aklib_story_決着のゴング

ページ名:aklib_story_決着のゴング

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決着のゴング

リングから離れて久しいビーハンターは、かつての対戦相手と遭遇した。あの不本意に終わった試合にようやく決着の時が来た。


p.m. 2:19 天気/晴天

ウルサス辺境にある村

[シュラ] ゴクゴクゴク――っぷはぁ~! このビール、喉越し最高だぜ!

[外勤オペレーター] コホン……シュラさん……

[シュラ] まあまあボス、そんな不機嫌な顔すんなって。ここのビールはご当地名物のハチミツ入りなんだぜ、一口飲んでみろよ! 唸っちまうほど美味いぜ!

[シュラ] それによ、ボスとの契約も今日までだしさ、明日にはもう行っちまうんだろ? ここんとこ贔屓してくれたお礼に、一杯奢るよ。

[外勤オペレーター] 私は常日頃から健康に気を遣っているので、結構です。誰かさんみたく、夜中にハチミツを一缶も平らげておきながら、翌日にまたそうして糖質を大量に含んだ酒を飲み干すようなマネはしません。

[シュラ] いやいやちょっと待った、冷蔵庫にあるもんは好きに食っていいって言ったのはボスだろ!

[外勤オペレーター] はぁ――そうは言いましたけど、食べ放題だとは言ってないでしょう……

[外勤オペレーター] 自分の体のことですよ。もう少し気にしたらどうですか?

[シュラ] でもさボス、ボディガードってのは重労働なんだぜ? 高カロリー高糖質のもんでも摂取しなきゃ持たねぇって。

[外勤オペレーター] だとしても少しは控えるべきです!

[シュラ] アッハハー、了解了解~。

[外勤オペレーター] はぁ、あなたって人は……

[外勤オペレーター] そうだ、聞きたいことがありました。この仕事が終わったら次は何をするのか、ちゃんと考えてますか?

[シュラ] (髪をかき乱す)んー、一応考えてはいるけど、いいのが思いつかなくてなぁ。はぁ~、チクショー。

[外勤オペレーター] そうなんですね……実は、その件について、ずっとあなたとお話を――

[店員] こんにちはお嬢さん方、こちらはうちの店が新しく造ったハチミツ風味のビール。今日は周年記念の日だから特別サービスとして、一杯頼んだら一杯おまけだよ~。

[シュラ] そうなのか! よぉし、じゃあもう一杯くれ! あんがとな!!

[店員] はいよ、ヒタヒタに入れときますね!

[外勤オペレーター] ――したかったのですが……

[シュラ] おぉ、そうだ。ボス、さっきなんか言ったか? ここは周りがうるさくてよ、よく聞こえなかったぜ。

[外勤オペレーター] はぁ……

[外勤オペレーター] シュラさん、もう出ましょう。油を売ってる場合ではありません。大事なお話があるんですが、ここではできそうにもないので。

[シュラ] もちろんいいぜ、ボス。どこまでもついてってやるよ。

[外勤オペレーター] 本当にあなたって人は……ん? えっ……

[シュラ] お? なんだボス、急に立ち止まったりして。急いでたんじゃねぇのか?

[外勤オペレーター] ねぇシュラさん、私の錯覚かしら? なんだかすっごく凶悪なオーラを纏った人がこっちに向かって来てるんですが。

[外勤オペレーター] ――間違いない、あなた目掛けて真っすぐ来てるんだわ! 仲介業者のウソつき! やっぱりあなた、何かとんでもない過去を持ってたのね!

[シュラ] おい、変な想像はよしてくれよ! 地下格闘技はやってたけど、裏社会と関わったことはねぇって何度も言っただろ!

[外勤オペレーター] じゃあ、あれは何なんですか? あの男、あなたに用があって来たようにしか見えませんよ。

[シュラ] そりゃ……まぁ……確かにアイツのことは知ってるけどさ。とにかくボスは気にしなくていいから、アタイの後ろに隠れてな。

[屈強な男] よぉ、こりゃあチャンピオン様じゃねえか。

[シュラ] とっととそこを退け、エヴゲーニイ。今オマエに構ってる暇はねぇんだ。

[屈強な男] んだよ、格闘技やめてボディガードに鞍替えかぁ? おっと、忘れてたぜ。あんたはもうとっくにリングの王者なんかじゃなくなったんだよなぁあ?

[シュラ] よくもぬけぬけと……運よくチャンピオンの座につけただけで、こうも自惚れるバカもオマエぐらいなもんだ。

[外勤オペレーター] シュラさん……

[外勤オペレーター] (シュラさんの様子がいつもとまったく違う。すごく怖い感じがする……)

[屈強な男] テメェみてえな青臭いガキなんざ、たとえあん時リングに上がってたとしても、一発でKOしただろうぜ。

[シュラ] はあ? 何をほざいてやがる! アタイとやりあってたら、テメェこそ頭カチ割られてるだろうよ!

[シュラ] 試合の前日に不意打ちを食らってケガさえしなかったら、テメェはこんなところで鼻を高くしてられるか!

[外勤オペレーター] ちょっとあなたたち……

[屈強な男] 言い訳してんじゃねえよこのクソガキが。いくらほざいても、あの日テメェが最後まで姿を見せなかった事実は変わらねぇんだよ。

[シュラ] くっそぉ、ほーんとムカつくぜ、この恥知らずが!

[屈強な男] 怒ったのか? ハッ、あの老いぼれも教え損だな。心血を注いだ弟子が、ボディガードなんぞをやってるなんてよ、まったくお笑いだぜ。

[シュラ] この野郎、そのくせぇ口でコーチのことを語るんじゃねぇ!

[屈強な男] おいおい、なんだその膨れ上がったツラはよぉ! ここでやろうってのか!?

[外勤オペレーター] ちょっとちょっと二人とも! そこまでにしてください!

[外勤オペレーター] シュラさん、彼とどんな因縁があるのか知りませんが、今はあなたが自由にしていい時間ではありません。あなたの時間はお金を払っているこの私のものなのです!

[外勤オペレーター] ですから、その時間と、私のお金を、えっと……こんな人のために費やすのはやめてください!

[屈強な男] あぁ? ……よく知らねぇが、そうだぞ! おとなしくその小娘の言うことを聞いて、さっさとしっぽ巻いて行きな。

[シュラ] え? ボス、アタイの仕事はさっきで終わりじゃなかったのか?

[外勤オペレーター] 仕事は終わっても、まだ就業時間中です。 今日は八時間分の料金を一括で払ったんですから。さあ、はやく行きましょう。

[シュラ] ……分かったよ、ボスの言う通りにするさ。契約書にもそう書いてあるしな。

[外勤オペレーター] それに、店員さんの顔を見てください。どうか店の中でおっぱじめないでくださいって、必死に祈ってる目つきですよ。

[シュラ] あぁ、もぉー。

[屈強な男] オーロフよ、やらねえってんなら行かせてもらうぜ? 俺はあんたと違って大忙しなんでな。

[シュラ] 言わせておけば……おいオマエ、拾っただけのチャンピオンをそれ以上気取ってんじゃねぇよ。少しでもまともな根性が残ってんならな。

[シュラ] あの日叶わなかった試合の続きをしようじゃねぇか。その勝ち負けでどっちが本物のチャンピオンなのか決着をつけようぜ。

[シュラ] 今この場じゃ都合が悪い、あとでこっちから訪ねてやるよ。オマエのねぐらは分かってる、覚悟しとけ。

[屈強な男] やめとけって。どうせ結果は変わらねぇよ。また前みたいにバックレるヤツがいるかもしれねぇからなぁ。

[シュラ] ほう、ビビってんのか、「チャンピオンさん」よぉ?

[屈強な男] ビ、ビビッてなんか……んなわけねえだろ! 上等じゃねぇか、来れるもんなら……今夜にでも来やがれってんだ。あんたなんか……ちっとも怖くねえぜ。

[外勤オペレーター] もう! いい加減にしてくれませんかね!

[屈強な男] んだと、このクソアマ――!

[外勤オペレーター] ほらシュラさん、行きましょう。まだやることがあるんですから、こんな人に付き合ってる暇はありませんよ。

[シュラ] 悪いなエヴゲーニイ、アタイ行かなきゃ。約束は忘れんなよ。また夜にな。

[屈強な男] クソが……待ってよ、こんな人ってなんだ? あのクソアマ、俺のことバカにしてたのか!

p.m. 6:34 天気/曇天

[シュラ] なぁボス、あんだけ急いで引き返して、結局アタイになんの話がしたかったんだ?

[外勤オペレーター] ふぅ――そうですね。以前も話したことがあると思いますが、「ロドス」というのは覚えていますか?

[シュラ] ボスが働いてる場所で、確か製薬会社だったよな? 何度も言ってたし、ボスの言うことはみんな覚えてるぜ。

[外勤オペレーター] シュラさんは今回の依頼が終わった後も、引き続きボディーガードをやって生計を立てるつもりですか?

[シュラ] さぁな。将来のことなんて、思い通りになるもんでもねぇだろ? アタイらみたいな人間にできる仕事は限られてるんだ。選り好みなんて贅沢はできねぇよ。

[外勤オペレーター] でしたら、ロドスにはちょうどあなたにピッタリなポジションがあります。シュラさんの資質や優れた戦闘技術ならきっと適任じゃないかと。よければ私から推薦しようと考えていたんです。

[シュラ] えっ、ほ、本当か? それは、なんて言ったらいいのか……ありがとうな、ボス。

[外勤オペレーター] それに、あなたの病気はそのままにしたら、いずれ隠し通せなくなりますよ。辺境地帯では管理がそこまで厳しくないとはいえ、ここに居続けても状況はどんどん悪くなるだけです。

[シュラ] アハハ、ボス~、そんなにアタイのこと気に掛けてたのかい? でも……アタイは感染者だぜ? 本当にいいのか? アタイらみたいなのを……普通の会社が拾ってくれることなんて、あるのかねぇ。

[外勤オペレーター] そんなこと言わないで。まさにあなたのような方を積極的に受け入れてるんですよ。ロドスはずっとあなたたち……いや、私たちみんながより良い暮らしができるよう、努力を続けているんですから。

[シュラ] ウソだろ、夢みたい……こんなことって……あぁ、よかった……なんて感謝すれば……

[外勤オペレーター] ……だからシュラさん、試合どうこうの話はもう忘れてください。新しい生活が待ってるんですから、過去のことはもうここに残していきましょう。

[シュラ] ボス……

[シュラ] これは、何て説明すりゃいいのか分からねぇが、とにかく絶対行かなきゃなんねぇんだ。この勝負はアタイにとっちゃすごく大事なことで……ケリをつけなきゃ、安心してここを出ることはできねぇ。

[シュラ] それにアタイは今日のモヤモヤを片付けないと、明日のことなんざ考えられねぇタチだからさ。

[外勤オペレーター] ならばシュラさん……どうしてなのか、きちんと説明して、私を説得してみせてください。

[シュラ] うん……チャンピオンになって、ベルトを手にするのがアタイの執念なんだ。実物はもう無理だけど、それでも証明したいんだよ……コーチに……アタイにはそのベルトをつける資格があるんだって。

[外勤オペレーター] あっ、そうでしたね。前に聞きました、あなたのコーチはもう……

[シュラ] (頭を搔きながら)ああ、もうこの世にはいねぇんだ……

[シュラ] アタイはガキの頃にコーチに引き取られたんだ。パンチも避け方もブロックの技術も、全部コーチから教わったのさ。

[シュラ] ウルサスじゃ一人で暮らすのだってキツいのに、ハナタレのガキなんか連れてたら尚更だ。アタイさえいなければ、もっと楽に生きられた……それでも、コーチはアタイを見捨てることはしなかった。

[シュラ] コーチは最期まで……アタイがリベンジして、あの日のベルトを取り戻せることを夢見ていたんだ。アタイにできる恩返しは……これぐらいしかないのさ。

[外勤オペレーター] ……わかりました。それがあなたの意志なら、尊重しますよ、シュラさん。

[シュラ] ……ありがとう、ボス。

[外勤オペレーター] そうだ、シュラさん。あの男ですが、どうも汚い手を使う噂が立っているみたいです。私の取り越し苦労ならいいのですが、十分気を付けてください。

[シュラ] ああ、気を付けるさ。

[外勤オペレーター] 勝てたら、とっておきのハチミツ酒を奢ってあげますね。

[シュラ] よっしゃ、約束だぜ!

p.m. 10:24 天気/晴天

[屈強な男] ふぅー。ったく、しつけえ女だぜ。あんたと試合したい奴なんざいるわけねぇだろうが。

[屈強な男] ケッ……しっかし悪運の強え女だ。一度はあんなになってたってぇのに、どうしたらまたこうもピンピンしてられるんだか。

[屈強な男] へへっ、こりゃ監視隊とじっくり相談してみねえとな。もしかしたら少しは小遣い稼ぎになるかもしれねぇ――

[シュラ] よぉ、エヴゲーニイ、なに一人でブツブツ喋ってんだ?

[屈強な男] え? オーロフ!? テメェ……なんで俺の居場所が分かった!?

[シュラ] オマエが大人しく約束の場所に来ねぇのはお見通しさ。だから「運試し」ってやつで、先にここで待たせてもらってたぜ。

[屈強な男] なっ……お、俺はただ、待っても来なかったから、ちぃと散歩でもしようと思っただけだ。悪いか?

[シュラ] 下手な言い訳はよせよ、エヴゲーニイ。もしビビってんなら、さっさと負けを認めてお家にでも帰んな。

[屈強な男] ビ、ビビッてなんか……ねえよ、舐めんな。

[屈強な男] そっちこそ、クソアマが……その小綺麗な顔が血まみれになってもいいのか? この俺が――

男の言葉は拳が巻き起こした風によって遮られた。鼻先に紙一重でピタリと止まった拳は、喉元に出かかった罵詈雑言を男の腹の中へと押し込み、口から心臓が出そうなくらいの緊張を与えた。

[シュラ] ゴチャゴチャうるせぇんだよ、この間抜けが。さっさと始めるぞ。

[屈強な男] テメェ……

[シュラ] そうそう、喋る時は気を付けたほうがいいぜ。舌を噛んでも知らないからな。

[屈強な男] この……クソアマが! ぶ、ぶっ殺してやる!

[シュラ] 来いやァ!!

[シュラ] (コイツのジャブ、しっかりとラッシュをかけてる上に一発一発が重い。案外やるじゃねぇか。)

[屈強な男] おいクソ女、さっきからガードばっかでどうした! 早くかかってきたらどうだ? チマチマ避けてんじゃねえ!

[シュラ] オマエの動きが遅すぎんだよ! アタイにパンチを当てたいなら、もうちょっと気合入れな!

[屈強な男] クソがァ!

[シュラ] (今だ、ヤツの脇腹がガラ空きになった。)

[シュラ] シュッ――食らいやがれ!

男の肋骨にシュラの重い拳が食い込む。その痛みに男は思わず顔を上げ、ガードに隙が生まれた。

シュラはそんなチャンスを見逃すわけもなく、すかさず至近距離へと入り込み、下アゴを狙ってさらに重い一撃を繰り出した。

[シュラ] 今だ!

[屈強な男] ぶへッ――ガハッ、ゲホッ、なっ、これは……俺の歯が!

[シュラ] ハッハ~、見たところ奥歯みてぇだな。

[屈強な男] クソ、があぁぁああ! こ、この女、ぜってえぶっ殺してやる!

[屈強な男] 死ねえ、このクソアマぁ! チャンピオンは、この俺様だぁああ――

[シュラ] エヴゲーニイ、この野郎――

[シュラ] なっ――何者だ、むごご……! おえっ、な、なんだ!?

[黒い影] フンッ、恨むのなら……を買った自分を……ただで済む……思うな……

[シュラ] (どうなってる、声が遠くなって……コイツは何を言ってるんだ。クソ、顔もよく見えねぇ。)

[黒い影] あばよ……くっくっく。

[シュラ] 待て――テメェ……クソッ、試合がもうすぐ始まるってのに、よりによってこんな時に……

[シュラ] (あれは……金貨……?)

蹴り飛ばされた凶器が、地面を転がりながら弾き飛んでいった。男は一瞬なにが起ったのか理解できず、その場で立ち尽くした。

ウルサスの少女は素早く男の腕を取って背後にねじり上げ、さらに強靭な腕力で彼の首をギリギリと締め上げた。

[シュラ] その腕にある金貨のタトゥー、一体どういうことだ!?

[屈強な男] ……げ……ゲホッ……離せ、息が……

[シュラ] 答えろ!

[屈強な男] ぐっ……

[シュラ] ずっと探してたんだ、もう何年も何年も、そのタトゥーを入れた男を……まさか、それがオマエだったとは!

[シュラ] あの時アタイを感染者にしやがったのは、オマエだったのか!

[屈強な男] ……ガハッ……

[シュラ] 全部オマエのせいだったのか。何もかもオマエのせいで……アタイの人生はメチャクチャになったんだぞ!

[シュラ] 試合に勝つのも! チャンピオンの称号も! 賞金も! 全部アタイのものだったはずなんだ!

[屈強な男] たす……け……ゲホッ……

[シュラ] 全部、全部オマエのせいで、あぁぁ――

[シュラ] あの賞金さえ、もらえていたら……ジジイを医者に診せられたってのに……

[シュラ] なぜだ! なんであんなことを!

[屈強な男] 俺じゃ……ねぇ、ゲホッ、あんたが八百長を、断ったから……上の人に……恨みを買ったんだ……ゲホッ……

[シュラ] だからなんだってんだ? 自分は命令されただけだってか!? 言い訳にならねぇんだよ! よく聞きやがれ、テメェはただの卑劣な腰抜け野郎だ! それがテメェの救いようのねぇ本性なんだよ!

[屈強な男] くっ……ガハッ……わ……るかった、謝る、謝るから……許して、ゲホッ、くれ……

[屈強な男] 頼む……殺さ……ないで、お、俺は……

[シュラ] もういい……黙れ……

[シュラ] 黙れ!!!

殺さないで、殺さないでくれ。

死に追い詰められた者は、皆そうして命乞いをする。

地下拳闘場はいつだって怒号に包まれ、血の匂いに満ちている。だから誰もそんな声を気に留めたりはしない。

だが、シュラの耳には届いた。

彼女には、聞こえないフリをすることはできなかった。

[シュラ] ……殺しはしない。できねぇよ、クソが。

[シュラ] これは試合だ。そう言ったろう……その言葉に……背くわけにはいかねぇ。

[シュラ] リングで人は殺さねぇ。それだけは絶対にやるわけにはいかねぇ。絶対にだ。

[屈強な男] ッぷはぁ――

[シュラ] 自分のざまを見てみろ、ヨダレと鼻水でグチャグチャじゃねぇか……みっともねぇぜ。

[シュラ] アタイの人生が、こんなクズのせいで……

[シュラ] ……フッ、バカバカしい。オマエみたいな人間に……ほんっとにバカバカしいぜ……

[屈強な男] ゲホッ……

[シュラ] 運がよかったな、ゴミクズめ。さっさと消え失せろ。

[屈強な男] ヒッ――ゲホッゲホッ――うっ――ゲホゲホッ――

[シュラ] アタイの拳は安くねぇんだ、復讐なんぞに使うには勿体ねぇくらいにな……

[シュラ] ……テメェには勿体ねぇんだよ、アタイの拳は。

[屈強な男] ゲホッ……許してくれ……もう二度とこんなことは、ゲホゲホッ……

[シュラ] その口はキッチリ閉じておけよ。監視隊に何か喋ってみろ、アタイに知れたら今度こそ許さねぇからな。

[屈強な男] そんなこと絶対にしねぇよ……だ、だから……

[シュラ] ……さっさと消えろ、二度とそのツラを見せんじゃねぇぞ。

[シュラ] はぁ、なあボス、隠れてないで出てきなよ、足音でバレバレだぜ。

[シュラ] アタイが出かけた時には寝てたんじゃなかったのか、ボス?

[外勤オペレーター] ええ、しかし今晩は下の階のサンドバッグを殴る音がしなかったせいか、よく寝つけませんでした。

[シュラ] ありゃ、てっきり上の階には聞こえないだろうって思ってたぜ。すまねぇな、へへ。

[外勤オペレーター] もう、あなたって人は。まあいいわ、ふぅ――

[外勤オペレーター] さっきのあの男……命はないだろうって思ってましたよ。

[シュラ] ほう――そんな状況を見てたってのに、止めようとはしなかったわけだ? ボスって案外、血も涙もねぇんだな。おっかなくてチビっちまいそうだぜ。

[外勤オペレーター] 茶化さないで、私はそんな人ではありません。そして、シュラさんも……そんな人にはならないって信じていますよ。

[シュラ] へぇ、ボスがアタイのことをそんなに信用していたとは。

[外勤オペレーター] シュラさんには、シュラさんご自身のルールがある。それは知っていました。

[シュラ] ……そうだな。アタイはもうリングに立つことはないけど、拳闘士としての矜持はずっと胸に刻んでんだ。

[シュラ] 相手が倒れたら、そこで試合終了。それから先は、もう拳闘士の領分じゃねぇってな。

[外勤オペレーター] たとえその相手が対戦相手と呼ぶに値しない者でも?

[シュラ] ハハッ、長いこと拳闘士をやってきたけど、まともな相手なんてそうそうお目に掛れねぇもんさ。目の前に立つ相手はどんどん入れ替わるしよ。でも、この足元にあるリングだけは……

[外勤オペレーター] リングだけは?

[シュラ] ……消えることはねぇんだ。

[シュラ] アタイにとってリングは特別な場所なんだ。だから、そこに立つ以上は、パンチの一発一発を真剣に繰り出さなきゃならねぇ。リングに恥じねぇようにな。

[外勤オペレーター] いいですね。でもシュラさん、さっき闘っていた場所は、リングでもなんでもない場所でしたよ?

[シュラ] チッチッ、リングはいつも、アタイの心の中にあるってことさ!

[外勤オペレーター] シュラさんって昔、地下格闘技をやっていたんですよね。そんな場所で、その心意気を守り続けるのは、大変だったのでは?

[シュラ] まあな。あそこは人に見られたらヤバイもんがたくさんある。八百長試合や賭博なんてのは、まだまだ上辺に過ぎねぇよ。

[シュラ] もっとディープなとこに行きゃ、ひでぇグロテスクな試合だってあるんだ。あんな所にいる拳闘士は観客から見りゃ動物以下、よくて見世物の……おもちゃか何かってところさ。

[シュラ] ボス、アタイさ……あの時は危うくなりかけてたんだ。殺すことしか知らないバケモノにな。

[シュラ] っておいボス、それを聞いてなんで満足そうな顔になるんだよ!

[外勤オペレーター] いいえ、ただ、あなたが同僚になってくれて嬉しいなと思っただけですよ、シュラさん。

[シュラ] ボス……うっ――

[シュラ] もう、なんかアタイの方が恥ずかしくなってきちまったよ、ハハ。

[外勤オペレーター] はいはい、喜ぶのはまだ早いですよ。ロドスに入るには、まず履歴書を用意して、それから面接もして、評価を受けてからじゃないと……

[シュラ] アーアー、やめてくれよボス。そんなめんどくせぇこと、今は考えたくねぇ! 思い切りハチミツ酒を飲み干して、それからぐっすりと眠りたい気分だぜ。

[外勤オペレーター] はぁ、そんなことしか頭にないんですから。それよりも、その靴ですよ靴。

[シュラ] アタイの靴がどうした……げ! 靴底が外れちまってるな。さっきは夢中で気付かなかったよ。いや~こりゃ恥ずかしいところ見せちまったな。もうずっと買い替えてねぇから、ボロボロでさ。

[外勤オペレーター] やれやれ、私がもう一足持っていますから、戻ったら履いてみてください。足に合わなくてもしょうがないですけど。

[外勤オペレーター] ともかく、先を急ぎますよ。あの男が本当に口を閉ざしてくれる保証なんてどこにもないんですから、もう長居は無用です。

[シュラ] 悪りぃなボス、アタイがあんな奴を見逃しちまったばかりに……

[外勤オペレーター] いいんです。あの男の血で汚れてしまうのは確かに勿体ないですから……

[シュラ] アタイの無敵な拳がかい?

[外勤オペレーター] いいえ、あなたの新しい人生へと向かう道が、ですよ。

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