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キーパーソン

時代は変わる。かつて最良の友であった人物もまた例外ではない。ゆえにごく普通の水産物屋は「キーパーソン」となった。これまで何を捨て去ったか、これから何を守るべきか、彼ははっきりと理解していた。


[ジェイ] さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 刺身はどれも切りたて新鮮、手ごねの魚団子は食感モチモチ! 興味のあるお客さんは並んで並んで!

[ジェイ] さあ、お客……

[ジェイ] ワイフー?

[ワイフー] こんばんは。リーおじさんのお使いで届け物をしてましたが、ちょうど姿が見えたので。

[ワイフー] 最近はこの辺に屋台を出してるんですね。どうりで見かけないと思いましたよ。

[ジェイ] あ、ああ。埠頭は客足が多くて、魚団子がよく売れるからな。

[ワイフー] この時間だと、埠頭は仕事帰りの労働者がほとんどですよ? それよりも観光スポットの近くとかの方が売れると思いますけど……

[ジェイ] ……

[ワイフー] まあいいでしょう。それより、ジェイさんもそろそろ店閉まいですよね。ここで待ってるので、一緒に帰りませんか?

[ジェイ] え、いや……そいつぁ……

[ワイフー] おや、何かまずいことでも?

[ジェイ] い、いや、そうじゃねぇって……そうだ、ワイフー。ちょうど話したいことがあったんだ。

[ジェイ] 実は、アンタに卒業祝いを用意してて……

[ワイフー] 卒業祝い? 今頃ですか?

[ジェイ] まあ。それで今度暇な時でいいから、俺んちに行って自分で取ってくんねぇか。予備の鍵は玄関マットの下にあっからさ。

[ジェイ] 寝室に置いてあるでけぇ箱ん中に、プレゼントと、それからアンタへのメッセージが入ってんだ……

[ジェイ] 用意したのはずいぶん前だったけど、アンタは卒業してからすぐ、尚蜀に行ったり玉門に行ったりで、ほとんど龍門にいなかったもんだから、渡す機会がなくってな。

[ジェイ] 覚えたか? 約束だぞ。

[ワイフー] はぁ、どうも……って、ちょっと待ってください。何かおかしくないですか? プレゼントなのに自分で取って来いって、そんなことあります?

[ジェイ] それもそっか……うーん、そうだ! たしか明日の土曜がアンタの誕生日だったよな? 映画でもおごらせてくれよ。そん時に誕生日プレゼントも一緒に渡すから。

[ジェイ] じゃ今日は早いとこもう帰んな。明日あさイチにいつものモールんとこで会おう……またな!

[???] ゴホン、店主さんよ。

[???] 客を待たせてるの忘れてんのかい?

[ジェイ] おっと、そいつぁすまねぇ。

[ジェイ] 魚団子スープ、辛さ二倍マシ、でやしたよね? もう少しお待ちくだせぇ、すぐお出ししやすんで。

[ワイフー] ……

[ワイフー] はいはい、分かりましたよ。

[ジェイ] お待ちどう。

[???] あの子が例のカンフーが得意なお友達? たしか、ワイとかいう……

[ジェイ] ああ。

[???] 大学を卒業したばかりとか?

[ジェイ] そうだ。

[???] だったら仲間に入れてもいいぜ。腕のいい優等生なんて、願ってもない助っ人じゃないか。

[ジェイ] 阿威(アーウェイ)、冗談はよしてくれ。

[ジェイ] あいつをこんなことに巻き込みたかねぇんだ。

[アーウェイ] ……分かったよ。なあ、ひょっとしてまだ不安なのか?

[アーウェイ] 言ったじゃねぇか、流通元も流通先も、握らせるもんはひと通り握らせてある。今夜ブツが埠頭に滞りなく届けば、明日の朝にはスラム街に消えちまってるさ。何も起こりゃしねぇよ。

[アーウェイ] 真っ暗闇の中で、そこの入り江に石灰をばら撒いたとして、一体誰が水面に浮いたあぶくに気づくってんだ?

[ジェイ] いや、俺ぁただ、ちっとばかし気が張ってるだけだ。

[アーウェイ] まあ分からなくもないが。次からは慣れるだろうさ。

[ジェイ] おいおい、今回きりだって言ったはずだぜ。

[アーウェイ] 分かった分かった。じゃあその今回の準備の首尾は?

[ジェイ] ……運転手も、点検員も、書記も、全員顔なじみだ。ちゃんと話も通しておいた。

[ジェイ] 今夜は「たまたま」全貨物船が、月に一度の一斉点検及び貨物整理を実施する。積み荷が多すぎるってんで、埠頭は夜十時から十時半までの間、入港する貨物船の資格検査を一時的に停止する。

[ジェイ] 十時十五分に入港するよう伝えておけ。荷下ろしに使える時間は十五分だけだからな。

[アーウェイ] なるほど。その話を通したっていう人たちと一回あいさつしときたいんだが、今いいか?

[ジェイ] ……何でい、俺を信用してねぇのか?

[アーウェイ] それとこれとは話が別だ、ジェイ。確認がしたいだけなんだ。

[ジェイ] ……どうすりゃいい?

[アーウェイ] 埠頭の一番左にある船に、二回瞬きするよう伝えて。

[ジェイ] ……

[ジェイ] 馮(フェン)のおやっさん、すまねぇ、ライトを二回点滅させてくれやせんか。

[アーウェイ] 次は一番右の船。そうだな、喉の調子を確かめてみたい。

[ジェイ] 張(ジャン)さん、すいやせんが、汽笛を二回鳴らしてくだせぇ。

[アーウェイ] そんじゃ最後、真ん中の船を、ぐるっと旋回させられるか?

[ジェイ] 嵇(ジー)、わりーけど、よろしく頼むわ。

[???] ほいほい……こんな暗い中で船を出すとはねぇ……ジェイの兄貴、あんたへのツケはこれでチャラだからな。

[アーウェイ] ジェイ! ったくお前ってヤツは。たかが水産物屋と言ったって、龍門で一番クールで頼れる水産物屋だな!

[アーウェイ] 俺がガキの頃に言ってたこと、まだ覚えてるか? 俺たち二人が力を合わせりゃ、不可能なことなんてないってよ。

[アーウェイ] どこにでも転がってるような空き缶だって、思いも寄らねぇような真価を発揮するんだよな、これが!

[ジェイ] よせって。単に皆が良い人たちってだけさ。自分がどんなことに巻き込まれてるのか分かっちゃいねぇ。

[アーウェイ] ガキの頃、近所の人がよく言ってたよな。「善悪なんてない、あるのは人情だけだ」ってよ。龍門ってのは義理人情を重んじる場所ってことだ。

[ジェイ] それとこれとは別だろうが。

[アーウェイ] 何にせよ、帰って真っ先にお前を訪ねて正解だったぜ。

二十日前

[ジェイ] ふぅ――

[???] 店主さん、魚団子スープを一杯くれよ。金の代わりにコイツで交換できないかい?

[ジェイ] すいやせん、今日はもう店じまいで――

空き缶が一つ、ジェイの目の前のまな板に置かれた。

缶の底が丸ごと切り取られ、胴体は縦軸に沿って二本の切り込みを入れて外側にぐにゃりと曲げられており、鈍い銀色をした内壁が顔を覗かせている。

まるで不格好な花か、あるいは別の何かのようだった。

[ジェイ] こいつぁ……アンタ、アーウェイか!?

[アーウェイ] ジェイ、久しぶりだな。

[ジェイ] ホントにアンタなのか! いつ戻ってきてたんだ? よく俺の居場所がわかったな、もうかれこれ……十年は会ってないよな? 龍門を出た後どこ行ってたんだ!

[アーウェイ] 戻ってきたばかりさ。その足ですぐお前のもとに駆け付けたんだ。よくわかったなって、そりゃ当然だろ……

[アーウェイ] 前にたった一人で、龍門の二大ヤクザに立ち向かったんだって? えらい有名人になったなぁ、おい。「仏頂面の魚団子元締め」だの「冷血のジェイ」だのと、皆が噂してるんだぜ。

[ジェイ] ありゃあただの偶然で……そう茶化すなっての。

男は底を切り抜いた空き缶を手に取った。街灯の灯りに照らされ、缶の周りにかすかな光輪が浮かび上がる。

[アーウェイ] しっかし、まだコイツを覚えてるとは思わなかったよ。

[ジェイ] んなの当たり前じゃねぇか。

[ジェイ] アンタがはじめて空き缶を持って帰ったのは、俺らが三年の頃だったよな。おばさんにはゴミを拾うなって怒られてさ。でもお前はそれを使ってアンテナを直し、テレビをまた見られるようにした。

[アーウェイ] 金属片は信号を強めるからな。まっ、俺も手当たり次第にいろいろ試してそんで分かったが。

[ジェイ] そっからアンタは一日中、街で空き缶を集めては手品のような真似をして見せてたっけな。蚊取り線香の入れもんを作ったり、簡単な通信端末を作ったりして、家計の足しにしててさ。

[アーウェイ] それと、お前っていう弟分までできた。一日中俺の後をくっついてきてよ。

[ジェイ] ああ、俺たちは家が近かったから、しょっちゅう比べられてたな。けど近所の人らは皆、アンタの方ばかり褒めてたぜ。きっと大物になるぞってな。俺ぁアンタが羨ましかった。

[ジェイ] アンタと違って俺ぁ頭のデキが悪くてよ……董(ドン)の親父さんのとこで魚団子スープの作り方を覚えるのが精一杯だった。

[ジェイ] そういや、今回どれくらいいるんだ? すぐ出て行っちまうのか?

[アーウェイ] いや、今後はずっと龍門にいるつもりだ。

[ジェイ] そいつぁいい! 俺ぁちょくちょくアンタの家を片付けに行ってたんだぜ。だからあそこはまだ綺麗なまんまだ。家具やら生活用品をちょいと買い足しゃ、すぐに住めると……

[アーウェイ] なぁ、ジェイ。一つ力を貸してくれないか。

[ジェイ] ん?

[アーウェイ] 積み荷を龍門に輸入して、売りさばこうと思ってるんだ。

[ジェイ] へぇ! じゃあ今は商売してんだな。けど、龍門はそういうことに関しちゃ検査が厳しいから、近衛局に行って手続きするといいぜ。俺が手伝うよ。

[アーウェイ] 俺が運ぶブツは……近衛局の輸入許可リストには載ってないんだ。

[ジェイ] なっ、み、密輸ってことか!?

[ジェイ] 武器か? 源石製品か? 違法薬物か? 何だそのハンドサイン、やめろって、俺にゃどういう意味かわかんねぇよ。

[アーウェイ] まあまあ。この件については誰も知らないんだ。神だろうと鬼だろうと、何者にもバレないよう、長い時間をかけて準備してきたからな。

[アーウェイ] それに、見返りはリスクに比例するもんだろ? ジェイ、俺は聞いたよ。お前は埠頭の人間とは親しいんだってな。

[ジェイ] ……

[アーウェイ] 十年以上も離れてた俺にとって、龍門はもはや「見知らぬ土地」も同然。俺には金が必要だ。この「ビジネス」を成功させなきゃ、安定した生活は送れない。ジェイ、お前だけが頼りなんだ。

[ジェイ] いや、それはダメだ。俺ぁそんなことに手を貸すつもりはねぇ。アンタにそんなことさせるわけにもいかねぇ。

[アーウェイ] そういやお前、ああまで言ってたのに、なんでまた急に手を貸すことにしたんだ?

[ジェイ] ……

[アーウェイ] 十時十分……そろそろ船が埠頭に着く頃合いだ。

[ジェイ] 荷下ろし役は? 早ぇとこそいつらを埠頭に呼んで準備させた方がいいぜ。時間は十五分しかねぇからな。

[アーウェイ] ……

[アーウェイ] そう慌てるな。もう少し待とう。

[近衛局員] そろそろ予定の時刻になりますが、まだ動きを見せませんね。

[近衛局員] タレコミがガセだった、なんて可能性は……

[ホシグマ] それに関しては心配ない。情報提供者は信頼に足る人物だ。

[近衛局員] 源石純化物を原料として作られた幻覚剤なんて、龍門の闇市商すら手を出さないようなシロモノですよ。前触れもなくこんな大口の密輸が行われるのは、一体……

[ホシグマ] この頃、あっちこっちを散歩する鼠王の姿が見えなくなったとは思わないのか?

[近衛局員] はあ、確か玉門へ行った件で鼠王は重傷を負ったとか……ということはつまり……

[ホシグマ] リンお嬢さんの方も、ヴィクトリアへ行くのは断念したようだが、父の跡を継いで「紫色のリン」になるという目論見も、あまり順調に進んではいないご様子。

[ホシグマ] 娘がその椅子に座るにふさわしい人物かどうか、ご老人に代わって確かめてやろうと考えるようなお節介な輩は、いつの日も存在するものだ。

[近衛局員] ここしばらく、スラム街では反社組織が大小を問わず頻繁に動きを見せています。最近では近衛局も、そういった連中絡みのヤマを処理するケースが増えてきました。

[ホシグマ] どうやら奴らは忘れてしまっているようだ。その手の違法薬物が、近衛局による厳罰の対象となっていることをね。

[ジェイ] 十時十六分。まだ十四分ある。

[アーウェイ] 船が到着した。皆、チャッチャと動くんだ。周囲には気を配れよ。見張り要員で二人残ってくれ。

[ジェイ] こんなに人手を用意してたんだな。

[アーウェイ] 当然だ。これだけデカい取引だ、おこぼれにあずかろうって考えるヤクザは少なくない。

[アーウェイ] ジェイ、ずいぶん緊張してるみたいだな。

[ジェイ] ……

[アーウェイ] ……

[アーウェイ] お前はここで見張ってろ。俺が行ってくる。

[ジェイ] 分かった。

[ジェイ] っておい……アーウェイ、船はあっちだぞ。何で埠頭の外に向かってんだよ?

[近衛局員] ホシグマさん、動きますか?

[ホシグマ] いや、まだだ。この警戒心の強さ、普通のヤクザじゃない。全員が網にかかって、現行犯逮捕可能になるまで待つとしよう。

[ホシグマ] 今回の密輸品は、ほんの少しでも龍門に流出させるわけにはいかない代物だ。一人たりともこの埠頭から逃してはならない。

[近衛局員] 了解しました。

[ホシグマ] そうだ、情報提供者の保護も忘れずにな。

[近衛局員] ホシグマさん! 奴らのアタマが逃げようとしているようです!

[近衛局員] そうはさせるか!

[ホシグマ] 待て! あれはただ探りを入れてるだけで――

[アーウェイ] ……

[アーウェイ] !!!

[ジェイ] アーウェイ、逃げんな! 逃げちゃあならねぇ!

[ホシグマ] 各員、行動開始!

ジェイは走った。

数組の通行人や街角の果物屋にぶつかり、その度に「すいやせん、すいやせん」と謝りながらも、彼は決して止まらなかった。

なぜなら、彼の友人が目の前にいるから――いまだ逃げ続けているからだ。

彼はどの道を通ったかなど気にも留めなかった。ただどんどん人が減り、道幅が狭くなり……そして二人の呼吸が激しくなるにつれ、辺りが静かになっていくのを感じるだけだった。

酸欠のせいか、彼は幻覚を見ていた。

今走っているのは、子供の頃に駆け回った、あの裏路地なのだと錯覚した。

「空き缶の魔術師」と呼ばれる友人を追いかけながら、ガジュマルの樹影を抜ける。すばらしい未来へと踏み出すため、スラム街から出ていこうと、共に交わした約束。

[ジェイ] ま、待てって……これ以上走ったら、肺に穴が、空いちまわぁ……

[ジェイ] この先にゃ道はねぇ……行き止まりだ。

[アーウェイ] ……

[ジェイ] アーウェイ。

[アーウェイ] お前、裏切ったな。

[ジェイ] アーウェイ、俺ぁ――

[アーウェイ] 良い儲け話があるってんで、俺は真っ先にお前を訪ねた。

[アーウェイ] お前は、ツラは凶悪だが、根は気弱なお人よしだ。ただの水産物屋として魚団子を売ったりしてたいだけだろ? 嫌なら断ればいい。それも仕方のないことだ。

[アーウェイ] だから一週間経ってお前が協力するって言ってきた時は、正直疑わなかったわけじゃない。けどお前はジェイだ。お前ならきっとガキの頃みたいに、俺について来てくれるだろうと思った。

[アーウェイ] 俺たちの間にはこれまで隠し事なんてなかった。董の親父に習った包丁さばきだって教えてくれたし、嘘ついたことなんてなかった。

[アーウェイ] だが今回、お前はハナっから俺を騙してたんだ。

[ジェイ] 待って、まずは俺の話を……

[アーウェイ] お前、他の組のスパイか? それとも近衛局の回し者なのか?

半月前

[ホシグマ] どうも。最近、景気の方はいかがですか?

[ジェイ] ホシグマさん?

[ジェイ] 何か用ですかい?

[ホシグマ] ただ通りかかったついでに、近衛局の同僚たちの夜食用に魚団子を買いに来ただけ……と言っても信じてもらえないでしょうね。

[ジェイ] マジでそんだけなら、大歓迎なんですがね。

[ホシグマ] ……

[ホシグマ] 今日は一つ忠告をしに来たんです。叉焼幇(チャーシューパン)と滷水幇(ルーシュイパン)の幹部数名が、もうすぐ釈放されます。

[ホシグマ] 彼らはただの烏合の衆ですが、ヤクザには変わりありませんから。計画を台無しにし、龍門ヤクザとしてのメンツを潰したあなたに、お礼参りにやってくる可能性もゼロではありません。

[ジェイ] ああ――

[ホシグマ] ご安心を。必要とあらば、近衛局に保護を求めても構いません。

[ジェイ] ああ、わざわざすいやせん。魚団子、おごりにしときやすんで、そんじゃどうも。

[ホシグマ] あちょっと、まだ話は終わってませんよ。あなたたち商売人というのはどうしてこうも、近衛局の人間との付き合いをやたら敬遠するんです?

[ジェイ] いやー、ははっ。

[ホシグマ] いくつかお訊きしたいことがあるんです。

[ホシグマ] 最近埠頭へ行ったことは?

[ジェイ] ちょうど今朝、今月分の支払いをしに行ったとこでさぁ。

[ホシグマ] 何か怪しい人を見かけたり、妙なことがあったりは?

[ジェイ] 怪しいってぇーと……?

[ホシグマ] 船や、物流管理に関する政策、またはセキュリティチェックの過程などについて尋ねてくる人はいませんでしたか?

[ジェイ] 一体何事ですかい? あの埠頭は龍門一でけぇ水産物市場ですぜ。何かありゃあ、この辺の屋台はほとんど出店できなくなっちまう。そうなったらうちらの商売は……

[ホシグマ] 落ち着いてください。これはただの憶測に過ぎません。

[ホシグマ] 何者かがスラム街に違法薬物を持ち込もうとしているとのタレコミがあったんです。

[ホシグマ] 近衛局が情報を得た時にはすでに遅かったようです。おそらくブツは龍門に着いてしまってます。ゲート、環状道路、埠頭……我々は目下あらゆる物流ルートを調べて回っているところです。

[ジェイ] (あいつ、神にも鬼にもバレねぇとか何とか言ってたくせに……)

[ホシグマ] どうかしましたか?

[ジェイ] いや、何でもありやせん。

[ホシグマ] とにかく、埠頭に詳しいあなたに、最近出入りする人たちの様子をよく観察しておいてもらいたいと思いまして。何かありましたら、私にご連絡いただければ。

[ジェイ] ええ、そうさせてもらいやす。

[ジェイ] ホシグマさん、こいつぁ深刻なことですよね?

[ホシグマ] と、言いますと?

[ジェイ] 今回の密輸は、相当な重大事件になるんじゃありやせんか?

[ホシグマ] 今回のブツは、監査部門では特級禁制品として登録されています。武器から取り外した源石装置で金儲けを企んでいただけの叉焼幇の件とは、次元が違いますね。

[ホシグマ] もし何か知っているのでしたら……ご一報ください。

[ホシグマ] では私はこれで。魚団子スープ、ありがたくいただきます。

[ジェイ] ……

[ジェイ] ホシグマさん、待ってくだせぇ。

[アーウェイ] つまりお前は、自分から近衛局に俺のことをチクって、その上奴らのスパイになったと?

[ジェイ] 俺ぁただ……

[アーウェイ] なんてこった。今回の取引も、俺が十年以上蓄えてきた金も、全部がパーになっちまった!

[アーウェイ] まったく、してやられたよ。

[アーウェイ] あのジェイ坊が、ただの気弱な小市民だって? とんでもない! 映画の潜入捜査官なんかよりずっとやるじゃないか。奴らはただの演技だが、お前は知恵も勇気も兼ね備えた本物だ。

[ジェイ] 落ち着けよ。まず俺の話を聞けって。

[アーウェイ] 話すことなんて何もないさ。じゃあな……俺が帰ってきたことも、俺に会ったことも、全部忘れてくれ。

[アーウェイ] ……

[ジェイ] アーウェイ、このままアンタを行かせるわけにゃいかねぇんだ。

[アーウェイ] ……

[アーウェイ] これ以上何を望むってんだ? この程度の手柄じゃ飽き足らずに、主犯まで捕えようってのか?

[アーウェイ] それで最後には、奴らから「優秀市民」賞でももらうつもりか?

[遠くから聞こえる声] 向こうを見てくる。

[遠くから聞こえる声] この辺りの路地は徹底的に探せ。絶対に逃がすんじゃないぞ。

[アーウェイ] ジェイ、どいてくれ。

[ジェイ] 取引計画が失敗した以上、ブツを受け取るはずだった地元ヤクザがアンタを見逃がすはずがねぇ。奴らは残虐だぜ……

[アーウェイ] だからすぐに龍門を離れるんだよ。

[ジェイ] 行かせるわけにゃあいかねぇんだ。

[アーウェイ] ふぅ――だったら悪く思うなよ――……あ?

[ジェイ] アンタの武器は、さっき埠頭にいた時こっそり抜いておいた。

[アーウェイ] ……

[ジェイ] 覚えてるか? ガキの頃、俺らは喧嘩したって翌日にはもう仲直りできてた。揉め事が起きた時にゃ、いつも同じやり方で解決したよな?

[ジェイ] こんな風によ!

ジェイは親友の顔面に拳を叩き込んだ。

[ジェイ] つまり、今回の密輸に関わった連中の懲罰は、叉焼幇や滷水幇よりはるかに重くなるってことですかい?

[ホシグマ] ええ。

[ジェイ] そりゃあ……大体どんな感じになるんですかい?

[ホシグマ] 前回の連中は、粗悪な源石製品を転売しようとしただけで、しかも途中であなたに阻止されて未遂に終わりました。その上、逮捕後の態度が従順だったこともあり、最終的な処分は軽くなりました。

[ホシグマ] とはいえ、幹部数名は二年間の禁固刑を受けましたがね。

[ジェイ] ……

[ホシグマ] しかし我々の情報が正確なら、今回の密輸品は特級の幻覚剤です。名目上は入手困難で驚異的即効性を持つ「痛み止め」や「鎮静剤」とされています。

[ホシグマ] しかし使用にあたっての説明書も用意されず、その後遺症――中に含まれた微量の源石純化物が鉱石病の悪化を早めるというリスクについても、使用者が知らされることはありません。

[ジェイ] な、なんて……ひでぇやり口だ。

[ホシグマ] そういった薬物は、患者に重篤な依存症をもたらします。

[ホシグマ] 病魔にあえぐ龍門の人々は、それによってお金も命も空になるまで絞り尽くされる。その上、制御不能の集団感染までをも引き起こす可能性があります。

[ホシグマ] なのでこの手の密輸に関しては、近衛局が常に厳しく調査を行っています。ヤクザでも手を出したがる輩はごく少数でしょうね。

[ホシグマ] いずれにせよ、主犯格は鉄格子の中で余生を過ごすことになるはずだと思います。

[ジェイ] そんな重罪だとは……

[ジェイ] じゃあ、「既遂」と「未遂」とで刑罰の違いはねぇんですかい? 自首した場合は? 情状酌量の余地があったりはしねぇんですか?

[ホシグマ] どこでそんな言葉を憶えたんですか……

[ジェイ] ホシグマさん、お、教えてくれやせんか。

[ホシグマ] 深刻な結果を招いてさえいなければ、情状酌量の余地は残されると思います。

[ホシグマ] しかし犯人が運よく逃げおおせたとしても、近衛局の記録に残ってしまえば、今後一生龍門に足を踏み入れることは叶いません。

[ジェイ] 二度と、龍門に……

[ホシグマ] さて、ジェイさん。あなたの質問には全て答えましたよ。

[ホシグマ] 知っていることがあるのなら、話してもらいましょうか。

[ジェイ] ホシグマさん、頼む。俺のダチを助けてやってくだせぇ。

[アーウェイ] 助けたくないならそれでも構わない。だが嵌めるのは卑怯だろ!

[ジェイ] アーウェイ、違う! 俺ぁアンタを助けてぇんだ!

鈍い音が規則的に鳴り響く。路地裏の奥で、二人の男たちが交互に拳をぶつけ合っていた。

まるでどこか間抜けなターン制の格闘ゲームのように。

[ジェイ] 昔のアンタは……空き缶でアンテナや、蚊取り線香の入れもんや、通信端末なんかを作ってた頃のアンタは……

[ジェイ] 俺が憧れる、「空き缶の魔術師」だった。あんなに賢くて頼りがいのあるアンタが……

[ジェイ] こんな道を歩んじゃなんねぇ!

[アーウェイ] 俺がどうして突然龍門を出てったか分かるか? お前は俺の家族が不慮の事故に遭ったとしか聞いてないはずだ。実際に何があったかなんて何も知らないだろ?

[アーウェイ] ある二組のヤクザが、シマを巡って大乱闘を繰り広げたんだ。上の連中が人をやって現場の後始末をしなきゃならんほどにな……

[アーウェイ] 俺の両親はたまたまそこに通りかかっただけなんだ。うちの家族とその二つの組とは何の関係もなかった。なのにどうして……

[アーウェイ] あの時現場の後始末を請け負ったのは誰だと思う? なぜあの時、お前に最後の別れも告げずに龍門を離れたと思う?

[ジェイ] まさか、董の親父さん……

[アーウェイ] *龍門スラング*! 何が「空き缶の魔術師」だ!

[アーウェイ] 龍門じゃあ空き缶なんて、ただ蹴飛ばされて、乾いた音を立てたらそのままゴミ箱に捨てられるだけの存在だ。

[アーウェイ] だが俺はお前を恨んじゃいない。ジェイ、お前も、董の親父だって関係ない。ただここが龍門だったってだけだ。「善悪なんてない、生きていけりゃそれで良い」のさ。

[アーウェイ] たとえお前に協力を断られたって、金が手に入った暁には、お前の魚団子スープの店をチェーン展開させてやろうと……元々俺はそう考えてたんだ。

[アーウェイ] その味を龍門の外に……尚蜀に、姜斉に、玉門に、ひいては外国にまで売り出してやろうと考えてたんだ。

ジェイは何発かまともに拳を食らい、ふらふらと壁まで後退った。何かを踏んだことにも気づかず、よろめきながら地面に倒れ込む。

[ジェイ] いらねぇよ。

[ジェイ] そんな金で手に入れた日常なんざ、落ち着かねぇや。

[ジェイ] アーウェイ、アンタが持ち込もうとしてるブツは、人を死なせちまうような毒物だってことは分かってんだよな?

[ジェイ] アンタがこの十何年で何を経験してきたのかは知らねぇが、きっと色んな生き方を試してきたはずだ。人にゃあ色んな生き方がある、そうだろ?

[ジェイ] 大金持ちなんぞになんなくたっていい。偉い人にだってなんなくてもいい。

[ジェイ] 龍門が変わっちまった、だって? スラム街も、埠頭も、公園も、水産物市場も……ここにゃ大勢の人間がいるが、他人を傷つけようとする奴なんざほとんどいねぇ。みんな一生懸命生きてんだ。

[ジェイ] アンタみてぇな頼れる男に、それができねぇはずねぇだろ?

[ジェイ] 俺も、力になっからよ……

[アーウェイ] ……

[ジェイ] はぁ、もう……疲れた。これ以上、舌も回んねぇや……

倒れて横向きになったジェイの額から一筋の血が流れ落ち、彼の目頭に少しずつ溜まっていく。

目の中に血が入らないよう、ジェイはググッとまばたきを数回繰り返した。元々の強面に青あざも相まって、顔つきがより凶悪になっていく。

[アーウェイ] ハァ――

[アーウェイ] 俺はもう行く。

男は足を踏み出すことができなかった。足下を見ると、目もろくに開けられない「弟分」が、彼の脚をがっしりと掴んでいる。

子供の頃と変わらず、口数は少なかったが、まるで岩のように頑固な男だった。

[アーウェイ] ジェイ、手を放せ。これ以上お前を傷つけたくはないんだ。

ジェイは答えなかったが、その手を緩めることもなかった。

男は歯を食いしばると、身を屈め、ジェイが腰に下げた袋から上物の出刃包丁を取り出した。

[アーウェイ] 恨むなよ。

直後、男は突然、自分とジェイが汚れた地面に顔を押し付け、互いに向かい合っていることに気が付いた。激しい衝撃で麻痺しているのだろうか、ひやりとした地面の冷たい感覚は感じなかった。

意識が途切れる寸前、彼はグシャグシャに凹んだ空き缶を視界の端に捉えた。先ほど自分の頭を直撃したのは、おそらくあれだろう。

[ワイフー] ふぅ――

[ワイフー] 良かった、間に合ったみたいですね。

[ホシグマ] 以上が事の次第です。

[ホシグマ] 密輸品はすべて回収しました。外部の密輸犯と現地の受取人も全員確保し、近衛局で取り調べを行っているところです。

[ユーシャ] お疲れ様でした、鬼の姉御。

[ホシグマ] いえ。そちらは……

[ユーシャ] 上流を断った後は、下流もきちんと締めないといけません。スラム街でブツを流そうと企んでいた連中は、とっくに調べをつけていましたから、ここに来るまでの間に「挨拶」を済ませてきました。

[ユーシャ] 部屋のゴミ掃除程度の雑務であれば、近衛局の手を煩わせることもありません。

[ホシグマ] ……

[ホシグマ] さすがは「紫色のリン」ですね。

[ユーシャ] それほどでも。父はまだ養生中ですし、ベッドから起こすわけにもいきませんから。

[ユーシャ] そういえば、聞いておくようにと頼まれてました。今回はジェイさんが近衛局に協力したそうですね。彼、どうでしたか?

[ホシグマ] 少し負傷をしましたが、大したケガじゃありません。

[ホシグマ] 彼は今回、大手柄でしたよ。彼がいなければ、密輸犯たちも埠頭での行動をあれほど早く決断できなかったでしょうし、我々がそこに網を集中させることもできませんでした。

[ホシグマ] ひとたび密輸ルートが分散され、ブツが龍門にわずかでも流入してしまえば、とてつもなく厄介な事態になってしまいますから。

[ユーシャ] その通りですね。

[ユーシャ] あのクラスの幻覚剤ともなると、それを欲しがる勢力はスラム街の外にもたくさんいるでしょう。最初の段階ですべて押収しておくに越したことはありません。

[ユーシャ] ですがジェイさんはあくまで一般人。父は董さんの気持ちを案じているのでしょう。この歳にもなって、もしものことがあれば……

[ホシグマ] はい、それも承知しております。ただ、今回は特殊なケースでして……ともかく、情報提供者の身の安全は近衛局が責任を持って保障しますから、安心してください。

[ホシグマ] そうだ、リンさんのお身体の調子はいかがですか?

[ユーシャ] まずまずってところですね。けど、もうさっそく散歩に出かけたいとか、古い友人を尋ねて碁でも打ちたいだとかで駄々をこねてまして……まったく困った人です。

[ホシグマ] フフッ。

[ワイフー] やっとお目覚めですか。

[ジェイ] 痛っ、いてて……

[ワイフー] そりゃ痛いですよね。顔面もこんなになっちゃって。

[ワイフー] 動いちゃダメですよ。今お薬を塗ってあげますからね。

[ジェイ] ……アーウェイは?

[ワイフー] 近衛局の人に担がれて、連れて行かれましたよ。

[ワイフー] そうだ、体が回復したら調書を取らせて欲しいので、近衛局に来てくださいって、ホシグマさんが。

[ジェイ] ……ああ。

[ワイフー] ヒーローにでもなったつもりですか?

[ワイフー] スパイの真似事なんかして……今回の密輸犯は本物の悪党ですよ。前回の叉焼幇みたいな小物と同じだと思ったんですか? 近衛局の人ですら、逮捕の過程でケガしたくらいなんですからね。

[ワイフー] どうして私に助けを求めようとしなかったんですか? 今回は本当に死んじゃうかもしれなかったんですよ! 分かってるんですか?

[ジェイ] ……分かってらぁ。

[ジェイ] (小声)だから巻き込みたくなかったんだよ……

[ワイフー] 何ブツブツ言ってるんです?

[ジェイ] 何でもねぇよ……そういや、リー先生の使いに行ってたんじゃないのか? 何でこんなとこに?

[ワイフー] あなたがいい加減なことを言うから、おかしいと――

[ワイフー] あっ、そうですよ! まだ聞いてませんでした。前に言ってた卒業祝いとか、メッセージだとか、一体なんのつもりだったんです?

[ジェイ] 卒業祝いはほんとに用意してたんだけどな……

[ジェイ] 何でいい加減だって決めつけっかねぇ……

[ワイフー] いい加減なのは卒業祝いのことじゃなく、誕生日の方です。

[ワイフー] 私の誕生日は土曜ではなく、日曜日です。誰でもなくあなたがそれを間違えるなんて、どう考えてもおかしいでしょ?

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