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シラクザーノ_IS-1_静かなる雨_戦闘前
ソラは次なる仕事場である劇場へとやってきた。レオントゥッツォはテキサスを訪ね、彼女にこの先の任務について伝達する。
[ベルナルド] ミラノ劇場へようこそ、お嬢さん方。
[ソラ] わあ……とってもきれいな場所ですね!
[ベルナルド] シラクーザ人は皆、ここで音楽とパフォーマンスに浸る時間を愛しているんだ。退屈で変えがたい現実を前にしていると、己の空想を託せる場所が必要になるからな。
[ベルナルド] あるいは、自らの血生臭い行いを壇上の英雄たちの偉業に当てはめて道徳的な満足感を得たいのかもしれないがね。
[ソラ] それは……かなり容赦のない評価ですね。
[ベルナルド] この業界の人間として、自分の仕事を正しく理解しておく必要があるだろう?
[ベルナルド] ところで、ご友人方は先ほどから何やら緊張しているようだな。
[クロワッサン] 監督はん、気ぃ悪くせんといてもらえると嬉しいんですけども、今稽古しとるお芝居って……
[ベルナルド] 『テキサスの死』か?
[エクシア] うへー、こんなひどい「冗談」聞いたことないよ。
[ベルナルド] ほう、この名前を知っているのかね? 外からの客人にしては珍しいな。
[ベルナルド] シラクーザ人はこの名を口にしようとはしないし、マフィアであればなおさら避けようとするものだ。しかし、テキサスファミリーの物語は……すべてのマフィアが心に刻むべきものだよ。
[ベルナルド] これは一種の戒めなんだ。
[ソラ] ……戒め……
[ベルナルド] 本の話に戻ろう。テキサスファミリーの話をもとに作られた脚本はごまんとあるが、あえて「テキサス」の名を用いたものはこれまで一つとしてなかった。
[ベルナルド] 皆パロディ表現を用いたり暗喩にとどめたりすることで、あくまで参考だという姿勢を維持したがるんだ。劇作家たちも面倒を起こしたくはないからな。
[ベルナルド] だが、時代は変わろうとしている。今の観衆たちからすれば、偽名で飾られた作り話より真の歴史のほうが魅力的なのだよ。
[ベルナルド] そんな時、ある大物がこの脚本を持ち込んでくれてね。
[ベルナルド] この劇は三幕構成なんだ。
[ベルナルド] 第一幕――クルビアが築かれたばかりの時代。シラクーザの多くのマフィアたちはその手つかずの土地に思いを馳せた。
[ベルナルド] それゆえに、彼らは自らの部隊を次々と派遣して、クルビアの開拓者たちに加わらせたんだ。
[ベルナルド] 「混乱とチャンスが共存する時代。時代の波に飲まれた者あらば、それを率いるに至る者もあり……」
[ベルナルド] 中でも傑出していた人物というのが、のちに一時代を築き上げたサルヴァトーレ・テキサスだ。
[ソラ] (「テキサス」があの人のファミリーネームだってことは知ってたけど……)
[ソラ] テキサスというのは、シラクーザにいたファミリーの名前だったんですね。
[ベルナルド] ああ。正確には、シラクーザで生まれ、クルビアに根を下ろしたという具合だがな。
[ベルナルド] クルビアではそういうマフィアは珍しくなかった。
[ベルナルド] サルヴァトーレは一生自分をシラクーザ人だと思っていたし――
[ベルナルド] シラクーザ人も彼のその意思に応えて、常にシラクーザ式のやり方で彼を敬っていた。
[ソラ] なるほど……
[ベルナルド] 舞台はそこで第二幕へと移る。この幕は、かの人物がクルビアで奮闘していく歴史の中で最も評価の高いエピソードをいくつか選んでテーマにしていてね。
[ベルナルド] クルビアの歴史には、至るところにシラクーザ人の影があるが……サルヴァトーレも時代の波の中で自らのファミリーを強くしていったのさ。
[ベルナルド] 実際、この幕に当たる部分が彼の逸話で一番有名なくらいでね。
[ベルナルド] 同じ題材の物語はいくつもあれど、この部分は大抵どれも同じような内容なんだ。
[ベルナルド] 本屋に行けば「クルビアのとあるシラクーザ人」に関する伝記が十数通りは見つかるが、そのほとんどは彼の名を用いたロマンスものだからね。
[ベルナルド] とはいえ、いくらか真実が描かれているものもあるかもしれない。
[ベルナルド] ご興味があれば、比較的まともなものを数冊ご紹介しよう。
[ソラ] はい、ぜひお願いします!
[ベルナルド] では、そのように。さて、話を戻して――第三幕。この部分こそ、それぞれの違いが顕著に出る場所だ。
[ソラ] それはテキサスファミリーの……没落を描くから、でしょうか?
[ベルナルド] ああ。
[ベルナルド] かの出来事について、部外者が知るのはたった一つの事実のみ。それは――
[ベルナルド] サルヴァトーレの子ジュセッペが父を殺し、テキサスファミリーはシラクーザマフィアの枠組みを抜けると宣言したことだ。
[ベルナルド] これはミズ・シチリアの怒りに触れ、彼女の報復を招いてしまい――
[ベルナルド] テキサス姓を持つ一族は、一夜にして姿を消してしまった。
[ソラ] 一晩で……全員が消えちゃったんですか!?
[ベルナルド] 少なくとも、シラクーザ人は皆そう信じている。
[ベルナルド] 粛清の際に何が起きたのか、それを知る者は当事者を除いて誰もいないのでね。
[ソラ] そういえば……この台本、どうして二幕分しかないんですか?
[ベルナルド] 第三幕はまだ出来上がっていないんだ。
[ベルナルド] この場面については、作者がそれぞれの想像を膨らませて書く分、どの物語も違う展開と結末を描くことになる。
[ベルナルド] 今回の脚本の作者は、今まさにその壁にぶつかっているようでな。
[ベルナルド] それでも、完成している二幕分の内容は素晴らしいものだった。それゆえ私は迷わずこの脚本を買い取ったというわけだ。
[ソラ] あの、ベルナルドさん。テキサスファミリーの末裔が、その粛清を生き延びていたらと考えたことはありますか?
[ソラ] もしかしたら……その人はクルビアを抜け出して、ほかの都市に向かうことだってできたかもしれませんよね。
[ソラ] ……たとえば、龍門とか。
[ベルナルド] 龍門? 確か君たちはそこから来たんだったね。
[ソラ] ……
[ベルナルド] ……サルヴァトーレは、息子との関係は良くなかったと言われているが……
[ベルナルド] 孫娘のことは大層可愛がっていたそうで、一度は彼女をシラクーザに送り出し、サルッツォファミリーに数年預けたことさえある。
[ベルナルド] テキサスファミリーの粛清の際、彼女もまた姿を消してはいるものの――
[ベルナルド] 確かに実際粛清に巻き込まれたかどうかは定かでないし、当時はクルビアのどこかであるとか、シラクーザとの国境であるとか、色々な場所でその娘を見かけたといううわさまであったそうだ。
[ベルナルド] ゆえにこそ、彼女の結末に関しては往々にして物語ごとに違っているのさ。
[ソラ] ……
[ベルナルド] 聞くところによると、彼女はテキサスファミリーを象徴する黒い髪にオレンジの瞳をしているらしい。
[ソラ] えっと、もし……仮の話なんですが、その末裔がまだ生きていて、その上シラクーザに帰ってきたとしたら……
[ソラ] 何が起きるんでしょうか?
[ベルナルド] 興味深い仮説だね。いかなる展開もあり得るはずだ。劇作家たちは皆自らのロジックに基づいて脚本を練り上げるものだからな。
[ベルナルド] しかしながら、残念なことに現実にはロジックなど通用しない。
[ソラ] ……
[ソラ] 彼女は今、ベッローネというファミリーに「客人」として迎えられていると聞きました。
[ソラ] ベッローネは、この都市で最も有力なマフィアだそうですね。
[ソラ] 聞くところによると、彼女は……
[ソラ] 別れを告げる時間もなく、すべてを残してそこへ向かったという話です。
[ベルナルド] ……
[ソラ] っ、あたしたちは……あの人を探しに来たんです。
[ベルナルド] 称賛すべき勇気だな。
[ベルナルド] 君の誠実な態度と、私も知らなかったような話をしてくれたことに応えて、私も率直にお答えしよう。
[ベルナルド] ベッローネファミリーと彼らが招く客人たちは確かに、当劇団の取るに足らない公演を鑑賞するためによくこの劇場を訪れている。
[ソラ] 本当ですか!?
[ベルナルド] 偶然にしろ、運命にしろ、物語というのはこうして生まれるもの――そうだろう?
[ベルナルド] 例の客人が本当に訪ねてくるのなら、我々は必ずや彼女に最高のおもてなしをさせてもらおう。
[ベルナルド] 噂によれば、その人物は寡黙な双剣使いだそうだ。
[ベルナルド] 彼女の名は――チェリーニア・テキサス。
[レオントゥッツォ] ……
[ラヴィニア] ……
[レオントゥッツォ] ラヴィニア……カルチョーフィが乗った皿を押し付けてくるのはやめてくれ。
[ラヴィニア] いいから試してみなさい。ここの味付けはあなたが思ってるほど悪くないわよ。
[レオントゥッツォ] いらない。
[ラヴィニア] あら、そう。どうやらお腹を空かせておきたいみたいね。あの身勝手でたばこ臭いマフィアたちと晩餐会をご一緒するためかしら?
[ラヴィニア] 結局、そこで起きることには「価値」があるものね。
[レオントゥッツォ] ……俺はただカルチョーフィが嫌いなだけだ。
[ラヴィニア] ……レオン。ここ一か月だけでも、この街でどれだけ暴力事件が起きたかわからないわ。
[ラヴィニア] 今日の午前なんて、このレストランで、ある市民が死にかけたくらいなのよ。
[レオントゥッツォ] あんたも裁判官である以上、シラクーザという場所がそもそも暴力の上に成り立っていることくらい理解しているだろう。
[レオントゥッツォ] 路地裏に誰かの死体が転がってない日があったとしたら……それこそニュースになるだろうさ。
[ラヴィニア] 襲われたのはあなたのいる建設部の職員よ。
[レオントゥッツォ] ……やったのはどいつだ?
[ラヴィニア] ベッローネの若旦那レオントゥッツォ様は、ご自分の仕事に関わることでないかぎり、市民の生死にご興味が湧かないみたいね。
[レオントゥッツォ] 裁判官ラヴィニア・ファルコーネ殿。俺にはあんたと口喧嘩する気力なんかない。
[レオントゥッツォ] 俺たちは皆わかってるのさ。最近の街は……何かが起きるのを待っているってことがな。
[ラヴィニア] 待っているのはベッローネの勝利じゃないの?
[レオントゥッツォ] 本当に俺たちが主導権を握ってたら、陰でこそこそやってる奴らを許したりなんかしないさ。
[レオントゥッツォ] 俺のやり方はよくわかっているだろう。
[ラヴィニア] だといいけど。
[レオントゥッツォ] ――百年以上前、シラクーザが一つの地域から国家になった時……当時の十二家が管理していた合計二十二の都市が、この国の領土となった。
[レオントゥッツォ] この数字は今日まで一度も変わっていない。
[ラヴィニア] まるでシラクーザの堅い「伝統」であるかのようにね。
[ラヴィニア] でも、長い年月を経てようやく、我らが不変のシラクーザにも新しい移動都市が生まれようとしている。
[レオントゥッツォ] 新たな移動都市はすなわち、新たな利益と野心、そして希望を意味するものだ。そして、あんたの言うように俺たちは勝利を手にしたも同然の状況ではある。
[レオントゥッツォ] 経済、交通、航路計画……俺たちとその友人はすでにウォルシーニ新市街の全方面に影響を及ぼしている。
[レオントゥッツォ] 新市街が正式に新しい都市として建設されれば、俺たちはシラクーザの未来を牽引する資格を得る……と、ファミリー内の楽観的な連中はそう信じ込んでいるんだ。
[ラヴィニア] あなたもその一人かしら?
[レオントゥッツォ] そうでありたいものだがな。
[レオントゥッツォ] 実際問題、グレイホールのジジイどもは、まだ最終決定を下していない。
[レオントゥッツォ] 全員がチップを賭けるまで、どんな未来も想像上のものでしかないんだ。
[ラヴィニア] 私たちが思い描く未来は今も同じだと思っていいのよね?
[レオントゥッツォ] ……もちろん。
[レオントゥッツォ] さて、俺はもう行く。
[レオントゥッツォ] パーティーの前に、ある「友人」を連れてくる必要があるからな。
[テキサス] ……
[テキサス] どこも濡れそぼっているな。
[レオントゥッツォ] 待たせたか、すまない。
[テキサス] 構わん。ただぶらついていただけだ。
[レオントゥッツォ] チェリ……テキサスさん、あんたは故郷の変化をどう思う?
[テキサス] この新しい通りのことか? この程度、変化のうちには入らない。
[テキサス] 私からすれば、ここは私が去った時から何一つ変わらないように見える。
[テキサス] ……それと、この服装だが……良い考えとは思えないな。
[レオントゥッツォ] そう言うな。それはベッローネからの贈り物だ。うちの仕立職人がテキサスファミリー在りし日の栄光を汚してなければいいんだが……まあ、気にせず受け取ってほしい。
[テキサス] 気にするようなら断ってもいいか?
[レオントゥッツォ] 残念ながら、多分無理だな。
[テキサス] では、気にしないようにするしかないらしい。
[テキサス] それで、私の任務は?
[レオントゥッツォ] 簡単な話さ。今夜のパーティーに同席し、その後俺が全員に向かって「ベッローネの跡継ぎはテキサスの名を継ぐ用心棒を抱え込んだぞ」と高らかに宣言したところで――
[レオントゥッツォ] あんたがその場のバカな野心家を全員殺せばおしまいだ。
[テキサス] 本当にそうしてもいいんだぞ。
[レオントゥッツォ] 俺自身、このくらい簡単に事を運べたらいいのにと思ってるさ。
[レオントゥッツォ] まあいい。――あんたを数日街でぶらぶらさせてたのは、心の準備をするためだったんだ。
[レオントゥッツォ] テキサスという名が持つ価値は、あんたが引き起こしかねない面倒ごとより価値があると自分に言い聞かせて……
[レオントゥッツォ] 危険なカードを押し付けられた現状を、少しずつ受け入れるしかないと思えるようにはなってきた。
[テキサス] テキサスはもう死んだのに、か。
[レオントゥッツォ] あいにく、誰もがそう思ってるわけじゃない。
[テキサス] とうに滅びたファミリーの影響を大げさに捉えすぎているだけだと思うが。
[レオントゥッツォ] 俺が言ってるのはファミリーのことだけじゃなく、あんた自身のことでもある。
[レオントゥッツォ] かつてのあんたはクルビアからシラクーザへと戻ってきて、またシラクーザを離れていった……
[レオントゥッツォ] 当時粛清に関わったマフィアたちが道中であんたを殺そうとしたというのに、それはことごとく失敗に終わったと聞く。
[レオントゥッツォ] あんたは一人で、そいつらに相当の損害を与えたわけだ。
[テキサス] 今の私は、ペンギン急便で働く一人の配達員でしかない。
[レオントゥッツォ] もういい。今のシラクーザにおける自分の価値を、あんたが理解していようがいまいが――
[レオントゥッツォ] 俺にはわかっている以上、その認識で話を進めるぞ。
[レオントゥッツォ] ウォルシーニで何が起きているのか、あんたもある程度は知っているだろう?
[テキサス] ……新たな移動都市、か。
[レオントゥッツォ] そうだ。
[レオントゥッツォ] あんたが受け入れようと受け入れまいと、この計画はあんたの家族に関係していることでな。
[レオントゥッツォ] あるいは……テキサスファミリーの没落が俺たちにそれをもたらしたと言うべきかもしれないが。
かつて、テキサスの失敗はクルビアのマフィアたちに深刻な影響を与え、彼らは再びシラクーザの懐へと戻らざるを得なくなった。
その後、信用を得る対価として彼らはクルビアの技術を持ち帰り、シラクーザはついに自分たちの都市を新しく建設する力を得た。
だが、その所有権は最大の争点となり、五年前に新都市建設計画が決まった時にはグレイホール内の闘争は始まっていた。
そして今――その闘争が終わろうとしている。
最古のファミリーの一角であるベッローネが勝機を手にしたんだ。
今はウォルシーニの第二中枢区画を新都市の中心とするための改造工事が進められていて、新しい区画も着実に建設されている。
一年もすれば――あるいはそれよりも早いうちに、新たな都市が完成することだろう。
あんたには、この勝機を真の勝利に変えるため、ベッローネに手を貸してほしい。
[テキサス] 要するに強力な助っ人がいればいいという話に聞こえるが。
[レオントゥッツォ] その助っ人の名が「テキサス」となれば、話は変わってくるんだ。
[レオントゥッツォ] ロッサティの名を覚えているか?
[テキサス] ……ああ、覚えている。
[レオントゥッツォ] テキサスが粛清を受けたあと、クルビアのマフィアたちはミズ・シチリアの怒りの矛先が自分たちにも向くのではないかと恐れていた……
[レオントゥッツォ] そんな時、ロッサティファミリーはミズ・シチリアに会うべく自発的にシラクーザへ戻った。移動都市関係の技術を持ち帰ったマフィアというのは奴らのことだ。
[レオントゥッツォ] その後、ロッサティはテキサスの後継勢力としてひそかに勢いづいてきて、テキサスでさえ手を出さなかったグレイホールの十二席へ割り込むに至った。
[テキサス] これまた退屈そうな話だ。
[レオントゥッツォ] 退屈な上に、残酷な話さ。グレイホールはそういう場所だからな。あれは勝者にのみ開かれるんだ。
[レオントゥッツォ] そして、ウォルシーニにおけるロッサティのリーダー、ウォラックはベッローネの残飯だけじゃ満足できない男だ。
[テキサス] 街の雰囲気がこうなのは雨期が来たせいだとばかり思っていた。
[レオントゥッツォ] 実を言うと、この場所はここ数ヶ月安全とは言えない状況でな。俺たちの友人が何人も、色々な「ハプニング」に出くわしている。
[レオントゥッツォ] それに伴って、様子をうかがっていたファミリーが別の選択をする可能性が生まれ、誰につくか決めていたはずのファミリーも裏切らないとは言い切れなくなった。
[レオントゥッツォ] ミズ・シチリアがグレイホールを設立した時、超えてはならない一線として提示した掟は「皆殺しを禁ずる」だ。
[レオントゥッツォ] つまり、それを除けば取れる手段はいくらでもあるということさ。
[テキサス] そんな一線が存在するとは思えないがな。
[レオントゥッツォ] だが、あんたは実際ここに立っている。
[テキサス] フン……
[テキサス] 私を呼び戻したのはそのためか。
[テキサス] 特別何かさせようというわけではなく、ただ舞台を与え、他のファミリーに私の帰還を伝えることが目的なんだな。
[テキサス] そして今夜がその舞台、というわけだろう?
[レオントゥッツォ] ……知っているか?
[レオントゥッツォ] テキサスファミリーの没落は、今じゃいくつも脚本化されて、そこら中の劇場でオペラとして上演されている。
[レオントゥッツォ] そういう物語の中では、あんた――チェリーニア・テキサスは、一族の崩壊に直面して何もできない無知で無力な若者として描かれているんだ。
[レオントゥッツォ] しかし、俺は今それが事実でないことを確信している。
[レオントゥッツォ] あの粛清のさなか、あんたがどんな経験をしたのか……実に興味深いな。
[書記官] ラヴィニアさん、今お戻りですか?
[ラヴィニア] ええ。そちらはどこかへ行くところ?
[書記官] アレッシアが最近良い人に会ったと言ってたので、彼女のためにもどんな人だか確かめに行こうと思って。
[ラヴィニア] それって、例の織物屋さんかしら?
[書記官] ご存知だったんですね!
[ラヴィニア] 前に、事件の調査の時に少しやり取りしたことがあったから。彼は確か……
[書記官] はい、ジェッリファミリーの人です! グレイホールに出入りするような大きなファミリーでこそないですが、いくつもの区画で布関係のビジネスを独占してるんですよ!
[書記官] そのグレイホールの人たちも、みんなジェッリファミリーと取引してるって話ですし!
[ラヴィニア] そう、あなたたちも知っていたのね。
[書記官] アレッシアったら、いっつも私たちに自慢してくるんですよ。でも今日はその彼が何人か友達を連れてきてくれるので、みんなで楽しく気晴らししようってことになって!
[書記官] 最近は忙しすぎて、ゆっくりする暇もないですからね。
[書記官] あっ、ところでラヴィニアさんは……
[書記官] 一緒には行かない……ですよね?
[ラヴィニア] ……ええ、まだやることがあるから。みんなにはよろしく伝えておいて。
[書記官] わかりました、もちろんです!
[ラヴィニア] そういえば、あのファイルは確認した?
[書記官] ファイルですか?
[ラヴィニア] コモ通りで起きた五人家族の失踪事件よ。覚えてる?
[ラヴィニア] 事件を目撃していた可能性のある人を見つけたから、証人として出廷してもらえるように説得しているんだけど……
[書記官] ですが、その事件なら今日の午後、アンジェロ裁判官が事件終結を言い渡してましたよ。
[書記官] あの人が言うには……例の一家は別の都市に引っ越しただけだということでした。ほかにやるべきことが山積みの状況で、こんな事件に時間と労力を費やす必要はない、と……
[ラヴィニア] この件の裁判長は私のはずでしょう。
[書記官] 昨日会議で決まったことなんですが、その時あなたはご不在だったので。
[ラヴィニア] ……そう。
[ラヴィニア] わかったわ。
[ラヴィニア] この事件は確かに、労力を費やすには値しないでしょうね。たかが五人の失踪ですもの。
[ラヴィニア] 父親は市内のタクシー運転手で、母親は農場でトマトを摘んでる労働者。三人の子供は、一番上の子が十三歳、一番下の子はまだ乳飲み子だけど……
[ラヴィニア] 隣人たちは何も語ろうとしないし、誰に聞いても「こちらも暮らしがあるから」と言うばかり。
[ラヴィニア] 夜に悲鳴が聞こえることも、湖畔で泣き声がすることもなく、きれいな床には血痕すらも残っていなかったわ。
[ラヴィニア] そうよね、誰だって暮らしがあるんだもの。一家がファミリーの関係者ならば自業自得で、そうでなければ目をつけられていることに気づけなかったのが運の尽きというだけのこと。
[ラヴィニア] どうせマフィアたちは「一般人に手は出さない」と言い張るしね。
[ラヴィニア] その上、私たち裁判官にはいつだって、もっと大事なお仕事があるから。そうでしょう?
[書記官] ……
[書記官] 前々からあなたのことは尊敬しています。
[書記官] ……正直な話、理想の裁判官とはどうあるべきかなんて、私にはわかりません。
[書記官] あのお方はラテラーノにならって私たちの裁判所を建て、クルビアのそれを参考に私たちの法典をまとめ上げてくださいましたが……
[書記官] 我々のうち誰一人としてサンクタの流浪の裁判官を見たことはないですし、クルビアの法典も本の中で断片的に学んだものでしかありません。
[書記官] ……私も、理想の裁判官というのは、あなたのような公正を守り抜く決意を持った人であるべきだって信じたいんですが……
[書記官] 誰もがあなたみたいに……能力があって、ベッローネの後ろ盾を受けていて、身の安全を心配しないで済むような状況にいられるわけじゃないんです。
[ラヴィニア] いいえ、私はただ……
[書記官] ベッローネの若旦那と気軽に朝食を取れる仲ってだけ、ですか?
[書記官] ……アンジェロ裁判官は少し前、黒い封筒に入った手紙を受け取っていたんです。
[ラヴィニア] ……事件の背後にいるのは、一体どのファミリーなの?
[書記官] 私たちからすれば、どこだろうと同じですよ。
[書記官] 先月のこと、覚えてますか? スタロッチ裁判官が「ご友人」に連れていかれて、車の中で午後中ずっと「お喋り」をしていた時のこと……あれ以来彼は右手が上げられなくなっちゃいましたよね。
[書記官] それから、ボリエッロ裁判官……あのいつも笑顔のぽっちゃりした老婦人も、最後に見かけてからどのくらい経ったでしょうか?
[書記官] 理屈の上では、私たちはあのお方の意志を体現する役割ですが、あのお方の意志というのが何なのか、私にはよくわかりません。
[書記官] 確かに、勇気も執念も価値あるものだと思います。それでも、軒下に立っていられる人たちに、私たちの服が濡れているのを笑われたくはありません。
[書記官] 結局のところ、あなたは何一つ犠牲にしなくてもいいのですから。
[ラヴィニア] ……そう。
[ラヴィニア] もしかすると……私はその代わりに、真に公正である資格を失ったのかもしれないわね。
[書記官] ……
[書記官] ここの電話が大して鳴らないのは、マフィアたちが普段、物事をひそかに自己解決しているからです。
[書記官] あるいは、「解決」のため直に接触してくることもありますが。
[ラヴィニア] もしもし。
[ラヴィニア] 了解、すぐに行くわ。
[書記官] ラヴィニアさん……もっと気楽にやってもいいんですよ。
[ラヴィニア] ええ、わかってる。
[書記官] 夜食にマカロニでも買って帰りましょうか? 今日行くお店、評判がいいので。
[ラヴィニア] ……ありがとう。
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