aklib_story_闇散らす火花_眼前の夢

ページ名:aklib_story_闇散らす火花_眼前の夢

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闇散らす火花_眼前の夢

感染者のスージーは、ヴィクトリアの都市──カレドンシティの店「グリーンスパーク」で働いていた。まもなく自分の夢が叶うはずだったが、思わぬ事件により希望はかき消されてしまうのだった。


夜のとばりが降りる。

源石ボイラーは衰えることなく轟音を吐き出し、高く伸びた煙突からは黒煙が絶えず立ち上っている。

労働者たちは防護装備を脱いで、使い古されたそれを交替の工員へと手渡す。

カレドンシティの一日がまもなく終わろうとしている。

1097年11月16日 p.m. 9:50

夜九時は、付近の感染者工場の勤務交替時間だ。

時間をつぶすため、クエルクスさんのお店にはたくさんのお客さんが来る。

そんな人たちにお店が提供してあげられるものは多くない。

ぺらぺらの鱗獣フライ、味のしないポテトスープ、水と区別がつかない果実酒。

それでも、ここには常連客たちが集う。

[労働者ジェームズ] 乾杯!

[感染者ストーン] 乾杯!

[労働者ジェームズ] ハハハハ! ブランドジュニア万歳!

[感染者ストーン] スパークちゃん! もう一杯くれ!

[スージー] はい、どうぞ。

[スージー] 嬉しそうですね、何か良いことでもあったんですか?

[労働者ジェームズ] ブランドジュニアさんがオレたちに今月のボーナスを出してくれたんだ!

[感染者ストーン] ボーナスっても、100ペンスだけどな。

[感染者ストーン] しかも、俺らが必死に働いて工期を守った対価だ。

[感染者ストーン] それよりこんな遅くまで飲んでて、女房に叱られないのか?

[労働者ジェームズ] バカ言え! オレは一家の大黒柱なんだぞ? あいつにそんな度胸あるか!

[感染者ストーン] よーし、そんじゃ一家の大黒柱に乾杯だ!

[労働者ジェームズ] 乾杯!

[労働者ジェームズ] スージー! もう一杯くれ!

[スージー] アハハ……ジェームズさん、ほどほどにしてくださいね。本当に奥さんに叱られちゃいますよ。

[感染者ストーン] なぁスージー、店長から聞いたが、これよりちょっと強めの酒があるんだって?

[感染者ストーン] その酒をもらえないか?

[スージー] ダ・メ・で・す!

[スージー] クエルクスさんから言われてるんです。強いお酒は健康に悪いんですから!

[スージー] ストーンさん、少しは自分の身体を労わらないと。

[感染者ストーン] はぁ、なんでだよ?

[感染者ストーン] この病気にかかっちまったら、どうせ死ぬんだ。なら死ぬ前に──

[スージー] そんなこと言っちゃダメです!

[スージー] たとえ鉱石病だとしても、患者さんの状況が違えば、病気の進行も異なるって、街のお医者さんも言ってました!

[感染者ストーン] おっかない顔すんなよ、俺はただ──

[スージー] ストーンさん!

[感染者ストーン] な……何だよ?

[スージー] 身体に気を付けて、生きることだけ考えてください! さっきみたいなことを口癖にしちゃダメですよ!

[感染者ストーン] うぅ……悪かったよ。

[労働者ジェームズ] ほれ見ろ、スージーを怒らせちゃったじゃないか。

[感染者ストーン] や、そういうつもりはなかったんだが。

[ビタールート] お? 今日は随分と賑やかだな?

[スージー] こんばんは、ビタールートさん!

[感染者ストーン] よぉ! ビタールートの兄貴じゃないか! 一緒に飲もうぜ!

[ビタールート] なんだぁ? 何か良いことがあったみたいだな。

カレドンシティの感染者地区には変わった人たちがたくさんいる。ビタールートさんもその一人だと言ってもいいかな。

彼はロドスという組織の人で、市議会の貴族が招請した「専門家」さん。

でも感染者に対するロドスの態度は、ちょっと理解できない。

「ロドスはカレドン市議会に協力し、感染者に対して医療面での援助を提供する」って彼らは公に表明している。

どうしてそんなふうに感染者を……助けようとするんだろう? しかもよその人がなんで?

[労働者ジェームズ] 今日は暇なのかい? 酒を飲みに来る時間があるなんて珍しいじゃないか。

[ビタールート] まあな。最近新しく何人か入ったから、人手はそれなりに足りてるんだ。

[労働者ジェームズ] へえ? ロドスでの仕事ってのはどうなんだ? 給料は良いのか?

[ビタールート] なんだ、興味あるのか?

[労働者ジェームズ] いや、違う違う。オレは読み書きすらロクにできんからな……興味を持ったって恥をかくだけだ。

最初、感染者地区の人たちは彼らを信用していなかった。中には重症の感染者をさらって実験台にしてるってデマを流す人もいた。

でも彼らは行動で、本当に感染者を助けていると証明した。

鉱石病の診断に急性の発作に対する救急処置、さらには仕事で負った普通の怪我の治療もしてくれる。ロドスの診療所に行けば誰だって助けてもらえる。

今でも、彼らの活動の動機を疑っている人はたくさんいる。けど少なくとも、このお店に来るお客さんたちはみんな彼らを信じてる。

[ビタールート] そういえば、ジェームズ、来る途中で君の奥さんを見かけたぞ。

[労働者ジェームズ] は? えっ!? マジか? マズいな……

[労働者ジェームズ] ゴホンッ。

[労働者ジェームズ] えーとだな、お前たちはゆっくり飲んでいくといい。お……オレは急用を思い出したんでな、先にいくぜ!

[感染者ストーン] ハハハッ、「大黒柱」が急ぎの用か?

[労働者ジェームズ] ああ、そうだよ! じゃあな、続きはまた今度。

[スージー] ジェームズさん、気を付けて帰ってくださいね。

お店にいるほとんどの人は感染者だけど、ジェームズさんは違う。

カレドンシティでは、非感染者が感染者地区で働くというのも珍しいことじゃない。

『カレドン感染者新法』が施行されてから、仕事のない貧しい人たちが、危険を承知で感染者工場で働くようになった。

だいたいの人は仕事が終わればすぐに感染者地区から離れるし、仕事中も感染者との接触を避けている。

彼らの行動は理解できるし、感染者たちもこうした対応にとっくに慣れているから、そのことで非感染労働者たちを責めるようなことはしない。

でもジェームズさんみたいな人もいる。

[感染者ストーン] はぁ、呑んべえが行っちまったよ。

[感染者ストーン] おーいビーン、そんなとこでぼーっとしてないで、こっちで何杯か付き合えよ!

[感染者ビーン] 新聞読んでるんだ、邪魔するな。

[感染者ストーン] 面白い話があるのか?

[感染者ビーン] お前あのビッグニュースを知らないのか? 巷じゃこの話題で持ち切りだぞ?

[ビタールート] ああ、新法の話か? 確かにビッグニュースだよな。

[感染者ストーン] 新法って?

[感染者ビーン] 感染労働者の待遇改善に関する新法だよ! お前の頭にはホント酒のことしかないな! これは俺たちにとっても重要な法律だぞ!

[感染者ストーン] チェッ、何かと思えば。

[感染者ストーン] あんたの方が脳天気なんだってんだよ、そんなくだらん話を真に受けやがって。

[感染者ビーン] なんだと? 待遇改善がうれしくないのか?

[感染者ストーン] あんたさ、本気で貴族どもが俺たち感染者にお慈悲をかけてくれると思ってんのか? どうかしてるぜ!

[感染者ストーン] 賭けてもいいぜ。その新法は絶対に全会一致で否決されるさ。何もなかったことになるだけだ。

[感染者ストーン] あんなモンはな、連中が俺たち感染者をなだめるためのパフォーマンスにすぎねぇんだよ。

[感染者ビーン] ハハッ! 残念だったな、賭けはお前の負けだ!

[感染者ビーン] 新法は通っていないが、否決されてもいない。

[感染者ビーン] 議会の投票結果は同数、最終的な決議は次回に持ち越されたんだ。

[感染者ストーン] ちょっと長引いただけだろ、可決なんて結果が出るとは思えねぇけどな。新聞にはなんて書いてあるんだ? その新法は具体的にどんな内容なんだ?

[感染者ビーン] ちょっと待ってろよ、えーっと……こないだ講演を聞いた時にメモしといたんだ。

[感染者ビーン] あった。これだ! 感染労働者は労働時間が一日十五時間を超えてはならない。また、工場は感染者に非感染者と同様の源石防護具を提供しなければならない……

[感染者ストーン] プハハッ、ちゃんちゃらおかしいぜ。

[感染者ストーン] そんなこと実現するとでも思ってんのか? 金が地面から生えてくると信じるようなもんだぞ。

[感染者ストーン] あんたらよそ者はわかってねぇな。俺はこの地で生まれ育ったカレドン人だ。あいつらのやり方はずっと見てきた。あの貴族どものことなら誰よりも理解してるんだよ。

[感染者ストーン] ケチって言葉も生ぬるいあのクズどもに、自分の財布から金を出してもらおうと期待してんのか? 夢見てんじゃねぇよ。

[感染者ビーン] はぁ、希望がないよりかは、あった方がいいだろうが。

[ビタールート] そんな悲観的になるもんでもないさ。十年前のカレドンなら、感染者に関する新政策が出てくること自体、誰も想像すらできなかっただろう。違うか?

[感染者ストーン] 違うね。

[感染者ストーン] 俺たち感染者を工場で使えば、給料は他の半分でいいんだ。貴族どもの財布が膨れることなら、賛成するのも当然さ!

[感染者ビーン] 確かにな。それに金すら払わずに、賃金券だけでおしまいなんてことも多々ある。

[ビタールート] 物事の発展には時間がかかるからな。君らも、もっと楽観的に構えてもいいと思うぞ。

[ビタールート] カレドンシティは、他都市の感染者を受け入れて仕事まで提供している。そんな場所は全ヴィクトリアでもここだけだ。

[感染者ビーン] 前に何人かの工場長が言ってたが、この政策を「クルビアモデル」と呼んでるらしいな?

[感染者ビーン] クルビアの都市は、どこもこういう感じなのか?

[ビタールート] それは……話せば長くなるが、やはり多少は違うな。

[感染者ストーン] まぁいいさ、ほかにニュースはないのか?

[感染者ビーン] そうだな……

[感染者ビーン] 「恐怖! 夜のカレドン地下に響く怪音!」。

[感染者ビーン] あとこれ……「カレドン外縁部の廃棄地区で夜間に人影! 感染者の密航か?」。

[感染者ビーン] それと……「治安悪化! 凶悪犯や指名手配犯が感染者地区に紛れ込む」だってよ。

[スージー] どうしてそんなニュースばっかりなんですか?

[感染者ストーン] 大げさなタイトルをつけて「感染者」の三文字をぶち込んでるだけだよ。『デイリーカレドン』のクソ記者からはまともな言葉なんてひと言も出てこねぇ!

[ビタールート] まぁとにかく、スージーさんも用心するんだぞ。確かにここ最近のカレドンはあまり治安が良くない。

[スージー] アハハ……気をつけますね。ありがとうございます、ビタールートさん。

1097年11月17日 a.m. 8:40

[スージー] 鱗獣肉、ジャガイモ、タマネギ……これくらいかな?

[スージー] あっ、あとコショウもか!

[スージー] これをケルスさんのお店に届ければいいんですね?

[市民] そうだよ、よろしくね。

[スージー] はい!

[デモ参加者] よそ者は街から出て行け!

[デモ参加者] 感染者は街から出て行け──ここは私たちの家だ!!

[大声の男] 出て行け!

[大声の男] 全部感染者のせいだ! やつらがいるから俺たち配送員は失業したんだ!

感染者地区に反対するデモは、カレドンシティでは珍しくない。

四年前にカレドン議会が「感染者に関する新政策」を推し進めるようになってから、大量の感染者がカレドンに押し寄せてきた。

だけど、非感染者と感染者との衝突は減るどころか、むしろ増えることになった。

[大声の男] おいお前! そこの感染者、こっちへ来い!

[スージー] ……わ、私はただ通りかかっただけです。

[大声の男] てめぇ、何持ってやがんだ? あん?

[スージー] これは別に──

[大声の男] そのカゴに何が入ってるかって訊いてんだよ! 見せろ。

[スージー] これは他のお店に届ける商品です!

[大声の男] お前ら感染者はこの時間、工場にいるべきなんじゃねぇのかよ? 何でこんなとこをぶらついてやがんだ!

[スージー] 配達も仕事で……

[大声の男] 口答えすんじゃねぇ!

[スージー] うっ……

[スージー] (痛ったぁ……)

[スージー] 火花……アーツを……

[スージー] (耐えて……スージー……やり返しちゃだめ……)

[スージー] (こんなの……何回も経験してるでしょ。)

[大声の男] お前らは感染者のくせに、どいつもこいつも大手を振って街中をぶらぶらしやがって、何様のつもりだ?

[大声の男] テメェらのせいでカレドンの空気が汚れてんだよ!

[大声の男] 害虫どもが。さっさと臭ぇドブの中に帰れってんだ。

[スージー] (感染者地区に入って来たのはそっちじゃない……)

[大声の男] なんだ、その目は? やんのか?

[レイド] 寛容は美徳だ。追い詰めるのもその辺に。

[大声の男] だ……誰だてめぇ?

布で顔を隠した背の高い男はフェリーンの少女を立たせてやると、振り返って目の前の暴徒を見据えた。

[レイド] そちらのお兄さん、あまり紳士的な態度には見えなかったよ。か弱いレディをいじめる趣味があるのかな?

[大声の男] んだと、感染者ごときが!

[大声の男] ヒーロー気取ってんじゃねぇぞコラ!

[大声の男] 俺とやる気か? ホラ来いよ?

[レイド] ……

[大声の男] 腰抜けが。

[スージー] レイドさん!

[レイド] フッ。

[レイド] 俺なんかじゃ、とてもあなたの相手は務まらないさ。

[レイド] ただ、あなたが技の披露を続ける前に忠告しておこう。俺の顔には源石結晶があるんだ。ちょうど今殴られた位置にな。

[大声の男] な……なんだと……

[レイド] おやおや、こいつはちょっとマズイね? 俺の口から血が出てて、あなたの手も皮が剥けているよ。

[レイド] ひょっとしたら感染したかもしれないね?

[大声の男] そっ……そんな!

[デモ参加者] 早く病院に行け! まだ間に合うぞ! 急げ!

[大声の男] クソったれのウルサスが! 許さねーからな、覚えてやがれ!

[デモ参加者] いいから早く病院に行けって!

[スージー] あの、レイドさん、ありがとうございます。

[スージー] だ……大丈夫ですか?

[レイド] 心配ない、殴られるのは慣れてるから。

[レイド] それより君の方だ。顔が腫れてきてるじゃないか。

[スージー] だ……大丈夫です。帰って冷たいタオルで冷やせば平気ですから。

[レイド] このところ、感染者新政策に反対する者たちの動きが勢いを増している。今度からは回り道した方がいい。

[レイド] どこまで行くんだ? 送って行こう。

[スージー] え、でも今はお仕事中じゃ? そこまで面倒をかけるのは……

[レイド] 気にしないでいい。俺も用事があるから、そのついでだ。

レイドさんは近くの工場の労働者で、たまにお店にも来てくれる。

彼はウルサスからの移民だけど、お酒が苦手で、お店で一人で本を読むのが好き。

ほかの労働者たちは彼のことをかなり尊敬しているようで、みんなレイドの兄貴って呼んでる。

[スージー] でも……レイドさん、さっきの人は本当に鉱石病に感染しちゃうんですか?

[レイド] まさか、脅しただけだ。

[レイド] 鉱石病は確かに血液を介して伝染することもあるが、さっきの彼は少し皮を擦りむいただけだから、可能性は低いだろう。

[レイド] 脅す分には確かに有効だったようだけどね。

[スージー] アハハ……そうだったんですね。

[労働者ジェームズ] クズどもが、どいつもこいつも*スラング*だな! この*スラング*!

[労働者ジェームズ] 女の子に手を上げるとは、恥を知らねぇのか!

[スージー] まあまあ。気を鎮めてください、私は大丈夫ですから、ね?

[グラニ] それでその乱暴した人たちは逃げたの? どっちの方角へ行ったかわかる?

[レイド] 北へ向かった。恐らくボイル区の方だろう。

[グラニ] はぁ……ボイル区かぁ……それじゃあ探すのは難しいよ。

[グラニ] とにかく記録だけはしとくね。ここ最近、警備隊の人手も不足気味でさ。

[グラニ] 顔はまだ痛む? さすってあげようか?

[スージー] アハハ……平気ですよグラニさん、あまり心配しないでください。

[グラニ] 確かに最近のカレドンシティは、あんま平和とは言えないけど……でもまさかスージーちゃんまで襲われるなんて。

グラニさんはカレドンシティの地元警備隊には所属していない。そこから応援要請を受けて、一時的に感染者地区を担当している騎馬警官だ。

ちなみにカレドンの警備隊の「人手不足」はただの言い訳。感染者地区の管理なんて面倒だっていう本音は透けて見えてる。

とにかく、そんなわけでグラニさんは感染者地区では珍しく感染者を積極的に助けてくれる治安維持要員の一人だ。

でもたった数人だけじゃ……感染者地区の色々な治安問題を解決することはできない。

[グラニ] 物的損害はなし……これで書類は完成っと。今んとこはこれくらいしかできないね。

[グラニ] ひとまず帰るけど、何かあったらあたしに連絡して。

[スージー] ありがとうございます、グラニさん。

[感染者ストーン] ふん、あのクズども。俺の目の前に現れたらとっ捕まえてやる。

[レイド] 本当に捕まえたとして、何ができるのかな?

[感染者ストーン] ぶっ飛ばしてやるんだよ!

[レイド] それはあまりお勧めできないね。あなたが手を出した途端、周囲の者たちがすぐに騒ぎ出すだろう。

[レイド] そして翌朝の『デイリーカレドン』トップページの見出しは「感染者が一般市民を殴打! 治安問題深刻化」になる。

[感染者ストーン] ……それは……

[レイド] 実は、さっきの声がでかい奴には見覚えがあるんだ。

[レイド] 一ヶ月前、ツナギ姿でデモ隊に混ざり、自分の工場が感染者のせいで潰れたと言っていた。

[レイド] 二ヶ月前は、行商人たちに混ざり、自分は「商人」で店の物を感染者に盗まれたと言っていた。

[レイド] ちなみに今日は、自分のことを何者だと?

[スージー] 確か「配送員」だと言ってました。

[感染者ストーン] えぇ、そんなことってあんのか?

[感染者ビーン] 話を聞くとボイル区のチンピラがやりそうなことだ、雇われたのかもな。……またどこかの貴族様が、俺たちを目障りだって考え始めたのか?

[レイド] 感染者地区は存在自体が誰かしらの目の上のたんこぶだからな。新政策を支持する議員たちが圧倒的優勢に立たない限り、同様の事件が減ることはない。

[レイド] 用心するに越したことはないさ。

[感染者ストーン] 野郎、スージーをいじめただけでなく、レイドの兄貴にまで手を出すとは、命知らずな奴め……

[レイド] 気にするな、酒でも飲んでおけ。

[労働者ジェームズ] はぁ……スパークちゃんがいじめられたと聞いて、酒がまずくなっちまったろうがよ。

[スージー] アハハ、大げさですよ。

[感染者ビーン] スパークちゃん、これをやる。

[スージー] え? これは?

[感染者ビーン] 腫れを抑える薬だ。夜、顔を洗った後に痛む部分に塗ればいい。

[感染者ストーン] おい、そんなイイもんがあるなら俺にもくれよ!

[感染者ビーン] これは炎国の薬で高いんだ! 使ったとこで何も変わらんお前のようなガサツな奴には必要ないんだよ!

[スージー] えっ……そんなに貴重なものなんですか。

[感染者ビーン] いいから取っとけ。バーの店員の顔が腫れてちゃ困るだろ。

[スージー] アハハ……このお店、本当はバーじゃないですけどね……

[スージー] ビーンさん、ありがとうございます。

[スージー] それじゃ、代わりに今日のお代はタダにしておきますね。

[感染者ストーン] いいなぁ、お前!

[疲れ切った女性] スージー、本当に行くの?

[スージー] うん……ここにいても、みんなの迷惑になるだけだから。

[疲れ切った女性] スージー聞いて……ママ、今月また別のお仕事を見つけたから、薬のことだったら何とかなるわ!

[スージー] ママ、もうやめて……これ以上迷惑はかけられないよ。下の子たちは学校へ通わなきゃいけないし、お兄ちゃんたちにも病気を移したくない。

[疲れ切った女性] 大事な娘を他の都市に一人で行かせられるわけないでしょう!

[スージー] 心配しないで。ちゃんと考えてあるから。カレドンで働けば、お給料の一部は薬にして払ってもらえるって聞いたんだ。

[疲れ切った女性] ……。……ごめんなさい……不甲斐ない親で……スージー……本当にごめんなさい。

[スージー] ちゃんと身体は大事にするから、心配しないで、ママ……

1097年11月18日 a.m. 9:20

たまに家族の夢を見る。

私はヴィクトリア北部辺境の小都市、ボッセンダルで生まれた。

小さい頃──父がまだ生きていた時は、よく家族みんなをピクニックに連れて行ってくれた。

シェーン山の尾根に立つと、広大なカジミエーシュ平原を見渡すことができた。

もう五年くらい家に帰っていないけど、母はいまだに手紙を送ってくれる。

私が故郷を去ってから、家の経済状況は良くなった。母と兄の収入では感染者一人にかかる費用は負担が大きすぎたから。

みんな元気で生きてくれてる、それで十分だ。

[スージー] いらっしゃいませ!

[クエルクス] 私だよ!

[スージー] え? 店長!

[クエルクス] スージーちゃ~ん。

[クエルクス] お耳をもませて!

[スージー] アハハ……店長……くすぐったいですよ。

[クエルクス] はーい、私のことはなんて呼ぶんだっけ? 店長とか他人行儀な関係じゃないでしょ?

[スージー] アハハ……クエルクスさん。

[クエルクス] ん~?

[スージー] クー姉……

[クエルクス] よし、いい子!

クー姉はこのお店の店長さん。我が道を行くって感じの人。

みんなここをバー代わりにしてるけど、実はこのお店はクー姉のフラワーライトアートストアなんだ。

感染者地区にこういうお店があるのは珍しいから、どうしてここに出したんだっていろんな人が訊いてくる。

でも、クー姉の答えはいつもシンプルだ。

[クエルクス] なんでライトアートストアをやってるのかって?

[クエルクス] 好きだから、だよ。

とは言っても、クー姉はほとんどカレドンシティにいない。

店は完全にクー姉の趣味だから、本当に言葉通り「好き」なんだと思う。クー姉の本職はトランスポーターで、年中荒野を駆け回って「ゴドズィンのドルイド」って呼ばれてたりもする。

ちなみに、クー姉のアーツはとてもユニークで、よく店内で奇妙な植物をたくさん栽培している。お店で売られているお酒もほとんどクー姉が仕込んでいる。

私のアーツユニットもクー姉がくれたもので、アーツをコントロールするのに役立つって言ってた……

[スージー] クー姉、今回は何しに帰ってきたんですか?

[クエルクス] 何しにって、スージーちゃんに会いに来ちゃダメなの?

[スージー] アハハ……

[クエルクス] ちょっと用事もあるけど、それよりスージーちゃん前に自分がなんて言ったか忘れたの? もうすぐ年末だよ!

[スージー] あっ、そうだ……

今年は私にとってとても重要な一年。

ここ数年ずっとコツコツ貯金をしてきた。その目的は、このお店を買い取ること。

私はこのカレドンシティに自分の店を構えたいと思っている。どんな商売でもいい、お店を持てば自立した人生のスタートがきれるから。

クー姉が言うには、このお店のオーナーはちょうど店舗の売却を考えていて、クー姉本人もお店に構う時間がなくなっている。

[クエルクス] 君、本当にお金を貯めきったの? すごいよ、スージーちゃん!

[スージー] でもクー姉……本当に大丈夫なんですか? このお店がこの値段なのは、ちょっと安すぎる気がするんですけど……

[クエルクス] その質問何回目? 私を信じてないの?

[スージー] いえ……そんな、クー姉のことは信じてますよ。

[クエルクス] 来週オーナーにアポ取っとくから、君とオーナーの二人だけで話をするといいよ。彼は信頼できる人だし。

[スージー] 来週か……

1097年11月18日 p.m. 9:56

[スージー] どうぞ、モンベランさん。ご注文のお茶ですよ。

[スカイフレア] ありがとうございます。

エセルフレイ・ユーリエ・モンベランさん。みんなにはモンベランさんと呼ばれていて、お店の常連客でもある。

彼女はロドスに所属する専門家の一人で、感染者問題に関する様々な解決案を市議会に提案する役目を担っている。

ビタールートさんと同様、ここのお客さんたちは彼女とも親しい。

モンベラン家と言えばとても有名な一族だけど、そのモンベラン家のお嬢様は今、なんと感染者地区でお茶を飲んでいる。

[クエルクス] 君の表情からして、今日もまたあの貴族様たちにご立腹なのかな?

お茶をすすっていたモンベランさんの口元が引きつり、額の血管もぴくっとした。

[スカイフレア] 貴方信じられます? ねぇ、信じられますかしら?

[スカイフレア] このわたくしが半月もかけて苦労して作成した資料を、あの方たちは一ぺージしか見ませんでしたのよ!

[スカイフレア] 一ページ!

[スカイフレア] 無知蒙昧にも程がありますわ! 焦眉の急ですのよ! わたくしの提案はいずれも喫緊の問題ですのに、あの方たちは本当に微塵も興味がありませんの!?

[クエルクス] まぁ火はまだ彼らに燃え移っていないからね、興味を持てないのも当然じゃない。

[スカイフレア] このまま先延ばしにすれば、遅かれ早かれ己の身が滅ぶことになりますのに。

[スカイフレア] 以前ゴドズィンでレユニオンがあんな騒ぎを起こしたというのに、まだ彼らは目が覚めておりませんの?

[クエルクス] ゴドズィンのレユニオンは二年前に殲滅されたじゃない。貴族様たちにとっては、こんなことは問題じゃないんだよ。

[スカイフレア] そんな単純な話ではありませんわ! 彼らは問題の核心を全く理解できていません! レユニオンは暴徒や盗賊ではありません。彼らは──

[感染者ストーン] なんか店の中が急に暑くなってねぇか?

[労働者ジェームズ] 確かに。

[クエルクス] そうやってすーぐ熱くなる。ほぉら、落ち着きなよ。興奮して店を焼かないでね。

[スカイフレア] はぁ……もうこのお話はよしましょうか。

[スージー] あはは、モンベランさん、機嫌を直してください。

[スージー] お仕事は終わったんですから、休みの時間くらいは楽しく過ごさないと。

[スージー] これどうぞ、美味しいですよ。

[スカイフレア] ……キャンディ?

[スージー] はい、クー姉お手製のバニラミントキャンディです。怒りが湧いた時に一つ口に入れてください。

[スカイフレア] はぁ……有り難くいただきますわ。

[スカイフレア] 数ヶ月前はシエスタでバカンスを満喫しておりましたのに……あの場所が少し恋しく思いますわ。

[スージー] 大変ですもんね、モンベランさん。

[スカイフレア] ふふ、こうして愚痴を聞いてくださる方がいるのでまだよかったですわ。

[スージー] ロドスでは愚痴をこぼせないんですか?

[スカイフレア] みなさんそれぞれお仕事がありますから……職場での愚痴は、士気に影響を及ぼしかねませんもの。

[労働者ジェームズ] ここだったら大丈夫さ。オレたちゃみんなガサツな人間だからな。モンベランさんが何を言おうと聞いたそばから忘れちまう。

[クエルクス] それで、その貴族様たちは最終的にどんな結論を出したの?

[スカイフレア] 会議の途中から、例の都市伝説についての口論を始めましたわ。

[クエルクス] あの「街の地下から聞こえる奇妙な音」とか「感染者地区に悪党が隠れている」とかってやつ?

[感染者ビーン] それを全部俺たち感染者のせいだと?

[スカイフレア] そうですわ。明らかに根拠のない陰謀論ですのに、こんなデマを毎日毎日広めているのはどこの誰ですの?

[スカイフレア] おかげでまともな議論もなく、最終的に全く無意味な罵り合いになりましたわ。

[労働者ジェームズ] だが聞く限りじゃ、感染者地区を支持する貴族も大勢いるんだろ?

[感染者ビーン] 感染者地区が多くの問題を解決したのは確かだしな。貴族の中にはここ数年でがっぽり儲けた奴もいる。そういう奴は普通の人より感染者地区を強く支持しているが、結局は実益があるからだ。

[クエルクス] それに感染者地区は、もう感染者だけの問題じゃなくなってきてるよね。今は多くの非感染者がこの地区で仕事してるし。でしょ?

[労働者ジェームズ] そうだな、例えばオレとかな。

[スカイフレア] ええ、そういうことですわ……文句ばかり言ってても今日の結果は何も変わりませんわね。明日は別の仕事もあることですし、わたくしはここで失礼させていただきますわ。

[クエルクス] 気をつけて帰るんだよ。

[感染者ビーン] そういえば……

[感染者ビーン] ジェームズさんはどうして感染者地区で仕事をしてるんだ? 俺が言うのもなんだが、感染者と一緒に仕事をするのはやはりリスクがあることだろ。

[労働者ジェームズ] リスクか……はぁ……

[労働者ジェームズ] 正直なところ、リスクが本当に問題になるとしても先の話だ。だが生活費って問題は今まさに目の前にある。

[労働者ジェームズ] 最悪オレが鉱石病にかかったとしても、オレに仕事がないよりは家族は良い生活を送れるからな。

[労働者ジェームズ] おふくろは喘息で毎月多額の医療費が必要だし、親父も自力で立てないほどやっかいな骨の病気を患ってる。

[労働者ジェームズ] ちぃせぇ子供も二人いるから、オレが稼がなきゃどうしようもないんだ。女房の手編みマフラーを売った金だけじゃ生きてけねぇよ。

[労働者ジェームズ] 目先の問題こそが深刻で、先のことなんて考えられねぇよ。もしほかにマシな仕事が見つかりゃいいが……

[感染者ビーン] ……はぁ、俺より大変な毎日を送ってそうだな。

[感染者ストーン] ……

[感染者ビーン] ストーン、今日はどうしてそんなに静かなんだ? 何かあったか?

[感染者ストーン] ゴホンッ……ジェームズさんとこの子供は、いくつなんだ?

[労働者ジェームズ] 八歳と十二歳だが、それがどうした?

[感染者ストーン] いや……何でもない……ただ……

[感染者ビーン] 言いたいことがあるなら言えよ、今さら他人行儀もねぇだろう。

[スージー] 何か困り事でもあるんですか?

[感染者ストーン] ……困り事か……はぁ。

[感染者ストーン] その……女房から手紙が送られてきてな。娘を連れて会いに来るってよ。

[感染者ビーン] 娘?? お前、娘がいたのか!?

[スージー] え? ストーンさん結婚してたんですか?

[感染者ストーン] なんだよ! 結婚してちゃおかしいかよ?

[感染者ビーン] いや、そうじゃなくて、感染者の子供ということは……

[感染者ストーン] あぁ、その心配はない。俺はあの子が生まれた後に感染したんだ。娘も女房もいたって健康だ。

[感染者ビーン] だったらいいことじゃないか! なんで浮かない顔してるんだ?

[労働者ジェームズ] そうだぞ。鉱石病になってもあんたを放っておかない女房なんて、いい人じゃないか。

[感染者ストーン] はぁ、俺はこんなふうになっちまったんだぞ。どの面下げて会えばいいかわからないんだよ。

[スージー] 今のストーンさんのどこがダメなんですか?

[感染者ビーン] そうだ、何で自分をそんなに卑下するんだよ。

[クエルクス] でも今のまま奥さんに会うのは、確かにちょっとマズいかもね。

[クエルクス] せめて髪くらい切ったら? そのボサボサ頭はよくないと思うよ。

[スージー] いいですね! 髪を切るのなら……

[スージー] (ハサミとクシを取り出す)

[感染者ストーン] スパークちゃんは散髪までできるのか?

[クエルクス] 甘く見ちゃいけないよ! スージーちゃんのカットの腕は一流なんだから。

[スージー] ジャジャーン!

[クエルクス] なかなかいいんじゃないの?

[感染者ストーン] 短くしたのは久しぶりだから、なんだか頭がスースーするな……

[労働者ジェームズ] ほう、随分とすっきりしたな。

[スージー] ストーンさん普段からもうちょっと髪型に気を使えば、とてもカッコよく見えますよ。

[感染者ストーン] はぁ、こんな生活だし、髪型に気を使う暇なんてねぇよ。

[スージー] それは違いますよ!

[スージー] こんな厳しい生活だからこそ、もっとちゃんとした暮らしを目指すべきなんです。

[クエルクス] スージーちゃんの言う通りだよ。別に感染者の人生は悲惨なものでなくちゃいけないとかって決まりはないし。

[クエルクス] 元気出しなよ。今の君に会ったら奥さんはきっと喜ぶよ。

[感染者ビーン] 待て待て、ひとまず俺の部屋に来い。

[感染者ビーン] うちにキレイな服が一揃いあるんだ。持ってるだけであまり着てないやつがな。持って帰って洗ってさ、着られるかどうか試してみろよ。

[感染者ストーン] いや……それはさすがに悪いよ。

[感染者ビーン] なに遠慮してやがんだ! 俺とお前の仲だろ!

[感染者ビーン] ほらほら! まぁ一杯飲め!

1097年11月23日 a.m. 10:35

今日は約束の日。

このお店のオーナーさんと会う日だ。

私の目の前には、これまで貯めたお金が積んである。

六千五百ポンド。昔なら想像もできなかった金額だ。

子供の頃、弟がうっかり家の源石灯を壊してしまい、母にお尻が腫れるまで叩かれたことがあった。

母があんなに怒ったのは初めて見た──あの源石灯は母が夜に採掘場の坑道を見回るために必要な道具だった。

母をこれ以上ないほどに怒らせた高価な源石灯は百五十ポンド。当時の母のほぼ一ヶ月分のお給料だった。

六千五百ポンド。これで源石灯がいくつ買えるんだろう?

私はもう一度この嫌な臭いを放つ「重荷」を数えた。

ここ数年、色んな苦労をして生活を切り詰めてきた。

六千五百ポンド。

私にとって、この薄い紙の束はコツコツと築き上げてきた橋だ。橋の向こう側には、私の夢がある。

[スージー] スージー! 気合いを入れて!

[スージー] オーナーに会うだけ! 会うだけなんだから!

[スージー] 明日からは、あなたが店長だよ。夢が叶うんだよ!

[スージー] あとほんのちょっとだから! 頑張れ、スージー!

私は鏡を見て、自分の頬を強く叩いた。

[スージー] オーナーさんが来たら、何て挨拶しよう?

[スージー] 「始めまして、オーナーさん! お会いできて……」。

[スージー] はぁ、笑顔が硬すぎるかな。

夢の実現に近づいているということが私にもたらしたのは興奮ではなく、むしろ間もなくお店にやって来るその人に会うことへの恐れだった。

オーナーさんは……どんな人なんだろう?

感染者じゃないのかな? 本当に私にお店を売ってくれるかな?

こんなに安い値段だけど、詐欺じゃないのかな?

ほかの人みたいに、ただ私をバカにするため、恥をかかせるために騙してるんじゃないかな?

クー姉も感染者じゃないし……実は二人ともグルで、最初から私を……

[スージー] ──って、何考えてるの!

私はまた自分の頬を思いっきり叩いた。

恥知らずでいやしい考えを、痛みで覆い隠そうとした。

[スージー] そんなふうに考えちゃダメ! スージー! そんなの醜すぎるよ。

私は鏡を見つめた。静かな店内には、時計の秒針が「カチ、カチ」と時を刻む音だけが響いている。

苦しい。

[クエルクス] スージーちゃん! いる?

[スージー] えええっ!!

[クエルクス] アーツを抑えて!

[クエルクス] どうしたの、ビクビクして。何かあった?

[スージー] いえ……その、何でもありません! おはようございます、クエルクスさん。

[クエルクス] (疑いの目)

[クエルクス] なんで目の下にそんなにひどいクマがあるの? あと呼び方も。

[クエルクス] 眠れなかった?

[スージー] アハハ……ちょっと緊張しちゃって。

[ビタールート] おはよう、スージーさん。

[スージー] あっ! ビタールートさん、いらっしゃいませ……

[スージー] ってあれ? 今何時ですか?

[スージー] あ、すみませんビタールートさん……今日はお店は休みなんです。お食事でしたらまた……

[ビタールート] クエルクス、スージーさんに言ってなかったのか?

[クエルクス] あっ、そういえば。

[スージー] ?

[クエルクス] ごめんごめん伝え忘れてた。彼がこのお店のオーナーだよ。

[スージー] えっ?

[スージー] えぇ???

[スージー] ビタールートさんがオーナー? ということは前の店長たちもみんなビタールートさんと契約してたんですか?

[ビタールート] まあそうだが、それは話せば長くなるんだ……とにかく、この店は実はロドスの所有物でね。

[ビタールート] 具体的な話はクエルクスから聞いているよ。スージーさんはこの店を買い取りたいんだよね?

[ビタールート] 一つ聞かせてくれないかな。君は今後ここでどんな業務をする予定なんだ?

[スージー] ぎょうむ……?

[スージー] あっ! 業務ですね!

[スージー] ……

[スージー] わ……私の父は理髪師でした。

[スージー] 小さい頃、パパはいつも……家計が苦しいからといって生活態度を変えるべきではないと言っていました。

[スージー] 散髪は些細なことのように思えますが、自分の外見に気を使おうとする人は、きっとどんなことに遭っても人生を信じている人だと思うんです……

[スージー] だから私は……

[スージー] 感染者地区に美容室を開くのも……いいかなって。

[ビタールート] 美容室か……感染者たちのために髪を整えるのか。

[ビタールート] なかなか良さそうじゃないか。

[ビタールート] じゃあこれで決まりだ! 契約のサインは、また後で来るやつが担当するよ。

[スージー] え? これでおしまいですか?

[ビタールート] 俺たちはもう互いのことはよく分かっているだろう? スージーさんなら問題ないよ。

[スージー] 自分のお店か……なんだか……夢みたいです。

[スージー] そういえば、クー姉はこれからどこへ行くんですか? この都市を離れるんですか?

[クエルクス] はぁ、そんな顔しないでよ。もう二度と戻ってこないってわけじゃないんだから。

[クエルクス] たまには顔を見せに帰ってくるよ。ここには友達もたくさんいるわけだし。

[ビタールート] おっと、それと最後にもう一つ。

[ビタールート] スージーさん、クエルクスがあなたにささやかなプレゼントを用意してくれたそうだ。

[スージー] プレゼント? え?

[クエルクス] おいで、スージーちゃん、みんなが君を待ってるよ。

[クエルクス] おめでとう!

[グラニ] スージーちゃん、おめでとう!

[スージー] グラニさん! どうしてここに!?

[感染者ストーン] スージーが店長か! いいねぇ、俺たちが好きな酒をたくさん仕入れてくれよ!

[レイド] おめでとう、スージーさん。

[スージー] レイドさん! 今はお仕事の時間じゃないんですか!?

[感染者ストーン] それが休みを取ったんだってよ。スージーが店長になる一大イベントを見逃せるはずないだろ。

[労働者ジェームズ] そうそう、オレなんかここ数年毎日通ってたからな。自分ちよりも居心地いいって言いたいくらいだぜ。

[感染者ビーン] 奥さんにどやされるぞ。

[クエルクス] それじゃあ、スージー店長、このお店は今日から君のものだよ!

[スージー] ……

[スージー] ううっ……

[クエルクス] え、なに泣いてるのさ、泣かないでよ!

[労働者ジェームズ] そうだぞ、泣くこたないだろ。

[労働者ジェームズ] ここんとこみんな大変なんだし、せっかくこんな嬉しいことがあったのに……

[労働者ジェームズ] もっと喜ぼうじゃないか!!

[感染者ビーン] 俺たちはこれからも絶対この店に通うからな。

[グラニ] ハハハ……こういうのってなんて言うんだっけ? 感動の涙?

[スージー] (涙声)クー姉……私……

[クエルクス] も~泣かないでって言ってるでしょ……ほら笑って。

夢──

感染者にとって、夢は手の届かないところにあるもの。

私の夢は、自分のお店を持つこと。そして自分の生活を送ること。

もう家族に迷惑をかけないこと。

今、私の夢は現実になろうとしている。感染者にとってはこの上なく贅沢なことだ。

私はきっと幸運なんだよね?

1097年11月24日 a.m. 6:35

煙……

大量の煙が、感染者地区の一角を包み込んでいる。思いがけない火災が、早朝の穏やかさを打ち破った。

[警備隊メンバー] まずは近隣住民を避難させるんだ!

[警備隊メンバー] そこの野次馬! 見世物じゃないぞ!

[消防士] こっちだ! ここの鎮火がまだだぞ!

[消防士] 死傷者がいないか再度確認しろ、ここは感染者地区だ!

[消防士] 残留源石、破損した電化製品をチェックしろ!

[消防士] 活性粉塵の拡散は絶対に許すな!

[警備隊メンバー] 信じられん、こんな場所で放火する*スラング*があるか!

[スージー] どうして……

[警備隊メンバー] 動ける人を先に避難させろ! そこのフェリーン! 何してる!?

煙……

煙と焦げ臭い匂いが辺りに充満している。

炎で熱せられた革や木材がはぜる音が響く。

[消防士] 中に入る気か!? 死ぬぞ!?

[警備隊メンバー] その子を止めろ!

[スージー] どうして……

彼女は己の目に映るもの全てが信じられず、瞼を閉じようとした。

これはきっと夢だ。

きっと悪夢に違いない。

再び瞼を開ければ、悪夢は覚めるはずだ。

瞼を上げられさえすれば、いつもの天井が見えて、新しい一日を迎えることができる。そして自分の店がそこで待っている……

願う心と裏腹に、眼前の光景が変わることはなかった。そこには燃え盛る炎に呑まれた「店」があった。

「グリーンスパーク」と書かれていたはずの看板は、焼け落ちて黒い炭にしか見えなかった。壁や屋根もあるいは燃え、あるいは溶け落ちて、廃墟というに相応しい。

彼女の目に映るのは、かつての夢、希望、未来の生活。

しかしその何もかもが、炎に呑まれて崩れ落ちようとしている。

[スージー] どうして……?

少女はどんな苦境をも乗り越えてきた。それを支えていた意志は、もはやフェリーンの小柄な身体にすら耐えきれなかった。

彼女は地面に膝から崩れ落ちた。

熱せられた地面が、灰が、少女の手足を焼く。建物の残骸が皮膚を刺す。

輝かしい夢を絶望の炎が覆い、一人の感染者がすべてを失った。

希望の火花は、潰えた。

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