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孤星_CW-2_追跡不能_戦闘後
イフリータとロスモンティスは言葉を交わし、そこへブリキが現れて、ロドスにブレイクの企みを阻止するよう依頼した。サイレンスは調査の中で自らの師を見つけ出したが、問答の末無力を覚えてその場を離れ、ひょんなことからミュルジスと出会う。
[イフリータ] ……
[ロスモンティス] あなたが喋らないと……部屋がすごく静かだね。
[イフリータ] 今はあんま喋りたくねーんだけど……退屈なのか?
[ロスモンティス] ううん。少し慣れないだけ。
[イフリータ] ……
部屋に戻った時から――正確にはサリアと別れた時から、イフリータはずっと顔をしかめている。
テーブルの上には、精巧に作られた幾何学的なパーツが散らばっていた。これを組み上げていくと、ホテルが無料で配っている、トリマウンツの都市の模型ができあがるようだ。
ロスモンティスとイフリータはソファの隅と隅に座って、ぽつぽつと雑談を続けている。
あなたは子供たちの邪魔をせず、様子を見守っていた。
[イフリータ] そうだ、「トリマウンツ」作って遊ぼーぜ。結構むずいし、時間かかるぞ。
[ロスモンティス] もう二回やっちゃった。
[イフリータ] ……えっ、もう?
[ロスモンティス] うん、メモしてるから……ノートに、ほら。いくつか難しいところがあるの。区画一つ一つの建物の密度がすごく高いし、形もよく似てるから間違えやすいんだ。でも、それも書いておいたしね。
[イフリータ] いつもそうやってメモしてるのか?
[ロスモンティス] そうだよ。じゃないと忘れちゃうの。
[イフリータ] へえ、ほかに何を書いてるか教えてもらってもいーか?
[ロスモンティス] ドクターにアーミヤ、ケルシー先生、ブレイズ、ウィーディのこと……
[ロスモンティス] それに、もっと遠くの人や物事も……
この廊下、長いな……迷子になっちゃった。
お兄ちゃんたちは私とほとんど歳が変わらないのに、すごく頼もしくて、すぐに見つけに来てくれるし、怖がらないでって頭をなでてくれる。
お兄ちゃんたちの頭の後ろには似たような傷がある。名前の区別がつかない私が、花を見分けるのにつけてるマークみたいに……
……お兄ちゃん、たち……?
[ロスモンティス] ……
[イフリータ] おい、気分悪そうだぞ……リラックスして、何も考えないようにしとけ。
[イフリータ] オレサマもオマエよりはマシだけど似たようなもんだし、わかるよ……覚えとくことを自分で選べたらいいのにな。
[イフリータ] いつもビービー鳴ってたうるせー機械とか、真っ白い部屋とか、人をからかうためにわざとそういうふうに作ったみたいでさ。思い出すだけでイラつくんだ。
[イフリータ] でも、サイレンスとサリアが言ってくれたこととか、してくれたことは、ちゃんと覚えておきたいんだよ!
[ロスモンティス] だからあなたは、さっきのことで落ち込んでるんだね。だけど、サリアは……
[イフリータ] ……
[ロスモンティス] もしかしたら、あなたに傷ついてほしくないんじゃないかな? ケルシー先生も「アーク・ワン」を探すのにドクターを連れて行かなかったし。
[ドクター選択肢1] ......
[イフリータ] サイレンスはサリアに会うなって言ってくるし、サリアはオレサマに手伝わせてくれないし……
[イフリータ] 多分オレサマが邪魔になるとかじゃないんだ。前のとき、オレサマをちゃんと守れなかったから今度こそ、とか思ってんのかも。それか、オレサマのことをまだ騒いでるだけのガキだと思ってるとか。
[イフリータ] そりゃ、サイレンスもサリアもいっつも正しいよ。
[イフリータ] だけど、こういうのなんかすっげー嫌なんだ。
[ロスモンティス] なんとなく、わかるよ……
[イフリータ] 本当か?
[ロスモンティス] うん。ロドスを出る前、ブレイズとウィーディはずっと、私に思いとどまってほしい、って言ってきてたんだ。ブレイズなんて、あと少しで手紙を燃やしかけてたくらい。
[ロスモンティス] アーミヤとケルシー先生は、最終的には同意してくれたけど、あんまりクルビアに戻ってほしくないと思ってるのは伝わってきたよ……たぶん心配してくれてたんだと思う。サリアも同じじゃない?
[イフリータ] 大人ってみんなそーなんだな。
[ロスモンティス] でも、私は忘れてしまったものを思い出したいの。たとえそのためにもっとたくさん失うことになっても……
[ロスモンティス] 戻ってこないといけなかった。それだけは確信を持ってるよ。
[ロスモンティス] あなたは記憶力がいいし、きっと私よりも自分がすべきことをはっきりわかってるよね。
[イフリータ] そう、それだよ!
[イフリータ] オレサマもオマエも、自分からトリマウンツに戻ってきたのは、やらなきゃいけねーことがあるからなんだ。
[イフリータ] ふー、なんかすっきりした! なあロスモンティス、これが終わったらドクターに休みもらって街で遊ぼうぜ。
[イフリータ] トリマウンツの空っていつも曇ってて、今みたいに天気がいいのは珍しいんだ。オレサマがガイドするから……あっ。でも、「トリマウンツ」を二回も組み立てたオマエのほうが詳しいかな……
[ロスモンティス] うん、いいよ。遊びに行こう。
[イフリータ] あ、ケルシーかな? 開けてくる。
[イフリータ] お、オマエは……
[イフリータ] 特大ホットドッグを一気に四個も食べてたブリキ野郎!
[サイレンス] ……やっと十三区を出られた。
[サイレンス] ヤラ主任がくれた新装備のおかげだ。あのドローン、回転翼にすごく性能の高い光学材料が使われてた。おかげでステルス効果が大幅に向上したし、偵察範囲も倍化したし……
[サイレンス] 次は……
[伝達物質] ――
[サイレンス] これが唯一の手がかりだ……真相に迫れるのなら、どこへ向かおうと構わない。
[サイレンス] 九区が近付いてきてから、伝達物質の反応が明らかに強くなってる……
[サイレンス] 前にある、あの工業団地……政府の計画上の都合で使用停止になっていたはず……
[伝達物質] ――
銀色の不規則な幾何学体が空中をゆっくりと移動している。だがそれは、極めて高い周波数でうなるような音を立てていた。
それも伝達物質であることは間違いないものの、彼女が持っているものとはどこか違うようだった。具体的にどこが違うのかまでは、サイレンスも言葉にはできなかったが。
部屋の中央で、キャプリニーの老人が軽くうなずく。すると、伝達物質は呼びかけを理解したかのように、宙で大きな弧を描いて、彼の肩にそっと着地した。
[パルヴィス] 久しぶりだね、サイレンス。元気そうで何よりだ。
サイレンスは手の中で跳ね回る伝達物質を懐にしまうと、相手のほうへゆっくりと歩いて行った。
[サイレンス] ……先生。
[パルヴィス] 359号基地からここまで探しに来たのかい? 随分勇敢になったものだ。
[サイレンス] ですが、まさかその先にいるのが……あなただとは思いもしませんでした。
[パルヴィス] はは……聞いてるよ、ドロシーを手伝ってあげたのだろう? いいことをしたね。
[パルヴィス] フェルディナンドは功を焦るタイプだし、ドロシーはとても頑固な人間だ。君がいなければ、事態はこうもうまく収まらなかったかもしれないね。
[サイレンス] あなたは……
[パルヴィス] 聞きたいことがたくさんあるのはわかっているよ。
[パルヴィス] でもその前に、そこにある結晶制御装置を取ってくれないか。
サイレンスは横にあった実験器具を手に取って、パルヴィスの元へ歩み寄ると、彼が指さした場所に置いた。
彼女が装置を操作端末の入力ポートに接続すると、パルヴィスはすでにモニターの前に座っており、彼女を見ることもなく、複雑な方程式とその計算が素早く表示されていくのを見ていた。
そうして立ち上がった瞬間、サイレンスは相手がとても自然に命令を出し、自分もそれをごく自然に実行していたことに気付いた。
[パルヴィス] 私は多忙でね。しかし、君はここにたどり着いたわけだし、ご褒美に知りたいことは何でも教えてあげよう。
[サイレンス] あなたたちは、みんな伝達物質を使っているんですか?
[パルヴィス] その通りだ。
[サイレンス] 伝達物質を使って……何をするつもりなんですか?
[パルヴィス] この伝達物質は微振動にとても敏感でね。神経信号を受信して、それをエンコードすることができるんだ。
[パルヴィス] たとえばドロシーは、これが従来のアーツユニットに取って代わる新しい媒体となることを、そして伝達物質と繋がったすべての人が完全に平等な「個人」となることを望んでいた。
[パルヴィス] 一方でフェルディナンドの考えは、伝達物質の超個体的な特性を利用することで、距離を超えて正確に武器を発射する装置を開発できるというものだった。
[サイレンス] 359号基地のことを知っていたんですか?
パルヴィスは答えなかった。
サイレンスは師の表情を注意深く観察したが、彼ははぐらかす気もなければ辟易しているわけでもなさそうで、単にそれが答えるに値しない質問だと思っているだけのようだった。
[サイレンス] 始めから彼らの研究を知っていたのなら……あなたは誰の味方なんですか? ドロシー? フェルディナンド? それとも統括?
[サイレンス] あるいは、構造課の主任は本当に会社の給湯室で噂になっているような、いつも笑顔で気のいいおじいさんだとでも言うんですか?
[パルヴィス] 私は誰の味方でもないよ、サイレンス。
[パルヴィス] フェルディナンドもドロシーも一生懸命で、理想と熱意に満ちた若者だったから手伝っただけさ。もちろん、君もその一人だがね。
[パルヴィス] それでも誰の味方もしないのは、彼らが凡庸な科学者にすぎないからだ。無論、私も含めてね。
[パルヴィス] 我々は誰も、この平凡で惰弱な時代を超越することなどできないんだよ。
[サイレンス] ……
[サイレンス] だったら、あなたは伝達物質を使って何がしたいんですか?
[パルヴィス] その質問も、君の認識の範囲を超えるものだ。答えたくないわけではないが、今は忙しすぎて、君に初めから説明してあげられる時間がない。
[サイレンス] ……
[パルヴィス] だが、ここに残る分には構わないよ。君は私の最も優秀な教え子の一人だからね。
[パルヴィス] もうじき、我々は一番理想的な実験環境を得て、すべての材料の要件と触媒の条件が満たされるようになる……だから今のうちに、準備を整えておかなければ。
[パルヴィス] 有史以来最も革新的な実験が始まるんだ。君は本当に偉大な成果の誕生を目撃することになるだろう。
[パルヴィス] それはもはや近視眼的でもなければ、軟弱でもなく、あらゆる限界を超越して、凡庸になりつつあるすべてを救うものだ。
[パルヴィス] これぞ、科学の成すべき意味というものだよ。
[サイレンス] ……
[サイレンス] 359号基地の開拓者や、トリトンの工場労働者をはじめとして、あなたたちの研究はすでに多くの罪なき人を傷つけています。
[サイレンス] このまま進めば、もっと多くの人を傷つけるのではありませんか?
[パルヴィス] それが科学というものだよ、サイレンス。科学者として、我々が考えねばならないことは一つしかない。
[パルヴィス] それは、どのように目標を達成するかということだ。
[パルヴィス] これだけでも、我々を疲弊させるには十二分のテーマだろう。
[サイレンス] ……
パルヴィスの口調はとても穏やかで、正確に言えば少し上の空ですらあった。
モニター上の方程式は伝達物質と関係しているらしく、彼はそれを見つめ続けていて、サイレンスのほうを振り返りはしなかった。
怒りがこみ上げる。サイレンスはその瞬間、自らの感情をはっきりと感じ取り、拳を強く握りしめた。
[ブリキ] ……
[ブリキ] そうでしたか。道理で、サリアさんにもケルシーさんにも連絡がつかなかったわけです。
[ブリキ] では、あなたにお願いしても同じですね、Dr.{@nickname}。
[ドクター選択肢1] ......
[ブリキ] ケルシーさんからあなたについては伺っていますよ。
[ブリキ] それにしても、時間が経つのは本当にあっという間ですね。最後にお会いしたのは……
[ブリキ] ええと、そういえば……私の姿が気になりますか? 先ほどからこちらをずっと見ていらっしゃるようですが。
[ドクター選択肢1] 君は内臓もブリキなのか? それともそこは空なのか?
[ドクター選択肢2] 身体が錆びたら、皮膚病という扱いになるのか?
[ドクター選択肢3] 関節炎にはなるのか? 油をさす必要は?
[ブリキ] ……
[ブリキ] 確かに、随分と変わられましたね、ドクター。
[ブリキ] 今のあなたは……昔話をするのには少々向かないようですし、あまり時間がありませんので、本題に戻りましょうか。
[ブリキ] マイレンダー基金は、軍による……副大統領暗殺を阻止するべく、ロドスの力をお借りしたいと考えているのです。
[ブリキ] あまり驚いていないようですね、ドクター。
[ブリキ] 我々も先ほど情報を得たばかりなのですが、ジャクソン氏は明日ライン生命を訪問する予定で、ブレイクはその時に手を下すものと見られます。
[ブリキ] 「ホライズンアーク計画」については、ケルシーさんから共有されているでしょうし、説明を省略させていただきますが……
[ブリキ] 本件においてロドスはマイレンダー基金と立場を同じくしているはずです。これはケルシーさんと私の間でも合意が取れていますし、皆さんがトリマウンツに入る上での前提条件でもありますからね。
[ブリキ] あなたたちには、マイレンダー基金と協同で、軍の愚かな行いを阻止してもらいます。これは「命令」だと思っていただいて構いません。
[ドクター選択肢1] マイレンダーのエージェントがいれば十分だろう?
[ドクター選択肢2] 副大統領の護衛を探しに来たのではないだろう。
[ブリキ] ……思った通り、冷静で頭の切れる方ですね。
[ブリキ] 確かにマイレンダー基金は、できる限りの人員を配置して副大統領の身辺警護に当たっています。ですがそれだけでは、軍の計画を止めることはできないのです。
[ブリキ] ライン生命訪問は、会見を終えたジャクソン氏がこの地で行う活動の一つで、当日の様子はすべてライブ中継される予定になっています。
[ブリキ] つまり、たとえ暗殺が失敗しても、公衆の面前で刺客とエージェントが争うようなことがあれば、ブレイクに緊急事態を宣言し、トリマウンツ全域を占領する口実を与えてしまうということです。
[ブリキ] ……まさしく、今の十三区のように。
[ブリキ] ですが私もマイレンダー基金も、他人の博打に付き合わされることは好みません。
[ブリキ] それは往々にして崩壊の前触れとなりますしね。
[ドクター選択肢1] ケルシーに意見を聞かなくていいのか?
[ドクター選択肢2] ……
[ドクター選択肢3] それで、このままこちらに任せるつもりか?
[ブリキ] これはロドスに対する依頼であり、あなたはロドスのドクターですから……ケルシーさんが今なおあなたを信じているなら、私には当然疑う理由などありませんので。
[ブリキ] 時間は迫っていますよ、ドクター。この協力がうまくいくよう願っています。
[ドクター選択肢1] ケルシーと連絡を取るべきかな。
[ドクター選択肢2] サリアに連絡したほうがよさそうだ。
[ドクター選択肢3] Mechanistがまだここにいてくれたらな……
[イフリータ] ドクター! オレサマとロスモンティスが、その刺客ってのを捕まえてやるよ!
[ドクター選択肢1] ......
[イフリータ] ケルシーは「アーク・ワン」とかいうやつの入り口を探しに行ってるし、サリアはライン生命に資料を探しに行ってんだから、こっちもすぐに行動しよーぜ!
[イフリータ] まさかサリアやサイレンスみたいに、オマエまでオレサマのこと子供扱いしないよな?
[イフリータ] ドクターがいろんな任務に連れてってくれたおかげで、オレサマもあとちょっとすれば、エリートオペレーター昇進の申請ができそうなくらいなんだぞ。あ、ロスモンティスはもうなってるけどさ……
[イフリータ] とにかく、もしホテルの部屋に置いていくなんて言ったら――
[ドクター選択肢1] ……
[ドクター選択肢2] 君にどんな任務を与えるか考えていただけだよ、イフリータ。
[通行人] おいあんた、前見て歩きな!
[通行人] ぼーっとしてると轢かれるぞ!
[サイレンス] ……
[ミュルジス] 消える前に、一つ忠告しといてあげるわ、サイレンス研究員。
[ミュルジス] アンソニーさんを助けたことは正しいと思ってるかもしれないけど――
[ミュルジス] 事実はそう単純じゃないの。
[ミュルジス] サイモン社とハイドブラザーズの競争下において、サイモン社が純粋な被害者だという理屈はバカげているわ。
[ミュルジス] 両者はいずれも、相手を始末する計画を早くから準備していた……ただスミスさんが一足遅かっただけよ。
[サイレンス] ……
[ミュルジス] つまり、もしスミスさんがハイドブラザーズに先駆けて手を下していれば、一家そろってバンカーヒルシティの牢屋に入ってたのはサイモン家ではなく、ハイドブラザーズの一家だったってことよ。
[ミュルジス] そうするとアンソニーさんは、本当にただの被害者なのかしらね?
[サイレンス] でも……
[ミュルジス] あなたはどう思う? アンソニーさん。
[アンソニー] 否定はできません。
[ミュルジス] けれど、この大地に「もし」はない、それはわかってるわ。
[ミュルジス] サイレンス研究員、あたしがこういう話をしてるのは、今から言うことを理解してほしいからよ――
[ミュルジス] もしあなたが正しいことをしたいというなら、まず何が正しいかを知る必要がある。そして、正しいことをするには代償を支払わなければならないってことも。
[ドロシー] エネルギー課やアーツ応用課に限らず、この線がどこへ繋がり、どれだけの人が関わっているのかはわからない。
[ドロシー] でも、あなたは必ず……これまで知らなかったライン生命に触れることになるでしょう。
[ドロシー] 「炎魔事件」にしろ、359号基地にしろ、ここが会社説明会のプロモーションビデオ通りの綺麗な会社ではないのは知ったと思うけど、ライン生命はなおもあなたに……不愉快な思いをさせるかも。
[ドロシー] とにかく、必要になったら、私のアーツ応用課主任としての権限を貸してあげるわ。
[ドロシー] これを何かほかのことに使っても、知らないふりをしておくから。
[サイレンス] ドロシー、私は……
[ドロシー] だけど、忘れないでね。あなたにお願いしたのは、359号基地から消えた伝達物質の回収だけ。
[ドロシー] 乗り越えがたい障害に出くわしたら、いつでも諦めていいのよ。自分なりの答えを見つけるまで、抗えないものもあるから。
[パルヴィス] それが科学というものだよ、サイレンス。科学者として、我々が考えねばならないことは一つしかない。
[パルヴィス] それは、どのように目標を達成するかということだ。
[パルヴィス] これだけでも、我々を疲弊させるには十二分のテーマだろう。
[サイレンス] ……
[パルヴィス] だいぶ成熟したようだが、その眼差しはやはりハイドン一号実験室の件が起きた時と同じ……
[パルヴィス] あの病気の子供のために怒り、些末な問題で私を咎め、科学そのものを非難する君のままだ。
[パルヴィス] 君には何度も教えてきただろう……
[パルヴィス] 変わるべきものを変え、時代の進歩を促すことができるのは科学だけだが、しかしその科学自体の進歩を握っているのはごく一部の人なんだ。
[パルヴィス] これは初めから存在するパラドックスだよ。そして、パラドックスとはコストを意味するんだ。
[パルヴィス] ――さあ、君の求めているヒントはすべて教えたよ。
[パルヴィス] だが、君に何ができるんだい? 何から聞けばいいかすらもわかっていないのに。
[サイレンス] ……
パルヴィスのラボを出たあと、サイレンスは九区の通りを三十分ほどあてもなく歩いていた。
伝達物質の件を追って調査を続けてきたが、今、自分は何をすべきなのだろうか? 一体自分に何ができるのだろうか?
先生を止めるべきか? 統括を見つけて真相を問うべきか?
先生の言う通り、自分は何から聞けばいいかさえわからない。その状態でどう止められるというのだろう?
サイレンスは怒っていたが、その怒りには何の意味もなかった。
[慌てる運転手] *クルビアスラング*!
[慌てる運転手] そこのリーベリ、どけ!
トリマウンツ九区のありふれた交差点で、運転手は焦りと共に時間を確かめていた。
あの厄介なクライアントを引き止めて、契約書にサインしてもらうためには、何としても十分以内に目的地に着かねばならない。
と、次の瞬間、彼は突然ジェットコースターに乗ったような体験をすることになった。目に見えない坂道が突如として現れ、押し上げられた彼の車は向きを変え、加速して砲弾の如く飛び出したのだ。
[サイレンス] ……!
水。
急に現れた水滴が鎖のようにタイヤを止め、制御不能になった車両はサイレンスのすぐそばを耳障りな摩擦音を立てながら滑って止まる。
にわか雨でも降ったかのように、道の半分は濡れていた。
[運転手] だ、大丈夫か? 悪かった、俺も何が何だか……
[サイレンス] ……
[ミュルジス] まったく危ないわね。トリマウンツは車が多いし、ぼんやりしてるとすーぐ事故に遭うわよ!
[サイレンス] ミュルジス主任? 今のは……
[ミュルジス] たまたま通りかかっただけだから、お礼ならいらないわ。
[ミュルジス] というか、あなたいつの間にあのイカレ女に目を付けられたの?
[ミュルジス] でも彼女の能力なら、もっと直接的に危害を加えるわよね。あの程度の小細工なら、何かのついでのいたずらだったのかも。
[サイレンス] 何の話……?
[ミュルジス] まあいいわ、頭のおかしい人の思考なんてわからないし。
[ミュルジス] それより、いつの間に新しい制服にしたの!? 生地も素敵で仕立てもいいし、別人みたいで一瞬誰だかわからなかったわ!
[ミュルジス] そういえば、イフも一瞬わからなかったわね。前とは全然違う服を着てたし、背も伸びてたもの!
[サイレンス] ……!
[サイレンス] イフリータ? イフリータがどうしてトリマウンツに?
[ミュルジス] ロドスのドクターと一緒だったわよ。
[サイレンス] ドクターも来てるの?
[ミュルジス] あら、あなたたち一緒に来たわけじゃないの?
ミュルジスの驚いた表情に嘘はなく、それを見たサイレンスは彼女が来た理由を瞬時に悟った。
力を持たない一介の研究員が上層部の博打に巻き込まれるのは危険だと考えて、なるべくライン生命から遠ざけようとしているのだ。彼女の行動が善意によるものであるのは明らかだった。
ハイドン一号実験室、359号基地、トリトンの工場……
パルヴィス、ドロシー、ヤラ、ミュルジス……
これまでサイレンスはずっと手探りに進んできた。ではこの先、あとどれだけの障害に直面することになるのだろうか。彼女はふと、かつてないほどの無力感に襲われた。
[サイレンス] イフリータとドクターは、どこにいるの?
[ホルハイヤ] あーあ、ブレイクの邪魔をしてくれたらと思ってただけなのに、ヤギの爺さんのところまでたどり着いちゃうなんてね。
[ホルハイヤ] エルフはあなたを助けて一体どこに連れて行くつもりなのかしら?
[ホルハイヤ] まあいいわ。小鳥の一羽くらい、なんてことないもの。
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