aklib_story_長い廊下を抜けて

ページ名:aklib_story_長い廊下を抜けて

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長い廊下を抜けて

バイビークは一度家に帰ることにした。それは両親に会うためだけでなく、監獄へ行って、彼女を傷つけたあの男に会うためでもあった。


[パインコーン] わっ……! な、なに……?

[パインコーン] バイビーク先生? 大丈夫ですか、火傷していませんか? カップの破片には触らないでくださいね。

[クルース] ん~、きっと嬉しすぎて手が震えちゃったんだよぉ。もうすぐおうちに帰れるんだもんねぇ。

[バイビーク] ……

[クルース] 大丈夫大丈夫~、炎国なんかじゃ物が割れるのは逆に縁起がいいって言うからぁ。

[話好きなオペレーター] いいよ、バイビークさんは座ってて。元々あなたを見送るために開いたお茶会だからさ。新しいのをいれて来るよ。

[パインコーン] あっ、そこ! 危ないですよ! すぐに片付けますから、お茶を入れるのはその後にしてください。

[バイビーク] ……

[オーキッド] バイビーク……

[オーキッド] ……一体どうしちゃったの?

愛する娘へ

最近はどうしていますか。お父さんとお母さんは元気ですから、心配しないでね。

あなたのお部屋も定期的に掃除をして、家を出た時のままにしてあるの。そうだ、お父さんがまた眼鏡を新調したのよ。目の使い過ぎには注意してねっていうあなたの忠告を聞かなかったせいね。

......

ロドスで元気に暮らしてると聞いたわ。しかも、戦闘オペレーターになった後もすごく活躍しているのでしょう? お父さんもお母さんもあなたを本当に誇りに思っています。

それで、散々悩んだけど、やはりこのことを伝えることにしました……あなたを鉱石病に感染させた男はもう、警察の人と一緒に捕まえたの。彼は裁判を受け、今は監獄で服役中よ。

ハニー、もう何年も経つけど、これであなたもようやく安心できるわね。ロドスでの暮らしが順調で幸せであることを、お母さんとお父さんは心から願っているわ。

......

[バイビーク] (……収監されて一年以上経ってから、ようやく教えるなんて。)

[バイビーク] (本当はそんなに気を遣わなくてもよかったのに。わたしはもう、気にしてない……気にしてないんだから、うん。)

[バイビーク] (あっ、手紙と一緒にママが撮った写真も入ってる……ぷっ、パパの新しい眼鏡、変な色。)

[バイビーク] (ママったら、わざと選んだでしょう……ふふっ。)

[バイビーク] (あとこれは……服? それと新しいレイピア。素敵ね。使い勝手も良さそう――きっとパパがデザインしたのね。)

[オーキッド] ――ねぇ、荷物がまた届いてるわよ。これ以上は部屋が埋まっちゃうんじゃない? ご両親、家ごと送ってくるつもりなの……あら。

[オーキッド] その手にしてる剣、当てましょうか? この後の訓練でさっそく使うつもりね?

[バイビーク] ええ、パパが新しくデザインしてくれたんです。

[オーキッド] まったく羨ましい話ねぇ。家にいた時も、ご両親にはうんと甘えさせてもらってたんでしょう。

[バイビーク] そんなことありませんよ……

[オーキッド] まぁ、照れてるの?

[バイビーク] ……オーキッドさん、これ以上からかったら、例のスカート作りはもう手伝ってあげませんからね!

[オーキッド] あら、それは困っちゃう! バイビークが手を貸してくれなきゃ、新しい服が作れなくなるわ。どうしましょう~。

[バイビーク] オーキッドさん! からかわないでくださいってば。

[オーキッド] ふふっ、はいはい。もうちゃちゃはいれないから、ゆっくり読んでてちょうだい。

気持ちを切り替えて、バイビークは机の上にあるもう一通の手紙へ視線を落とした。

[バイビーク] こっちのは、誰からの手紙でしょう。差出人は……書いてない。送り主の住所は……「監獄」?

「心優しいお嬢さん、僕は今、感謝の意を込めてこの手紙を書いています。僕はようやく心の安らぎを得ることができました。この穏やかな喜びを、どうにかしてあなたと分かち合いたいのです。」

「僕はずっと、何の罪もないあなたを源石で傷つけたことに心を苦しめてきました。それである日、カウンセラーの先生に助けを求めたところ、先生が僕の心のわだかまりを解いてくれたのです。」

「先生は言いました。人は自らの過ちを一度は許すべきであると。だから僕は自分にチャンスを与えました。僕は自分の過ちを許したのです。そして今、とても穏やかな気持ちです。」

[バイビーク] ……

「お嬢さん、僕はその先生に、あなたが今どんな気持ちでいるのかを尋ねたことがあります。僕が思うに、これ以上憎しみと苦しみに囚われ、安らぎを得られずにいるのは良くないと思います。」

「どうか聞き入れてください。僕たちは自分を許し、他人を許し、憎しみを忘れ、さらに憎む相手すらも受け入れなければ、新しい人生を歩むことができないのです。」

[バイビーク] ……?

[オーキッド] どうしたの? ボーっとして……誰からの手紙?

[バイビーク] これは……あの犯人、わたしを感染させた……あの人から……

[オーキッド] なんですって!? ……なんて書いてあるの?

[バイビーク] 許しと安らぎを得られたと……書いてあります。

[バイビーク] オーキッドさん、それって……いいこと、ですよね?

[オーキッド] うーん……

[バイビーク] 実はここ数年……余計なことを考える暇もないくらい、毎日色んなことに追われて忙しく過ごしているうちに、段々とあの時のことを思い出すこともなくなっていったんです。

[バイビーク] あの人も……どうやら心理カウンセラーに相談したみたいで、心の安らぎを得られて、わたしを傷つけたことの罪悪感に苦しむことはなくなったと書いています。

[バイビーク] あの件はわたしもほとんど忘れかけていますし、彼もまだ監獄で罪を償っている最中ですが、彼なりにわだかまりを解いたことですし……

[バイビーク] ならきっと彼は、監獄から出る頃にはもう、新しい人生を迎えられますよね?

[バイビーク] あはは……それでいいと思います。もう昔のことですし、後腐れなく終わった方が、わたしにとってもきっと……

[バイビーク] うれしい、こと……

バイビークの目から、ポタッと涙がひとしずくこぼれ落ちた。

[バイビーク] えっ、なんで……

次の瞬間、堰を切ったように彼女の瞳から涙がとめどなく溢れて、頬を濡らした。

バイビークの顔には、困惑と慌てたような表情が浮かんでいる。

彼女は慌てて涙を拭こうと目元に手を当てたが、それは何の意味もなさなかった。涙は次々と流れ出し、こぼれ落ちて行く。とうとう彼女は泣きじゃくりはじめた。

[オーキッド] ちょっと、いきなり泣き出しちゃってどうしたの? 大丈夫?

[バイビーク] えっ、わ、わたし、どうして……?

[オーキッド] ほら、ハンカチよ、使って!

[バイビーク] あれ、えっと……あはは、ど、どうしちゃったのか自分でも分かりません……

[バイビーク] た、多分もうすぐ家に帰れると思って、感極まっちゃったのかな。

[バイビーク] ごめんなさい……情けないところを見せてしまいました……

[オーキッド] そんなのいいから! 一回顔を洗ってきたら? 温かい飲み物を用意しておくわ。

[オーキッド] さ、行っておいで!

[バイビーク] は、はい!

[バイビーク] わたし……

[バイビーク] ……一体どうしちゃったんだろう……?

[オーキッド] バイビーク、どうだった?

[バイビーク] はい、特別に二ヶ月の休暇をいただけました。アーミヤさんから家でしっかり休んできてねって。ロドスは来月クルビアを通過するので、その時に補給所で降りようと思います。

[バイビーク] この機会に、パパとママとゆっくり過ごして、一緒にお出かけしたりしようかなと思っています。それでオーキッドさん、家族にお土産を渡したいのですが、何かお勧めはありますか?

[バイビーク] 外国の特産品がいいのか、それともロドスにちなんだものがいいんでしょうか……いや、いっそのこと自分で作った方がいい気も……

[バイビーク] それとこういったものは、事前にトランスポーターに頼んで郵送したほうがいいのでしょうか? それとも自分で持って帰ったほうがいいのですか?

[オーキッド] ひとまず落ち着いてちょうだい。そんなに慌てなくてもいいのよ。まだ時間があるから、じっくりと準備すればいいわ――

[オーキッド] ……手、冷たいわね、大丈夫?

[バイビーク] あ……

[バイビーク] オーキッドさん、実はわたし、少し緊張していて……

[バイビーク] あの手紙をもらってから一週間……ずっと考えていたのですが……わたし今度帰ったら、面会に行こうと思います。あの人に会ってみようと思います。

[オーキッド] ……バイビーク。

[バイビーク] はい、オーキッドさん。

[オーキッド] そういう決心ができるのは、本当にすごいことだわ。

[バイビーク] いえ……この一週間で何度も考えて、やっと決心できたんです……

[バイビーク] 一度は会ってみるべきだと、そう思っただけですよ。だって、これはわたしの……わたしが……

[オーキッド] いいのよ、そんなに緊張しなくて。直接その人に会うのも、過去と向き合う方法のひとつ。その考え方、とても勇敢だと思うわ。

[オーキッド] ところで、おみやげの話なんだけど、実は私もあまり詳しくないのよね。一緒に他の人に訊いてみましょうか。

[バイビーク] はい!

[バイビーク] リリーさん、ちょっといいですか? 来月実家に帰るんですが、なにかオススメのおみやげはありませんか?

[バイビーク] 炎国名物の酔鱗? ……なるほど、ありがとうございます。考えてみますね。

[バイビーク] グムさんのレシピで作ったクッキーを? それは話題になりそうですね。キッチンに行って訊いてみます! ありがとうございます!

[バイビーク] あ、グムさんは任務で留守? そうですか……

[バイビーク] 任務中に撮った写真? ご家族も喜んでたんですか……はい、なるほど……

[バイビーク] ありがとうございました! いいアイディアが浮かびそうです!

[バイビーク] (お店で買ったものよりも、手作りのプレゼントのほうが喜ばれるみたいね。)

[バイビーク] (というより、愛情がこもっていて、送り主を思い起こせる物であればそれでいい、ということかな。)

数日後

[パインコーン] 新しい服、もうできちゃうんですか? さすがバイビーク先生、すごい効率です!

[バイビーク] それほどでも……それと、編み物の基本を少し教えただけですし、先生と呼ばれるほどのことじゃないですよ。

[パインコーン] それに比べて……うぅ、始めてから結構経つのに、私のほうはまだ裁断が終わったばかりです。お父さんに贈るお洋服、いつになったら完成できるんだろう……

[バイビーク] 初心者にしては十分上達が早いほうですよ。コツコツ続けていれば必ず完成しますから。

[話好きなオペレーター] そういえば、ここ何日かずっといろんな人に実家への手土産について聞いて回ってたよね? 結局服を作ることにしたの?

[バイビーク] ええ、皆さんに教えてもらった内容を元に色々考えたんです。

[バイビーク] ウルサス名物のはちみつドリンクや、任務の途中で買ったサーミ産特製燻製肉よりも、割れてしまった手作りクッキーの方が家族に喜んでもらえたそうです。

[バイビーク] 手作りの方が家族への思いがよりたくさん詰まっているからでしょうね。

[バイビーク] そういうわたしも、布地を用意していた時にはじめて、今の両親の服のサイズもわからないことに気づき……それで仕方なくサイズにゆとりのあるコートを作ることにしたんです。

[話好きなオペレーター] いいじゃん、コート。暖かいし見た目も色々と工夫ができるしさ。ところで、帰るのは来月じゃなかった? もう何日も夜なべしてるみたいだけど、そんなに急がなくても十分間に合うんじゃない?

[バイビーク] それはそうですが……ただ最近、手が空くとなんだかそわそわしてしまって落ち着かないんです。

[話好きなオペレーター] もうすぐ家に帰れるから興奮してるんでしょ、みんなそうだよ。

[パインコーン] えと……それって、悪い人に会いに行くからじゃないんですか……本当に大丈夫なのでしょうか?

[パインコーン] 悪い人とは、なるべく距離を取ったほうがいいと、私は思いますけど……

[話好きなオペレーター] それなー、実は結構心配してたんだよ。だいたいそいつと話すことなんかあるの? 手紙だって、呼び寄せるための罠かもしれないしさ。もし実際に会って何か変なことでも言われたらどうすんのよ。

[バイビーク] それは、分かりません……

[バイビーク] でも……きっと、大丈夫だと思います。

[バイビーク] 普通に面会するだけですから。見張りの警官だって大勢いますし、会話もガラス越しですし。

[バイビーク] 別に何かしたいから行くわけではありません。監獄の中でどんな風に過ごしているのか、確認したいだけです。

[バイビーク] 自ら進んでカウンセラーに相談して、しかもあんな手紙を書いたからには、あの人にも真面目に生きたいという気持ちがあると思うのです……

[バイビーク] 今はもう落ち着きを取り戻して、今後をちゃんと生きていくつもりなら、それでいいんだと……ええ、わたしはそう思っています。そうですよね?

[話好きなオペレーター] 私がバイビークさんなら、一番お気に入りの服を着て、全力でおめかしして、今すっごく幸せです、過去なんてちっとも気にしてませんよアピールしてやるけどね。

[話好きなオペレーター] でもまあ、行くのはバイビークさんだし、自分がしたいようにすればそれでいいんじゃない?

[バイビーク] はい。

[バイビーク] わたしがしたいように……

[クルース] みんな~、集まって何してるのぉ? ちらっと「服」がどうって聞こえたよぉ。

[クルース] かっこいい服だったらラヴァちゃんがい~っぱい持ってるからぁ、借りればいいんだよぉ。コーディネートも手伝ってあげるねぇ。マスクがついてるやつがいいと思うんだぁ。

[クルース] 監獄に行くなら、舐められないようにしないとねぇ。

[バイビーク] ぷっ。

[話好きなオペレーター] もう、またそんなテキトー言って。

[クルース] でもバイビークちゃん、笑ってくれたよぉ?

[バイビーク] 皆さん、いろいろ考えてくれて、ありがとうございます。

[バイビーク] (けど、わたしは本当は何がしたいんだろう……)

[バイビーク] ……

[話好きなオペレーター] あれ、なんでまたパターンを起こしてるの?

[バイビーク] (服を作るんです……監獄の中のあの人のために……)

[バイビーク] (デザインに感情が反映されるのなら、わたしがあの人を思ってデザインする服はどんな風になるんだろう。)

[バイビーク] (黒い服、温かい服、ダメージ加工の服、着心地を重視した服、動きにくい服、醜い服……一体どれ?)

[バイビーク] (でも、どうしてあの人のためなんかに、服を作ろうと思ったんだろう。このラインの一本一本に、生地に、ステッチには、わたしのどんな感情が現われてるんだろう。)

[バイビーク] (……分からない……)

[バイビーク] ……

[パインコーン] すっごく集中していますね。こっちの話は聞こえてないみたいです……

[話好きなオペレーター] バイビークさん?

バイビークからの返事はやはりない。彼女は机にうつむき、絶え間なく紙に線を描いている。

[クルース] う~ん、じゃあ私はちょっと寝てようかなぁ。

[話好きなオペレーター] はぁ、大丈夫かなぁ。バイビークさんのご両親も一緒に付いてってくれるならいいんだけど、一人で行くならやっぱり心配だよ。

[話好きなオペレーター] でもいい風に考えれば、面会してもなんともなかったら、この一件は本当に決着がついたってことになるね。

[クルース] Zzz……

[パインコーン] バイビーク先生、今日はもう何時間作業してるんですか。根を詰めすぎるのは良くないです。そろそろ休みましょう? ほら、クルースさんはもう寝ちゃいましたよ。

[バイビーク] うーん……

[バイビーク] あと少し……ちょうど使えそうな布が余ってますから……

[バイビーク] ……切りのいいところまで終わらせたら……

[パインコーン] えっ? ついさっき始めたばかりなのに、もう裁断の段階に入ってるんですか?

[パインコーン] でも、ご両親の服はもうできたはずじゃ? その新しいのは……?

[バイビーク] これは……

バイビークは突然手を止め、形になりつつある黒い上着を見つめ、愕然とした。

形と裁断は整っているものの、縫い目は乱れ、布地はざらつき、縁の処理もいい加減なものだった。

無性にそれを切り刻みたくなり、彼女は無意識に机の上にある裁ちバサミに手を伸ばした。

[バイビーク] これは……

[バイビーク] これは、監獄にいるあの人のことを考えながら作った服です。

[話好きなオペレーター] ええっ、服まで作ってあげてるの!?

[クルース] うぅ〜ん、なになにぃ?

[話好きなオペレーター] ……うわぁ。

[話好きなオペレーター] 尊敬するよ、バイビークさん。本当にもう乗り越えたんだね。

[話好きなオペレーター] 自分を傷つけた人に服を作ってあげるなんて……本当にすごいよ。

[話好きなオペレーター] 私だったら絶対にできないや。

感心するオペレーターは椅子から立ち上がると、バイビークの肩をポンと叩いた。

[話好きなオペレーター] 私が君だったら、自分を傷つけた奴になんか一生会いたくないよ。住所を変えて、もう二度と連絡がつかないようにするし、ましてや服を作るなんて絶対にありえないね。

[話好きなオペレーター] 一生恨んでやる、絶対に許さないんだから。

[話好きなオペレーター] バイビークさん、これまではあなたをただ芯が強くて勇気のある人なんだなって思ってたけど、今はもう……ただただ尊敬してる。

[話好きなオペレーター] 君は本当にすごい人だよ。

バイビークは何かを言いたげに口を開いたが、結局は何も言えず、ただ小さく微笑んだ。

ハサミを持つ手の力が抜け、彼女はふぅとため息をついた。

[バイビーク] ありがとうございます……でも、わたしもどうして自分が……

[バイビーク] ……

[バイビーク] ……いえ、何でもありません。そう言ってくれてありがとうございます。カリンさん。

[バイビーク] もう遅いですし、部屋に帰って休みましょうか。

[クルース] うん! それじゃあバイビークちゃん、またね~。

[話好きなオペレーター] ねぇ、クルース。バイビークさんいつ出発するか知ってる? ちゃんとお見送りをしようと思って。

[話好きなオペレーター] そうだな……小さなお茶会でも開こうかな。

[クルース] へぇ、それは面白そうだねぇ。

[パインコーン] あの、でしたら会場のセッティングが必要ですよね。わ……私にも協力させてください! バイビーク先生にはお父さんの服作りを手伝ってもらってるお礼もありますから。

[話好きなオペレーター] みんなー、準備はいい?

[クルース] 気を付けてね、ティーカップは熱いよぉ。

[パインコーン] お菓子よし、紙吹雪よし……あとは、バイビーク先生を待つだけですね。

[オーキッド] みんな、バイビークを連れて来たわよ!

[バイビーク] 皆さんすみません! 荷物をまとめていたら、遅くなって……

[パインコーン] あれ……! クラッカーの紐が、ちょっと待ってください――

パンッ――!

テーブルを囲んだオペレーターたちがクラッカーを鳴らし、紙吹雪が舞い散った。

[パインコーン] ――バイビーク先生のミニ壮行会、スタートです!

[クルース] は〜い、バイビークちゃん、紅茶だよぉ。

[オーキッド] 道中気を付けるのよ。

[話好きなオペレーター] いつも真面目に頑張り、みんなのために綺麗な服をたくさん作ってくれて、外勤任務も怠らないみんな大好きバイビークさん! 里帰りを楽しんでね!

[バイビーク] えっ、いえそんな……皆さん大げさですよ!

[バイビーク] ちょっと家に帰るだけで……

[クルース] バイビークちゃんは今日は何もしなくていいからね。思う存分楽しめばいいんだよぉ。

[話好きなオペレーター] バイビークさん、この数年一緒に仕事をするうちに、君のことはもう家族同然に思ってるんだ。

[話好きなオペレーター] 一見弱気な感じだけど、本当はすごく芯が強くて、決めたことなら必ずやり遂げられる。君は本当に立派だよ。

[バイビーク] そんなことないですよ……皆さんが助けてくれるおかげなんです。わたしなんて、全然立派なんかじゃ……

[パインコーン] はい、バイビーク先生、このお菓子を食べてみてください。焼きたてほやほやですよ。

[パインコーン] 先生の壮行会と聞いて、食堂のスタッフさんが張り切ってました。これは最高においしく作らなきゃねって。

[クルース] はいは~い、バイビークちゃん! カンパ~イ! フェンちゃんには内緒にしてね。「お茶は乾杯するものじゃない」とか、小言を言われちゃうかもぉ。も~、意地悪なんだからぁ。

[話好きなオペレーター] はぁ、私たち年はそんなに変わらないけど、私は君みたいに勇敢にはなれないよ。今の君はロドスに来たばかりの頃と比べたら、本当に大きく成長してる。見違えるほどだ。

[バイビーク] いえ、その、ありがとうございます……皆さん……

[話好きなオペレーター] 他はさておき、自分を傷つけた相手にも服を作ってあげられるなんてさ、尊敬しちゃうよ。

[話好きなオペレーター] 想像してみても、絶対できないもん。

[バイビーク] そういう感じじゃないんですよ。実のところ、どうして作っちゃったのか、自分でも分からないんです。ただつい……

[オーキッド] バイビーク、もしかしたら今回の帰郷で、この件に本当の意味で終止符を打てられるかもしれないわね。

[話好きなオペレーター] これが「徳をもって恨みに報いる」ってやつかな……納得したわ。

[バイビーク] 徳をもって、恨みに報いる……

[話好きなオペレーター] ともかく、気を付けて行ってきてね!

[バイビーク] はい……はい! 皆さん、ありがとうございます。

[バイビーク] ありがとうございます……

[バイビーク] わたし……

[バイビーク] (「徳をもって恨みに報いる」……みんなの目には、わたしのことはそんなふうに映っているのね。)

[バイビーク] (わたしはいい人、優しい人。つまりそういう意味だよね。)

[バイビーク] (みんなは、そんなバイビークのことが好きで、感心してくれて、そんなバイビークのために壮行会まで開いてくれた。)

[バイビーク] (みんなの目には、わたしの行いはとても立派に映っている。自分を傷つけた人にさえ、服を作ってあげてるものね。)

[バイビーク] (パパとママには、人様に立派だと思われる、礼儀正しい人間になりなさいと、子供の頃から言われてきた。だから、そんな風に思ってくれていることを喜ばなきゃ……)

[バイビーク] ……

[バイビーク] (でもわたしは本当に……嬉しいの?)

[バイビーク] (……そんなバイビークのことを、わたしは好きなの?)

[バイビーク] (わたしは……そんなわたしが好きになれるの?)

皆の素直な笑顔を前に、バイビークは突如、体が火に包まれたような錯覚に陥る。

ふと、何もかもが耐えがたいと感じた。まわりの笑い声が耳をつんざき、照明の光がやけに眩しく、ティーカップも熱くて手に持てない。何かを壊さなければならないという感情が彼女を駆り立てる。

そう思うや否や、手が滑ってカップが床に落ち、パリンという音と共に砕け散る。その音にバイビークはぶるりと震えた。

その瞬間、何が起きたのかは誰も見えていなかった。気が付くと、床はすでにカップの破片とこぼれたお茶にまみれていた。

[パインコーン] わっ……! な、なに……?

[パインコーン] バイビーク先生? 大丈夫ですか、火傷していませんか? カップの破片には触らないでくださいね。

[クルース] ん~、きっと嬉しすぎて手が震えちゃったんだよぉ。もうすぐおうちに帰れるんだもんねぇ。

[バイビーク] (違う……)

[クルース] 大丈夫大丈夫~、炎国なんかじゃ物が割れるのは逆に縁起がいいって言うからぁ。

[話好きなオペレーター] いいよ、バイビークさんは座ってて。元々あなたを見送るために開いたお茶会だからさ。新しいのをいれて来るよ。

[パインコーン] あっ、そこ! 危ないですよ! すぐに片付けますから、お茶を入れるのはその後にしてください。

[バイビーク] (なんだか突然……自分の本心に気づいたみたい。)

[オーキッド] バイビーク……

[オーキッド] ……一体どうしちゃったの?

[バイビーク] いえ……大丈夫です。手が滑ってしまっただけです。

[バイビーク] すみません、皆さんどうぞ続けて……あ、服にお茶がかかったりしてないですよね?

[バイビーク] 片付けはわたしにやらせてください。カップの欠片もほぼわたしの足元にありますし、こっちからのほうがよく見えますから。

[パインコーン] ふぅ――そうですか。それじゃあ、お願いします。

[パインコーン] ご無事ならよかったです。びっくりしましたよ。

[バイビーク] わたしの不注意ですみません。

[バイビーク] (でも、おかげでようやく分かった。わたしはきっと、そんな自分が好きじゃない。)

[バイビーク] あの、皆さん……わざわざこのような場を設けていただき、本当にありがとうございます……ロドスに来てからの数年間、肩を並べて戦う戦友も、一緒に服をデザインする友人も出来ました。

[バイビーク] わたしにとって、ここでの経験はとても貴重なものです。

[バイビーク] (みんなには本当に感謝してる。こんなたくさんの祝福、本当にありがとう……)

[バイビーク] 家に帰ったら、パパとママには真っ先にこう伝えたい――ロドスで出会えた素敵な友人たちは、皆優しくて気遣い上手で、わたしのために壮行会まで開いてくれたんだよって。

[バイビーク] (心は……もう決まった。ちゃんと考えて決めたから、後悔は絶対にしない。)

[バイビーク] えっと、まだ完全には停泊してないみたいですし、もう少しだけお話ししていましょうか?

[オーキッド] バイビーク、気をつけてね! 着いたらちゃんと休むんだよ!

[クルース] いってらっしゃ〜い。

[パインコーン] お菓子を包んでおきました。小腹がすいたら食べてください!

[話好きなオペレーター] 無事に帰って来てね!

[バイビーク] ありがとうございます。それでは、行ってきます!

[バイビーク] はい、申請は提出済みで、許可もおりています。予約した面会時間は今日の午後3時から3時30分までです。

[看守] それでは申請証明をご提示ください。確認して参りますので、少々お待ちくださいね。

[看守] ……

[看守] 問題ありません。こちらへどうぞ。

[バイビーク] はい。

[看守] 面会の前に、最後にいくつか手順を踏む必要があります。

[看守] まずはこちらの面会時注意事項にサインをお願いします。先ほど提出して頂いた申請証明の返事も、間もなく返事が返ってくるはずです。

[バイビーク] はい。

[看守] それからこちら、面会者情報登録書です。ここにご氏名とその他の情報をご記入ください。

[バイビーク] はい。

[看守] 最後に安全に関する注意事項です。この場で目を通してください。今から囚人に通知を行いますので、その後面会室へご案内いたします。

[バイビーク] 分かりました。ありがとうございます。

[バイビーク] ……

[バイビーク] ふぅ……

[バイビーク] いよいよね。

五分。

十分。

二十分。

時間の流れがとてつもなく遅く感じられる。カップの茶がすっかり冷めきった頃、ようやく看守が応接室に戻ってきた。

[看守] 手続きの確認はすべて完了しました。先ほどの安全に関する注意事項へのサインがお済みであれば、面会室へご案内します。

[バイビーク] はい。よろしくお願いいたします。

[犯人] ……ああ、心優しいお嬢さん! 来てくれたんですね!

[犯人] 僕の手紙を読んだのですね? 僕が書いた通りに、自分にチャンスを与えたんですね? これで僕もあなたも、過去を捨てて、安らぎを得られます!

[犯人] やはりカウンセラー先生の言った通り! 人は自らの過ちを許し、わだかまりを解くべきです。僕はそうして安らぎを得ました。あなたもきっと!

[犯人] お嬢さん……本当に、心から感謝しています!

バイビークは無言で手に持っていた包みを差し出した。

[犯人] なんと……僕に贈り物まで持ってきてくれたのですか?

[犯人] ……これは……手紙? 僕が書いた手紙? わざわざ持ってきたんですか?

興奮した犯人は手を伸ばし、窓の下の隙間から、バイビークの震える手に触れようとする。

そして、彼とバイビーク、二人の視線が交差した。

そっと開かれたバイビークの口から、短い一言が放たれる――

許さない。

バイビークは立ち上がり、踵を返し、面会室の扉に向かって歩き出した。

犯人がガラスを叩く音が背後に響く。看守はすぐさま駆け込み、面会室の中には雑然とした音が飛び交った。彼女はそれをよく聞き取れなかったし、聞きたくもなかった。

バイビークは扉の向こうへ出て、長い長い廊下を歩き、やがてそれを通り抜けた。

外の日差しは明るい。彼女は空を見上げて、ふぅと息を吐いた。

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