aklib_story_登臨意_WB-1_春の訪れ_戦闘前

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登臨意_WB-1_春の訪れ_戦闘前

天災信使が殺害されたことで皆が警戒を強め、「巨獣信者」が玉門の不利益になる計画を画策している恐れがあると太傅が指摘した。皆で対策を話し合っていたその時、ウェイを刺殺せんとする者が現れた。


[玉門守備軍A] すでに玉門入りしましたし、これで安全なはずですよね。

[ユーシャ] 油断は命取りよ。気を引き締めなさい。

[ユーシャ] まずは軍営に戻り、データを欽天監(きんてんかん)に送って、それからズオ将軍に都市外のことを報告するわよ。

[玉門守備軍A] 承知。

[ユーシャ] ハッ、言ったそばから。

[玉門守備軍A] 伏兵だ! リン特使をお守りしながら撤退!

[ユーシャ] 必要ないわ、もう囲まれてるもの。

[玉門守備軍B] 玉門内で官軍に狼藉を働こうとは、何者だ!?

[正体不明の暴徒] ……

[玉門守備軍B] リン特使、危ない!

[正体不明の暴徒] 砂をガラスに変えるか……随分と独特なアーツだな。

[ユーシャ] 外にいた時から、妙だと思っていたのよね。

[ユーシャ] 天災観測データが目的なんでしょう。信使部隊は殺したけど、データが見つからなかったので、仕方なく現場を偽装して盗賊の仕業に見せかけるしかなかったというところ……お粗末ね。

[正体不明の暴徒] まずは女を殺れ。ブツはきっとあいつが持っている。アーツに気を付けろ。

[ユーシャ] 人数頼りの特攻? ハッ……

と、何か大きなものが勢いよく空を切って、リン・ユーシャの前にいた暴徒を吹っ飛ばした。勢いは止まらず、地面の石板を打ち砕いたところで、ようやくその正体が知れる。

それは、何の変哲もないハンマーであった。鉄を叩き石を砕き、どれほど長い間使い込まれたのか、表面はつるりと滑らかで、光沢を放っている。

乱入者がハンマーを拾い上げると、リン・ユーシャの前に立って暴徒達と向き合った。

男は刀匠であった。炉で燃え盛る火に長い間さらされたため赤らんだ顔には、風と砂によって深い彫りが刻まれている。打ち捨てられた軍鼓さながら、荒んで野性的でありながらも目には光があった。

[???] 無礼者が!

[正体不明の暴徒] ……

[ドゥ] モンおじさん、あたしが追うわ!

[モン・ティエイー] ヤオイェ、焦らなくていい。まずは、あちらの戦士たちの様子を確認するんだ。

[ドゥ] ……わかったわ。

[モン・ティエイー] 賊どものやり口は卑劣だ。嬢ちゃん無事かい?

[ユーシャ] ……

[ユーシャ] あの程度では私を傷つけられないわ。

[ドゥ] 何人かは負傷してるけど、命の危険はないわ。気絶してるだけよ。

[ドゥ] 都市内で公然と官軍相手に事を構えようなんて、ほんっと、どこのどいつなのかしらね。

[ドゥ] モンおじさん、どうして追わせてくれなかったの? 一人二人とっ捕まえてゆっくりお話したかったのに。

[モン・ティエイー] まだ敵の素性がわかってねぇんだ。準備もできてねぇのに下手に藪をつつくのは危ない……ヤオイェ、そう突っ走るんじゃねぇ。

[モン・ティエイー] さて。格好を見るに、嬢ちゃんは玉門人じゃねぇな。しかも玉門の守備軍に護衛されてるっつーことは、ただもんでもねぇ。この賊どもはどうしてお前にちょっかいを出そうとしたんだ?

[ユーシャ] 朝廷の仕事なの。答える気はないから聞くだけ無駄よ。

[ドゥ] あんたね……!

[ユーシャ] あなたたちはどこの誰なの? 何故こんな所に?

[モン・ティエイー] 俺は孟鉄衣(モン・ティエイー)、街の南で鋳剣坊をやってる。隣の娘は杜遥夜(ドゥ・ヤオイェ)、尚蜀から来たばかりだ。

[ドゥ] 玉門初の物流会社「行裕物流」の社長よ!

[モン・ティエイー] 俺たちは城門まで人を迎えに行くとこだったんだよ。

[ドゥ] 尚蜀の鏢局から連れてきた二人の兄弟の初仕事なの。しかも天災信使の護衛っていうデカいヤマだから、迎えに来るのは当然よ。

[ドゥ] モンおじさん、そろそろ戻ってくる時間じゃない?

[ユーシャ] 天災信使……

[ユーシャ] それなら、もう行く必要はないと思うわ。

[ウェイ] ……

[ズオ将軍] ウェイ殿、またここの武器のどれかに目をつけたのか?

[ズオ将軍] よろしい、どうせ私はもう使わん。気に召したなら、この天幕内と言わず、武器庫ごと龍門へと運んで行かせようではないか。

[ウェイ] 平祟侯(へいすうこう)、ご冗談を。これらの武器は、たとえ貴兄に必要なくとも、玉門に残しておくべきでしょう。

[ズオ将軍] 記憶が確かであれば、十年前の賭けの際にはウェイ殿に、手に入れたばかりの名剣を持って行かれたな。ああ、五年前も、酒を飲んだ後の隙を突かれ、天師府から頂いた弓を持って帰られたか。

[ウェイ] ではもし本日酒の席で賭けを行うことがあれば、存分に勝っていただいて構いませんよ。遠慮は不要です。

[ズオ将軍] なに、冗談だ。ここ何年にもわたって、龍門は玉門に物資の供給をしてくれている、そのうえ一度として遅れが生じたことはない。この点だけでも、剣の数本は贈ってしかるべきだろう。

[ウェイ] 己の職責を果たしたまでです。

[ズオ将軍] しかしウェイ殿は、龍門総督として多忙の身であろう……今日わざわざ玉門まで視察に来たのも、職責を果たすためとは言うまい?

[ウェイ] 私用というところですね。

[ウェイ] 「ウェイ総督」が数日間留守にする程度で、足元が揺るぐほど龍門はやわじゃないのでね。ウェイ・イェンウがこの機に旧友を訪ねてみるのも、一興でしょう。

[ウェイ] 宗師が離任する日も間近に迫っていることですし、ちょうど見送りもできる。

[ズオ将軍] ああ。宗師離任の件は、実に厄介だ。

[ズオ将軍] 宗師の持つあの剣は、適切に処理せねばならん。

[チョンユエ] なんだ。それなりに語り合っても、結局その面倒な話題は私の背にのせられるのか。

[ウェイ] 宗師、リィン殿、お久しぶりです。

[チョンユエ] 確かに久しいな。

[リィン] やあ!

[リィン] 我が故友が一堂に会しているじゃないか。まさに、心ゆくまで杯酌を廻すに相応しい日だ。ズオ将軍、お酒の用意はあるのかな?

[ズオ将軍] リィン殿が玉門で残した功績を考えれば、今すぐ数杯と言わず十でも干してしかるべきところだ。

[ズオ将軍] しかし今日に限って言えば、酌み交すのはまだ早い。

[ズオ将軍] 宗師はすでに、比武台で一位の者に剣を渡すと決心されたと聞いているが?

[チョンユエ] 武術は嚆矢(こうし)にすぎない。剣を託すに値するかどうかは、その他の考量をする。

[チョンユエ] ズオ将軍ならとうに知っていることと思っていたが。

[ズオ将軍] 前回宗師が言及した時は、今日と情勢が異なっていたからな。

[チョンユエ] もとより、私がこの剣を託す相手は、いつ何時も変わらず「それに相応しい人間」だ。「相応しい情勢」ではない。

[ズオ将軍] つまり宗師は、これだけ長い間、軍に朝廷、そして市井を眺めてもなお、適した者は一人もいなかったと言いたいのか?

[チョンユエ] ……

[???] 大層賑やかだな。

[ズオ将軍] 太傅。お出迎えもできず、誠に申し訳ない。

[ウェイ] 前回お会いしてから随分と間を開けましたが、太傅はお変わりないようだ。

[太傅] 諸君は炎国のため、辺境を守備する功労のある重臣よ。それが天幕に打ち揃っているのは、わしも目が覚める思いだ。

[太傅] ただ今日は喫緊の課題がある、あまり歓談している時間はない。

[太傅] 皆揃っているな。ズオ将軍、周りの者を下がらせよ。

[太傅] 来る途中に、都市外から戻る巡防営の斥候にちょうど出会った。彼から状況を説明してもらおう。

[巡防営守備軍] 二刻前、城壁の上の守備軍が遠くの救援信号を発見しました。

[巡防営守備軍] 我々が急ぎ現場に駆けつけると……三日前に玉門から派遣された天災信使の部隊が、殺されていたのです。

[ズオ将軍] ……!

[モン・ティエイー] ヤオイェ、それはお前がデザインした鏢旗だろう。なんで片付けているんだ?

[ドゥ] ……

[モン・ティエイー] 尻を捲って尚蜀の家へ帰りたくなったか? 大斉(ダーチー)と小斉(シャオチー)にこの仕事をさせるべきじゃなかったって後悔してるのか?

[ドゥ] あたしが後悔してるのは、二人と一緒に行かなかったことよ。

[モン・ティエイー] お前もさっきのあの女役人から聞いただろ。十人の部隊は一人として生きて帰ってこなかった。あのお役人たちも救援信号を受けて駆けつけたが、街に戻った時に襲撃に遭ったってな。

[モン・ティエイー] 相手は盗賊みたいに簡単な連中じゃないんだぞ。お前一人増えたところで、何が変わるっつーんだ?

[ドゥ] ……モンおじさん、こういったことを何度も経験したよね?

[モン・ティエイー] お前はどう思う?

[ドゥ] ……

[モン・ティエイー] 行裕鏢局は、十数年前に何回か玉門で仕事していてな、お前の親父ともそん時知り合ったんだ。ここ数年は大したやり取りはねぇが、それでも俺たちの仲は浅くねぇ。

[ドゥ] 父さんもよくモンおじさんの話をしてるわ。

[モン・ティエイー] お前ってやつは半月前、突然俺の鋳剣坊へやってきて、自分の物流会社を作りたいとか言うんだもんな。

[モン・ティエイー] 十数年しか経っちゃいないのに、何もかもが変わっちまった。若いもんが独り立ちしようってのも、当然か。

[モン・ティエイー] それにお前は方向感覚に優れていて、鏢局の仕事や野外での生存に関する知識も、江湖の連中に劣らねぇときた。さすがは問霜客(もんそうかく)の娘だと言うべきか。

[モン・ティエイー] だからこそお前を迎え入れたんだ。現代の物流についてはよくわからないが、玉門にこれだけ長くいるんだ。お前のために、チャンスを探してやることはできると思ってた。

[モン・ティエイー] だがこうしてみると、俺はむしろお前の仲間に悪いことをしたみたいだな……

[ドゥ] ダーチーとシャオチーを玉門に連れてきたのはあたしだし、彼らに天災信使の護衛をさせたのもあたしよ。

[ドゥ] 責任はあたしにある。逃げはしないわ。

[モン・ティエイー] その覚悟があるなら、心配はいらねぇな。

[モン・ティエイー] 鏢局にしろ、物流にしろ、根っこは同じだ。誰かの命のために、自分の命を懸けて仕事をこなす。もしこの業界で名を上げてぇなら、肩にのしかかる重さを承知しなきゃな。

[モン・ティエイー] ヤオイェ、将来この道を歩まなくなったとしても、今この瞬間の気持ちは、永遠に忘れるなよ。

[ドゥ] ……ええ。もちろん忘れたりしない。

[ドゥ] でも今回の犯人は、絶対に許さないわ!

[リー] 今日も忙しくしてたろ、早く休みなさいって。

[リー] お前さんのために、料理を何皿かを取って置いた。店の人に温めてもらってるよ。

[リー] この客桟の料理人は並々ならぬ腕だぞ。このおれが、技を盗みたいぐらいだ。

[ワイフー] お腹が空いていないので……食べられません。

[リー] 碌でもない父親は探さにゃならんが、飯の方もきちっと食わなきゃ力が出るもんも出ないぜ。会ったとき、どうやってあいつをぶん殴るつもりだ?

[ワイフー] (黙って箸を持ち上げる)

[リー] その手、どうした。

[ワイフー] 今日の戦いでちょっと……かすり傷なので大丈夫です! 玉門の比武台は朝から晩まで開放されていますし、壇上に上がってくる達人は本当に多いですね。でも最後は私の勝ちですよ!

[リー] なるほどな。道理でここの客桟はたくさんの薬を常備してるわけだ……ちーと待ってな、取ってくるよ。

[リー] ほら、手ぇ出して。

[ワイフー] うん。

[リー] こんな時だけだなぁ。お前さんもやっぱりワイ・テンペイの娘だってのを、思い出すのは。

[ワイフー] 私はあの人とは違います!

[ワイフー] 大の大人なのに、やるべきことをあっさり投げ出して勝手にどこか行くなんて、無責任にもほどがあります。

[ワイフー] 私が一人でうまく暮らしていけたとしても、あの人が家を出た時、私はまだ成人していなかったんですよ。あんなの違法です、違法!

[リー] ごもっともだね。だからあいつを見つけたら、そのまま近衛局に突き出してやらないといけないなぁ。

[ワイフー] ……

[ワイフー] リーおじさん、あの人は本当に玉門にいるんでしょうか?

[リー] 一年前に玉門であいつのことを見た人がいるらしい。これはリャンおじさんからの情報だ。おれもあいつを信じるしかない。

[ワイフー] 玉門にいるのなら、都市の入り口付近に掲示されている番付で、私の名前を見ているはず。そもそも、いなくなってから何年ですか。この間、龍門を通るついでに、私に一目会うことはできたはず……

[ワイフー] 私に会う気はないのでしょうか。それともわざと私を避けているのでしょうか?

[リー] 父親が自分のガキにどんな気持ちを抱いているか、おれにゃ答えられないね。

[リー] だけど血は水よりも濃い。それは、何があっても変わらないさ。

[リー] おれはね、お前さんたち親子はいつか絶対に再会すると思ってる。そこはいいんだ。問題は、会った後にそれぞれが求める答えを得られるかどうかだよ。

[ワイフー] 実は……あの人に会う準備ができているかどうか、未だに自分でもわからないんです。

[リー] じゃあ、もし今ここを出て、店の前の大通りであいつとばったり出くわしたらどうする? そいつを考えたらいいんじゃないか。

[ワイフー] ……

[ワイフー] あごを、思いっきり蹴飛ばします。

[巡防営守備軍] 状況は以上です。天災データはすでに欽天監(きんてんかん)の観測台に送られ、測定結果に基づき航路調整の新しいプランが出されています。

[巡防営守備軍] 負傷した兵士たちも全員治療に送られています。事件のその後のいきさつについては、リン特使が調査中です。

[ウェイ] うむ……

[ズオ将軍] よくわかった。下がってよい。

[ズオ将軍] 天災が迫っている肝心な時に、玉門でこのようなことが起きてしまうとは、私の失態です。

[太傅] 反省ならば不要だ。

[太傅] 重要なのは都市内で悪事を働く者たちの正体だな。平祟侯に思い当たるふしは?

[ズオ将軍] ……「山海衆」。

[ズオ将軍] 本来なら、奴らは二十年前に一網打尽にされるべきでした。

[太傅] 千年前の巨獣狩りは、巨獣が炎国の領土でほしいままにする時代を終わらせた。しかし、人々の心に宿る巨物に対する信仰を終わらせることはできなかった。

[太傅] 巨獣の強大な力を崇拝し、神のように敬い奉る者たちは常に存在している。そうした者が巨獣信者の名でもって徒党を組み、巨獣の痕跡を探しているのだ。

[太傅] 司歳台は、この違法組織の動向をずっと追っている。例の罪人が動乱を引き起こした後、この逆賊どもは何かしらの感化を受けたかのように、頻繁に動きを見せている。

[太傅] この者たちは「山海衆」を名乗り「山海八荒、尽く其の主に帰す」と謳っている。

[太傅] 馬鹿げた理想だが、確かに多くの信者を引き寄せている。山海衆の内部構成は複雑だ。巨獣の名を利用し、反乱を企てるほどにな。

[チョンユエ] この数千年の宿怨、我らよりも忘れられぬ者がいたとはな。

[ズオ将軍] あれから二十年が経ちました。奴らが玉門に手を出すのはこれで二度目です。

[太傅] 玉門は元より炎国が巨獣に勝利したことを象徴する存在だ。悪党たちは、常に玉門に害をなす動機を持つ。

[ズオ将軍] 玉門は今、遠出の旅を控えている状況です。山海衆がこうもはっきりと天災の情報を狙っているなら、恐らく奴らはすでに此度の玉門の終点を知っているでしょうな。

[太傅] 即刻、この件を調査せよ。玉門の安全を確保するのだ。失敗は許されん。

[ズオ将軍] ……

[ズオ将軍] 二十年前、奴らを事を成せませんでした。此度は連中に万に一つの可能性もありません。

[太傅] さて、今日皆を集めたのは、宗師の持つ剣をいかに扱うかを共に話し合うためであったな。

[太傅] 尚蜀での一件から、あの罪人がすでに他の代理人に接触しているのは確定事項と言える。

[太傅] 宗師の剣には、歳獣本体の十二分の一の意識が封印されている。

[ズオ将軍] だからこそ、剣の持ち主は軽々に決められないのではないですか?

[チョンユエ] ……

[太傅] 目下、他の百八十の黒石の行方は不明であり、彼の次の一手が盤上のどこに打たれるかは誰にも予測できぬ。

[太傅] 紛乱する世事を碁になぞらえたところで、読みの点であやつに勝ると自信を持って言える者はおらぬ。

[太傅] 司歳台はあの罪人に近すぎる。仮に司歳台に剣を保管させれば、裏目に出る恐れがある。

[太傅] このような相手と対面した時は、無理手がむしろ妙手になることがある。都合の良い部外者を見つけ、宗師の剣を持たせるのも、あるいは一つの方法やもしれない。

[チョンユエ] うちの弟が、大変な迷惑をかけているようだな。

[ズオ将軍] ……太傅と宗師がそのおつもりなら、ひとまず私に異論はございません。

[太傅] 宗師。

[チョンユエ] 何か?

[太傅] 平祟侯を助け、玉門の山海衆を平定してほしい。これは司歳台からお主への最後の依頼だ。

[太傅] 剣を託せる人物を見つけた後は、お主が炎国の領土内を自由に行動することを許し、朝廷は今後干渉せぬ。

[太傅] たとえ玉門の民がお主の身分や名を知らずとも、百年後にお主もわしも地上から消えていても、司歳台の蔵書閣にある文献は、お主が炎国のために成した一切をしかと記憶する。

[チョンユエ] 長い夢が覚めようとしているんだ。そのようなことを今更気にはしない。

[チョンユエ] しかし嘆くべきか。この玉門を最後まで見届けることは、やはりできなかったな。

[リィン] うーん……?

[太傅] リィン殿には考えがあるようだな?

[リィン] 匂いがしない? 花の香り……

[リィン] これは、桃の花かな?

[ズオ将軍] 桃の花……?

寒々しい戦地だ。平祟侯の中庭に、桃の花などあるはずがない。

この時節の玉門にて、桃の花が咲いているはずもない。

だがその場にいる全員が、確かに桃の香を嗅ぎ取った。立ち込める香気が、月光さながらに窓格子をするりと通り抜ける。同時に、朱砂のごとく赤い花弁が広間を舞い、ゆっくりと地に落ちた。

[ウェイ] これは珍妙な……

[ウェイ] ――

[チョンユエ] 危ない!

――鋭利な刃が、何もないところから現れたように見えた。

真っすぐに狙った切っ先は、ウェイの喉元から一寸足らずでぴたりと止められる。背筋を凍らせる寒気が急速に肌を粟立てるが、花の香りは却って心に沁みた。

[冷淡な女性] ……

[冷淡な女性] 素手で私の剣を受け止めるか。存分に誇れ。

[チョンユエ] これほどの武術を修めていながら、なぜ奇襲による暗殺などと卑劣な真似をする?

[冷淡な女性] では問うが、貴様はかように強大な力を持ちながら、なぜ脆弱な器に乗り換えたのか。

[チョンユエ] 私を知っているのか……?

[冷淡な女性] ……

[チョンユエ] リィン。

[リィン] ん、任せて。

[チョンユエ] 太傅、ズオ将軍、二人とも無事か?

[太傅] 問題ない。

[ズオ将軍] ウェイ殿と宗師が、二人がかりで放った攻撃を避ける者がこの大地にいようとはな。

[ウェイ] 宗師、助太刀いただいてありがとうございます。

[チョンユエ] あの身のこなしは、恐らく純粋な武術によるものではないだろう。

[太傅] 宗師、守備軍がまもなく到着する。刺客の捕縛を優先せよ。

[チョンユエ] 皆、気をつけてくれ。

[リィン] 随分と雅やかじゃないか。中庭に一面の花びらを落としてそのまま去るつもりかな?

[リィン] どうせ宴席に割って入るつもりなら、もう少し長居したらどう?

[冷淡な女性] 何を以て我が道を阻むのか。

[冷淡な女性] 夢?

[リィン] へぇ、これが夢だと認識できるの?

[冷淡な女性] 自らを十二に分けてなお、かような能力を有すか。

[リィン] 私だけでなく、「アレ」のことも知っているんだね。

[冷淡な女性] 我が見えたいのは彼れだ……お前は彼れではない。

[リィン] 私は自然(じねん)私さ。何故、会いたいの?

[冷淡な女性] 夢中で在ろうが、お前に時を浪費するつもりはない。

[冷淡な女性] 黄粱(こうりょう)の夢如きに、我が歩みは阻めぬ。

[リィン] フッ。どうやら貴公も永く夢に遊んでいたようだ。

[リィン] 夢から覚め、悲喜交々ある塵界へと舞い戻ったのであれば、衝突も否めないだろうね。

[ウェイ] この場で私の命を取るつもりであるなら、その前に洗いざらい理由を話していってはいかがかな。

[冷淡な女性] お前の命を摘み取るのに、理由が必要か?

[ウェイ] 訳がないのであれば、手段でもいい。

[ウェイ] 今一度、手合せを願おう。

[冷淡な女性] お前では、格が足りん。

そう軽く言い切った女が、一歩退いた。

剣気が疾風のごとく草の上を走ったが、一寸ばかり届かなかった。鋭利な切っ先は勢いを失って静止し、草も折れることなく静かに揺れている。

[リン] 城壁の上は風が強いでな、砂が目に入らぬよう気を付けるがいい。

[冷淡な女性] お前たち。登場する際には、必ず決め台詞を言わねばならぬ規則でもあるのか?

[チョンユエ] そこまでだ。

[チョンユエ] もはや逃げ道はない。おとなしく縄につけ。

[冷淡な女性] 頭数ばかりは多いな。

女が長刀をゆっくり持ち上げると、刀身が月の如く光る。月はもとより夜の帳を裂く牙。春の気配が滾々とその裂け目から溢れ出す。

世闇に浮かぶ三月の桃林は艶やかの一言だ。女の跡は消え、馥郁たる花の香だけが次第に濃くなる。

[冷淡な女性] だがこの場を去る我を、誰が止められる?

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