aklib_story_命は巡る

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命は巡る

子供の頃に聞いた歌は、マゼランに氷原に対する憧れを抱かせた。成長した彼女は幾度も氷原へ踏み入ることになるが、そこで得たのは研究成果だけでなく、尊い友情もあった。


マゼランには、幼い頃から行きつけの場所がある。それは彼女の家の近くにある、街角にひっそりと佇む小さなお花屋さんで、彼女の一番のお気に入りだった。

彼女と年の近い子供たちは、みんなそこでお花を買っては、店主のお爺さんを囲って様々な質問をするのが好きだった。

一方マゼランは、お爺さんのよく歌う、とある歌が大好きだった。

[足が不自由な老人] 果てなく続く氷原には、名もない小さな花が咲く♪

[足が不自由な老人] 舞う雪を静かに見守るは、かの地に残るわが友よ♪

[女の子] おじいさん、その歌ってどういう意味? 熱いお湯をまいたらすぐに氷になる場所があるのはほんと? それって、クルビアの外にあるところなの?

[女の子] ねぇねぇおじいさん、他にはどんなところに行ってたの?

[足が不自由な老人] おやおや、お嬢ちゃん、興味があるのかい?

[足が不自由な老人] それはまた、別のお話になるねぇ――

[マゼラン] さて、ここから先はもう氷原。何度も通ってきたルートとはいえ、そのたびに違う気分にさせてくれるんだよね。今回が一番ワクワクするかも!

[マゼラン] 探査車の動力装置があとどれくらい踏ん張れるかチェックしよっと……よし、氷結はしていないね。さすがはエンジニア課、いい仕事をしてくれるよ。もしかしたらこれ登山にも使えちゃったりして?

[マゼラン] 物資ももう一通りチェック、チェック……うん、問題ないね。これで準備OK!

[研究員] マゼラン、数十年前に行われた氷原探索のことは知っているね? それ以来、あの時に到達した場所よりもさらに先へ挑戦した探検隊は一つもないわ。

[研究員] 今回の調査はライン生命が勝ち取った貴重なチャンス。できる限り遠くまで探索して、少しでも多くのデータを持ち帰ってちょうだいね。滅多にできないんだから、しっかりモノにするんだよ!

[マゼラン] うん、分かってるよ。それはあたしの夢でもあるからね!

[マゼラン] この先は通信も繋がらなくなるから、しっかりするんだよ、マゼラン……さあ、出発だ!

[マゼラン] なんか聞こえるような……これは足音?

[マゼラン] こんなところに人がいるわけ……

[マゼラン] うわぁ!! まさかまた怪奇現象とかじゃないよね!

[???] ......

[マゼラン] だ、誰?

[アスベストス] あん?

[マゼラン] アスベストス!?

[事務所オペレーター] えっと、どちらさま?

[マゼラン] あっ、こんにちは! あたしは……

[アスベストス] こいつ、単独行動じゃ心配だなんだ言って、勝手にあたしにくっついて来た挙句、凍死寸前になりやがって。それで送り返してたとこだったんだよ。

[事務所オペレーター] こんにちは、私はバードって言います。オペレーター見習いとしてロドスの事務所に勤めていまして、そこへアスベストスさんが薬を交換しに来たんです。

[事務所オペレーター] 規定によれば、オペレーターが薬品を受け取った後、その安全を確保することも我々の責務の内なんです。お一人で探検に出られるとのことで、どうしても心配でついて来たのですが……

[マゼラン] バードさん、よく聞いて。この先の氷雪地帯は、君のような事務職員にとっては危険だよ。オペレーターの安全を確保しに来たのに、自分が危ない目に遭っちゃ元も子もないでしょ?

[アスベストス] そういうこと。まっ、ここまで来りゃお前も帰り道は分かるだろ。ほら行った行った。あたしはこいつと行くことにするから、これ以上はもう構うな。

[事務所オペレーター] しかし……

[マゼラン] バードさん、あたしはライン生命のロドス駐在オペレーターで、マゼランって言うの。ほらここ、名札にも書いてあるよ。

[マゼラン] あたしの行ってる任務はライン生命が企画したもので、携行物資は感染者用の薬品も含め、もう一人分くらいなら余裕にカバーできるの。アスベストスの安全はあたしが保証するから、心配しないで。

[事務所オペレーター] あっ、本艦のオペレーターさんだったんですね? それなら私なんかよりもずっと経験豊富ですよね。分かりました。

[事務所オペレーター] アスベストスさん、お戻りになったら今度こそ本艦で身体検査を受けてくださいね。現状についてのデータは後ほどアップロードしておきますから。

[アスベストス] チッ、わぁーったよ。

[事務所オペレーター] ではマゼランさん、アスベストスさんのことを頼みました。あなたもどうかお気をつけて。

[マゼラン] うん、そうするよ。ここからでも結構歩きづらいと思うから、そこまで送るね。

[マゼラン] それで、薬を使い切っちゃったけど、冒険の途中だったから近くの事務所に寄ったのかな?

[マゼラン] えへへ、こうして知ってる人と一緒に任務ができるなんて、うれしいなぁ。

[マゼラン] でもさ、本当に最初っから氷原を探検するつもりだったの? 物資とか足りてる? もし単にバードさんを追っ払いたくてあたしについて来たっていうなら、今すぐ追い返しちゃうからね!

[アスベストス] ……いっそのこともう追い返してくれ。

[マゼラン] えぇ!? なんで!?

[アスベストス] チッ……はぁ。

[アスベストス] 端っから氷原探索に向かうつもりだったてのはホントだよ。まぁ、お前と比べちゃ準備は万端とは言えねぇだろうがな。

[アスベストス] クルビアでの冒険がひと段落着いたばかりでよ。一回本艦に戻るつもりだったけど、薬が底をついたから、ひとまず事務所の任務をこなしてたんだ。

[アスベストス] そしたら途中で、あるじいさんが氷原の話をしてるのを聞いてな。面白そうだったんでここに来ちまったってわけさ。

[マゼラン] 氷原の話をする、お爺さん? ねぇ、もしかして、「果てなく続く氷原には、名もない小さな花が咲く♪」って曲も聞いてたりする?

[アスベストス] あぁ、じいさんが歌ってたな。

[マゼラン] それ、たぶんあたしの実家の近くだよ! ねぇ、お爺さんは今どうしてるの? お爺さんのお花屋さんによく行ってたけど、キレイなお花がいっぱいあったんだ!

[アスベストス] ……

[マゼラン] アスベストス? どこへ行くつもり? ルート通りならこのまま北に進むはずだけど。

[アスベストス] この氷河を登る。

[マゼラン] 冬に十分な量の雪が降って、夏の気温でちょうどよく融かされてできた氷河でもないと、登ったりしちゃダメだからね。見えないクレバスにでも当たったら命がないよ。

[マゼラン] アスベストス、ここが黒流樹海なら君の指示に従うけど、氷原にいるからにはそうはいかないからね。

[マゼラン] あたしはライン生命の専門観測員として、このルートをもう何百回も踏破してきたんだ。あたしよりもここに詳しいって人がいないからこそ、単独の探索任務を任されてるの。

[マゼラン] だから、君がもし独断で行動しようって気なら、ふっふーん、その時は――

[マゼラン] ちょっと、耳塞がないでよ! こっちは真面目なんだから!

[マゼラン] アスベストス、アスベストスったら!

[アスベストス] だぁー、聞こえてるよ!!

[マゼラン] ――見て、前に見えるあのセラック、あれについてここ数年研究してきたんだ。

[マゼラン] 氷河のクレバス同士がぶつかり合うと、ああいった垂直の氷の柱が形成されるの。見た目は頑丈そうだけど、いつ崩れちゃうかも分からないんだ。

[マゼラン] だから念のため遠回りして行こう。こっちね。それと、この命綱を身体に括りつけておいて。いい? 何があっても絶対に外しちゃダメだよ。

[アスベストス] これって、片方が足を滑らしたら、二人そろって真っ逆さま……ってことにならねぇか?

[マゼラン] いいや、むしろ一人が落っこちても、もう一人がロープで相手の位置を特定できる。そうすれば、助かるチャンスはある。

[マゼラン] 氷原において、個人プレーはタブーなんだ。探検者全員が一つにならないと、前へは進めないからね。

日を追うごとに、マゼランとアスベストスは氷原の奥地へと進んでいく。

吹きすさぶ風雪の中、少しでも体力と体温を温存するべく、二人の交わす言葉はますます短く、簡潔なものになっていった。

「極限を求めて探索するのは、一体何のため? 最後には、何を見つけ、何を得て、そして何を残せるのだろうか……」

深く入り込めば入るほど危険が増していくのは誰もがわかっていること。追い求めたその景色を本当に目にするまで、自らの命を失いたくないのは誰もが一緒。

[マゼラン] しっかりピッケルを突き刺して! 滑り出したら岩の隙間に引っかけるんだよ――やめて! ロープを外したら許さないんだから!

[アスベストス] でもそれじゃお前まで落っこちまうぞ!

[マゼラン] 大丈夫、あたしにはドローンがある。今は何も言わず、合図に合わせて動いて! ドローンを掴んで、足の力を抜いて、三、二、一!

[アスベストス] よっと!!

[マゼラン] よし、そのまま上に登るんだ! 足場をしっかり確保できたら、命綱をハーケンに固定して! そうしたらあたしも上がれるから!

[アスベストス] 固定したぞ!

[マゼラン] よし、それじゃあ――

[マゼラン] ――うわぁ!

[アスベストス] つかまえた!

[マゼラン] ふぅ、なんとか上がれた! でもドローンが――

[アスベストス] 落っこちまったな。

[マゼラン] ハア、ハッ……まあ、あたしたちが無事ならそれでいいんだ。それより、さっきはなんで命綱を外そうとしたの!

[アスベストス] ……

[マゼラン] ロープは絶対に外さないでって言ったじゃない! あたしたちには救助用のドローンがあるんだから……ここは登りづらいって、後でやってくる人のためにマークでも残そう……

一ヶ月が過ぎた。

マゼランはこれまで数多な資料を目にしてきた。富、予言、権力……人々が氷原へ向けた想像は様々だが、彼女の心にあるのは、いつだって幼い頃の夢と、あの歌に出てくる物語だけだった。

二人の刻む一歩一歩は、未踏の氷原を地図に描くことのできる土地へと変えていく。それはその瞬間ごとに確実に手に入れた勝利でもあった。

しかし、氷原の果ては依然として現れない。茫洋とした雪の中に姿をくらませるそれは、予期せぬ雪崩一つで意のままにあらゆる生命を奪うことができる。

たとえ人類に足跡を付けられたとしても、氷原はすぐに新たな雪でそれを覆い隠してしまう。それでも人類は、ひたむきに前へ前へと進んでいく。

[アスベストス] 大丈夫か? ドローンは?

[マゼラン] これで最後の一機だよ。でもまあ、この子もそろそろかな。

[マゼラン] センサーの反応が正しければ、この先に大きな岩があるみたい。ひとまずそこまで行って休憩しよう。それにしても今回集めたデータがあれば、ここに観測ステーションを建てるのも夢じゃないね!

[アスベストス] へいへい、我らが探検家ちゃんはステキな夢を持ってるもんだぜ。

[アスベストス] ……大きな岩って、これのことか?

[マゼラン] うん! でも思ってたのよりも大きい……この大きさの氷晶でさえ珍しいというのに、この環境下で砕けることなく立っていられる巨石なんて、奇跡って言ってもいいくらいだよ。

[アスベストス] ……なんか文字が彫ってあんぞ。イニシャルか?

[マゼラン] 何だって!? そんな! 落書きなんてしたら岩石サンプルが傷ついちゃうし、そもそも自然に対する冒涜だよ!

[マゼラン] でも、ひと昔前のあの氷原探索の後に、他の探検家がここまで来れたなんて聞いたことも……いや待てよ?

吹雪を避けながら、マゼランは巨石の後ろに回り込み、その表面に刻まれた文字を入念に観察した。

[マゼラン] このイニシャルって……前になんかの資料で読んだことがあるような……

[マゼラン] まさか……

[マゼラン] ……アスベストス、ここには多分、大先輩たちが眠ってると思う。

手袋をしたぎこちない手で、マゼランは積もった雪や氷のかけらを一生懸命かき分けだした。硬い氷にぶつかればシャベルで掘り、そしてまたかき分ける作業をひたすら繰り返した。

徐々に雪の下から凍った衣服が見え始め、やがて完全な状態の遺体が次々と姿を現した。アスベストスも手伝いに加わり、最後には全部で四人の遺体が静かに雪の上に横たえられた。

[マゼラン] 前に、ライン生命の先輩から、聞いたことがあるんだ。何十年も前に探索を敢行した探検隊が、全員氷原で命を落としたって……まさかその場所が、ちょうどここだったなんてね。

[マゼラン] この人たちを全員連れて帰るのはさすがに無理か……皆さん、眠ってるところお邪魔して本当にすみません。塚を立ててあげるから。あなた方の遺品もしっかり整理して、代わりに家族に返しますね。

探検家たちは雪の下で数十年もの長い眠りについていたが、その顔立ちは未だ若々しく保たれていた。

彼らによってもたらされたデータの数々は、多くの後輩たちを氷原探索へと奮い立たせた。そしてそんな後輩に見つけてもらえた彼らは、ようやく再び氷原の風をその身に浴びることができた。

[アスベストス] ハァ……あたしもいつかはこんな風に、探検の道半ばでおっちんじまうだろうな。

[マゼラン] アスベストス……あたしね、たまに自分に問いかけるんだ。今やってる探索が片道切符だと分かっていても、それが科学を進歩させる糧になるなら、迷わずそのまま突き進められるかって。

[マゼラン] 今までずっと自分なりの答えを出せずにいたんだ。でも、ここにいる先輩たちならきっとこう答えるよね――「それでも進む」って。

[マゼラン] この人たちは本当に勇敢だったと思うよ。あたしならどうしてもパパやママ、それにお友達のことを考えちゃうし、ためらいもなく命を捧げるのなんて無理。仲間にも死んでほしくなんかない。

[マゼラン] 理想のために命を捧げるのはもちろん立派なことだよ。だけどね、あたしがいる限り、仲間は誰一人死なせたりはしないから。

[アスベストス] そうだな……

[アスベストス] 吹雪が弱まったな、テントを張ってくるよ。

[マゼラン] 「隊長の凍傷は余りにも酷く、足趾を切除してもその後右足を丸ごと失うことに……乗ってきたソリも五日前にとうとう使えなくなってしまった。『二十三年!』、隊長はそう叫んで這って進んだ。」

[マゼラン] 「二十四人もいた隊員は、今や五人しか残っていない。私たちも、おそらく生還は望めないだろうね。」

[マゼラン] 「下半身はもう、感覚がない。隊長のときもそうだったわ。血すら流れずに、そのまま取れてしまった足を私は横で見ていた。手がまだ動けるのがせめてもの救いね。」

[マゼラン] 「もし隊長がまだ生きていたら、私のこれからの行いを責めるだろうか。いつものように毛むくじゃらの髭面から白い息を吐いて、ヒゲを凍らせて……でも、もう最後だから、許してくれるよね?」

[マゼラン] 「私はこれから、この岩に私たちの名前を刻む――」

[マゼラン] 「ピアリー、アビゲイル、メルロット、アベル、コルト。これが私たちの生き様で、私たちが成し遂げた偉業! 氷原にそびえてなお砕けることのないこの巨石には、我々の名が残り続けるだろう。」

[マゼラン] 「もちろん、これは自然に対して許されざる行為で、もうすぐ死ぬんじゃなかったら絶対にやらなかったわ。これを見た人にもマネしないでほしい。」

[マゼラン] 「では、私もそろそろ眠りにつこうと思う。メルロットはつい数分前に目を閉じたが……結婚式がまだなのが少し残念ね。でもまあ、雪のウェディングドレスというのも悪くないかも。」

[マゼラン] 「それじゃ、おやすみ、私の最愛の人。」

[マゼラン] メルロットさんはクルビア人で、アビゲイルさんはイェラグ人、みんなそれぞれ違う国からやってきたんだね……

[マゼラン] こんなチームを組むことが、あたしの夢のひとつだったんだ。先輩たちは本当にすごかったんだなぁ。

[マゼラン] あっ、扉にもなんか書いてある……

[マゼラン] 「果てなく続く氷原には、名もない小さな花が咲く。」

[マゼラン] 「舞う雪を静かに見守るは、かの地に残るわが友よ。」

[マゼラン] 先輩たちもこの曲を知ってたんだね。

果てなく続く氷原には、名もない小さな花が咲く♪

舞う雪を静かに見守るは、かの地に残るわが友よ♪

[マゼラン] どうか安らかにお眠りください。

[端末] ジジ――ジジジ――

[アスベストス] おい、その端末、なんか鳴ってるぞ。ジージーとうるせぇのをずっと我慢してたんだが、そろそろ限界だ。

[マゼラン] 端末? 電波の届かないエリアに入ってもう結構経つのに、なんでまた急に……えっと……

[マゼラン] ……

[マゼラン] ホントだ、なんか受信してるみたい……?

[端末] マゼランちゃん、写真届いたよ&%がとう。オーロラが#@っても綺麗に写ってて、すっごa#&心が揺さぶられた#¥この感動をなんて表*%たらいいかわからない@%%に送ってもらった他の#@

[マゼラン] ……そういえば、前回の氷原探索の時にオーロラちゃんに色んな写真を送ってあげてたっけ。もしかして、これはその返信?

[マゼラン] えっ! だとしたらますますありえないよ! こ、ここってロドスからどれだけ離れてると思ってるの!

[マゼラン] こんなのって……これも奇跡だね!

[アスベストス] オーロラってガキなら会ったことあるぜ、あのウルサスの娘だろ?

[マゼラン] うん! あの子もすごいよね! あっ、受信が終わっちゃった。全部の内容は届いてないと思うけど、本当に通信できたんだ!

[マゼラン] 先輩たち、ちょっと聞いて! さっき、なんとここでメッセージを受信できたんだよ! 本当ならありえないことなのに! それで、送ってくれたのはあたしのお友達で、オーロラちゃんっていうの。

[マゼラン] イェラグ人のウルサスで、白くてふわふわのお耳をしてて、すっごく可愛い女の子なの。彼女の鉱石病が落ち着いたら、一緒に氷原探索しようねって約束もしてるんだ。

[マゼラン] えへへ、このメッセージが届いたのも、先輩たちのおかげな気がしてきたよ! ありがとうね!

[マゼラン] ねぇアスベストス、そういえばオーロラちゃんが故郷のチーズフォンデュを保存食にしてくれたんだ! 事前に調理して真空パックにしてあるから、温めるだけですぐに食べられるよ!

[マゼラン] どう、食べてみる? 寒い日にはこれがピッタリなんだって! また吹雪いてくる前にパパっと食べちゃおうよ!

[アスベストス] チーズフォンデュだと? まあ、食いてぇなら止めはしねぇよ。

[マゼラン] ……

[アスベストス] ……

[マゼラン] うっ、胃もたれしそう……

[アスベストス] 慣れねぇんだよな、コレ。

[マゼラン] 脂っこ! イェラグではみんなこんなのを食べてるのかな? クルビア人からしたら、チーズなんてハンバーガーにちょっと挟むぐらいがちょうどいいんだけどな……

[アスベストス] あたしはやっぱいい。自分が持ってきたモンを食うわ。

[マゼラン] そんなぁ、一人じゃこの量はキツイよ……

[アスベストス] レム・ビリトン人として丁重にお断りするぜ。んじゃ、もう少し北に進めねぇか、ちょっくら見てくるわ。

[マゼラン] うぅ……

[マゼラン] 二十九日目。例の歌をアスベストスに教えてあげたら、とっても上手に歌ってくれた。今度はオーロラちゃんにも教えてあげようと思う!

[マゼラン] 探索は引き続き北に向かって進行中。今日はもう予定のポイントまでたどり着けた。

[マゼラン] 先輩たちの遺品の整理も今日で全部終わり。未調査の地点のヒントをたくさん発見できたので、それらを今後の探索目標とする。先輩たちが遺した仕事はあたしが受け継いて、やり遂げてみせる。

[マゼラン] そして、あたし自身の夢も。

[マゼラン] 九十二日目。この地での新型機器の動作安定性を確認。ドローンの修復作業も完了。

[マゼラン] 今日も北への行進に挑んだが、天候悪化のため予定していたポイントまでたどり着くことはできなかった。また、前方に大量のクレバスを観測。目下では探索不可能と判断し、限界の地点をマーク。

[マゼラン] 先輩たちの遺した目標地点はこれでほぼ調査完了。遺跡もいくつか発見し、サンプル収集を行った。残りの地点は現時点では到達できないが、それぞれマークを更新した。

[マゼラン] 最新の発見は……

[マゼラン] 百三十二日目。今日が氷原での最後の日になる。

[マゼラン] 出発前に設定していた最北地点への到達は依然成しえなかったが、救援用ドローンが残り一機のみとなったことと、装備の損壊度が高いことを鑑みて断念。これより装備を交換して帰投する。

[マゼラン] アスベストスとオーロラちゃんに、氷原を見て何を思うのかと聞いたことがある。征服の対象? 自分探しの旅? それとも、そのどれでもなく、ただ自分の目標を実現することが楽しいのか……

[マゼラン] あたしにとっては至ってシンプル。ただ、小さい頃に聞いたあの歌が歌った物語に、少しでも近付きたかっただけ。

[マゼラン] そんな決断を理解してくれる人は少ない。アスベストスもそうだったみたいで、両親とは大喧嘩したらしい。オーロラちゃんも、やりたいことを巡って家族と少し揉めたとか。

[マゼラン] 彼女たちと比べたら、あたしはとても幸運だ。なぜなら、あたしには賛成してくれる両親がいるから。おかげでどんな挫折にあっても諦めずにここまで続けて来れた。

[マゼラン] 氷原にはあたしの夢がある。その夢はなんとしても実現させたい。そのためには何があっても後悔しない。ここに眠っている先輩たちだって、後悔はなかったはず。

[マゼラン] あたしも、後悔はしない。

[マゼラン] ……そろそろ帰ろっか。

[マゼラン] へぇ、あの時は隊長さんだけが帰って来れたんだね……

[研究員] ええ、ピアリーって人よ。彼が持ち帰ったデータは、当時の探検事業にとって大きな助けとなったわ。彼こそが氷原踏破に希望を灯した第一人者――そう思ってる人も大勢いるんじゃないかしら。

[研究員] あなたが持ち帰った隊員たちの遺品だけど、中に入っているデータは今となってはもう役に立つことがないにしても、それ自体にはとても意義があるわ。

[研究員] ライン生命名義で政府に連絡を入れて、遺族を探す作業を当局に依頼しましょう。もし見つからない場合は博物館に寄贈することもできるから、記者になるべく多く報道させるように連絡しておくね。

[研究員] この人たちのことが有名になれば、政府もライン生命もウィンウィンよ。今回も最北端には到達できなかったとはいえ、ライン生命がまた記録を塗り替えたことは周知されるでしょう。

[研究員] そうなれば、名声も今後の新プロジェクトも私たちのものになる。よく頑張ってくれたね、マゼラン。

[マゼラン] ……

[マゼラン] ポリーさん、あたしはただ、自分の夢を実現させたいだけで……

[研究員] 分かっているよ、それは私の夢でもあるわ。でもまあ、仕事は仕事だからね。この件が済んだら、あなたも休暇を取って、ゆっくり休むといいよ。

[マゼラン] ママ、あそこの角で花屋をやってたお爺さん、今どうしてるか知らない? ほら、あたしが小さい頃よく行ってた、足の不自由なお爺さんがいたあのお店。

[マゼラン] それとね、昔からやってるあの焼き菓子屋さんにも行ってきたよ。味が全然変わってなくてもうびっくり!

[優しい母親] あぁ、あのお爺さんは……何ヶ月か前にお亡くなりになったわ。お店もお子さんは継ぐ気がないそうで、今買い手を探してるみたいなの。

[穏やかな父親] お前が知りたいんじゃないかと思って、聞いておいたんだ。あのお爺さんは、お前が小さい頃によく遊んでいた荒れ地に、花をたくさん残していったそうだよ。

[穏やかな父親] この前見に行ってみたんだが、立派なお花畑になっていたよ。

[優しい母親] ……悲しかったら、我慢しないで泣いてもいいのよ、ハニー。晩ご飯を食べ終わったら、見に行ってみたら?

[マゼラン] ……

[マゼラン] うん。

[マゼラン] ここだったんだね……お花畑、キレイだなぁ。

[マゼラン] 石碑が立ててある。お爺さんのかな……

[マゼラン] 「果てなく続く氷原には、名もない小さな花が咲く。」

[マゼラン] 「舞う雪を静かに見守るは、かの地に残るわが友よ。」

[マゼラン] 「ここに生涯の幕を下ろす。――ピアリー」

[マゼラン] 「ピアリー」?

[マゼラン] あっ……

[マゼラン] 先輩……あなたの隊員さんと、氷原で会えたんだ。

[マゼラン] あたし、先月にあなたたちが到達した地点までたどり着けて、そこから更に八百メートルも先に進めたんだ。次は、もっと遠くまで進んでみせるからね!

[マゼラン] 今回のチームは二人だけで、先輩たちには及ばないけど、探索を続けてきたおかげでできた友達もいっぱいいるから……そうそう、中でもオーロラって子は氷原にとっても興味を持ってくれてるんだ!

[マゼラン] そっか、そうだったんだね……小さい頃、あなたが歌うあの曲に影響されて、あたしは氷原に興味を覚えて……そして今、あたしはあなたやお仲間たちさえ到達できなかった場所まで……

[マゼラン] 大先輩のお爺さん、本当にありがとう。あたし……

何か記念になるものをお供えしようと、マゼランは持ち物を探してみたが、見つかったのはいつも持ち歩いているノートだけだった。

そのノートには高度な数式も、奥深い洞察もなく、ただ彼女が氷原で感じた喜怒哀楽の記録と、氷原の景色を写し取った簡単なスケッチがあるだけだった。

マゼランはノートをポケットから取り出し、花畑に置いた。草花は優しくノートを包み込み、風が文字をいっぱいに書き込んだページをめくっていく。

[マゼラン] 果てなく続く氷原には、名もない小さな花が咲く♪

[マゼラン] 舞う雪を静かに見守るは、かの地に残るわが友よ♪

[マゼラン] ……それじゃ、時間も遅いしそろそろ帰るね。ここからウチまで結構かかるから。

[マゼラン] そうだ! 隊員さんたちの遺品は皆さんのご家族のもとへちゃんと届けておいたから、安心してね。じゃあまたね、先輩。あたし、これからもずーっと、氷原探索を続けていくから!

[はしゃぐ子供] ほら見ろ、ホントだったろ! こんなところにでっかい花畑があるんだぜ! ほとんど知られてないんだ! どうだ、すごいだろ!

[走る子供] わぁ――キレイ! お花がいっぱい!

[はしゃぐ子供] 行こうぜ! まだこの先にもあるんだ。あそこに見える岩、登ったことねぇだろ? あの岩に登ったのは、このおれが最初なんだからな!

[走る子供] よーし、どっちが速いか競争だ!

[歌う子供] ねぇ、ここにノートが落ちてるけど、誰か落とした?

[歌う子供] ねえってば!

[歌う子供] へぇ……北にある氷原って、こんな場所なんだ!

[歌う子供] いいなぁ~。

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