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ドッソレスホリデー_DH-9_龍威鼠心_戦闘前
チェンが注意を引いたことで、ユーシャは人質救出に成功した。 ――囮を務めていたチェンは、ついに逃げ場を失った。危機一髪のところへとユーシャがボートで駆けつけて、二人はそこから脱出する。そして、彼女たちが去ると同時に……クルーズ船は爆発した。
[チェン] どうだ? そちらは順調か?
[ユーシャ] ええ。とりあえず一部屋ずつ確認してるんだけど、今、船内食堂の手前まで調べ終えたところよ。
[チェン] 了解。引き続きよろしく頼む。
[チェン] ッ!? キミは……
[エルネスト] ――やあ、チェンさん。さっきぶりだね。
[チェン] ……できることなら、おとなしく寝ていてもらいたいんだが。
[エルネスト] 俺だってそうしたいよ。……欲を言っちゃえば、勝つにしろ負けるにしろ、寝てる間に全部終わっててくれたら楽なんだけどね。
[エルネスト] ……でも、残念ながらそうはいかないんだ。
[チェン] キミでは、私に勝つことなどできんぞ。
[エルネスト] だろうね。……つくづく、初めから二人のことを一番の障害と見なしておいてよかったよ……そうじゃなきゃ、計画がここまで進むことなんてなかっただろうし。
[チェン] ……キミは、そこまで狂信的な人物には見えないが、なぜそんなにこの計画にこだわるんだ?
[エルネスト] ああ、気になる? まっ、ここまで来たんだし、本当のことを話そうか。
[エルネスト] 昔、カンデラさんから聞いたことがあるんだ。……彼女の父親はこの都市の元市長で……リターニア政府の援助を受けて汚職ばかりしてたクズだった、って。
[エルネスト] 「元」市長っていうのも、怒った市民たちの暴動を察知して、妻子を連れてこの国から逃げ出したからなんだってさ。
[エルネスト] 彼は人間としては正真正銘のクズだったけど……それでも、カンデラさんは娘として、ついていくことを選んだ。最初に向かったのはカジミエーシュで、その後ヴィクトリアへ行ったって聞いたな。
[エルネスト] それから彼女は父親の後についてあちこち転々としているうちに、お金の使い方や存在意義を学び……
[エルネスト] その後、ドッソレスに戻ってきて、ここの市長の座に着いた。
[エルネスト] そうして、彼女が市長になったことで、反乱軍が何一つ成し遂げられずにいる間に、この都市はボリバル全土でも最高のお酒や砂糖、コーヒーを生産できるようになったんだ。
[エルネスト] 中でもドッソレスのテキーラなんて、リターニアやクルビアでも飲まれてるくらいでさ。
[エルネスト] その二カ国がお互いの腹を探り合っている間にも、この都市は両国貴族お気に入りのリゾート地になっていって……
[エルネスト] 結果、彼らはカンデラさんのルールに従わざるを得なくなり、ここで争い合うことはできなくなったんだ。
[エルネスト] 彼らを進んでそうさせるものは、武力でもなければ、剣術でもアーツでもない、お金であり、娯楽であり、贅沢品の数々……
[エルネスト] まさに、この都市の華やかなうわべの部分なんだよ。
[エルネスト] ……まあ、こんなこと、考えるべきじゃないことくらいわかってるんだけどさ。
[エルネスト] それでも、俺はこう思わずにはいられない――
[エルネスト] ……カンデラさんはある意味、俺の親父よりもボリバルという国を愛しているんじゃないか、って。
[エルネスト] 何しろ、親父は脇目も振らずに理想の国家を追い求めているだけで……言い換えれば、ボリバルという名の国が欲しいだけなんだ。
[エルネスト] ……仮に、その「ボリバル」が成立したとしよう。領土は植民地時代に定められた大きさのままで、国民はずっとここに住んできた人で……そこまでだったら、想像できるよね。
[エルネスト] でも……その後は? クルビアとリターニアとの軋轢には、どう向き合えばいい? ボリバルは……一つの国家として、どう発展していけばいいんだろう?
[エルネスト] 親父には、それがわかってないんだ。実際問題として、親父はボリバルがどんな国になっていくのかを想像してないんだよ。
[エルネスト] だけど、カンデラさんには……少なくとも一つの道が見えている。彼女は、この国に見いだした存在意義を実現させるために動いているんだ。
[チェン] ……詭弁だな。
[エルネスト] 中身のない嘘つくよりは、そっちの方がいいでしょ?
[チェン] ならばなぜ、キミは父親の方に協力するんだ?
[エルネスト] ……俺は、生まれたときからずっと親父のことを見てきたからね。……戦火の中、歯を食いしばって生き抜く姿も……快活な人だった親父が、段々と寡黙になっていく様子も……
[エルネスト] 全部、目にしてきたんだ。だから、親父がどういう人なのかはよくわかってる。――あの人は時代に屈したほかの連中とは違う。
[エルネスト] そして、それを知ってる以上……カンデラさんの下で働くうち、俺の中に親父とは違う考えが芽生えていたとしても、俺はそんなことで親父を裏切ったりはしない。
[エルネスト] ……だけど……その考え自体は、少しずつ大きくなってきててさ。俺自身、別の可能性を考慮し始めてることも否定しきれないんだ。
[エルネスト] ――そこで、俺は今回の計画を一つの転換点にしようと思った、ってわけ。
[エルネスト] 具体的な行動方針としては……親父への協力は惜しまない。全力でサポートして、計画が成功すれば、そのまま親父を支え続ける。
[エルネスト] 逆に失敗した場合には、俺も自分の変化を受け入れて、カンデラさんの支持者になるって感じかな。
[エルネスト] ……ああ。当然、途中で俺が死ぬことになれば――
[エルネスト] ハハッ、その時はそれでお終いだね!
[エルネスト] ――でも、今は……まだ何にも終わっちゃいないからさ。
[エルネスト] 俺は、あなたを行かせるわけにはいかないんだ。
[チェン] ……ならば、もはやこれ以上の問答に意味はないな。
[エルネスト] そうだね。……会えて嬉しかったよ、チェンさん。
[エルネスト] 知り合ったのがこんな状況じゃなかったら、リンさんも連れて街中を案内してあげたかったんだけどなあ。
[チェン] 遠慮しておく。
[エルネスト] あはは、そう言うと思った。
[パンチョの護衛] ――おい。B班から何人か、こっちについてこい。
[パンチョの鈍い部下] ……? なんだ、何かあったのか?
[パンチョの賢い部下] ああ、大会でダントツ一位を突っ走ってた『龍威鼠心』ってチームがあるだろ。そのメンバーのチェンとかいう女がまだ抵抗してるんだってよ。
[パンチョの鈍い部下] はあ? 船にいるのはみんな俺たちの仲間だろ? そうじゃない選手たちは全員ここに集めてるし……抵抗っつったって、一体何をどうやるってんだ?
[パンチョの賢い部下] それが……聞いた話じゃ、立ちはだかったエルネストさんを倒したらしいぜ。
[パンチョの賢い部下] しかも、そのまま船上をあちこち駆け回って暴れるもんだから、船長直々捕まえに行ってるんだと。
[パンチョの賢い部下] いや~、マジですげーよな……前にエルネストさんが「二人を甘く見るな」って言ってた時は、正直信じてなかったんだけどよ……さすがにこれは納得したわ。
[パンチョの鈍い部下] ……あれ? じゃあ、もう一人のリンとかいう女の方はどこ行ったんだ?
[パンチョの鈍い部下] ここの人質の中には……見た感じ、いねえみたいだけど。
[パンチョの賢い部下] あ~? 知るかよ、海に飛び込んで逃げたんじゃねーの?
[ユーシャ] ――あら、失礼ね。私ならここよ?
[パンチョの鈍い部下] な……ッ!?
男二人の頭上から、ユーシャがひらりと飛び降りて、手刀で彼らを片付けた。
[パンチョの鋭い部下] チッ……! 総員囲め! 早くしろ!
[ユーシャ] (六人。頭数が少ない……チェン・フェイゼの奴、いい具合に注意を引いてくれてるみたいね。)
[ユーシャ] (――じゃ、速攻で終わらせてやりましょ。)
室内にいた男たちが、慌てたようにユーシャを囲む。自分を取り押さえようとまばらに迫ってくる手を前にして、ユーシャはその場から退くことなく、僅かに身を屈めると、地を蹴った。――いち。
次の瞬間、男の一人に膝蹴りが食い込む。――に。体を折ったそいつは、もう一蹴りされ、吹っ飛んだ先にいた不運な男もろとも、激しい音を立てて船の柱に衝突した。柱が折れんばかりの衝撃を受けた男たちは、当然気を失って床にのびる。
――さん。続く三人目は、武器を振りかざそうとして、自身の腕から流れ落ちている血に気付き、叫び声を上げながらへたり込んだ。そこへユーシャの手刀が無慈悲に振り下ろされ、男の意識を刈り取る。
ここにきてやっと、連携を取って襲いかかろうとした四人目と五人目だったが、彼らに出来たのは、ユーシャが何かを蹴り上げるのを見守ることだけだった。船に似合いの重く豪奢なテーブルが、食器ごと飛んでくるのだと気付くころには、すでに視界が回っていた。
最後の一人。六人目の男が劣勢と見て、通信機で応援を呼ぼうと持ち上げ、いつの間にか通信機から上がっている煙を思わず目でたどる。直後、衝撃、そして――空中に投げ出された彼は、美しい弧をえがいて海へと落ちていった。
電光石火の早業で六人を片付けたユーシャは、音も立てずその場に着地した。 もとより接近戦はユーシャの十八番で、狭い船内食堂の中でもそのアドバンテージは遺憾なく発揮された。
その場にいた人質――船長に幽閉された権力者及び、偶然巻き込まれた選手たちは、事の一部始終を目の当たりにしていたが、この展開についていけずに、食堂の隅で縮こまったまま、ただただ呆気にとられていた。
[ユーシャ] ……さ、死にたくなければついてきて。
[権力者] ど、どうやって逃げるつもりだ……? この船には、パンチョの手下がうじゃうじゃいるんだぞ!
[ユーシャ] そうね……ちょうどいいわ。あなたたち、来て。
[軟弱な選手] ひ、ひぇっ……!
[不屈の選手] はぁ……やめろ、みっともない。――ほら、立てっての。
[不屈の選手] ……で? リンさん、俺たちは何をすればいいんだ?
[ユーシャ] 私が先頭を行くから、あなたたちはそのお偉いさんたちを守ってあげて。
[不屈の選手] 了解。
[ユーシャ] じゃあ、行きましょ。
[ラファエラ] ……! やられた……一歩遅かったみたいだね。
[ラファエラ] 「リンさんはここにいるはず」ってお兄ちゃんの読みは、やっぱり正しかったんだ。
[ユーシャ] (エルネストのことよね。それなら、彼はチェン・フェイゼに倒された後、目を覚ましてすぐに状況を理解したのね。)
[ユーシャ] (へえ、やるじゃない。それだけに残念だけど。)
[ユーシャ] (それに、目の前のこの子も。まさか、ここでまた鉢合わせるなんてね。)
[ユーシャ] ねえ、お嬢さん。こんなことに関わるのはもうやめなさい。
[ラファエラ] ……そのお嬢さんって呼び方はやめて。わたしには、ラファエラって名前があるんだから。
[ラファエラ] それに……関わるなって言うけど、わたしはパパに育ててもらった養子なんだし、このくらい手伝うのは当然だよ。
[ラファエラ] ……お兄ちゃんは君のこと、良い人だって言ってたのに……どうしてわたしたちの邪魔をするの?
[ユーシャ] あなた、今自分が良いことをしてると思ってるの?
[ラファエラ] わかんない。……でも、お兄ちゃんもパパも悪いのはこの都市だって言ってたよ。だから、きっと二人の言う通りだと思う。
[ユーシャ] ……そう。なら、あなたは自分の意見ってものを持つべきね、お嬢さん。人生にはたまに、若者が大人を支えてあげなきゃいけない場面が来るものだし。
[ユーシャ] ……経験豊富な年長者だからこそ、自分自身で積み重ねてきたその経験に固執してしまうこともある……
[ユーシャ] だからあなたが彼らの後を継ぐとき、先人たちとまったく同じ道筋を辿っていくだけじゃダメなのよ。
[ユーシャ] 自分自身の考えで古いしきたりを打ち破り、あなたにしかできないことを模索しなければならない時が、いつかはやってくるわ。
[ラファエラ] もう……何言ってるのか全然わかんないよ。
[ユーシャ] 今はそれでいいわ。頭の片隅にでも入れておいて。
[ユーシャ] ――さあ、お喋りはここまでにしましょ。悪いけど私、急いでるから……いい子はもう寝る時間よ、お嬢さん。
[チェン] (チッ、リン・ユーシャの奴、通話を切るなと言ったのに! いくらかけても繋がらないし……どういうつもりだ!?)
[チェン] ――ッ! 遅いぞ、リン・ユーシャ! これまで何をしていた!?先ほど人質を救出し終えたと聞いたのは二十分も前だ! 今やほとんどの連中がお前を追っているぞ!
[ユーシャ] はいはい、わかってるわよ。人質の方はもう逃がしたから大丈夫。
[チェン] お前、一体……
[ユーシャ] いいから、私を信じて。船底へ来てくれる? 協力してほしいことが――
[チェン] ……ッ!?
チェンが咄嗟に携帯を離し、さっと振り返ると――パンチョと彼の部下たちが、すぐ傍まで迫っていた。
[パンチョ] 龍門総督ウェイ・イェンウは大層な敏腕だと聞いていたのだがな。
[パンチョ] 彼が送り込んできた二人組の方は、腕こそ悪くないが……どうも善悪の判断がついていないようだ。
[パンチョ] この程度の人物を送り込んでくるとは……どうやら、ウェイ・イェンウもあのカンデラとそう変わらない奴だったらしい。
[チェン] 貴様……
[パンチョ] 私はな。お前らのような強欲で金に目がない拝金主義者を……快楽を追い求めるしか能がないような連中を、一人残らず殺してやりたいと思っているんだ。
[パンチョ] お前らの龍門がどんな場所かは知らない。だが私は、生まれてこの方ずっと、この国が血を流し続ける様を目にしてきた。
[パンチョ] 手に手を取り合って生きていきたいと誰もが思ってるってのに、実際にそれを叶えられる奴ァ誰一人としていなかった。――この街はそんな地獄を長引かせることで美味しい思いをしてんのさ。
[パンチョ] 教えてやろうか。今回の計画がどれだけ犠牲を出そうとな、この街がボリバルに与えて続けている苦痛の、ただの一日分にもならねえんだよッ!
[パンチョ] ……はぁ。……さて、そろそろ遊びは終わりにしよう。貴様に構っている暇はないのでな。
[パンチョ] ――さっさと投降するか、ここで死ぬか……今すぐに選べ。
[チェン] (なぜ、こんなことをする? 本当に、自分が正しいと思っているのか? 多くの血が流れることになってもいいと、本気で言っているのか?)
[チェン] (――いや。こんなことを聞いたところで……無意味だ。)
[チェン] (彼の目に映る私は、単なる邪魔者にすぎない。……その上――)
[チェン] (私は、彼に反論することなどできないのだから。)
[チェン] (これは自分の行動への後悔からくるものではない。)
[チェン] (ただ、彼の動機を理解したことで、それに賛同できないとは言い切れなくなってしまったことからくるものだ。)
[チェン] (今もなお、そのやり方自体は否定しているとはいえ、な。)
[チェン] (……だが、今の私にはボリバルへの、そして戦争への理解がまるで足りていない。これでは、より良い方法を提示することなど夢のまた夢だ。)
[チェン] (――だから、反論しようがないのは確かな事実だ。)
[チェン] (ここで剣を抜くことも、できはしないだろう。)
[チェン] (赤霄が、今の私を認めてくれるはずもない。分かっている。)
[チェン] (ならば、私が為すべきことは――)
チェンは、手にした銃を静かに構える。
[パンチョ] ……貴様は死を選ぶようだな。
目の前のパンチョもまた、手にした錨を静かに構えた。
その時――
[ユーシャ] ――チェン・フェイゼ、跳んで!
チェンは声に従って、ぱっと甲板から飛び降りる。
考える間もなく行動に出た彼女を下で待っていたのは、ユーシャが操縦するボートだった。
[パンチョ] チッ……! 追え、逃がすな!
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