aklib_story_この両足で

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この両足で

レイジアン工業の面接を受けにきたグラウコスだが、あまり順調ではなさそうだ。


[グラウコス] よし、テスト完了。動作に異常はなし。

[グラウコス] あとは源石バッテリーパックを取り付けて……あれ? バッテリーどこにやったっけ?

[グラウコス] ん?

[グラウコス] ミレース教授ですか?

[???] 誰だ、それは?

[グラウコス] あっ、すみません、人違いでした。てっきり、今の時間はミレース教授しか来ないのだろうと思っていたので。

[???] そうか……

[???] 君しかいないのか。ここは……レイジアン工業の作業場であってるよな?

[グラウコス] そうみたいですよ。ここに入ってきた時、ドアプレートにそう書いてあったのが見えました。

[???] 君は……ここに置いてあるハイテク機器については詳しいのか?

[グラウコス] まあ……ある程度は。

[???] ......

[???] おい、ここにお前らが作った武器がある。もう壊れちまってるが、直せるか?

[グラウコス] 武器の修理ですか?

[グラウコス] (どうして急に口調を荒げたんだろう?)

[???] できないのか?

[グラウコス] (実技試験の残り時間はまだ三分の二ほどある。もしかして私が早めに終わらせたのを見て、テストを追加で増やしたのかな?)

[グラウコス] (設計や改造だけじゃなく、修理までやらなきゃいけないなんて、さすがレイジアン工業の装備デザイナーはレベルが高いね。)

[???] 何ボサッとしてんだ? できるのかできないのか、さっさと言え。

[グラウコス] 大丈夫だと思います。それで、修理したい武器というのは?

[グラウコス] (お客さんのフリをするなんて、対応の態度含めて評価するつもりなのかな?)

[???] ほらよ。

[???] 保証書は袋ん中だ。下の方でクシャクシャになってるだろうから、自分で探してくれ。

[グラウコス] ゴードンさん……あなたのお名前で間違いないでしょうか?

[ゴードン] ああ。

[グラウコス] うわぁ、すごい……こんな武器、初めて見ました。

[グラウコス] 見た目は普通のクロスボウですが、トリガーシステム全体に改造が施されています。これ、接続されてるの……筋電センサーじゃないですか!

[グラウコス] 複数の筋電センサーを使用して、パターン認識システムを構成し、手にハンデを持つユーザーの武器操作をサポートするなんて……天才的な設計としか言いようがありません。

[グラウコス] しかも操作も至ってシンプル。腕で武器を適切な位置に持ち上げるだけで、上腕部に取り付けたセンサーが筋肉運動の信号を読み取ってくれます。

[グラウコス] エネルギーの蓄積やトリガーのコントロールなどのコマンドは、腕を振った際の振動の強弱でコントロールできる。一旦慣れてしまえば、指を使わずとも射撃動作を完成させられるというわけですね。

[グラウコス] ……しかもこのデザインモデルなら、すぐに大量生産し、手の不自由な兵士に配備することも可能でしょう。

[ゴードン] ハッ。

[ゴードン] そいつがまさにこの工場で大量生産された不良品さ。お前の言っていた筋電センサーとやらがぶっ壊れてんだよ。

[グラウコス] 故障ですか? さっき接続テストをした時は正常に作動していましたが。

[ゴードン] 動いたり動かなかったりすんだ。そんなもん、武器として使えるわけないだろ?

[グラウコス] ですがテストシグナルは……

[ゴードン] んなことはどうでもいいんだよ! 俺は技術やら機械やらはさっぱりなんだ。直してくれりゃなんでもいい!

[ゴードン] 言っておくが、チンタラ仕事すんじゃないぞ。昼前には終わらせるんだ! さもなけりゃ……

[グラウコス] 心配しないでください。簡単な調節だけですので、そんなに時間はかかりませんよ。このまま待っててもらえれば、すぐに終わらせますので。

[グラウコス] それか、そこに椅子があるので、座っててください。

[ゴードン] ……分かった。

[ゴードン] おい、お前のその脚……

[グラウコス] え? ああ、パワードスーツのことですか?

[グラウコス] 私、脚に力が入らないんですよ。今歩けているのもこの子のおかげなんです。

[ゴードン] 事故か?

[グラウコス] 遺伝的なものです。

[ゴードン] 脚にそんな支柱をずっと巻き付けてて……辛くはないのか?

[グラウコス] そりゃあ自分の脚よりは不便に決まってますよ。でも、もう慣れましたから。

[ゴードン] レイジアン工業なら……最新の車椅子とか、そういうものがたくさんあるんじゃないのか? 座ってるだけでどこへでも連れていってくれるし、なんならマッサージ機能がついてるもんもある。

[ゴードン] それを使ったほうが、重たい金属の塊をつけて歩くより、ずっとマシじゃないか。

[グラウコス] 確かにそのほうが多少は快適だと思います。ですが、車椅子はただ行きたい場所へ運んでくれるだけの物です。

[ゴードン] それじゃ不満なのか?

[グラウコス] 私は立っているほうが好きなんです。

[グラウコス] 優れた移動用アイテムも良い選択肢ですが、私にとってこのパワードスーツを替われる物はないんです。

[グラウコス] 足元から伝わるしっかりした感触。地面を蹴った時の前へ押し出される力と、耳元を掠めゆく風を切る音……

[グラウコス] 初めて自分の両脚で歩いた時の感動は、今でも忘れられません。

[グラウコス] パワードスーツは、風や波に翻弄されるまま力なく漂うことしかできなかった私を、この大地と繋げてくれたんです。

[グラウコス] すみません、どうでもいいことを長々と話してしまいました。聞かなかったことにしてください。

[ゴードン] ……*クルビアスラング*、お前の言う通りだよ。

[ゴードン] だけど俺はもう……手遅れなんだ。

[ゴードン] すまない……

[グラウコス] えっ?

[ゴードン] その……さっきは怒鳴ってしまってすまなかった。感情的になってしまってたよ。気を悪くしないでくれ……

[グラウコス] あれ? どこにも問題は発生して……うーん……

[グラウコス] その……ゴードンさん。

[ゴードン] なんだ?

[グラウコス] これはあなたの武器ですか?

[ゴードン] そうだ。

[グラウコス] 怪我をしたのは手ですよね? 見せてもらってもいいですか?

[ゴードン] ……ああ。

それは見るからに様々な苦労を乗り越えてきた両手だった。ごわごわした皮膚は明かりの下でも、まるで灰で汚れているかのように薄暗く見える。

どちらの手の甲にも、砂漠を引き裂く峡谷のような、痛々しい傷跡が残っていた。

[ゴードン] 親指以外はもう動かないよ。

[グラウコス] この指のタコ……すごく優秀な傭兵だったのですね。

[ゴードン] ハッ。

[ゴードン] 一年前、レム・ビリトンでの任務中に、不覚にもあのクソ野郎どもの手に落ちてしまってね。奴らに手の靭帯を切られたのさ。

[ゴードン] あの時ほど自分の金遣いの荒さを恨んだことはないよ。治療するのにも金がなくてな、借金しまくってようやくこの状態まで治せたのさ。

[ゴードン] ……こんな手じゃ引き金も引けやしない。それでも借金を返すためには、おもちゃのようなクロスボウを持って仕事を続けてくしかない。

[ゴードン] 人ってのは役立たずになるとツキも回ってこなくなる。おもちゃにすら見放されて、何もできずに指をくわえてることしか……チッ。

[ゴードン] だけど――ハハッ、今となっちゃもうどうでもいいさ……ようやく終わりが来たってだけなんだよ。

[グラウコス] その……ひとつ提案があるのですが。

[グラウコス] もしよろしければ、今使っている武器を改造しましょうか? そうすれば、もっと使いやすくなりますよ。

[ゴードン] 好きにしな。とにかく撃てるようにさえしてくれれば、なんだって構わない。

[グラウコス] 分かりました。

十分後

[グラウコス] これでいいでしょう。どうぞ。

[ゴードン] 直ったのか?

[グラウコス] 改造は完了しました。あとは――

[ドアの外の声] メディア開放日なんて一体誰の発案ですか!? こんなイベントになんの意味があるのです! 面倒事を処理するのは私なんですよ!

[ドアの外の声] 今でも十分忙しいのに……今日だってあの人の推薦でなければ、面接なんて入れなかったんです。

[ゴードン] 外に誰かいるのか!?

[グラウコス] きっとミレース教授ですね。

[ゴードン] はやくそいつを寄越せ!

[グラウコス] あっ、ちょっと!

[グラウコス] まだ新しいモジュールの使い方を教えてないのに……

[ミレース] グラウコスさん。

[ミレース] グラウコスさん!

[グラウコス] あっ、すみません。実技試験のことを言われたので、その時のことを思い出していたんです。

[ミレース] ……大丈夫ですよ。では、次の質問ですが――

[グラウコス] かごの中にお菓子がたくさん入っていますけど、面接中に食べたりしないのですか?

[ミレース] いえ……私は間食をしませんので。

[グラウコス] ではロリポップをひとついただいてもいいでしょうか?

[ミレース] ……どうぞ。

[ミレース] それで次の質問ですが、弊社では通常チーム単位で研究を行っています。グラウコスさんはチームでの研究開発について、どんな考えをお持ちですか?

[グラウコス] つまり、御社でも複数人で協力してプロジェクトに取り掛かっているということですよね? すごくいいと思います。

[グラウコス] ロドスでもチームプロジェクトに参加したことがありますので、それなりの経験はあると思っています。

[ミレース] 一緒に働いていたチームの同僚から、どんな評価をもらったことがありますか?

[グラウコス] はい、ええと確か――

[グラウコス] 君は単独行動のほうが向いているよと、言われたことがあります。

[ミレース] ……

[ミレース] こちらからの質問は以上です。最後にグラウコスさんのほうから、何か質問はありますか?

[ミレース] 特になければ本日はこれで……

[グラウコス] (そうだ、最後の逆質問のタイミングで面接官に自分の印象を訊くといいって、クロージャさんが言ってたっけ。そうすれば、受かったかどうか大体の手ごたえが分かるらしい。)

[グラウコス] その……ミレースさんは私についてどうお考えですか?

[ミレース] (静かに息を吸う)

[ミレース] 一人の装備デザイナーとして、グラウコスさんは間違いなく技術面において素晴らしい才能をお持ちでしょう。

[ミレース] 専門分野に関する回答においても、実技試験においても、まさに完璧とも言えるパフォーマンスを見せていただきました。さらに電磁応用分野では、独創的なアイディアも持っておられました。

[ミレース] しかしながら、あなたの働き方や研究の方向性は、弊社の理念とはいささか食い違いがあるようです。

[ミレース] たとえばグラウコスさんは、装備のパーソナライゼーションに重きを置いています。それはグラウコスさんが設計した製品にも如実に表れています。

[ミレース] ですが、個人個人の使用状況を考慮しモジュールをカスタマイズするやり方では、設計の難易度を大きく引き上げてしまう。それならば、ユーザーに操縦に慣れてもらうほうが、ずっと効率がいいはずだ。

[ミレース] もちろん、グラウコスさんの考えも間違ってはいません。ですが、そのような志向で装備設計を行っていては、開発コストと収益が釣り合わないうえに、生産ラインに乗せることも難しい。

[ミレース] レイジアン工業は大企業です。才能ある人材に困ることはないのですよ。

[ミレース] それと、グラウコスさんは少々マイペースなところがあるように見受けられました。チームでの仕事の適正に関しては再評価する必要があるかもしれません――大体そんなところでしょうか。

[グラウコス] 分かりました。ありがとうございます。

[ミレース] 本日の面接は以上です。合否の結果につきましては後日お知らせいたします。まもなく人事部の者が案内に参りますので、しばらくここでお待ちください。

[ミレース] 私はまだ他に仕事がありますので、これで失礼します。

[グラウコス] はい、ありがとうございました。

[ミレース] それと、かごのお菓子はご自由に召し上がっていただいて構いませんよ。

[グラウコス] (これは不採用っぽいかな。まだまだクロージャさんのお手伝いを続けるしかなさそうだね。)

[グラウコス] (まあ、ロドスに戻るのも悪くないか。とりあえず何か食べよ。)

[グラウコス] ん?

[ゴードン] 失礼します。ゴミの回収に来ました。

[ゴードン] 君は……

[グラウコス] あなたはさっきの……

[グラウコス] ああ、やっぱりそうだったんですね。

[グラウコス] 午前中は私の試験のために、急に呼ばれてしまったんですよね? 本当にお手数をおかけしました。

[ゴードン] ……

[グラウコス] その手……不便じゃありませんか?

[ゴードン] はい、道具は持てますので。

[グラウコス] あっ、そうだ、あの武器ですが……

[ゴードン] シッ……横、失礼。

[ゴードン] 紙屑が落ちていましたよ。

[ゴードン] これで俺の仕事は終わりです。

[ゴードン] 午前中はありがとうございました。これで俺の望みはようやく叶えられました。今後はどうか俺を見かけても他人のフリをしてください。

[ゴードン] すみません、喋りすぎましたね。では失礼します。

[グラウコス] あ、ちょっと……

[グラウコス] (何か違和感を感じる。あの人が作業場に来たのは……追加試験のためじゃないの?)

[人事部職員] お待たせしました。出口までご案内いたしますね。

[グラウコス] あ、はい。

[人事部職員] そういえば、本日はメディア開放日なのです。ご興味がおありでしたら、ついでに弊社の各部門を見ていかれますか?

[人事部職員] ここは弊社支部の屋外測定所です。開発された装備や武器は、全てここで性能テストが行われ、そのデータに基づいてデザイナーたちが改良を重ねていくのです。

[人事部職員] 前にグラウコスさんがご制作なさった武器も、ここで専門の者によるテストが行われたのですよ。皆さん、絶賛されていました。

[グラウコス] その……武器って、ひとつだけでした?

[人事部職員] ええ、電磁バルス照射器ですよね? 指向性の目標制圧兵器というのは、とても独創性に溢れたアイディアだと思います。見学に来ていたベテランデザイナーたちも感銘を受けていましたよ。

[人事部職員] これほど優れた設計の製品を見たのは、本部から異動してきた当時のミレース教授以来だと、皆が口を揃えていました。

[グラウコス] そんな……

[人事部職員] 意外でしょう? ミレース教授は名実ともに天才的なデザイナーでして、たったの数年でいくつもの優れた生産ラインを設計し、支部の利益を十倍も引き上げた方なのです。

[グラウコス] いえ、そっちじゃなくて……その、他の応募者の試験内容はどんなものだったのですか?

[人事部職員] 申し訳ございませんが、他の応募者についてはお伝えできない決まりでして……

[グラウコス] じゃあ、他の人たちの試験にも顧客対応のシミュレーションが含まれていましたか?

[人事部職員] そのような試験は……前例がないと思いますが……

[グラウコス] だったらあれは……大変だ!

[人事部職員] おや、マスコミの方々もちょうどここを見学していたようですね。ミレース教授もいらっしゃいます。

[人事部職員] 先にマスコミの皆さんをお通ししましょう。我々は少し道の端に寄りま――

[人事部職員] あれ? どうしてまだ清掃員が残っているのです? マスコミが到着する前に掃除を終わらせておくよう言ったはずなのに……

[グラウコス] ゴードンさん? カートに乗ってるバッグはまさか――!

[グラウコス] あの清掃員を取り押さえてください! はやく!

[人事部職員] 取り押さえる?

[ゴードン] もう遅い……

[グラウコス] ゴードンさん!

見学していた人だかりの最前列から、誰も気に留めていなかった清掃員が突如変装を解き、本来の力を一気に解き放つ。

この無防備な状況下で、経験豊富な傭兵の突撃を止められる者など誰一人いなかった。

一瞬にして、ミレースは傭兵の腕の中に拘束されてしまう。

[レイジアン工業警備員] 緊急防衛システムを起動させろ!

[ゴードン] 動くな! 少しでも動いたらこいつの命はないと思え!

[ミレース] 聞こえただろ? みんな動くんじゃない!

[ゴードン] ……もう自分の状況を飲み込んだのか?

[レイジアン工業警備員] 教授、ご安心を! 我が社には教授が開発した自慢の防衛システムがあります! そんな奴は一瞬で仕留めちゃいますよ!

[ミレース] 黙って彼の言う通りにしなさい!

[ミレース] ゲホッ……ほら、みんなを大人しくさせたぞ……だから、少し手を緩めてくれないか。息ができん……

[ゴードン] ……

[ミレース] ゲホゲホッ……君は私を殺すでもなく、清掃員のフリをして長い間潜伏し、わざわざこの日を狙って……ゲホッ、私を人質として拘束したんだ……

[ミレース] 何か狙いがあるのだろう?

[ゴードン] 本当に頭がよく回るな。

[ミレース] 金か、それとも他にほしいものがあるのか……言ってみなさい。なんでも叶えよう。

[ゴードン] いいだろう!

[ゴードン] 全員よぉく聞いておけよ! 俺の要求は二つだけだ!

[ゴードン] ひとつは、レイジアン工業への要求。

[ゴードン] 二千万ポンドを、この紙に書いてある口座までに振り込め。今すぐにだ!

[ミレース] 君、私の端末を持ってきなさい。このお金は私の個人口座から支払おう。

[ミレース] はやく!

[教授の秘書] 教授、端末です。

[ミレース] ……ほら、振り込んだぞ。

[ゴードン] 素晴らしい効率だ。さすがは大企業。

[ミレース] 一つ目の要求はこれで終わりだ。ゲホッ……もう一つはなんだ?

[ゴードン] 二つ目は、この場にいるマスコミに向けてだ!

[ミレース] なんだって……?

[ゴードン] 今から俺が話す言葉を、一字一句漏らさず正確に報道しろ。

[レイジアン工業警備員] まずい、このままでは我が社の名誉が損なわれてしまうかもしれないぞ! そうなっては損害が大きすぎる!

[レイジアン工業警備員] すみません、教授! この状況では防衛システムを起動せざるを得ません。ですが、どうかご安心を。この程度の騒動ならすぐに解決してみせます!

[ミレース] 待て! それだけはいかん!

[レイジアン工業警備員] 教授!

[ミレース] 彼が手に持っているクロスボウは……私が設計した「レイジアンナビゲーターⅠ」なんだ!

[ミレース] 搭載された複数の筋電センサーのおかげで、発射速度は手動の三百倍にも及ぶ!

[ミレース] この距離なら彼が撃とうと思うだけで、防衛システムが起動し終わらないうちに、私はもう息絶えているだろう!

[ゴードン] お前だったとは……

[ゴードン] フフフ……アハハハハッ!

[ミレース] な、なぜ急に笑う……!

[ゴードン] 俺はずっと探していたんだよ、この武器のデザイナーをな!

[ゴードン] よく聞け! 俺は徳豊セキュリティの特殊部隊に所属していたゴードン・ブヌだ。とある事故により手にハンデが残ったせいで、この「レイジアンナビゲーターⅠ」を支給された。

[ゴードン] だけど、まさかこいつがとんでもない欠陥品だったとは、夢にも思わなかったよ。しかも、そのせいで取り返しのつかない悲劇が起きるなんてな。

[ゴードン] こいつが戦いの最中に反応しなかったせいで……俺は目の前で後輩が死ぬのを、ただ黙って見ていることしかできなかった……

[ミレース] そんなはずは……

[ゴードン] さっきの口座は後輩の家族のもんだ。レイジアン工業が払って当然の金だよ! あいつが死んだのは、百パーセントお前たちのせいだからな!

[ゴードン] レイジアン工業……こんな悪徳企業と……金儲けのために欠陥のある武器を市場に流し、オフィスに座って預金の残高を眺めているだけの貴様のようなクソ野郎は……

[ゴードン] *クルビアスラング*、全員殺してやりたいくらいだぜ!

[ゴードン] だが悔しいことに……全員をひとりで殺すのは不可能だ。だけど運命はこの俺に、元凶であるお前を捕えさせてくれた……

[ミレース] 落ち着きなさい! きっと何かの誤解だ!

[ミレース] その武器に欠陥などあるはずがない! 私がこの手でテストを行ったんだぞ!

[ゴードン] 黙れ! 俺は今から……

[グラウコス] 撃てばいいと思いますよ。

[ミレース] 何を言っているんだ! 挑発するのはやめなさい!

[ゴードン] 近寄るな! お前には関係ないだろ!

[グラウコス] いえ、私はただそのクロスボウを、撃ってみればいいと言っただけです。

[ゴードン] 撃ってみろ……か。

[ゴードン] そうだな……もうここまで来てしまった以上、後戻りはできない。

[ゴードン] 俺は人生の大半を傭兵として、武器に命を預けて生きてきた……手に傷を負って武器を持てなくなったあの日から、この命はもうとっくに終わってたんだ。

[ゴードン] そして今、このクズ野郎が俺の手の中にいる。せめてこいつだけでも道連れに……

[ミレース] よせ! 早まるな!

[グラウコス] ……ほら、撃って。

最後に己の死を飾るかのように、男は精一杯口角を吊り上げ、微笑みを浮かべた。

上腕の筋肉が収縮する。何度も訓練を重ねてきたのか、その動きに迷いは全くなかった。

三百分の一秒以内に、矢が台座から発射され、人質の身体を貫くだろう。

そして男は口の中に仕込んでいた毒を飲み込む。そうして、全てが彼の予想通りの結末を迎えるというわけだ。

しかし、何も起こらなかった。

[ゴードン] そんな……バカな……

[ミレース] 助けてくれぇー!

[レイジアン工業警備員] 今だ! 奴を取り押さえろ!

[レイジアン工業警備員] 口に何か入ってるぞ! こじ開けろ! 自殺させるな!

ひとしきりの騒乱のあと、ようやく危機は去った。

[ゴードン] 放せ! クソッ、放しやがれ!

[ゴードン] なんでだよ……なんでまた撃てなかったんだ!?

[ゴードン] お前だな! 一体どんな細工をした? なんで俺の武器は壊れたままなんだ!

[グラウコス] 細工なんてしていません。私はただ、あの武器に改造を施しただけです……ゴードンさんがもっと使いやすいように。

グラウコスはゆっくりとしゃがみ込み、自身が改造したその武器を地面から拾い上げた。

「リターニー」――それがふと思いついた、この武器の名。

グラウコスは、男が全く気に留めていなかった特製のリストバンドをはめ、射撃の構えを取ると――

カチッ――引き金を引いた。

[ゴードン] 今のは……

[レイジアン工業警備員] 動くな!

[ゴードン] 放せ! あいつの姿をよく見せてくれ!

[ミレース] 彼女が見えるように、少しだけ拘束を緩めてやりなさい。だけど、絶対に手を放さないように。

[グラウコス] もっと早く改造した武器の使い方を伝えたかったのですが、タイミングが掴めなくて。

[グラウコス] 手を見せてもらった時に思ったんです。ベテランの傭兵にとって最も馴染み深い動作は、引き金を引く動きなんじゃないかって。

[グラウコス] 何度も任務に出ては、数多の窮地を乗り越えてきた人にとって、本能的に引き金を引く反射こそが最大の武器だったはずです。

[グラウコス] 親指はまだ動くと言っていましたから、一箇所にだけ改造を施しました。

[グラウコス] 筋電センサーを停止させ、引き金のように操縦できるリストバンドを追加したんです。

[グラウコス] これで、引き金を引くという今まで慣れ親しんだやり方で矢を発射できます。

[グラウコス] 教授、彼に試してもらってもいいでしょうか?

[ミレース] ……君たち、しっかり押さえていなさい。

[グラウコス] 装着できましたよ。撃ってみてください。

[ゴードン] ……

[グラウコス] どうです? 使い心地は悪くないでしょう?

彼からの返事はない。

ただ涙だけが、その頬を伝っていた。

[教授の秘書] 教授、調査結果が届きました。

[教授の秘書] ゴードンという傭兵が当時任務で使用していたのは、確かに我が社の「レイジアンナビゲーターⅠ」でした。徳豊セキュリティが肢体にハンデを負った兵士に配備するために、大量発注したものです。

[教授の秘書] 任務中の状況も彼の供述と一致しています。半年前、彼が作戦通りに射撃を行うことができなかったことにより、二十三歳の傭兵が一名、暴徒に殺害されるという事態を招いてしまいました。

[教授の秘書] その後、彼は徳豊セキュリティを去り、傭兵時代に使用していた偽りの身分を使って、我が社の清掃員に応募しました。

[教授の秘書] 今回の事件は、彼が長い時間をかけて計画したものでした。メディア開放日を狙って騒動を起こし、自分はその場で自殺することで、全責任を我が社になすりつけようとしたのです。

[教授の秘書] 清掃業務は全て外部の企業に委託していたため、身分の偽造を見逃す事態を招いてしまいました。これは警備部門の重大な見落としです。今後はより一層厳重な警戒を促してまいります。

[ミレース] 厳重な警戒ね……あの面接者が武器を改造していなければ、私はもうとっくに死んでいたのだぞ!

[教授の秘書] 本当に申し訳ございませんでした!

[ミレース] もういい……任務中に起きた事故の調査報告は持ってきてるか?

[教授の秘書] こちらです、どうぞ。

[ミレース] 「レイジアンナビゲーターⅠ」には本当に欠陥があったのか……?

[教授の秘書] 武器の運用履歴を抽出し分析を行いましたが、結果を見る限り欠陥がある事実は確認できませんでした。

[教授の秘書] 徳豊セキュリティ社の内部調査によれば、事故を引き起こした本当の原因は、彼が無意識のうちに動かない指で引き金を引こうとして……

[ミレース] 失敗したわけか。

[教授の秘書] 教授が設計した製品に欠陥があるなんて、私は端から信じてなかったですよ。奴の計画が失敗に終わって本当によかったです。

[ミレース] ……

[ミレース] いや。

[ミレース] 外部には「レイジアンナビゲーターⅠ」には運用上の欠陥があったため、事故の発生を招いたと発表しなさい。我が社はこの事実を深く受け止め、一切の責任を負うと。

[教授の秘書] そんな! 教授!

[ミレース] 君はもう下がりなさい。遺族への賠償金は全て私が持つから、言った通りにするんだ。

[教授の秘書] 承知いたしました。

[ミレース] ふぅ……

[ミレース] 社長、これでいいんですよね?

[???] うむ。

[???] まだ何か言いたげな顔をしているね。

[ミレース] 当たり前ですよ。あのグラウコスという応募者についての話をまだしていません。社長がわざわざ通信をかけてきたのも、彼女のことを聞くためでしょう?

[ミレース] 彼女が私の命を救ったことは事実ですが、我が社の装備デザイナーには不適格だと思います。

[ミレース] 彼女の設計理念では、我が社の発展需要を満たすような製品は作り出せません。引き入れたところで、会社に利益をもたらす可能性は低いでしょう。

[???] 分かっているよ。

[ミレース] ですが、彼女が天才であることは紛れもない事実です。本部がそんな人材を放っておくわけがありません。

[???] 彼女には、我が社の最新モデルの武器を調節するテストエンジニアとして、契約を交わすつもりだ。我が社の最先端の技術や研究内容は、すべて彼女に公開されることとなる。

[ミレース] それはいい。デザイナーよりもずっと彼女に適した役職です。

[???] 「テクノロジー企業は、テクノロジーを使って人々の生活をより良くするためにあるべきだ」と、当時面接に来ていた君は言っていたね。

[ミレース] えぇ、それがどういうわけか、気付いたらこんなやつになってしまいました。

[ミレース] グラウコスさんの面接で、私は彼女に同じ質問をしたんです――あなたにとってのテクノロジーはどんな形で人々の生活に結びついているのか、と。

[ミレース] 彼女はこう答えたんです……

[ミレース] テクノロジーは私の両脚を作り出してくれました。だけど、それは私が自分の力で走り出した時に初めて、意味を成すのです――と。

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