aklib_story_終の道

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終の道

ゴドズィンが未だにロンディニウムの戦乱の影に覆われていた頃、ロドスの情報員であるクエルクスは、専ら医者としてキャンプ地へ逃れてきた難民への医療援助活動に従事していた。そんなある日、戦死したクエルクスの戦友の弟と自称する男が突如現れ、ナイフをクエルクスの喉元に突きつけたのであった。


我らが尊き犠牲者の後に続くのは、そこに生への狭き道があるからである。

恐れず前へと進め! 敵を生きながらにして呑み込んで征くのだ!

尊き犠牲者の姿を心に刻み、諸君の揺れ動く勇気を不動なるものにせよ。

実直なる者たちよ、恐れることはない!

奴らの宝物を奪い、諸君の家屋を満たすのだ。

すべては公爵のために!

すべてはヴィクトリアのために!

──ロンディニウムにて。とある戦争の開戦前演説より抜粋

1098年 冬

カレドンシティ

[グラニ] クエルクスっ!

[グラニ] カレドン騎馬警察の命に従い、今すぐ休息を取りなさい! これが最終通告だからね!

[グラニ] 速やかに休んで、この先二十四時間は一歩たりとも難民キャンプに近づかないように!

[クエルクス] はぁ……騎馬警察のグラニさん。お言葉だけどね――

[クエルクス] このタイミングで医者の手助けを拒むのは賢明じゃないよ。

騎馬警察グラニ――彼女が私のもとへやってきたのはつい先日のことだった。ロンディニウムから来た難民たちのために、簡単な医療援助をしてほしいと彼女は言った。

しかし私たちはすぐに、「簡単な医療援助」ではどうにもならないことを思い知らされたのだった……

[グラニ] だってきみ、初日からずーっとキャンプで働きづめでしょ。

[グラニ] だから今日こそはしっかり休まないとダメなの!

[クエルクス] そうは言ってもね……わかってるだろうけど、難民のみんなに足りてないのは衣服や食料、水だけじゃないんだよ。

[クエルクス] 市内の医者はほとんど召集されちゃったから、私が頑張らないと。公爵も難民のことにはあまり頭を使いたくないみたいだしね。

[クエルクス] ……公爵が難民の受け入れに同意したのは、単に余計な騒動を起こさないために過ぎないんだから。

[グラニ] だとしても、もしきみまで倒れちゃったら……

[グラニ] あたしは誰に助けを求めればいいのさ?

[グラニ] それに、倒れた君は誰が治療するの?

[クエルクス] やれやれ……

[クエルクス] 君、このドルイドの医者を甘く見すぎじゃない?

[クエルクス] 自分の限界ぐらいちゃんと分かってるよ。

[グラニ] でもあたしにはわからないもん。

[グラニ] きみを閉じ込めてでもしっかり睡眠をとってもらうんだから。

[クエルクス] そんなことされたら心配で余計に眠れないよ。

[クエルクス] 二十四時間もあれば、きっと色んなことが起きるから……

[グラニ] ダーメ! こればっかりは相談の余地はないからね。

[クエルクス?] はぁ……

[クエルクス?] 英雄にでもなるつもり?

[クエルクス] ……また出た。

こいつはいつもこういうタイミングで現れては、私を嘲笑ってくるのだ。

[クエルクス?] あんたが一分一秒を惜しんで難民たちを治療したとして、それが一体何になるっていうの?

[クエルクス?] 全員を救えるはずなんてないのにね。

[クエルクス] いくら言っても私には響かないよ。

[クエルクス] 英雄になるつもりだってない。そんなこと考えたこともないから。

[クエルクス] 私はただ、自分にできることを全力でやってるだけ……

ダンボールの上に横たわって微動だにしないフェリーンは、ただ疲れて眠っているだけなのか、それとも――。そんなことを確かめる余裕などなかった。

泣き叫ぶ幼子が、恐怖に駆り立てられて逃げる人々とは反対の方向へとふらふら歩いていき、やがて大地の懐に抱かれる様子を……

私はそこでじっと眺めていることしかできなかった。

[クエルクス?] できることを全力で、ねぇ……

[クエルクス?] 自分にそう言い聞かせてれば、気が楽になるのかな?

[クエルクス] ……

[クエルクス] もう黙ってて。

[クエルクス?] 黙ったって、私はいなくならないよ。

[クエルクス?] 今でも自分の無力さを認めたくないんでしょう?

[クエルクス?] 自分の手の中で命が消えてしまうのを、今でもずっとずーっと恐れてるんだ。

[クエルクス?] ……あの時みたいにね。

[クエルクス] あの時は……違う!

[クエルクス] 絶対に違うッ!

こいつに構ってる時間なんてない。

私にはやるべきことがたくさん残ってるんだから。

[グラニ] ……クエルクス? どうしたの?

[クエルクス] グラニ、一つ頼まれてくれる? 都市の外に用事があって……

[グラニ] あたしを引き剥がそうとしても無駄だよ。

[グラニ] 何があってもここできみを見張っておくつもりだからね。

[クエルクス] 違う違う。足りない薬をクルビアから調達できそうなんだ。明日の朝にカラドンシティの外で傭兵と落ち合うことになってるんだけど……

[クエルクス] 君は騎馬警察だから、都市の出入りで捜索隊に疑われることはないだろうし、適任かなって。

[クエルクス] 医薬品の重要性は君もわかってるでしょ。

[グラニ] ……

[グラニ] わかった。けどきみはここから一歩も出ちゃダメだからね!

ゴドズィンの憲兵が、難民キャンプのような危険地帯を軽んじるはずはない。

彼らは抜き打ちでやって来て、そこに紛れ込んでいる脱走兵を捕らえるだろう。

あるいは……

「脱走兵になり得る人物」なら誰でも良いのかもしれない。

たとえ、それがどれだけ痩せ衰えた難民であろうとも。

[クエルクス?] 聞きたくなくても言わせてもらうよ。

[クエルクス?] あの人たちにとって、生き延びるのは本当に喜ばしいことなの?

[クエルクス?] 苦痛、飢え、刀傷、恨み、嫉妬……

[クエルクス?] そういうものが毎日、一分一秒絶え間なく襲い来る……

[クエルクス?] それに比べたら、死は必ずしも恐ろしいものじゃない……違う?

[クエルクス] 医者の口からそんな言葉が出るだなんて、本当に虫唾が走るよ。

[クエルクス?] 医者なのはそっちだけでしょ。

[クエルクス?] 私は、ヴィクトリアの軍人だよ。

[クエルクス] ……

[クエルクス] そんな肩書きはとっくに捨てたよ。

[クエルクス?] だけど今でも忘れられないんでしょ。

[クエルクス] そんなのどうだっていいよ。

[クエルクス?] 停電かな。

[クエルクス] ……

[クエルクス?] こんな静けさはいつぶりだっけ……

[クエルクス?] あぁ、あんたが私に同じようなことを訊いてきた時以来だね。

[クエルクス] 私が君に? 何を?

[クエルクス?] 「祝福されなかった命」について。

[クエルクス?] それから、「恐ろしくない死」について。

[クエルクス?] さっき私が言ったようなことを、君は訊いてきたんだよ。

[クエルクス] ……

暗闇の中に、懐かしい気配を感じた。

[クエルクス] フォレスタル。

[クエルクス?] 思い出した?

[クエルクス] いるんだね、彼がここに。

[クエルクス?] ……

[クエルクス?] フォレスタル!

[クエルクス?] しっかりしなさい!

まったくもって無意味な戦いだった。

私はここで、すべての戦友を失った。

[フォレスタル] うぐっ!

[フォレスタル] ゲホッ……隊長……

[フォレスタル] 俺……もうダメみたいっす……

[クエルクス?] 気を強く持ちなさい。弱音を吐いてる場合じゃないでしょう。

[クエルクス?] この廃墟さえ抜ければ、私たちは逃げ切れるんだから。

[フォレスタル] ゲホッ……隊長……

[クエルクス?] フォレスタル伍長!

[クエルクス?] 命令よ、起き上がりなさい!

[クエルクス?] 私が背負ってあげるから。

[クエルクス] かなりの重傷みたいだね。

この血も涙もない奴は、いつだって場違いなことを言い出す。

[クエルクス?] 黙ってて! あんたの言葉なんか聞きたくない。

[クエルクス?] 私の部下なんだから……必ず連れ帰ってみせる!

[クエルクス] 連れ帰る?

[クエルクス] ここで死ねば、英雄と称されるんだよ。

[クエルクス] だけど戦争という名の炉は、ただひたすら燃え盛るだけ――

[クエルクス] そしてフォレスタルのような若者たちが、次々とその炉の中に投げ込まれていくだけなんだ。

[クエルクス?] 無駄口叩いている暇があるんだったら、フォレスタルの傷をなんとかしてよ!

[クエルクス] 止血ぐらいはできるけど、命までは救えない。

[クエルクス] 君が何としてでもその人を生還させたいのはわかるよ。

[クエルクス] ……戦争を引き起こした連中の化けの皮を剥がして、彼らが招いた結果を見せつけたいんでしょう?

[クエルクス] それから、丁寧に飾り立てられた栄誉という名の毒リンゴを、それを齧った子供たちの口から掻きだすみたいに……

[クエルクス?] もういい!

[クエルクス?] そうだよ! それが私のエゴだよ! だったら何だって言うの!?

[クエルクス] でも……最後に故郷へ戻れるのは、君一人だけ。

[クエルクス] すべての汚名を背負わされて、故郷に帰るんだ。

[クエルクス] 誰も君の「物語」に耳を傾けてはくれないよ。

[クエルクス] 故郷の子供たちにとって、英雄の伝説は残酷な現実よりも遥かに魅力的だし――

[クエルクス] 君はバーにいる男たちの目を惹きつけられるものを持っているわけでもない。

[クエルクス] それに、戦争を引き起こした連中にしたって、君が大切なカーペットに火の粉を散らしたって責め立てるだけだろうね。

[クエルクス?] もういい! うるさい……うるさい! 黙れッ!

[クエルクス] 君は……

[クエルクス?] 黙れって言ってるでしょっ!

[クエルクス] フォレスタル……

[見知らぬ男] ……兄貴の名前を覚えてるなんてな。

目の前に現れた人物を見て、私は少しの間呆然としていた。

それは、ナイフが私の喉元へと突きつけられているからではなく、その姿があまりにもあの子に似すぎていたからだ。

彼は誰にも見つからず、ここの場所に身を潜めていた。

私はそれを知っていた――大地の目を欺くことなど、誰にもできないのだ。

しかし私は、そのことをグラニには伝えなかった。

[見知らぬ男] 見間違うはずがねぇ。兄貴の戦死公報を持って来たのはたしかにお前だった。

[見知らぬ男] そっちは俺らみたいな人間のことはほとんど覚えちゃいねぇんだろうけどな。

[見知らぬ男] なんせ難民キャンプでお前を見かけてから、俺は何日間も観察してきたってのに、俺に気付いた素振りは一切見せなかったからな。

[クエルクス] ……

[見知らぬ男] そんで、今はお医者さんをやってますってか?

[見知らぬ男] あのフェリーンが涙を垂らしながらお前に感謝してるところとか、お前に助けられた女の子が満面の笑みを浮かべてるのを……俺も見てたよ。

[見知らぬ男] さぞ嬉しかったんだろうな?

[見知らぬ男] このクソが! *ヴィクトリアスラング*!

[クエルクス?] 嘆き、慟哭、そして悲鳴……

[クエルクス] 大地の根元は、もう枯れ果ててしまったのかな。

[クエルクス?] 私の耳に届くのはそういうものばかり……

[クエルクス] なんて息苦しいんだろうね。

[見知らぬ男] 贖罪するのはずいぶん気持ちいいんだろうな。

[見知らぬ男] だがな……俺の兄貴はもう死んじまったんだぞ!

[見知らぬ男] 今さらてめぇの都合で贖罪したところで、何の意味もねぇんだよ!

[クエルクス?] 何をしたの!?

[クエルクス] 別に何も……私には何もできないよ。

[フォレスタル] 隊長……もう俺を殺してください。

[フォレスタル] 足を失くした姿なんて、母ちゃんに見せたくないんです……

[フォレスタル] それと、俺の弟にも……あいつはずっと、俺を誇りに思っててくれたから……

[フォレスタル] それに噂じゃ……死んだ兵士の家族には、俺たちの報酬よりもずっとたくさんの金が入るらしいじゃないですか……

[クエルクス] ほら。

[クエルクス] 今のフォレスタルにとっては……生き延びるのは必ずしも喜ばしいことじゃないんだよ。

[クエルクス] 死ぬことだって、もうそれほど恐ろしいことじゃないんだろうね。

[クエルクス?] ……

[フォレスタル] た、隊長! えっと……

[フォレスタル] どうか帰ったら……俺が大活躍した話を……俺の一番カッコよかったところをみんなに話してやってください!

[フォレスタル] へへ……

[フォレスタル] 弟の俺へのイメージを崩すわけにはいきませんから。

[クエルクス] フッ、結局のところ……

[クエルクス] フォレスタルも模範的な英雄になっちゃうんだ。

[クエルクス?] 死にたいはずなんてないよ。

[クエルクス?] ただ、生き残るのが怖いだけなんだ……

[フォレスタル] さぁ隊長、ひと思いにやってください。

[フォレスタル] 本当は自分でもわかってますから。足を失くした俺は……ただの足手まといだって。

[フォレスタル] だから……

[フォレスタル] こういう最期もいいかなって……

[クエルクス?] もういい!

[クエルクス?] これ以上喋らないで!

[クエルクス] 私に言ってるの?

ま、待ってください! 隊長!

死にたくない……!

家に……帰りたい……

[クエルクス] 願わくば、命が永く栄えんことを。

[見知らぬ男] おいてめぇ!

[見知らぬ男] 何黙りこくってやがるんだ! 何とか言ってみろよ!

[クエルクス] 君はフォレスタルの弟の……ミケルだね。

[クエルクス] 私の記憶が確かなら、君は今頃ロンディニウムの前線──ゴドズィン公爵の軍にいるはず……

[クエルクス] つまり君は……

[ミケル] そうさ、今の俺は脱走兵ってこった。

[ミケル] 告発したきゃすればいいさ。

[クエルクス] だけど見つかるリスクを負ってでも私の前に現れたってことは……なにか考えがあってのことでしょう。

[ミケル] ……

[ミケル] 俺だって他に選択肢がありゃ、お前には……お前にだけは会いたくなかったよ。

もし、フォレスタルはまだ生きていて――

今こうして私の前に現れたと思い込むことができたならば、どれほど良かっただろうか。

だけど私は、自分を欺くことはできなかった。

[クエルクス?] あんたがフォレスタルを殺した。

[クエルクス] ほかに選択肢はなかったんだ。

[クエルクス?] ただ、あんたに憐れんでほしかっただけかもしれないのに……

[クエルクス] でも、安らかに逝ったよ。

[クエルクス?] だから、あんたが殺したって言ってるんでしょう!

[クエルクス] 話はそれだけ?

[ミケル] まだ終わってねぇよ!

[ミケル] *ヴィクトリアスラング*!

[ミケル] 今すぐにでもお前を殺してやりてぇよ!

[クエルクス] それで……私は何をすればいいの?

ミケルの戦友を含め、捕縛された脱走兵たちは全員カラドンシティの西側に収監されているそうだ。

ミケルは彼らの救出に手を貸せと言ってきた。

そこで私は、まず彼を私の店の従業員に扮装させたのだった。

――花屋の店員に。

そう、花屋の店員に、だ。

[ミケル] じゃあ、俺たちが前線で命を懸けて戦ってた時に……

[ミケル] あのクソ野郎どもはここでこんなことをしてたってわけか。

[ミケル] 景気よく祝勝パーティってか?

[クエルクス] そうだね。

[ミケル] *ヴィクトリアスラング*!

[ミケル] それをお前は、文句の一つも言わずに見てたんだな?

[クエルクス] ……

この花たちと引換えに、お偉いさんの難民キャンプへ対する黙認を手に入れることができた。

基本的な物資も手に入ったし……

必要となる特権や……

数多くの人命とも交換できた。

[ミケル] こんな花で?

[クエルクス] まぁ、花だけじゃないけどね。

[クエルクス] でもたしかに、この花たちがなかったらうまくいってなかったと思うよ。

[ミケル] ……

[クエルクス?] あんたはいつまでも滑稽な幻想に囚われたままなんだね。

[クエルクス] 自分のすべきことをはっきり理解してるだけだよ。

[クエルクス?] 難民キャンプだって、連中が気まぐれで子供たちに与えてやったおもちゃに過ぎないさ。

[クエルクス?] 連中は今のところ、あんたに医者の役割を与えて、難民たちを砂のお城に匿ってやってるけど……

[クエルクス?] やろうと思えば、明日にでも君に砂のお城を崩すように命令して、全員を生き埋めにしてしまうことだってできるんだよ。

[クエルクス?] 難民たちじゃ大きな反乱なんて起こせっこないから、連中の好き放題がまかり通るってわけ。

[クエルクス] 私は医者だよ。

[クエルクス] 命令されたって、人を殺すようなことはしない。

[クエルクス?] だけど、もし他の人がやったら?

[クエルクス] その場合は、ヴィクトリアの一軍人としてどうすべきか……自分自身に訊いてみたらどう。

[クエルクス?] じゃあもしフォレスタルの時と同じことが起こったら……

[クエルクス?] 難民たちがあんたに懇願してきたら……どうするの?

[クエルクス] ……

[クエルクス?] 怖いんでしょう? 難民キャンプに入った日からずっとずっと……

[クエルクス?] もし戦争が続いていくなら……もし難民たちが人生に希望を持てなくなってしまったら……

[クエルクス?] そして、もし命というものが尊重されなくなったら――

[クエルクス?] そういうことは必ず起こる。

[クエルクス?] そしてそれが、一回限りでは終わらないこともよくわかってて……あんたはずっと恐れてるんだ。

[クエルクス?] その時はどうするつもり? クエルクス先生。

[クエルクス] ……

[ミケル] 前の方で捜索隊が検査してやがるぞ!

[ミケル] おい、どうすんだよ!?

[ミケル] *ヴィクトリアスラング*!

どんよりとした雰囲気に覆われ、疲弊しきった人たちばかりのぬかるんだ街中で、これほど多くの花を持ち運んでいれば悪目立ちしないはずはなかった。

[クエルクス] 慌てないで。

[クエルクス] 普通にしてれば怪しまれないはずだから。

捜索隊だってバカじゃない。自分から面倒事に首を突っ込むなんてことはしないはずだ。

何せ、この時期にこれほど多くの花でパーティを飾り立てる必要がある人間なんて限られているからだ。その妨げになるようなことはしないだろう。

[ミケル] くっ……

[ミケル] おい、もっと急げよ。

[クエルクス] そんなに慌てて……もしかしてまだ私が君を通報するかもって思ってるの?

[ミケル] いや……難民キャンプでずっとお前を観察してきたが、お前がそんなことをする人間には思えねぇよ。

[ミケル] だからこそ俺は賭けに出たんだ。

[クエルクス] でも――

[ミケル] 何も言うな。自分のやってることぐらい分かってる。

[ミケル] だからってお前を信用してるわけじゃねぇけどな。

[ミケル] お前が死ぬほど憎いのは変わらねぇよ。

[クエルクス] ……一つ忠告しておきたかっただけだよ。そんなオドオドしてたら捜索隊に怪しまれるだけだよってね。

[ミケル] ……

[ミケル] お前に心配される筋合いはねぇよ。

[捜索隊兵士A] 静かにしてろ! 何をギャーギャー騒いでやがるんだ!

[捜索隊兵士A] ったく、死に損ないのゴミどもが……

[捜索隊兵士B] それより、何か部屋ん中が息苦しくないか?

[捜索隊兵士B] しかも、なんていうか……

[捜索隊兵士A] 何だか……いい匂いがするぞ?

生命に、今一度大地のご加護があらんことを……

[捜索隊兵士A] おい、あれ見ろ!

[捜索隊兵士A] ダクトのところだ!

[捜索隊兵士B] えっ?

[捜索隊兵士B] あれは……花か?

慈悲深き大地よ、迷える子たちをその抱擁にて鎮めたまえ……

[捜索隊兵士A] うっ……

[捜索隊兵士B] どう……なってるんだ……

[クエルクス] もう出てきて大丈夫だよ。

[クエルクス] さぁ、君の戦友を探しに行こう。

[ミケル] こんなアーツは初めて見たぜ。

[クエルクス] 私の故郷に伝わる、ちょっとしたお家芸みたいなものだよ。

[ミケル] じゃあ、こいつらはどうなったんだ……?

[クエルクス] ただ眠ってもらっただけ。

[クエルクス] 人を救出してここから脱出するくらいの時間だったら、これで充分稼げるはず。

[ミケル] フンッ……

あの一瞬、ミケルが何を考えていたかは大体予想がついた。

それでも彼は、結局ナイフを抜かなかった……

やはり彼は、あまりにも兄に似すぎている。

しかし結局、人も、場所も、身分も、すべてが違っていた。

[狼狽える脱走兵] ミケル!?

[痩せ細った脱走兵] お前どうやってここに?

[ミケル] 話は後だ。とにかくお前らを助けに来たんだよ。

[ミケル] さっさと逃げるぞ!

[痩せ細った脱走兵] やるじゃねぇかミケル!

[狼狽える脱走兵] ところで……そいつは誰だ?

[ミケル] こいつは……

[ミケル] こいつはただの助っ人だ。

[ミケル] いいから行くぞ。

[狼狽える脱走兵] ちょっと待った!

[狼狽える脱走兵] 捜索隊のクソ野郎どもは、みんな気を失ってんのか?

[狼狽える脱走兵] ずらかる前に、これまでの借りを……命で償わせてやんねぇとな。

[狼狽える脱走兵] ああ? 何だよ?

[クエルクス] 私とミケルは君たちを救出するために来たんだよ。

[クエルクス] この人たちを殺すことが目的じゃない。

[痩せ細った脱走兵] *ヴィクトリアスラング*!

[狼狽える脱走兵] お前、こいつらが何したか知らねぇのかよ!?

[クエルクス] ううん、よくわかってるよ。

[クエルクス?] そりゃああんたは連中が難民キャンプでやったことをよーく知ってるでしょうね。

[クエルクス?] それを知ってて、なんでそんな人でなしどもを生かしておこうとしてるの?

[クエルクス] 自分の言葉をよく振り返ってみるといいよ。

[クエルクス] さっきまでは、偉そうに道徳を説いてたくせに――

[クエルクス] 今では、目の前で人の命が失われるように誘導しようとしてるじゃない。

[クエルクス] もちろん、君はそれにも大義名分をこじつけるんだろうけどね。

[クエルクス?] ……

[狼狽える脱走兵] そこをどけ!

[クエルクス] どかない。

[クエルクス] ここで時間を無駄にしてる場合じゃないでしょう。

[狼狽える脱走兵] ……

[狼狽える脱走兵] じゃあ……一発だけでいい。そいつを殴らせろ。

[クエルクス] ……わかった。

[痩せ細った脱走兵] ここに閉じ込められてる他の人たちはどうする?

[痩せ細った脱走兵] 出してやった方がいいか?

私は彼らに、ここに閉じ込められてる全員を解放させた。

そして、都市から脱出できるルートも教えた。

気を失っている捜索隊は、ひとまず全員檻の中に閉じ込めておくことにした。

[ミケル] お前、こいつらを助けたのか。

私はどうして彼らを助けたのだろうか?

[クエルクス] 行こう。

[クエルクス] 騒ぎが大きくならないうちに、早く。

[ミケル] ……

[ミケル] その前に寄らなきゃならねぇ場所がある。

[ミケル] 俺たちの補給品や物資を全部隠してあるんだ。位置は――

[クエルクス?] そこって……

[クエルクス] その通り。

[クエルクス] 「あの場所」だよ。

やっぱり。

ここは私にとって、あまりにも馴染み深い場所だった……

[ミケル] ここはフォレスタルの墓だ。

[ミケル] ……兄貴のな。

[クエルクス] もちろん、私も覚えているよ。

[クエルクス] だって、私が自らの手で……

[クエルクス] フォレスタルをここに葬ったんだから。

[ミケル] なんなんだよてめぇは……

[ミケル] わかんねぇ……

[ミケル] *ヴィクトリアスラング*!

[ミケル] あぁもう! 考えれば考えるほど訳が分からねぇ!

[ミケル] なんでなんだよ!?

[クエルクス] ……

[ミケル] お前は難民キャンプで、ひでぇ怪我の奴らも含めて山ほどの人たちを救ってきた……

[ミケル] それで今は、こんなに大人数なのにいとも容易く捜索から逃れ、俺たちを封鎖された都市から逃がした……

[ミケル] それどころか、お前は捜索隊のクソどもの命すらも助けた……死んで当然のようなあの連中をな。

[ミケル] だったらなんで……なんで俺の兄貴だけ見捨てたんだよ!?

[ミケル] なんで兄貴を救ってくれなかったんだよ!?

[クエルクス] 私には助けられなかったからだよ。

[クエルクス] ミケルには……

[クエルクス] 嘘を伝えるのもありかもしれない。

[クエルクス] 「君のお兄さんはひどい重傷を負っていたから、手を尽くしても助けられなかった。」

[クエルクス] 「作戦が失敗したのも、私のせいじゃない。」

[クエルクス] 「この悪果はすべて、上でふんぞり返ってる連中がもたらしたものだよ。」

[クエルクス] ――そうやって伝えればいい。

[クエルクス] そうすればミケルも少しは気が楽になるんじゃないのかな。

[クエルクス?] それであんたも一安心ってこと?

[クエルクス?] そうすれば、本当のことを話さなくて済むからね。

[クエルクス] ……

[クエルクス?] 気が楽になるから……

[クエルクス?] だから君は嘘をつく選択ができた。

[クエルクス] 嘘なんてつかない。

[クエルクス?] だから君は人を殺す選択ができた。

[クエルクス] そんなことはしない。

[クエルクス?] じゃああんたは……あの時一体何をしたの!?

[クエルクス?] そうやってずっと言い訳を続けるつもり!?

[ミケル] 答えろよッ!

[ミケル] こっちを見ろってんだ!

[ミケル] 俺と兄貴から、目を逸らすんじゃねぇ!

[クエルクス] ……

[クエルクス] 戦いの過程を語ったってもうなんの意味もない――

[クエルクス] だって私たちは、私と君のお兄さんを除いて全滅したんだから。

[ミケル] ……なんだって?

[クエルクス] もちろん私はお兄さんを連れて逃げようとしたけど、あの子はあまりにもひどい重症を負っていた。

[クエルクス] だから結局、最後は……

[クエルクス] 私が安らかに眠らせてあげたの。

[ミケル] 安らかに眠らせて……?

[ミケル] それってつまり……

[クエルクス] そう、私がフォレスタルを殺したんだ。

[ミケル] ……

[ミケル] ……

[ミケル] なにあっさり言ってやがんだよ!!

[ミケル] *ヴィクトリアスラング*!

[ミケル] お前が兄貴を殺したって?

[クエルクス] そうだよ。

[クエルクス] あの子がずっと苦しむところを見たくなかったんだ……

[クエルクス] もし命からがら故郷に戻れたとしても、あの子が戦争ノイローゼで狂人に成り果てるのなんて見たくなかった。

[ミケル] 兄貴がそんなことになるはずねぇだろ!

[ミケル] んなもんデタラメだッ!

ミケルは店を出てからずっとナイフの柄を握っていたが、それを鞘から抜くことは一度もなかった。

それが今──とうとう私に向けられた。

[クエルクス] 私を殺したいなら、そうすればいい。

[クエルクス] だけど……私はたしかにお兄さんを死なせてしまったけど、やましいことをしたとは思ってないよ。

[ミケル] どの口が言ってんだ! この人殺し!

[ミケル] てめぇは自分の戦友を殺したんだ!

[クエルクス] そうだね。

[クエルクス] 私がしたことは何一つ褒められるようなことじゃない。

[クエルクス] 私は自分の部下を殺した。

[クエルクス] 医者として最もあるまじき行為だね。

[クエルクス] それを正当化することはできないし、するつもりだってない。

[クエルクス] だけど、あれは必要な決断だったと思ってるよ。

[ミケル] それ以上口を開くな!

[ミケル] お前はぜってぇに許さねぇ!

[クエルクス] 実を言うと、君を助けたのも……君のお兄さんを思い出したからなんだ。

[クエルクス] 君はあの子に似てたから。

[クエルクス] 君たち全員……あの子に似すぎていたんだ。

[痩せ細った脱走兵] ……

[狼狽える脱走兵] ……

[クエルクス] まるで、目隠しをされた子供たちみたいだった。

[クエルクス] そんな子供たちが、追い立てられ、誘い込まれ、引きつけられ……

[クエルクス] 一人ひとり、肩を寄せ合いながら……

[クエルクス] 一人ひとり、列になって歩きながら……

[クエルクス] 情熱を抱えたまま……死に向かっていく。

[ミケル] ……

[クエルクス] 死なんてのは、追い求めるようなものじゃないんだよ。

[クエルクス] そして、命は最初から祝福を受けるべきものなんだ。

[クエルクス] 君には、君たちには生きることを選ぶ権利がある。

[クエルクス] 大地はいつだって、疲れ果てた子供たちを抱き締めてくれるもの――

[クエルクス] だから私は君を助けることにしたんだ。

[ミケル] ……

[ミケル] 兄貴の手紙にはいつも……

[ミケル] いつもお前のことが書かれてた。

[ミケル] お前はいい隊長だって。他の奴らみたいに、いい加減な理由で怒って殴りつけたり罵ったりしないって……

[ミケル] それから、いつも兄貴を気に掛けてくれて、面倒見もいいって……

[ミケル] 俺は兄貴が嘘をつくはずがねぇって信じてる……

[クエルクス] ……

[ミケル] だから信じるよ……

[ミケル] お前が兄貴を殺したのにも、お前なりの理由があったんだって。

[ミケル] 俺を助けてくれて、本当にありがとう。

[ミケル] これからもちゃんと生きていくよ。

私は、ミケルがゆっくりと頭を下げる姿を見つめていた。

その様子から、彼が今までずっと心の中に抑え込んできた感情も感じ取ることができた。

[ミケル] ここ数日で、お前はたしかにすごい奴だって思い知らされたよ。

[ミケル] ……

[痩せ細った脱走兵] おい、ミケル!

[痩せ細った脱走兵] 何するつもりだ!

[ミケル] それでもやっぱり、受け入れられねぇんだ。

[ミケル] ごめんな。

[クエルクス] やり返さないの!? 刺されたんだよ!

[クエルクス?] 君もやり返そうとしてないじゃない。

[クエルクス] それは……ミケルが急所を外したから。

[クエルクス?] わざと急所を外したってこと?

[クエルクス] わざとかわざとじゃないかなんて、どうだっていいよ。

[クエルクス?] ……

[クエルクス?] ちょっと、怒りすらしないの?

[クエルクス?] 責められるべきなのはあんたじゃないはずだよ。

[クエルクス?] あんただって被害者の一人でしょ。責任を追及されなきゃならない人は他にいるのに……

[クエルクス] 今さら当時のことを掘り返して、誰が正しくて誰が間違っていたかなんて追及しても意味ないよ。

[クエルクス] 苦痛、傷害、怨恨、刀傷、嫉妬……そういうもののせいで、私たちは大地との間に深い溝を作ってしまったんだ。

[クエルクス] 今となっては、私たち全員が被害者なんだよ。

[クエルクス?] ……

[クエルクス?] はぁ、返す言葉が見つからないよ。

[クエルクス] フォレスタルもきっと、自分の弟がこれからもしっかり生きていくことを願ってるはずだよ。

[クエルクス] そして今、過去にケジメをつけたミケルは新たな生を得て、再び大地の根元を探り当てることができたんだ。

[クエルクス] もしこのままお互いにいがみ合って……

[クエルクス] 恨みの連鎖を連ねていけば……

[クエルクス] それこそ彼らの思う壺じゃない。

[クエルクス?] 彼ら?

[クエルクス] そう、彼ら。

[クエルクス] だから──

[クエルクス] これが私とミケルにとって、最善のケリの付け方だったんだ。

[クエルクス] これで君も、もう自分を責め続けなくてよくなったでしょう。

[クエルクス?] そうだね、おめでとう。

[クエルクス?] お優しいことで。

[クエルクス?] その優しさが原因で死ぬなら本望ってわけだね。

[クエルクス] あれ、そんなあっさり命を諦めちゃうの?

[クエルクス?] それは医者のあんたが考えることでしょう。

[クエルクス?] それにあんたは、ドルイドの祭司でもある。

[クエルクス?] それなのに、そんな簡単に命を手放しちゃうつもり?

[クエルクス] ……

[コリーナ] この子のことを……どうかよろしくお願いします。どうか……

[コリーナ] ゲホッゲホッ……私はもう……

死は追い求めるべきものではない。

命はもとより祝福を受けるべきものである。

[デーリン] ママ……

[クエルクス] ……

[クエルクス] ……誰か手が空いてる人、ひとまずこの子を外に。

ここで目にする顔ぶれは毎日異なっていたが、できる限り皆の名前を覚えておくようにしていた。命というのは、跡形もなく棄てられるべきものではないから。

[ビタールート] おい、クエルクス!?

[ビタールート] 血が出てるぞ、何があったんだよ?

[ビタールート] 医者を呼んでくるから待っててくれ。

[クエルクス] 医者ならここにいるでしょ。

[クエルクス] まぁ、元ヴィクトリア軍人でもあるけどね。

[クエルクス] それで、今の肩書きは……ロドス所属の特派オペレーターであり、ゴドズィンにおけるロドスの情報員。

受難者が高らかに掲げられた。

「見よ、あれこそが英雄だ!」

その下で、野次馬が大声で叫んだ。

[クエルクス] ドクターはもうロンディニウムに向かってる。

[クエルクス] きっと私たちの情報提供を必要としているはずだよ。

[ビタールート] だけどまずはその傷を……

[クエルクス] 私なら大丈夫。

[クエルクス] さっき難民キャンプに行って、ちょっとすりむいただけだから。

「英雄!」

「英雄!」

子供たちも大きな声を上げる。

自らの母親がが、憂いを含んだ眼差しを向けていることにも気付かずに。

[クエルクス] グラニが帰ってくる前に片付いてよかった。さもなきゃ、徹底的に問い詰められるところだったよ……

[クエルクス] 向こうも首尾よくいって、トラブルに巻き込まれてないといいんだけど。

[クエルクス] いつ帰ってきてもいいように、寝たフリしとかないとね……

また今日も、間もなく黄昏時を迎える。

しかし、後に訪れる闇夜は長くは続かないだろう。

[グラニ] クエルクス、調子はどう?

[グラニ] というか、ちゃんと休んでたよね?

[ゴールデングロー] クー姉。

[ゴールデングロー] 私も会いに来ちゃいました。

[クエルクス] ああ、おはよう……

[クエルクス] ゲホッゲホッ……

[ゴールデングロー] クー姉!?

[グラニ] ちょっと! ちゃんと休んでなかったでしょ!?

[クエルクス] それより……もうすぐ約束の二十四時間だよ。

[グラニ] じゃあ追加でもう二十四時間休んでもらうから!

[グラニ] 今すぐ横になって!

[ゴールデングロー] クー姉、顔色がすごく悪いですよ。

[クエルクス] 心配性なんだから……私なら平気だよ。

[クエルクス] そうだ、クッキーを焼いておいたんだ。二人とも食べて。

死というのは死者には目もくれず、生者にのみ垂涎するものだ。恐ろしい苦痛は、互いを思いやる友人たちや別れがたい家族を、そう易々と見逃してはくれないだろう。しかし――

願わくば、大地が寛大であらんことを。

願わくば、命が永く栄えんことを。

願わくば……

[グラニ] クエルクスッ!

[クエルクス] ふふっ。

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