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画中人_WR-4_女将_戦闘前
客僧のサガは驚くべき実力を見せた。それだけでなく、彼女は墨魎の言葉を理解できるようだった。ラヴァは困惑したが、それでもサガと共に戦場を片付けると、街角にひっそりと佇む寂れた質屋を訪れた。
[町民] 残っているやつはいないか? 早く先生のところまで逃げるんだ!
[町民] 東へ向かえ、急げ!
[ラヴァ] ……空に意識を向けるようになって改めて実感したんだが、ここでは本当に西へ行くほど夜に近づいていくんだな……
[ウユウ] つまり、私たちは今「正午から黄昏へ向かっている」のですね? なんとも風情があるなぁ。
[ラヴァ] ……だがやっぱりおかしい。「昼」から「夜」までの距離が短すぎるぞ。まだほとんど進んでないだろ?
[サガ] 絵巻の長さは一定ではないし、景色も奇怪なものばかりである。絵の中の住人がその中で規則性を見出したとしても、突き詰めれば虚構のものに過ぎぬゆえ、考えてもどうしようもないでござるよ。
[ラヴァ] いや、でも――おい待て、今何て言った?
[サガ] へっ?
[ラヴァ] 今、絵がどうとかって――
[???] うわあああ――!
[ラヴァ] ――!? 逃げ遅れた町民がいたのか!
[サガ] ここだ!
[町民] た、助けて!
[サガ] お任せあれ、拙僧が相手つかまつる!
[墨魎] グオォ――!
[サガ] む……いつもながら、斬られた後で墨になるとは、奇怪千万。
[ウユウ] お坊様、なんとも素晴らしいお手並みで!
[サガ] ご油断召さるな、お嬢さん。早く東へ逃げるのだ!
[町民] は、はい! あなた方もお気を付けて!
[ラヴァ] ……どうやらかなりの数の町民が逃げ遅れてるようだな。
[サガ] おそらくあまりにも急な襲撃であったがゆえ、間に合わなかったのであろう――
[女の子] お父さん? お母さん?
[ウユウ] あ、あそこに子供が!
[サガ] まずい――早くこちらへ!
[ウユウ] 間に合わない!
[女の子] うぅ……うわあぁん……!
[女の子] あっ!?
[ウユウ] うおっと、危機一髪!
[ウユウ] ケガはないね?
[女の子] ううっ……ないけど……ううぅ……
[ウユウ] さきほど……奴の喉を貫いたのは一体……?
[ラヴァ] クルースだ。さすが抜け目ないな。
[ウユウ] か、彼女は今どこに?
[ラヴァ] どうせ見つからないから探しても無駄だ。あいつがどこかで目を光らせてるってことだけ知ってればいいさ。まずは、町民が全員この夜の地から逃げ出せたかどうかを確認しよう。
[サガ] ほう、以心伝心とはよく言ったものだ。勉強になったぞ。
[女の子] うう……ぐすっ……
[ウユウ] こ、この子はどうするんですか?
[ラヴァ] ……その子を連れてここを離れろ。安全な場所へ送り届けてくれ、できるか?
[ウユウ] もちろん! できますとも!
[ウユウ] ですが……恩人様を置いて離れるなど実に忍びない! あなた方と共に正義のため命を投げ出すことが叶わぬとは、どんなに口惜しいことで――
[ラヴァ] その子を煮傘さんのところへ届けて、もっかい戻ってくればいいだろうが。
[ウユウ] あはは……はぁ……分かりました。そうします、しましょうとも!
[ウユウ] お嬢ちゃん、お兄ちゃんと一緒に走れるかな?
[女の子] う……うぅ……おじさん、お母さんがいないの……
[ウユウ] よし、じゃあお兄ちゃんが君のお母さんを探しに連れていってあげよう。
[女の子] う……うん……ありがとうおじさん……
[ウユウ] ……ゴホン。恩人様、では行ってまいります。
[ラヴァ] ああ。
[講談師] …………
[町民] 先生、サガと三人の英雄だけで、あれらに太刀打ちできるんでしょうか?
[講談師] …………
[町民] 先生?
[講談師] ……問題なかろう。
[町民A] 先生はどうしたんだ? 機嫌でも悪いのか? 昨日寝てないとか?
[町民B] 先生は優雅で温厚な方よ。そんな気分屋には見えないけど……
[町民A] うーむ、きっと私たちの事を心配して疲れてしまったんだろう。少し眠った方がいいと勧めてみよう。
[サガ] 六根清浄!
[墨魎] ガァッ!
[サガ] 煩悩を斬り捨てん!
[墨魎] ガァッ!
[サガ] 油揚げ!
[墨魎] ガ、ガァッ?
[ラヴァ] ……やるじゃないか。
[サガ] 少々薙刀の心得があるゆえ……幼少より寺で育ち、知らず知らずに身に付いたのだ。
[ラヴァ] その腕前で「少々」か……
[サガ] お気になさるな。拙僧がラヴァ殿の為に道を切り開こう!
[墨魎] ガ……ガァッ!
[ラヴァ] 化け物どもがオマエにビビってるぞ……というか、墨魎には知能があるのか?
[墨魎] ガッ! ガァ! グァグァ!
[サガ] ほう?
[ラヴァ] どうして手を止める?
[墨魎] ガッ! ガガァ! グァグァ……
[サガ] ほう、ふむふむ、うん……
[ラヴァ] おい! 奴らの言葉が分かるのか!?
[サガ] 少しばかりな……ご覧あれ、この墨魎にはもはや敵意はござらぬ。もし心から悔い改め、二度と町に侵入して騒がぬというのならば、放してやろうではないか。
[墨魎] ガァッ!
[ラヴァ] ……大丈夫なのか?
[サガ] 問題ない。拙僧の目に狂いはござらん。
[墨魎] ガ……
[ラヴァ] あたりが静かになったな……もう他に町民も残っていないだろう。さて、話を聞かせてもらおう。
[サガ] 話を聞かせてもらおうとな……ラヴァ殿、深刻な様子だが、拙僧は間違ったことをしでかしたのであろうか?
[ラヴァ] いや、そういうことじゃない。だけどさっき言ってた……絵巻? その話を聞きたい。オマエはどうやら、ここについてかなり詳しいようだが。
[サガ] うむ。拙僧はこの地を行脚して、ずいぶん経つゆえ。
[ラヴァ] この辺りに「行脚」するほどの場所なんてなさそうだけどな。
[サガ] ううむ。一幅の絵巻の大きさに限りがあるのは、仕方のないことでござるよ。
[ラヴァ] 何の話だ……アタシたちは絵の中にいるとでも言うつもりか?
[サガ] いかにも。
[ラヴァ] ……どういう意味だ?
[サガ] ああ、拙僧ようやく得心し申した……そなたたちも拙僧と同じく、この山河へ誤って踏み入ってしまったのだな――?
[ラヴァ] はっ?
[サガ] 当初、拙僧はただ勾呉の境界を通り抜けようとしたのだが、ふとした思いつきで、ある大家の子孫を訪ねてみることにしたのだ。
[サガ] 通りかかった灰斉山の滝の麓は美しく、ほど近い場所に古ぼけた家があったので、そこで宿を拝借したのだ。そして眠りについて次に目を開けると、なんとここへ来ておったというわけだ。
[ラヴァ] ちょ、ちょっと待ってくれ。どういうことだ? オマエも「シー」を探しに来たのか?
[サガ] シー? そのような名は、初耳であるが……
[サガ] 拙僧が探しておったのは、「一筆にて拙山起こさば、何処にて風流を語らん」との評判で有名な、炎国の画家だ。
[サガ] しかし、長い年月が経っておるゆえ、すでにその画家はこの世におらぬかもしれぬ。それゆえ旧居を訪ねてみたいと思ったのだ。
[ラヴァ] つまり、オマエも勾呉の灰斉山へ行き、なぜかここへたどり着いた――そういうことなのか!?
[サガ] 左様。たしかに相違ござらぬ。しかしそなたはどうしてそのように興奮しておるのだ?
[ラヴァ] オマエは、ここが絵巻の中だと言ったが――
[サガ] 天地も人も皆、道理から外れておるゆえ……ラヴァ殿は気付いておらぬのか?
[ラヴァ] それは分かっていた。だが、どうして絵なんだ……?
[サガ] 拙僧もはっきりとは説明ができぬが、この婆山町は、拙僧が今まで巡り歩いてきた……百余の絵巻の中の一つだ。少なくとも己自身がどこにいるかは、分かっておるつもりだ。
[ラヴァ] だが……ここの住民たちは、本当に生きてるみたいだろ。それに茶はうまいし、果物も食べられる……
[ラヴァ] これは何かのアーツの効果なのか? だがもしこれがアーツだとしたら……一体どんな……?
[サガ] それについては拙僧も、全く手がかりが掴めておらぬ。もし偶然、天地の真実を垣間見ることがなければ、拙僧も己がどこにおるのかに気づけなかっただろうな。
[サガ] ここでは天災に悩まされることもなく、皆自分なりの規則に従い、それぞれの仕組みを作り暮らしておる。なんとも至妙なり……拙僧がここに留まっているのは、心の安らぎのためでもあるのだ。
[ラヴァ] な……
[サガ] はは、混乱しておるようだな。まあ無理もなかろう。拙僧が初めて夕娥(シーウ)に会うた時も、そなたと同じような状況であった……
[ラヴァ] 待て……今誰に会ったと言った!?
[サガ] 拙僧が会うたのは――待て、あそこに灯火が……もしかして質屋の女将殿? まだ避難していなかったのか、まずいぞ!
[ラヴァ] おい待て!
[女将] …………
[墨魎] ガウ……!
[女将] ……分かった分かった。そう興奮しないの。
[女将] どうして町を脅かしに来たの? 彼女はなんて言ってた?
[女将] ああ……そう……やっぱりいつも通りなのね。
[サガ] 女将殿!
[女将] ……行って。
[墨魎] ガ……
[サガ] 女将殿、無事か?
[女将] 私は大丈夫よ……そちらの方は?
[サガ] おお、こちらはラヴァ殿。噂の、外より参られた客人だ。
[女将] これは、お目にかかれて光栄です。
[サガ] この方は質屋の女将で、「レイ」殿だ。黎明の「黎」と書く。
[ラヴァ] ……奇妙な化け物たちに襲われてないのか?
[レイ] いいえ、特に見ていません。
[ラヴァ] …………
[サガ] レイ殿、墨魎どもがまた戻ってくるやもしれぬ。こちらに隠れて、見張っていても良いだろうか?
[レイ] ……ええ、構わないわ。
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