aklib_story_無人工場

ページ名:aklib_story_無人工場

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無人工場

駆け出しの動画配信者カシャは、撮影班に参加して心霊スポットの探検動画を撮ることになった。そこで彼女は数々の恐ろしい怪奇現象に見舞われる……廃工場に潜む幽霊の正体とは?カシャたちは視聴者たちの期待に応え、廃工場の真相を解き明かすことができるのだろうか?


[撮影班の班長] どうもー! 毎度おなじみ、ナンシーです!

[カシャ] そんでもって、あたしは新メンバーのカシャ! 初めましてー!

[撮影班の班長] あっ、ちょっと! まだカシャの出番じゃないでしょ!

[撮影班の班長] コホン! 前回の動画を見てくれた皆さんなら、すでに例の「無人工場」について、ある程度把握していることでしょう。

[撮影班の班長] 噂によると、その場所は昔クルビアの某医療企業の移動区画だったけれど、なぜなのか廃工場と化してしまったそうなのです。社員は集団自殺、社長も大都会トリマウンツで謎の失踪を遂げたとか。

[カシャ] それだけじゃないよ……

[カシャ] 勇気ある探検者が何人もそこに足を踏み入れたけど、そのほとんどが失踪したらしい。戻って来られた人たちも病院送りになって、意思疎通もままならない状況なんだって。

[撮影班の班長] ちなみに社長は失踪したんじゃなくて、自殺したっていう噂が今のところ一番有力のようです! そして「無人工場」に立ち入った人は、全員呪われるらしいですよ。

[撮影班の班長] うぅ……ただ噂話をしているだけなのに、もう背中がゾクゾクしてきちゃいました! あっ、別に私が怖がりなせいじゃないですからね。実は私たち――

[カシャ] もうすでに「無人工場」の近くまで来てるんだ。ほら――あたしたちの後ろに見えている建物がそうだよ! 距離的には五十メートルも離れてないんじゃないかな?

[カシャ] それじゃあ、今日はみんなでこの「無人工場」の真相を探り、怪奇現象の謎を解き明かしていくよー!

[カシャ] 以上、新メンバーのカシャでした!

[カシャ] カット! 完璧だね!

[撮影班の班長] ロビー! 照明の当たり方には常に気を配るように何度も念を押したでしょ? 私の顔がきれいに映っていたら、それだけで視聴者を一気に惹きつけられるんだから!

[撮影班の照明] ……こんな恐ろしい場所で、そんなこと気にしてられませんって!

[撮影班の班長] それとカシャ、なんで急に飛び出してきたの? あなた本当に今回が初めての動画撮影? こんなに積極的な新人見たことがないけど……

[カシャ] あれくらいしなきゃ面白くないっしょ! 毎回毎回同じような始まり方じゃ、あたしが視聴者だったら速攻でブラウザバックしてるって!

[撮影班の班長] はいはい、入りはあれでいいとして、建物の中では絶対に脚本通りに撮るからね? 私が熟考に熟考を重ねて書いたんだから、絶対に視聴者受け間違いなし……

[撮影班の班長] ちょっと! まだ話の途中よ!

[撮影班の班長] あとロビーは建物に入ったら悲鳴を上げて、そばの石に向かって倒れるのを忘れないでね。そうすれば、倒れた場面から次のシーンに繋げられる。

[撮影班の班長] カシャはロビーの悲鳴を撮ったら、廊下の奥へ向かうのよ。それで場面転換シーンは完成――ってちゃんと聞いてるの?

[カシャ] 聞いてるって!

[カシャ] 「再生数が伸びないと、メンツは丸潰れだし、お金はなくなるし、お金がないと次の動画も撮れなくなるから、さらにお金がなくなっちゃう」でしょ? もう丸暗記できるくらい聞かされてきたし!

[カシャ] 班長、このセリフを冒頭のあいさつにしてみたら? 今より面白いと思うよ!

[撮影班の班長] はあ……また頭が痛くなってきた……

[撮影班の班長] ……

[撮影班の班長] でも確かに面白い……かも?

[カシャ] あーテステス。電波入ってるかな? もしもーし、聞こえてる?

[撮影班の照明] うわっ、びっくりした! 鼓膜破れるかと思ったよ……もう少し音量下げるか……

[撮影班の班長] オッケー、聞こえてるよ。それじゃあ撮影スタート!

[撮影班の班長] ――では早速「無人工場」の中に潜入しました。

[撮影班の班長] ありのままの状況を全て視聴者の皆さんにお届けできるように、探索メンバーにはそれぞれカメラを持たせています。

[撮影班の班長] 私は最上階から下へ降りていくから、カシャとロビーは一階から上へ登って来て。同時に出発して、真ん中の階で合流するの。では視聴者さんも一緒に「無人工場」の呪いを体験しましょう……!

[撮影班の班長] よし、二人とも準備はいい? 出発よ!

[カシャ] おっ、ロビー見て! ここに文字が書いてある。えっと、どれどれ……「奥へ行くな、死ぬぞ」。

[カシャ] 「呪いは本当だったんだ!」「助けてくれ」「振り返るな」……

[撮影班の照明] や、やややめてくれ……さっさと撮影を始めるぞ! 撮影に集中すれば怖くなくなるはずだ……

カリ カリ カリ──

[カシャ] へへっ、せっかくだしあたしも何か書き残しておこうかな? そうだなぁ……ピースしてる自分の絵でも描いちゃお!

[撮影班の照明] コホン、どうもこんばんは。げ、現在は七月十三日の午前十二時十五分。我々はすでに「無人工場」一階にあるホールまでたどり着きました……

[カシャ] 建物の中なのにやたら寒いよね。たしかここで写真を撮った人が、錯乱状態になって病院送りになったんだっけ?

[カシャ] あたしたちも試しに撮ってみる? それから写真を撮ったあとの状況を映像で記録すれば、みんな興味を持ってくれるはず。ほら、あたしはこっちに立って――

[カシャ] ――

[撮影班の照明] なんだそれ?

[カシャ] ……液体に浸かってぶよぶよになった羽獣の……標本?

[カシャ] ……

[カシャ] なんでこんな物が置いてあるの? ここって……廃工場だよね?

[カシャ] こういうのって普通は病院とかにある物なんじゃ……

[撮影班の照明] ……まだ撮るか?

[カシャ] だ、大丈夫、もうやめとく……

カリ カリ カリ──

[撮影班の照明] 分かった……なあ、さっきからずっと変な音が聞こえないか?

[カシャ] いや、音とかよりも、今はこの変な液体の匂いのことしか考えられないよ。もう鼻が曲がりそう……

[カシャ] と、とりあえず……撮影、続けよっか?

[撮影班の照明] ……

二人はがらんとしたホール内を再び捜索し始めた。ツンと鼻につく妙な匂いが、この場所の怪しさを増幅させていた。

まるでこの場所だけ外界から切り離され、存在するはずのない何かで溢れかえり、自分たちを取り囲んでいるかのような感覚に陥りそうになる。

[カシャ] ロビーと微かに聞こえる奇妙な音をたどっていたら、工場一階の奥までやってきましたー。

[カシャ] 通路の両側に部屋がズラリと並んでいるね。もう長い間ずっと使われてないみたい。試しにどれか開けてみる?

[撮影班の照明] スゥーハァー、よし、ここは俺が……

[カシャ] シッ……

[カシャ] ……

[撮影班の照明] ドアが勝手に開いた……

[カシャ] さっきノックしたのはきみなの?

[撮影班の照明] お、俺は何もしていないぞ。

[カシャ] ……

[カシャ] あたしも何もしてない……

[撮影班の照明] おお脅かさないでくれよ……

[カシャ] (ゴクリ)中に入ってみる……?

[撮影班の照明] お、俺は無理!

[カシャ] じゃあ後ろからついてきて。それならいけそう? あと班長に今の状況を共有しておこう。一通り撮ったら上の階に移動しよっか……

カメラを握るカシャの手に力が入る。

辺りは真っ暗で肉眼では何も見えない。状況を確認するにはカメラの暗視モードを通して、四角く小さな画面に映る青白い映像を見るしかない。今そこには狭い廊下が映し出されていた。

自身を取り囲むすべてが非現実的のように感じられ、カシャは暗闇の中で立ち尽くし、ただ仲間の返事を待った。

カリ カリ カリ──

[カシャ] ……

[カシャ] ……

[カシャ] ロビー?

カシャは振り返ったが、後ろには誰もいなかった。

[カシャ] ……ロビー? どこに行ったの?

返事はない。突如、何か重い物が落下したような大きな音が響き、続いてケガを負った獣のうめき声のようなものが聞こえてきた。暗闇の向こうから、爪が地面を引っ掻くような音が微かに響く。

カリ カリ カリ──

[カシャ] ロビー! どこにいるの!

[カシャ] ……ロビー?

カシャは誰もいない部屋を次々と駆け抜けていく。暗視モードのカメラに映る四角い画面が、彼女の視界の全てだった。

余計な考えが勝手に脳内をよぎる――

もし……もし本当に暗闇の中に何かがいるとしたら、ちゃんと気付けるのかな? ちゃんと……逃げ切れるのかな?

……自分の後ろには、今、本当に誰もいないの……?

[撮影班の照明] ここだよ! はやく来てくれ――

[カシャ] ……!

[カシャ] ロビー! もうなんで勝手にどっか行っちゃうの? 振り返ったら誰もいなくて本当にびっくりしたんだから!

[カシャ] ハァ……ハァ……しかもこんな遠くまで移動してきたの?

[カシャ] ロビー? 姿が見えないけど、どこにいるの? ここ真っ暗だからさ何も――

[カシャ] うえっ、しかもホコリだらけ!

[撮影班の照明] はやく来てくれ! 見つけたんだ――

[カシャ] ……だからどこにいるのか見えないんだって!

カシャはカメラを構えなおした。まだ大して使っていないのに、どういうわけかバッテリー切れを告げるランプがもうすでに点滅し始めていた。

赤い光が早いリズムで点滅を続ける。その明かりによって、辺りが急に暗くなったり明るくなったりを繰り返しているうちに、なんだか人影が揺らめいているような錯覚に陥る。

[カシャ] ロビー、いたら手を振ってみて。

[撮影班の照明?] 見つけたんだ――

[撮影班の照明?] ……たんだ――

前方で微かに揺れ動く影が見える。それは臆病なロビーが震えながらも強がって台本を読み上げている時の姿に似ていた。

カシャは安堵のため息をついた。

[カシャ] どうして一人でこんなとこまで来たのさ。きみのことだから、足がすくんでどこにも行けないって思ったのに!

[カシャ] ……まさか怖がってるのも演技とか? 本当は全然怖くないけど、動画映えのために大げさに怯えてたの……?

[カシャ] まあ……そういうキャラ設定は悪くないよ。でも、こんな風にあたしを怖がらせる必要なんてないじゃん。

ロビーから返事はない。カシャは彼の肩を叩こうと手を伸ばした。

あれはロビーで間違いないはずだ。

……待って、本当にそうなのだろうか?

コツン!

カシャの手に固い何かがぶつかる。

木製のラックが倒れ、衝撃でバラバラに散らばる。上にかけてあったボロボロの布が風もないのに、ひらひらとはためいた。聞きなれた声が再び鳴り響く――

[撮影班の照明?] 見つけたんだ――見つけたんだ――

[カシャ] あっ!

ドサッ!

声がする場所には、電線の束が乱雑に置いてあるだけで、人なんていなかった。二つの赤いランプがチカチカと点滅したあと、一瞬だけ間をおいて――

「カシャ! ここだよ、はやく来てくれ! 見つけたんだ――」

「見つけたんだ――見つけたんだ――」

「見つけたんだ――!!」

[カシャ] ロビー? ロビー! ああ、もうなんで今切れちゃうの……ちゃんと充電したはずなのに!

[カシャ] ロビー! 班長! そうだ、班長だ……通信端末があるんだった……班長! どこにいるの? ロビーがいなくなっちゃったの!

[カシャ] はやく出てよ……

[撮影班の班長] ……カ……いなくなっ……? ロ……なたたち今……!

[撮影班の班長] ……シャ……はやく……暗や……

[カシャ] 班長? 班長! ちょっと、どうして端末まで急に壊れて……うぅ……

[カシャ] 今何時かな? ……十二時十五分!? うそ、なんで……

[カシャ] あれ、どうしてまた一階に戻ってきてるの? 今階段を登ったはずだよね? あっ、もしかしてどの階も同じレイアウトなんだ……うん、きっとそうだよ。

[カシャ] ……そんな……あたしがピースしてる絵だ……

[カシャ] やっぱりここは……一階ってこと?

カリ カリ カリ──

地面に転がっていたカメラから突然、またあの音声が響いてきた。カシャがしゃがみ込み確認するとそこには――白飛びした画面に映る、血と傷だらけの青白いロビーの顔が。

彼は虚ろな目でこちらを見つめ、口を大きく開き――

ギャアアアアア!!

[カシャ] うわあああああ!!

[撮影班の照明] ぎゃああああああーー!!

[撮影班の班長] 完璧だよ! カシャ、よくやったわ! 撮れ高バッチリね! これなら伸びること間違いなし! さぁ、撤収しましょ。

[撮影班の班長] 編集の構想ももう書き起こしてあるけど、何かアイディアを追加したかったら遠慮なく言ってね。目指すはランキング一位よ!

[撮影班の班長] ……カシャ?

[カシャ] (怖かった……もう何も考えたくない……)

[カシャ] (あたしは無事に出てこられたんだよ……あともう少ししたら部屋に戻って、布団の中でオヤツを食べられる……)

[撮影班の照明] ド、ドアが勝手に開いた……!

[カシャ] さっきノックしたのはきみなの?

[撮影班の照明] お、俺は何もしていないぞ。

[カシャ] あたしも何もしてない……

カリ カリ カリ──

[カシャ] (ダメダメ! もう深く考えるのはやめよう……)

[カシャ] (あれは全部演出……それにあたしはちゃんと外に出られたんだ……外に……)

「カシャ! ここだよ、はやく来てくれ! 見つけたんだ――」

「見つけたんだ──見つけたんだ──」

「見つけたんだ!!」

カリ カリ カリ──

[カシャ] (うわああああ!)

[カシャ] (あの音は一体なんだったの!? まさか本当に別の誰かがいたってこと?)

[撮影班の班長] カシャ?

[カシャ] え……あっ……!

[撮影班の班長] おっ、正気に戻ったね。動画が公開されたら二人にご飯おごってあげるから元気出しな!

[撮影班の照明] *クルビアスラング*、*カジミエーシュスラング*、*ヴィクトリアスラング*、*炎国スラング*──!!

[カシャ] え……?

[撮影班の班長] ……ロビーね、戻ってきてからずっとあんな調子なのよ。道端の木を工場で見た怖い何かだと思い込んで、さっきからずっと殴ってるの。あそこの木、全部ハゲちゃいそうな勢いだよ。

[撮影班の班長] ほらカシャ、こっちで一緒に動画を編集しましょ。あなた、自分の動画を撮るための資金集めをしてるって言ってたよね? もし今回ランキングトップが取れたら、援助してあげられるかもよ!

[カシャ] う、うん……

[カシャ] (……班長、全然平気そうにしてる。なのに、ロビーは完全におかしくなっちゃってる。あたしたち、本当にさっき同じ場所に入ったんだよね?)

[カシャ] (と、とりあえず編集に集中しよう。いや、でもロビーを慰めるのが先か……いやいや、あたしだって誰かに慰めてほしいよ!)

[カシャ] ヒッ! ……また自分が撮った動画にビクッてなっちゃった……

[撮影班の班長] 結局ロビーがなんであんなに驚いてたのか、原因は分かった? いまだに正気に戻ってないのよ。

[カシャ] 分かんない……でもロビーのカメラに残ってた映像、すごく臨場感があって怖いよ。手振れも息切れも激しいし、しょっちゅう急に自分の顔が映りこむし。

[カシャ] あ、ロビーの顔が怖いって意味じゃないからね……

[カシャ] でもあの顔の傷は絶対に自分でつけたものじゃないと思う。それにカリカリっていう音がずっと聞こえてたし……

[撮影班の班長] ストップ! ここで場面転換を入れて、解説を挟みましょ。階段から真横にカメラを動かして、それから――

[カシャ] オッケー。そんで明度を調節して、床に散らばってる余計なゴミはボカしちゃおっか。後は呼吸音を大きくして……

[カシャ] ドアが開く、悲鳴、そして階段でのチェイスシーン。ここで一旦止めて、あたし側の視点に切り替えてっと……

カリ カリ カリ──

[カシャ] 班長……今の聞こえた?

[撮影班の班長] う、うん……聞こえたわ……

カリ カリ カリ──

[撮影班の班長] この音、私も工場の中で聞いたわ! 最上階であなたからの通信を受け取ったすぐあと……

カリ カリ カリ──

もう日の当たる場所に戻ってきたはずなのに、カシャはまだあの不気味な工場に取り残されているような錯覚に陥ってしまった。

身を乗り出して画面を凝視する――激しく揺れる映像、ノイズの混じる環境音、そしてロビーの激しい息遣い。カシャは動画の明度を上げてみた。

すると、突然画面の隅に赤い小さな点のような光が二つ現れた。それはカメラに向かってまっすぐ近づいてくる。

カリ カリ カリ──

キキッ!

[カシャ] ……

[カシャ] 待って、これって……

[カシャ] 鼷獣(けいじゅう)!?

[カシャ] しかもデカすぎない!?

[撮影班の班長] どこどこ?

[カシャ] ここ! ほら!

[カシャ] 待って……こっちにもいる!

[カシャ] あっ、ロビーの顔に飛び掛かって思いっきり噛んでる! それで……あっ、ロビーがカメラを捨てて……窓から逃げちゃった!?

[撮影班の班長] どういうこと?

[撮影班の班長] ちょっと見せて!

[撮影班の班長] あれ、ここにもいるわよ! こんなにたくさんいたの?

[撮影班の班長] ……まさかこの工場……実は鼷獣の巣だったってオチ?

[カシャ] ありえないって! あんなに色んなことが起きてたんだよ!? 誰もノックしてないのに音がして、ドアが勝手に開いたり!

[カシャ] ロビーのカメラも、ひとりでにリピート再生するし! 二階に上がれなくて、時間も止まっちゃうし! どんだけ歩いても一階でグルグルするだけで、時計も十二時十五分のままだったんだからね!

[カシャ] ……じ、自分で確かめなきゃ!

カシャはシークバーを動かす。

[カシャ] 班長との通信だって途切れちゃったでしょ?

[撮影班の班長] そこで止めて!

[カシャ] ……鼷獣が基地局におしっこをかけたせいで、ショートしちゃっただけ!?

[カシャ] じゃ、じゃあ! あたしがずっと二階に行けなかったのは?

[撮影班の班長] そこ!

[カシャ] ……鼷獣が階段に巣を作ったせいで、穴が空いてたから!?

[カシャ] 時計がずっと十二時十五分のままだったのも、この子たちが壊したせい?

[カシャ] あっ。

[撮影班の班長] あっ?

[鼷獣] キッ!

[撮影班の照明] はっ!?

[撮影班の照明] この野郎、見つけたぞ! わはははっ、この勇者ロビー様がお前らを一網打尽にしてくれるわ!

[鼷獣] (楽しそうに走り出す)

[撮影班の照明] 逃げんじゃねええぇぇーー!!

[カシャ] ……

[カシャ] 班長、もしかして不可解な怪奇現象だって噂されてたのは、全部このデッカイ鼷獣の仕業だったってこと?

[カシャ] ……って全部!?

[撮影班の班長] 鼷獣の仕業って……そんなあ……

[撮影班の班長] で、でも、本当のことをそのまま動画にしちゃったら、全然面白くないよ……

[撮影班の班長] もう予告も公開しちゃったし、視聴者は恐怖の工場探検を楽しみにしてるの! 怖い物見たさにしろ、私たちが怖がってる姿を期待してるにしろ、みんなが望んでるのは絶対に鼷獣オチじゃない……

[カシャ] じゃあ……?

[撮影班の班長] やっぱり最初の企画通り、純粋なホラー動画として編集しましょ。鼷獣が出てくるシーンは丸々カットで。

[撮影班の班長] さっきゴミをボカしたのと同じ処理でいいわ。真実なんて誰も望んでいないの! あんなシーンを公開したって誰も喜ばないわ。

[撮影班の班長] 予告動画で視聴者たちが興味を示したポイントを分析して、みんなが見たいものを、編集で入れてあげれば間違いは起きないはずよ!

[カシャ] んー……

[撮影班の班長] どうしたの? 何か不満でもあるわけ?

[撮影班の班長] ああ、やっとカシャの新人らしい一面が見られたわ! こんなやり方は、視聴者を騙してるようで気が引けちゃうのよね!? 先輩である私が教えてあげる、これはね騙してるわけじゃ……

[カシャ] いや……

[カシャ] そうじゃないよ!

[カシャ] その方針、すっごくいいと思う!

[撮影班の班長] え?

[カシャ] ナイスアイディアだよ! 視聴者もきっと喜んでくれるって。

[撮影班の照明] ――ア……イス?

[撮影班の照明] この野郎、まさか俺をデザートか何かと勘違いしてやがるのか? 畜生め、このロビー様が鉄拳制裁を食らわせて――

[カシャ] ちょっ、ロビー、それ岩だよ――

[カシャ] どう、班長? まだ直したほうがいいとこある?

[カシャ] もうない? それじゃあ、やっちゃうよ?

[カシャ] ロビーも大丈夫? もうアップしちゃうよ――3、2、1!

[撮影班の班長] きたきた。はやく更新して! コメントが見たいわ!

[撮影班の班長] ……閲覧数が増えてきてるわね! コメントはどう?

[カシャ] まだそんなに増えてない。みんな動画を見てる途中なんだと思う。でもいいねの数がどんどん増えてるよ。この一瞬でもう1000を超えてる!

[カシャ] 今のデイリートップの動画は再生数30000くらいみたい。あたしたちの動画もう5000……いや8000超えてる!

[カシャ] コメントも増えてる! 「シーンが切り替わるたびに心臓が止まるかと思った!」「照明のお兄さんにつられて叫んじゃったよ」「もう無理! 誰か最後どうなったのか教えて!」だって!

[撮影班の班長] あっ、友達から連絡が来てる。へへ、みんな羨ましいのね!

[撮影班の班長] 待って……再生数10000突破!

[カシャ] 15000……20000!

[撮影班の班長] 30000……お願い、30000までいって! 一回でいいから一位を取らせてよ!

[カシャ] 更新してみる。ラグがあるかもしれないし。

[カシャ] うーん、これは……

[撮影班の班長] 再生数の伸びるペースが落ちてきてるわ。25000か……もう少し様子見してみる?

[カシャ] うん、そうしよう!

[カシャ] 25300……25500……25532……止まっちゃった。

[撮影班の班長] ……

[カシャ] 班長、二位でも十分すごいってば! それに投稿したばっかだし、夜になったらまた伸びて一位になってるかもしれないでしょ?

[カシャ] ほら、今の一位の動画はただの食べ歩き動画だよ。こんな「ん~おいしい~!」とか「みんなも食べにきてみてください」って言うだけの動画に、あたしたちが負けるわけないって。

[撮影班の班長] それは私のセリフでしょ、新人ちゃん。

[撮影班の班長] 慰め役は先輩の私なのに。でも、初めての動画でこんな記録を出せたのなら、十分みんなに自慢できるわよ。

[カシャ] えへへ。

[カシャ] よし、一日中がんばったことだし、そろそろ打ち上げ始めようよ。あたし、料理を運んでこよっか? ずっと動き回ってたからもうお腹ペコペコ。

[カシャ] ピザとはちみつクッキー、どっちがいい? それともジャーキーのほうがいいかな?

[撮影班の班長] ビールがいい! とことん飲んで酔っ払いたい気分!

[撮影班の照明] あはははっ! 俺はあの工場を焼いて食いてぇ!

[カシャ] ええ……ロビーまだ正気に戻ってなかったの……

[撮影班の班長] ……

二日後

[撮影班の班長] ハァ……二日経っても相変わらず二位のまんまか。たった数百再生の差なのに、なんで超えられないんだろう! 私たちの動画がただの食べ歩き動画に劣ってるっていうの?

[撮影班の班長] 今回収益が出なかったら、来月の食費だけじゃなくて、カシャの開業資金が貯まるのも何か月先のことになることやら……

[撮影班の班長] そして、なんだか部屋が焦げ臭いような……?

[撮影班の班長] ゲホッゲホッ! ゴホッ!

[撮影班の班長] うっ──! 何よこの煙? どうなってるの?

[撮影班の班長] カシャ? ロビー?

[カシャ] 大丈夫大丈夫! コメントの通知が多すぎて、端末がオーバーヒートしちゃったみたい!

[撮影班の班長] 通知が多すぎて? あの動画は二位で止まってるはずでしょ?

[撮影班の班長] ちょっと待って、このランキングトップにある『恐怖の無人工場ここに完結、これがすべての真相だ!』って何?

[撮影班の班長] この動画、前に私たちが行ったロケーションと似てるような……というか、これ私たちの動画じゃない!? ほら、今ロビーの声が聞こえた! しかも……どれも鼷獣が出てくるシーンばっかり!

[撮影班の班長] カシャ?

[カシャ] えへへっ。

[カシャ] さて、この新動画は誰が編集したものでしょ~か!

[カシャ] ほら! 探検動画のほうも再生数がすごい伸びてる! みんな種明かし動画を見たあと、探検回を確認しにいってるんだ! 最新コメントも全部、鼷獣がどこにいるのか探してる内容ばっかりだし!

[撮影班の班長] ああっ、探検回の動画がランキングトップになった!?

[撮影班の班長] 種明かし回が二位だわ!

[カシャ] (得意げに通知でパンクし、煙を吹いている端末を見せびらかす)

[カシャ] 食べ歩き動画なんてとっくに追い抜いちゃったもんね!

[撮影班の班長] すごいわ、カシャ!

もくもくと立ち上がる黒煙を吸い込んだロビーは、大きなくしゃみを二回した。

まるで夢から目覚めたかのように、ロビーは殴っていた折り畳み椅子を放すと、端末を掴み画面を睨みつけた。そして、自分たちの動画が今やもう再生数50000を突破している事実に気付いた。

[撮影班の照明] うわあああっ──! トップ? トップだって──!?

[撮影班の照明] カシャちゃん! 俺、夢でも見てるのかな? それとも、ここは天国で、じつは俺はあの工場で死んじまってたとか?

[撮影班の照明] ここってクルビアだっけ? ボリバルだっけ?

三人は鼻がくっつきそうになるほど顔を画面に近づけ、探検動画と種明かし動画が一位を争い、再生数がグングンと伸びていく様を見守った。

鳴りやまぬ通知音の中、双方の動画の収益がどんどん跳ね上がっていき、端末から噴き上がる黒煙もさらに勢いを増していく。

[撮影班の照明] やったーー!

[撮影班の班長] 食費ーー!

[カシャ] 開業資金!!

[カシャ] カシャの撮影部屋、オープンだーー!

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