aklib_story_一朝一夕

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一朝一夕

とある画師の身に降りかかった「惨い真相」について聞き及んだ講談師は、彼に直接会ってみようと考えた。


[番頭] あ、ちょっとお待ちください。

[講談師] 私を騙しておいて、今更何を待てというのです?

[講談師] 阮(ルァン)先生は永久に語り継がれる巨匠というほどではありませんが、細かい部分まで正確に描き上げる技巧の精妙さには定評があります。

[講談師] 確かに、この絵はルァン先生のような力強さがあります。ですが、真似できているのはせいぜい三、四割だ。線はいびつで、てんで意味をなしていない。これのどこが真筆と呼べるのですか。

[番頭] 待って、どうかお待ちを!

[番頭] あなたはきっと聞きたくないだろうと思いましてね、惨い真相は言わないでいたのですが……これは、確かに彼の真筆なのです!

[講談師] 惨い真相? 彼はこの町に住んでいるのですから、曲がりなりにもあなたと同郷でしょう? それなのに、あなたは彼の作り話をでっちあげるというのですか?

[講談師] それにどれだけ惨い話であったとしても、彼がこうまでも劣悪な作品を描くはずがありません。

[番頭] あの人は、目を患ってしまったのです。

[講談師] ……

[番頭] これは決してデタラメなんかじゃありません! ルァン先生が視力を失ったことで、私がこの絵を手にすることになったのですから!

[講談師] ルァン先生が若い頃から目の病気を患っていたという話は、耳にしたことがあります。

[講談師] しかし彼ほど誇り高い方なら、たとえ視力を失ったとしても、このような物を世に流して自らの名声を汚すはずがないでしょう?

[番頭] どうか私の話をお聞きください。

[番頭] ルァン先生の目のご病気は年々ひどくなっていくものでした。そしてついには、紙の上の文字が少しでも小さいと、どうやっても読めないくらいに視力が落ちてしまったのです。

[番頭] しかしルァン先生はその誇り高さゆえに、自分の目が見えないなどという事実は死んでも認めませんでした。

[番頭] そのことを見抜いたある卑怯者が、上辺の付き合いであの人を騙して信頼を得た後に、入念に計画した契約書を彼の目の前に置いてサインするよう促しました。

[番頭] それにより、ルァン先生は多額の借金を背負わされたうえに、目の病気を隠し通すこともできなくなってしまったのです。

[番頭] その件があって以来、先生は何ヶ月も病に臥せっております。噂では完全に光を失ってしまったとか。

[講談師] ……人がそこまで悪辣になれるものとは。

[番頭] 本当にその通りですね。

[番頭] しかしながら、単にルァン先生が悪だくみに乗せられただけで済んでいれば、私も「惨い」などとは言わなかったでしょう。

[番頭] ですがそれ以来、あの人は意気消沈して、借金を返済するために手段を選ばなくなってしまわれたのです。

[講談師] 一体何をしたんですか?

[番頭] 画力の低下で、通人に選ばれなくなったため「盲人の絵描き」という看板を使うようになりました。盲いた自分が絵を描く様を売り物にして、見物に来た金持ち連中から金を取るようになったんです。

[番頭] 正直な話、今のあの人が描いた絵は大した額になりません。おそらくその金持ち連中が恵んでくれる額よりも、安い値しかつかないでしょう。私の手にしたこの絵も、その人たちから買い上げたもので――

[番頭] あれ? どこへ行ったんですか?

[金持ち] ルァン先生は本当に不思議な方ですなぁ。この絵の子供はわしの孫にほとんど瓜二つだ! それにこの頭のところの薄墨も、孫の頭についている痣とそっくり! あんた、本当に目が見えないのかね?

[ルァン] ……見えませんとも。

[金持ち] ま、そうだろうな。見えていたとしたら、契約書にでかでかと書かれた文字が読めないはずがない、ハハッ。

[ルァン] ……はっ。

[金持ち] これは先生への心づけです。受け取ってください。では、わしは先に失礼しますよ。

[講談師] あの番頭が言っていたことは本当でしたね。まさかルァン先生がここまで落ちぶれていたとは。

[ルァン] 誰だ!?

[講談師] 私は一介の講談師です。

[ルァン] ……講談師?

[講談師] ルァン先生が、迫真の絵を追い求めるために対象を三日間見つめ続けるのも厭わないお方とは知っていました。しかしその彼が、今は檻の中の珍獣に甘んじているのは存じなかった。

[ルァン] ……

[ルァン] 同好の士がわざわざ私の元へお説教しに来たんだとしたら、そのご好意は受け取っておきましょう。

[ルァン] ただ、人にはそれぞれ考えがあります。光を失った今、私に真贋を見極めることはもはや不可能だ。だからせめて野垂れ死にしないよう、何とかあがいているに過ぎないんですよ。

[相場師] ルァン、ルァン!

[ルァン] あなたは……?

[相場師] 一昨日の午前に絵を描いてもらうよう頼みに来た者だ。もう忘れたのか?

[ルァン] ああ……褚(チュー)さんですか。

[相場師] そうだ!

[相場師] あんたの描いた『花羽図』だが、これは一体何だ?

[相場師] 羽獣の足の爪は何本にも折れているように見えるし、花の彩色はただの染みの塊だし、紙の上に調色板をひっくり返したかのようだ!

[相場師] あんたの描いた絵を専門家に見せて、これはどんな画法なのか、技巧はどうなのかと聞いてみたがね、彼らはなんて言ったと思う?

[相場師] 彼らによれば、あんたの「筆運び」は、もはや「媚び」になったんだと! そんな精神だから描いたものも、ブレブレで一文の値もつかないってよ。

[ルァン] 媚びだと!?

[講談師] ……

[ルァン] ……最初に言ったはずですよ。報酬はあなた次第で、いくらでも構いません。しかし払った後に反故にするのはなしだと。

[相場師] あんたがそんな男だと分かっていたら、金をもらったとしてもあんたの絵なんぞ受け取らんかったぞ! 今日中に金を返してもらえないなら、詐欺師として役所に訴えてやる!

[講談師] チューさん、前もって取り決めておいた約束事だとしたら、役人方がこの件に干渉することはないでしょう。

[相場師] あんたに何の関係がある?

[相場師] 役人が出て来ないってんなら別の手段があるさ。どんな手を使ってでも、この老いぼれに金を返してもらうからな!

[講談師] あなたが「別の手段」に訴えたら、それこそ役人の手を煩わせることになるでしょう。

[相場師] なに!?

[相場師] ……ふんっ、今日のところは勘弁してやる。

男は破ろうとするかのように、手に持った絵を掲げた。

[ルァン] 何をする気だ!?

男は手に思い切り力を込めると、絵をビリッと引き裂いた。

ルァンの全身に、高く投げられた紙の破片が雪のようにはらはらと舞い落ちて、降りかかった。

[相場師] ルァンとかいうの、あんたの浅ましさは乞食にも劣ってるぞ! 彼らの言った通りだったな。卑しい媚び売り野郎め! 下賤の輩が!

[ルァン] 俺が……媚び売り? 下賤だと?

[講談師] 先程のことはまだ擁護できましたが、その点に関しては、反論の余地はないでしょうね。

[ルァン] ……違う、違う!

[講談師] 「違う」ですって?

[講談師] 光を失ったと何度もおっしゃっていますが、本当にあなたは全盲なのですか?

[講談師] 見世物で金を稼ぐ時点で十分惨めではあります。ですが、その見世物ですら、一部分は嘘っぱちらしい。あなたはそれでも「違う」と言えるのですか?

[ルァン] そ……それはどういう意味だ!?

[講談師] 赤ん坊の頭にある痣の件は言うまでもありません。それに加え、先ほどの方が絵を引き裂こうとした時、あなたは紙がまだ破られていないうちから声を上げていたでしょう。

[講談師] 私の勘違いでなければ、あなたの視力は確かにほぼ失われていて、紙の上の文字はおろか、色の明暗すらも分からなくなっているのでしょう。だから画力が著しく低下しているのだと思います。

[講談師] しかし全盲というのは、真っ赤なウソというほかありません。

[ルァン] ……

[ルァン] ……ご明察です。

[講談師] どこへ行くのです?

[ルァン] 最後の嘘すら見破られてしまった私が、今更どのツラ下げてこの世にしがみついていればいいというんです?

[ルァン] どこか静かな場所でも見つけて……すべて終わりにします。そうすればすっきりする!

[講談師] すっきりする?

[講談師] 今死んでしまえば、ルァンという男はこれから先、永遠に下賤な媚び売り野郎のままです。それのどこがすっきりすると言うのです。

[ルァン] だが私にこれ以上どうしろと? 何ができるというんだ?

[講談師] 光を失えば、絵が描けなくなるものでしょうか。ましてやあなたは全盲ですらないのですから。

[ルァン] 絵が……描けなくなるか?

[ルァン] ……

[ルァン] もしかしたら……描けるのかもしれない……

[ルァン] ――馬鹿なことをと思うかもしれませんが、この見えない目で絵を描くための方法を、どうか教えてください!

[講談師] 私の聞くものは、あなたの聞くものにあらず。私の触れるものは、あなたの触れるものにあらず。私の味わうものは、あなたの味わうものにあらず。私が教えられることなどあるはずもない。

[ルァン] 聞くもの……触れるもの……味わうもの?

[講談師] ふっ。

[講談師] 今日はもうくたびれました。後は自分で何とかすることですね。

[ルァン] ……

[ルァン] 先生?

[ルァン] なんだ、空耳か――

[講談師] 私を呼びましたか?

[講談師] もう話すことなど、何もないはずですが。

[ルァン] そんな! 先生から受けた大恩は、忘れたことがありません!

[講談師] ふっ、面白い。

[講談師] 私にどんな恩があるというのですか?

[ルァン] 先生が教えてくれた、聞き、触れ、味わう画法のおかげで、私はこの数ヶ月の間、じっくりと地に足をつけて一枚の絵を描き上げることができたんです。

[ルァン] 実は同好の士に新作の品評をお願いしようと考えていたのですが、まさかここで先生にお会いできるとは思っていませんでした。考えてみれば、先生こそが最初にこの絵を品評するにふさわしい。

[講談師] いえ、その必要はありません。

[講談師] それよりも私が知りたいのは、あなたが何を聞き、何に触れ、何を味わったのかということです。

[ルァン] あの日先生が去った後、よく考えてみたんです。金持ちに見世物として嘲笑われ、商人に辱められた私に、先生は解決の糸口を与えてくれました……

[ルァン] 目の見えない私が、耳に聞こえてくる姿形を紙の上に表すのは決して容易ではありませんでしたが、それでもなんとか、手応えが生まれました。

[講談師] では、あなたが今聞いているこの私を紙に描くのであれば、どのような姿になるでしょうか?

[ルァン] 先生は痩せていて、背が高く、口ひげをわずかに蓄え、鋭く輝いた目を持つ、浮世離れした中年男性であるはずです。

[講談師] それは別段、どうと言うこともありません。視力がわずかでも残っているなら、私の身体の輪郭を捉えることは難しくないはずですから。

[ルァン] だが目を閉じてよく耳を澄ましてみると……時折一見冷たいようだが実は温かい心を持った女性のようにも、思えてきます……

[講談師] ゴホンッ。

[ルァン] 馬鹿げたことを言いました。許していただきたい。

[講談師] いやいや、むしろかえって興味深いです。

[講談師] では何に触れ、何を味わいましたか?

[ルァン] 触れることに関しては最も簡単でした。描きたい物を手に持って、丁寧に撫でさすったりして感じ取るんです。

[ルァン] 大きすぎる物の場合には、画卓をその隣に運んできて、触ったり考えたりしながら描くこともありました。

[ルァン] 味わうことに関しては……おかしなようにも聞こえますが、墨や顔料の味を一通り確かめたんです。

[ルァン] 元となる顔料の味だけでは不足ですので、光があった時の通りに顔料を混ぜ、人に頼んで比べてもらい、色がいい具合に変化したら、数滴取り出して口に含んで、その味を心に刻み込みました。

[講談師] ……毒があるかもしれないのに?

[ルァン] 再び絵筆を執れるだけでも、この上なく大きな幸運ですからね。顔料の毒くらい、何も恐れることはありませんよ。

[講談師] ……

[講談師] 分かりました。その意気込みならば、描いた絵もきっと悪くないものでしょう。

[講談師] 邪魔してしまいました。もうお行きなさい。

[ルァン] 先生、まさか……ここでずっと私を待っていてくれたんですか?

[講談師] いいえ。

[講談師] 折よく町を散歩していたところ、遠くから顔色の悪そうなあなたの姿が見えたので、会いに来てみただけです。

[講談師] 何かあったのですか?

[ルァン] 同好の士から、この絵には不足した点がたくさんあるとの指摘を受けまして……それだけです。

[講談師] それだけですって?

[講談師] あなたの目が見えなくなってから初めて真剣に描いた作品なのですから、不足した点があるのは至極当然のことです。なのに、なぜそこまで打ちひしがれているのですか?

[ルァン] いえ、大したこと……ではないんです。

[ルァン] 私なら心配いりません。では……お先に失礼します。

[ルァン] ……

[ルァン] 下等、か。

[ルァン] 言い得て妙だ。

[ルァン] 的を射ている!

[ルァン] 下等な人間は、もちろん描く絵も下等なのだ、ハハ、ハハッ!

[ルァン] ハハッ……ハハハッ……

[ルァン] なぜこの絵が下等なんだ、どこに下等な点があるんだ、半盲の私がそれを理解するにはどれだけの歳月が必要なんだ!?

[ルァン] ……もういい。どのみち、この身に染みついた媚びの根性からは逃れられないのさ。

[ルァン] ああ、疲れた疲れた。もう舞台の幕はとっくに下りてるんだよ。

[ルァン] あの先生には申し訳ないが……私にはどうしようもない。

画師は天井を仰ぎ、濁った両目で梁を見上げた。

机の横には、数ヶ月前に彼が決心を固めた際に購入した、絹帛(けんぱく)の反物が数本置かれている。

絵を描き上げて出発する前に、彼は様々な場面を予想した。温かな反応、冷ややかな反応、彼の絵を見た者に批判される場面も。

だが彼が実際に直面したのは、全く予想外のものだった。同好の士たちは彼の絵を見た後、彼自身に目を向け、しばし黙り込んだ挙句に、誰からともなく無感情にただ一言だけ言った。「下等」と。

他の者たちは少し言い過ぎだと思ったのか、取り繕うに色々と感想を言い添えたが、結局その二文字に異議を唱える者は誰一人としていなかった。

今となっては、この絹帛に何かを描く必要はなくなったらしい。

画師は身を起こすと、一巻きの絹帛を梁に向かって放り投げた。

[講談師] ルァン先生、あなたがそんなに意気地のない人だとは思いませんでした。結局のところ、未だに死を望んでいたとは。

[ルァン] ……先生、どうして訪ねて来たんです?

[講談師] 一枚の絵の良し悪しを真っ先に評価するべきは、描いた本人であるとは思いませんか?

[ルァン] 先生が私を励ましてくれていることは分かっています。しかし今の私には、その言葉さえも冗談にしか聞こえないのです。

[講談師] 冗談?

[講談師] ルァン先生、一つだけ聞きます。あなたは自分の描いた絵が本当はどのような絵なのか、見たいですか?

[ルァン] 私は疲れました。どうかお帰りください、先生。

[講談師] 答えてください。

[ルァン] ……見たくないわけがないでしょう!

[講談師] それは良かった。

[講談師] 私の言う通りにすれば、今宵の酉の刻から明日の辰の刻までの間、あなたの目には必ずや光が戻ります。

[ルァン] ……

[ルァン] 先生のご好意は大変嬉しいです。しかしそんな先延ばしの策では、その場しのぎにしかなりません。一生は長いです。

[ルァン] 酉の刻になってもまだ私の視界に霞が広がっていたら、その時先生はどうなさるおつもりですか?

[ルァン] 私の両目の病気は生来のものです。薬も鍼治療もあらかた試しましたが、すべて無意味でした。先生の二言三言で盲いた人間に光が戻るなんて、そんな都合の良い話があるはずないでしょう?

[講談師] 私のことを名医か何かとお考えですか?

[講談師] これもお伝えしておきましょう。あなたが本当に今宵限りの光をお望みならば、明日の辰の刻が訪れた時、両目は完全に視力を失います。視界を埋め尽くすのは霞ではなく、一面の暗黒です。

[ルァン] ……それは……本当ですか?

[講談師] 嘘か真かは、あなただけが知ることです。

[講談師] あなたが望むなら、今すぐ床に就いて眠りなさい。酉の刻になれば自然と目覚めるでしょう。一夜の光が過ぎて明日の辰の刻が訪れた時、あなたは完全に光とは無縁になります。

[講談師] もし望まぬならば、眠らなければよろしい。家で何もせず座っていてもいいし、気晴らしに出かけても構いません。どのみちあなたの両目は元には戻らないのですから。

[ルァン] そ……そんなことを突然言われましても、もっと詳しく説明してもらえませんと……

[講談師] 話すことはもう何もありません。眠りたければ眠り、起きたければ起きる。元より人が口を出せることでもありません。

[講談師] 自分で考えてみてください。

画師は梁の上でぱたぱたとはためいている一枚の白い絹帛を見上げてから、振り返って机の上の絵巻に目を向け、それきり口をつぐんでしまった。

彼はただ靴を脱ぐと、服を着たまま寝床に寝そべり、すぐに眠りについた。

[講談師] 光が戻ってから、ご自分の絵を見た時に理解するでしょう。下卑ていたのはあなたではなく、彼らの心の中の先入観だったのだと。

[講談師] それから……よく目に焼き付けなさい。

[講談師] 本を、絵を、今宵の景色を。

[講談師] たとえこんなに小さな町でも、たったの一夕で全てを余すことなく目に収めようというのは、性急な行いでしょう。

[講談師] たった一夕では、夢をひとつ見終わることすら叶わないかもしれません。

[講談師] あなたにとっても、私にとっても、時間はあまりにも短すぎる。

[講談師] ……

[講談師] 残された時間は限られています。私は一時たりとも無駄にしたくありません。

[講談師] 一時たりとも無駄にしたくありません……時間は限られているものですから。

[ルァン] これは――

[ルァン] 酉の刻だ、間違いない、今は酉の刻だ!

画師は寝床から飛び起き、まっすぐ机に向かうと、下等だと酷評された自らの絵巻を広げ、焦る気持ちでじっと眺めてみた。

[ルァン] ここの線はいびつだし、ここの表情はおかしい。ここの彩色はいささか派手すぎる――

[ルァン] しかしすべては堂々と指摘されて然るべきものだ。なのに彼らはどうして、この絵を「下等」だなどと評したのか?

[ルァン] 私が二十代で頭角を現した時の作品と、ほとんど同じレベルだ。なのにそれがどうして下等になるのだ?

[ルァン] 彼らに問い質しに行かねば――

[ルァン] いや……

[ルァン] ダメだ!

[ルァン] 私には今夜しか……今夜だけしかないんだ!

夕陽が西に傾いていた。部屋の中は薄暗かったが、画師の目には、灯りの一つ一つが太陽のように輝いて見え、ほとんど目を開いていられないほど明るかった。

煌々と輝く光が彼の目を刺し、涙が溢れ出してきた。

彼はその光で自らの絵を、秘蔵の名作を、絵の外の美しき山河や市井の人々を見に行きたいと強く思った。

しかし、許されたのはたった一晩だけなのだ。

梁の上から絹帛を引っ張り下ろし、その一部を画板の上に張り付けると、彼は急いで筆を洗い、墨を磨って、顔料を混ぜた。

未だ何を描くかは考えていなかったが、細筆を持った途端、線を描き慣れた手がひとりでに動き始めた。

暗闇が背後から迫ってくると、思わず逃げ出したくなる。それが人の性だ。

太陽がゆっくりと落ちていくのを見て、思わず追いかけたくなる。それが人の性だ。それと同じで、筆を持てば手が動き始める。それが画師の性だ。

線が肖像を織り成すにつれ、彼はふと、昔聞いた荒唐無稽な物語を思い出した。

夜の帳が降りた後も、ある男が夕陽を追いかけて、止まることなく走り続けていた。

走り続ける間に汗が雨のように流れ落ち、彼は小川を、湖を、大河を飲み干した。

しかしそれでも彼は止まることなく走り続けた。

なぜなら、彼に残されたのは、この一晩だけだったからだ。

画師は喉の渇きを感じ、無造作に手元の筆洗を掴んだ。

中の水は、洗った筆から落ちた墨が混じって濁っている。

彼はその黒い水をほんの僅かの間見つめた後、一気に飲み干した。それから考えることをやめた。

彼に残されたのは、この一晩だけである。

東の空が白み始めた。

画師がまだ周りを気に掛ける余力を残していたら、陰に隠れて呆然とする者の姿に気付いただろう。講談師は呼吸の音がほとんど聞こえないくらい静かに、一晩中画師を見つめていた。

しかし彼にはもう、そんなことを気に留める余裕はなかった。

[ルァン] 描き上げたぞ……

[ルァン] 俺は描き上げた……

幾重にも色を重ねた絹帛の上、画中のルァンが机に寄りかかり、窓の外を眺めていた。

そこにあるのは何か?

画中のルァンの目を見つめる、画外のルァンには分かっていた。そこにあるのは、彼が生まれてから今に至るまでの全ての光だったのだ。

[ルァン] ……

彼は描き上げた絵を慎重に持ち上げると、慣れ親しんだ室内の調度品を頼りに足を踏み出した――

[講談師] ぶつからないように気をつけてください。

[ルァン] 先生!?

[講談師] 表装の手配は私がしましょう。

[ルァン] 俺の友人がここに住んでいるんです。ここまで送っていただければそれで結構ですので。

[講談師] その方は信用できるのですか?

[ルァン] 彼すら信用できないとしたら……この町には俺が信じられる人はいません。

[講談師] ルァン先生、今やこの絵は美と趣を兼ね備えた、至高の一作と言えましょう。それなのに、あなたが満足するには、このうえ他人の肯定が必要なのですか?

[ルァン] ふっ……

[ルァン] 私の媚び売り野郎の性根は、結局変わらないままでしたね。

[講談師] (小声)ことここに至って……まだそんなこと?

[男の声] ルァン先生、どうした――

[男の声] 誰か来い。ルァン先生が血を吐いて倒れてる!

[女の声] 七(チー)、早く医館へ行って医者を呼んできなさい!

[女の声] あなた彼に何をしたの? どうしてこんなことに?

[男の声] な、何もしてないさ、ただちょっと言ってやっただけだって!

[女の声] 何を言ったのよ?

[男の声] 奴は人柄が悪いんだ、どんなに実物そっくりな絵を描いたって、とても立派とは言えない。しかも自画像だぞ、そんなの自画自賛してるのと同じじゃないか……

[男の声] さっき、この町の画師の間でも人望が厚い張(ジャン)先生に来ていただいたんだが、彼も帰る前にこっそりそんなことをおっしゃっていたよ。

[女の声] ジャン先生は声を潜めておっしゃったんでしょうけど、あなたは直接本人に言ったの!?

[男の声] 違うって、ただ心の中で思っただけさ! 直接言ったりするはずないだろ! 俺が言ったのはただ、この絵は……

[男の声] せいぜい……下の……上の上ってとこかな、と。

[講談師] ……下の上の上?

[講談師] はは、はは、そうか。下の上の上とはよく言ったものです!

[講談師] もはやこんな町に、留まる必要はなさそうですね。

[シー] ……私、こんな陰険で凶悪な子を描いたかしら?

[無名の墨魎] ……

[シー] まあいいわ。多分あんたは陰険なんじゃなくて、クヒツムたちと比べて考え事が多くて、まともに眠られないから、その不気味な姿になっちゃったんでしょ。

[無名の墨魎] ……

[シー] そうね、「ソネミ」って呼ぶことにするわ。

[シー] 行きなさい!

新しく名前を得た墨魎(ぼくりょう)は、ふらふらと身を揺らしながら、振り返って歩み去った。

元々そこにたむろしていたクヒツムとヨツアシたちは恐れをなしたのか、一目散に逃げて行った。

[シー] 足音?

[シー] (小声)あのじじい、ずいぶんと行動が早いじゃない……

[シー] (小声)ただ自分の絵にちょっと加筆しただけなのに、何か文句あるわけ?

[来客] 先生?

[シー] あら、じじいじゃなくて――

[シー] 貴方は……ルァン先生?

[シー] 二十年以上も経ったのに、まだ生きてたのね?

[来客] 先生のおかげで、辛うじて生き永らえております。

[シー] 座ってちょうだい。

[来客] お気遣いなく。

[来客] 山石が氷のようで、冷え冷えとした空気がたむろしております。老体には堪えますな。

[シー] 山石?

[シー] (小声)そうか、彼は全盲なんだから、見えなくて当然だわ……

[シー] (小声)じゃあ……一体どうやって私の絵画の中に入ってきたのかしら?

[来客] 「会話」の中とは?

[来客] いま何か大事な話でもしていらしたのですかな? 聞き落としてしまいました。

[シー] いえ、何でもないの。

[シー] ただ、貴方がこの二十年間どうやって過ごしてきたのか、興味があるわ。

[来客] 何とも滑稽な話ですがね。

[来客] あの日私が医館で目覚めた後、医者はこう言いました。もうあなたの命は半ばまで尽きかけている。これからは、くれぐれも安静にしなさい、決してかんしゃくを起こしてはいけないと。

[来客] 私自身も無気力に陥っていたので、名を捨て、筆も置き、家の財産をすべて売り払って借金を返した後、町を去りましてな。

[来客] あの一晩の光と心血を注いだ絵も、安値で他人に売り渡してしまったのです。

[来客] 当時の私は、そのうちどこかで倒れたら、そこがこの身を埋める地になるだろうと思っていました。

[シー] ……つまり、あの時私は貴方に関わらずに、放っておくべきだったのかもしれないってことね。

[来客] 先生が謝る必要などありません。

[シー] 私がいつ謝ったのよ?

[来客] そんな風にごまかそうとしても、私がかつて先生から教わった「聞く画法」は、何年経っても衰えちゃいませんからね。

[シー] コホンッ。

[来客] それから路銀もすぐに尽きたのですが、まだ墓に入るような時ではなかったので、仕方なく再び絵筆を執りました。

[来客] ですがもうわざわざお大尽を探すのはやめにしたんです。ただ紙と筆を持って街中に座り込み、肖像画を描いてほしいと頼みに来る人を待つことにしたのです。

[シー] また「盲人の絵描き」ってのをやったわけ?

[来客] ははっ、今回は本当に盲人が絵を描くわけですからね。ただ、絵を描いてもらった人がそれを見抜けるとは限りませんが。

[シー] 彼らには言わなかったの?

[来客] 描いたものに満足できればそれでいいではありませんか。画師が盲目だろうとそうでなかろうと、何も関係ありません。

[来客] 上手いものだと褒められて、自宅の庭なんかの静物も描いてもらえないかと頼まれた時に、仕方なく目が見えないことを伝えて驚かれることはよくありましたがね。

[シー] ……

[シー] つまり、貴方は相変わらず他人からの称賛をもらって得意になっているのね?

[来客] ……今のは先生から尋ねられたたくさんの問いの中で、最も素晴らしい問いと言えますね。

山風が吹き抜け、室内の調度品がざわりと音を立てた。

[来客] 先生は「媚び」という言葉を覚えていますか?

[シー] ……忘れたことはないわ。

[来客] 当時の私は、それを欠いては生きていけないかの如く、他者の承認ばかり求めていました。人におもねることで相手の歓心を買うための絵です。「媚び売り野郎」とはまさに図星です。

[来客] しかし家を、あの狭い天地を出て、ようやく気づいたのです。それは決して私一人だけのことではないのだと。世間というのは媚びを売るか、さもなくば人に媚びを売られるかであるということに。

[来客] 何もかも気にしない率直な人も中にはいるかもしれませんが、私は知りません。

[来客] 人の一生は、幼年期に両親の言いなりになり、青年期に己の意志を曲げて愛する人に迎合し、壮年期には世間に取り入ることを強要されます。老いた後は、子の機嫌を取る必要があるかもしれません。

[来客] 媚びへつらうのは、気にかけている相手からの承認を得るため。そしてその相手から承認を得るのは、ただ自分の心の平穏を得るために過ぎないのです。

[来客] 俺にはもはやそのような者などおりませんが、人から褒められればいい気になるし、叱責されれば恥をかきます。

[来客] ですがひと眠りすれば、心はひとりでに平穏に戻ります。他人の言葉など、消えゆく霞のように儚いものに過ぎません。

[来客] 今になってみれば、この媚び売りの性根も、自分の心に対して媚びているだけでした。

[シー] ……

[シー] 貴方の言葉を聞いていると、大きな杯に酒をなみなみ注いで呷りたくなるわ。

[シー] 今だけは、飲んでばかりな姉さんが横にいないのが惜しいわね。

[シー] 警句をもらっておいてなんだけど、私から贈れる物は何もないの。

[シー] 画の外まで送ってあげるわ。

[来客] いえ、可能であれば今しばらくここにいさせてください。

[来客] それに、贈り物をいただくなどとんでもない。私の方こそ先生にご恩があるのですから。

[クヒツム] ……

[来客] 先生の傍から、何か物音が聞こえますね。

[来客] 風に吹かれた絵巻のようにも、生き物が立てる物音のようにも聞こえますし、先生の心の声のようにも聞こえてきます。

[来客] あの時先生からいただいた大恩はどうやっても返せるものではありません。いっそこの音を立てている物を絵に描いて、先生に贈りたいと思うのですが、いかがでしょう?

[シー] ……好きにして。

画師がほんのわずかな筆運びで描き上げた絵は、決して写実的に描かれた工筆画とは呼べず、本質を写した写意画とも呼べないものであった。

[来客] いかがですか?

[シー] とてもよく似ているわ。

[来客] ハハッ、それはよかった!

[来客] では、私はそろそろ行きます。見送りはいりません。

[シー] 彼のように私の絵の中を自由に行き来できる人が、あとどれくらいいるのかしら? そもそも彼は……見えてすらいないというのに。

[シー] ……

[シー] 世にこんな人物がいるのであれば、誰が眠ることを選び、誰が起きていることを選ぶのかしらね?

[シー] ここ数日、一眠りするのにちょうどいい日を探していたけれど、こうなると……

[シー] ……あら?

先ほど画師が筆を振るった紙が真っ白に変わったかと思うと、シーの隣にいたクヒツムがいつの間にやら二匹になっていた。

[クヒツム&クヒツム?] (互いに首をかしげる)

瓜二つの二匹のクヒツムは、互いにしばらく見つめ合った後、相手が同類であることを認めたのか、肩を並べて嬉しげに歩み去った。

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