aklib_story_インクの染み

ページ名:aklib_story_インクの染み

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インクの染み

ゼルウェルツァにやって来たばかりの頃、パゼオンカは過去と決別すべく、ドゥリン人の職人に万年筆の制作を依頼した。だがいくら待っても一向に納品されないため、彼女は何が起きたのか確かめることにした。


「刃物よりも鋭く、雪原よりも冷たく、記憶よりも重い……」

「心臓を刺すような痛みに耐えながら、手に取れるかどうかは、わからない。」

「それを使って何かを書く気はありません。むしろ、過去の歳月を締めくくるコレクション、そんな存在になってくれれば……」

[しっかりしたドゥリン] これが依頼の詳細だ。一文字たりとも漏らさず書き留めてあるぜ。

[だらしないドゥリン] 本当かよ。最後らへんなんかはボソボソ声だったじゃねぇか。聞き間違えてない自信あんのか?

[しっかりしたドゥリン] さあな。

[しっかりしたドゥリン?] お前こそ、もう半月も経ってるんだ。大声だったのか、小声だったのか、よく覚えていられたものだな。

[だらしないドゥリン] なんか引っかかるんだよなぁ……だって、はじめにハッキリと万年筆が欲しいって言ってたし、俺たちのセンス任せで好きにデザインしていいって話だったろ?

[だらしないドゥリン] だったらそれ、俺たちに言ってるって言うより、独り言の可能性の方が高いじゃないか。

[しっかりしたドゥリン?] さあな。

[しっかりしたドゥリン?] ――っておい、待て。もう半月も経ったのか?

[しっかりしたドゥリン?] 俺たちまだ何もしてないが、大丈夫なのか?

[だらしないドゥリン] まだたったの半月じゃねぇか。あの時は鉛筆も削れてなかったし、何より……ミードも飲み干しちまってたからよ。

[しっかりしたドゥリン?] それもそうか。じゃあまずは景気づけに一杯やるとしよう、ほら。

[だらしないドゥリン] 乾杯! ――ところで兄弟、仮に最後のが要望だったとして、お客は一体どういう仕上がりがご希望なんだ?

[しっかりしたドゥリン?] 形容詞を取り出して考えてみよう――ふむ、そうだな。つまりは、強くて、冷たくて、重いものってことだな。

[だらしないドゥリン] なるほどな! だったら金属を取り入れてだな……巨大兵器と言ったところか?

[しっかりしたドゥリン?] そしてそこに万年筆のデザインをちょっと加える感じか。

[だらしないドゥリン] ちょっとでいいのか? この辺にババンと入れたらもっとカッコいいと思うが。

[しっかりしたドゥリン?] おお! ぱぱっと書いただけだが、なかなかいいデザインな感じがするぞ!

[しっかりしたドゥリン?] ところで、結局これは何なんだ?

[だらしないドゥリン] そうだなぁ……俺にはクロスボウに見えるが、お前はどう思うよ?

[しっかりしたドゥリン?] 確かにそう見えなくはない。よし、では構造の設計に取りかかるとしよう。賭けてもいい、これは間違いなく偉大な作品になる。『奇談怪論』に登場するどんなものよりも、奇抜で斬新なやつにな。

[だらしないドゥリン] そうこなくっちゃ。でなきゃ地上から来た客を満足させるなんて、できっこねぇって!

[しっかりしたドゥリン?] よく言った、もう一度乾杯だ!

[しっかりしたドゥリン?] 今日の仕事が終わった祝いにな!

[アヴドーチャ] 「……これはゼルウェルツァ史上最大の灯光茸(とうこうたけ)である。」

[アヴドーチャ] はぁ……この『伝説の探検家によるゼルウェルツァの秘密大公開』にも、有益な情報はほとんど載っておりませんわ。

[アヴドーチャ] 三年間で発行された計十七版の坑道の地図……確認したところで、この都市がどのような動乱を経験してきたのか、権力者がどのような野心を抱いていたかを理解するのには役立ちませんね。

[アヴドーチャ] 外来者が残したより古い書籍を探すか、ドゥリン語の研究を更に深めるしかありませんわね。でなければ、このわざと愉快に繕った言葉の断片から、この街の歴史を解き明かすことはできませんわ。

[アヴドーチャ] ……どうあれ、わらわがこの目で見ているものは、決して偽りではないのですから。

[アヴドーチャ] ここにいる誰もがアルコール中毒なのですわ、誰もが!

[アヴドーチャ] うっ……わらわはもうあそこから抜け出せたのです……あの土地のことは、もう忘れなくては……

[アヴドーチャ] ……

[アヴドーチャ] そうですわ。ドゥリンたちもおそらく、わらわと同じなのですわ。彼らにはきっと、共通するつらい思い出があって、それが彼らを酔いしれさせ、現実から逃れる契機となっているのでしょう。

[アヴドーチャ] その悲しみやタブーを理解できない限り、良い関係を築くことは難しいかもしれませんわ。

[アヴドーチャ] 彼らはただ能天気に振る舞っているだけ……内心ではわらわを受け入れておらず、わらわに対して敵意を抱いてさえいるのです。

[アヴドーチャ] そうでもなければ、なぜ半月も経っているのに、依頼した万年筆についてまだ何の音沙汰もないのでしょう。

[デカルチャー] こんにちは、アヴドーチャ。どうかしたの?

[アヴドーチャ] ――あっ、申し訳ありませんわ。図書館内で大声を出してしまったようですわね。

[アヴドーチャ] 長く孤独な旅で染みついた独り言の癖が、なかなか直りませんの。

[酔っ払った声] ほーら見ろ! 俺の言った通り! 俺たちがやったナッツアイス大食いバトル、やっぱ1201号に載ってるじゃねぇかぁ!

[比較的冷静な声] 何を言う、これは1051号だ。本を逆さに持ってるじゃないか。しかも、この写真に写ってるのは君じゃない。

[デカルチャー] ――いいえ、さっきのは大声の内にも入らないわ。

[デカルチャー] ところで、あなた前に図書館のロボットが……何だったかしら? 軍の設備がどうのこうので怖いって言ってたから、近づかせないようにしてあるのね。

[デカルチャー] だからもし何か探してる本があるなら、私に直接声をかけてちょうだい。手伝うから。

[アヴドーチャ] お心遣いに感謝いたします。ただ、そこまでお手数をおかけするわけには……

[アヴドーチャ] 貴方がたの、図書の分類索引法を教えていただければ結構ですの。そうすれば自分で探すことができますわ。

[デカルチャー] うーん、図書の分類索引法ねぇ……確かそれが記載されてる専門書があったと思うけど。

[デカルチャー] その本がどこに置いてあったかは覚えてないのよね……待ってて、とりあえず脚立を持ってくるから。

[アヴドーチャ] 所定の場所に関しては、索引で規定されているはずでは?

[デカルチャー] うーん、どうだろう。

[デカルチャー] ここにある図書だと、八割くらいは所定とは違う場所に置かれてるからね。

[アヴドーチャ] ……

[アヴドーチャ] でしたら、もう結構ですわ。ありがとうございます。

[アヴドーチャ] 街を歩いてみることにいたします。そちらの方が、より皆さんのことを理解できるかもしれません。

[デカルチャー] ねぇアヴドーチャ、あなた、いつも図書館に入り浸っているけど、ゼルウェルツァのために書き物をしてみるつもりはない?

[デカルチャー] 『奇談怪論』に出てくるような地上人が、このドゥリンの街を一体どのように思ってるのか、とても興味が――

[アヴドーチャ] いいえ、書きたいとは思いませんわ。

[デカルチャー] えっ……あ、気に障ったらごめんなさい。別にそんなつもりじゃ。

[アヴドーチャ] いえ、こちらこそ申し訳ありません。ただ、これはわらわが自分で向き合わなければならない問題でして。

[アヴドーチャ] 地上でのあの記憶を完全に払拭するため、過去と同じようなことは二度としたくありませんの。

[デカルチャー] そうなの、残念、てっきり文学を志しているのかと思って……まあいいわ、それじゃ街の探検を楽しんできてね。

[デカルチャー] 読んでた本は、どこかの棚に適当に置いといてくれればいいわ。それと、外に出る時は気を付けて。最近よく酔った連中がここの入口付近でレースしてるから。

[アヴドーチャ] ……ありがとうございます。気を付けますわ。

[アヴドーチャ] そうだ、一つ聞きたいことがありますの。

[デカルチャー] あら、何かしら?

[アヴドーチャ] 貴方がたドゥリン人の苗字には、どういった決まりがありますの?

[デカルチャー] 特に決まりはないわ。例えば、私の苗字はシルバーミント、エッジ先生はアースハート……

[アヴドーチャ] どちらも物に由来していますわね。

[アヴドーチャ] (ドゥリン人たちにとってはごく普通の苗字ですのに、わらわにはどうしても……言葉自体の意味やイメージを思わず連想してしまいますわ。)

[アヴドーチャ] ……ありがとうございます。とても参考になりましたわ。

[アヴドーチャ] 人工日光が遍く地に降り注ぎ、永遠に冬が訪れない街。

[アヴドーチャ] ここに身を置くわらわは、一体どのようにすれば身に染み付いた風雪の匂いを消し去り、選り好みするドゥリンたちの機嫌を損なわずに済むのでしょう。

[アヴドーチャ] これはひとえに裏切りや追放から逃れるため。他人という名のドームの下に身を寄せるには、過去の全てを捨て去らねばなりませんが……わらわにとっては、むしろ望んでいたことですわね。

[アヴドーチャ] ……着きましたわ。

[アヴドーチャ] たしか、あの二人の職人の小屋はここに――

[アヴドーチャ] ――あら?

[アヴドーチャ] 大きな滑り台……ですが、登るための梯子がない……

[アヴドーチャ] 床が半分のトランポリン、柵すらついておりませんわ……

[アヴドーチャ] ……これは一体?

[アヴドーチャ] ごめんくださいまし。お尋ねしたいのですが、こちらはどういった場所なのでしょうか? ……なぜ、途中までしか完成していないアトラクションが、こんなにも集まっていますの?

[アヴドーチャ] それと、以前こちらに店を構えていた職人たちは……

[興奮するドゥリン] わーい! また一人捕まえたぞ!

[アヴドーチャ] ……!? 貴方、わらわをどこへ連れて行く気ですの!?

[興奮するドゥリン] もちろん、投票会場よ!

[興奮するドゥリン] そんなに驚くだなんて、あなたインドア派? この大通りの改造コンペを見逃しちゃうなんてさ!

[興奮するドゥリン] これでもう三巡目だからね!

[興奮するドゥリン] みんながどれに投票したらいいのか迷わないように、今回のコンペから新しいルールを取り入れたのよね。

[興奮するドゥリン] 参加者全員が自分のデザイン案の一部を作って、それから――

[興奮するドゥリン] ――「完成した姿を最も見てみたいのはどの施設で賞」を、全員の投票で決めるんだ!

[興奮するドゥリン] どう? めっちゃそそらない?

[アヴドーチャ] いいえ。そんなことより、この通りにもともといた皆さんが一体どこへ消えたのかが気がかりですわ。

[アヴドーチャ] もしや、追放されたではありませんこと? 年中日の当たらないような、真っ暗な坑道へ放り込まれ……

[興奮するドゥリン] ほら、投票に行こうよ!

[アヴドーチャ] はぁ……

[アヴドーチャ] それがドゥリンの流儀だというのであれば、異を唱える権利などわらわにはありませんわね。

[アヴドーチャ] ですが、わらわはこんなにも背が高いのです。人混みの中に立てばとても目立ってしまいますわ。もし多数派とは異なる選択をしてしまったら、どのような視線が向けられるのか……

[興奮するドゥリン] おお、そうだね。あなた背がとっても高いね!

[興奮するドゥリン] だったら集計する記録員にピッタリじゃないの!

[興奮するドゥリン] ホントは事前に三人も声をかけたんだけど、三人とも酔っ払って今日は来てないみたいなんだ。

[興奮するドゥリン] だから今、記録員のポジションは空いてるよ。

[アヴドーチャ] ……わかりましたわ。引き受けましょう。

[アヴドーチャ] ……「スーパーアルコールごちゃまぜバンパーカー」、20票!

[アヴドーチャ] そして棄権票、309票!

[アヴドーチャ] 半数以上の方が何も選びませんでしたわ!

[アヴドーチャ] ……ふぅ、ドゥリンたちの話し方を真似するのが、こんなにも大変なことだったなんて。

[アヴドーチャ] それに、いくらここの生活に溶け込みたいと望んでいるとはいえ……「レコード」といった言葉を自らの姓にするのは、やはり抵抗を覚えるようです。

[わくわくするドゥリン] まだまだいるねぇ、棄権する人。しょうがない、第四回コンペといこう。

[わくわくするドゥリン] というか、もしかしてアトラクションの流行りがもう過ぎちゃったのか? どうしよっか、次回はアート彫刻をテーマにする?

[のんびりしたドゥリン] フフ、何でもいいさ。どうせあたしのデザインの方が人気高いんだから。

[アヴドーチャ] ご機嫌よう。コンペに参加されるデザイナーの方でしょうか。二三質問があるのですが、お二人はあの大通りの事情についてお詳しいですか?

[のんびりしたドゥリン] もちろん。

[アヴドーチャ] でしたら、あの通りに二人の職人が営むお店があったのはご存知でいらして?

[アヴドーチャ] 半月ほど前、そのお店で万年筆の製作を依頼したのですが、それきり消息が途絶えてしまいましたの。

[のんびりしたドゥリン] あー……

[のんびりしたドゥリン] それなら、きっとアレだね。

[わくわくするドゥリン] そうね。

[アヴドーチャ] 何ですの?

[のんびりしたドゥリン] うっかり依頼を忘れちゃってるんだと思うよ。

[アヴドーチャ] ……はい?

[のんびりしたドゥリン] でなきゃ家を取り壊す時にあなたに連絡してるはずだもの。

[わくわくするドゥリン] まあ、通りがかりに思い立って頼んだ程度の依頼品なら、忘れられたとしても困ることないっしょ。心を広く持ちなよ。

[アヴドーチャ] そのようにはいきませんわ。わらわにとってはとても重要なことですのよ。

[わくわくするドゥリン] ほほぅ、わかったぞ。あなた万年筆愛好家でしょ?

[わくわくするドゥリン] カリグラフィーが好きなの? それとも文章を書くのが好きとか?

[アヴドーチャ] わらわは……

[わくわくするドゥリン] ほらほら、そんな浮かない顔しないの。どうせ大きな仕事がある時には、シラフの職人はみんな手伝いに来るんだし、その時になればきっと見つかるよ。

[わくわくするドゥリン] 例えば、今のこのコンペで意見がまとまった時とかね。

[のんびりしたドゥリン] そうだ、コンペと言えば、あなたからは何だかインスピレーションが得られそう! ねぇねぇ、地上ってどんな所なの? 教えて教えて!

[わくわくするドゥリン] ちょっと、それは今私が聞こうとしてたこと!

[のんびりしたドゥリン] じゃあ、投票して決めてもらおうよ――地上より舞い降りしインスピレーション、果たして彼女はあたしたちのどっちを選ぶかを。

[わくわくするドゥリン] オッケー。

[アヴドーチャ] ――お待ちくださいまし、その必要はありませんわ。

[のんびりしたドゥリン] あ、ひょっとして話したくないの?

[アヴドーチャ] ……お話いたしますわ。貴方たちの両方にね。

[アヴドーチャ] わらわはただ、ドゥリン人全員が納得できる案を今すぐどなたかに出してほしいだけですわ。そうすれば、あの職人たちが早く見つかりますもの。

[のんびりしたドゥリン] 追いかけて、ころす?

[のんびりしたドゥリン] あっ――わかった! 他の人の邪魔をしてもいい、追いかけっこのことね!?

[わくわくするドゥリン] 高い塀に囲まれた場所! 狭い通路で対決するのね!

[のんびりしたドゥリン] おっきなホールでばったばったと! みんな酔いつぶれたんだね!

[わくわくするドゥリン] 暴力に暴力! スーパーバイオレンス!

[のんびりしたドゥリン] おかげでアイディアが浮かんだよ! ほら、早く行こ!

[アヴドーチャ] ドゥリンの子たち……まさか本当に尾行や暗殺を知らないなんて。毒を盛ることも理解してないようですわ。

[アヴドーチャ] そしてわらわは……

[アヴドーチャ] ああ……わらわはなんてことをしてしまったのでしょう。醜悪な知識をあの子たちに与えてしまった……

[アヴドーチャ] 「脳裏に浮かんだのはただ……冷気を遮る高き石壁に装飾画で満たされた回廊、それから温かい食事と酒が並んだ長いテーブル……」

[アヴドーチャ] 「しかし、ひとたび筆を執れば、高い壁が崩れ落ち、慈愛に満ちた顔の肖像画が炎に包まれ、倒れた瓶から流れ出た酒が純白のテーブルクロスを赤く染めるまで、彼女は綴り続けてしまうのです。」

[アヴドーチャ] ……

[アヴドーチャ] わらわはすでに酒瓶を倒してしまった。罪深い考えは一度呼び起こされると二度と根絶できませんわ。今わらわにできることは……

[アヴドーチャ] あの二人が、ゼルウェルツァでこの物語を広めるのを阻止することだけですわ!

[わくわくするドゥリン] どうして今まで思いつかなかったんだろう! こんな面白いやり方があったなんて!

[のんびりしたドゥリン] そうね。これさえあれば長く競い合えるのにね。

[わくわくするドゥリン] 名づけて――「ハイパーウォーターキャノンバトル」!

[わくわくするドゥリン] 覚悟なさい。ぜーんぶの窓に水鉄砲を取り付けて、通りの向かいからあなたの作品を撃てるようにするんだから。

[わくわくするドゥリン] あ、でも……一番遊びたい施設って、投票で一つしか選ばれないんだよね? だったら私たちバトルできないんじゃないの?

[のんびりしたドゥリン] あー、それもそうか。

[のんびりしたドゥリン] んじゃ、第四回のコンペはコンビを結成して参加する?

[わくわくするドゥリン] ナイスアイディア!

[酒樽を抱えたドゥリン] 出来立てのミードの宣伝を手伝いたいって? うーん……あんたは何者だ?

[アヴドーチャ] わ……わらわは無類の酒好きでしてよ!

[酒樽を抱えたドゥリン] おぉ――それで俺たちの作るミードが好きとな。あんた、なかなかいいセンスしてるね。

[アヴドーチャ] この地へ来てから、多くのドゥリンがこのお酒を一杯飲んだだけで倒れるのを見てきました……これはきっと強いお酒なのでしょう。

[酒樽を抱えたドゥリン] ハハハ、そうさ! 作り手の俺でも、二杯飲んだだけで何日も酔っぱらったまんまだ!

[アヴドーチャ] それは、お酒を入れるグラスが大きいからなのでは……

[アヴドーチャ] しかし、こちらにとっては逆に好都合ですわね。

[アヴドーチャ] 善は急げ、今すぐお酒を積んだ車を押して出発いたしますわ。

[アヴドーチャ] (試飲という名目ならば、あの二人のデザイナーは何の疑いもなくお酒を飲むでしょう。きっと泥醉するまで飲んでくれますわ。)

[アヴドーチャ] (コンペの締切日に二人が寝過ごすよう仕向けることができれば、地上の物語が彼女たちのデザインによって広まることはなくなり、そのまま忘れ去られる可能性だって……)

[酒樽を抱えたドゥリン] よし、それじゃ宣伝がうまくいくよう、まずは乾杯だ!

[アヴドーチャ] お待ちになって、わらわは今までお酒を飲んだことが……

[アヴドーチャ] (とげとげしい視線を何度も経験した後というのに、衆人環視の中で飲酒などとてもできませんわ。白日の下で眠りに陥ったらどうしますの?)

[アヴドーチャ] いえ、その、仕事のためには、冴えた頭を維持しなければならないという意味でして。乾杯はまた後ですることにいたしましょう!

[アヴドーチャ] では、わらわはもう参りますわ!

[アヴドーチャ] お二方、一杯試飲を――

[わくわくするドゥリン] おぉ、おぉ!

[のんびりしたドゥリン] 素晴らしいよ、ヴィンチ先生!

[アヴドーチャ] ――それどころではないようですわね。

[わくわくするドゥリン] さすがだね! このシンプルかつ洗練されたライン、余計な曲面を徹底的に排除したことで、無駄なスペースがまるでない!

[のんびりしたドゥリン] それに先生のおっしゃる通り、リフォームによってこのアーケードの採光は一段と際立ってみえる。人工日光の直射とは違うこの光なら、商品がもっと魅力的に見えるはずだよ。

[わくわくするドゥリン] 元々はあそこにアトラクションをつくるつもりだったけど――

[わくわくするドゥリン] 今はもう、ただヴィンチ先生の天才的なデザインの全貌を見るのが待ち遠しいよ!

[壇上の声] では、この案に賛成の方は挙手をお願いします。

[アヴドーチャ] ……大勢いらっしゃいますわね。

[アヴドーチャ] ぱっと見ただけでも、賛成者が大多数を占めていることは明白。

[アヴドーチャ] ですが、あのデザイナーは壇上でドゥリンの生活様式について延々と非難していませんこと!?

[のんびりしたドゥリン] はぁ、これであたしたちのデザインも無駄になっちゃったね。

[わくわくするドゥリン] でもヴィンチ先生の言うことも一理あるよ。アトラクション施設はもうゼルウェルツァの四分の一も占めちゃってるんだから。

[わくわくするドゥリン] あっ、ノッポのお姉さん、いつの間に来てたの? ヴィンチ先生のスピーチは聞いてた?

[アヴドーチャ] ええ、すべてではありませんけれど。

[アヴドーチャ] あの、お二人はこの間考案されたデザインをあきらめると――

[のんびりしたドゥリン] あ、新しくできたミードだ! この香り、間違いないよ!

[のんびりしたドゥリン] お姉さん、あたしたちもうこんなに仲良しなんだから、遠慮はいらないよね!

[アヴドーチャ] はぁ、先ほどのスピーチで言及していた「節度のある生活」とはどういうことなのか、お二人は全く理解していらっしゃらないようですわね。

[アヴドーチャ] ……ですが、それもまたよろしくてよ。

[しっかりしたドゥリン] どいたどいた! ヴィンチ先生の依頼で作った販売カーが通るぞ。今から性能のテストだ!

[だらしないドゥリン] 加速、そのまま加速だ! そんで前の柱をぐるっとUターン!

[しっかりしたドゥリン] 曲がるスペースが足りないんじゃないか?

[だらしないドゥリン] だったら衝突試験も兼ねちまえ。

[しっかりしたドゥリン] うむ、まあまあ安全というところか。多分後ろの荷台にまだ何も積んでいないからだろうけど。

[アヴドーチャ] ……ご機嫌よう。

[アヴドーチャ] この通りの改造工事が始まって以来、ずっと貴方がたを探していましたわ。

[しっかりしたドゥリン] ん? うーむ……なんだか見覚えがある顔だな。

[しっかりしたドゥリン] おーい、この人が誰だったか覚えてるか?

[だらしないドゥリン] んあ、何だって?

[だらしないドゥリン] せっかく地面に寝転がったんだ。何があろうとまずは一眠りしてからにしてくれ……

[アヴドーチャ] はぁ、では思い出させて差し上げますわ。

[アヴドーチャ] わらわは……わらわにはある友人がおりまして、彼女がこの通りに店を構える職人お二方に、ドゥリンスタイルの万年筆の製作を依頼しましたの。

[アヴドーチャ] 彼女の荷物には書籍が何冊も詰まっており、頭の中には故郷の文字で溢れておりますが、もはやそれらに触れたくもないのですわ。

[アヴドーチャ] 筆を手に取る度、彼女は雪解け水に濡れたマントに包まれながら、宛先のない手紙を一枚、また一枚と書く自分を思い起こさずにはいられないのです。

[しっかりしたドゥリン] どうして宛先がないんだ? 隣町への線路が壊れちまったのか?

[アヴドーチャ] ……申し訳ございません、話が逸れてしまいましたわ。

[アヴドーチャ] とにかく、彼女はただ封印したかつての歳月を象徴する記念品を心待ちにしており、それを棚にあげてしまえば、彼女は……

[アヴドーチャ] えっと……彼女は、何がしたかったのでしょう。そして何を目指しているのでしょうか。

[だらしないドゥリン] 書記官とか?

[アヴドーチャ] それでは過去と完全に決別したことにはなりませんわ。

[しっかりしたドゥリン] で、その彼女は結局依頼した万年筆が欲しいのか、それとも欲しくないのか?

[アヴドーチャ] ……はぁ、やはり忘れてくださいまし。

[アヴドーチャ] この物語では、彼女はただのミード販売員ですわ! そして彼女は皆様と共に愉快にお酒を飲み、ミードの香りはやがて人造湖全体を包み込むことでしょう!

[しっかりしたドゥリン] おぉ、おぉ! それは良い結末だな! 気に入ったぞ!

[しっかりしたドゥリン] 車にちょうどミードが二樽積んであるんだ! 他には何もないが。

[だらしないドゥリン] 何だって! 酒があるのか? それを早く言ってくれよ! いくら俺でももう少し早く起き上がれたってのによ!

[だらしないドゥリン] ほら、乾杯だ!

[アヴドーチャ] ――わらわにも一杯くださいまし……ありがとうございます。

[アヴドーチャ] 実は、二十日ほど前に貴方がたに万年筆の製作を依頼したのはわらわなのです。

[アヴドーチャ] それで……今はどのような状況ですの?

[しっかりしたドゥリン] あっ、ああ! あんただったか、思い出したぞ!

[しっかりしたドゥリン] 完成はしてるんだが、誰から依頼されたのか忘れちまってな……

[しっかりしたドゥリン] ……って待てよ、万年筆?

[だらしないドゥリン] 俺たちが作ったのは万年筆じゃない気がするんだが。

[しっかりしたドゥリン] 厳密に言えば、一部は万年筆だ。

[しっかりしたドゥリン] だがざっくりに言えば、俺たちが作ったのはクロスボウだ。

[アヴドーチャ] クロスボウ?

[アヴドーチャ] どうして……わらわが武器を欲しがりますの?

[しっかりしたドゥリン] 誰からの依頼かは忘れちまってたが、依頼人がその時に言ってた言葉なら今でもちゃんと覚えてるぞ。

[しっかりしたドゥリン] あんたの説明した情景はありありと目に浮かんだよ。なんで万年筆で心臓を刺したいのかはよくわからなかったが、俺もなんだか胸に矢が刺さったように痛かったぜ!

[アヴドーチャ] ……?

[アヴドーチャ] ……まあ、それはさておき、もう一度万年筆を作っていただけますかしら。それと、タイプライターもお願いしたいですわ。

[デカルチャー] アヴドーチャ、また来たのね。

[アヴドーチャ] ええ、今ドゥリンの間で流行っている雑誌を探しておりますの。皆様方が心惹かれるキャッチコピーがどんなものか知りたくて。

[デカルチャー] そういう本なら入口の棚に置いてあるわ、間違いない。毎日多くの人が読んでるものだからね。

[アヴドーチャ] ありがとうございます。

[デカルチャー] そうだ! アヴドーチャ、アヴドーチャ……私、最近どこかであなたの名前を見た気がするんだけど?

[アヴドーチャ] ええ、投稿の際に都合が良いように、自分にドゥリン風の苗字を付けてみましたのよ。

[デカルチャー] そう、じゃきっと何かの雑誌で見かけたのね。

[デカルチャー] 前にもう書き物をする気はないって言わなかった?

[アヴドーチャ] ……とあるドゥリンの二人組に、わらわの過去を封じておくのにより相応しいコレクションを作ってもらいましたの。

[アヴドーチャ] ですので、万年筆とタイプライターは、引き続き使用しても何の支障もありませんわ。

[デカルチャー] あっ、あったあった! アヴドーチャ……

[アヴドーチャ] ……「レザーペン」、ですわ。

[アヴドーチャ] わらわは……書き続けなければなりません。

[アヴドーチャ] なぜなら、すべてを捨て去ることなんて、到底不可能だと解りましたから。

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