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灯火序曲_大地粉砕
チェルノボーグの生存者が二名、ウルサスを去って荒野へ向かい、伝説の「錆鎚」という組織を探す。しかし荒野では、何事もそう簡単にはいかない。
[ガレス] 足元に気を付けろ、ゆっくり歩け。
[イラ] 大丈夫……支えてもらわなくても平気よ。
[ガレス] いいから体力を温存しろ、俺たちはこの山を越えなきゃならねぇんだぞ。
[イラ] ウルサスから……どのくらい離れたのかしら?
[ガレス] そう離れちゃいねぇよ、荒野に入ったばっかりだ……先はまだまだ長い。
[イラ] ……そう。少し休んでもいいかしら。
[ガレス] もちろんだ。
[イラ] ……フゥ。
[イラ] 北東に見える山……あの向こうはどこなの?
[ガレス] あそこから先は、おそらくカジミエーシュ人の土地だろうな。
[ガレス] だが、俺たちが向かうのはあっちじゃねぇ。
[イラ] ……私、ウルサスを離れるのはこれが初めてなの。
[ガレス] すぐ慣れるさ。
[ガレス] ウルサスにはもう、名残惜しく思うほどの価値なんざねぇよ。
[ガレス] ふぅ……この辺りなら大丈夫そうだな。
[ガレス] もうすぐ日が暮れる、ここで野宿しよう。
[イラ] ええ……食料はあとどのくらい残ってるの?
[ガレス] 倉庫から持ち出したのはほとんど食っちまった。流民の集落で交換したのを合わせて、大体あと四日程度ってとこか……多くはねぇ。
[ガレス] 荷物を見ててくれ、薪を集めてくる。
[イラ] この場所……とても静かね。
[ガレス] 静かなのは別に悪いことじゃねぇよ。人通りが多けりゃ、それだけ警戒しなきゃならんからな。
[ガレス] ここまで何もトラブルはなかったが、こんなのはただ運が良かっただけだ。
[ガレス] 強盗や山賊、野獣の群れ……
[ガレス] 荒野は大抵の者にとって、命に関わる危険な場所だからな。
[イラ] 私たち、本当にその「錆鎚」とかいう組織を見つけられるの?
[ガレス] 行き合った奴らが錆鎚の連中はこの近くで活動しているって口を揃えて言ってたからな。
[ガレス] 流民が俺たちを騙す必要なんてないだろ? 騙したところで何の得もねぇしね。
[イラ] ……私たちは受け入れられるかしら?
[ガレス] さあな、だがやってみるしかねぇだろ。
[イラ] 村にいた時、兵士たちから聞いたわ……「錆鎚」は、殺戮を楽しむ残虐で野蛮な、荒野の暴徒だって。
[イラ] みんなそう言ってた。その後、チームの中でも同じような噂が――
[ガレス] 噂が本当とは限らねぇ。あのお貴族どもが俺たちのことを何て言ってたか覚えてるか?
[イラ] 「レユニオンは、貪欲かつ残忍な盗賊集団」。
[ガレス] ウルサスのお偉方にとっちゃ、適当に話をでっちあげることなんざ朝飯前だ。結果、奴らの気に入らない連中は、庶民の目には化物みたいに映っちまう。
[ガレス] あいつらの常套手段だよ。だが、少なくとも俺がこの目で見たのは噂とは別モンだ。
[イラ] あなた、彼らに会ったことがあるの?
[ガレス] ああ、あれは俺がまだ兵士だった頃だ。
[ガレス] あの年、国境警備隊がカジミエーシュの領土に入り、村を襲ったと噂されていた。
[イラ] あ……その話、村の人から聞いたことがあるわ。
[イラ] 前隊長も話してたわ。その後、警備隊員はみんな死んだんでしょ?
[ガレス] 前隊長はお前にそんなことまで話してたのか?
[ガレス] 侵略者は、ウルサスの正規軍の完全武装した小隊だ。フル装備で国境を越えるんだからな、人の目をごまかすなんて無理な話だ。
[ガレス] 村を襲ったってのは、将校の責任逃れの言い訳にすぎん。連中は本当は、戦争を引き起こそうとしていたのかもしれねぇ。
[ガレス] だが残念なことに、事態はやつらの望んだようには進まなかった……カジミエーシュの山林で何があったかは知らないが、連中は一人として帰ってくることはなかった。おそらく全滅したんだろう。
[ガレス] 部隊が国境を越えた真相については……みんな死んじまったんだ、いまさら気にする奴なんていねぇよ。
[ガレス] だが奴らの全滅は、全部がカジミエーシュ人の仕業ってわけじゃない……それくらいはわかる。
[イラ] つまり、何が起きたの?
[ガレス] 兵士たちが国境を越えて四日目……大量の荒野の住人がウルサスの国境防衛エリアに侵入したと、哨兵から報告があった。
[イラ] 荒野の住人?
[ガレス] 流民のことだよ。あの時俺は、国境防衛エリアの補給所に駐屯していたんだが、哨兵が侵入の報告をした時は、誰一人として問題視してなかった。
[ガレス] 行き場を失った流民の大群は、滅多に見られるもんじゃねぇが、別に目新しくもなかった。特にウルサスの国境ではな。
[ガレス] 軍は小隊を派遣して、奴らをとっ捕まえて、管理区域の採掘場に労働力として送り込もうとした。連中の普段やってたことと特に変わりはねぇ。
[ガレス] だが……
[イラ] その小隊は戻ってこなかったんでしょ?
[ガレス] ああ。翌朝、顔中血だらけの衛兵が駐屯地まで戻ってきた。小隊が全滅しただけでなく、隣接する三つの歩哨拠点もすべて攻め落とされ、生きて戻ってきたのはそいつだけだった。
[ガレス] そん時の駐屯地の士官は、今ほどバカな奴じゃなくてな。事態をカジミエーシュの兵士が流民になりすまして歩哨拠点を襲撃したもんと判断して、すぐさま上層部に増援を要請した。
[ガレス] だが、その時になって初めて気付いた。増援要請を受信できる友軍など、もはや通信圏内にはいなかったんだ。俺たちは孤立無援となり、そしてその夜――
[ガレス] 日が沈んだ後、あたりから金属を打つ音がし始めた。おどろおどろしくて耳を刺すような響きでな、まるで古代の戦鼓のようだった。
[ガレス] そして、たくさんの人が……数百……あるいは数千人だったかもしれねぇ。粗末な武器を手に持って、俺たちには理解できない言葉を叫びながら、狂ったように駐屯地を襲撃してきたんだ。
[ガレス] 奴らは姿こそ人の形をしていたが、まるで「人」らしくなかった。俺には狂ってるようにしか見えなかったよ。側にいる仲間が砲弾で吹き飛んでも、突撃を少しも緩めようとしなかったからな。
[ガレス] あれは俺が経験してきた中で最も恐ろしい突撃だった。あれから経験したレユニオンでの戦いを全部振り返ってみても、あの狂った夜には到底敵わねぇよ。
[イラ] ……
[ガレス] 山間から一筋の朝日が差し込む頃、ようやく奴らは撤退した。
[ガレス] 駐屯地の周りには無数の死体が積み重なって、アーツが炸裂した痕跡と血溜まりそこら中に残ってた……一日中、吐きたくなるような鉄錆の臭いが漂ってた。
[イラ] ……とんでもない話ね。
[イラ] でもどうして?
[イラ] それほどの代償を払ってまで、彼らがウルサス軍を襲う目的は何?
[ガレス] そこが重要な点だ。
[ガレス] 数日後、支援部隊が到着して分かったことだが、付近にある二つの感染者採掘場も襲撃されてたんだ。奴らは採掘場の全員を解放し、周囲にある五つの軍用補給倉庫を燃やした。
[ガレス] 奴らは捕らえた士官や採掘場の責任者を八つ裂きにし、ウルサスの旗やウルサスを象徴する建造物を手当たり次第にぶち壊した……
[ガレス] 錆鎚は、廃墟に残るウルサスの痕跡をすべて消し去ったのさ。
[ガレス] そして最も深刻なのは、真っ先にカジミエーシュ内に入っていった小隊が、不運にも後方支援をほぼ失ったってことだ。ウルサス軍がそれに気付いた時には、すでに遅すぎた。
[ガレス] 俺は未だに奴らがどうしてあの狂った襲撃をしたのか分からねぇ。
[ガレス] だが、「殺戮を楽しむ残虐で野蛮な荒野の暴徒」は、採掘場の哀れな人々を解放するためにウルサス軍を襲ったりはしないだろう。
[ガレス] あいつらは普通の暴徒じゃねぇ、それは確かだ。
[イラ] そんな話って……
[ガレス] 信じ難いだろうな。
[イラ] 私、分からなくなってきたわ……彼らに加わることは、正しい選択なのかしら。
[イラ] パトリオットさんのような人ですら――
[ガレス] もう考えるな、早く寝ろ。
[ガレス] どうにかなるさ。
[イラ] かもね……
[ガレス] 着いたぜ。
[イラ] ここがその……私たちが探していた……?
[ガレス] 「二つ目の山を北へ進んだ先にある、そそり立つ巨大な岩の上。」
[ガレス] まさか本当にあるとはな。
斑らに錆びついたハンマーが、山頂の岩に突き刺さっている。 柄に結ばれた黒いボロ布が、強風の中、旗のように激しくなびいている。
[ガレス] 「彼らに加わりたいのなら、岩を引き裂く錆鎚を探せ。」
[ガレス] 連中は芝居じみた表現が好きだな。
[錆槌メンバー] 芝居じみてなどいない、これは象徴だ。
[錆槌メンバー] 荒野で生きるとは、このハンマーのように在るということだ。
[錆槌メンバー] 鋭利さは必要ないが、耐え忍ぶ必要がある。
[イラ] !?
[ガレス] ……
[錆槌メンバー] お前たちのその姿……「ただの通りすがり」ではないようだな。
[錆槌メンバー] その服についているマークには見覚えがある。
[錆槌メンバー] 「レユニオン」だ。
[錆槌メンバー] 言え、なぜ俺たちを探している?
[ガレス] お前……お前は感染者じゃねぇな。
[ガレス] 俺はてっきり――
[イラ] わ、私たちは錆鎚の仲間になるために来たのよ!
[錆槌メンバー] 仲間にだと?
[錆槌メンバー] 軟弱、臆病、恐怖、無力……
[錆槌メンバー] お前たちは荒野で怯えて震えているじゃないか。殺されるのを待つ家畜のようにな。
[錆槌メンバー] ほら、拾え。
[イラ] こ……これは何? シャベルにつるはし……それに獣罠?
[ガレス] どういうつもりだ?
[ガレス] なぜこんな道具を俺たちに渡す?
[錆槌メンバー] 錆鎚に入りたいんだろ? だったら自らを証明しろ。
[ガレス] 何だと?
[錆槌メンバー] お前たちが荒野に属すると証明しろ。柵から出ては生きていけない家畜ではないことを示すんだ。
[錆槌メンバー] 俺たちはみな戦士であり、荒野の征服者だ。互いに助け合い、すべてを共有し合う。
[錆槌メンバー] だが俺たちは、誰かの施しを待つだけの怯懦な足手まといの面倒は見ない。
[錆槌メンバー] あの峡谷が見えるか? あそこはこの辺りで最も良い場所だ。
[錆槌メンバー] お前たちが必要とするすべてが揃っている。
[錆槌メンバー] そこで一ヶ月生き延びてみせろ。
[錆槌メンバー] それすらできないのならば、とっとと失せるんだな。
[ガレス] 生き延びろだと? 一ヶ月も? こんな場所で?
[ガレス] *スラング*、ふざけるな。
[ガレス] こんな物を頼りに荒野で生き延びろってか?
[ガレス] 俺たちの命を奪いたいってんなら、こんな面倒な真似をする必要があるか? 直接手を下した方が簡単じゃねぇか。
[ガレス] 俺たちが荒野で死ぬのを見てあざ笑うのが目的か……悪趣味だな。
[ガレス] それとも、感染者を迫害するのもお前たちの楽しみの一つなのか?
[ガレス] 錆鎚はそこらの悪党とは違うと思ってたんだがな……結局てめぇらもその程度か……
[錆槌メンバー] ……ハハハハッ。
[錆槌メンバー] 感染者? 感染者だと!?
[錆槌メンバー] ハハハハッ……
[錆槌メンバー] 感染者を迫害する? ハハハハハハハハ……!
[錆槌メンバー] おい、ブーン!!
[錆槌メンバー] ちょっと来い、このバカを見てみろよ。
錆鎚の大男が荒々しい笑い声を上げる中、 岩陰から背中の曲がった男が姿を現した。 その体にはおぞましい源石結晶が醜く貼り付いている。 男は乱れた髪越しに鋭い眼光で、目の前の二人をじろじろと眺めている。
[錆槌メンバー] ほら、ブーン。
[錆槌メンバー] 見たかよ、こいつらはお前の「感染者仲間」だ。
[ブーン] バカ言うな、俺にはこんな弱い仲間などいない。
[ガレス] お、お前もレユニオンなのか……?
[錆槌メンバー] ここじゃ、感染者だろうと、どれだけ特殊な身の上だろうと、気にする奴は誰もいない。
[錆槌メンバー] 誰も*スラング*気にしない。
[錆槌メンバー] 男、女、年寄り、子供、サルカズ……
[錆槌メンバー] レユニオンだろうが、落ちぶれた貴族だろうが、荒野を受け入れ、文明の毒におかされた血を断ちさえすれば、俺たちはすべてを同胞と見なす。
[ガレス] ……
[イラ] 一ヶ月でいいのね……
[ガレス] イラ?
[錆槌メンバー] ああ。もし一ヶ月耐えることができれば、それはお前たちが文明の枷から抜け出し、荒野に属したことを意味する。
[錆槌メンバー] その時が来れば、お前たちは荒野の一部となり、錆鎚の兄弟姉妹はお前たちを歓迎するだろう。
[イラ] わかったわ……約束よ。
[錆槌メンバー] その態度、気に入った。お前なら大丈夫だろう。
[錆槌メンバー] 幸運を祈るぞ、女。
[ガレス] イラ、本気か?
[イラ] 私たちに選択肢はない……そうでしょ?
[ガレス] いや、俺たちにはまだ食糧がある。まだ引き返せる。一旦あの流民の集落に戻って、それからまた別の方法を考えよう。
[イラ] 嘘はやめて! 私たちにはもう食糧なんてない。知ってるのよ、あなたこの二日間何も食べてないでしょ!
[ガレス] 俺は……
[イラ] 私たちは戦友じゃないの? 戦友は互いに助け合う、そうでしょ?
[イラ] 錆鎚たちは……彼らはこの荒野で生きている……だったら私たちにできないはずはない。
[ガレス] ……そうだな。
[イラ] 手を貸して。まずは野宿できる場所を探すわ。
十五日後
[イラ] ……どうして動かないのかしら?
[ガレス] シッ! 声を出すな、もう少しで罠にかかる。
[イラ] でも逃げ出しそうよ。
[ガレス] 落ち着け……待て……待つんだ……
[ガレス] 動いた!
[イラ] もう少し……もう少しよ……
[ガレス] 捕まえた! 捕まえたぞ! ハハハハッ!
[イラ] よし! やったわ!
[ガレス] ハハハハッ、よっしゃ!
[ガレス] イラ、ナイフをくれ。
[イラ] はい、ここよ。
[イラ] ここには本当に駄獣がいるのね。野生のものは初めて見たわ。
[ガレス] この肉は燻製にするぞ。戻って洞窟で干せば保存ができる。
[ガレス] 少なくともしばらくの間は、乾燥させた砂虫を食わなくて済むぜ。
[イラ] ……あの流民の集落はまだいるかしら。
[ガレス] 突然どうした?
[イラ] 燻製にしたとしてもこんなにたくさんの肉、とても私たちだけじゃ食べきれないわ。あの流民たちと物々交換できるかもしれない。
[イラ] 例えば作物の種と交換してもらうとか……
[ガレス] そういえば例の苔麦はどうなってんだ?
[イラ] あなた、畑仕事したことないでしょ?
[ガレス] ……ねぇな、俺は都市の生まれだ。
[イラ] フフッ、都会から来たボク、食べ物はそう簡単には育たないのよ。お勉強しないとね。
[ガレス] 何がボクだ……そう年も違わねぇくせに。
[ガレス] まぁいい、そんなことより――
[ガレス] 流民たちが同じ場所に留まることはほとんどねぇんだ。だが、東の山の麓にまだいくつか集落があったはずだ。そこに行ってみるのもアリだな。
[ガレス] ほら、こいつを持って帰るぞ。
[イラ] ええ。
[ガレス] 十三、十四、十五……
[イラ] あと半月ね……
[ガレス] あの錆鎚たちが約束を守る奴らならいいんだがな。
[ガレス] しかし今となっちゃ、あいつらがいようといまいと、俺はどうでもよくなってきたぜ。
[ガレス] 俺たちなら、ここで生きていけるんじゃねぇかと思えてきたしな。
[イラ] ずっと不思議に思ってたんだけど……なぜこの峡谷にこんな洞窟があるのかしら? 自然にできた感じでもないし……
[ガレス] ここは、きっと古い坑道だろうな。
[イラ] 坑道? こんな荒れ果てた誰もいない場所に? カジミエーシュ人が掘ったっていうの?
[ガレス] カジミエーシュ人とは限らねぇぜ、だからってウルサス人だとも限らねぇ。
[ガレス] 俺たちが知っているどんな国でもないかもしれねぇ。
[ガレス] 俺が軍にいた頃、古代のいろんな話をする奴らがいたんだがよ。
[ガレス] 奴らが言うには、数百年前、数千年前、まだウルサスがウルサスではなく、カジミエーシュもカジミエーシュじゃなかった時代に、多くの国がこの大地で興り、発展し、隆盛を誇ったらしいんだ。
[ガレス] だが最終的には戦争や天災、あるいは何か別の原因で、すべて滅亡した。
[ガレス] 天災が大地を繰り返し一掃し、それらの国の痕跡はきれいさっぱり消えた。残ったとしても地下に埋もれたっていう話だ。例えばこの洞窟がそうだ。似たような古代遺跡は各地にあるって聞くぜ。
[イラ] つまり……
[イラ] ここは以前は荒野ではなく、人が住んでた町だったってこと?
[ガレス] かもな。
[イラ] もし……もし、私たちがここに住み続けて、同じような人が今後も増えれば、小さな町くらいなら作れるかもね……
[イラ] この峡谷を南から北まで使えば、多くの人を収容できるわ。
[イラ] そうなれば私は町長のイラよ! あなたは副町長のガレス!
[ガレス] わかったから。そんな夢ばかり見てねぇで、肉を吊るすの手伝え。
[イラ] はーい。
二十九日後
[イラ] ガレス! ガレス!
[ガレス] んだよ……朝っぱらから……
[イラ] 見て、あの苔麦!
[ガレス] !
[ガレス] こ……これは芽が出たのか?
[イラ] そうよ!
[ガレス] マジか! マジかよ! やったな!!
[ガレス] こんな場所でもやっぱり作物は育つんだな!
[イラ] きっと駄獣の骨で作った粉末が効いたのね。
[ガレス] よし、ええと……芽が出たってことは……ええと、これから一番重要なのは何だったっけ?
[イラ] 水よ!
[ガレス] あんなちょっとしか流れてない小川の水じゃ足りねぇな……何とかしないと。
[イラ] でもこの近くに他に水源なんてないわよ。
[ガレス] 東の山麓にある森を探してみるしかねぇな。あそこには木がある、つまり水源があるってことだろ。
[イラ] でもあそこから毎日水を運ぶの? 遠すぎない?
[ガレス] 遠いさ、だがそれだけの価値はある。
[ガレス] もしこの苔麦がちゃんと育つなら、俺はどんなことだってやるぜ!
[ガレス] 荷物をまとめたら、森に行ってみよう。
[イラ] 近そうに見えたのに……全然着かないわね。こんなに遠いなんて……
[ガレス] 後でもっと大きな容器を手に入れないとな。
[ガレス] この袋だけで運ぶのは現実的じゃない。
[イラ] 待って……これは何?
[イラ] 靴跡かしら? この近くに人がいるのね。
[ガレス] ちょっと待て、この靴跡は……
[ガレス] ……嘘だろ……これは……
[ガレス] これは軍靴の跡だ!
[ガレス] 間違いない、この靴底の形はウルサスの軍靴だ。
[ガレス] なぜだ……なぜウルサスの兵士がここにいる。
[イラ] どうするの……?
[ガレス] ……急いで引き返すぞ、荷物をまとめろ。
[ガレス] ここから離れないと。この痕跡……それほど遠くない。しかもこの靴跡の数、少なくとも二十人はいる。
[イラ] 待って! 別の方法があるわ。
[イラ] 火を起こさなければ……彼らが峡谷の洞窟に気付くとは限らない。
[ガレス] いつかは気付かれるさ。それに火を起こさずに、どうやって洞窟で過ごすってんだ? 奴らが去るかどうかもわからないんだぞ!
[ガレス] きっと俺を追って来たんだ。上校がそう簡単に見逃してくれねぇってことはわかってたさ……
[イラ] いやよ、私は行かないわ!
[ガレス] イラ!
[イラ] どこへ逃げられるっていうの。もう逃げたくないわ。私がレユニオンに入ったのは、少しでも自分で自分を認めてやれる生き方をしたかったからなのよ!
[イラ] この一ヶ月……たしかにこの一ヶ月の生活は大変だった。でも大変だから何だっていうの?
[イラ] 徴収官も貴族もいない。森の中で狩った獲物も、芽吹いた苔麦も、ぜんぶ私がこの手で掴み取った自分のものよ!
[イラ] この一ヶ月、私は人間らしく生きてきた! 誰かに支配されて、排斥されて、軽んじられて、搾取されて、ただ獣のように、その日を生き長らえるのではなく!
[ガレス] イラ、落ち着いて俺の話を聴け。
[ガレス] 生きてさえいれば、俺たちの生きる場所はまた必ず見つけられる……でも死んじまったら何もかもなくなっちまうんだぞ!
[イラ] 逃げ出す度に……その度にそれまで持っていたものを何もかも諦めなきゃならないっていうの? どうしてクソ野郎どもに私の人生を何度も何度も台無しにされなきゃならないのよ!
[イラ] 最初は村の人……妹……それからシャラ……前隊長。
[イラ] 今回はもう譲らないわ。どこにも行かないわよ。
[イラ] 死ぬのならこの峡谷で死ぬ。心血を注いだこの場所が、今の私のすべてなの。ここが私の家よ。
[イラ] 私はどこへも行かない!
[ガレス] ……イラ。
[イラ] ここに踏み留まるのよ、ガレス。あいつらと戦うの。
[イラ] 私たちはレユニオンの戦士よ。腰抜けなんかじゃない。
[ガレス] ……
[ガレス] お前の言う通りだ!
[ガレス] この死に損ないの*スラング*め!
[ガレス] クソ貴族どもに、ロモノ上校……全員くたばりやがれ……あいつらは全員報いを受けるべきなんだよ!
[錆槌メンバー] そうだ! よく言った!
[錆槌メンバー] お前たち、ようやくそれらしくなってきたな。
[ガレス] !!
[ガレス] ……お前は!
[ガレス] なんで……ずっと近くにいたのか?
[錆槌メンバー] お前たちが荒野で一ヶ月もつかどうか――まだ息があるかどうか、毎日見に来てただけだ。
[ガレス] 詳しく問い詰めたいとこだが今はそれどころじゃねぇ、この近くにウルサス軍がいるぞ……
[錆槌メンバー] そんなに興奮するな、他愛もない些事にすぎん。
[イラ] それで……私たちは合格なの?
[錆槌戦士] 合格?
[錆槌戦士] お前はもう錆鎚の一員だ、姉妹よ。
[ガレス] ……
[錆槌戦士] それにお前もだ。危うく意志がくじけるところだったようだが、正しい道を選んでくれて嬉しく思う。
[錆槌戦士] 妥協と逃避には永遠に終わりなどない。それを覚えておくことだ。
[錆槌戦士] 歓迎しよう、兄弟。
[錆槌メンバー] それと、愚かな獲物どもが罠へと向かっている。この機を逃してはならない。
[ガレス] 獲物? 何のことだ?
[錆槌戦士] 奴らだ。来たぞ。
[ウルサス兵士] この峡谷にいるのはわかっていたぞ。
[ウルサス兵士] 随分と手間をかけさせてくれたな、ガレス下士。
[ガレス] ……
[ウルサス兵士] この恥知らずの脱走兵が。軍の倉庫に忍び込んで補給用の食糧まで盗みやがって……
[ウルサス兵士] ウルサス軍の威厳を踏みにじっておいて、そんなやすやすと逃げられると思ったのか?
[ウルサス兵士] ロモノ上校は大変お怒りだ。お前の首を刎ねない限り、その怒りを鎮めることはできない。
[ウルサス兵士] 罪を償う覚悟をしろ、この感染者のクズが……
[錆槌戦士] 黒い服を着たウルサスのケダモノが……二十四匹か。
[ウルサス兵士] ハッ、獣同然のはみ出しもの同士随分仲良くやっているようだな。まさか荒野の野蛮人が数名出しゃばってきた程度で、お前の下賤な命を救えるとでも思っていないよな?
[ウルサス兵士] せめて尊厳ある死だけは保証してやろう。今すぐひざまずいて自決するがいい。
[ウルサス兵士] 狙撃手、構え――
マスクを被った錆鎚の戦士が、持っていた武器で地面を叩く。
一回
二回
三回
次の瞬間。 ――耳をつんざき、足元を揺るがすような地響きが峡谷全体から発せられた。
地を叩く波のような音に紛れて、谷を吹き抜ける寒風に乗った咆哮と怒号。 それは、この大地の最も原始的な叫びのようだった。
そして、ガレスは見た――
切り立つ崖の両側に隙間なく立ち並ぶ、荒野の戦士たちの姿を。
彼らは襤褸の上に古ぼけた金属の鎧兜をまとい、雄々しく大地を踏み締めていた。
彼らの体躯は奇妙に歪んでおり、手には無骨で恐ろしい形状の武器を持っている。
[ウルサス兵士] た……隊長! これは……
[ウルサス兵士] な……何人いるんだ???
[ウルサス兵士] あ、ありえない! 哨兵は? 哨兵は何をしてるんだ?
[錆槌戦士] お前の探してる「哨兵」なら、ここにいるぞ。
[ウルサス兵士] この……ヘルメットに武器……そんなバカな……
[錆槌戦士] 兄弟姉妹よ、ようこそ荒野へ。これはお前たちが錆鎚に入って最初の狩りだ。
[イラ] あなたたちと一緒に戦えてうれしいわ。
[錆槌戦士] 戦う?
[錆槌戦士] 姉妹よ、俺たちは「戦い」などしない。
錆鎚の戦士が次から次へと姿を現す状況で、ウルサス兵たちは軽率に動けなかった。二十四人の兵士たちは、先ほど野蛮人と呼んだ者が口を開き、語り始めるのをただ眺めているしかなかった。
[錆槌戦士] 奴ら――いわゆる「国」や「文明」――その根本的な中身は、邪悪そのものだ。あの巨大な移動都市、醜い鋼鉄の建造物、悪意により作られた金属の枷や牢屋こそが、奴らの罪の証だ。
[錆槌戦士] 奴らは欲のままに、すべてに手をかけた。大地の鉱物、水、土地、何もかもを奪って己のものにした。
[錆槌戦士] 奴らは「文明」を信仰することで救いが得られると抜かしやがる。奴らが設けた枷から外れた者は等しく野蛮人の烙印を押される。奴らは真相を恐れる者だ。そして俺たちは真相を大地へと返す者だ。
[錆槌戦士] 奴らは力によってお前らに恐怖を与え、文明によってお前らの牙を折る。奴らが作り出した集団幻覚にも近い「秩序」無しではいられぬように追い込む。
[錆槌戦士] お前らが進んで檻の中に入り、飼い慣らされることを選ばざるをえないようにするのだ。そうして奴らは本来自由であるべき人々を鎖に繋ぎ、奴隷としてしまう。そのようにお前らを飲み込むのだ!
[錆槌戦士] この大地は一人一人のものであるべきだ。誰もが俺たちのように、自らの手によって荒野に居場所を持つべきだ。もちろん荒野は弱者を淘汰する……だが元をたどれば、人々を弱くしたのは誰だ?
[錆槌戦士] お前らは奴らにとっての悪夢となり、災難となり、奴らそのものを破壊する力にならねばならない。
[錆槌戦士] 誰が巨大な嵐や地震にくびきをつけ、意のまま抑えられる? 誰が稲光や雷をその場にとどめ、檻に繋げるというのだ!
[錆槌戦士] 俺たちは戦わない! 俺たちは破壊する!
[錆槌戦士] 俺たちは人によって作られた檻をぶち壊し、枷を引きちぎり、奪われたものを奪い返す。与えられた弱さを捨てようとする者は、皆この錆鎚の兄弟姉妹だ。
――壊せ! 壊せ! 壊せ! 壊せ! 壊せ!
乱雑ながらも高らかに響く金属音が、峡谷を包んだ。
立ち並ぶ錆鎚の戦士たちは喉を開いて咆哮し、武器の柄を大地に打ちつける。金属が岩を叩く音は鈍い雷鳴のように轟いた。
――壊す! 壊す! 壊す! 壊す! 壊す!
[ウルサス兵士] 恐れるな! こいつらはただのイカれた集団にすぎない!
[ウルサス兵士] 陣形を整えろ! せ……戦闘準備だ!
[錆槌戦士] 奴らは震えている。俺たちを恐れている。俺たちは破壊する、俺たちは狩る。
[錆槌戦士] 文明の枷を打ち捨てた俺たちは、もう飼い慣らされはしない。牙も爪も、生まれた時のままここにある。
[錆槌戦士] 天災は荒野を拭い――
[錆槌戦士たち] 錆びた鎚が大地を打つ!
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