aklib_story_ドッソレスホリデー_DH-ST-1_思わぬ遭遇

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ドッソレスホリデー_DH-ST-1_思わぬ遭遇

フミヅキの手配により、チェンとリン・ユーシャは期せずして、ボリバルの都市ドッソレスで再会する。市長は彼女たちにエルネストというガイドを紹介し、ある依頼をするのだった。


[予選司会者] なんと、これは凄いことになりましたーッ! 誰もが待ち望んだこの大乱闘予選で、まさかまさかの大波乱!

[予選司会者] 途中で試合に乱入してきた二人の女性たちが、この混戦を勝ち残ってしまいました!

[予選司会者] では、ここでパンチョさんにお聞きしましょう。このような展開、果たして認められるのでしょうか!?

[パンチョ] ウォッホン。確かに、こうした展開は珍しいケースだ。原則的に、参加者各位には大会規則を遵守していただきたいところではある。

[予選司会者] そうしますと、残念ですが今回は……

[パンチョ] ――だが。

[パンチョ] たまには、このようなことが起こるのも悪くはないだろう。

[予選司会者] おおっ、仰る通りですね! ……こほん、それでは。ほかの選手の皆さんには残念なお知らせとなりますが――

[ユーシャ] へえ。あの司会者、なかなか機転が利くようね。私たちは失格だって言おうとしてたんでしょうに。

[チェン] ああ、そうかもな。

[チェン] それにしても……どうやら、私たちは誤って試合会場に入ってきてしまったらしいが。

[チェン] この試合、名前は確か……『大乱闘予選』だったか。

[予選司会者] ――しかしながら、皆さん! 全市民を大いに楽しませること、これこそが本大会の目的なのです。

[予選司会者] 確かに、こちらの二人は正式な大会手続きこそ踏んでいませんが……素晴らしい腕前と絶妙なコンビネーションで、あの大乱闘を見事に制してみせました!

[予選司会者] これぞ最も熱く、盛り上がる展開ではありませんか! 彼女たちにこそ、最も熱烈な歓声が贈られるべきとは思いませんか!?

[ユーシャ] ……「絶妙なコンビネーション」ですって。

[チェン] そうでないことを願うばかりだな。

[チェン] はぁ……まったく、どうしてこんなことになったんだか。

[ユーシャ] ねぇ、お父さん。この招待状って……

[鼠王] まったく……今年も送ってきおったか。しつこい女よのう。

[ユーシャ] しつこい? 女?

[ユーシャ] ふうん。お母さんに言いつけちゃおうかしら。

[鼠王] 何を想像しておる。都市商業連盟の関係で付き合いがある市長のことじゃぞ。ウェイも十年ほど前までは招待に応じていたんじゃが、近頃はトランスポーターを介したやりとりだけになっておっての。

[鼠王] しかし、彼女はそれにもめげず、毎年この時期になるたびに、ワシとウェイに招待状を寄越してくるんじゃよ。

[ユーシャ] 商業連盟……っていうと、クルビアのあの都市?

[鼠王] いいや、ボリバルの方じゃな……お主も都市の名くらいは聞き及んでおろう? 手紙の主は、かの地の市長というわけじゃ。

[ユーシャ] ボリバルだったら……ドッソレスね。ええ、聞いたことはあるわ。いわゆる「散財都市」でしょ?

[ユーシャ] 市長の名前は、確か……カンデラ・サンチェスだったかしら。……それで、お父さんは行かないの?

[鼠王] 骨の折れる遠出をしたところで何になる? この老体では耐えきれんわい。

[鼠王] それにのう、仮にワシが行きたいと思うても……ウェイが行かぬのでは意味がなかろう。

[ユーシャ] 確かにそうね。向こうが仲良くしたいのは、龍門長官であるウェイさんでしょうけど、あの人は公務に追われていて、自由に旅行なんてできないんだもの。

[ユーシャ] お父さんだって負けていないから落ち込む必要はないわ。花屋のお花の世話係としても、おじさんたちの囲碁仲間としても、かなり忙しくしてるもの。遠出なんてされたら皆困っちゃうわよ。

[鼠王] やれやれ、この娘は……なぜお主の口から語らせると、ワシとウェイとでここまでの差があるのじゃろうな。

[鼠王] よいか? 両者には貿易協定があるのじゃ。ウェイが行きたいと望めば何があろうと赴くことはできよう。詰まるところ、あやつは嫌気が差したのじゃよ。あの都市は、よい場所とは呼べぬからのう。

[鼠王] ウェイに向かう気がないのなら、ワシも行こうとは思わんよ。

[ユーシャ] そう、なるほどね。じゃあ、この招待状は捨てときましょ。

[鼠王] む? 電話か。……フミヅキ夫人じゃな。

[フミヅキ] もしもし。リンさん、フミヅキです。

[鼠王] ご機嫌よう、夫人。此度はどういったご用件ですかな?

[ユーシャ] フミヅキさんから電話? それなら、私はお暇……

[フミヅキ] あら、ユーシャもそこにいるのですか? それならちょうどよかったわ、席を外さずにいてもらえるかしら。これは彼女にも関係のあることですから。

[鼠王] ふむ。では、この場に留めておきましょう。……ユーシャや、そこに残りなさい。

[ユーシャ] わかったわ。……何の話かしら?

[フミヅキ] それで、リンさん。例の招待状はそちらにも届いていますか?

[鼠王] 相も変わらずにのう。して、それがどうなさった?

[フミヅキ] 私はいまだに、休暇をあの場所で過ごしに行きたいと思うのですけれど……ご存じの通りうちのイェンウは大層な怠け者で、出不精をして渋るのですよ。

[鼠王] なるほど、なるほど。しかし、ユーシャを引き留めたことから察するに、此度は何やら別の考えがお有りのようですな。

[フミヅキ] ええ。イェンウの代理を、ユーシャに務めてもらえないかと思いまして。

[鼠王] 夫人、それは……

[フミヅキ] イェンウは私が説得しますので、ご心配なく。

[鼠王] 確かに夫人が決定権をお持ちでしょうから、説得に関しては、何の問題もありますまいが……

[鼠王] あえて私見を述べさせてもらうならば、ユーシャはまだ、そのような重責を負える器ではないと思いますがのう。

[ユーシャ] ねえ、お父さん。フミヅキさんはなんて言ってるの?

[鼠王] ……お主に、ウェイの代理としてドッソレスへ行ってほしい、と。

[ユーシャ] 私、行きたいわ。

[鼠王] これ、ユーシャ。

[ユーシャ] ……

[ユーシャ] もしもし。ぜひ行かせてください、フミヅキさん。

[フミヅキ] ……とのことですけれど。リンさん、どうかしら?

[鼠王] やれやれ、仕方がないのう。可愛い娘が遊びに行きたいというのならば、父としてそれを拒めるわけもない。

[鼠王] こうなれば、本人の望むようにさせるほかありませんな。

[フミヅキ] ふふっ。では、そのように。ユーシャ、遠出になりますから、準備をしておくのですよ。

[ユーシャ] わかりました。

[鼠王] ユーシャ……

[ユーシャ] お父さん。お土産は期待してくれていいわよ。

[鼠王] まったく、この娘は……

[鼠王] 何はともあれ、もう決まったことじゃ。夫人の言うた通り、此度は遠出となろう。母さんにも準備を手伝ってもらいなさい。

[ユーシャ] ええ、そうするわ。

[鼠王] 夫人がこのようなことをするからには、真意は別にあるのやもしれんのう。ふむ……「休暇」か。よもやフェイゼに関することではあるまいな?

[鼠王] ……まあよい、考えたところで詮のないことじゃ。若人は可愛がるのが、フミヅキ夫人の常なれば、ユーシャのことも、悪いようにはせんじゃろう。

[鼠王] それにしても……はぁ。

[鼠王] 子というのは、長ずれば家に留め置けぬものなのかのう。

[ウェイ] フミヅキ。ユーシャの件はお前が手配したのか?

[フミヅキ] はい。そうですが。

[ウェイ] ……

[フミヅキ] 何か問題でも? どうせ向こうも私たちを気晴らしに招待しているだけで、本当に用があるというわけではないでしょう。

[ウェイ] ……実のところ、お前はフェイゼをあそこに行かせたいと思っているのだろう?

[フミヅキ] ええ、そうです。別段、隠すつもりはありませんよ。

[ウェイ] 確かに、私の代理としてユーシャを向かわせれば、フェイゼの方は何の制限も受けずに、あの都市を満喫することができるだろう。だが……

[フミヅキ] あの子には休暇が必要だと思うのです。私はロドスを信用していますが、チェンちゃんが今、彼らと上手くやっているかまではわかりませんもの。

[フミヅキ] もちろん、チェンちゃんの今の立場では、あなたの代理として赴く資格がないことは承知していますの。常日頃からよくやってくれているユーシャが適任と判断して、そのように。

[ウェイ] ……鼠王の娘が、鼠王の器であるとは限らんぞ。

[フミヅキ] それでも、あの子自身にその気持ちがあるのなら、チャンスを与えてあげるべきです。どの道、それを掴めるかどうかは本人次第なのですから。

[フミヅキ] ――まさかウェイ長官ともあろうお方が、この判断を出過ぎた真似とは仰らないでしょう。それとも、私のようなか弱き女性を罪に問うおつもりかしら?

[ウェイ] 無論、そうは言わんさ。この手の判断を下すとき、私はいつもお前の意見に耳を傾けてきただろう? しかしな……

[ウェイ] お前もカンデラに会った以上は、彼女がどんな人物なのか知っているはずだ。チェン・フェイゼとリン・ユーシャ、まだ若いあの二人では手に負えない相手だと思わないか?

[フミヅキ] まったく……あなたったら、私にはいらぬ心配ばかりするなと仰るのに。一番心配しているのは、あなた自身ではありませんか。

[フミヅキ] そういう性格を直してくださったら、チェンちゃんともきっと上手くやっていけるでしょうに。

[ウェイ] フミヅキ、今はそんな話をしている時ではないだろう。

[フミヅキ] はぁ、そうでしたね。確かに、ボリバルのような場所で、あの都市を――ドッソレスを築き上げた彼女は、並の人ではないでしょう。

[フミヅキ] 私もあなたと一緒にドッソレスへ行ったのですから、そのくらいの想像はつきますよ。あそこは、あなたなら決して考えもしないような都市でしたしね。

[フミヅキ] 龍門長官としても、あなた個人としても、あんな都市を築いた彼女を警戒してしまうのは、仕方のないことだと思います。

[ウェイ] そう思うのなら……

[フミヅキ] イェンウ。あなたたちのような重役におさまる方は、いつも腹の探り合いと謀事ばかりですから、他人もそれと同じようなものと思い込む節がおありでしょうけどね。

[フミヅキ] 私は会ってすぐに察しがつきましたよ。カンデラさんは良くも悪くも「何でもする」人でしょうけど、チェンちゃんやユーシャのような子らを傷つけることだけはしない人、だと。

[フミヅキ] あなたは、二人が彼女に影響されはしないかと心配してらっしゃるようですが、私はむしろ、チェンちゃんたちならあの場所とも上手く付き合っていけると思いますよ。

[ウェイ] ……

[フミヅキ] それでも本当に行かせたくないとお思いなら、まだ間に合います。恐らくユーシャは発っていないでしょうし、チェンちゃんへの手紙も出してはいませんから。

[ウェイ] ……

[ウェイ] まあいい、お前の好きにしなさい。

[チェン] 先ほど道で見かけたのは、ロドスのメンバーだったような気がするが……彼らもシエスタに来ていたのか。

[チェン] のちほど、確かめに行くとしよう。

[チェン] ……誰だ?

[シラユキ] 御前に参るはシラユキなり。――チェン殿。休暇中の訪問、深くお詫びする。……失礼いたす。

[チェン] ああ、キミか。しかし……なぜここへ?

[シラユキ] 火急の用向きにて、姫よりチェン殿に宛てた文を届けんがため。

[チェン] ――龍門に何かあったのか!?

[シラユキ] さにあらず。まずは文を読まれよ。

[チェン] ……わかった。手紙を。

[シラユキ] 御意。

[チェン] 同封されているのは……招待状? いや、今は後回しだ。

チェンちゃんへ。 ロドスでの生活はどうですか? ちゃんと毎日ご飯を食べて、身体に気を付けていますか?

[チェン] ……相変わらず心配性だな。フミヅキさんは……

さて、同封した招待状について説明しましょう。これはボリバルのとある都市の市長から、私たち夫婦宛に頂いたものなのですが、生憎私たちは忙しく、伺えそうにありません。イェンウと相談した上で、代わりにあなたが行ってくれたらと思い、送りしました。

[チェン] ……

都市の名はドッソレス。巨大な人造湖や、多くの娯楽施設がある、休暇には最適の場所ですよ。忙しく駆け回るあなたには、疲労が溜まっているはずですから、この機会にゆっくり休んで下さい。ロドスには私から説明しておきます。ご心配なく。ウェイ・フミヅキ

[チェン] ……今がまさに、その休暇中なんだが……

[シラユキ] 姫は恐らく、それをご存じないものかと。

[チェン] それもそうだな。しかし、ドッソレスか……ここからどれくらいかかるだろう。シラユキ、キミは知っているか?

[シラユキ] それなる都市はボリバルの北西にあり。今発てば、十五日ほどで着くと推測いたす。

[チェン] なるほど。招待状にも特段期日は書かれていないし、いつ行っても問題はなさそうだな……

[シラユキ] では、この話を受けるおつもりか?

[チェン] ……フミヅキさんのご厚意とあらば、断る道理はないさ。場所が変わろうと、どの道休暇を過ごすだけだしな。

[シラユキ] 承知した。姫に代わり、チェン殿に感謝申し上げる。

[チェン] シラユキ。何度も言っているが、いい加減にチェン「殿」はやめてくれ。今の私たちは対等な立場のオペレーター同士なのだから。

[シラユキ] 幾度目であろうと、このシラユキの返答は変わらぬ。常に「不可」なり。如何なる時も、チェン殿はチェン殿である。

[チェン] はぁ……わかった、好きにしろ。

[チェン] ところで、ドッソレスへはキミも同行してくれるのか?

[シラユキ] 否。任務があるゆえ、それは叶わぬ。お許しを。

[チェン] わかった。それなら、一人で向かうほかなさそうだな。

[シラユキ] それと、出立時に耳にはさんだことが。ドクター及びオペレーターたちも任を終え、この都市へ到着した模様。お望みならば、一目まみえたのち、ここを発たれるのも良いかと。

[チェン] ほう? そうか。やはり見間違いではなかったらしい……

[チェン] だが、まあいいさ。どうせロドスに戻れば会うことはできるんだ。

[シラユキ] 然り。では……

[チェン] まあ待て、そう急ぐな。キミにも一晩泊まっていく時間くらいはあるだろう? 今夜は私と食事でもして、明日一緒に出発しないか。

[シラユキ] ……お言葉に甘えてお受けいたす。

[チェン] やっと着いた。ここがドッソレスか……

[チェン] 噂通りの場所だな。足を踏み入れた途端、自分が今ボリバルにいるということを忘れてしまいそうになる。

[チェン] さて、まずは……

[守衛] 失礼、もしやチェン・フェイゼ様ではありませんか?

[チェン] ん……? ああ、そうだが。キミは?

[守衛] 我々はあなたをお迎えするよう、市長より命令を受けた者です。このゲートにて、ご到着をお待ちしておりました。

[チェン] 私は単なる休暇で来ただけなんだ。そこまで手間をかけてもらう必要はない。

[守衛] しかし、あなたがいらしたら必ず知らせるようにと市長より命じられておりますので……どうか、こちらで少々お待ちください。

[守衛] ――こちら二番ゲート。チェン・フェイゼ様が無事ご到着されましたので、ご報告いたします。

[守衛] ……はい。……はい。了解しました。

[守衛] 市長があなたにお会いしたいと仰っています。こちらへどうぞ。

[チェン] やれやれ。わかった。

[守衛] チェン様、お入りください。

[チェン] ……

[???] ようこそ、チェン・フェイゼ君。先に到着したのは君の方だったようだね。

[???] 龍門近衛局特別督察隊の隊長は、若き英傑だと聞いていたが……やはり並ならぬ人物というのは、こうして向き合えば一目でそれとわかるものだな。

[チェン] では……あなたが、サンチェスさんですか?

[カンデラ] ああ、名乗るのが遅れたね。そう、私がカンデラ・サンチェス……このドッソレスの市長だ。

[チェン] ……炎国語がお上手ですね。

[カンデラ] かねてよりウェイ氏とは友好を深めたいと思っていたものでね。残念ながら、彼はこの十年来、一度も訪れてはくれていないのだが。お陰で苦労して学んだ炎国語も、披露する機会に恵まれなくてな。

[チェン] そうでしたか。……しかし、サンチェスさん。今回私がここへ来たのはあくまで休暇としてであって、誰の代理で、というわけでもありません。

[カンデラ] ああ、私のことは「カンデラ」と名前で呼んでくれたまえ。君さえよければ「叔母さん」と呼んでくれても構わないぞ。ウェイ総督には兄妹の誓いを交わしたいと提案したことがあるくらいなんだ。

[チェン] サン……カンデラさん。「叔母さん」はさすがに、遠慮させてください。

[カンデラ] はははっ、そうか。

[カンデラ] それにしても君の話し方といい、その表情や雰囲気といい、若い頃のウェイ総督そっくりだな。

[カンデラ] まあ、当時の彼は今の君より、いくらか英気に満ちていたと言わざるを得ないがね。

[チェン] ……私は、ウェイ総督とは何の関係もないのですが。

[カンデラ] ああ、安心してくれたまえ。わかっているさ。

[カンデラ] 何も心配しなくていい、チェン君。フミヅキ夫人から既に話は聞いているよ。君は誰の代理でもないし、何に縛られる必要もない立場だ、とね。

[カンデラ] だから、君は思う存分遊んで行くといい。この私がいるからには、君を傷つけられるものなど、ドッソレスには存在しないのだしな。

[チェン] はい。ご厚意に感謝します。

[チェン] ……ところで先ほど、「先に到着したのは君の方だった」と仰っていましたが、ほかにも誰か来る予定があるのですか?

[カンデラ] ああ、そうそう。そのことだが、すごい偶然だと思わないか? 彼女は龍門から、君はシエスタから、別々に発ったというのに、同じ日に到着したのだから。

[チェン] 龍門から?

[カンデラ] おや? 知らないのか?

[カンデラ] なるほど。フミヅキ夫人からは聞いていないらしいな。まあ、遅かれ早かれ知ることになるわけだし、話しておくとしよう。

[カンデラ] チェン君も知っての通り、私やウェイ総督ほどの立場ともなると……たとえ私たち自身が望んでおらずとも、慣習に従い、行わなければならないことが存在するものだ。

[カンデラ] 正直私自身としては、ウェイ氏が適当に代理を寄越してくれるだけで構わない。まあ……適当すぎても困るが、少なくとも君くらいの人ならば、今君にしているように、私はその者をもてなすだろう。

[カンデラ] 「総督夫妻と鼠王を遊びに招待しただけ」なのだから、その対応に何の問題があろうか? ……と、言いたいところだが。

[カンデラ] しかし、それではマズいことになると、彼も私も知っているのだ。

[カンデラ] 彼自身が来る必要はないが、派遣する代理としてはそれなりの人物を選ばなければならない。さもないと、「龍門総督がドッソレス市長を軽視している」ということになってしまうからな。

[カンデラ] 仮にそうなれば、龍門とドッソレス、双方の新聞社が明日の紙面に同様のニュースばかりを書き立てて、不要な面倒事が山ほど起きることだろう。

[チェン] つまり、ウェイ総督はもう一人、自分の代理を務めうる人物を派遣しているということですね。

[カンデラ] そう、その通りだ。

[チェン] となると、ホシグマでしょうか? あるいはスワイヤー……?

[カンデラ] いいや、そのどちらでもない。

[チェン] では、誰が……

[守衛] ――市長、お客様がご到着になりました。

[カンデラ] ご覧、来たようだぞ。

[ユーシャ] 龍門総督ウェイの代理として、謹んでご挨拶申し上げます。ドッソレス市長、カンデラ・サンチェス様に敬意を表し……

[チェン] なっ……リン・ユーシャ!?

[ユーシャ] チェン・フェイゼ!?

[チェン&ユーシャ] どうしてここに!?

[ユーシャ] ……なるほど、そういうことね。フミヅキさんが私を来させた理由がわかったわ。

[チェン] ……ウェイ・イェンウの代理人というのは、お前だったのか。

[カンデラ] おや、二人は知り合いだったのか。それは何よりだ。

[チェン] 学生時代に同期だっただけです。

[ユーシャ] 友人の友人です。あまり親しくはありません。

[カンデラ] ならばこれは、もう一度お互いを知るのにも良い機会じゃないか?

[カンデラ] まあ、それはさておき、リン君。

[カンデラ] チェン君同様、君もあまり堅苦しい呼び方はせず、私のことは気軽に「カンデラ」とでも呼んでくれたまえ。

[カンデラ] ウェイ総督の代理として来てくれたにしても、君はそれをあまり深く考える必要はないし、何に縛られる必要もない。

[カンデラ] ここで君に課されている義務は、至極簡単なものだ。――我が誇りであるこの都市を、心ゆくまで楽しんでくれ。

[ユーシャ] ……わかりました。

[カンデラ] ……おっと、そうだった。もう二点、伝えておきたいことがある。

[ユーシャ] 何でしょう。

[カンデラ] まず、一つ目だが……君たちは腕が立つ上に、頭脳明晰の大変素晴らしい人物だと聞いていてね。

[カンデラ] そんな二人が来てくれるならと、ちょっとした余興を用意しておいたんだ。

[チェン] 「余興」ですか?

[カンデラ] ああ。しかし、この余興……もとい仕事について話す前に、一つ聞いておくとしよう。二人とも、夏にドッソレスで開催される一大イベントについてはご存じかな?

[チェン] と、いうと、今行われているサマーイベントのことでしょうか。

[カンデラ] そう、まさにそれのことさ。

[カンデラ] 知っての通り、このドッソレスが持つ最大の特徴は、街にぐるりと囲まれた「海」……そして海上に浮かぶこの船だ。

[カンデラ] 本船は、私が多大なる努力を払ってイベリアの技術から復元した傑作でね。

[ユーシャ] 船首についた、あの像もですか?

[カンデラ] はははっ、いやいや。あれは私個人の趣味によるものさ。

[カンデラ] さて、話を戻そうか。ドッソレスの「海」は、北にある本物の果てなき海から引いてきたものなんだ。

[カンデラ] だが、海水を暫く放っておくと、次第に汚れて臭いもしてくる。だから、少なくとも年に二回は取り換えるようにしているんだ。

[カンデラ] 夏は海に入って遊ぶ人々が最も多くなる季節だから、この時期に一度水を換えるのが慣例になっている。

[カンデラ] しかし、その水の交換というのが、無味乾燥でつまらん作業でね。その上、大切な客人たちから少なくとも一日の間は、娯楽の時間を奪ってしまうことになる、ときている。

[カンデラ] とはいえ汚い海で客人たちを遊ばせたのでは、ドッソレスの名が汚れる……

[カンデラ] そこで、諸問題を解決すべく、「ドッソレスウォーリアーチャンピオン」が誕生したのさ。

[カンデラ] これは私の協賛により都市全域を範囲として展開、開催される大会でね。都市中へ配信も行っているよ。

[カンデラ] もし、具体的な競技内容に興味があるようなら、人を手配して説明させよう。

[カンデラ] ちなみに、その大会の勝利者は栄光を手にすることができる。海水を取り換える水門のスイッチを自らの手で押す……という、この都市ならではの栄光をね。

[ユーシャ] つまり、面倒事を上手く盛大なイベントへと変えたと……

[カンデラ] はははっ、そうとも言う。

[カンデラ] 正直な話、私は君たち二人がサマーイベント前に到着してくれてとても嬉しく思っているんだ。

[カンデラ] そういえばここへ来る前、チェン君はシエスタでバカンスを過ごしていたと聞いたが、本当か?

[チェン] はい。

[カンデラ] では、君はあの都市の音楽祭をどう思った?

[チェン] ……音楽はよくわかりませんが、とても賑やかに感じました。

[カンデラ] ははっ、そうかそうか。あの都市の市長には、私も会ったことがあるよ。彼も自らの都市のため最善を尽くしていると言えるだろう。

[カンデラ] しかし、残念なことに……彼のような人物は、本来都市の主には適していないのだがね。

[カンデラ] それに、たかだか音楽祭では、私のサマーイベントとは比べ物にもならないよ。はははっ!

[カンデラ] 君たちは二人とも腕に覚えがあるようだし、もしも興味があればの話だが、大会に参加してみないか。

[カンデラ] ああ、ただ……私の記憶違いでなければ、予選の開催期間はもうすぐ終了するはずだ。出る気があるなら、早く動いた方がいいぞ。

[カンデラ] 君たちが今年の大会でチームを組んで勝利すれば、ウェイ総督も鼻が高いだろうな。無論そうなれば、私からも二人に特別なプレゼントを用意しよう。

[ユーシャ] ……チームを組むかはともかく、大会への参加に関しては検討させていただきます。

[チェン] それより、先ほど仰っていた余興というのは?

[カンデラ] おお、忘れるところだった。実は、二人に用意した余興もこの大会と関係していてね。

[カンデラ] 先週のことなんだが、私の部下が爆発物と汎用源石回路の密輸現場を取り押さえたんだ。

[カンデラ] 私は大概のことは大目に見るが、こうしたことまではさすがに見過ごせない。二人も、それを覚えておいてくれ。

[チェン] 私たちがそんなものを使うことは、恐らくないと思います。

[カンデラ] はははっ、もちろんわかっているさ。冗談だよ。

[カンデラ] 本来であれば、こういった事案の対応など我々にはお手の物なのだが……知っての通り、今は目前に迫った大会のことでこちらも手一杯でね。――さて、ここまで言えばもうおわかりかな?

[チェン] なるほど、現場は人手不足だということですか。つまり、その調査を「余興」と仰っているんですね。しかもこのタイミングで武器の密輸があったとなれば……

[ユーシャ] 大会で何かするつもりでしょうね。調査をするなら、きな臭いところから手をつけてみるのがよさそうだわ。

[カンデラ] うんうん、興味を持ってくれて何よりだ。やはり余興の備えというものはあるに越したことはないな。

[カンデラ] まあ、君たちが心ゆくまで遊ぶ合間に、刺激が足りないと感じた時にでも、この調査を楽しんでくれたまえ。

[チェン] 調査を……楽しむ?

[カンデラ] そうとも。特にチェン君。まさに君のような人こそ、事件の調査過程を最も楽しんでいる人間であることを、私は知っているからね。

[チェン] ……ご自分の都市が脅威に晒されることに対して、憂慮はなさらないのですか?

[カンデラ] 憂慮? ふむ。君はわかっていないようだな。

[カンデラ] この私がいるからには、ドッソレスを脅かすことなど誰にもできはしないのだよ。

[カンデラ] だから、君たちはこの仕事を完全に放棄してバカンスを過ごしてくれてもいいし、大会に参加してくれてもいい。

[カンデラ] 万が一この事件が何らかの問題を引き起こすに至ったとしても、それは決して二人の責任にはならないと約束しよう。

[カンデラ] 先ほども言ったように、これは二人のために用意した、バカンスの合間のちょっとした余興にすぎないのだからね。

[チェン] ……

[ユーシャ] ……わかりました。

[カンデラ] よろしい。では、二つ目の話だ。

[カンデラ] この手で築き上げたドッソレスの素晴らしさについて、私自ら二人に聞かせてやりたいのは山々だが……

[カンデラ] しかし、ウェイ総督本人がここへ来ていないからには、私が君たちに同行する、というのはいささか不適切だ。

[カンデラ] そこで、二人のためにガイド役を用意しておいた。

[カンデラ] エルネスト、来なさい。

[エルネスト] はい、カンデラさん。

[カンデラ] 彼は、私の部下の中でも一番頭の切れる外交官でな。名をエルネストという。

[エルネスト] こんにちは。初めまして、お嬢様方。

[カンデラ] ドッソレス市民のほとんどはヴィクトリア語とリターニア語しか話せないんだが、このエルネストは炎国語を話すことができる。彼が君たちの通訳を務めてくれることだろう。

[チェン] いえ……私は自分で話せますし、その必要はありません。

[ユーシャ] ……私もです。

[カンデラ] おお、そうか。それは何よりだ。

[カンデラ] では、この都市についてや、大会の具体的なスケジュールなどに関して、何かわからないことがあれば、彼に聞いてくれたまえ。問題ないな、エルネスト?

[エルネスト] はい、ありません。

[ユーシャ] ……わかりました。

[チェン] ありがとうございます。

[カンデラ] もちろん、彼が使えなさすぎて頭にきた時は、直接私の元へ来てくれても構わないが……なんてね。はははっ。

[カンデラ] さて、私にはまだ会わなければならない客人がいてな。悪いが、あとは若い君たちに任せて、お先に失礼するよ。

[ユーシャ] はい。おもてなしに感謝いたします、カンデラさん。

[チェン] ……

[ユーシャ] ……

[エルネスト] こんなに美しい方たちにお会いできて光栄ですね。俺はドッソレスの国際貿易管理部副部長を務めているエルネスト・サラスです。

[エルネスト] バカンスにきて堅っ苦しいのもなんだろうし、よかったら、エルネストって呼んでよ。

[エルネスト] 改めまして、ドッソレスシティへようこそ!

[エルネスト] この都市について知りたいことや、行きたい場所があったら、遠慮なく俺に連絡してね。

[エルネスト] 俺の仕事は、二人に最高のおもてなしをすることだからさ。

[チェン] そんなに気を遣ってもらわなくてもいいんだが。

[ユーシャ] ほんと、やめてちょうだい。

[エルネスト] ハハ、まあそう言わずに。……っと、そうだ。二人の携帯はもう俺たちの都市間ネットワークに接続しておいたよ。これで自由に通信できるし、ネットサーフィンもできるからね。

[エルネスト] これが俺とカンデラさんの連絡先。どっちも直接連絡してもらって大丈夫だから。

[エルネスト] それから、こっちはカンデラさんが二人のために用意したカード。

[エルネスト] ここでは何でもこのカードで決済できるんだ。上限額とかはないから気にしなくていいよ。使った分は全部、市政府が負担することになってるから。

[エルネスト] 好きなだけ使っちゃって。

[チェン] ……そこまでしてもらう必要はない。

[エルネスト] そうは言っても、これがドッソレス流のおもてなしなんだ。遠慮せず受け取ってよ。

[エルネスト] それじゃ、二人だけで話したいことがあるみたいだし……俺は先に部屋を出ておくね。

[エルネスト] ただ、二人を宿泊先のホテルまで連れて行く仕事が残ってるから、下で待ってることにするよ。話が終わったら、下りてきて。

[ユーシャ] ……ええ、わかったわ。

[チェン] ……

[ユーシャ] ……

[ユーシャ] 久しぶりね、チェン・フェイゼ。

[チェン] ああ。久しぶりだな、リン・ユーシャ。

[ユーシャ] 最後に会ったのはいつだったかしら?

[チェン] さあな。一昨年あった、スワイヤーの誕生パーティーじゃないか?

[ユーシャ] 私、その時は行ってないんだけど?

[チェン] そうか。それなら、私の記憶違いだ。

[ユーシャ] 多分、三年前の同窓会でしょ。

[チェン] ああ、言われてみれば、そんな気もするな。

[ユーシャ] あなたは元気にしてるみたいね。フミヅキさんが知ったらきっと喜ぶわよ。

[チェン] かもな。

[チェン] スワイヤーは、どうしている?

[ユーシャ] あら、ホシグマから聞いてないの?

[ユーシャ] 今は代理のような立場だけど、よくやっているわ。もうしばらくすれば、正式にあなたのポジションを引き継ぐことができるんじゃないかしら。

[チェン] そうか。ならいいんだ。彼女なら、あの気性さえ抑えられたら重責を担うことができるだろうからな。

[ユーシャ] 難しいわね。それができるのなら、スワイヤーとは呼べないわ。

[チェン] 確かに、一理ある。

[チェン] ……

[ユーシャ] ……

[チェン] 一つ、聞きたいことがあるんだが……

[ユーシャ] 何かしら。

[チェン] お前はなぜ、あの男の小間使いなどをしているんだ?

[ユーシャ] ……

[エルネスト] お話し中ごめんね、お姉さんたち。もう少しで船が接岸するから、下船するか、あるいはもう少し船にいるかを聞けたらと思ってさ。

[エルネスト] もしまだ話したいことがあれば、部屋を移すこともできるけど……

[エルネスト] ……って、もしかしてタイミング悪かった……?

[ユーシャ] いいえ。ちょうどよかったわ。

[ユーシャ] ホテルまで連れて行って。

[エルネスト] そう? ならよかった。じゃあ、行こうか。

[チェン] ……

[エルネスト] えーっと……チェンさんも、それでいい?

[チェン] ああ、行こう。

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