aklib_story_大いなる慈悲

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大いなる慈悲

俗世を捨てて山に隠れた九色鹿。すべての果てに、彼女は善と悪、悲しみと苦しみを悟ることができるのだろうか?


夢幻の如く、泡影の如し。偽に非ざるもの無く、一切は真のごとくなり。

[村人] 頼みます、お願いです! どうか、これだけは!

[村人] 豪商の子供の病気を治せば、褒美としてまとまったお金がもらえるのです。お医者様、どうか手を貸してください。あ、あなたのために何でもしますよ、どんなことでも文句言わずにやりますから!

[九色鹿] ……

[村人] 妻から手紙が来たんです。そこには、妻と子が暮らす町にもうすぐ天災が来ること、二人は逃げ遅れ、町から出られなくなったことが書いてありました。私はもう、心配で、心配で……!

[村人] 厚かましいのは重々承知です。かつて私をお救いくださったのに、またお願いをするなんて、どうかしています。山をお下りになりたくないことも存じております。でも本当に、他に手立てがなく……

[九色鹿] ……

[村人] お金が入ったらすぐに人に頼んできますから! お金は妻と子を助けるためだけに使います、他のことには絶対に使いません!

[村人] 頼みます、私の命を救うも同然なんです、今回だけどうか助けてください! 天に誓います、絶対に口外しません! もしこれを破れば全身がただれ、まっとうな死に方ができなくても構いません!

[九色鹿] ……

[???] 薬が効いた、本当に効いた! ありがとうございます、感謝します恩人様! 天に誓って、あなたのご温情に報います。もしこれを破れば全身がただれ、まっとうな死に方ができなくても構いません!

[???] うううう、おっ母……これを飲んでおくれ。もう大丈夫だ、ううっ……

[???] 薬が足りない? 大丈夫だよ。九色鹿先生がいる、問題ないさ!

[???] 通信が途絶えてから、ずいぶん経った。他に外部と連絡を取る方法はあるか?

[???] なぜ人が次々死んでいくんだ。一体どうなってる? 九色鹿なら皆を救えるんじゃなかったのか?

[???] ……あの女、怪しくないか。そもそも、どこから来たんだ。人助けはするのに、お金はもらわないことなんてあるのか? もしかして……

[???] あの女は自分の薬を宣伝するために、みんなの信頼を得ようとして居座ってるんだ!

[???] あのアーツを見ろよ、あいつが天災をもたらしたんだ!

[???] 災いをもたらすエラフィアめ、出て行け! 消え失せろ!

出ていけ! 出ていけ! 出ていけ!

[九色鹿] ……

[九色鹿] 彼らを救えば、信じてくれると思っていた。

[九色鹿] 彼らを癒し、愛せば、事もなく生きていけると……

[九色鹿] ……本当に、そうなの?

[九色鹿] お引取り下さい。

[村人] お医者様……!

[九色鹿] これ以上、麓の方と諍いを起こしたくないのです。あなたはここへ来るべきではありませんでした。

[九色鹿] お帰り願います。もうここへは近づかれませんよう。

[村人] ……

[村人] 分かりました。わ、私が身の程をわきまえず、失礼なことを申しました。

[村人] お騒がせして申し訳ありません。自分で方法を考えます……

[九色鹿] ……

[九色鹿] ごめんください。

[診療所の医者] やはりいらしてくださったんですね。こんな夜更けですが、九色鹿先生ならきっと来てくださると思っていましたよ。

[九色鹿] 例の子供の容体は?

[診療所の医者] 今は診療所にいます。変わった病気で、日に日に弱ってます。食事は少しだけなら入るのですが、ほぼ寝込んだ状態です。毎日首が痛いと泣き、発熱も数日続いています。

[診療所の医者] 父親は切羽詰まったようで、腕の良い医者はいないかと方々に聞いて回り、村中に張り紙を貼って皆に知らせたものですから、きっとあなたが来るだろうと思っていました。

[九色鹿] 病人がいるのに、どうして見殺しにできましょう。

[九色鹿] ですが今朝、私の住処を探し当て、訪ねて来る者がありました。近いうちに、別の場所へ移り住むことになるでしょう。

[診療所の医者] 先生が助けたことのある人ですか?

[九色鹿] ええ。

[診療所の医者] いるんですよね、そういう人……先生がもう来るなとおっしゃっているのに、どうして聞かないんでしょう?

[九色鹿] 大丈夫です。今後はもう少し気を付けます。

[診療所の医者] ふふ、私は先生がまだ来てくださるだけで十分です。

[九色鹿] ありがとう、子書(ズーシュ)。それでは子供のところへ案内してください。

[病気の子供] ……痛い……痛いよ……

[九色鹿] ふむ……

[九色鹿] この子の病気は……普通ではありませんね。薬草をあなたたちに渡すだけでは治らないでしょう。

[九色鹿] ズーシュ、私は麓にしばらく泊まることにします。患者さん以外、誰とも会いません。よろしく頼みましたよ。

[診療所の医者] 分かりました。誰も勝手に入って来られないよう、目を光らせておきます。

[九色鹿] ええ。

[九色鹿] そうでした、明日、その商人さんに伝えてほしいことが……

[九色鹿] ……今回のことで、人々は私をどう思うのだろう? 冷酷無情な……エラフィア?

[九色鹿] ……

[九色鹿] 二匁七分、六分六厘、四匁。これらの薬草を丸薬にして……八日間服用するとしましょう。

[病気の子供] いやぁ、苦いよ……うぅ……

[九色鹿] はいはい、心配いらないわ。どんなお味が好き? お花? それともお茶?

[病気の子供] お花が好き……

[九色鹿] 分かったわ。ほら——

[九色鹿] 嗅いでみて?

[病気の子供] うーん……甘いにおい?

[九色鹿] さぁ、飲んでご覧。この甘いお薬を飲めば、痛くなくなるからね。

[病気の子供] お姉ちゃん、これ……どうして甘いの?

[九色鹿] あなたのような泣き虫さんがいるからよ。泣き虫さんはお薬を飲みたくなくてべそをかくけれど、甘かったら飲めるでしょう?

[病気の子供] う……

[九色鹿] いい子にしてちゃんと飲んだら、お姉ちゃんが水飴を作ってあげようね。

[診療所の医者] 九色鹿先生、もうこんな時間です。お休みになってください! 三日も寝ないなんて、先生がお体を壊したら、誰にとっても良いことなんてありませんよ!

[九色鹿] ええ、この本を読んでからにしますね、ちょうど重要な部分なんです……読み終えてから食べますね。

[診療所の医者] ……お食事なら、さっき私が食べさせましたよ!!

[九色鹿] あ、あぁ……それなら、読み終えてから寝――

[診療所の医者] 今すぐ寝てください!

翌日

[通りすがりの村人] 王二(ワンアル)! まだ外をぶらついてるのかい!

[村人] 用がないならほっといてくれ、忙しいんだ!

[通りすがりの村人] どうしたどうした、まだ金が足りないのか?

[通りすがりの村人] 俺らみたいに取り柄がない奴は苦労するよな。この前、豪商の家で働いてる奴が言ってたけどさ、お嬢さんはすごい医者に命を救われたって。なんせ金持ちの家だ、たんとお金をもらったんだろうよ。

[村人] ……すごい医者に命を救われた?

[通りすがりの村人] ああ、そうさ!

[通りすがりの村人] あんたも頑張りな。もう何日も経ったことだし、安心したいならなるべく早く家族を連れ戻さないと!

[村人] ありえない。彼女はああ言ってたじゃないか……

[村人] お医者様はそんな人じゃない……

[村人] ……

[村人] 今晩確かめに行こう!

[九色鹿] この薬は……だめね。この薬もだめ。以前記録したことがあるわ、どれも同時に服用できないものだって……

[九色鹿] 瓷(ツー)ちゃんは今弱ってるから、前に飲ませた薬だと少し強すぎたわね。量をもう少し調整しないと……

[九色鹿] この薬は副作用が強すぎて、ツーちゃんは耐えられないから、今後は避けないと……

[九色鹿] この薬も、ツーちゃんはアレルギーがあるから使えない。また変えなくては……

[九色鹿] 足りない、まだ知識が足りないわ。もっとたくさんの本を読んで、いろいろ試してみないと。ツーちゃんはこのままでは長く持たない……時間がないわ、急がなきゃ……

[診療所の医者] 皆と一緒に薬草を摘んできました。今朝、先生が欲しいと言っていたものですよ……って、髪がぐしゃぐしゃじゃないですか!

[九色鹿] うーん……ねぇ、ここを見て……この処方は――

[診療所の医者] はい、はい。私がまとめますね。

[九色鹿] この二つの薬は相性が悪くて一緒に入れられない。だけど――

[九色鹿] でも……あ、分かった!

[診療所の医者] わあ!

[九色鹿] 山へ行ってきます!

[診療所の医者] ――もう、しょうがないお人。髪は乱れたままにしましょう。

[九色鹿] え?

[診療所の医者] もう夜中ですよ……本当に今行くおつもりですか?

[九色鹿] 急いで歩けば、日の出までに帰れます。この薬さえできれば、あの子の病気の治りも早くなるはず……

[九色鹿] うーん。この毒草、山菜みたいな見た目ね。誰かが間違って食べないように記録しておかないと。

[九色鹿] まだ収穫できない薬草にはそれぞれ印をつけておいたけど、それでも見失うみたいね。今度から、庭へ植え替えるようにしなきゃ。

[九色鹿] 虫に食べられてなければいいけど……心配しても仕方ない、まずは山を登りましょう。

[村人] ……

[九色鹿] 空が明るくなってきたわ。これだけ探しても見つからないなんて……

[九色鹿] ふぅ……こっちかしら? 前に印を付けたけれど、ここのところ書き足す時間がなかったから薄れてしまったようね……

[九色鹿] ッつ! この毒草、いつの間に……帰ってから処置をしましょう。もうここより上は、薬草の生える環境じゃないわ。

[九色鹿] 「その色は雪のごとく、味清らにして苦み有り、岩の隙或いは崖の上に多く見ゆ」……崖の上?

[九色鹿] ふぅ……疲れの溜まった状態で崖を登るのは……いいえ、だめよ。あの子にはもう時間がない。すぐに採って帰らないと。

[九色鹿] 本に書いてあった縄の結び方は、これで合っているはず。まさかここで役立つなんてね。

[九色鹿] どうか解けませんように。えいっ!

[村人] ……お医者様は何をされて……もしや本当にあの子の治療に当たっているのか?

[村人] 山を下りたくないなんじゃなかったのか? お、俺の頼みは断るくせに……一体なぜ!!

[村人] ……どうしてなんだっ……

[九色鹿] 今日の具合はどうですか?

[診療所の医者] 熱は下がりましたよ。朝は薬膳粥を食べて、吐いていません。夕食の時には首の腫れも少し引いていました。

[九色鹿] 良かったわ。

[病気の子供] 九色鹿お姉ちゃん。お姉ちゃんの髪は、どうして私たちと違うの?

[九色鹿] そうね……ここを見て。この模様、綺麗?

[病気の子供] うん! 父さまがね、お姉ちゃんはすごくいい人だから、こんな綺麗な髪に生まれたんだって言ってたの……

[病気の子供] ねぇ、父さまもいい人なんだよ。どうして信じてあげないの?

[九色鹿] 信じないって?

[病気の子供] ズーシュお姉ちゃんがね、九色鹿お姉ちゃんが私を助けてくれたことは言わないでって、父さまを口止めしてたの。それに私も、言っちゃだめなんだって……

[診療所の医者] 私はただ……

[九色鹿] いいのよ、わかってるわ。

[九色鹿] ツーちゃん、私はあなたを助けるし、みんなのことも助ける、それだけで十分。それ以上何かを言ったり、何かをする必要はないわ。

[病気の子供] うぅ……

[病気の子供] でも、父さまはここのところずっといないの、どこへ行ったの?

[九色鹿] お姉ちゃんね、お父さまに頼み事をしたの。何日かしたら戻ってくるから、それまでにツーちゃんは元気になって、お父さまに会おうね。

[病気の子供] うん!

[九色鹿] さ、今日はおしゃべりし過ぎちゃったわね。もう遅いから、お布団に入りましょう。

[九色鹿] それじゃあ、今日のお話。昔々、ある山の中に……

二日後

[診療所の医者] んん~……表で伸びをするなんて、久しぶり――

[九色鹿] ふぅ……

[診療所の医者] 先生が読み漁った医学書で、もう部屋がいっぱいですよ。少しは目を休めてください。今日は天気が良くて暖かいから、あとであの子の布団も干しておきますね。

[診療所の医者] ツーちゃんの病気がだんだん良くなってきて、嬉しいですね。

[九色鹿] ええ。そろそろ様子を見て、軽めの薬に調整してもいいかもしれません。寝椅子を外に出して、ツーちゃんも風に当たらせましょう。

[診療所の医者] お茶を煎れてきます。何が飲みたいですか?

[九色鹿] 何でも。あなたの煎れたお茶は、みんなおいしいもの。

[九色鹿] あっ、一杯はお砂糖を入れてくださいね! ツーちゃんは甘いのが好きだから!

[診療所の医者] 砂糖を入れたお茶なんて、お茶とは言えませんよ!

[病気の子供] ズーシュお姉ちゃん、私は甘いのが飲みたいの……

[診療所の医者] もう、仕方ないですね!

[九色鹿] ふう……万里に雲なし、ってね。良いお天気……

[九色鹿] ツーちゃん、あなたが最近お気に入りの句は何だったかしら?

[病気の子供] 「晴れた日に、綿毛が飛んで、瓷に点々絵を描く。」

[病気の子供] 私の字が入ってるの!

[九色鹿] ふふ、そうね。掛け布団の端をきちんと折り込んで、風に当たらないようにね。

[九色鹿] あら?

[診療所の医者] 誰でしょう?

[???] 開けろ、開けてくれ!

[診療所の医者] 門を叩いてるのは誰?

[???] 誰か! 誰かいるか!

[村人] お医者様、中にいるんだろ! いることは分かってんだ! この目で見たんだからな!

[村人] あんたは本当は、隠れて豪商の娘を治療してるんだろ!? あんたはお金は要らないのだと、高潔な方だと思ってたのに……

[村人] そう信じて引き下がったのに、その結果がこれかよ!?

[通りすがりの村人] うん? どのお医者様のことだい?

[野次馬の村人] おいおい、何があったんだ?

[診療所の医者] ……何をわけの分からないことを!

[九色鹿] 何事ですか……

[村人] お医者様、いるんだろ、なあ!?

[村人] 町の方の避難はもう終わったそうだが、私の妻と子供は、連絡が途絶えてもう何日も経ってる。今やどこにいるのかも分からない……天災はもうすぐだっていうのに……

[村人] お金を集められず、妻子を救えないのは自分が役立たずだからで、誰かを恨むつもりはない。

[村人] だけど、あんたに問いたい。あんたの目には、私たちがそこまで馬鹿に見えてんのか!?

[村人] 結局はお金を独り占めにしたかったから、私を騙したのかよ!?

[九色鹿] ……お金を?

[野次馬の村人] なんてこったい、ひどいな。手を貸さないのはまだしも、人を騙すなんて……

[野次馬の村人] いったいどの医者だぁ? そんなに悪い奴なら、怖くて診療に行けたもんじゃない!

[通りすがりの村人] 門を開けろ! 謝罪しろ!

[九色鹿] ふっ……

[九色鹿] ……こうなると、思っていました……

[九色鹿] (彼らを救えば、信じてくれると思っていた。)

[九色鹿] (彼らを癒し、愛せば、事もなく生きていけると……)

[九色鹿] (本当に、そうなの?)

[病気の子供] で、でたらめ言わないで! お姉ちゃんは、お金なんて受け取ってないんだかっ……ゴホゴホッ!

[九色鹿] ……!

[診療所の医者] あっ、だめよ、走らないの!

[病気の子供] 大丈夫……私、絶対にお姉ちゃんをいじめさせないんだから!

[病気の子供] この悪者たち! どうしてそんなことを言うの……お姉ちゃんは、お姉ちゃんは、そんな人じゃないもん……

[病気の子供] ゴホッ……

[九色鹿] ……ツーちゃん……

[九色鹿] ありがとうね、ツーちゃん。

[九色鹿] 私が話をつけてきましょう。

[村人] やっとお出ましか、お医者様。

[通りすがりの村人] 門が開いたぞ……一体どの医者だ?

[九色鹿] ……

[お節介な村人] 見えたぞ――って、おい、九色鹿先生じゃないか?

[野次馬の村人] え? それは、あの九色鹿先生か? ほんとか……

[お節介な村人] 信じそうになってた俺が馬鹿だった。お前たちも大馬鹿者だ、彼女はあの九色鹿先生だぞ!

[お節介な村人] 俺はなあ、前に落石の下敷きになったことがあって、もう助からないと思った家族が葬式の準備を始めたって時に、九色鹿先生に助けられてようやく一命を取り留めたんだ!

[野次馬の村人] そうか――あのお医者様か! となると、じゃあどっちを信じればいいんだ?

[お節介な村人] 何世迷い言を言ってんだ! ほら、九色鹿先生から黙ってるように言われたけど、前にこっそり教えただろう! 先生はお金を一切受け取らず、それどころか山盛りの薬草を下さったんだぞ!

[九色鹿] ……あなたでしたか。

[お節介な村人] ええ、そうです! 覚えててくださったんですか、へへ。

[お節介な村人] いいかみんな、俺の言ったことはすべて本当のことだ。九色鹿先生は絶対にそんなお人じゃない! 金に意地汚いなんてありえない!

[お節介な村人] 九色鹿先生、他の人が何を言おうと、あなたは私を救ってくださったんだ。私は信じますよ!

[九色鹿] ……ありがとうございます。

[村人] しかし――

[豪商] ツーちゃん、お父さんが戻ったぞ! どうしてそんな所に突っ立ってるんだい? それに、この人だかりは何なんだ?

[病気の子供] 父さま、お帰りなさい! あのね、悪い人が医者のお姉ちゃんをいじめるの!

[病気の子供] その人は、お姉ちゃんに騙されたって言うの。それにお姉ちゃんが奥さんと子供を助けてくれなかったって。

[豪商] 奥さんと子供? もしかして、町にいたあの二人のことかい?

[豪商] 九色鹿先生はお金を受け取らずに、ただ一言、私の行商のついでにその親子を連れ帰ってほしいとおっしゃった。それで今、二人は宿屋にいるんだが、それがどうかしたのか?

[村人] 行商の道すがら、町から親子を連れ帰った……まさか……

[九色鹿] ……本当は、私が手を回したとは、悟られたくなかったのです。

[九色鹿] もうこれ以上、人と諍いを起こしたくないだけで、あなたを騙したわけではありません。

[村人] ……本当に? 私の家族は、無事なのか……?

[豪商] 私が連れ帰ったご婦人と子供のことならば、無事だと保証するよ。

[村人] ……

[村人] お医者様、あなたが助けてくださったのですか?

[九色鹿] 助けたわけではありません。

[九色鹿] 私はただ……ただ……

[九色鹿] ……

[村人] ……お医者様が助けてくださったんだ!

[村人] なのに、私はお医者様を疑って、わ、私は……

[村人] 一体何をしてたんだ……本当に大馬鹿者だ……

[村人] あなたがそこまでしてお助けしてくださったのに、あ、会わせる顔がありません……

[九色鹿] 気にすることないわ。私も、伝えてませんでしたから……

[豪商] 九色鹿先生、娘の病気の件では大変お世話になりました。その上、このような面倒事に……すべては私の娘を救いたい一心で招いたものです。

[豪商] この度は、大きな借りができてしまいました。そこでですが、私は村の外でも多少顔が利きましてね、良ければ私の推薦で町の大きな病院に就職されてはいかがでしょう?

[村人] お医者様、行かないでください。わ、私はまだお詫びができていません……

[九色鹿] その必要はありません……

[九色鹿] 私は、ここで満足です。

数日後

[豪商] 九色鹿先生、娘はすっかり良くなりました。これは私めが人に頼んで集めさせた各種医術の書籍です。ほんの感謝の気持ちですので、ご笑納ください!

[病気の子供] 九色鹿お姉ちゃん、ズーシュお姉ちゃん、来たよ!

[豪商] ツーちゃん、お行儀良くしなさい。

[九色鹿] いいんですよ。ずっと寝込んでいたのだから、はしゃぎ回れるのは良いことです。

彼らを救えば、信じてくれると思っていた――

[けがをした村人] 本当にありがとうございます……はぁ、山でうっかりしてたらあの毒草が刺さったんですよ。洗えばいいだろうと思ったんですが、まさかこんなに腫れるとはねぇ!

[診療所の医者] まだそんなこと言ってるんですか。あと少し治療が遅れたら、歩けなくなるところでしたよ!

[けがをした村人] 先生、どうもありがとう……あなたがこの村にいてくださって、本当に、本当に良かった!

[九色鹿] お礼はいりません。ただ、これからは気を付けてくださいね。この丸薬をお持ちください。もしまたうっかりしてしまったら、これを飲んでください。よく見かけるような毒草には大抵効きますので。

私は彼らを癒し――

[九色鹿] うーん……数日前に崖の上で見かけた薬草に印をつけたのだけど、確かここよね?

[九色鹿] うん、よかった。虫に食べられてない。

[九色鹿] もうすぐ秋ね。ここの薬草はすべて種を取っておいて、今度自分で植えてみましょう。その方がずっと便利なはず。

彼らを愛する――

[遊び回る子供] あははっ、九色鹿お姉ちゃん捕まえた~! 私の勝ちよ!

[遊び回る子供] ねぇ、ちょうだい、ちょうだいってば!

[遊び回る子供] だーめ。この練香は私のよ。勝った人だけがもらえるんだよ!

[九色鹿] 喧嘩しないの。最後にはみんなもらえるんだから。遊びの続きはまた明日、ね?

そうすれば、事もなく生きていける――

夢幻の如く、泡影の如し。偽に非ざるもの無く、一切は真のごとくなり。

[九色鹿] ん……

[シー] どう?

[シー] 数年ぶりね。この絵、あなたの心のわだかまりを解せたかしら?

[九色鹿] ……

[九色鹿] ひとえに……

[九色鹿] 凡そ見ゆるもの、これ皆虚妄なり。

[シー] それで、今はどうなの?

[九色鹿] 今は……

[九色鹿] 数年ぶりに、ズーシュの様子を見に行くというのもいいかもしれませんね。

[九色鹿] ですがこの薬草を、ある場所に送らなくては。日にちから考えて……彼らはまだ近くにいるはずです。

[シー] あら、自分にやることでも見つけたわけ? 面白いことするのね。

[シー] 私はもう飽きたわ、どこにも行きたくないの……それじゃ、あの山の花が満開になったら会いに来るから、またその時にでも一献といきましょ。

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