aklib_story_また会えたね_壁の中には

ページ名:aklib_story_また会えたね_壁の中には

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また会えたね_壁の中には

エンペラーのバーで、壁の中から奇妙な物音が聞こえてくるという怪奇事件が発生した。原因を探りにやって来たシャオヘイは、通気口の中に隠れていた小動物を捕まえる。


広間の中央に置かれた桐の机に夫婦が並んで座っている。霜のように白い月光が二人の間に差し込む中、妻は不安げに両手をさすり、肘をついて居眠りをする夫に何か言いたげな素振りを見せた。

妻は唾を飲み込んだ後、たどたどしく口を開く。

[妻] ねえあんた、今日台所で……タッタッタッって妙な音を聞いたんだよ……気味悪いったらありゃしない……

[夫] ああ!? 何どうでもいいこと気にしてんだ! 古い家なんだからそこら中ギシギシいうくらい普通だろうが! いい加減新しい家に慣れろってんだ!

[妻] そうじゃないんだよ……まるで何かが壁の中にいるみたいな音がするんだ。

[夫] 考えすぎって言ってんだろ。疲れてんだから早くメシにしやがれ!

[妻] か、勘弁しておくれ……台所に入ると背中がぞわってするんだよ。まるで何かに見られてるみたいで……

[夫] ……なんだそりゃ。どうせサボりたいだけだろうが。

[妻] 違うって……あんたはあの感覚を味わってないから平気なだけさ……

[夫] ないものをどうやって味わえってんだ。もうその話はいいからさっさとメシを出せ!

[妻] ほんとに嫌なんだよ……台所に近づくだけで、不気味でしょうがないんだ。

[夫] いつまでもごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! 俺がメシだって言ってんだろうが!

[妻] ひっ……怒鳴らないでよ……。だけどどうしても怖くて……

[夫] てめぇいい加減にしねぇと――

[妻] ああっ、またあの音だよ!

タッ、タッ、タッ。

[妻] ほら、あんたにも聞こえるだろ!

タッ、タッ、タッ。

[夫] ……もういい、俺が台所を見てきてやる。その代わり、何もなかったらただじゃおかねぇからな。

[妻] ちょ、ちょっと――

月はいつの間にか暗雲に覆われており、今にもにわか雨が降り出しそうだった。

[妻] ……あんた? おーい……

[妻] 何かいたのかい……?

......

だが、いつまで経っても夫の返事はなく、辺りの空気はしんと静まり返っている。やがてその静寂の中、台所の方から微かな物音が聞こえてきた。

妻は立ち上がって息を呑み、音に意識を集中させる――

タッ、タッ、タッ。

確かに聞こえたその音に、妻はさっと顔色を変えた。豆粒大の冷や汗を額ににじませながら、おぼつかない足取りで隣の家に助けを求めに行こうとした時、夫の声が響いてきた。

[夫] 大丈夫だ。こっちにおいで。

[妻] あんた、無事なのかい?

[夫] 大丈夫だ。こっちにおいで。

妻は蝋燭を手に取ると、恐る恐る台所へ向かい、半開きになった扉を開ける。中は一面真っ暗で、ほとんど何も見えなかった。

蝋燭を暗闇に差し込むと、壁にもたれかかる夫の姿がぼんやりと浮かび上がり、妻は思わず溜息をついた。

[妻] よかった……それであんた、何か見たのかい?

[夫] 大丈夫だ。こっちにおいで。

[妻] それはさっきも聞いたよ、ちょっと待っとくれ。

[夫] 大丈夫だ。こっちにおいで。

揺らめく蝋燭の灯りに照らされた夫の顔を眺めているうちに、妻はふとあることに気づいた。部屋に入った時から、夫はずっと無表情で、うわごとのように同じ言葉を繰り返しているのだ。

大丈夫だ。こっちにおいで。

落雷の轟音とともに、稲光が台所全体を照らし出した。

夫は壁にもたれかかっていたわけではなかった――夫の身体が壁の中に溶け込み、青白い顔だけが飛び出している異様な光景が、妻の眼前に広がった。

それと同時に、あの聞き慣れた音が再び響く。

タッ、タッ、タッ。

耐えきれなくなった妻は、ついに大声で叫んだ――

[???] きゃあああああ――もうやめてっ!

[ソラ] そ、それ以上は聞きたくないよ! 勘弁してクロワッサン……

[クロワッサン] へへっ、まだ終わっとらんでぇ。妻がその後どうなったか気になるやろ?

[ソラ] やめてっ! 言わないでってば!

[クロワッサン] あははっ、ほんならちびっ子はどや? 続き聞きたいか?

[シャオヘイ] うん、気になる。

[クロワッサン] なんや、やけに落ちついとるな……無理しぃひんときやー、ほんまは怖いんやろ?

[シャオヘイ] いや……ほんとに怖くないんだけど……

[クロワッサン] ふふんっ、無理しよって。ガタガタ震えてまいそうなら、お姉ちゃんがハグしたってもええんやで。

[シャオヘイ] ありがと、でも別にいいよ。それよりそっちの人をハグしてあげたらどう?

[クロワッサン] へ……?

[ソラ] ……うう……ぐすん……

[ソラ] 怖いよぉ……うっ、ひどいよクロワッサン……

[クロワッサン] あー……すまんかったって。ほんまはそのちびっ子を怖がらせたろう思っとったんやけど、ソラがここまで怖がるとは……

[ソラ] うう……それってあたしが子供より怖がりだってこと?

[クロワッサン] ちゃうちゃう! あちゃー、うちが悪かったって、そんな泣かんといてーな。

[クロワッサン] なあちびっ子、ほんまに全然ビビらんかったんか?

[シャオヘイ] うん。

[クロワッサン] えらいあっさりしとんなぁ……

[クロワッサン] ほんなら、結末は知りとうないんか?

[シャオヘイ] 悪者が罰を受けたって感じ?

[クロワッサン] せや。奥さんを怒鳴ってばかりの嫌な奴がいなくなって、ハッピーエンドってわけやな。

[クロワッサン] それにしても図太いやっちゃなー。ほんなら、こわーい妖精がいきなり脚に噛みついてきたとしてもビビらんでおれるかー? ガウガウ!

[シャオヘイ] (いや……僕自身が妖精なんだけど。)

[シャオヘイ] というか、そういうのはけっこうよく見るから……

[ソラ] よ、よく見るってなに!? もしかして今のは……実話なの!?

[ソラ] 聞かなきゃよかった……クロワッサンのせいでもう安心して暮らせないよ……

[クロワッサン] いやいや、全部作り話やって! しっかりしいやソラ! 目が死んでもうとるで!!

[シャオヘイ] えーっと……

[シャオヘイ] (どう説明したらいいんだろ……僕の世界じゃ、こういうのはだいたい空間系の能力が制御不能になって起こるんだけど……)

[シャオヘイ] (館のみんなにとっても、たぶん見慣れた光景だよね……)

[エンペラー] おい、いつまで待たせるつもりだ? 俺はリーんとこの奴を連れてこいっつっただろ。それともお前らは俺がいなきゃどこでも迷子になっちまうってのか?

[クロワッサン] ボス、ウチらも三十分くらいずーっと待っとったんやけど、リーさんの使いなんて来えへんかったよ。迷い込んできた子供と一緒に、それはもうつまらん三十分間を過ごさせてもろたわ。

[ソラ] 恐ろしい三十分でもあったけどね……

[シャオヘイ] 君がエンペラー?

[エンペラー] ああ、それがどうかしたか?

[シャオヘイ] 僕はシャオヘイ。リーに頼まれて、お店の不気味な音の調査を手伝いに来たんだ。

[クロワッサン] え……へへっ、驚いたやろボス! サプライズや!

[エンペラー] ふん、お前がつまらない三十分を過ごせたならなによりだ。何故ならお前には、これからつまりにつまった週末を過ごしてもらうことになるからな。

[クロワッサン] ……なに気取った言い方しとんねん……要は残業やろ。

[クロワッサン] (小声)ちびっ子、もうちょい早めに言わんかい!

[シャオヘイ] (小声)言う前に怪談話を始めちゃったのはそっちでしょ。

[クロワッサン] いや、それはアレやん……

[エンペラー] 小僧、リーの野郎から詳しい話は聞いてるか?

[シャオヘイ] いや、ここで直接聞くようにって。

[エンペラー] そうか。おいフェイ、事の次第をこの小僧に説明してやれ。

[バーテンダー] はい――三か月くらい前から、厨房と倉庫でタッタッタッって音がどこからともなく聞こえてくるようになったんだ。特に、深夜の静まり返った時間帯にはかなりはっきりと、ね。

[バーテンダー] 最近厨房と倉庫で食べ物がなくなることも多かったから、壁の中に小動物でもいるんじゃないかってことになったんだ。それだけならまだよかったんだけど、一番の問題は――

[エンペラー] 一番の問題は、たった一枚しか出回ってない超貴重なレコードが噛み砕かれてたってことだ。今に見てろ、俺の宝物を傷つけといて、ここから無事で出られたヤツはいねぇからな。

[ソラ] (小声)クロワッサン……これがさっきの話の元ネタ?

[クロワッサン] (小声)へへっ、どこからでも着想を得るっていうボスの精神を学んでみたんや……

[シャオヘイ] そういうことなら、もっとちゃんとした業者に頼めばいいんじゃないの?

[エンペラー] そいつはごもっともだ。だがあの大胆不敵な間抜けヤローどもは、壁全体をひっぺがさなきゃ見つけられねぇと抜かしやがってな。

[エンペラー] 龍門一ムーディーなこのバーを手荒に扱おうなんて、あまりにもナンセンスだろ。

[シャオヘイ] (ただピカピカまぶしいだけでしょ……ロウクンのとこの方がよっぽど綺麗だよ。)

[エンペラー] それで、リーの野郎がうちの坊主なら上手くやれるって言うもんだから、呼んでみたってわけだ。俺を失望させやがったら、お前には想像もつかないほどの代価を支払ってもらうから覚悟しとけ。

[シャオヘイ] ふん――

[シャオヘイ] (リーのお願いじゃなきゃ、絶対手伝ってやんないよ。)

[シャオヘイ] リーのお願いだからちゃんとやるよ。

[エンペラー] いい心構えだ。じゃあ気合入れていけよ、小僧。

[エンペラー] (手を伸ばしてシャオヘイの頭を軽く叩く)

[シャオヘイ] 耳には触らないでね。

[クロワッサン] (小声)うわぁ、クールやなあこのちびっ子。ボスを軽くあしらっとるで。

[ソラ] (小声)ボスはけっこう根に持つからなぁ……心配だなぁ……

[エンペラー] (からかい甲斐があって面白ぇ小僧だぜ。リーんとこからさらってうちの従業員にしちまうのもアリだな。)

[シャオヘイ] 誰もついてきてないよね……?

[シャオヘイ] よし。

[シャオヘイ] 通気口は……上か。

[シャオヘイ] ヘイシュ、頼んだぞ。

[ヘイシュ] (通気口に入る)

[シャオヘイ] いた。

[シャオヘイ] ずいぶん深いとこに隠れたな。おーい、出てこーい!

[シャオヘイ] ……出てきたくないのかな。しょうがない……

その瞬間、シャオヘイの袖口に隠れていた金属の輪がひとりでにほどけ、空中に浮かび上がった。さらにそれは、くるくると回りながら大小異なる大きさの球へと変形していく――

続けてシャオヘイが通気口の入口を指さすと、金属の球が次々にパイプの中に飛び込み、中で跳ね回った。金属がぶつかり合う鋭い音が、中にいるものをもう一方の出口へと押しやっていく。

タッタッタッという足音が、通気口のパイプから響いてくる。シャオヘイが通気口の金網を開けると、一匹の小動物が中で縮こまって震えている姿が露わになった。

[???] キーキー。

[シャオヘイ] 大丈夫だよ、こっちおいで。

[シャオヘイ] ごめんね、びっくりさせたかったわけじゃないんだ。

[???] (おどおどとシャオヘイの掌に乗る)

[シャオヘイ] お前、ビジューよりもちっこいな。

[???] キーキー……

[シャオヘイ] さあ、他の住処を探しに行くんだ。ここの人間はお前を歓迎してないみたいだからさ。

[???] キキッ?

[シャオヘイ] ここは危険ってことだよ。

[シャオヘイ] あのヘンテコなペンギンが、レコードをかじったやつを懲らしめてやるって言ってるんだ。

[???] キキッ!!

[シャオヘイ] 大丈夫、僕はお前の味方だよ。

[シャオヘイ] さあ行くよ、こっそり逃がしてやるからな。

[シャオヘイ] ここが裏口だね。よーし、早く行け。

[???] キキッ。

[シャオヘイ] 礼なんていいよ。じゃあね。

[シャオヘイ] あれ? なんでお前が……

[シャオヘイ] しかも……何かくわえて……

[烏雲獣] ウー……

[シャオヘイ] ……! 早く放せ!

[シャオヘイ] おい、早く口開けろって! そいつが怪我しちゃうだろ!

[烏雲獣] ミャ――

[???] キー……

[???] キキッ……

[シャオヘイ] だ、大丈夫!? お前、何やってるんだよ!

[烏雲獣] ミャオ。

[シャオヘイ] 逃げるな! 戻ってこい!

[烏雲獣] (素早く跳び上がる)

[シャオヘイ] ……危ない! 棚が!

ドンッ――

[烏雲獣] ミャア……

[烏雲獣] ミィ……

ギシギシときしむ音が裏口に響いた。見れば、烏雲獣が衝突した棚が徐々に傾き始めている。

[シャオヘイ] やばっ!

シャオヘイは棚の貨物には目もくれず、あわてて烏雲獣と小動物を棚の下から救出した。

安全な位置で体勢を立て直したが、その直後に大きな音を立てて棚が倒れた。

[クロワッサン] なんや!?

[ソラ] あっ! あれってボスが買ったばかりのお酒のケースじゃ……

[エンペラー] ……小僧、何が起きたか説明してもらおうじゃねぇか。

[シャオヘイ] えっと……

[シャオヘイ] (左手の小動物を掲げる)

[シャオヘイ] 不気味な音の正体はこいつだったよ!

[シャオヘイ] それから、棚は……

[シャオヘイ] (右手の烏雲獣を掲げる)

[シャオヘイ] こ、こいつが倒した!

[烏雲獣] ミィ……?

[シャオヘイ] やっと起きたか。

[烏雲獣] ミュウ……

[シャオヘイ] お前のせいでひどい目に遭ったんだからな……なんでこっそりついてきたんだ?

[烏雲獣] (うつむく)

[シャオヘイ] ……手伝ってやるとは言ったけど、今日は別の用事があるんだ。

[烏雲獣] (伏せる)

[シャオヘイ] ……まあいいや、お前に怒ってもしょうがないしね。

[クロワッサン] おーい、なにブツブツ言っとるんや? こっち来ーや、ウチの見積もりによると、ボスの怒りゲージはまだ60%にも達しとらん。なんとか生きて帰れる見込みはあるで。

[ソラ] ちょっと、子供を怖がらせちゃダメでしょ。

[シャオヘイ] えっと、ごめんなさい。壊れちゃったものは僕がどうにかして弁償するから。

[エンペラー] ふん、ありゃ値が張るぜ。その年に収穫された中で一番甘いサトウキビを厳選して醸造した、極上のボリバルラムだからな。

[エンペラー] しかしな、物を弁償するしないよりも、俺様の気持ちにどう落とし前を付けるかってことの方が重要だ。まずは限定レコードを壊しやがった見境のねぇ畜生のツラを拝ませてもらおうか。

[シャオヘイ] あの子を……どうしたんだ?

[エンペラー] ……フェイ、籠を持ってこい!

[バーテンダー] はいよ、ボス。

[???] キキキィ!!

[クロワッサン] なんや、正体は鼷(けい)獣やったんか。

[ソラ] かわいい!

[シャオヘイ] 鼷獣?

[クロワッサン] 知らんの? サルゴンに生息しとる動物や。見た目がかわいらしいから、よく行商人なんかが移動都市に持ち込んで、ペットとして販売しとるんよ。

[シャオヘイ] ペットだったら、なんで通気口の中にいたんだ?

[クロワッサン] こういう動物は夜行性やし、臆病で懐かんからね……夜中はうるさいし、飼ってても面白くないって思われて、捨てられてまうことも多いんや。

[クロワッサン] 通気口のパイプの中は暗くて涼しいし、人目にもつかんから穴居性の習性ともマッチしとる。せやから、捨てられた一部のやつがその中に巣作りして繁殖しとるんやろうね。

[ソラ] そういう無責任な飼い主って、罰せられたりしないの?

[クロワッサン] うーん、龍門には今んとこそんな規則はないしなあ……仮にあったとしても、確実に実行すんのはむずいやろうし。

[バーテンダー] はぁ……お優しいソラさんは、鼷獣の群れが街にどれだけの損害を与えたのか知らないんだろうね。

[バーテンダー] こいつらの牙はものすごいスピードで伸びるから、毎日研がなきゃならないんだ。それで何でもかんでもかじっちまうんだよ。

[バーテンダー] 去年、十三区が一気に停電したことがあったろ? ありゃ移動都市下層の基礎部分に住みついていた鼷獣どもが、電線をかじって切断させたのが原因だからね。

[クロワッサン] あー、そういや去年の龍門の財政支出やと、外来種の駆除にかなりの額が投入されとったなあ。

[シャオヘイ] ……でも、この子たちだって望んでここへ来たわけじゃない。

[バーテンダー] 俺らだって望んで補修費用を払ったわけじゃないんだぜ。

[ソラ] 捕まえて自然に帰すだけじゃダメなの?

[クロワッサン] あかんやろなあ。コストがかさむし、龍門の航路周辺の環境は鼷獣には適しとらん。適当に逃がしたら、もっとひどい目に遭わせるだけやで。

[ソラ] うーん……じゃあさ、元々ペットなんだし、里親を募集してみるのはどうかな? うちのバーにも広告を貼ったりしてさ。

[バーテンダー] 数年前なら簡単に見つかっただろうが、今はこいつの悪評が絶えないときてる。もうすぐ飼育を禁止する政策も打ち出されるって噂だし、そんな時期に里親なんて現れねえよ。

[ソラ] もう! じゃあどうするつもりなの?

[バーテンダー] ああ。簡単な話だ……適当なバケツに水張って沈めりゃいい。俺の実家じゃいつもそうやって害獣を処分してたぜ。

[シャオヘイ] !! なんでそんなことするんだ!

[バーテンダー] はぁ。子供は単純だからなぁ……可愛らしく見える動物にはすぐそうやって同情すんだ。もしこいつが気持ち悪い姿だったら、きっとそうは思わなかっただろうよ。

[シャオヘイ] 勝手なこと言うな!

[バーテンダー] 何突っかかってんだよ。うちのバーで捕まえたんだから、どうするかも俺らの勝手だろ。

[シャオヘイ] この子たちは望んでここまで来たわけじゃない……外で暮らしてたのを無理矢理連れてきて、要らなくなったら捨てるなんて……この子たちが何したって言うんだ!

[バーテンダー] どうもこうもねぇよ、この大地は弱肉強食だ。強者である人間がやりたいようにやるのが自然の摂理ってやつだろ。

[シャオヘイ] ふざけるな!

[バーテンダー] ふざけたこと抜かしてんのはお前だろ、このクソガキ!

[エンペラー] ああもういい! 耳にタコができちまうってんだよ!

[エンペラー] てめぇら全員黙りやがれ、どうするかは俺が決める。

エンペラーが銃のスライドを引くと、ガチャリと弾丸が薬室に送られる音が響いた。それが籠の鼷獣へと向けられると、間もなく血を飛び散らせるであろう鼷獣の命運に、その場の全員が息を呑んだ。

だがエンペラーが引き金を引こうとしたその刹那、小さな手が銃口を塞いだ。

[シャオヘイ] 殺しちゃダメだ。

[エンペラー] ……小僧、俺を止められると思ってんのか? 仮に止められたとしても、それがどんな結果を招くか考えたか?

[エンペラー] おめぇはリーの使いとしてここに来てんだぜ。あいつの顔に泥を塗るつもりか?

[シャオヘイ] それは――

[シャオヘイ] ……僕はただ……

[シャオヘイ] ……もうこれ以外に方法はないの?

[シャオヘイ] 故郷から連れ去られて、行くあてもなくて、ずっと怯えて暮らしてたんだ……誰だってそんなの嫌でしょ。

[シャオヘイ] 他の方法を考えてあげられないかな?

[シャオヘイ] 厄介者扱いされ続けるのは、すっごく辛いんだよ……

[シャオヘイ] この子たちは、ただ安心して暮らせるお家がほしいだけなんだ!

[エンペラー] ……無駄話は済んだか?

[エンペラー] (銃を持ち上げる)

[ソラ] 待ってボス、あたしが引き取――

[クロワッサン] シーッ、今は黙っとき。

[シャオヘイ] この子は僕が連れていく! 絶対殺させない!!

[エンペラー] ……ふぅー。なーにマジな顔してんだお前ら? 俺は葉巻を吸おうと思っただけだぜ。

[シャオヘイ] ……

[シャオヘイ] それ……ライター?

[エンペラー] ライター以外何があんだよ? 貴重なエッチング弾をこんなとこで無駄遣いするわけねぇだろ。

[エンペラー] ……で、今のがお前の本心ってわけか? まったく、泣かせてくれるぜ。

[シャオヘイ] むぅ……

[エンペラー] ふん、ガキはガキらしく表情豊かでいやがれ。一日中ふくれっ面して大人ぶったって、ちっとも面白くねぇぞ。

[バーテンダー] じゃあボス、その鼷獣は……

[エンペラー] 生かしとけ、俺が飼う。

[シャオヘイ] つまり……最初から殺すつもりはなかったってこと?

[エンペラー] バカ野郎、俺様の偉大な考えをその小さな頭で測るつもりか?

[シャオヘイ] ……

[シャオヘイ] (お前が何考えてるかなんてわかりっこないよ!)

[バーテンダー] でももうすぐ龍門政府が――!

[エンペラー] なんだぁ? 俺がウェイにビビるような男に見えるのか?

[バーテンダー] ……っ、分かりました。エンペラーさんがそう仰るなら……

[エンペラー] ふん。おい、小僧。何ボサッと突っ立ってやがる。籠を持ってついてこい。

[シャオヘイ] どこ行くの?

[エンペラー] 無駄口叩くんじゃねぇ。

[クロワッサン] ふふんっ、ウチのにらんだ通りやったな。

[ソラ] つまりあたしを止めたのも、ボスがあの鼷獣を殺さないって分かってたからってこと?

[クロワッサン] あったりまえや。あの銃――いやライターは、ウチがボスに売ったもんやからな。

[ソラ] ……それじゃ、あたしとあの子が無駄にハラハラしてたのを見て楽しんでたの?

[クロワッサン] いやあ、あのクールぶってるちびっ子が焦ってる顔を見たくないわけあらへんやん?

[ソラ] ひどいっ! 意地悪!

[テキサス] 何かあったのか? フェイが不機嫌そうな顔をしていたが。

[クロワッサン] あははっ、大方ボスとちびっ子のせいでヘこんどるんやろ。

[ソラ] あ、テキサスさん。壁の不気味な音の件、調査が終わりましたよ。原因は鼷獣で、さっき捕まえたところです。

[テキサス] そんなところだと思った。で、ボスはどうすると?

[ソラ] 自分のペットにする、って。フェイは始末しろって言ったんですけどね。

[テキサス] そうか……まあ鼷獣なら納得だな。

[クロワッサン] ん? 何か知ってるんか?

[テキサス] ああ。ボスは以前にも鼷獣を飼っていてな。数年ほど前だったか……

[ソラ] へぇー、知らなかったなぁ……

[テキサス] あまり公にはしていなかったからな……恥ずかしかったからか?

[クロワッサン] ほんでどうなったん?

[テキサス] 別に続きはない。鼷獣の平均寿命は二年と短いからな。すぐに死んでしまってそれっきりさ。

[クロワッサン] じゃあ何年か前に、ボスが一時期ずっと飲んだくれてたり、自室にこもってブルースを聴いてた理由って……?

[テキサス] そういうことだ。

[ソラ] ……どうしよう、なんだかまた涙出てきちゃった。

[クロワッサン] 泣いたらあかん!

[シャオヘイ] ……

[エンペラー] おい、ずっと黙りこくりやがって、なんか俺に言いたいことはねぇのかよ?

[シャオヘイ] ……えっと……ありがとう、エンペラー。

[エンペラー] お前の感謝なんて俺にとっちゃ何の価値もねぇ。聞きたいのはそんなことじゃねぇんだよ。

[シャオヘイ] ……でも他に話すことなんてないけど。

[エンペラー] 俺をごまかせると思うな。お前が道中ずっと心に抱えてるものはそれだけじゃねぇだろ?

[シャオヘイ] うっ……

[シャオヘイ] ……どうしてこの子を飼おうと思ったの? ただ単に……気に入ったから?

[エンペラー] それ以外にあるか?

[シャオヘイ] じゃあもし気に入らなかったら……あのフェイって人の言ったように「処分」してたってこと? 人間にとって都合が悪いから……

[エンペラー] 仮に俺がそうしようとしたなら、お前はどうした?

[シャオヘイ] やっぱり、止めてたと思う。

[エンペラー] じゃあそれでいいじゃねぇか。

[シャオヘイ] ……どういうこと?

[エンペラー] 俺が何を考えてようが、お前のやることは変わらねえってこった。それなら何も気にすることねぇだろ?

[シャオヘイ] でも――

[エンペラー] 一度決めたことは、ぐだぐだ考えてねぇでやり通せばいい。だが決断する前にはじっくり考えとけよ。さもなきゃ一生後悔するはめになるからな。

[エンペラー] ――さあ、着いたぜ。

[シャオヘイ] ここってもしかして……「スラム街」?

[エンペラー] ほう、知ってんのか?

[シャオヘイ] リーから聞いたんだ。あの石の病気にかかった人が住んでる場所なんだよね。

[エンペラー] 奴は他になんか言ってたか?

[シャオヘイ] うん……近付かない方が良いって。

[エンペラー] 間違いじゃねぇな。ここはお前みてぇな子供が来る場所じゃねぇ。

[シャオヘイ] じゃあなんで連れてきたの……

[エンペラー] 誰も近づきたがらねぇ場所だからだ。身を隠したい奴にとっちゃ、ここは安全地帯になる。

[???] へえ、エンペラーさんがわざわざここをお訪ねなさるとはねぇ……一体どんな要件だ?

[エンペラー] 動物を診てくれ。二匹いる。

[???] おや、またおかしな動物でも連れてきたのかい?

[エンペラー] 小僧、見せてやれ。

[シャオヘイ] この子たちだよ。

[???] こいつは鼷獣に……烏雲獣か。

[シャオヘイ] エンペラー、この人は獣医さんなの?

[エンペラー] いいや、人間も動物も治せる腕利きの医者さ。

[医者] おうよ、人だろうが動物だろうがなんでも治してみせるさ。俺んとこに来る勇気さえあれば、だけどな。

[シャオヘイ] そんなにすごい人なら……どうしてこんなところに隠れてるの?

[エンペラー] 俺に聞くんじゃねぇ。

[医者] 坊主、それは俺が悪い人だからさ。

[シャオヘイ] お医者さんなのに悪い人なの?

[医者] ああ、医者って奴は誰よりも率直で残忍な方法で、患者に自分の痛みと向き合うことを強要するからな。加えて医者がもたらすのは、いつも悪い報せと決まってる。

[シャオヘイ] それは悪い人じゃなくて、誠実な人って言うんじゃない?

[医者] ははっ、誠実なのが一番残酷なんだよ。

[シャオヘイ] 全然わかんないけど……結局何が言いたいの?

[医者] いいねぇ、そうやってどんなことにも疑問を持ち続けるのは良い心がけだ。何でもかんでも当たり前だと思っちゃいけねぇ。

[医者] 坊主が絶対に正しいと思ってることでも、最後にはひっくり返っちまうかもしれねぇからな。

[シャオヘイ] もうちょっと分かりやすく話してくれないかな……

[エンペラー] ……おい、寝言はもう十分だろ。それより鼷獣たちの容態はどうなんだよ?

[医者] おお、すまんすまん、無駄口が過ぎたな。

[医者] ほら、診せてみな……うーん、痩せ細ってるし、毛並みにもツヤがないが、身体の方はただの栄養不足だろう。しかしずいぶん元気がないな……

[エンペラー] 病気の可能性は?

[シャオヘイ] もしかして、びっくりしたからかな? さっき烏雲獣の口にくわえられちゃったから、そのショックで……

[烏雲獣] (爪をなめる)ミャオ……

[医者] そういうことか。こういうげっ歯類ってのは雲獣のエサにぴったりだからな……しばらくはトラウマが尾を引くかもだ。

[医者] それにしてもこの烏雲獣、どこかで見たような……

[医者] (烏雲獣を持ち上げる)

[医者] よっこらしょっと、ちょっと失礼するぜ……ああやっぱり。この足のところの縫い跡は俺がやったんだ。丁寧で優雅、そしてなんとも美しい手術痕だ……見間違いようがねぇ。

[シャオヘイ] その子のこと知ってるの? 前は誰が連れてきてた?

[医者] んー……あんまり覚えちゃいねぇが、もう先が長くなさそうな感染者だった気がするな。ありゃ三年前だったか……

[医者] 何だか憐れだったもんでタダで治してやったら、こいつを預かってくれなんて言ってきやがってな。

[シャオヘイ] でも預からなかったんだね。

[医者] 当たり前だろ。俺は医者であって、慈善家じゃねぇ。

[エンペラー] 養う金がなかったからじゃねぇのか。

[医者] ……ほらな? 誠実なのが一番残酷なんだ。

[シャオヘイ] ……えっと、そうかもね。

[シャオヘイ] じゃあ……その人が今どこにいるのか分かる?

[医者] あの様子じゃ、すぐに死んじまっただろうな。スラム街の一番外側に感染者の遺品を供養してる空き地がある。きっと奴のもあるだろうから、見に行ってみるといい。

[医者] そういやあ、奴ときたらどうしても預かってほしいって、全身ひっくり返して必死に金をかき集めてたなぁ……本当に憐れだった。

[シャオヘイ] あんまり覚えてないって言うわりにはけっこう詳しいね。

[医者] いや、ほら……俺は記憶力が良いんだよ。あっ、しかも不思議なことに、奴が最後にかき集めた龍門幣の合計だって覚えてるぜ。

[シャオヘイ] ……いくらだったの?

[医者] 六十七……六十七龍門幣だった。

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