aklib_story_良薬

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良薬

医療オペレーター・ハイビスカスは、初の外勤任務についた。治療活動の他にも、彼女は様々なことを成し遂げたのだった。


[ギャリー] 今度はまたなんだってんだ、検査はもう受けたろ? ああ、もちろん他の従業員ならいくらでも好きに検診を手配してくれていい。それについて文句は言わないさ。

[ハイビスカス] 検診のことじゃありません! ギャリーさん、今日という今日は必ず立ち会ってもらいますからね!

[ギャリー] 上からの発注が溜まってんだよ、もう行かせてくれ……服を引っ張んなって……

[ギャリー] おい! それ俺の車の鍵じゃねぇか! 返せ!

[ハイビスカス] ギャリーさん! なぜ皆さんの症状が頻繁にぶり返しているのか、気にならないんですか? 原因を突き止めるために何とか友達に頼み込んで、専門機器を持つ方に調査協力に来てもらえたんです!

[ハイビスカス] 承知していただけないなら、この鍵もお返しできません!

[ギャリー] この、待ちやがれ!

[ウォーレン] こらこら、落ち着かんかハイビスちゃん……ん? こりゃギャリーの坊主じゃないか。調子はどうかね。今日はどうしてここへ?

[ギャリー] ……ウォーレン! そいつを捕まえてくれ!

[ギャリー] ハイビスカス! ウォーレンの後ろに隠れたって無駄だぞ!

[ウォーレン] がははっ! わしもずいぶん痩せたからなぁ。もう君を隠してはおけんようだ。

[ハイビスカス] ウォーレンさん! あなたの体脂肪率はこの半月でだいぶ落ちたとはいえ、食事制限はまだまだ続けなきゃダメですからね!

[ウォーレン] はいはい、ハイビスちゃんに言われたことはしっかり覚えとるよ!

[冷やかす労働者] 最初の頃は新しく来た医者がうるさくて敵わんとか、毎日のようにぼやいてたくせに。しっかしハイビスちゃんもすごいよ、ウォーレンみたいな頑固ジジイすら手懐けちまうんだから――

[ウォーレン] なんだこの野郎、ケンカ売っとるのか? そうだハイビスちゃん、昨日こいつがこっそりビールを飲んでやがるところをとっ捕まえてな。ほれ、空き缶がまだあそこに――

[焦る労働者] おいおい! ハイビス、そんなのデタラメだからな! 耳を貸すなよ……

[ハイビスカス] はいはい、誤魔化しても無駄ですよ。皆さんの健康データは欠かさずチェックしてますから! どれどれ……ふむふむ、飲んだのは少しだけのようですね。今度から注意するように!

[ギャリー] ……にしてもあんた、相当辛抱強いよな。前に来ていた医療機構の奴らなんかは、感染者を見た矢先に一目散に逃げ帰ったっていうのに。

[ハイビスカス] どうりで以前のカルテが間違いだらけだったんですね……ギャリーさん、これからもロドスとの提携を続けましょうね。私たちは感染者一人一人と真面目に向き合ってみせますので!

[ギャリー] こりゃ参ったぜ……ま、とりあえずはあんたらのことを信用してやるよ。帰って検討するから車の鍵を返してくれ、ハイビスカス。

[ハイビスカス] え? いえ、それとこれとは別です! あの方だってまだ……

[ギャリー] わかってる、わかってるって。今回はあんたが隊長としての初めての任務だから、ちゃんとやってるところを俺に見せたいんだろ? 安心しな、あんたらの責任者にはうまく言っといてやるからさ。

[ハイビスカス] ……

[ハイビスカス] 違いますよ、ギャリーさん……私は本当にただ……!

[???] おっと? 工場長が直々にお出迎えか?

[ギャリー] ……うちへ何しに来やがった? こんな真昼間に仕事はどうした。しかもなんだその恰好は……公務員さまの間では庶民生活の体験でも流行ってんのか?

[???] ちぇっ、たいぶ性格が丸くなったと聞いて来てみればこれかよ。まあいい、今日は何もわざわざお前と口喧嘩しに来たわけじゃない。

[ギャリー] だったら何の用……おい、その背中の装置は何だ? 今年の定期検査までにはまだ間があるぞ! フン、そもそもうちの工場はお前に調べられるような筋合いは――

[???] あーもう、うっせぇな! 薬でハイになってんのか? 頼まれでもしなけりゃ、俺だってわざわざこんなとこに――

[ハイビスカス] あなたがエドガーさんですね!

[ギャリー] ちょ、ちょっと待った。あんたがさっき言ってたのって……まさかこいつのことか?

[ハイビスカス] ギャリーさん! ギャリーさん! 結果が……

[ギャリー] ちょっと待ってくれ。

[ギャリー] オーケー、後のことはこちらで処理する……ああ、時間を取らせてすまなかったな。それじゃ。

[ハイビスカス] あの、検査結果が出たんです。やはり安全装置の劣化がかなり進んでいて、内部の源石隔壁に大量の亀裂が発生しているのが確認されました。どうりで皆さんの病状が再発するわけですね。

[ハイビスカス] エンジニア部の同僚に相談してみたところ、このタイプの旧式機器はすでにパーツの生産が終了しているみたいで、特注するとなると新品に買い替えるのと同じくらいの金額になるそうで……

[ギャリー] つまり、新しいのに買い替えろってことか?

[ハイビスカス] 決して少なくない出費だってことは分かってます。ですが、こんな環境で働き続ければ、皆さんの病状は……

[ギャリー] 分かった、買い替えよう。

[ハイビスカス] ……え? 本当ですか、ギャリーさん!?

[ギャリー] うちの従業員はみんな同じスラム街出身の昔馴染みだからな、多少の出費は仕方ない。

[ハイビスカス] ありがとうございます! 皆さんに代わって先にお礼を言わせてください! あっ、でも、多少の出費どころの話じゃないと思います……この製品価格リストを見てほしいんですけど……

[ギャリー] ……なんじゃこりゃ!? こんなのうちの工場を半分売ったって払えない額だぞ!

[ハイビスカス] 慌てないでください。こういうのも見繕っておきましたから!

[ギャリー] 工業設備財政補助……エドガーに渡されたやつか?

[ハイビスカス] いいえ、あなたと彼との間に、その……何か確執があるのは分かってます。なので、これは全部公文書から取ってきました。分かりにくい条項に関しても、ちゃんと確認して付箋を付けておきました。

[ハイビスカス] お忙しいようでしたら、書類記入は私がしておきましょうか? 後で内容を確認していただいて、サインとハンコをもらえれば結構ですので。

[ギャリー] 分かった、あとで見とくよ……そうだ、さっきあんたとこの事務所から連絡が来てたぞ。いつ帰ってくるんだって聞いてた。

[ハイビスカス] え? どうしてギャリーさんに?

[ギャリー] ここんとこ忙しくてカレンダーを確認すんのを忘れてたが、あんたとの契約は半月前にもう終了してたんだな。延長した分はあとで支払額を計算しておくよ……

[ハイビスカス] いえいえ! これは私が勝手にやってることなので、追加の費用は結構です!

[ギャリー] いや、そういうことじゃ――

[ハイビスカス] 本当に大丈夫です! 元々もう少し残って皆さんのお手伝いをしようと思ってたので……事務所へは私から説明しておきますから。

[ハイビスカス] ちゃんと考えたんです。工場の整備に、設備のセッティング、それに付随して防護訓練まで行うとなれば、少なく見積もっても一ヶ月はかかりますから、きっと人手が足りなくなるだろうなって!

[ハイビスカス] 設備交換が済んだら、もう一度皆さんの回復状況をチェックして、症状がこれ以上進行しないように経過観察をしなきゃいけませんし――

[ギャリー] もういいって、ハイビスカス。検査うんぬんだけでも十分苦労をかけちまってんだ。

[ハイビスカス] ……

[ギャリー] ああ……そうだな、荷物は多いのか? 明日は車を呼んで送ってやろうか?

[ハイビスカス] ……ギャリーさん、もしかして何か他にも困ってることがあるんですか?

[ハイビスカス] お金のことでしたら、医療費に関しては控除を申し込めますよ。この工場のような感染者に仕事を提供している事業者は、ロドスのサポート対象ですから!

[ギャリー] ……

[ハイビスカス] 困った時は一人で抱え込もうとしないで、遠慮せずに周りに助けを求めた方がいいですよ! そうだ、他にはこんな補助も――

[ギャリー] 頼むからもう放っておいてくれよ!! 一番の悩みがあんただっていい加減気付いてくれないかな!?

[ハイビスカス] え……わた、し……?

[ギャリー] あんたがあれこれ検査をするせいで、うちの仕事にどれだけ遅れが出てると思ってんだ? ここ何日取引先から催促の電話が鳴りっ放しなんだよ!

[ハイビスカス] ご、ごめんなさい……来たばかりの頃は工場のスケジュールがあんなに詰まっているとは知らなくて……でもその後ちゃんとその点も考慮しつつ治療計画を調整しましたから……

[ギャリー] それはもういい。隊長としての初めての任務なわけだから、張り切りすぎる気持ちも分かるさ。

[ギャリー] だがエドガーの奴まで呼びつけた上、今度は操業を一時停止して設備交換をしろだと? そんなことをしたらうちの連中は明日の飯すら食えなくなるかもしれないんだぞ? 分かって言ってるのか!?

[ハイビスカス] ……あの、納品が間に合わないことを心配してるんですか? それなら、私、調べてありますよ! これを見てください!

[ハイビスカス] 設備の修復交換に伴う操業停止の際は、業務停滞免責証明書を発行してもらえば、補助金、健康管理手当……これらを政府に対して申請できるんです。全部合わせれば、半月は賄える額になります。

[ハイビスカス] それにエドガーさんもおっしゃってましたけど、技術点検の結果、この工場は補助金支給の条件を満たしていたので、申請さえすれば新しい機器を本来の半額で購入できるんですよ!

[ギャリー] エドガー、エドガーって、もうたくさんだ! あの野郎の人となりを知っててそんなことを言ってるのか? 奴の首にゃ貴族の旦那がたの首輪が嵌められてるんだよ!

[ギャリー] うちみたいなオンボロ工場が操業停止なんかしてみろ! 納品が遅れる分あり得ない額の賠償金を吹っかけられるのがオチさ! 健康管理手当なんざ、誰のポケットに入るか分かったもんじゃないぜ!

[ハイビスカス] そんな、まさか……ちょっと確かめてきます。

[ギャリー] おい、戻ってこい! なんでそんなに聞き分けが悪いんだ!?

[ギャリー] あんたが駆け回るたび、この件を知る奴がどんどん増える! そうなりゃうちは貴族どもにますます搾り取られることになるんだよ!

[ハイビスカス] ……

[ハイビスカス] あの古い機器たちに今年度の検査合格マークが貼られていたのも、シティホールに資料を持って相談に行った時、担当者の方が訝し気に私を見ていたのも、全部そういうことだったんですか……

[ハイビスカス] つまり、この工場はそもそも国に登録もしてなくて、ただ一部の権力者の利益のためだけに存在してる、そういうことですね?

[ギャリー] ああ、そうさ! ようやく分かったか? 今あんたにできるのは、荷物をまとめてさっさとロドスとやらに帰ることだけなんだよ!

[ハイビスカス] ……

[ハイビスカス] 分かりました。ですが、帰る前に一つ確認したいことがあります。

[ハイビスカス] 以前こちらの検査を担当していた医療機構が残したデータ、あれは本当に間違ってたんでしょうか?

[ハイビスカス] もしあれが正しいなら、去年はまだ軽症だった皆さんの病状がここ一年で急に進行してしまったことになりますが。

[ギャリー] ……

[ハイビスカス] 黙ってしまうということは、データが間違っていたのではなく、この工場の労働環境が皆さんの病状をここまで悪化させたってことですね……そうしてまで利益がほしいんですか!?

[ギャリー] だったらなんだ! どうせなんの価値もなかった命だ。それを俺がわざわざ金に換えてやったんだぞ! それともここはロンディニウムの工場だとでも思ってんのか?

[ギャリー] こんな収容区で感染者を雇ってやりくりしてんだ! 一般の労働者が感染を恐れて避けたがるような高額発注がもらえるだけで、もうひざまずいて頭を地につけたいくらいありがてぇ話なんだよ!

[ハイビスカス] ギャリーさん……

[ウォーレン] 何をもめとるんだ?

[ハイビスカス] いえ、何でもありません。ただ……お仕事の話をしてただけです。

[ウォーレン] まあそれはいいが、さっきエドガーがまた来たんだ。標尺を持って工場内を一通り調べて、半月休業させるとか何とか言ってたぞ?

[ウォーレン] 今抱えてる仕事もまだ終わっとらんのに、大企業の連中が承知するかね……ん、二人ともどうして黙ってるんだ? おい、ギャリー、どうかしたか?

[ギャリー] 戻っててくれ、ウォーレン。この件は俺が片付けるから。

[ウォーレン] 俺が俺がってなぁ……坊主、わしらはちっとばかし病気に罹っとるだけで、何も明日死ぬわけじゃないんだ! 何でも自分一人で背負おうとするな!

[ウォーレン] 工場の運営が苦しいってんなら……仕事をもっと多めに取ってきてもらっても構わん。この老骨だってもうちったぁ耐えられるさ。

[ハイビスカス] ウォーレンさん……

[ギャリー] 大丈夫だから、先に戻っててくれ。本当にみんなの助けが必要な時は必ずそう言うよ。

[ウォーレン] そうか、じゃあさっさと終わらせて飯を食いに来い。二人のために肉をいっぱい残してやっとるからな!

[ハイビスカス] ……皆さんも、ご存知だったんですか?

[ギャリー] あいつらだって馬鹿じゃないさ。感染者が少しでもいい暮らしを送りたければ、すでに感染しちまったその身体を有効活用するしか方法はないんだ。

[ハイビスカス] それは、生きていくために仕方なくこの道を選んだだけで、未来への希望を捨てて今の状況を受け入れたわけではありません!

[ギャリー] 希望? んなもん最初からあるかよ。

[ギャリー] 上のクズどもが突然良心に目覚めて、感染者に金を配ってくれる日を待てというのか? それともあんたの不味い飯食い続ければ、そのうちに欲がなくなって、それで楽になれるってか?

[ギャリー] どうせあと何年も生きられない身なんだ。だったらいっそのこと命を削って金を稼いで、少しの間だけでも楽に生きた方がマシと思わないか。どうせ苦しむのなら、長く続くよりは短い方がいいだろ。

[ハイビスカス] ……それが皆さんの望みだとお考えですか?

[ハイビスカス] ウォーレンさんは毎日身体を鍛えてらっしゃいますし、バードさんはお酒をほとんど飲まなくなりました。エルザさんだって長年吸い続けてきたタバコをやめたんですよ……

[ハイビスカス] それが短い苦痛の方がマシだと思う人のやることに見えますか!?

[ハイビスカス] 感染者にだって、自分の身体を大事にする権利があるんです。たとえ彼らが生きるためや、子供から大人になるまでずっと見守ってきた誰かさんのために、自分の身を投げ打ったとしても――

[ハイビスカス] それをいいことに危険な仕事を押し付けることも、ましてや利益を得るための道具代わりにするなんて絶対に許されません!

[ギャリー] 言いたいことはそれだけか?

[ハイビスカス] ……

[ギャリー] そうやって綺麗事を並べ立てて、スローガンでも読み上げてりゃ、新しい設備と楽で安全な発注をもらえるのか?

[ギャリー] 俺はもう十分やった。あの*ヴィクトリアスラング*の石っころは俺の身体には生えちゃいないんだ……俺は感染した労働者たちを見捨てることもできるし、あんたに対して我慢する必要なんてない。

[ギャリー] まだ仕事が残ってるから、もう、出て行ってくれ。

[ハイビスカス] ……お邪魔しました。

[電話越しの声] どうだ、ギャリー。資料はすべて届いたか? お礼なら結構――

[ギャリー] ……エドガー、お前の背後にいる貴族たちの目的が金だろうが工場だろうが何でもいい。それは俺たちでなんとかする。だからあんな女の子まで巻き込むのはやめろ。

[電話越しの声] は? お前何言って――

[ハイビスカス] 抑制剤の用量説明と、防護装備の装着手順……それから機器の安全装置の状態判定表も作っておこうかな。

[クロージャ] よっ、ハイビスちゃん! 君がこの時間に寝てないなんて、珍しいこともあるもんだね!

[ハイビスカス] え!? クロージャさん? どうしてこんなに早く……

[クロージャ] ハイビスちゃんから相談を受けたんなら、何時だろうと速攻で返事するさ! 端末に送ってきた抑制剤の優遇価格申請は急いでサインしておいたよ。

[ハイビスカス] ……ありがとうございます。

[クロージャ] 個人チャットで送ってきた件なんだけど、正直に言えば、ああいう大型の生産設備とはいえ、あたしの個人ルートを使えば大幅のプライズダウンが図れないこともないけど……

[クロージャ] ハイビスちゃん、そこまでしてあげる必要ってある?

[ハイビスカス] 私はただ……ギャリーさんにもまだ、皆さんを想う気持ちが残ってるはずだと思っただけです。

[ハイビスカス] ギャリーさんが渋っている理由がお金なら、安くなれば考えを変えてくれるかもしれません。そうすれば、変わり始めた皆さんの健康意識も、少しだけ改善できた病状も、無駄にならずに済みます。

[ハイビスカス] だからと言って、そのためにロドスの資源を勝手に利用していい理由にならないってことは、もちろん分かってますけど……

[クロージャ] いや、そういうことじゃないよ。

[クロージャ] あたしが言いたいのは、たとえ割引がついても大金がかかることに変わりないってこと。もしこれでも彼が頷かなかったら、給料を数年分前借りしてまで立て替えてあげるつもりじゃないでしょうね?

[ハイビスカス] そんなまさか! せいぜい皆さんのために最後に一度検査をして、注意事項をきちんと説明してあげるくらいですよ……

[ハイビスカス] 私にできることは限られてますけど、せめて可能な限りの努力を少しでも続けて、少しでも前に進みたいんです。もしかしたらその中にこそ、転機があるかもしれませんから……

[クロージャ] んもう、誰? こんな時間に仕事の連絡なんて……後で慰謝料を三倍で請求してやる――って、エドガー?

[クロージャ] ハイビスちゃん、確かこいつ、工場長と因縁があるからもう頼まないことにしたって言ってたよね? なんであたしに……

[クロージャ] ちょっと、何なのこの人、ずっと送信してくるんだけど!

[ハイビスカス] それ、クロージャさん宛てじゃないですよ。私がサーベイランスマシンの警告メッセージを端末に連動させてるだけです。

[ハイビスカス] ……

[ギャリー] まだいたのか? 迎えの車を呼んだはずだろ?

[ハイビスカス] すみません……また確認したいことがあって。ギャリーさん、昨夜工場に行って問題の機器を検査しませんでしたか?

[ギャリー] 俺を監視してやがったのか?

[ハイビスカス] いえ……昨日の健診の途中に慌てて出て行かれたので、サーベイランスマシンが装着されたままになっていました。それで私の端末に異常な源石活性化データが送られてきまして。

[ギャリー] ああ、忘れてた。ほら、返すよ。

[ギャリー] それを回収したらもう行けるよな。それと俺はただエドガーの奴が何か仕掛けてないか見に行っただけだ……ん、どうした?

[ハイビスカス] 昨夜……追加で造影検査も行ったんです。その結果、あなたの血液中源石密度は0.2u/Lにまで達していました……私が感染者と診断された時もこれと似たような数値でした。

[ギャリー] ……どういう意味だ?

[ハイビスカス] 想像したことないんですか? あなただって……感染者になる可能性があるんだって。

[ギャリー] 何の冗談だ? その装置がどこかイカれてるだけだろ。俺は工場内では防護服をずっと着込んでるんだぞ、これに一体いくら注ぎ込んだか知ってるのか?

[ハイビスカス] ……

[ハイビスカス] その防護服も、以前提携していた機構から買ったものですよね?

[ギャリー] だったら何だ?

[ハイビスカス] 感染者を避けたがっていい加減な検査をしていたような人たちが、鉱石病予防に関してはちゃんとやってたなんてよく思えましたね。

[ギャリー] ……あんたみたいな小娘が何を根拠にそんな診断を下してやがる。俺が健診を受ける時は、毎回ここら一帯で一番有名な医者に診てもらってるんだぞ!

[ギャリー] 本当に感染してるんなら、何も感じないのはどうしてだ? 見せてみろ、そのレポートを……クソッ、どういう意味なんだこの数字とグラフは!?

[ハイビスカス] あなたの血中源石密度の増加傾向を示しています。ウォーレンさんに聞きました、工場が危険な案件を受け始めたのは去年の三月からだそうですね。そのデータから推測すると……

[ギャリー] バカな! 誰が感染しようと、俺だけは感染するはずがない!

[ギャリー] 見ろ! この薬たち! 全部大枚はたいてクルビアから持ち帰らせた物なんだ。どれも長い間飲んできた、いくら何でも免疫力みたいなもんが付いてるはずだろ!?

[ギャリー] ……なんとか言えよ! そのレポートだってどうせあんたが捏造したもんだ。俺を騙して、自社製品を売りつけようって魂胆だな? そうだな!?

[ハイビスカス] ギャリーさん、落ち着いてください。まだ話は……

[ギャリー] まだあんのか? モタモタしてないで一遍で言いやがれ……

[ギャリー] おい、何だよその目は。俺のことバカにしてるのか……やめろ、もうこっちを見るんじゃない!

[ハイビスカス] ……

[ギャリー] 見るなと言ってるのが聞こえないのか!? 俺が感染しちまってさぞかし気分が良いんだろうな!? これでようやくあんたら感染者どもも憂さ晴らしできるってわけか!

[ハイビスカス] ……たとえその人がどんなに気に入らなくても、感染してほしいだなんて思ったりしませんよ。感染者が向き合わなきゃいけない苦痛は……普通の人には理解できないものですから。

[ギャリー] そんなの言われるまでもない! たとえ俺が感染しても、あんたらみたいな役立たずにはならん!

[ギャリー] この工場と金さえあれば……一生分の薬は賄える! 俺は……俺はまだ……

[ギャリー] この腐った場所から抜け出せてないんだ……俺にはまだ、やるべきことがたくさんあるんだ……

[ギャリー] *ヴィクトリアスラング*、俺はまだ、死にたくない……

[ハイビスカス] ええ、死にたくないでしょうね。ただ、生きていくだけでも大変な労力が必要なんです。その上で勇気を出して欲望を抑え、どんなに酷い境遇でも、少しでも暮らしを良くしようと必死にあがく……

[ハイビスカス] そういった皆さんの努力は、あなたにとっては無意味に見えるかもしれませんが、少なくとも笑われるようなことじゃありません。

[ギャリー] ……

[ギャリー] 感染して、身体から石が生えちまったら、もう人前に出て商談はできなくなる……早くこの工場を誰かに引き継いでもらわなきゃ……回らなくなったら大変だ。

[ギャリー] でもそれはすぐにできるようなことじゃない。俺は……なぁ、もしあんたの言いつけを守ったら、俺はあと……あとどれくらいの間、普通の見た目のままでいられるんだ?

[ハイビスカス] ……結構長くそのままでいられると思いますよ。よかったですね。

[ギャリー] よかった、だと?

[ハイビスカス] 結晶濃度は病変のピーク値まで達していますが、あなたはとても幸運です。症状がまだ現れてませんから。

[ハイビスカス] つまり、今のところあなたはまだ感染者じゃないってことです。引き続き感染源には接触せず、防護措置をしっかり行って治療を受けさえすれば、状況はよくなるはずですよ。

[ギャリー] ……俺を騙したのか?

[ハイビスカス] いえ、今のあなたの身体状況が病変まであと一歩という危険な段階にあることは事実です。以前の提携先などは引き続き警戒することをお勧めしますよ。

[ハイビスカス] なぜそれを最初から言わなかったのかというと……ギャリーさん、あなたにも感染者である皆さんの境遇や気持ちを知ってほしかったからです。

[ギャリー] あんたに言われるまでもない! ……あいつらのことは、俺が誰よりもちゃんと分かってる。

[ハイビスカス] そうでしょうか。段々忘れてしまわれたのではないかと、心配になりました。

[ハイビスカス] 皆さんがよくあなたのお話をされてましたよ。スラム街で育った子が出世して、街の人たちを助けてくれたんだって。

[ハイビスカス] 待遇も体の状況もどんどん悪くなる一方なのに、誰もかれも口を開けばあなたのことばかり。ギャリーも大変なんだから、どうにか出費を減らしてあげなきゃって……

[ギャリー] なんだよ……自分たちの方がよっぽどキツイだってのに……

[ハイビスカス] 皆さんに信頼され、心配されるような人が、最初から彼らを利用することしか考えてなかったなんて、とても信じられません。

[ハイビスカス] 設備が少し古くなっただけだ、大した影響は出ないだろう。少し多めに受注しただけだ、命の危険なんてあるわけない……

[ハイビスカス] そういう考えが血液の中にできた結晶と同じように、ある程度まで蓄積すると身体から突き出てくるものなんです。鉱石病と一緒で、警戒しなきゃいけないんですよ。

[ギャリー] ……

[ハイビスカス] こちらの資料をどうぞ。ロドスのルートで入手した優遇価格申請書です。抑制剤と交換が必要な設備、どちらの分も用意しましたし、足がつかないようにしてあります。

[ハイビスカス] 私たちがただの雇用関係に過ぎないってことは承知してますから、あなたの今後の決定に関して、私が口を挟むつもりはありません。

[ハイビスカス] ですがせめて、皆さんの真心だけは裏切らないであげてください。

[ハイビスカス] 迎えの車が来ました。それではさようなら、ギャリーさん。

[ギャリー] 待ってくれ。その書類、詳しく説明してくれないか……それからあんたたちの責任者に――

[ギャリー] ――急かすんじゃねぇ! 死に急いでるのか!?

[???] おい、ギャリー! 俺様が直々に運んできてやったってのに、いつまで部屋で縮こまってるつもりだ!?

[ハイビスカス] すみません、あとでまとめて運びやすいように、その機材は一旦ここに……待ってください! この配線、セットの物じゃないですよね?

[ハイビスカス] はぁ、やっぱり事務所に連絡して本職のエンジニアに来てもらおうかな……ちょっと! 防護手袋はきちんと着けててください!

[ギャリー] おい、この新型機器は……またどこの役人様に頼まれて持ってきたんだ?

[エドガー] この嬢ちゃんに感化されて、良心に目覚めて人助けしたくなったってんじゃダメなのか?

[ギャリー] 五年前にそう言われてれば信じてたところだがな。

[エドガー] やっぱそうか。あの時俺が工場から資本を引き揚げ、貴族の旦那に言われるがままに役所に入ったのをお前はまだ恨んで……だが仕方がないんだ、どうしても親父の治療費を工面する必要があった。

[ギャリー] よせよ、お前の事情は俺には関係ない。

[エドガー] ハッ、強がんなよ……この軍用のパーツの注文なんかは、どれもお上から押し付けられたもんだろ?

[ギャリー] ……なぜ知ってる?

[エドガー] 俺が知ってなきゃ、こんなちっぽけな工場はとっくに言いがかりつけられて併合されてたところさ。

[エドガー] なぁ、機器の交換が済んだら、今度からは普通の受注を受けな。工場の届け出を担当する奴にはすでに話をつけてある。

[ギャリー] ……

[ギャリー] あんがとな。

[ハイビスカス] ……ちょっと、ウォーレンさん! 今日は手伝ってもらうことはないと言ったじゃないですか! 設備の起動テストが皆さんの身体にもたらす影響はとても大きいんですよ、早く戻ってください!

[ハイビスカス] 私? 私は専用の防護装備を着けてるので平気です! それに何かあればアーツで……あーはいはい、分かりましたよ。一緒に戻りましょうね!

——

ただいま電話に出ることができません。発信音の後に、ご用件をお話しください。

もしもし、ハイビスちゃん? もう連絡するのこれで三回目だよ、あとどれだけかかるのさ! これ以上返信くれないと、アタシのオフィスがA1の子たちに踏み均されちゃうって!

けどそんな短期間で担当先の病状を緩和させて、三年分の抑制剤の受注を取って、エドガーに新しい機器の購入までさせたなんて、初めての外勤任務なのにホント目を見張るような成果だね!

根気強く、プロ意識を持ちながらも決しておごらず、しかも先方の潜在ニーズを予測する術まで身につけちゃうなんて……ねぇ、 あたしと一緒にビジネスの仕事をしてみるつもりはない?

ま、冗談はさておき……ハイビスちゃん、早くそっちの仕事を終わらせてよね。祝勝会の用意をして待ってるから――

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