このページでは、ストーリー上のネタバレを扱っています。 各ストーリー情報を検索で探せるように作成したページなので、理解した上でご利用ください。 著作権者からの削除要請があった場合、このページは速やかに削除されます。 |
白日の酔夢
初めて尚蜀を訪れたリィンは、ほろ酔いのまま、憩いの場所を求めて山頂にある古亭にやってきた。
[酒館の店員] 兄さん、爛肉麺(ランローメン)お待ちどうさん! 熱いうちにどうぞ!
[石匠] 熱っちちち!
[酒館の店員] お客様、ご注文の帰行老酒なんですが、生憎ともう甕に半分しか在庫がないんですよ。あれはかなり強い酒ですし、こっちの湖松酒なんかどうですか? 最近入荷して今朝開けたばかりなんですが……
[リィン] ……ふうん。
[リィン] 古今東西、杯の中身は飲み手が選ぶもの。いつから酒の方が飲み手を選ぶようになったのかな? この尚蜀っていうところの常識は、いささか他所と違いすぎじゃない?
[酒館の店員] いえ、そういうわけでは……
[リィン] その酒は喉の渇きを潤せるの?
[酒館の店員] できますとも。湖松酒は喉越し爽やかで、滋味深い甘みが――
[リィン] 人を酔わせるに足る?
[酒館の店員] そいつはどのぐらい飲むかによりますね。酒はお強い方ですか?
[リィン] さあなぁ。私が酔っているように見えたら、追加を持ってくるのをやめればいいんじゃない。
[石匠] (小声)ありゃ、現地の人じゃないな。
[酒館の店員] (小声)ああ、身なりや所作からして、尚蜀に観光でもしに来た裕福な名家出身の人ですかね。
[石匠] (小声)そういえば、ここ数日、ずっと同じ夢を見てんだけど……
[酒館の店員] (小声)それなら俺なんか昨夜、フェイちゃんと結婚する夢を見ましたよ!
[酒館の店員] (小声)夢なんて叶わないもんですよ、それより目の前の麺が伸びちまいますから早く食べて下さい。
[リィン] 語ってみなよ。
[石匠] え?
[リィン] その夢を。
[酒館の店員] あっ、すいませんお客様、うるさかったでしょうか?
[リィン] 一人で黙って飲むのも無聊というものさ。私は酒をおごる、君たちはその夢っていうのを余興に語る、それでどう?
[石匠] あんたは……解夢師かい? 大炎の他の地域じゃ、夢の解説を仕事にする人がいるって聞いたけど……
[リィン] ……
[石匠] ま、手間でもねぇし。あんたの暇つぶしになるなら、語りましょうかね。
[石匠] ここんとこずっと、近くで天災が頻発して、人々が恐怖に怯えている夢を見るんだ。そん中で天師府から矢継ぎ早に命令が下されて、俺は尚蜀の改造工事の総監督に任じられるんだよ……
[石匠] 天師府からの信使が俺んとこに来た時、ちょうど石を彫ってて――
[リィン] 尚蜀の改造とは、移動都市の改造ということかな?
[石匠] そうだ。あんたもここに来る道中で気づいたかもしれないが、尚蜀の移動都市は他のどことも違うんだよ。
[リィン] 確かに、山々をそっくりそのまま移動プラットフォームに移築するのは、他所じゃとても考えられないし、この都市は唯一無二だろうね。
[石匠] だろ? だけどそのせいで、耐荷重も従来のプラットフォームに比べて数倍は必要で、機動性の方も大幅に低下しているんだ。
[石匠] 幸運にも尚蜀は天災がほとんど起きねぇ場所で、移動都市になってから一回も本当に「移動」したことはないが、そうじゃなかったらマズイことになってたかもな。
[リィン] もっともだね。
[石匠] しかし、あの夢! 俺はあの夢ん中で、解決策を見つけたんだ!
[石匠] 総監督になった時は、焦りまくってて……お茶を淹れている最中に突然ひらめいたんだ。
[石匠] 大炎の川の行き着くところはどれも同じ、流れはすべて海に還る……つまり、四方八方に流れてる河川そのものが都市を移動させる自然のレールとなる。
[石匠] それに「水は船を運ぶ」という言葉もある。川の流れと移動都市の動力を合わせれば、重量超過による機動性悪化の問題を解決することができるんだ。
想像してみろよ。雄大な山脈に囲まれた歴史ある都市だ。そこで天災が突然に起きたとしても、都市が矢のように素早く、羽のように軽く川に乗って移動できたとしたら。
市民は家でのんびりとお茶を淹れてるんだ。時折り外で風が吹いて急に大雨が降って、三山十八峰がちょっとばかり色を濃くして、それでやっといつの間にか千里も遠くに移動したことに気付くんだ。
それが実現した時、尚蜀は真に天災から解放され、人々の生活は豊かになるだろう。
[リィン] 本当に壮大な夢だね。もしここに妹がいたら、新作が描き上がっていただろうな。
[酒館の店員] ははは。石を扱ってるのは現実と同じですね。
[石匠] それ以外は全部嘘っぽいとでも言いたいのか?
[酒館の店員] 移動都市を改造するっていうのは……土木天師の領分ですからね。
[石匠] ……
[リィン] いいじゃないか。
[リィン] 土木天師も、そこに至る道の始まりは夢であろうからね。
[石匠] 一生石を彫り続けたいなんて誰が思う? お前は一生給仕でいたいのか?
[酒館の店員] (シーッ! 気をつけてくださいよ、うちの番頭に聞こえちまいますから。)
[酒館の店員] 別に悪かないですよ、お客も各地から来るので、面白いことも多いですし。普段は長時間労働で大変ですけど、祝日や年越しにはボーナスが出て待遇もまあまあです。
[酒館の店員] 財布の紐を締めて貯金をしっかりして、もしかしたら一年とかすればフェイちゃんと結婚できるかもしれないですし。
[石匠] そのつもりなら急げよ。フェイちゃんは特別裕福な家の出身じゃないが美人だからな。もうプロポーズされてるって噂も聞いたぞ……
[酒館の店員] クソッ――! どこのどいつだ?
[石匠] アハハハ!
[酒館の店員] もしかしたら、あなたは本当に土木天師になれるかもしれないですね……
[酒館の店員] その夢が実現すりゃ「蜀道難し」なんて言葉はひっくり返って「蜀道通ず」。運ぶのが難儀だった彫刻やお茶が、炎国のどこでも買えるようになりますよね……いや、炎国で収まりませんよ。
[石匠] そうなりゃいいけどなぁ。ところでさ、語ったはいいがこの夢がどういう意味なのか訊くのを忘れてた。なんだか普通じゃないような気がすんだよな……解夢師、どうなんだ?
[リィン] 夢を解説できると言った覚えはないよ。
[リィン] 私もよく夢を見るというだけだ。
[リィン] もし聴きたければ、私も――
[石匠] それは――
[酒館の店員] あ。出勤時間、もう過ぎてますよ。早く会計して仕事いかないと。
[石匠] うわ、本当だ。まずいな。
[石匠] おいおいマジかよ……財布がない。出る時急いでたから家か……
[リィン] 私の方につけておいて。いい夢を聞かせてもらったしね。
[石匠] そんな、悪いよ……
[リィン] ならもう一つ尋ねたいことがある。尚蜀三山十八峰のうち、最も絶境で「蜀道難し」という言葉にふさわしいのはどこかな?
[石匠] そんなこと聞いてどうすんだ?
[リィン] 思うだけ杯を干したら、どこか清閑な場所で一眠りしたいんだよ。君のように面白い夢を見ることができるかもしれないしね。
さて書生の夢は馬簪金花、女娥の夢は橋に生ず紅薬、世の人謂う所の「夢」は、事より発し、情より起こるなり。この石匠の夢もこの道理の通りだ。
夢は良い夢だが、それが吉凶を示すと思い込み、気ままに夢を見る割には気軽に考えることができない。
夢はつまるところ夢でしかなく、後も先も結句、己次第なのだ。
[リィン] おや、君たちどうしてここに?
[墨魎] ガァ……
[リィン] シーちゃんが迎えに寄越したのか、それとも私がすでに画中のものとなったのか……
[墨魎] ガガァ……
[リィン] あるいは……酔えてきただけか……
[器鬼] どこまで話しましたっけ?
[墨魎] ボクが羨ましいと言っていたよ。
[リィン] 君たち、喋れるのか。
[リィン] いいね、湖松酒ですらこんな酔いを味わえるなら、次は帰行老酒を試さねばな。
[器鬼] 墨殿。違う道を歩いてはいますが、この大地で、コレと同じ結末に至るのは墨殿だけです。でも、結局コレよりはずっと自由です。
[墨魎] どうしてそんなこと考えてるの?
[器鬼] 器物は本来、物言わぬ道具です。考えもなければ心もない。たまたまリィン様の影響を受けて、化けただけです。
[器鬼] 取っ手や蓋のない急須からは、手足の足りないものにしか化けられませんし、薄い青磁で作られるものは、化けても脆くて壊れやすいまま……
[器鬼] コレらの形や魂は、元となる器に制限されます……器がそうであるなら、コレらもそうあるしかないのです。
[墨魎] ボクたちもシー様の絵の中だけにいるから、「生き物」とは言えないんじゃないかな。
[器鬼] シー様の絵はもはや別天地……墨殿方はシー様の落書きより生まれていますが、画中の無限の風景と同じように、シー様の「想い」が込められています。
[器鬼] 「想い」は最も自由なものです。描こうとすれば、舟が幾千の川波を越え、枯木に花が咲き、天地が逆転しすべてが混沌に陥る、なんていうのも思いのままです。
[リィン] そんな言葉をどこで知ったのやら……
[器鬼] そして、描かない時は……墨の垂れていない真っ白な部分にも、見えないなりの意味はあります。
[器鬼] シー様の「想い」が絶えることなく、巻物が閉じられなければ、墨殿たちはどこまでも自由ですよ。
[リィン] ……
[リィン] 言葉から羨望が滲み出ているね。
[墨魎] ガガァ……器殿、ボクはキミたちの方が羨ましいよ。
[器鬼] と言いますと?
[墨魎] 自由は必ずしも良いものじゃないからね。
[墨魎] 訊くけどさ、ボクたちのどれがシー様が喜んでいる時に描かれたもので、どれがシー様が悲しんでいる時に描かれたものか、区別できる?
[器鬼] ……みんな似ていてよくわかりません。
[墨魎] でしょ? シー様が、どんな気分で描いてくれたのかも分かんないんだ。もしかしたら、感情なんてなかったかも。
[墨魎] けどね、器殿は、例えばキミの体は渋い茶褐色だけど、お腹の部分は真っ黒でしょ。それって、十年以上お茶を淹れることで底に付着した茶渋で、ここからでもお茶の香りがする。
[墨魎] 詩詞や絵画の器殿は風雅が好きで、武器や甲冑の器殿は殺戮が大好きでしょ。水にも火にも耐えられる丈夫な器殿がいたら、きっと本体は長い間、竈門の火で焼かれたんだなって分かるじゃない。
[墨魎] 器殿は色んな縛りを持ってるかもしれないけど、それは器殿たちの原点でもあり、存在意義だと思うんだよ。
[墨魎] 器殿を見れば、器そのものが見え、それを使った人が見える……それに、たとえ器鬼が死んでも、器自体はそこに残る。
[墨魎] だけどボクたちは、どこから吹いてるかも分かんない風みたいなものなんだ。シー様の気分次第で、絵なんて破られるし、そこに描かれた落書きは儚いもんさ。
[墨魎] 器殿はさ、そんな吹けば飛ぶような自由が羨ましいの?
[器鬼] ですがやはり……
[墨魎] こうしよっか、お互いを説得できないことだし、ここにいるリィン様に判断してもらお。
[墨魎] えこ贔屓はしないでくださいね!
[リィン] やっと私がいるのを思い出してくれたか……君たち真面目に議論して喉が渇いたんじゃない? 湖松酒がまだ少し残ってるよ。喉を潤すといい。
[墨魎] (ゴクゴク)
[器鬼] (ゴクゴク)……ウェッ!
[リィン] ちょっと、吐かないで!
[器鬼] うぅ飲み込めない、喉が焼けて怖いです、なんて飲み物だ。
[リィン] そういえば、シーちゃんも酒は飲まない子だった。眠っちゃって夢を見るのが怖いって……なら墨の子も飲めないんじゃない?
[墨魎] (ゴクゴク)
[墨魎] ううん、甘くて、するする飲めて、余韻があるお酒だね。すっごく美味しい。
[墨魎] うわ、クラクラする。シー様が絵をひっくり返した時みたい……道理で炎国の人はみんなこれ好きって言うわけだ。
[リィン] はは、確かにいいお酒だよね。
[リィン] 私は酒を愛している。南方の桃や梅を醸したものも、北方の激しい酒も、何だって飲んできたけど、私の器鬼たちは一口も飲めない。
[リィン] 翻って、一雫の酒も受け付けないシーちゃんが描いた墨魎は、とても美味しいと言っている。
[リィン] 君たちはどう思う?
[器鬼&墨魎] ……
[リィン] 確かに君たちは、私とシーちゃんの一部を受け継いだ創造物だ。でもね、一部は全部ではなく、それは私でもシーちゃんでもない。切り取られた時点で違うものだ。
[リィン] 器鬼は器じゃないし、墨魎は墨じゃない。君たちは君たち自身でしかないんじゃない?
[器鬼&墨魎] ……
[リィン] それに、「自由」とは果たして何であろう?
[リィン] 私とシーちゃんは自由だと思う?
[墨魎] リィン様はもちろん自由だと――
[リィン] ああ、そうか……
[器鬼] まさか違うのですか?
[リィン] さあね。
[リィン] 真に自在である者は、自在のなんたるかを知らぬものだ。
[リィン] 考えれば考えるほど、納得のいく答えは得られないものだ。もとより自在であるものなれば、なにゆえそうして益体のないことを考えるのかな?
[器鬼&墨魎] ……
[リィン] まだすっきりしない?
[リィン] まぁ、悩み続けたいなら、他のところでどうぞ。私は先に進みたいから道を開けて。
[リィン] 酒を無駄にしたなぁ……
[リィン] ふぅん、「蜀道難し」の評判通りだね。雲の中を突っ切って、蜿蜒(えんえん)とした細道を進んだ先に、さらに深い山道があるなんて。
[リィン] まあいいさ、山頂に着く頃は、ちょうど眠くなる頃だ――
また詩会のようだ。
白磁の杯は流水に運ばれ、杯中の酒は泉の流れと渾然一色となる。杯が目の前で止まった者が三行の詩を詠み、詠めなければ杯を口に含んで拱手する。この宴を「流觴(りゅうしょう)」という。
杯中の酒は、桃梅のものだ。早生桃の雌しべと貯蔵していた晩生の梅を潰して混ぜ込み、芳しく甘い爽やかな口当たり。
あれはなんとも絶妙。まさに滋味だった。
菱摘みの少女は、袋一杯に採った菱を船の中に流し込んだが、うっかり櫓を蹴り飛ばしてしまい、その透き通った叫び声は数里先まで響いた。
春と夏の変わり目には半月ほど雨が降り続き、煙のように軽い霧が石畳の道を覆い、隣の家からはいつになったら御堂が乾くんだと、雨の幕越しに文句を言われたものだ。
茶好きは茶を、酒好きは酒を、釣り好きは釣りを、富有は財を、貧者は虫を、それぞれに何かをめぐって皆が争っていた……
そういえば提灯祭りもあった。あれは流觴よりもずっと賑やかで、通りの端から端までさまざまな形の提灯で飾られて、祭りの間は一晩中消えることがない。
一歩進めば一行、一つ景色を見れば一首浮かぶので、詩会で未だかつて誰かの後塵を拝したことはない。
一江の煙水、一菱荷。酒は深き処に招かれ清波を浣(あら)ふ。
西山の翠に臥して眠り、千年後醒めて舟に戻る。
この大地は嫋やかに美しく、酔に耽り酩に興じ、なれば聊かの宿酔に水を差されたとて何ほどのことでもない。
[???] 楽しんでる?
[リィン] 楽しんでるよ。
[リィン] ……
[リィン] 楽しいけれど、少しばかり易すぎる。
[???] 一つのことに飽きると、それ以外のものがみんな新鮮に感じる。だけど、その新鮮さも時が経てば、結局は飽きになる……
[???] リィン、ここはあなたの居場所ではない。
[???] 私の勧めの通り、もっと遠くを見に行ってみてはどうか。
[リィン] それって前に言ってた「春風の届かない場所」のことかな?
[???] ああ。
[リィン] そこは、こことどう違うんだ?
[???] 行って確かめるといい。
[リィン] そこが私の居場所なのかい?
[???] それは私にもわからない。
[???] 流觴の詩会は、一人減ろうが増えようが何の問題もないけど、私があなたを行かせたい場所は、あなたを必要としている。
[???] それに、もしかしたらそこで新しい詩が書けるかもしれないよ。
――移動都市。
砂漠のすぐ側に造られた移動都市。
それを初めて見た時の衝撃は、数百年経った今でも忘れられない。そして今、私は再びその城塞の上に立っている。
砂漠は何千里も続いている。砂が熱を放ち、陽炎で視界が眩む。肌から急速に水分が奪われていくのが感じられる。
移動都市は、水の供給を確保するために、山を障壁とした守りやすい地形ではなく、草原や湖に近い場所に建設されたのだ。
何一つ障壁ない砂漠を気ままに吹き抜ける乾いた風が、城壁をまっすぐに叩く。都市そのものがまるで、天地の間に立ち尽くす孤独な巨人のようだった。
旗が風に舞い、陽は川の彼方へと沈みゆく。
関所の外では、戦士たちが昨日亡くなった戦友の遺体を運び、列ごとに寝かせていた。私は彼らの傍に行き、一人ずつ瞼を閉じてやった。
戦の音は、まだ耳の側でこだましている。天を覆う矢の大群は昼を夜へと塗り替えた。殺意か、怒りか、恐怖か、生死の際に立つ者たちの怒号は延々と止むことなく続いた。
遺体に松明で火が灯されるが、誰も涙を流しはしない。新たな戦いがすぐそこまで近づいているのだ。煙が巻き上がるが、すぐに風に吹かれて広大な砂漠の空に消えていく。
......
詩と酒は私の厭きに忘却を与えてくれたが、このような光景を目の当たりにし、知らぬうちに武器の柄に手をやっていた。
周りの将兵も、それぞれ武器を強く握りしめていたからだ。
敵をこの大炎に近づけさせてはならない。ここは彼らの故郷、ここには彼らの家族がいる。
荒涼たる砂漠で、真の意味で敵の前に立ちはだかるのは、巨大な移動都市ではなく、ここの将兵たちである。
……孤城にて征鼓を聴き、年歳問う莫し。但だ豪気に凭れること多きのみ。
誰か言う将軍には死志有り、故塁の新柳は年年生ずと。
[リィン] あの人の言うとおりだ……私はここに来るべきだった。
[リィン] 貴方がここにいるなら、本当に私は夢の中にいるみたいだね。
[「歳相」] (無言の咆哮)
[リィン] 吼えないでくれ。湖松酒を何壺か空けたばかりでね、頭によく響くんだ。
[「歳相」] (無言の咆哮)
[リィン] 逃避? 否。私はニェンちゃんではなく、シーちゃんでもない。
[「歳相」] (無言の咆哮)
[リィン] はいはい、じゃあ訊くけど。
[リィン] 貴方は天と地の尽くを欲しているけれど、この広い大地に何が含まれているのか理解はしている?
[「歳相」] (無言の咆哮)
[リィン] 蒙壟(もうろう)の新茶は、三月と四月のどちらで摘むべきか。
[リィン] 荒涼無辺の砂漠で過ごす長い寒夜には、どんな歌を歌い、どんな酒を飲むか。
[リィン] 貴方はそういうことを知ってるか?
[「歳相」] ……
[リィン] 何も知らない。この大地について、貴方は何一つ。
[リィン] ええ、貴方は私でもある……
[リィン] 千百年もこの地にのさばってきたというのに、未だに知らぬこと、解さぬ情があまりにも多いのは、甲斐ないというかなんというか。
[「歳相」] (無言の咆哮)
[リィン] 私も、ふもとの酒場にいた石工みたいに夢の中でも悲しみを抱えていたり、妹のように夢を見ることすら怖れていた時期があったよ。
[リィン] 器鬼や墨魎のように、自分自身や大地に縛られて自由がないと感じたこともあった……
[リィン] 千百年も生を続けた私たちのような造り物は、わずか数十年の寿命を生きる人間を見下し、彼らを愚かだと笑うが、結局は私たちの方が愚かだったのさ。
[「歳相」] ……
[リィン] 南から北へ、そしてこの蜀道から山頂まで、私にとっては酔夢にすぎなかった。
[リィン] そも、太古より過ぎ去った時間、何千年何万年という旅も、少々長いだけの夢でしかないんだよ。
[リィン] 夢から醒めて、ようやく自分が何者かを知ることができた――
[「歳相」] (無言の咆哮)
[リィン] まあいいか。貴方に話したところで理解などしないだろう。
[リィン] 理解できないのに、まだいる気?
[リィン] 私の夢であるから、解釈するのも、酔うのも、目醒めるのも私の意思一つだ。
[リィン] 私が目醒めた時、君はどこにいるんだろうね?
目が醒めた。
杯も空だ。
なんて夢だろう。
私は何を見た?
落ちる日が半天の雲を橙に燃やしている。三山十八峰、遥か長き蜀道にて、指先に煙る霞を見る。この景色はこれまで、絵にも詩にも収められたことはない。
私は何を見た?
流觴の詩会、青磁の杯が次々誰かの前で止まる。砂漠の孤城、弔いの煙の中で、千百の将兵が戦鼓を打ち鳴らして敵を迎え撃つ。
自由を謳歌する私、全ての解を求める私、知ろうとはしない私。夢は夢でしかなく、私は私である、それで快い。
ここは攥江峰の頂上、名もない更地であるのに、まるで大炎全土が見えるようだ。いや、太古以来のすべてが、この大地の隅々を渡る風のように、私の側を吹き抜けていっているのだ。
山を見て石を求め、淵に臨んで水を忘るる。ここを「忘水坪」とでも名付けようか。
......
それから……ニェンちゃんとシーちゃんの姿も見えたっけ。ふっ、夢では会わないなら、こちらで近々再会することになるだろうな。
[リィン] ふぅ……日尽きて水は長(とこしえ)に去り……雪落ちて月は空しく留まる。
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧