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火山と雲と夢色の旅路_SL-ST-1_駅に到着
スワイヤーとスノーズントはシエスタでの旅行中に自分たちの車が追跡されていることに気付いた。そこでエニスに「ドライブ」で振り切るよう強引に頼むも、車が故障した場所にてずっと待っていたというバイソンが現れるのだった。ヴォルケーノミュージアムでは、エイヤフィヤトラは両親の遺品を目にし、そして両親の旧友である館長のケラーに会うのだった。
今日では独立都市のほとんどが国家に併呑されるか、あるいは消滅に瀕している。しかし、このシエスタという特殊な独立都市は、南方の長い海岸線にはめ込まれた歴史ある宝石であり、まさに我々現代独立都市を研究する者たちにとっての素晴らしい範例である。
――『大地を巡る旅』
いけない、また数え間違えちゃった。仕方ないな、初めから数え直そう。
一匹、二匹、三匹……
五千七百六十一、五千七百六十二……もしかして何匹かリターニアに置いてきちゃった?
まあいいや、好きに遊ばせてあげよう。あのヤギのひげみたいに細くて高くて古臭い建物とか、リターニアお得意のお堅い音楽さながらに動かない表情とか、そろそろ揺さぶってみるべきだしね。
時間はとても貴重だ。少なくとも彼らにとっては。もし、人が限られた時間の中で、なにか面白いものを生み出せなければ、わたしも停滞していて虚しい時間に付き合わされるんだ。とんだ災難だよ。
う~ん、毛皮と牙を持ったのに追いかけられてた時のことが懐かしくなるなんてなぁ。でもあいつらはシラクーザで新しい遊びを編み出したみたいだから、ちょっかいかけてくることはないだろうし。
はぁ、わたしも新たな楽しみを見つけないと。
世界は変化に富んでいるべきで、「存在」とは、もともとそれ自体が「変化」を表しているんだ。どうして、未だにこんな当たり前なことでたくさんの人が大変なことになってるんだろう?
家を建てるのと一緒で、今日は昨日よりも高くなるのが当然じゃないか。それなのに、振り返って前の部分を取り壊したいと思う人がいるなんてさ。まったく……勘弁してよ。
あの脆くてあっという間に潰えちゃう儚い生命が、もう少し長生きなら、わたしみたいに深い知恵を得られたはずなのにね。「存在」を、あるいは「存在した」という意味を理解できるはずなのに。
たぶん、この理屈を理解できる人は少ないんだろうなぁ、あの歌みたいに。どう歌うんだったっけ? メロディーはラララ……タタン……
ちぇっ、また忘れちゃったよ。
おーい――
またキミ? これで何回目だい。最近随分とキミを見かけるよ!
この火山は、もうすぐ噴火するんだ。引き返した方がいいよ!
何回も言ったでしょ。あの黒っぽい石は、別に良い物でも何でもないよ。なのにキミたちどうして――
はぁ、声が届かないのを忘れてたよ……なんで、目の前に姿を現した時しか聞こえないんだろう。つくづく面倒だなぁ。
まあいいや。やっぱり、人間たちの生活にはあまり関わらないようにしよ……幸運を祈ってるよ。
うーんと、どこまで数えたんだったかな……
十七で故郷を尋ねに旅立って、今日も今日とて放浪中♪
羽獣に道を指し示し、冒険家に知恵を乞う♪
キャラバンにくっついてお宝を売り買いしたら、すぐまた置き去りにされちゃった♪
出会った人々は一人残らず忘れやしない。全員にあだ名をつけてるよ♪
どうかもう手紙は送らないでくれ♪
君が手紙を送る時、僕と同じく荒れ果てた道を歩んでるなら別さ♪
[道端の老人] なかなか上手く弾くのう。二十年前に流行った曲じゃな。
[ギターを弾く歌手] ありがとう。褒めてもらって嬉しいわ。
[ギターを弾く歌手] 古臭い歌を弾いちゃって、商売の邪魔になっていなければいいのだけど。
[道端の老人] ワハハ、その冗談はちっとも笑えんわい。辺りを見てみろ、どこに客がおる。
[道端の老人] 火山がシエスタ人を追っ払い、太陽が騒がしい観光客をぜーんぶどこかにやっちまったからな。
[道端の老人] ここに残ってるのは、どれだけ久しぶりか分からんほど暇な夏と、破産を目の前にした、ヤケクソで怖いもんなしの愉快さだけじゃ。
[ギターを弾く歌手] きっと少し前までの、観光客で賑わっていた頃のシエスタを懐かしく思ってるんでしょうね。
[道端の老人] 金が嫌いな奴はおらんからな。じゃが、わしはどちらかと言えばみんながロックミュージックを楽しめた時代の方が懐かしいのう。
[道端の老人] あの時はみんな、まだ時間と金があったじゃよ。じっくりと腰を下ろして幻想じみた音楽について語り、現実離れした将来を想像したもんじゃ。
[ギターを弾く歌手] よく言われるみたいに、「芸術をやるには、まず腹を満たさなければならない」ということね。
[道端の老人] ロックの黄金時代も結局は終わっちまって、今じゃロックンロールのスピリットは、慌ただしいビートと電子音だと雑に理解する若いもんが多いんじゃ。連中は騒がしいほどロックだと思うとる。
[道端の老人] じゃが肝心なことを忘れておるんじゃよ。一番初めの初め、魂を揺さぶる憧れは、幻想の中にしか存在しないキレーもんにだけ向けられていたってのも、ロックンロールの大事なスピリットじゃ。
[道端の老人] ほれ、お前さんがさっき弾いておった曲がまさにそれ。優雅で爽やかなコードで、わしは好きじゃぞ。
[ギターを弾く歌手] すごく音楽に詳しいみたいね。何か楽器でも?
[道端の老人] ベースとアコーディオンを少々な。
[ギターを弾く歌手] わあ、おしゃれね。
[道端の老人] お嬢さん、もう一曲弾いていってくれ。さっきの一杯はわしにつけとくでな。
[ギターを弾く歌手] ありがとう、太っ腹ね。それじゃあ、私が次の一曲に少し高い値段をつけても笑って許してくれるでしょう? 「物語を一つ」でどうかしら?
[道端の老人] ハッ、古臭いやり方じゃな。
[道端の老人] 若いの、お前さんどっから来た。名は?
[ギターを弾く歌手] 私はバード。クルビア人よ。
[道端の老人] クルビア人か。クルビア人というのは、荒野で土を掘るサンドビーストのように、皆いつも荒野で農業をしているもんかと思っておった――昔のわしの両親のようにな。
[バード] 開拓なら私もしてるわ。精神的な開拓だけれどね。
[バード] それでここまで確かめに来たのよ。かつてのクルビア人は、この海岸に来た時にどのような景色を見て、なぜここに定住することを決めたのかを。
[道端の老人] だとすると来るのが一足遅かったのう。お嬢さんの見たかった海岸線は、もうあの火山の下に捨て置かれとる。
[道端の老人] 移動区画の上にあるこの都市は、今やクルビアやヴィクトリアと大差ないわい。
[道端の老人] それも仕方のないことじゃがな。「大地は与えることも、取り戻すこともできる」のだ。
[バード] だからこそ、私はここのお話を聞きたいの。その中から過去の面影が垣間見えるかもしれないから。
[道端の老人] いいじゃろう、ならば話すとしようかの。噴火の影響で元のビーチを離れると決めた後も、意固地な連中がいかにシエスタの火山温泉と観光街を新たな故郷に移すことにこだわったかをな。
[バイソン] はぁ、きちんと積んだばかりなのに、また品物が倒れている……
[道端の老人] はて。日差しに頭をやられてしもうたのかのう、ここ何日か、変な影がうろちょろしているように見えるわい……
[道端の老人] おーい、若いの。仕事は放っておいて一休みしたらどうじゃ。ご機嫌な日差しも、今日はサボるのに最適だと言っておるじゃろう?
[道端の老人] おぉ? 待て、お前さんには見覚えがあるな。あの新しくできた貿易会社の若社長さんじゃないか? ほれ、この通りを取り壊そうとしてるのはお前さんじゃろ?
[バイソン] お爺さん、取り壊しは都市計画によるものですよ。それに、可能な限りみなさんの同意を得られるよう努力して、生活への影響を最小限にとどめられるように努めるつもりです。
[バイソン] 住民の方に不満がおありなら聞きますし、何事も話し合いで解決できます……
[道端の老人] 話し合いでどう解決するんじゃ? ヘルマンは新しい商売をやりたくて、わしらの家を取り壊すんじゃろ。これが何十年か前なら、わしゃあいつの家の窓に石を投げつけておったわ。
[道端の老人] この通り歳を食って、無茶もきかなくなったでな。流されるしかあるまいよ。まあいいわい、好きにしろ。
[スノーズント] あの、スワイヤー局長……
[スワイヤー] 今は仕事じゃないから、局長じゃなくてもいいわよ。
[スワイヤー] 大体、正式な任命書もまだ渡されてないもの。なんだか周りの方がアタシよりも焦ってるみたいじゃないの。
[スノーズント] ごめんなさいスワイヤーきょ……
[スノーズント] スワイヤーさん! わたしこういう旅行に来たことなくてですね……
[スノーズント] 本当にこの券で、こんなにたくさんのものが割引で買えちゃうんですか? 家の下のスーパーで一年分の洗剤を買いだめしたときにたまたま引いたんです……
[スノーズント] まさかこんな、夢みたいなことがあるなんて……そういえば、優待券を装った詐欺がよくあるって聞いたことがあります!
[スワイヤー] 大方シエスタの新たらしいPR戦略でしょ。元々のビーチを離れたから、シエスタも新しい方法で観光客を誘致する必要があるのよ。
[スワイヤー] アンタが当たった券は、シエスタと提携しているフェンツ運輸が代理発行したものよ。バイソンのとこの会社ね。アイツのことは知ってるでしょ?
[スワイヤー] もしその優待券に怪しいところがあるなら、近衛局がアイツのとこにお邪魔して根性を叩き直すことになるわね。
[スワイヤー] だから安心していいわ。今のアタシたちは、高級ショッピングモールで買い物を終えて、戦利品を整理しているただのエレガントな外国人観光客よ。
[スワイヤー] スノーズント、さっき買った香水を取ってくれないかしら、あと小さめのドライバーも貸してちょうだい。
[スノーズント] は、はいです! どうぞ!
[スワイヤー] うーん……
[スワイヤー] よっと……
[スワイヤー] ん~……
[スノーズント] スワイヤーさん、何してるんですか? 運転中のよそ見はよくないですよ……
[スワイヤー] 柑橘系の香水はここの夕日にピッタリよね~。そうそう、ピンクの袋がアンタがさっき眺めてた香水だから、開けて嗅いでみたら? 気に入ったらあげる。フローラルノートだからきっと似合うわよ。
[スノーズント] えっ!? ダ、ダメです! あれは高すぎます、わたしなんかじゃ――
[スワイヤー] 遠慮しないで。気の合う旅仲間を見つけるのって簡単じゃないの。これから、アンタにお願いすることだってきっとまあまああるだろうし……
[スワイヤー] さっきのドライバーもう一回貸してくれないかしら?
[スワイヤー] チッ、なかなか上手く隠してあるじゃない。
[スノーズント] それは……?
[スワイヤー] 盗聴機能付きの追跡装置よ、近衛局じゃ使わなくなった型落ちの代物ね。
[スノーズント] えっ、わたしたちは旅行に来んじゃないんですか? どうして盗聴器なんて――どうしたらいいんでしょう?
[スワイヤー] 安心して。こんな物の対処なんて、アタシにかかればアイシャドウを組み合わせるよりずっと簡単だから。
[スワイヤー] それよりどう? 香水は気に入ったかしら?
[スノーズント] はい! とってもいい香りです!
[スワイヤー] なら良かった。
スワイヤーは後ろを振り返り、自分の端末を手に取ると一連の番号を押した。
取り外されたばかりの追跡装置は、追跡対象の手に握られて無駄にランプを光らせている。
話中音が三回鳴った後、通信が繋がった。
[スワイヤー] もしもし? ええ、もうシエスタに着いたわ。
[スワイヤー] 車内にムシがいてね。ほんとアタシって魅力的らしいわ。
[スワイヤー] こっちのことは気にしなくていいわよ。むしろ、アンタの方に何かの「サプライズ」がないか探してみた方がいいわ。
[スワイヤー] それにしても……アタシたちがこんなに注目を集めてるなら、早めに顔を合わせておく必要がありそうね。
[スワイヤー] ふぅ。アタシのプレゼント選びのセンスってやっぱりピカイチのままみたい。
[スワイヤー] きっとアイツらも、このプレゼントを気に入ってくれるはずよ。
[スノーズント] えっと?
[スワイヤー] スノーズンド、降りるわよ。プレゼントをされたなら、当然こっちもお返ししなくちゃね。
[スワイヤー] この追跡装置は、そこの赤信号で止まってるトラックにくっついてこれからシエスタを旅行することになるわ。
[スワイヤー] 仕掛けた相手が何かおかしいと気付くまで、アタシたちにはシエスタの日差しをたっぷり堪能する時間があるわよ。
[スノーズント] スワイヤーさん、追跡されてるのに、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!?
[スノーズント] 変装するために服を着替えた方がいいんじゃないですか? それともサングラスして帽子をかぶるとか? 人混みの中を歩くとか?
[スワイヤー] 面倒事ではあるでしょうけど、まだバカンスを犠牲にするほどでもないわよ。せっかくシエスタに来たんだもの、最優先すべきはもちろん楽しい休暇でしょ。
[スノーズント] そうですね……実はクルビアに留学してた頃から、ずっとシエスタに来てみたかったんですが、時間もお金もなくて……
[スノーズント] シエスタ移転の時に、特殊な方法で火山を都市内に移したと聞きましたが、そんなすごいこと、どうやっても想像できなくて……
[スノーズント] もしかして、小型の火山を人工的に作り上げることができるほど技術が進んでいるんですか?
[スワイヤー] その「都市内に移した」っていうのは、詩的な表現だと思うわ。
[スワイヤー] ほら、あそこを見てみなさい。
背丈の低い家屋が立ち並ぶ街並みの中心には、高さの異なるビルが円形に建てられている。遠方から眺めると、それはまるで火山のような形を成していた。
都市の道路を通行する人々は、山の麓から山頂を見上げる登山客のようだ。
[スノーズント] 本当に火山がありますね……
[スノーズント] 色々なところから立ち昇っている温泉の湯気の中に、高層ビルがそびえ立っています……本当に火山みたいです。
[スワイヤー] 火山を移動都市に移すことなんて、もちろん無理よ。けど新しいシエスタの建設当時、街の中心のビル群を火山に見立ててデザインしたのよ。これも思い出を残すってことなんでしょう。
[スワイヤー] 住む場所が異なろうと、人って、誰しもこういう感情は抱くものなのね。
[スノーズント] 都市の思い出は、新しい故郷の中で別の形で続くんですね……
[スワイヤー] さてと、シティホールの職員と約束した場所はここよ。少し待つとしましょう。
[スノーズント] え、わざわざ迎えに来てくれる人がいるんですか? 自力で行く必要はないんですか? 荷物を運ぶために力をつけなきゃと思って、今朝は二つ多めにパン買って食べてきたんですけど……
[通りすがりの男性] (ふぅ……やっと配達が終わった。午後の郵便局の仕事にはまだ間に合うな。)
[通りすがりの男性] (その後は街の入口のとこで客をつかまえて、乗せる時間があるはずだ。あと、夜はレイチェル夫人の雑貨屋の照明を直しに行かないとだな。今回は現金で払ってくれりゃいいけど……)
[通りすがりの男性] (やべ、遅刻しそうだ。急がないと……)
[スワイヤー] ん……?
[スワイヤー] へえ、動き出すのが速いじゃないの……
[スノーズント] スワイヤーさん、何見てるんですか――
[通りすがりの男性] わっ、申し訳ないっす! よそ見しててすみません。怪我はないっすか?
[スノーズント] いったー……あっ、だ……大丈夫です……
[スワイヤー] そう、コイツよ!
[スノーズント] え?
[通りすがりの男性] は?
[スワイヤー] アンタ、アタシたちを迎えに来たシティホールの運転手よね!
[通りすがりの男性] 運転手? ちょっとお姉さん、冗談はやめてくださいよ。俺は、これからやんなきゃいけないことが山積みで、そんなこと……
[スワイヤー] (小声)いいから合わせなさい。
[スワイヤー] (札束を握らせる)
[通りすがりの男性] えーっと……
[通りすがりの男性] そ……そうですね……?
[スワイヤー] ほらね、迎えが来てくれるって言ったでしょ。
[スノーズント] (小声)えっ……でも、どっからどう見ても荷物を運ぶためのピックアップトラックに見えるんですけど。
[スワイヤー] (小声)前にドッソレスに行った時は、地上を走るクルーザーだって乗ったわ。郷に入っては郷に従えよ!
[通りすがりの男性] ……いやいや! お二人さん、俺はこのあと次のバイト行かなきゃなんで、やっぱり……
[スワイヤー] (さらに札束を握らせる)
[スワイヤー] これは前金よ。アンタの午後のスケジュールと車は、アタシが押えたわ。今すぐにアタシたちを連れてドライブを始めなさい。
[通りすがりの男性] ……どうぞ乗ってください!
エンジンの起動に何度か失敗すると、男はダッシュボードの上部を思い切り叩き、並ぶボタンを目まぐるしく押した。
[スノーズント] (小声)えっと、スワイヤーさん……スワイヤーさん! この車、違法改造の跡がありますよ、それに明らかに耐用年数を超えてます……
[スノーズント] この人、すごく怪しいです……!
[罪のない男性] 怪しいって、嫌だなぁ! 俺の改造技術は自動車修理工場の人にも劣りませんし、自分でやる方がずっと節約になるんですよ!
[罪のない男性] あと……俺はエニスって言います。
[スワイヤー] そう、分かったわエニス。今こそアンタの技術を証明する時よ。早くこの車を動かしてちょうだい。
車体の色が元は何色だったかの判別もつかないほどおんぼろのピックアップトラックは、老いた駄獣のように、何度か野太く息を切らした後にようやく動き、三人の若者を乗せて遠くへ走っていった。
[疲れ切った政府職員] もしもし、到着しました。
[疲れ切った政府職員] その、仰っていた龍門からの大投資家は……見つかりません……
[疲れ切った政府職員] はい……とても大切なお客様であるのはもちろん承知しています。こちらで引き続き待ちますので……
[疲れ切った政府職員] 本当にこの仕事が嫌いだ……
アデル、知ってるかしら。これらの小さな石にある細かな溝や亀裂にはね、はるか昔から続く大地の呼吸の痕跡が隠れているの。
大地は固まって動かないものじゃないし、永遠に不変というわけでもないの。彼女は常に動き、思考し、感情すらも持っているのよ。大地の硬い皮膚の下に、燃えるような心があるの。
たしかに私たち人は、自分のことすらよく分かっていなくて、私たちを育んだ大地についてはもっと何も知らないわ。
だけど大丈夫よ。私たちには大地の言語を読み解いて彼女の過去を知り、交流する術があるから。
注意深く耳を傾ければ、彼女は人間の目の及ぶ範囲を超えたあらゆる知恵を、そして私たち自身に関する秘密を教えてくれる。
どう? とても不思議に思わないかしら?
アデル、あなたは彼女のことをもっと深く理解したくはない?
静寂に包まれた展示ホールには、火山探索調査用の防護服が置かれていた。煌々とした照明の下で、皺の一つまではっきりと見える。焦げやヒビが飾るそれには、過去の痕跡が色濃く残っていた。
古い防護服の形からは、持ち主のシルエットも、ある程度の推測ができる。それは、少女にとってこれ以上ないほどよく知るものだった。
埃まみれの防護服を脱ぐ暇すら惜しんで、帰りを急いだ者たちのことを、彼女は知っていた。そういう夜に、家のドアを優しくノックする音と一緒に聞こえる声のことも。
「ただいま、アデル。」
[アデル] ……
[厳かな学者] あの時のことはよく覚えているよ。私、そしてカティアとマグナである活火山を登ったんだ。
[厳かな学者] 本来は何の危険もないはずだったんだが、地面をゆっくりと流れる溶岩が突然跳ねてね。マグナの袖が焼けて、あわや彼女の腕に一生消えない傷を残すところだった。
[厳かな学者] あれには全員がひどく驚いたよ。あの後、カティアは火山フィールドワークチームの防護服の品質改善を要求し、マグナはというと幸運に恵まれた物語としてよく人ににこにこしながら話していたな。
[厳かな学者] 彼女はいつもそうやって楽観的だった。そして、一度定めた目標の実現には全力で、少し恐ろしいくらい勇敢だった。
[厳かな学者] 彼女はいつだって目標を叶えてみせたから、周囲の者たちはみんな彼女はいつまでも幸運に愛され続けるのだろうと信じていたんだ。
[厳かな学者] あの事故が起きるまでは……
アデルは口をつぐんだまま、慎重に手を伸ばした。そして、その指先が展示ケースのガラスに触れた瞬間、火傷したように素早く引っ込めた。
本来は思い出を象徴するはずの物だ。だが、今は展示ホール内に飾られる服と、それに触れようとする手は、分厚いガラスに隔てられていた。
[厳かな学者] アデル……
[厳かな学者] ……久しぶりだな。
[アデル] ケラー先生、お久しぶりです……
[アデル] 両親がこんなものを残していたなんて知りませんでした……
[ケラー] ウナ火山で起きたあの事故の後、リターニアウィリアム大学の研究室の倉庫で、私がこの服を見つけた。
[ケラー] 本当はこの服も二人の遺品と一緒に君に送るべきだったのだが、私のわがままでね……二人のために何かを残しておきたかったんだ。
[ケラー] もっと早くに君に意見を聞くべきだったな……もし展示されるのが嫌ならば、持ち帰ってもらっても構わない。
[アデル] ケラー先生。先生が、両親の一番の親友であるのは知っています。この服は、長年一緒に仕事をしていた先生たちの共通の思い出でもあります。
[アデル] きっと、この服を展示品としてここに残しておくのも、意味があるでしょう……
[ケラー] 死の旅路は片道通行だ。こうして記念として残し、二人の行いをより多くの人に知ってもらうことが、我々にできる最後のことなのかもしれない。
アデルは傍らに視線を向けたが、年長の学者の真面目な顔からは何の感情も読み取れなかった。自分とは遠く離れたことを語っているかのようだった。
展示窓の隅のパネルには、服の持ち主の生涯が書かれている。この場にふさわしく厳然とした言葉で、これ以上ないほどよく知る物語が語られており、最初に書かれている数字が特に胸に刺さる。
カティア・ナウマン(1051~1095)
マグナ・ナウマン(1053~1095)
頭上の照明は強く、光が肌に熱かった。まるで溶岩の熱が防護服の断熱層を抜けて伝わってきたかのようだった。
ガラスに反射した光が目を刺し、彼女はめまいを感じた。
[ケラー] アデル、大丈夫か?
[アデル] へ……平気です。
[アデル] ケラー先生は事故のあと、どうされていたんですか……もう火山の研究はされてないんですか?
[ケラー] マグナとカティアとは、火山で十数年の時間を共に過ごしてきた。しかし、私には二人のような力はなくてね。今は立ち止まるしかないんだ。
[ケラー] このヴォルケーノミュージアムは、火山研究に対して私ができる最後の貢献だろうな。
[アデル] たしか、先生はシエスタ出身でしたよね。
[ケラー] ああ。去年ヘルマンから、シエスタに戻りこの博物館を建設するようお誘いを受けてね。
[ケラー] 火山とシエスタは切っても切り離せない関係にあるんだよ。火山はシエスタ人にとって、故郷から家を移す原因となった災害であり、過去の思い出でもあるんだ。
[ケラー] 「人々を一つにできるのは、客観的な自然環境だけではない。共通の記憶もまたそうである。」
[アデル] ……大学の共通科目の教科書『地質学と都市国家の歴史』の前書きの一文ですね。
[ケラー] これはチャンスだと思っているんだ。私はこの博物館が、シエスタの記憶を保存するだけでなく、多くの火山学者の研究成果を展示できる場所になればいいと願っているよ。
[ケラー] シエスタ火山の資料を探していた時、二年前に君の書いたレポートを見つけてね――これも何かの縁だろう。
[ケラー] シエスタ火山は現在、噴火が間近に迫っている状態だ。そこで君を招き、今回の観測を共に成し遂げたいと思ったんだ。それと、この博物館の展示についても協力を求めたい。
[ケラー] 博物館の建設当初に、火山の地質に関する資料をたくさん集めたんだが、その資料の整理を手伝ってくれる人手が必要でね。
[アデル] ……お話をいただけてとても光栄です、ケラー先生。
[スワイヤー] 中心部から少し離れただけで、まるで違う場所みたいに様変わりしたわね。
[スワイヤー] これだけたくさんの店舗が閉まっているところを見ると、あんまり景気は良くないようね?
[エニス] その通りっす。移動都市に移ってくる前は、こんなの誰も想像してませんでしたよ。新しく作った温泉とか空中プール目当てで、観光客が来ると思ってたんすけどね。
[エニス] 去年の夏くらいには、ウキウキしながら新しい店を始めた人らもいましたけど、数ヶ月も経たずにどこも閉店しちゃいましたね。
[スワイヤー] やっぱり、観光業に依存した経済構造だと、容易に外部環境の影響を受けるのね。
[スノーズント] ス、スワイヤーさん……! このメーター、間違ってませんか? この数字って、クルビアン金券ですか、それともヴィクトリアンポンドですか……?
[スノーズント] ちょっと……めまいが……
[スワイヤー] ちょっとお兄さん。今くらいの距離、クルビアでも十金券しかかからないわよね。シエスタならもっと安いはずよ。
[スワイヤー] それなのに、もう十二に――十七? 五金券増えた?
[エニス] な、何すか?
[スワイヤー] 報酬は支払うって言ったけど、アンタが小賢しい真似をするつもりなら――
[エニス] 口紅なんか取り出してどうしたんすか?
[エニス] 俺は別に何も――何すかこれ!?
[エニス] ごめんなさい! 一キロごとに半金券高く表示が出るように、こっそりメーターをいじってました!
[スノーズント] え? ……酷すぎます! 半金券あればさっきのお店でクッキーが二袋買えますよ!
[エニス] お姉さんたち、許してくださいよ、こっちは元あった仕事をバックレてまでアンタがたを乗せてるんすよ。ちょっとくらい多めに謝礼をもらったって、構わないでしょ……
スワイヤーはバックミラーに視線を向けると、一台の目立たない黒い車両が、車三、四台離れた位置からついてきているのが見えた。
[スワイヤー] (まだ撒けてなかったの……)
[スワイヤー] 話は分かったわ。報酬は言ってた通りきちんと渡しましょう。その代わり、アタシの言うことをよく聞きなさい。
[スワイヤー] もっとスピードを上げて、後ろのあの車を振り切ってちょうだい。賑やかな方へと走るのよ。
[エニス] お姉さんたち、一体何者なんすか……俺はちょっとあなたたちを運んで小遣い稼ぎをしたいだけなんですよ。変な人に目をつけられたりしないっすよね……
[スワイヤー] はぁ。アタシも知りたいわよ。アタシたちはニューシエスタに旅行に来ただけの、ただ観光客。それなのに着いた途端怪しい奴らに出くわして訳が分からないんだから。アタシたちのお財布でも狙ってるのかしらね。
[スワイヤー] ここじゃ知り合いもいないし、この土地にも詳しくないし、とーっても怖いの……
[スノーズント] (スワイヤーさん、さっきは暴力でこの人を脅してたじゃないですか……)
[エニス] マジっすか。シエスタの観光業はもう十分冷え込んでるってのに、大事な観光客にそんなことする奴がいるなんて!
[エニス] お姉さんたち、俺が保証しますよ! シエスタは純朴で風景が綺麗な居心地のいい観光都市っす! だから、帰った後にシエスタの悪いイメージを広めないでくださいよ!
[スワイヤー] もちろんよ。それじゃあシエスタの善良な市民の方、助けてもらえるかしら。
[エニス] よっしゃ! 正義のためなら、全力でお助けしますよ!
[エニス] 安心してください、この通りは毎日配達で通る道なんでね。クルビアの伝説的レーサーが来たって、俺に追いつけないっすから。
[エニス] しっかりシートベルトしてください、飛ばしますよ!
[シティホール職員] 失礼します、市長。
[シティホール職員] クルビアの代表者から本日もまたメッセージが届きました。近いうちにまた市長とお会いして話し合いたいそうです。
[ヘルマン] 断っておいてくれ。
[シティホール職員] 先方はシエスタは名目上はクルビアの一部であるため、連合議会には都市の最新の動向を知る権利があると言っていますが……
[ヘルマン] 向こうの手に乗る必要はない。都市の移転の際に、クルビアとは明確な合意に達しているからな。
[ヘルマン] シエスタとクルビアの関係はこれまで通りだ。クルビア政府にシエスタの内政に干渉する権限はなく、同様にシエスタの計画を報告する義務もない。
[シティホール職員] はい、そのように返答をいたします。
[ピーターズ] これほどお忙しい市長さんに、コーヒーにお付き合いいただけるなんて、光栄に思わないといけませんね。
[ヘルマン] いえ、私はどれだけ過密なスケジュールであっても、静かに考える時間をとるのを習慣にしていますから。
[ヘルマン] どちらかと言うとピーターズさんの方こそ、最近は息をつく間もないのでは?
[ピーターズ] いやいや、そうでもないんですよ。フェンツ運輸とシエスタの共同プロジェクトの責任者は私の息子、名目上は私ですら彼の決定に口を挟むことはできません。
[ピーターズ] とはいえ、心配ありませんよ。市長さんも彼を普通のビジネスパートナーとして見てもらえば問題ないのでね。
[ヘルマン] もちろんです。
[ピーターズ] それにしても、あれから時が経ちましたね。ヘルマン市長はこの道を選んだことを後悔しておられますか?
[ヘルマン] シエスタの歴史を振り返ると、この都市は多くの国に熱い眼差しを向けられてきました。クルビアも、ヴィクトリアも、各々の版図にシエスタを組み込もうとしてきた事実があります。
[ヘルマン] もしいずれか一方の懐に身を預けることを選んでいれば、シエスタは今よりも遥かに安定した立場で、比較にならないほどの繁栄を享受していたでしょう。しかしそれは、間違いなく今のシエスタではありません。
[ピーターズ] 市長さんは、今のシエスタを誇りに思っていらっしゃるのですね。
[ヘルマン] 見てください、ニューシエスタは以前のシエスタ跡地から百キロの距離にあります。ここに立って東を眺めても、見えるのはあの火山の頂上だけです。
[ヘルマン] もしこの大地全体を描いた地図があれば、百キロなど恐らく指の太さほどの線、あるいはもっと短いかもしれません。大地とはそれほど広い場所です。
[ヘルマン] しかし、我々は大地の各地に散らばる国家や都市を結びつけることができる希望と可能性があります。フェンツ運輸が提示したその未来を私は喜んで信じましょう。
[ピーターズ] しかし、その未来への道のりは決して平坦ではないのも、我々は理解している――シエスタが乗り越えなければならない難関は、今なのかもしれません。
[ピーターズ] これまで、夏になるとシエスタは様々な国から訪れた観光客でごった返し、どこにいてもライブの賑わいが聞こえてきました。
[ヘルマン] ピーターズさんは、「シエスタ」という名の本来の意味をご存知ですか?
[ピーターズ] イベリア語で「昼寝」ですね。
[ピーターズ] 当時のクルビア人は、イベリアと協力して発展を図っていました。その過程はスムーズなものではありませんでしたが、彼らはなんとかここに落ち着いたと聞いています。
[ヘルマン] そうです。イベリアの開拓者たちは遥か南へやってきて、ここに最初の故郷の建設を望んだのです。
[ヘルマン] 当時の労働者たちは、空が明るくなる前から働き、日差しが最も強くなる昼の時間帯に、長めの昼休みを取っていました。
[ヘルマン] 夕方になると、人々は起き出して、潮風を浴びながらコーヒーを味わい、夜を過ごし始める。
[ヘルマン] 私はこう思うのです、このニューシエスタは、今ただ短い眠りについているだけだと。目覚めた時、必ずや最高に美しい夕焼けを迎えることでしょう。
[スノーズント] ス、スワイヤーさん……まだ回り道するんですか……
[スノーズント] このメーターの数字だと、もう新車のトラックが買えちゃいますよ……
[スワイヤー] (まだついてきてるわ。どういうこと?)
[スワイヤー] エニス、もっとスピード上げられないかしら?
[エニス] 今さら……断る理由はないっすよ……
[エニス] 人助けのために……悪党とのカーチェイスを断れる奴なんて、いませんって!
[エニス] 見てろよ――
[スノーズント] うあああ――!
[スノーズント] はっはやあすぎまぁす――
[スノーズント] ――なんのおーとぉですか?
つけてきていた車はすでに消えていたが、ピックアップトラックもまた黒煙を吐き出しながら、急ブレーキで路肩に止まった。
ブレーキを踏み、ハンドルを握ったままのエニスの全身から汗が噴き出していた。スワイヤーは、煙を吐く車が爆発するのではないかと思い、スノーズントを引っ張るとドアを突き破って逃げ出した。
幸いにして、それ以上ひどい事態が発生することはなく、車は何度か恐ろしい鳴き声を発した後に静かになった。
[エニス] 俺の車が――
[エニス] 先月二週間分の給料で修理したばっかの車が――また壊れちまった……
[スワイヤー] お兄さん、アクセルを踏んだくらいで暴走する車なんて、よく運転できてたわね?
[エニス] あいつらを振り切れって言ったのはお姉さんでしょ。俺だって普段はあんなスピードを出しませんて……
[スノーズント] エニスさん、か、顔から血が出てますよ!
[エニス] うぅ……さっきハンドルにぶつけたみたいっすね……
[スノーズント] 待ってくださいね、たしかティッシュが!
通りの両側には、ビーチの風情が漂う店がずらりと並んでいる。かつてのシエスタそのままだ。
カラフルなパラソルも、砂のついたサーフボードも、昔のものを切り取って、丸ごと真新しい移動都市に移してきたかのようだった。
[スワイヤー] ここがアンタの言うシエスタで一番賑やかな場所なの?
[エニス] それより、あの悪党たちは? 振り切ったんすか?
[スワイヤー] とっくに撒いたわよ、正義のヒーローさん。さぁ、座れる場所を探して、アンタの車について話しましょう。
[スワイヤー] あそこにダイニングバーがあるわね……あら、どうして看板がないのかしら?
[バイソン] お久しぶりです、スワイヤーさん。シエスタに到着したと伺ったので迎えの者をやったのですが、いらっしゃらなかったと連絡がきて焦りましたよ。
[スワイヤー] ん……?
[スワイヤー] バイソンさんがそんなに慌ててアタシを迎えるなんて、きっと盛大にもてなしてくれるつもりなのね?
[バイソン] 他人行儀な挨拶はこのあたりにして、スワイヤーさん、少しお時間をいただいてもいいですか?
[バイソン] ご相談があります。
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