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灯火が照らすまで
ジョディはケガをしたトランスポーターの代わりに、荷物を送り届けることを約束した。しかしその荷物が、寂れたグランファーロに小さな波乱を巻き起こすことになる。
[ジョディ] 「……安全性を考慮し、接続用の装置に利用可能となる……現時点で最適な代替素材は……」
[ジョディ] んー、この素材の消費量、もしかして間違ってるんじゃ……
[ジョディ] ……いや、そんなことないか。これは初期の頃のノートだし、間違いがあれば、母さんなら訂正するはず……
[ジョディ] だったら……「イベリアの眼」って、どれだけ大きいんだろう?
[ジョディ] こんな大きさのものに灯りが灯ったら、グランファーロ中どこの家からでもよく見えるんだろうな……
[ジョディ] はは……きっとただの伝説なんだろうけど。
[ジョディ] それから、照明強度のテストか……かなりわかりやすい図解もついてるし、この通りにやれば作れるかも。
[ジョディ] だけど、この町には実験用にこれを作るだけの材料なんてないだろうし……
[ジョディ] ……!
[ジョディ] 今出ます、少し待っていてください!
若き介護士は慌ててノートを棚にしまうと、手元の灯りを持ち上げて小走りに扉へ向かっていく。
[ジョディ] ずいぶん遅い時間ですが、礼拝堂に何のご用で――
[ジョディ] ――と、トランスポーターさん!? 一体何が……
[ジョディ] ……大丈夫ですよ、今起こしてあげますから。
[ジョディ] そこで安静にしていてください。清潔なガーゼをすぐに……
[トランスポーター] 先に……扉を閉めてくれ。
[ジョディ] あっ、はい。
[ジョディ] 刀傷が……革のベルトごと斬られたんですね……
[ジョディ] でも、これなら手当できそうです。
[ジョディ] とはいえ、数日はここで安静にしてもらわないといけませんが……
[トランスポーター] っ……
[トランスポーター] ……命拾いした。
[ジョディ] そ、そうですね。本当に、手遅れにならなくてよかったです。僕は簡単な応急処置しかできないので、傷口から感染してしまったらどうしようもないですし……
[トランスポーター] 傷を負った理由も聞いてこないとは、変わった奴だな。
[トランスポーター] この町の奴らは皆こうなのか?
[ジョディ] え、ええと、僕は止血が先決だと思っただけで……
[ジョディ] ……それに、突然そんなふうに聞かれても、どう答えればいいかわからないんです。外のことは、よく知らないので。
[ジョディ] 僕の知る限り、外からグランファーロにやってくる人は滅多にいませんし、去って行った人は二度と戻ってきませんから。
[トランスポーター] グランファーロは……そういうところだ。海にも近く、裁判所にも近い場所にあるからな。
[ジョディ] ははっ、そうですね。あなたのようなトランスポーターさんでも、長くいることはないですし……
[ジョディ] ……すみません、お名前を伺ってませんでしたね。いつもなら、トランスポーターの方は皆さん、急いでやってきては慌ただしく出ていかれて、礼拝堂で休む暇もないことが多いものですから。
[トランスポーター] 俺は……ごほっ。そうだ、君はこの街に詳しいほうか?
[ジョディ] そこそこ知っているほうかと思います。ずっとここで暮らしてきましたから。
[ジョディ] とはいえ僕も、昔あったことや、あの広場とそこに立つ彫像、それから海については……おじさんの話で聞いたことがあるくらいで。
[トランスポーター] それで十分だ。
[トランスポーター] 傷の手当までしてもらっておいて、申し訳ないが……頼みたいことがあってな。
[トランスポーター] これはグランファーロ宛ての荷物なんだが、具体的な住所や受取人の名前がないんだ。「白い花が飾られた扉へ」としか書かれていなくてな。
[ジョディ] 白い花が飾られた扉、ですか? この町には、そんな家はないと思いますが……
[トランスポーター] すまない……自分の傷の具合はよくわかっているし、君の言うように数日の間は、町を歩き回って受取人を探すことなどできそうもないと思っている。
[トランスポーター] だが、この荷物だけは……どうしても届けたいんだ。
[ジョディ] わ、わかりました。僕に任せてください。
[ジョディ] ずいぶん重たい荷物ですね……
[ジョディ] とりあえず、夜が明けたらすぐ探しに行ってみます。
[ジョディ] そうだ、毛布を持ってきますね。古いものではありますが、一晩中温かく過ごせると思いますし。
[トランスポーター] 本当にありがとう。
[トランスポーター] ……気をつけてな。
[ティアゴ] ったく、あの若造ども、近頃ますます軽率になりやがって! このままじゃあいつらのせいで裁判所の連中に目を付けられて、二十年続いた平和がぶち壊されちまうぞ!
[ティアゴ] 落ち着いて理性的に話せなんて言ってくるが……裁判所の連中が理性的な対応をしたことなんざあったか!?
[ティアゴ] はぁ……残りのスープはお前にやるよ。なんだか塩辛いにおいがして俺は苦手だ……なあ坊主、お前も連中に目を付けられんよう、これからはもっと気を付けておくんだぞ。
[ジョディ] うん、わかった。ついでに、次スープを作る時は気を付けるよ……
[ジョディ] ……町で何かあったの?
[ティアゴ] 何も。またお節介焼きの連中がグランファーロに探りを入れに来ただけさ。
[ティアゴ] どこから嗅ぎつけたか知らないが、裁判所に報告するしか能のない宣教師どもが二人、連れ立ってやってきたんだよ。
[ティアゴ] グランファーロには連中が求めるものなんざないってのに、奴らにはそれがわからんらしい。……ここにはもう、何も残っちゃいないのにな。
[ジョディ] ……
[ティアゴ] ……礼拝堂のほうは相変わらずか? お前はまだ両親が残したノートを読んでるのか?
[ジョディ] うん……すごく面白くて、読んでる内に気付いたら一日経ってるくらいなんだ。
[ティアゴ] それは構わんが、ノートを読んでるところを他人に見られるなよ。あれは確か、エーギル語で書かれてたはずだからな。
[ジョディ] うん、気をつけるよ、ティアゴおじさん。
[ティアゴ] ……はぁ。
[ティアゴ] 最初は、一番危険な場所に隠しておけば、裁判所の目を欺けるだろうと思ってただけなんだがな。あの盗人どもにグランファーロのすべてを奪われるのは御免だって気持ちばかりで……
[ティアゴ] あれを読もうとする奴がいるかどうかまでは考えてなかった。
[ティアゴ] だが、あれが今お前の暇潰しになってるのなら、置いといただけの価値はあったな。
[ジョディ] うん。あれを残しておいてくれてありがとう、おじさん。本当に感謝してるよ。
[ジョディ] そういえば、今日の夜、礼拝堂に――
[ドアの外の声] ティアゴさん、報告したいことがあるの! 裁判所に目を付けられる前に片付けときたいことなのよ!
[ティアゴ] (声を抑える)ジョディ!
[ジョディ] う、うん……! 部屋に戻るよ、ドアはちゃんと閉めておくから……
[積極的な町民] どうやらあの宣教師たち、この町の人じゃなくてトランスポーターを探してるみたいよ。
[積極的な町民] だけどあいつら、トランスポーターがエーギル人に代わって情報を伝えに来たんじゃないかと疑ってるみたい。
[積極的な町民] ……ちょっと、そんな顔しないでよ。私たちじゃなくて、あいつらが疑ってるって話をしてるだけでしょ。
[積極的な町民] とにかく、さっき礼拝堂に行ってみたんだけどね。中で、宣教師たちにケガをさせられたトランスポーターが休んでたのよ。
[ティアゴ] ……礼拝堂だと?
[積極的な町民] 安心して。ジョディについては何も話してないわ。宣教師たちのことはジョディが礼拝堂を離れたのを見計らって連れて行ったしね。
[積極的な町民] あの子とはずっと仲良くやってきたし、こんなわけのわからないことに巻き込みたくはないもの。
[積極的な町民] そのあと宣教師がトランスポーターの荷物を全部調べてたけど、怪しい物は何も出てこなかったわ。
[積極的な町民] きっと……何かの誤解だったんでしょうね。
[ティアゴ] ハッ、誤解か!
[ティアゴ] ……状況はよくわかった。
[ティアゴ] あとは皆にもよく言っておいてくれ。数日の間は静かに過ごして、この件の噂話もするなってな。
[ティアゴ] ……しばらくうつむいて我慢していれば、何事もなく終わるさ。そうなりゃ、裁判所がまた俺たちを煩わすこともないだろう。
[積極的な町民] そうね、ほかの人たちにも伝えておくわ。
[ジョディ] ……
[ジョディ] エーギル人から送られてきた、怪しい物って……
ジョディは、ドアの後ろに置いておいた、深緑色の布で包まれた荷物を手に取ると、その匂いを嗅いでみた。
ティアゴが眉をひそめていた塩辛い匂いが、この荷物から来るものなのか、あるいは季節の廻らぬグランファーロの湿った空気から来るものなのか、彼にはわからなかった。
[ジョディ] ……自分で探してみよう。
[ジョディ] 町の人は良い人ばかりだし、裁判所に捕まるほど悪いことをするとは思えない。
[ジョディ] それに、この町にも昔はエーギルが大勢いたんだって、ティアゴおじさんが言ってたよね。それなら、差出人は友達がもういないってことを知らずに荷物を送っただけかもしれない。
[ジョディ] 受取人が誰なのか……僕自身の目で確かめてみよう!
[ジョディ] ふぅ……広場の東側は一通り探したな。
[ジョディ] 明日の朝、またほかの場所を探してみよう。ティアゴおじさんの話では、例の宣教師たちは朝七時頃に見回りに出るらしいから、早めに帰らないと。
[ジョディ] もう三日も経ってるし、そろそろ宣教師たちもここを出る頃かもしれないな。
[ジョディ] それにしても、「白い花が飾られた扉」って……この町にある家は大体白く塗られてるから、白い花で飾ろうとは思わない気がするんだけど。
[ジョディ] そういえば、さっき通った家の扉に何か白いものが見えた気が……
[ジョディ] あっ、違う。見間違いだ。
[ジョディ] 花じゃなくて……本がかけられてる。
[ジョディ] でも、何だかそれって……変な気がするな。この家はずいぶん前から誰も住んでないはずだけど、この本は新品だし。
[ジョディ] よし、ノックしてみよう。
[ジョディ] ……誰もいないのかな。
[ジョディ] うーん、やっぱり返事がないや。僕の考えすぎかも……
[馴染みのない声] この町でまだ探してないのは、もうこの辺りだけだろう。
[馴染みのない声] 俺はこの通りをまっすぐ行くから、お前は別のほうから回れ。不審な家を見かけたら、強引に突入して構わん。
[ジョディ] (知らない人の声だ。訛りもこの辺りのものじゃない……外から来た宣教師って、あの人たちのことかな。)
[ジョディ] (とりあえず隠れないと!)
[ジョディ] (この道から戻ると、鉢合わせてしまうかもしれない。)
[ジョディ] (もし見つかったら、きっとティアゴおじさんに迷惑をかけちゃうよね……)
[ジョディ] (――足音が近づいてきてる。)
[温和な女性の声] あら、おはようございます。若く有能な宣教師さんとお見受けしますけれど、この町で外から来た人を見かけるなんて、珍しいこともあるものですね。
[ジョディ] (開いたのは……さっきの扉? それに、聞き覚えがある声だ。)
[若い宣教師] 有能だなんてそんな。同期にはもう審問官になった人間もいるくらいですし、私なんてまだまだです。
[若い宣教師] それにしても、あなたはこの町の大半の人と違って、裁判所をむやみに恐れることなく、我々の信仰に歩み寄ってくださるんですね。
[アマイア] 文字から得た表面的な知識とはいえ、裁判所の方々がどのような危機に抗っていらっしゃるかは存じておりますから。
[アマイア] この町に本当に憂慮すべきものがあるとしたら、それは向こうだと思いますよ。
[若い宣教師] 何か手がかりがあるのですか?
[アマイア] いいえ、ここには変わった物などありません。だからこそ私はこの静かな町に身を寄せて、心穏やかに書類仕事をすることにしたのですから。
[アマイア] けれど、あちらには海が広がっていますでしょう。
[若い宣教師] 可能性があるとすれば町の外だけだ、ということですね……わかりました、ありがとうございます。とはいえ、それは我々のような普通の宣教師二人で解決できるような問題ではありませんね。
[アマイア] ……
[アマイア] 礼拝堂のジョディですね。こんにちは。
[ジョディ] ……こ、こんにちは。
[ジョディ] お尋ねしたいんですが……これはあなた宛ての荷物でしょうか?
[アマイア] ええ。届けてくれてありがとう。
[ジョディ] ふぅ……良かったです。
[ジョディ] では、僕はこれで。
[アマイア] 中身を聞こうとは思わないのですか?
[ジョディ] えっ? ……そんな、アマイアさんがおかしなものを頼むとは思えませんし。
[ジョディ] あなたはグランファーロで一番物知りな人ですし、ティアゴおじさんもあなたにはいろいろなことを教えられた、と言っていましたから。
[アマイア] まあ、そんなことを? ともかく中へどうぞ。中身を見れば、あなたも安心できるでしょう。
[アマイア] 家に置けなくなった本や原稿を保管するために、最近この廃屋を綺麗に片付けてもらったところなのです。
[アマイア] もしかすると……いずれはここで、グランファーロやイベリアの外の物語を読んでみたいと思う人も現れるかもしれませんしね。
[アマイア] あなたが届けてくれた荷物も、実は本なのですよ。
[アマイア] すべてエーギル語ではありますが、読めますか?
[ジョディ] ええと、かろうじてという具合ですが……
[ジョディ] ……これは本当に、エーギル人が送ってきたものだったんですね。
[アマイア] 読めるようなら、どうぞ好きなだけ読んでみてください。
[ジョディ] んー、これは演劇の……舞台装置だとか……そういうものについての本みたいですね。
[ジョディ] これは劇場建築関係の本でしょうか……なんだかすごそうですね。
[ジョディ] アマイアさんは、演劇の研究をなさってるんですか?
[アマイア] いいえ、まさか。私はただの、しがない翻訳家ですから。
[アマイア] これは私の友人が家の中から見つけてくれた古書なのです。恐らくはかの災厄の後、エーギルの人々が記憶を頼りに新たに書き起こしたものでしょうね。
[ジョディ] 災厄?
[アマイア] ああ、お気になさらず。
[アマイア] とにかく、彼女はこれをイベリア語に翻訳してほしいと考えて、わざわざ私に送ってくれたのです。
[アマイア] エーギルの文字を、この陸地の国にそのまま残しておくことは難しいですからね。
[ジョディ] 確かに、エーギル語のわからない宣教師たちがこれを見たら、誤解しそうですしね……
[ジョディ] ……ところで、なんだか悲しそうにお話されてますが、それはエーギル人の境遇を憂慮してのことですか?
[アマイア] そうとも言えるでしょうが……エーギル人のためだけというわけでもありません。
[ジョディ] まあ、僕の場合はここでの生活に慣れてますから……今さら何とも思いませんよ。あはは……
[ジョディ] もちろん、僕の意見がエーギル人全員を代表するようなものでないことくらいはわかってますけどね。
[ジョディ] そういえば、エーギル人の生活って、ほかの場所でもここと同じようなものなんでしょうか?
[アマイア] ほかの場所、ですか……それなら、ジョディ。あなたはこの町で唯一のエーギル人ですし、試しに私の翻訳を手伝ってみませんか?
[アマイア] あなたの助けがあれば、私も一人で古い辞書をめくらなくてもよくなりますしね。
[ジョディ] ええっ……? そんな、僕にはそういう難しい書類仕事なんてできそうもないですし……
[アマイア] 大丈夫ですよ。いつでも好きな時に、好きな分量を手伝ってもらえたらいいですから。
[アマイア] まずはここで、気になった本を読むことから始めてもらっても構いませんし。
[アマイア] 時として文字は人を騙すこともありますが、それと同時に人の限界を打ち破り、新たな可能性を見せてくれるものでもあるということは、まぎれもない事実です。
[アマイア] その中に、あなたが心惹かれている外の様子を見ることもできますしね。
[アマイア] ……あら? ティーポットはどこにやったのでしたっけ? ともかく座ってください、ジョディ。ここでゆっくり過ごせば、あなたの興味を引くものが見つかるかもしれませんよ。
[ジョディ] ええと……
[ジョディ] ごめんなさい、ケガをしたトランスポーターさんが礼拝堂で待っているので、戻らないといけないんです。
[ジョディ] ご厚意には感謝します。ただ……今は、介護士としての仕事がありますから、これで失礼します。
[アマイア] 彼になら……理解できるはずでしょう?
[アマイア] 翼を手に入れ果てなき大海を見下ろせば、波が一つまた一つとそこへ溶け込んでいく……そんな光景を夢に見たことはないのかしら?
[ティアゴ] ジョディ、どこへ行ってたんだ?
[ティアゴ] 七時までに戻ると約束しただろう、坊主。むやみに出歩くなとあれほど言ったのに一体何をやってた? あの宣教師どもは、今日にはここを出ていきそうなんだぞ。
[ジョディ] ご、ごめんなさい、おじさん……
[ジョディ] ちょっと患者さんの様子を見てきてもいい? そのあとは家でおとなしくするから。
[ティアゴ] ケガ人なら、あの若造たちがお前の代わりに世話してくれたぞ。お前が安心して隠れていられるように、ってな。
[ジョディ] えっ、それなら今度会った時お礼を言わないと……とりあえず、今から家に戻るのは危ないだろうし、今日はここに隠れておくね。
[ジョディ] 安心して。戸締りしてから灯りをつけて本でも読んで過ごすから。
[ティアゴ] その灯り……まだ使えるのか?
[ジョディ] ノートに書かれてた通りにやってみたんだ。直ったかどうかはわからないけど、とりあえず光りはするみたいだし……
[ティアゴ] ……
「聞いたぞ、ティアゴ。俺たちが『イベリアの眼』を再建しに行っている間、お前たちも岸にでっかい建物を造るんだってな。」
「基礎を見てきたが、ずいぶん深くまで打ち込まれてたよ。あれの建造風景は、黄金時代のイベリアを思わせるようなすごい光景になりそうだ。」
「俺たちが帰ってくる頃には、グランファーロは灯台の灯りで照らされて、裁判所もこの建物を仕上げてて、今みたいに薄暗い町じゃなくなってるんだろうな。」
「そうだティアゴ、一つ頼んでもいいか? あの建物を造る時、この灯りをどこかの隅っこにでも吊るしておいてほしいんだ。」
「そうすれば、俺も建設に関わったことになるだろう?」
......
すまん。俺には、灯りを吊るすことはできなかった。……ここは裁判所がグランファーロを監視するために建てた礼拝堂で、そんな場所にこれを吊るすなんてどうにも許せなかったんだ。
しかも、これはもう壊れちまった。駐屯していた懲罰軍が礼拝堂を飛び出してったあの晩から、二度とつかなくなったんだ。
だから、これはお前らのノートと一緒に、箱にしまっておくことにしよう。運が良ければ残しておけるかもしれんが、俺はその幸運を祈るつもりはない。
[ティアゴ] ……そのまま本を楽しみな、坊主。
[ティアゴ] 俺はもう行くよ。
[ジョディ] あっ、トランスポーターさん。目が覚めたんですね……
[ジョディ] あの宣教師たちはグランファーロを去りましたから、ご心配なく。
[ジョディ] そういえば、例の荷物もちゃんと届けられましたよ。あなたは何も悪いことなどしていませんから、安心してくださいね。中身を見せていただいたんですが、宣教師たちの疑いは全部誤解で――
[トランスポーター] ……ラルドだ。
[ジョディ] えっ?
[トランスポーター] 俺の名前だよ。伝えそびれてたからな。
[トランスポーター] 手伝わせて悪かった。トランスポーターである以上、面倒ごとに巻き込まれがちな自覚はあるから、これ以上のトラブルは避けたくてな。
[ジョディ] お気持ちはわかります……あっ、僕はジョディといいます。
[ジョディ] とりあえず、傷も順調に治ってきてますし、二、三日もすれば自由に動けるようになると思いますよ。
[トランスポーター] 本当にありがとう。
[トランスポーター] なあ、ジョディ。君はこの場所が好きか?
[ジョディ] ええっと……どうして急にそんなことを?
[トランスポーター] ここは裁判所から近すぎるし、奴らとの確執もありそうだ。俺からすれば、この場所は危険に満ちている上に、活気のないままでいることを強いられているように見える。
[トランスポーター] 君のようなエーギルにとってはなおさらそうだろう。
[トランスポーター] 俺はもう一日だってここにいたくはないんだが、君はどうだ? ここを出たいと思ったことはないのか?
[トランスポーター] もし、グランファーロを出たあとの行き先の心配をしてるなら、ついてくるといい。
[トランスポーター] 北に広がる無人の荒野は危険そうに思えるだろうが、比較的安全な道を知っているんだ。
[トランスポーター] エーギル人に寛容なまともな都市もいくつか心当たりがあるしな。
[トランスポーター] 君のようなエーギル人にも、夢を見て、それを実現するチャンスがあるんだ。
[ジョディ] 夢……
[ジョディ] ラルドさん。もしかして、外の人のほうが海には詳しかったりするんでしょうか?
[ジョディ] 外の人たちは……あの大灯台の、「イベリアの眼」の伝説について話すようなことはあるんでしょうか?
[トランスポーター] バカ言うな、ジョディ。海のことを軽々しく口にする人間なんていないよ。大灯台について子供たちに語り聞かせているのは、君たちグランファーロの人くらいのものだ。
[ジョディ] ……そうですか。
[ジョディ] ご親切に感謝します、ラルドさん。
[ジョディ] でも、まだ行けません。海と灯台を目にするまでは。
[トランスポーター] そうは言っても、グランファーロは失敗したんだぞ。黄金時代の幻想は、何十年も前に潰えてしまったんだ。
[ジョディ] どうか、そんなことを言わないでください。
[ジョディ] それはイベリアのみならず、エーギル人の……
[ジョディ] 一人のエーギル人の夢でもあるんですから。
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