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独占インタビュー
ウィスラッシュは、引退して数年経った今も、自分の一挙手一投足に目を付ける記者がいることに気が付いた。
[ゾフィア] 『中央ジャーナル』、一部お願いね。
[新聞屋の店主] ……ゾフィアか? 久しぶりだな。
[ゾフィア] あら、アルなの? 君がまだ新聞屋をやってたなんて、こっちだってびっくりよ。
[アル] 常連たちのおかげさ、まだ潰れちゃいねぇよ――ところで、少し訊きたいことがあるんだが、最近しょっちゅう一面を飾ってる騎士はあんたの姪っ子かい?
[ゾフィア] マリアのこと? 姪って言わないで、あの子は妹同然なんだから!
[アル] ははっ、覚えておくよ。あの子と錆銅(しょうどう)との試合を見せてもらったが、あの粘り強さ、昔のあんたを思い出すぜ。
[ゾフィア] 私? マーガレットの間違いじゃなくて?
[アル] いやいや、間違いねぇって。
[ゾフィア] ……ふふっ、まあ、どうだっていいわ。所詮は過ぎた話だし。
[アル] 全くだな。見ろよこの紙面を。話題に上がるのは毎年違う奴だ。
[アル] 何年か前は血騎士のニュースで持ち切りだったってのによ、今年はもう新人騎士がぞろぞろと一面を飾ってるときた。
[ゾフィア] そうね。マリアも載ってたわ。
[アル] お前さんまでメディア連中につきまとわれてた時期もあったっけ……ん? 何か気になることでもあるのか?
[ゾフィア] 『シーズンタイムズ』……見たことのない新聞ね。新しく創刊したやつかしら。
[アル] 見てみろよこの見出し――『鞭刃(べんじん)騎士が教官として競技場に「復帰」。指導受けたマリア・ニアール、ブッチャー・イングラと引き分ける』。
[ゾフィア] まさか、未だに私の動向に興味を持つ記者がいるなんてね。先週私がマーケットで爆買いしたってニュースのつまらなさも、あいつらを追い払うには不十分だったみたい。
[アル] この頃のマスコミは段違いだ。ひと昔前まではせめて弁えってもんを知ってたし、蜜をすする程度にとどまってくれるが、今や腐肉を漁るケダモノにまでなり下がってるのさ。
[アル] ……けど、これを書いたやつはまだまともみたいだ。言い回しに工夫が凝らされてるし、文体も派手すぎず誠実さが伝わる。見ろよこのくだりを!
[ゾフィア] 「……鞭刃騎士の指導の下、ニアール家の若き期待の星は、競技場に独自の輝きを生み出すことができるのか?」
[ゾフィア] 「そして、鞭刃騎士は心機一転、新たな競争のレールに乗ることができるのか? 今後の活躍に大いに期待したいところだ。」
[ゾフィア] それなら……失望させることになるわ。私はただ、少しの間子供の面倒を見てるだけだから。
[アル] ついでにこれも一部買っていくか?
[ゾフィア] いいえ、結構よ。ここ最近、情報の波に押しつぶされちゃってうんざりなのよね。
[アル] そうか。じゃあまたな、ゾフィア。
[ゾフィア] 『中央ジャーナル』を一部お願い。
[アル] ……ゾフィアか? 久しぶりだな。
[ゾフィア] 君もとうとう騎士グッズを売り始めたのね、アル?
[アル] ああ。このマスコットなんて、こんなちっこいのに、売り上げときたら結構馬鹿にならねぇんだ。特に耀騎士のやつは、一日に六十個は売れる。新聞なんかせいぜい何部か売れればいい方だってのに。
[ゾフィア] マーガレットにお礼を伝えてあげてもいいわよ。あの子が知ったら喜ぶわ、きっと。
[アル] はははっ、それを言うなら、彼女に一番感謝しなきゃいけねぇのはあの地獄耳のマスコミどもだろ? 耀騎士が帰ってきたおかげで、奴らも相当なネタと売り上げを手にしただろうしな。
[ゾフィア] それなら私も感謝しないと。あの子が帰って来てなければ、マリアを次の試合までどう持ちこたえさせようか、未だに悩んでただろうし。
[ゾフィア] 今はだいぶ楽になったわ。そろそろ潮時だし、田舎に別荘でも買おうと思って下見してるところなの。もう少し落ち着いたら引っ越すつもりよ。
[アル] そんなこと言うなって。ここにゃあんたを気に掛ける人はまだまだいるんだぜ。見ろよ、これ。
[ゾフィア] 『シーズンタイムズ』……まだ出してたのね。
[アル] それどころか、あんたのニュースを掲載するための特別コラムをわざわざ作ってるんだ。ほら、ここだ。
[ゾフィア] 『鞭刃、マリアの指導を放棄し、昔の贅沢三昧の日々に舞い戻ろうと画策中』何よこれ……贅沢ってほどでもないと思うけど?
[アル] そりゃ比較対象によるだろ。
[ゾフィア] フン。
[アル] うーむ、見ろよこの記事。折角の才能を無駄にするのは惜しいって気持ちが、一字一句からにじみ出てやがる。
[ゾフィア] 読み上げてみてよ、アル。どんなものか聞かせて頂戴。
[アル] いいのか? この記者、かなり強い言葉を使ってるぞ。
[ゾフィア] 構わないわ。
[アル] そうかよ……えーと。
[アル] 「マリアがメジャー参加を辞退した後、鞭刃も教官として競技に復帰する道を諦めたようだ。これは非常に残念な選択だと言える。」
[アル] 「引退したことで騎士道精神をとっくに忘れ去ってしまい、蓄えた財産の上にあぐらをかく凡人になり下がったのだろうか。」
[ゾフィア] クスッ――
[アル] こんなこと書かれてんのに、よく笑ってられるな?
[ゾフィア] だって、こんな世間知らずの子供みたいな口ぶりよ? 腹を立てる気も起こらないわ。
[アル] ふっ、違いねぇ。
[ゾフィア] 戻さなくていいわ、アル。その新聞、買うから。
[アル] ああ。じゃあまたな、ゾフィア。
[ゾフィア] 『中央ジャーナル』を一部お願い。
[???] ゾフィア、久しぶりだな。
[ゾフィア] タイタス? どうしてここに?
[タイタス] 貴様こそなぜこんなところに? 新聞を買うくらいのことは従者にやらせるものと思っていたが。
[アル] おい、そこの若造――
[ゾフィア] いい。アル、私が話すわ。
[タイタス] (肩をすくめる)
[ゾフィア] タイタス、君ここ最近やたらとあちこち動き回ってるようだけど、何をしてるのかしら? ずいぶんと充実した引退生活を送っているみたいじゃない。
[タイタス] 貴様ほどじゃないさ。我らがチャンピオンたる耀騎士に支えられる生活は、さぞかし快適だろう……
[タイタス] いや違うな、忘れていたよ。あれだけ多くの営業イベントを断ったということは、チャンピオンの方が貴様に頼り切っているのかもしれんな。どうだ、最近はずいぶん忙しいのだろう?
[ゾフィア] 忙しいって分かってるなら、どうしてそんな下らない話を吹っかけてきたのかしら?
[タイタス] (口をゆがめる)
[タイタス] ……私は商業連合会にコネクションがあってね、試合後に……ある情報を耳にしたのだ。
[タイタス] 奴らは新設された区画に競技場を建てようと目論んでいるそうだ。そうなれば多分、近くに新たな商業エリアが誕生することになる。投資先としては悪くないと思うんだが。
[ゾフィア] 結構よ。
[タイタス] まだ話は終わって――
[ゾフィア] お断りさせてもらうわ。
[タイタス] ゾフィア、いくら財産があると言っても、今のままではいつか底をついてしまうぞ。確か去年、何人もの召使いをクビにしたそうじゃないか。ふん、奴らの使い込んだ金は相当の痛手だったはずだ。
[ゾフィア] 君には関係のない話よ。
[タイタス] ……チッ、考えを変える気がないというのなら、もうこの会話に意味は無いな。
[タイタス] 最後に、親切心から一つ忠告する。ゾフィア、貴様はまだ若い……
[ゾフィア] 言いたいことがあるならはっきり言いなさい。
[タイタス] ……とにかく、自分の進退についてよく考えるといい。
[ゾフィア] お気遣いには感謝するわ。じゃあさよなら。
[アル] 若造、帰る前に新聞でも買っていかねぇか?
[タイタス] ……ふん。
[アル] 耀騎士が優勝してから、色んな奴が訪ねてきやがるな。
[ゾフィア] マーガレットねぇ……ハァ、放っておくわけにもいかないし。
[アル] あんた、ここ何年かはずっとニアール家の子たちのことで頭いっぱいみてぇだな。どうだ、大丈夫か?
[ゾフィア] 一緒に育ってきた仲だもの。一家のルーツだって……
[ゾフィア] ちょっと、アル? 今何か隠さなかった?
[アル] ゴホンッ、いや、何でも。
[ゾフィア] いいから出しなさい。
[アル] 本当に何でもねぇって。
[ゾフィア] 出しなさいったら!
[アル] はいはい、分かった……ほら、例のガキが書いてるコラムだよ。怒るなよ? あんな奴、何も分かっちゃいねぇんだから。
[ゾフィア] ……
そのコラムに文章はなく、大きな写真が紙面の全体を占めていた。
そこには決勝戦の観客席に座るゾフィアの姿が写っていた。心配と不安、そして誇らしげな気持ちが入り混じる複雑な表情が、カメラのレンズによって鮮明に捉えられている。
そのレンズの慧眼は、彼女の目の中に見えるごく僅かな羨望の感情さえも、逃さず写し取っていた。
写真の上に書かれた大きな黒文字のタイトルが目を引く――
『ニアール家の最も優秀な従者』
[ゾフィア] 度胸のある子じゃない……
[アル] ゾフィア……
ゾフィアは隣に置かれた新聞を引き寄せ、写真の半分を覆い隠す。観客席に座る女性の顔は見えなくなり、ただ競技場の上で光り輝く騎士だけが残された。
[ゾフィア] またね、アル。
[???] ゾフィア様、ゾフィア様!
[ゾフィア] ……誰? 私、いまどこに……?
[???] 気付かれたのですね! あぁ、よかった……もう、びっくりしましたよ! どうして茂みの中で寝てるんですか!
[ゾフィア] うぅ、昨日羽目を外し過ぎて……あんなに飲んだのは久しぶりだわ……リリー、手を貸して頂戴。
[使用人] はい、気を付けてくださいね。
[ゾフィア] みんなはもう帰ったの?
[使用人] はい。マーガレット様もマリア様もパーティーの途中で酔ってしまわれて。執事が今朝車を手配してお屋敷までお送りしました。
[ゾフィア] ムリナールは?
[使用人] お忘れになったのですか? ムリナール様はパーティーの後半にもさしかからない内にお帰りになられましたよ。
[ゾフィア] ……私、その時にはもうだいぶ飲んじゃってたみたいね。
[使用人] はい、あんなに飲みっぷりのいいゾフィア様を見たのは久しぶりでしたよ。
[ゾフィア] マーガレットのための打ち上げだもの……
[使用人] もう、ゾフィア様ったら……私の肩につかまっててください。寝室に行きますよ――
[ゾフィア] 待って。
[ゾフィア] そこにいるのは誰? 出て来なさい!
[若い記者] 放して! 放せ!!
[使用人] あなた、記者? どこから入ってきたんですか!? ゾフィア様、すぐにでも通報いたしましょうか。
[ゾフィア] 大丈夫よ、先に戻ってなさい。
[使用人] ですが……
[ゾフィア] 安心して。この子は私が直々につまみ出しておくから。
[使用人] 承知いたしました……必要とあらばいつでもお呼びください!
[ゾフィア] 君、いくつ? 十五? それとも十六かしら?
[若い記者] 私はもう成人してます!
[ゾフィア] 『シーズンタイムズ』……君、あの新聞の記者なのね。
[若い記者] 名札、返していただけますか。
[ゾフィア] 住居侵入は犯罪よ、分かってるわよね?
[若い記者] それは、大変申し訳ありません……私はただ……
[ゾフィア] フン……
[ゾフィア] ま、その勇気に免じてあげるわ。何か訊きたいことがあるのなら、この際全部訊いちゃいなさいよ。
[ゾフィア] どうかしたのかしら? 人様の家に押しかける度胸はあるのに、その家のソファに座る度胸はないっていうの?
[若い記者] いえ、その……
[ゾフィア] いいから掛けなさい。
[ゾフィア] インタビューってことにしていいわよ。質問だって、だいぶ前から準備してきたんでしょう?
[若い記者] ……私はまだ新人で、インタビューの経験はありません。
[ゾフィア] じゃあちょうどいいじゃない。この機会に練習なさい。
[若い記者] えと……ごめんなさい、つい衝動的にお宅に押し入ってしまって。刑務所行きでも賠償でも何でも受け入れますから――
[ゾフィア] 普通、インタビューっていうのは自己紹介から始めるものよ。今回は私が手本を見せてあげるわ。
[若い記者] あの……
[ゾフィア] 私はゾフィア。元鞭刃騎士で、あの耀騎士とマリアの姉――正確に言えばその子たちの「叔母」にあたるんだけど、まあ好きに呼んでくれて構わないわ。
[ゾフィア] あと、ゴールデンパーム銀行の上客であり、スターライトストリートに展開する各店舗の超VIP、不動産屋の大口顧客……それからもう一つ、時々ゴシップ紙に目を付けられるセレブでもあるわね。
[若い記者] やめてください……
[ゾフィア] ふーん、じゃあ、君の目に映る私はどんな人間?
[若い記者] あなたが出た試合の録画は全てチェックしてあるんです。それから関連記事も一つ残らず読んでいます……時期によって様々な姿を見せる人、それがあなただと私は思います。
[ゾフィア] それじゃあ、一番深く印象に残ってる姿から話してくれるかしら?
[若い記者] えーと……あっ、ありました、この写真です……この時はちょうどマリアさんみたいに、髪を後ろで一本に束ねてましたね。
[若い記者] 耀騎士が去った後、ニアール家は一気に衰退していきましたが、そんな中であなたは彼女に代わって全てを挽回すべく、競技場へと上がり……その当時の写真を今も残してあるんですよ。
[ゾフィア] そんな昔のこと……こんな写真、私だって持ってないわ。
[ゾフィア] その通りね。マーガレットは他所へ行っちゃうし、ムリナールは騎士ではなく、ネクタイを締めてデスクに向かう仕事を選んだ。だから、私が立ち上がって背負うしかなかったのよ。
[若い記者] それは、ただニアール家のために、ですか?
[ゾフィア] もちろん違うわ。耀騎士の光を浴びてみなさい。誰だって胸が熱くなるわ。それで私も剣を取り、カジミエーシュを覆う暗い影を自分の力で切り裂いてみたくなっちゃったのよ。
[若い記者] しかしそれは叶わなかった……
[ゾフィア] ちょっと、この写真一体どこで手に入れたのよ。こんなもの今すぐ破毀なさい! みっともないったらありゃしない!
[若い記者] ダメです! 手に入れるのにすっごく苦労した写真なんですから!
[ゾフィア] 君たち若い子って、ほんとわけがわからないわね。騎士がボコボコにされてる写真なんて、苦労して集める価値がどこにあるっていうの?
[若い記者] これはあなたの最後の試合の写真なんです! 亀裂騎士に敗れて十六強止まりで敗退して以降、あなたが競技場に姿を見せることは二度とありませんでした……
[ゾフィア] 左手を負傷しちゃったからね。
[若い記者] それでも、この時は右手で最後まで応戦していました。
[ゾフィア] 君に言われるまで忘れてたわ! 思い出させてくれてどうもありがとね!
[若い記者] ご、ごめんなさい。
[ゾフィア] いいえ、気にしないで……引退を決意したのは負傷だけが原因でもないから。それよりももっと深いわけがあったの……当時の私には考えも及ばないほどの闇がね。
[ゾフィア] 今思えば、大半は失望からきたのでしょうね。騎士競技の華やかさの裏には、汚い面がある。わかってたつもりだった。それでも実際に触れてしまった後では、続けていく気持ちなんてもうとても……
[ゾフィア] 周囲にはびこる暗闇を、尽きることのない光で打ち払い続ける……そんな耀騎士みたいなことは、誰にでもできるわけじゃないわ。
[ゾフィア] ほとんどの人は、どう足掻こうとも夜が明ける前に倒れてしまう。たとえ剣を空高く掲げようと、そんなのは果てしない闇に向けて素振りをするみたいなものよ。
[若い記者] ですがあなたは今もまだ、マリア・ニアールさんを指導し、彼女が競技場で輝きを放つ手助けをしているじゃありませんか。
[ゾフィア] 私はただ、暗闇の中で生きる術を教えただけよ……
[ゾフィア] 自分にもできなかったことを、他人に教えるなんて出来っこないですもの。
[若い記者] それってつまり……?
[ゾフィア] あの子は、自身の力によって成し遂げたってことよ。
[ゾフィア] マリアにも、マーガレットにも……心から感服しているわ。
[若い記者] 少なくとも……彼女たちが成し遂げたことを、あなたは嬉しく思っている……それだけでも知れて良かったです。『競技新聞』で報じられてた通り、本当に彼女たちを誇りに思っているんですね。
[ゾフィア] もちろん、だって私は「ニアール家の最も優秀な従者」ですもの。たしか『シーズンタイムズ』の評価だったわよね? ごもっともだわ。
[若い記者] ……あれは、一時の衝動に駆られただけで。
[ゾフィア] (首を横に振る)ふふっ、安心して頂戴。あんな言葉、真に受けたことなんてないから。
[若い記者] いいえ、あなたの表情はそうではありませんでした。私はしかとこの目で見たのです。あの日新聞屋さんでいつもと違う顔をしていたあなたを。
[ゾフィア] 何だか聞き捨てならないセリフね……君、一体いつから私のことをストーキングしてたわけ?
[若い記者] スト……取材を始めたのはここ数ヶ月ですけど、あなたに「注目」し始めてからは、もう六年と二十八日が経ちます。
[ゾフィア] ……君、いずれ牢屋にぶち込まれるわよ。
[若い記者] はい。ですが、記者としては最高の栄誉を得られます。
[ゾフィア] ……
[ゾフィア] ……まあいいわ、そんなのどうでも。話を戻しましょうか。
[ゾフィア] その写真を見た瞬間、自分自身でもずっと確信を持てなかったことが急に分かった感じがしたの。
[ゾフィア] マーガレットを羨んでいたのは認めるわ。けど、彼女のどこが羨ましかったのかがずっと分からなかった。実力か、アーツの技術か、ペガサスの地位か……あるいは、「ニアール」という名前なのか。
[若い記者] しかしそのどれでもなかった。あなたはそんなことで耀騎士を羨むような人じゃありませんから。
[ゾフィア] ええ。
[ゾフィア] 私はただ、やりきれなかっただけなのよ。彼女のように少しも後ろを振り返らず、苦難と闇を畏れることなく、一つの目標へ向かってひた走り続ける……それができない自分に対してね。
[若い記者] ……競技への復帰について、考えたことはありますか?
[ゾフィア] 死んでもごめんだわ。
[若い記者] では……競技場での日々を懐かしいと思ったことは?
[ゾフィア] うーん……
[ゾフィア] 少なくともあの時は、自分がやりたいことを理解していたからね。
[若い記者] ……以上の内容を、文章に起こして記事にしても構いませんでしょうか?
[ゾフィア] 好きになさい。私は気にしないし、私が気にかけてる人たちも多分気にしないはずよ。
[若い記者] 来週、『シーズンタイムズ』を買って読んでくれますか?
[ゾフィア] 来週のことなんてわからないわ。
[若い記者] 『中央ジャーナル』を一部お願いします。
[アル] ほらよ嬢ちゃん。近頃はあんたみたいに新聞を読む人間もめっきり少なくなっちまったもんだぜ――
[若い記者] 無駄話が多いと嫌われますよ。おじさん。
[アル] はっ、割と古風なタイプだな。人を待ってる間に新聞を買うなんていうやつは。
[若い記者] 誰のことです?
[アル] あいつをずっと追いかけまわしてるあんたのことさ。コートの裏に隠してるカメラがバレてないとでも思ったのか? ほら、待ち人が現れたぞ。
見慣れた姿を目にした記者は一瞬躊躇したものの、すぐに大通りの向かい側にいる女性に向かってカメラを構えた。
女性は右手に買ったばかりのコーヒーを持っている。カップからは湯気がもうもうと立ち上っていた。
その女性は車の傍まで来ると、コーヒーカップを左手に持ち替え、鞄の中の鍵を探る。不自由な左手に、コーヒーの熱さも相まって、危なかっしい姿勢でカップを強く握り締めざるを得ないようだ。
困っている様子の彼女を見た通行人が手を貸そうと歩み寄ったが、彼女はそれを丁重に断った。
苦しげに歯を食いしばりながら鍵を探す女性を見て、記者は思わずカメラを握る手に力が入った。
かつてビデオで見た女性も、同じ表情で数々の強敵に立ち向かっていたことを思い出した。
歯痒い思いでしばらく待ち続けていると、女性はついに鞄の中から鍵束を見つけて取り出した。
[若い記者] ……
[アル] なんだ? カメラをしまいだして……撮らないのかい?
[若い記者] その必要がなくなりましたから。
[アル] そりゃまたなぜ。
[若い記者] もう見つけたからですよ。
[アル] はい?
[若い記者] 鍵束は、鞄の中に眠ってるだけなんです。そして彼女なら、遅かれ早かれ、それを見つけることができるのです。
[アル] はぁ?
[若い記者] ふふっ、はーはははっ――
[アル] おい、嬢ちゃん気を付けろ! 手放し運転は危ねぇって!
[若い記者] またね、おじさん!
[アル] へっ、何だあの小娘?
[???] こんばんは、アル。
[アル] よぉ、今日も『中央ジャーナル』か?
[ゾフィア] いえ、今日は『シーズンタイムズ』を一部お願いするわ。
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