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樹影にて眠る_氷寒に沈む
マゼランはいつも通り氷原入りの申請をしたが、ウルサスが突然道を封鎖したことをそこで知った。やむなくサーミ経由のルートを取った彼女は、老樹の下で友人であるサンタラに出会い、それぞれ違う人たちからサーミとウルサスの因縁について聞くのだった。
ウルサス 氷原入り口 ライト=コシンスキー観測補給基地
[マゼラン]ふぅ……やっと着いた。
[装置]ピピッ、パスワードをどうぞ。
[マゼラン]こほん――クルビアビルク、ウルサス・コータス・ドッソレス、ハラショー!
[装置]パスワードをチェック中……
[装置]確認しました。Xорошо、クルビア人。
[装置]音声認証中……
[装置]完了しました。
[装置]ライン生命所属、IDはCRL005――
[装置](奇妙なイントネーション)ママママ~ゼ~ラ~ン。
[装置]ライト=コシンスキー観測補給基地へようこそ。
[マゼラン]うーん……
[マゼラン]ノートにメモしとこう。「ウルサス領内ライト=コシンスキー観測補給基地の音声システムに軽度の不具合あり――」
[マゼラン]「――現状修正の必要はなし。」
[マゼラン]これでよし。
[マゼラン]マリー先生のチームが持ち出した物資は一、二、三……えっ!? 二十人分も持って出たの!?
[マゼラン]あのチームって全部で十五人だったよね?
[マゼラン]「物資は残り5%。記録者の分を除いてあと十人分に相当する。要補給。」
[マゼラン]あとは――
[マゼラン]構造部……損傷なし。エネルギー……補充不要。生命維持用の設備は……オッケー、温度は問題なしだね。
[マゼラン]救急キットは手つかず未使用、窓や扉にも外部損傷は特になし……
[マゼラン]それじゃ最後にもう一つ……
[マゼラン](観測基地の設備を操作する)
[マゼラン]このルートで間違いないね。
[マゼラン](ルート上の観測基地からの信号を確認する)
[マゼラン]道中はごく普通に定期報告もしていて、特にトラブルはなかったみたいだし……
[マゼラン]……
二ヶ月前
クルビア トリマウンツ ライン生命本部 科学考察課
[マゼラン]準備はばっちりだね。ほかに何か引き継ぎ事項はある?
[科学考察課職員]もうないはずです。
[科学考察課職員](小声)ただ、最後に一つだけ……これは誰にも言わないでほしいんですが。
[マゼラン]えっ? うん、もちろん。誰にも言わないよ。
[科学考察課職員](辺りを見回す)
[科学考察課職員](小声)マリアム主任の観測隊が氷原で消息を断ちました。
[マゼラン]えっ、マリー先生が!? どうし――
[マゼラン]んむむむ……!
[科学考察課職員](小声)声を抑えて!
[マゼラン]ん、うう……
[科学考察課職員](小声)とにかく、そういうことですから。
[科学考察課職員](小声)今回は、主任たちの捜索と救助を最優先としてください。
[科学考察課職員](小声)探索協会のほうでも捜索隊を組織しているんですが、ご存じの通り、あの人たちの動きはあまり効率的ではないので……
[科学考察課職員](小声)実質的には、あなたが頼りです。
[マゼラン](小声)わかった。
[マゼラン](設備を操作する)
[マゼラン]ほかの観測基地にも異常はなし。
[マゼラン]はぐれたならそれなりの連絡をするだろうし、みんなは今もまだまとまって動けてるってことかな。
[マゼラン]あるいは……
[マゼラン]ん?
[マゼラン]クルビアの基地からの通信……?
[マゼラン](設備を操作する)
[マゼラン](通信内容を再生する)
[???]こちらは……ビア観測……地……
[???]……のため……が必要……
[???]座標は――
[マゼラン]マリー先生が自分で送ってきたみたい――つまり本人はそこにいたんだ!
[マゼラン]でも、ここに届くまでの間にかなりタイムラグがあるし……
[マゼラン]……
[マゼラン](自分の頬を叩く)
[マゼラン]しっかりしよう。まずは一番大事なことからやらないと。
[マゼラン](コンソールのボタンを押す)
[装置]ピピッ。
[マゼラン]IDナンバーCRL005、マゼラン。
[装置]IDを確認しました。いかがなさいましたか?
[マゼラン]直近三ヶ月の通信記録を暗号化してクルビアに送って。
[装置]かしこまりました。トランスポーター拠点へ、暗号化したデータの転送を開始します。
[マゼラン](コンソールを閉じる)
[マゼラン]探索協会が設置した基地局、ウルサスのものとも互換性があるおかげで、ウルサスルートで氷原に入る時の申請が楽になったなあ……
[マゼラン]ともあれ、ウルサスからトランスポーターが来て、書類の確認ができたら出発しよう。
[マゼラン]――すぐ助けに行くからね、マリー先生。大きなトラブルに巻き込まれたりしてませんように……
[マゼラン]あれ、もう来たのかな? ……今出ます、ちょっと待ってて!
[マゼラン]こんにちは。
[???]どうも、ヴィエンタ・マゼランさん。
[マゼラン]あっ、イヴァンさん?
[イヴァン]はい。いつも通り仕事に来ましたよ。
[マゼラン]うん、すぐ開けるね。
[マゼラン]こんにちは。よかったら入って休憩していかない?
[イヴァン]規則のことはご存知でしょう。仮に私がここから半歩でも進んでしまえば、クルビアの人が我々を煩わせるのに十分な理由ができてしまいますよ。
[マゼラン]あたしたち二人が黙っておけば、誰にもバレないって。
[イヴァン]そちらの機械が睨みを利かせているでしょう。
[マゼラン]あははっ、ここのシステムはまだそこまですごくないよ。
[イヴァン]それでも、クルビア人と接する時は、慎重を期すに越したことはないので……
[イヴァン]もちろん、あなたは誠実な人ですし、我々にトラブルをもたらすことはないだろうと信じています。しかし念のため、お誘いはお断りさせていただけると幸いです。
[イヴァン]では、書類を見せてください。
[マゼラン]よいしょっと。
[マゼラン]全部揃ってると思うよ。
[イヴァン]ふむ……入国許可証に探検許可証……探検ルート確認書類と……地図作成委託書……
[イヴァン]書類には問題ありませんね。
[マゼラン]ふぅ……
[イヴァン]ですが、一つ残念なお知らせが――
[イヴァン]今年は氷原の調査許可すべてが取り消されてしまったんです。
[マゼラン]えっ!?
[マゼラン]で、でも、書類は揃ってるわけだし……
[イヴァン]あなたもこうした事態には何度か出くわしているはずです。我々の苦しい胸の内を、ご理解いただけませんか。
[マゼラン]だけど、急ぎの用事があって、どうしても氷原に行かないといけないの。そこをどうにか、なんとかならない?
[イヴァン]であれば、そのご用事について教えてください。何とか掛け合えないか考えてみますから。
[マゼラン]本当に!?
[イヴァン]ええ。
[マゼラン]実は、うちの観測隊の中に、氷原で行方不明になっちゃったチームがあるの。だからその人たちを探さないと……それか最低限、状況だけでも確認しないといけないんだ。
[マゼラン]人命にかかわる重大なことだし、条件があるなら教えて。みんなを助けるためなら、どんな約束でもするから。
[イヴァン]そういったご事情なら、無謀な単独行動などせず、正式な外交ルートを通じて申請し、我が国の救助隊が動くのを待つべきですよ。
[マゼラン]わかってる、よーくわかってるよ。それでも、政府の救助隊は準備に時間がかかっちゃうよね?
[マゼラン]あたしも探検家だし、氷原の状況はそれなりにわかってるから迷惑はかけないよ。それに、一日でも早く見つけられたら、その後の救助もしやすくなるでしょ。
[マゼラン]あと……
[イヴァン]わかりました。
[イヴァン]では、連絡が途絶える直前の座標を教えていただけますか?
[マゼラン]えっ? あ、うん、ちょっと待ってね。
[マゼラン]多分、この辺りだと思うよ。
[イヴァン]ありがとうございます。
[イヴァン](ウルサスの方言)クルビア人の観測隊がいるであろう座標が判明した。この位置からして、北での件はその一行と関係がある模様。
[???](ウルサスの方言)でかしたな、了解。
[イヴァン](ウルサスの方言)この女はどうする?
[???](ウルサスの方言)聞くところによると、クルビアのベテラン探検家なんだろう。彼女がクルビアにとってどれほど重要な人物かを確かめる必要がありそうだ。近くで見張り、次の指示を待っていろ。
[イヴァン](ウルサスの方言)わかった。
[マゼラン]イヴァンさん、どうだった……?
[イヴァン]申し訳ありません。同僚に確認してみたのですが、やはりここから北へは行かせられないということでした。
[イヴァン]この先は軍の管理下にありまして、私でも通れない場所なんです。
[マゼラン]そんな……
[イヴァン]ですが代わりに、私がウルサス領内のどこへでもご案内しますよ。ウルサス政府の人間として、便宜を図りますので。
[マゼラン]そうだなあ……
[マゼラン]あっ、わかった! サーミだ!
[マゼラン]サーミ経由で氷原に入る分には自由だよね?
[イヴァン]理屈としてはそうですが……
[マゼラン]それなら、急いでサーミへ行こう!
[マゼラン]準備はもうできてるし、連れて行ってよ、イヴァンさん。
[イヴァン](ウルサスの方言)サーミから氷原に入ると言ってるんだが、身辺調査を行う時間は足りそうか?
[???](ウルサスの方言)問題ないさ、好きにさせてやれ。身元のはっきりしているクルビア人一人を調査するだけならそう時間はかからんだろうしな。
[???](ウルサスの方言)国境に着いたら、国境警備隊の人間がお前の仕事を引き継ぐ手はずだ。
[イヴァン](ウルサスの方言)そうか。
[???](ウルサスの方言)用心しろよ。「魔女」に目をつけられないようにな。
[イヴァン](ウルサスの方言)了解。
[イヴァン]確認が取れました。ではご案内しますね、マゼランさん。
[「兵士」]上官、少々よろしいですか。
[「上官」]何か質問でも?
[「兵士」]はい、上官……我々の任務についてなのですが。
[「上官」]軍の命令を疑うのか?
[「兵士」]い、いえ、滅相もないです、上官。私はただ、サーミ人のことで――
[「上官」]あの獣どもに憐れみを覚えると?
[「兵士」]はい、上官。私は――
[「兵士」]今、何と仰ったのですか?
[「上官」]お前の同情心は理解できる。
[「上官」]だが、一つ聞かせてもらおう。
[「上官」]確か、お前の父は農場主だったな。
[「兵士」]はい、上官。
[「上官」]ならばお前の家が持つ土地では、その意志に従い駄獣を繁殖させ、奴らに車を引かせ、価値を生み出させているのだろう……
[「上官」]仮に、お前の父の調教がなかったとしたら、駄獣どもが自発的に価値を創造しようなどと考えるだろうか?
[「兵士」]無論そのようなことはありません、上官。
[「上官」]それなら、サーミ人どもが殊勝にもそう考える道理があるか?
[「兵士」]ですが、上官――
[「上官」]ウルサス人はヒッポグリフどもの支配を覆したのち、千年もの時をかけて自らの土地をウルサスが必要とする姿へと変えてきた。
[「上官」]だというのにサーミは依然、荒涼たる原野に等しい。
[「上官」]つまり文明に対して、サーミ人は何一つ貢献していないのだ。
[「兵士」]……
[「上官」]適切な啓蒙を行えば、ウルサスの苦心を理解することかなうサーミ人も中には居るだろう。
[「上官」]我らは文明の火をもたらしたのだから、奴らは感涙にむせぶべきなのだ。
[「上官」]しかし実際、サーミ人の反応はといえば――多くを語る必要はあるまい。
[「兵士」]はい、上官。
[「上官」]文明的に導き教えたところで奴らは理解を示さず、弱肉強食以外の方法を知らぬままだ。
[「上官」]したがって、必要悪としての暴力を用いることもやむをえまい。
[「上官」]いずれ奴らの子孫が頑丈な家に住み、ウルサスのもたらす文化と産物を享受した時――
[「上官」]奴らはようやく、文明の尊さを理解することだろう。
[「兵士」]わかりました、上官。
[「斥候」]ご報告します。前方に、悪魔と交戦中のサーミ人を発見しました。
[「上官」]隊列を整え、術師隊にアーツの準備をさせろ。
[「斥候」]はっ!
[「兵士」]上官……
[「上官」]言うことを聞かん駄獣であろうと、飢えた野獣に生きたまま食われるのを見過ごすわけにもいかんだろう。
[「上官」]総員、悪魔との交戦に備えよ。
[「兵士」]――はい、上官!
一週間後 サーミとウルサスの国境
[イヴァン]しばらく歩くと、国境警備隊の歩哨所があります。そこからさらに進めばサーミですよ。
[イヴァン]私の護送はそこまでですが。
[マゼラン]ここまであなたがいてくれたお陰でウルサスの人との交流がスムーズにできたよ。
[イヴァン]とはいえ、あなたのウルサス語もお上手ですよ。訛りがなければ完璧ですね。
[マゼラン]ふふっ。さすがにそこまでは、すぐに直せそうにないけどね。
[マゼラン]それに、まだまだ勉強しないと。イヴァンさんがたまに話してるあの言葉なんて全然聞き取れないし。
[イヴァン]あれは地元の方言なので、ウルサス人でも全員が全員聞き取れるわけじゃないんですよ。
[イヴァン]よかったら次にいらした時、時間があればお教えしましょうか。
[マゼラン]ほんとに? ありがとう!!
[イヴァン]ははっ、どういたしまして。
[イヴァン]ところで、マゼランさんはサーミにはお詳しいんですか?
[マゼラン]そんなには。サーミルートで氷原に入ったことはないから。
[マゼラン]聞いた話じゃ、サーミを抜けるには氷原に入る時と同じくらい物資が必要らしいね。しかも、氷原に入っても、サーミ近くには観測基地が少ないから補給が不便だとか。
[イヴァン]ええ、あそこは野蛮な土地ですからね。
[マゼラン]イヴァンさんはあんまりサーミが好きじゃないんだね。
[イヴァン]ウルサス国境の歩哨所には、通常なら軍が駐留しているのですが、ウルサスとサーミの国境には、国境警備隊が定期的に巡回しているだけで、駐屯軍はいません。その理由をご存知ですか?
[マゼラン]ウルサスは……サーミと何か対立してるってこと?
[イヴァン]対立なんてレベルのものじゃありません。サーミ人は、その原始的でよこしまな欲を満たすためだけにウルサスの領土へ侵入し、ウルサス兵を襲ってきたんです。
[イヴァン]これから向かう歩哨所は、そうしたサーミ人の手でかつて理由もなく占領されてしまった場所。ですがそれでも、ウルサスは親切にも悪魔の撃退を手伝ってから、領土返還の要求をしたのです。
[イヴァン]しかし奴らは断固として明け渡しを拒み、それどころかウルサスの軍人を傷つけようとしました。そこで、我々は仕方なく武力で奴らを追い払ったのですよ。
[マゼラン]そうだったんだ……
[マゼラン](本当に……そうだったのかな?)
[イヴァン]けれども、野蛮なサーミ人は復讐のために、我々が「魔女」と呼ぶ怨霊を送り込んできました。
[イヴァン]奴は歩哨所にいたウルサス兵を皆殺しにし、以来ずっと両国間の国境をさまよっているのです。
[イヴァン]この「魔女」は、少人数の部隊と出くわした時は吹雪で動きを封じ隙を突いて殺しにかかってきます。けれど、大軍が相手となると吹雪に隠れて出てきません。
[イヴァン]打ち倒すことも追い払うこともできない、厄介な相手なんですよ。
[イヴァン]それで結局、サーミ人の襲撃による被害を防ぐため、国境警備は精鋭部隊の巡回という方法を取るしかなくなってしまったんです。
[イヴァン]あなたも、サーミをお通りになる際はくれぐれも気を付けてくださいね。
[イヴァン]奴らは、よそ者を見つけたらその喉を掻き切って鮮血をすするまで決して止まりません。
[イヴァン]雪原の野獣の群れを相手取った時と同じように、奴らの軽はずみな行動を抑止するには、武力に頼るしかないのです。
[イヴァン]おわかりになりましたか?
[マゼラン]う、うん。
[イヴァン]それならいいんです。
[イヴァン]風が強くなってきましたね。早く歩哨所まで行って休みましょう。
[???]......
[サーミの戦士]奴ら、まだいるか!?
[サーミのシャーマン]化け物は全部追い払ったから、もう大丈夫だと思うわ。
[サーミの戦士]ふぅ……よかった。
[サーミの戦士]ウルサスの友よ! そちらの状況はどうだ!?
[ウルサス将校]無事だ。死傷者は出なかった。
[サーミの戦士]それはよかった! フレイヤ、水はまだあるか? 我らが友人にいくつか分けてやろう。
[サーミのシャーマン]わかった、すぐ行くわ。
[サーミの戦士]いやあ、ありがとう。さっきは危ないところだった。君たちの助けがなければ、うちの若いのは何人か、先祖の顔を拝みに行くはめになっていたことだろう。
[ウルサス将校]気にすることはない。あれは我々共通の敵だからな。
[サーミの戦士]ところで、君たちはこのあとどこへ行くんだ?
[ウルサス将校]軍務に戻る。この場所には偶然通りかかっただけなのでな。
[サーミの戦士]君らウルサス人は本当に堅物だな。悪魔との戦いを終えたばかりだというのに、もう軍務のことを考えているとは。そちらの兵士も疲れ果てているんじゃないのか。
[サーミの戦士]いいから、我々の野営地で休んでいけ。火にあたって温まり、干し肉でも食べてから出発しても遅くはないだろう、友よ。
[ウルサス将校]では……お言葉に甘えるとしようか、友よ。
[サーミの戦士]はははっ、他人行儀な奴だな。
[サーミの戦士]おーいフレイヤ、水はまだか?
[サーミのシャーマン]まだケガ人の手当をしてるの! もう少し待ってちょうだい!
[サーミの戦士]それならそっちに集中してくれ! こっちは先に彼らを野営地に連れていくよ!
[サーミの戦士]サンタラ!
[サンタラ]何?
[サーミの戦士]悪魔がほかにもいないか、もう一度確認してくれるか? 私はケガ人とウルサスの友らを連れて、先に戻らないとならなくてな。
[サンタラ]わかったわ。確かめたらすぐに戻るから、木陰に私の居場所をとっておいてちょうだいね。
[サーミの戦士]もちろんだ。
[サーミの戦士]ほら、みんな立て。家に帰るぞ!
[ウルサス将校]ウルサス軍、総員に告ぐ。
[ウルサス将校]隊列を整え、前進せよ。
[マゼラン]ここって、本当にただの歩哨所? とっても広いんだね。
[マゼラン]真ん中にある木も気になるな。ウルサスの人って、建物の真ん中に木を植える風習でもあるの?
[イヴァン]あれはサーミ人が植えたものです。
[イヴァン]枯れて随分経つようですが、幸い丈夫な幹をしていましてね。雪原では貴重な障壁にもなるので、伐採して薪にするより、残しておこうということになったんです。
[マゼラン]この辺りには木が一本も生えてないのに、サーミの人はどうやって雪原にあの木を植えたのかな?
[イヴァン]私にもよくわかりません。
[マゼラン]ちょっとだけ……サンプルを採取してもいい?
[イヴァン]ええ、どうぞ。
[イヴァン](ウルサスの方言)枯れ木の歩哨所に到着した。魔女は手を出してこなかったな。
[???](ウルサスの方言)了解、こちらも調べはついた。その女に疑わしい経歴はなく、氷原での利用価値もある程度見込めそうだ。
[???](ウルサスの方言)国境警備隊をできるだけ早くその地点に向かわせよう。彼女の身柄を引き受けたら、その後は直接調査隊に引き渡す予定だ。彼らには氷原に精通した案内役が必要なのでな。
[???](ウルサスの方言)お前の仕事はそこまでだ。
[イヴァン](ウルサスの方言)了解。まずはビーコンの準備をしておく。何かあれば連絡してくれ。
[イヴァン](ウルサスの方言)……悪いな、お嬢さん。
[ウルサス将校]悪いな、「友」よ。
[サーミの戦士]何をするんだ!? 武器を下ろしてくれ!
[ウルサス将校]私の職務は、皇帝陛下の領土を拡大することだ。
[サーミの戦士]何だと……!?
[ウルサス将校]この時を以て、ここはウルサスの領土となる。
[サーミの戦士]バカなことを言うな! 一体どういうつもりだ!?
[ウルサス将校]はっきりと伝えたはずだが、野蛮人には理解できなかったか?
[ウルサス将校]近辺で唯一の集落であるこの場を占拠すれば、偉大なるウルサスこそがこの地の主となるのも自明。
[ウルサス将校]さあ、我らがウルサス領から立ち去るがいい。
[サーミの戦士]我々は長くこの地で暮らしてきたんだぞ! それが、ここに旗を立てたというだけで、どうしてお前たちの土地だなどと言えるんだ!
[ウルサス将校]我らがここにいることだけで理由は十分だろう。
[ウルサス将校]フン……共に悪魔に立ち向かったよしみで、選択肢をやる。この場を去るか、ウルサスの民になるかを選べ。
[ウルサス将校]お前とその一族は皆優秀な戦士だ。我らウルサスは喜んで受け入れよう。
[ウルサス将校]当然ながらその場合、お前たちにはウルサス語を話し、ウルサスの服に袖を通してもらうがな。そして何より、その忌まわしい異端信仰は捨ててもらわねばなるまい。
[サーミの戦士]貴様!
[サーミのシャーマン](静かに呪文を唱える)
[ウルサス将校]術師隊、その魔女を黙らせろ。
[サーミのシャーマン]ううっ……
[サーミの戦士]フレイヤ!
[ウルサス将校]バカな真似はよせ。
[サーミの戦士]……
[サーミの戦士](サーミ語)老樹よ、お見守りください……
[サーミの戦士]うおおおおおおッ!!!!
[ウルサス将校]お前は選択肢などくれぬようだな、「友」よ。
[ウルサス将校]総員、迎撃せよ。
[イヴァン](ウルサスの方言)どうぞ。
[???](ウルサスの方言)国境警備隊のほうの風向きが悪いようだ。吹雪が来るかもしれん。すぐに開けた場所に向かい、誘導用のビーコンを設置して、接触後はターゲットを伴いそこを離れろ。
[イヴァン](ウルサスの方言)了解。
[イヴァン]サンプルは採り終わりましたか。
[マゼラン]この木、すっごく不思議だね。生物学的な観点で言えば完全に枯れてるのに、どこかまだ生きている部分があるような気がするの。
[マゼラン]きちんと解明できたら、すごい論文を出せるかも。
[イヴァン]そうなれば、学界としては本当に喜ばしいことになりそうですね。
[イヴァン]けれど今は、吹雪が近付いていますから、室内に避難していてください。
[マゼラン]あっ、うん。
[マゼラン]イヴァンさんは入らないの?
[イヴァン]私は吹雪の規模を確かめてきます。そうすれば、予想以上に勢いが強かった場合にも、近辺の人に救助要請を出せますから。
[マゼラン]そっか、わかった。
[マゼラン]そうだ、よかったらこれ飲んでいって。
[マゼラン]さっき沸かしたばっかりのお湯で入れたんだ。一杯飲んで体を温めてよ。
[イヴァン]後でいただきます。すぐに戻りますから。
[マゼラン]イヴァンさん……
[マゼラン]イヴァンさんは外で働いてるのに、あたしだけ建物の中で暖を取ってるなんて、やっぱりおかしいんじゃないかな……
[マゼラン]あたしだって探検家なんだし、仲間を一人で困難に立ち向かわせるのは良くないよね。
[マゼラン]……
[マゼラン]今からでも行ったほうが――
[マゼラン]すっごく寒いけど……
[マゼラン](窓の外を見る)
[マゼラン]ううっ、顔が痛いくらいだった……
[マゼラン]風がどんどん強くなってる。
[マゼラン]イヴァンさん、どうか気を付けてね。
[マゼラン]……?
[マゼラン]あれは……
[マゼラン]イヴァンさんかな?
[マゼラン]ち、違う……何あれ!?
暴風が雪を巻き上げて、歩哨所へと押し寄せてくる。
しかしそれは奇妙なことに、何らかの命令を受けているかのように速度を抑え、ゆっくりと前進していた。
遠目から見ているせいで視覚的な誤差が生まれている、というわけでもなく、吹雪そのものが誰かの意志に従っているのだ。
寒風操るその人物の許しなく、雪が彼女を追いこすことはない。
その当人は今まさに、吹雪を引き連れるようにして、手にした杖を高く掲げ、ゆっくりと歩哨所へ近付いてきていた。
一歩、また一歩と。
静かに、確固たる足取りで。
風雪が大地を覆うまで――
普通ならこの光景は芳しいものでないかもしれない。だが氷原の辺境にいる誰よりも、マゼランはそれを目にすることを喜んでいた。
なぜなら、氷雪の中を歩む彼女は、マゼランにとって氷原で一番仲のいい友人だからだ。
[マゼラン]シモーネさんだ!
その言葉が遠くまで響いた時、マゼランは、吹雪がそれほど強くなくなっているのを感じた。
そうして、シモーネがマゼランの元へ歩み寄ってきた時には、彼女に付き従っていた雪も知らぬ間に消えていた。
[サンタラ]ごきげんよう、マゼラン。
[サンタラ]氷原へ探検に行くと聞いた覚えがあるけれど、どうしてこんなところにいるの?
[マゼラン]尊敬する先生が氷原の探索中に行方不明になっちゃったの。だから急いで探しに行かないといけないんだけど、ウルサスルートがまた閉鎖されちゃったから、遠回りするしかなくってさ……
[マゼラン]あっそうだ、あったかいお茶を淹れたんだけど、飲まない?
[サンタラ]それなら、お言葉に甘えようかしら。
[サンタラ]いただきます。
[サンタラ]……ふぅ。
[サンタラ]それで、サーミから氷原へ行きたいって話だったわね。
[マゼラン]うん。
[マゼラン]あっ、そういえばシモーネさんってサーミの人だよね?
[サンタラ]そうよ。
[マゼラン]それなら……
[サンタラ]もちろん手を貸すわ。せっかくこうして会えたんですもの。
[マゼラン]えへへっ、ありがとう!
[マゼラン]じゃあ、イヴァンさんが戻ってきたらお別れを言って、そのあと一緒にサーミへ行こう。
[マゼラン]でも、サーミって少し原始的っていうか、怖いところだって話を聞いたんだよね。
[サンタラ]それって……そのウルサスのトランスポーターから聞いたの?
[マゼラン]うん。それと、この辺りには魔女がいて、わけもなく急に襲ってくるから気を付けるようにって言われたの。
[サンタラ]ウルサス人はそういう人たちなのよ。
[サンタラ]あなたは、その魔女をどう思った?
[マゼラン]……ちょっとかわいそうな気がしたよ。この木みたいにね。
[マゼラン]はぁ。イヴァンさんはサーミを嫌ってるんだね。
[マゼラン]あの人が言ってたこと自体は、もっともらしく聞こえたけど。
[サンタラ]そう。だけど私たちサーミフィヨド――サーミ人も、ウルサスのことを嫌っているから。
[マゼラン]どうしてなの? 誤解があるようなら、みんなで話し合って解決できない?
[サンタラ]ウルサスの人にとっては、理解するよりも征服するほうがずっと効率的なのよ。彼らの目には厄介な魔女一人しか映っていないようだけれど、無数のサーミフィヨドが――
[サンタラ]――ううん。それより、もう随分遅い時間よね。あなたの言ってたトランスポーターはどこへ行ったのかしら?
[マゼラン]吹雪の規模を確かめに、北に行ったよ。
[サンタラ]じゃあ、私が手助けしてくるから、ここで待っていて。
[マゼラン]あたしも一緒に――
[サンタラ]マゼラン、お願いだからここにいてほしいの。
[サンタラ]そのほうが安全でしょう。
[マゼラン]わ、わかった……
[マゼラン]気を付けてね、シモーネさん。
[サンタラ]ええ。
[マゼラン]ほんとに気を付けて……えっと、魔女にもね。
[サンタラ]ふふっ。もし魔女が現れたら、その時はすぐ逃げるようにするわ。
[サンタラ]帰ってきたらまた、あったかいお茶を入れてちょうだいね。
[マゼラン]うん……うん!
[マゼラン]また一人になっちゃった……
[マゼラン]イヴァンさんを見つけられたとして、二人は仲良くできるのかなあ……
[マゼラン]はぁ……
[マゼラン]大樹さんはどう思う?
古木は沈黙を答えとしていた。
[マゼラン]あたしには、やっぱりまだよくわからないや。どうして、共闘できたはずの相手と、別の理由で衝突しないといけないのかな?
[マゼラン]協力が……絶対に正しいとは限らないってこと?
悠久の枯れたる古木はしばらく思索にふけってから、枯れ枝同士をぶつけてそれを答えとした。
[マゼラン]それじゃ、大樹さんはどうだったの? あなたも他人の理解を得られないから、一人でこの雪原にやってきたとか?
直立不動の枯れ木は返事に窮し、沈黙を保つことを選んだ。
[マゼラン]確かに、あなたの言う通りだよね……こんな質問ばかばかしいや……
[マゼラン]だけどあたしは、やっぱり、できれば……
[???]ただいま。
[マゼラン]シモーネさん?
[マゼラン]はい、あったかいお茶だよ。
[サンタラ]ありがとう。
[マゼラン]イヴァンさんは?
[サンタラ]あなたが言ってた方角をしばらく探してみたけれど、それらしい人は見つからなかったわ。
[サンタラ]北方の吹雪はすぐそこまで迫っているし……
[サンタラ]きっともう救助要請をしたんじゃないかしら。それでウルサスの国境警備隊と合流して、そのまま避難したのかもしれないわ。
[サンタラ]だけど、ウルサスの歩哨所は強度が不十分だから、あれほどの規模の吹雪が来れば建物が崩れてしまいそうね。
[サンタラ]ここにいたら、私たちまで……
[マゼラン]……
[マゼラン]もう少しだけ……待ってもいい? イヴァンさんとは知り合って長いんだけど、あの人は経験豊富なトランスポーターなんだ。だから吹雪で身動きが取れなくなるなんて考えにくくて。
[サンタラ]どうしてもと言うなら、もう少しだけ待ちましょう。
[サンタラ]私は老樹に無事を伝えてくるわ。
[マゼラン]老樹……? シモーネさんはこの辺りの出身だったの?
[サンタラ]ええ。かつて私は、恒常の老樹の守護を使命としていたの。
[サンタラ]この木は死を超越したけれど、誰かの記憶に残ることはなかった。
[サンタラ]そしてそれはすべて、私たちの起こした一時の親切心のせいなの。
[サンタラ]善意を差し出しても、得られたのは悪意だけ。この大地はそんなことがまかり通る場所なのよ。
[マゼラン]……
[マゼラン]だから、魔女は……ここをさまよっているんだね……
[サンタラ]そうかもしれないわね。
[サンタラ]さあ、もう行きましょう。これ以上とどまっていたら、ここに閉じ込められてしまうわ。
[サンタラ]あら、何をしているの?
[マゼラン]風が当たらない場所を探してるの。
[マゼラン]イヴァンさんにあたしが無事にここを出たことを知らせたいから。
[マゼラン]これでよし……
[マゼラン]もう行くね、イヴァンさん。
[マゼラン]また会おうね。
[サンタラ]行くわよ、マゼラン。
[マゼラン]うん。
[マゼラン]シモーネさんと一緒に歩いてると、風も雪もすっごくおとなしくなるね。
[サンタラ]大したことじゃないわ。少しアーツを扱えるだけだもの。
[マゼラン]ん……? シモーネさんが肩につけてる通信機……どこかで見たような……
[サンタラ]これのこと? ウルサス人から買ったんだけど、結構使えるのよ。
[サンタラ]必要そうなら、あなたにあげるわ。
[マゼラン]ううん、大丈夫。クルビアの通信機はウルサスのよりずっと使いやすいからね!
[マゼラン]あ、それでさ……シモーネさん?
[サンタラ]何かしら?
[マゼラン]一つ、謝りたいことがあって……怒らないで聞いてほしいんだけど……
[サンタラ]言ってみて。
[マゼラン]えっとね……歩哨所にいた時、ちょっと興奮しちゃって、大樹さんからサンプルをもらってきちゃったの。
[サンタラ]まあ、老樹を傷つけてしまったの?
[マゼラン]ち、違うよ。確かに、最初は穴をあけて採取しようかと思ってたんだけど、触った瞬間に大樹さんが樹皮を落としてくれて……しかも二枚も……
[マゼラン]だから、本当にそんなこと――
[サンタラ]樹皮?
[マゼラン]うん。怒らないでくれる? あたしもむやみに木を傷つけたかったわけじゃないの。
[サンタラ]その樹皮……見せてもらってもいいかしら?
[マゼラン]え? う、うん。
[サンタラ]ありがとう。
[サンタラ](「ジーディア」……)
[サンタラ](そして、「ヘイリア」?)
[サンタラ](……)
[サンタラ](ありがとうございます……感謝いたします。)
[マゼラン]シモーネさん、どうしたの?
[サンタラ]ううん、何でもないわ……
[サンタラ]これは、あなたが取っておいて。老樹は責めたりしないから。
[マゼラン]ほんとに?
[マゼラン]じゃあ、老樹さんに感謝しないと!
[サンタラ]そうね、老樹を讃えましょう。
[サンタラ]……じきに吹雪が来てしまうし、夜を過ごせる場所を探さないと。
[サンタラ]行きましょうか。
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