレイン] 私にできるのはこれくらいです。
[ウィスパーレイン] これ以上の治療には、医療部の専門医に診てもらうしかないです。
[ファントム] いや……これで十分だ。
[ファントム] ありがとう。
[ウィスパーレイン] どちらへ行かれるのですか?
[ファントム] 行くべき場所へ。
[ウィスパーレイン] ……行くべき場所?
[ウィスパーレイン] それは……お一人で?
[ウィスパーレイン] 小隊の打ち上げには参加されないのですか? 今回の任務は大変でしたし、無事に終えられて皆さん喜んでらっしゃいます。ファントムさんも……
[ファントム] 必要ない。
[ファントム] そういう席に私は必要ないのだ。真昼の太陽の下に影はできないのだから。
[ファントム] むしろ、参加すべきは君の方だ。
[ウィスパーレイン] それは……私は……
[ファントム] 君の思うようにすればいい。
[ファントム] ……私はもう行く。
[???] ――待ってください!
[フォリニック] やっと見つけましたよ、ファントム氏!
[フォリニック] ウィスパーレイン医師、彼の傷の手当てをされてたのですか?
[ウィスパーレイン] あ……はい……
[フォリニック] あなたは正式な医療部の医師ではありませんが、私からは忠告しておかなければなりません。
[フォリニック] 『ロドス負傷者管理および治療規定』によると、負傷したすべてのオペレーターは、ロドス医療部にて登録が必要です。
[フォリニック] あなたのように独断で治療をした結果、万が一不完全な治療によって合併症が生じたり症状の増悪を招けば医療部にまで迷惑が及ぶことになります。軽い怪我や病気ならまだしも……
[ウィスパーレイン] ごめんなさい……
[ファントム] ミス・ウィスパーレインに治療を頼んだのは、私の方だ。
[ファントム] 彼女を非難する必要も理由もない。
[フォリニック] 私は彼女に事実と規則を伝えたまでです。
[フォリニック] そしてあなた、ファントム氏! あなたの問題はもっと深刻です!
[フォリニック] 負傷したのに、どうして医療部に報告しに来ないのですか?
[ファントム] ……
[フォリニック] もし一緒に外勤任務に参加したアズリウスさんが治療時に報告してくれなかったら、あなたはその傷を抱えたまま、次の任務に参加するつもりだったんですか?
[フォリニック] これはロドスに対してだけでなく、あなた自身に対しても無責任な行為なんですよ?
[フォリニック] そのことをご理解いただきたい!
[ファントム] ……
[ファントム] ああ、私が悪かった。
[ファントム] 君に謝罪を。申し訳なかった。
[フォリニック] はい、あなたの謝罪は受け取りました。
[フォリニック] ではこれより、診察を行ってあなたの身体の状態を確認したいと思います。よろしいですよね?
[ファントム] ……
[フォリニック] そんな表情をしてもだめです。待って、口を開かないで、声も出さないで。アーツで逃げようだなんて考えはだめですからね!
[フォリニック] もうその手に引っかかりません。少しでもおかしいと感じたらすぐにこの警報ベルを押しますからね?
[ウィスパーレイン] そんな設備まであったんですか……
[フォリニック] 安心してください。あなたを連れたままホールを通って医療部に行くつもりはありませんから。
[フォリニック] アズリウスさんが言ってました。ファントム氏は人が多い場所が苦手だと。
[フォリニック] だから必要なものはすべて持ってきています。
[フォリニック] あなたの医療情報の確認と整理を行った後、ウィスパーレイン医師と共に傷の処置をします。
[フォリニック] よろしいですよね? ウィスパーレイン医師。
[ウィスパーレイン] もちろんです。
[フォリニック] ファントム氏、あなたはどうしますか?
[ファントム] ……
[ファントム] (ため息)
[ファントム] (黙って頷く)
[フォリニック] では、診療を始めましょう。
[フォリニック] 可能でしたら、傷口の位置と、大まかな状況を説明していただけますか?
[ファントム] ……
[フォリニック] どうして何も言ってくれないんです?
[ファントム] (すぼめた口を指さす)
[ウィスパーレイン] 先ほど、フォリニックさんが口を開くなと仰ったからかと。
[フォリニック] (白目)
[フォリニック] もう口を開いて構いません。説明してください。
[ファントム] ……矢が肩に当たり、手のひらを刃物でひっかかれた。氷で両足を拘束された。
[フォリニック] 肩に刺し傷、刃物で手に傷、両足は――
[ウィスパーレイン] 右足に影響はありませんが、左足の回復が少し遅れているように見受けられますね。
[フォリニック] 分かりました、一つ一つ行きましょう。
[フォリニック] まずは肩の刺し傷。
[ウィスパーレイン] 先ほど洗浄して傷口を縫合しました。特に化膿などもなく、恐らく大したことはないかと。
[フォリニック] うーん……普通の金属の鏃だったならそれほど大きな問題はないはずですが。
[フォリニック] 創縁の損傷部は切除しましたか?
[ウィスパーレイン] しました。
[フォリニック] 回復の状態からすると中毒や感染の恐れはないようですね。
[フォリニック] よし、次。
[フォリニック] 手のひらの切り傷。
[フォリニック] うん、よく塞がってます。
[フォリニック] ただ、身体に二箇所も外傷がありますので、傷口の感染リスクが大幅に高くなっています。あとで予防注射を打ちましょう。そうすれば感染症の心配は抑えられます。
[フォリニック] 最後、左足の凍傷。
[フォリニック] 大丈夫、そのまま動かないでください。専用の検査器具を持ってきていますので、それを使います。
[フォリニック] 少しだけ痛むかもしれませんが、我慢してください。
[ファントム] ……
サンプル採取終了
分析開始――
[フォリニック] よし。
[フォリニック] データを見てから、最終的な診断を下します。
[フォリニック] 他に負傷した箇所や気になることはありませんか?
[ファントム] (ん?)
[ファントム] (ミス・クリスティーン? 何かくわえている……)
[フォリニック] ――私の話を聞いてますか?
[ファントム] ……ああ。他に傷はない。
[フォリニック] よし。
[フォリニック] あなたの回復能力は、本当に抜きん出てますね。
[フォリニック] もしかしたら私が心配しすぎなのかもしれません。
[フォリニック] ファントム氏――ファントムさんは特殊オペレーターでしたよね。
[ファントム] 皆にはそう呼ばれているらしいが。
[フォリニック] ですがあなたの受けている傷は、先鋒や重装オペレーターによく見られる類のものです。
[ファントム] ……
[フォリニック] あなたが参加した今回の任務は、かなり困難なものだったと聞いています。
[フォリニック] 「彼のサポートのおかげで、私たちは生きて帰って来られた」と、こういう内容の言葉を、多くの方たちから聞いています。
[フォリニック] でもそのほとんどの方が、あなたのコードネームはおろか、姿すら見たことがないんです。戦場に一瞬だけ現れた影が助けてくれたことしか知らないんです。
[ファントム] 私を覚えていても、彼らにメリットはない。
[フォリニック] その話も聞き飽きました。私が治療してきたオペレーターの中にもそういうことを強調したがる人はいます。
[フォリニック] いえ、話がそれましたね、他の方のことはいいんです。ロドスのオペレーターの多くはそんなに単純ではありませんから。いつかは道を違えて剣を交えるようなことだってないとは言えません。
[フォリニック] でもファントムさん、これはお節介かもしれませんが……あなたには知ってほしいんです。あなたに救われた人の多くは、ただ感謝の気持ちを伝えたい、それだけです。
[フォリニック] 言える時に言っておかないと、後で言う機会が二度と来ないということはよくありますから。
[フォリニック] (小声)……私みたいに、心の中に閉じ込めておくなんて、バカなことはしないでください。
[ファントム] ……
[フォリニック] アズリウスさんが言ってました。彼女を庇って矢を受けてしまったんですよね。
[フォリニック] 感謝の気持ちを伝えたくてプレゼントを用意したのですが、あなたの姿が見つからないので、機会があれば渡してほしいと頼まれました。
[フォリニック] このブローチが、その彼女からのプレゼントです。受け取ってくださいますよね?
[ファントム] これは……
[フォリニック] 受け取ってください。
[ファントム] ……感謝する。
[ファントム] ミス・アズリウスにも謝意を伝えておこう。
分析終了
分析レポート出力中――
[フォリニック] うーん……
[フォリニック] 芳しくないですね。
[フォリニック] ファントムさん、ちょっと動いてもらえますか?
[ファントム] (少しぎこちなく動く)
[フォリニック] はい、もう大丈夫です。座ってください。
[フォリニック] 恐らくアーツによる急激な温度低下が原因の凍傷です。
[フォリニック] 深刻というわけではありませんが、すでにあなたの行動に影響が出てしまっています。
[ファントム] 大したことではない。
[フォリニック] それは、医療スタッフの専門的な診断結果と意見を踏まえてから判断することです。
[ウィスパーレイン] ファントムさんには、しばらく安静にしていただく方がいいと思います。
[ウィスパーレイン] これが私の所見です。
[フォリニック] 私もウィスパーレイン医師の見解に同意します。
[フォリニック] 確かに凍傷ではありますが、先ほども述べた通り、アーツによる負傷でもあります。
[フォリニック] あなたの鉱石病の病状はもともと楽観視できません。感染を進行させる可能性は、できる限りすべて排除したいんです。
[フォリニック] 充分に休養をとり、健康的な食事をし、適切なリハビリをする。これが今、あなたに必要なことです。
[フォリニック] そして最も重要なのは、定期的に医療部に来て、診察と治療を受けていただくことです。
[フォリニック] 一ヶ月あれば、また任務に参加できますよ。骨休めだと思って我慢してください。
[フォリニック] もし医療部に来たくないのであれば、巡回診療でも構いません。そうすれば他の人との接触を減らせるでしょう。
[ファントム] ……
[フォリニック] 同意してくださるなら、この通知書にサインをお願いします。
[ファントム] (再びため息)
[ファントム] (自分のコードネームを書く)
[フォリニック] はい、確かに同意をいただきました。
[フォリニック] ではさっそく今から注射を打ちます。
[フォリニック] これは最新式で、ほとんど痛くないんですよ。
[フォリニック] さあ、腕を出してください。
[ファントム] ……
[フォリニック] (注射を打つ)
[フォリニック] よし、これでひとまず予防措置は完了です。
[フォリニック] 私は午後から会議があるので、これで失礼します。
[フォリニック] 一ヶ月間の休暇をしっかりと楽しんでください、ファントムさん。
[フォリニック] では。
[ウィスパーレイン] 行ってしまいましたね。
[ウィスパーレイン] ふぅ……やはりまだ慣れません。フォリニックさんとお話しするとつい緊張してしまいます。
[ウィスパーレイン] ファントムさん、大丈夫ですか?
[ファントム] 問題ない。
[ミス・クリスティーン] ニャー。
[ファントム] ミス・クリスティーン?
[ミス・クリスティーン] (ファントムにじゃれつく)
[ファントム] やめろ。
[ウィスパーレイン] 休暇中は、ゆっくりとお休みになってくださいね?
[ファントム] 休暇か。
[ファントム] 考えたこともなかったな。休暇とは、何をすればいいのだ……
[ウィスパーレイン] うーん、例えば……映画鑑賞とか?
[ウィスパーレイン] 私なら、映画を観に行きます。映画を観ている間は、想像の中で映画の登場人物のように自分が生きていているんです。
[ウィスパーレイン] でも同時に、現実にシートに座ってスクリーンを眺めている自分も確かに感じます。それが面白くて、観終わった後に、いつもその時の気持ちを記録に残します。
[ファントム] ……気を付けた方がいい。
[ファントム] 他人のように生きる自分を深く思い描くのは、決して良いことではない。
[ウィスパーレイン] ええ、分かっています。ただ、もうこうやって気分転換することが習慣になってしまっていて。
[ウィスパーレイン] それに……その、自分でこう言うのもどうかと思うんですが……オペレーターの中には、私の記録を楽しみにされてる方がいるみたいで……
[ウィスパーレイン] 決して上手く書けているとは思いませんが、気に入って読んでくださる方がいるのであれば、続けるのも悪くないかな、と。
[ファントム] そうか……
[ミス・クリスティーン] ニャ――
[ファントム] ミス・クリスティーン?
[ファントム] くすぐったいのだ、やめろ……ん? これは何だ?
[ウィスパーレイン] このチラシを見てほしいのではないですか?
[ファントム] ……
[ファントム] 「マルチメディアコンテンツ 密室 作成スタッフ数名募集――」
......
[ファントム] 「密室での重く、緊迫した探索の雰囲気を設計できるスタッフを募集中。」
[ファントム] 「密室に設置する謎やトリックを設計できるスタッフを募集中。」
[ファントム] 「演技ができる――
[ファントム] ――スタッフを募集中。」
......
[ファントム] 「企画および運営期間は一ヶ月。参加期間中、スタッフには報酬が支払われる。他に一日三食付き。」
[ファントム] 「興味のあるオペレーターおよびロドスにいる人員は、人事部までご連絡を。」
[ファントム] マルチメディア密室……
[ウィスパーレイン] 刺激と没入感を重視した、新しいエンターテインメントということだそうですよ?
[ウィスパーレイン] どうやら……テーマの多くはホラーとミステリーらしいです。
[ウィスパーレイン] 先日は一度だけ見たことありますが、あの時のテーマはミノスの地下迷宮でした。
[ウィスパーレイン] 実は私、行ってみたかったんです。
[ウィスパーレイン] ある日、その密室を体験してきたA1小隊の方々が――
[ウィスパーレイン] 「怖すぎてどうにかなると思った」って教えてくれたんです。
[ウィスパーレイン] とっても楽しそうでした。
[ファントム] (怖いのに、楽しそう?)
[ファントム] (ふむ……恐怖を感じるのが好きなのか?)
[ウィスパーレイン] あの時は一人で行く勇気がなくて、実は少し後悔しています。
[ウィスパーレイン] 今回は、えっと、ウィーディさんにお願いしたら、一緒に行ってくれるでしょうか?
[ファントム] ミス・クリスティーン、君は私にこれを見てほしかったのか?
[ミス・クリスティーン] ニャー!
[ファントム] うむ……
[ファントム] 君の言いたいことは分かった気がするよ。
[ウィスパーレイン] では、休暇中の行き先がお決まりになったんですね?
[ファントム] 可能性を考えているだけだ。
[ファントム] もし適度な恐怖が、人に喜びをもたらすのなら。
[ファントム] ……試してみるのもいいかもしれない、と。
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