aklib_story_翠玉の夢_DV-8_繋がれた心_戦闘前

ページ名:aklib_story_翠玉の夢_DV-8_繋がれた心_戦闘前

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翠玉の夢_DV-8_繋がれた心_戦闘前

フィリオプシスが送った情報を使い、ドクターは統括に実験への介入を決めさせた。一方基地内では、暴走した幾何学体を止めるべく、ドロシーが「伝達物質」を自らに注射したのだった。


[クリステン] ……あの人たち、出資してくれるそうよ。

[サリア] お前のプレゼンは大したものだったからな。お前の描く未来に心を打たれたんだろう。

[クリステン] ……当然の結果でしょ。

[クリステン] あの人たちにもわかる言葉で、興味を持ちそうな副産物について言い添えてあげたんだもの。

[クリステン] それにしても、たった一晩のプレゼンのほうが、ラボに十日間閉じこもるよりも疲れるわ。

[サリア] 今は我慢の時だ。

[サリア] 資金の問題さえ解決すれば、いつでもラボへ戻れるようになる。

[クリステン] それを思えばこそ、こんな我慢もできるってものね。

[サリア] そういえば、フェルディナンド・クルーニーという学者も、お前の提案に興味があると言ってきた。

[サリア] いわく、「ライン生命の一員として、テラ全土で最も優れた研究室を建てたい」そうだ。

[クリステン] だったら歓迎するわ。

[サリア] ……彼の経歴を調べてみたが……

[サリア] 学者というより、ビジネスマンに近い。お前の理解者にはなり得ないだろう。

[クリステン] 別にいいわよ。

[クリステン] ほかの人の理解なんて必要ないもの。……私には、自分と同じ志を持つあなたに出会えたこと自体、予想を超えたことだったしね。

[クリステン] 今のライン生命には、有能な人材も、プロジェクトも、もっとたくさん必要なの。私たちの理想を実現するために、まずは積み重ねを作らないと。

[サリア] ……好きにしろ。統括はお前だ。

[サリア] だが、フェルディナンドのやり方には適切と言い難いものがある。彼の既存のプロジェクトには、ほかの大企業や政府との裏取引も含まれているからな。

[サリア] 今後協力体制を築くに当たり、ルールについては一度よく話し合うべきだ。

[クリステン] 私の代わりに、あなたが上手くやってくれるでしょう?

[サリア] 警備課の主任として、私が負うべき義務だからな。

[サリア] だが、この件はともすれば……お前にも、ライン生命にも、大きなリスクをもたらしかねない。

[クリステン] ――待って。

[クリステン] 新しいアイデアが浮かんできたわ。これなら今までの理論の欠陥を解決できるかも――ところで、今何を言おうとしてたの?

[サリア] ……何でもない。

[クリステン] ……ありがとう、サリア。

[クリステン] あなたがそばにいてくれるお陰で、安心して仕事に打ち込めるわ。

[サリア] ……お前には、誰の助けも必要ないだろうな。

[クリステン] それでも、戻ってきてくれたのよね。

[サリア] ……

[クリステン] またそんな顔をして……怒っているんでしょう。

[クリステン] 外で過ごしたこの数年が、あなたをますます感情的にさせたのね。

[クリステン] もっと多くの事実を目の当たりにすれば、私の決めたことを理解してくれると思っていたのだけど。

[サリア] ――答えろ。

[サリア] 359号基地の実験はお前の指示によるものか?

[クリステン] いいえ。

[クリステン] 言っておくけれど、あなたには絶対嘘なんてつかない。

[クリステン] そのくらいわかっているでしょう?

[サリア] ……だが、お前がその基地で起きていることを気にもしていないのは事実だ。

[サリア] お前はフェルディナンドを野放しにしていた。

[サリア] あの時、パルヴィスの実験を放っておいたのと同じようにな。

[クリステン] ……? それっていつの話?

[サリア] 覚えていないのか……

[サリア] ……自分の研究とは無関係の「些細なこと」は少しも頭に残らないと見える。

[クリステン] 脳の容量には限界があるもの。私からすれば、ほかのもっと価値ある仕事に使うべきだわ。

[クリステン] フェルディナンドの小細工のお陰で、私は考えごとに集中できる自由な時間を手に入れたの。

[クリステン] ここ数日で、実験に大きな進歩があったくらいよ。どう、聞きたくはない?

[サリア] お前……

[クリステン] 興味がないわけじゃないでしょう。

[クリステン] ただ単に……あのどうでもいい人や物事を気にかけているだけで。

[サリア] ……どうでもいいわけがないだろう。

[サリア] 人々や物事の持つ重みというのは、不変のものだ。

[サリア] 私とお前、そしてライン生命そのものが、この大地に根ざすものである以上、な。

[ミュルジス] ごめんね、Dr.{@nickname}。

[ドクター選択肢1] どうして急に謝るんだ?

[ドクター選択肢2] まさかまた気が変わったとか?

[ミュルジス] 安心して。仲間同士には変わりないから。

[ミュルジス] 今のところは、あなたに何かする気はないわ。

[ミュルジス] でも、なんて言うか……

[ミュルジス] クリステンがサリアに味方してくれるとは限らないと思うの。

[ドクター選択肢1] 昔は親友だったと聞いているが。

[ドクター選択肢2] 二人の仲はすでに決裂しているそうだな。

[ミュルジス] ライン生命創立当初のことなんて、あなたは知らないでしょうけど……

[ミュルジス] 誰もがクリステンの持つ光に目を奪われていた一方で、実際にこの高層ビルを黙って支え続けていたのはサリアのほうなのよね。

[ミュルジス] 統括のオフィスでケンカして、ビルの天井に穴まで開けちゃうのは決裂って表現の内に入るかしら?

[ミュルジス] とはいえ、そうなった時もサリアは自分の足でオフィスを出て行ったし、その後ろにいたクリステンにも傷の一つもなかったのよね。

[ミュルジス] あの二人が本気でやり合ったら……そのくらいで済むはずないと思わない?

[ミュルジス] ただ……クリステンはフェルディナンドの実験なんて気にも留めてないの。

[ミュルジス] あたしは彼女の安否確認をするために、あなたたちをここへ連れてきたんだけど……クリステンが既知の問題に介入するかどうかまでは確信が持てないわ。

[ドクター選択肢1] であれば、フィリオプシスが見た基地の真相は重要だ。

[ドクター選択肢1] ライト氏にそう伝えてほしい。

[ドクター選択肢2] 我々がすべてを「見た」ことを知らせるべきだろう。

[ミュルジス] その口ぶり……基地で起きたことを伝えたい、ってだけじゃないわけね。

[ミュルジス] 大事なのは……ロドスがこの情報を握ってるという事実。

[ドクター選択肢1] この情報を欲しがる人間は多くいる。例を挙げよう。

[ドクター選択肢1] ビーチブレラ社を始めとする競合他社。

[ドクター選択肢2] 酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局。

[ドクター選択肢3] マイレンダー基金。

[ドクター選択肢1] 情報は交渉の切り札になる。

[ドクター選択肢2] 身を護るには、情報を掌握するのが一番だ。

[ドクター選択肢1] ライト氏にライン生命を守るつもりがあるならば――

[ドクター選択肢1] 基地の問題に介入するしかない。

[ミュルジス] この短い間に、クリステンを動かす方法を考えてたなんて……

[ミュルジス] あなた、彼女にマークされちゃうんじゃない?

[ドクター選択肢1] より良い協力関係のためにも、互いを知るべきだ。

[ドクター選択肢2] それは光栄な話だな。

[ミュルジス] へえ、すっごい自信……っていうより、基地にいるオペレーターたちを心から信じてるのね。

[ミュルジス] いいことだと思うわ。

[ドクター選択肢1] 最後に一つ聞かせてくれ、ミュルジス主任。

[ドクター選択肢1] 君は本当に、実験のことなど気にしているのか?

[ドクター選択肢2] 何をそんなに気にしているんだ?

[ミュルジス] ……結局、あたしもライン生命の生態課を受け持つ主任だから……そういう率直な質問はあんまりされたことないのよね。

[ミュルジス] んー……なんて言ったらいいのかしら……

[ミュルジス] ほら、秘密のある人って魅力的でしょ?

[Mechanist] ……ドクターか?

[Mechanist] フィリオプシスからの同期ならまだ来ていないぞ。

[Mechanist] 悪いな。今は細かく報告している暇がない。

[Mechanist] 少なく見積もっても、あと十……いや、恐らく十一体は、あのタフな人形を片付ける必要があるんでな。

[Mechanist] ついでに、もう一点――

[Mechanist] ホルハイヤが逃げた。

[Mechanist] 基地に向かった可能性もある。……奴は独自の目的を持っているようだからな。

[Mechanist] ああ。我々の判断は一致しているだろう。

[Mechanist] 彼女は危険だ。想定していた以上にな。

[Mechanist] やれやれ。……ん、私の状況か?

[Mechanist] ロボットアームが少々熱を持っているくらいのものだ。

[Mechanist] 本当の緊急事態というほどではない。怪我なく終えるさ。

[フェルディナンド] エレナ、君にはここに残ってもらう。

[フェルディナンド] 君は実験のために力を尽くしてきてくれた。その功績を尊重し、私と共にアレがもたらす輝きを見届ける資格を認めよう。

[エレナ] あなたは、基地のすべてを……培養皿同然に思ってる。アレを生み出すためだけに、たくさんの開拓者たちを危険にさらして……

[エレナ] あんなものに、災い以外の何をもたらせるっていうの!?

[フェルディナンド] 私には見えている……

数キロ先にある銀色の巨体は、基地上空に居座っている。

それは嵐を巻き起こしているかに見えたが、その周囲は強風のみならず、無数の細かい瓦礫にも取り巻かれている。

そうした残骸は、木だった物も、建物や機械だった物も、一様に似たような形へと分解され、巨大な幾何学体の周りに浮き上がっていた。

こんなものがほかのクルビア都市郊外にも――あるいは、ロンディニウムやカヴァレリエルキの中心部にも、突如出現するかもしれない、という可能性がそこに提示されたのだ。

それは人々のアーツに対する想像を、既存の物理法則を、変化していく状況までもを覆してしまえるものだった。

[フェルディナンド] ……この先もたらされる時代が、見えているんだ。

[フェルディナンド] 新しい時代が到来すれば、チャンスと無限の可能性、そして新旧の勢力交代もまた訪れることになる。

[フェルディナンド] つまるところ、この冒険は私個人のためのものではないんだ。

[フェルディナンド] 極論、その新たな時代を迎えるのは、クルビアでなくとも、ライン生命でなくとも構わない。

[フェルディナンド] そうなれば、富も人脈も我々の元を去るだろうがね。

[フェルディナンド] 仮にそんな未来が来たら、我々が建てた鋼鉄の都市は他国の巨大な手によって引き裂かれ、ガリアの首都リンゴネスの如く、新世代の支配者たちの養分となることだろう。

[フェルディナンド] 自慢のラボは解体され、残されたものはスクラップとして古物市場で売り飛ばされて、ライン生命の看板は誰も知らない地下倉庫で静かに錆びていくだろう。

[フェルディナンド] そうなってしまえば、もはや我々には何かを推し進めることも、変えることもできなくなる。あらゆる理想は打ち砕かれ、他人の背中を眺めながら残りの無意味な人生を生きていくしかなくなるんだ。

[フェルディナンド] 時代が誰かを置き去りにする時――それは過去の栄光など気にしないし、将来の可能性を盲目に信じることもない。

[フェルディナンド] つまるところ、我々には今しかないんだ。

[フィリオプシス] 信号をスキャンしています……

[フィリオプシス] 接続に失敗しました。

[サイレンス] ……通信はまだ復旧してない。

[グレイ] 先生、僕たち囲まれちゃってますよ。

[グレイ] この居住区も、長くは持ちません。ほかのエリアと同じように更地になってもおかしくないと思います。

[サイレンス] ……アレは、メインコアにアクセスしている被験者の潜在意識で制御されているわけだから――

[サイレンス] 開拓者たちがつけていたバングルを外せば……

[フィリオプシス] そのご提案は否定します。

[フィリオプシス] この状態でバングルを取り外す行為には、九号デバイスを取り除くことと同等のリスクが伴います。

[サイレンス] だったら、外部から神経活動を妨害するのは――

[サイレンス] ダメだ、危険すぎる。被験者たちの脳が損傷を受ける可能性があるし……

[サイレンス] アレのことを抜きにしても……彼らを起こす方法がわからない。接続されてしまった人たちは、永久に眠り続けることになってもおかしくない……

[ドロシー] 私が……私とフェルディナンドが、みんなを危険にさらしてしまったのね……

[ドロシー] 何とかして助けないと……

[グレイ] っ! あと30秒ほどで攻撃が――

[グレイ] ――いえ、頻度が上がっているので、もっと早く来ます!

[ドロシー] ッ……

[サイレンス] このままじゃ、皆……

[ドロシー] ……いいえ。

[ドロシー] 私なら……私になら、止められるわ。

細かい砂が宙を舞い、流砂を積み上げ要塞を作るかのようにして、バラックを丸ごと包み込んだ。

無数の気配が周囲を這いずり回っている。奴らは要塞に興味を引かれているようだが、一見脆そうなそれをどうして打ち破れないのかまでは理解できないようだった。

[サイレンス] これじゃ止めたとは言えない……

[サイレンス] アーツを使って侵蝕を打ち消し続けている以上――

[サイレンス] そのうち、アーツユニットがもたなくなる。

[ドロシー] だけどそれは……そんなにすぐのことじゃないわ。

[サイレンス] ……あなた、自分に何をしたの?

[ドロシー] ただの……初期実験よ。

[サイレンス] もしかして、あなたも……

[ドロシー] ええ……アーツユニットを埋め込んでたの。

[ドロシー] 誰かをラボに呼ぶ前に……安全性を確かめるのは当然だから。

[サイレンス] っ、向こうは攻撃方法を変えてきた……!

[ドロシー] アレは私たちの一部だから、好奇心旺盛で、学習も早いの……

まるで銀色の暴風雨の如く、何かがぶつかってくる音が絶え間なく聞こえてくる。

砂の壁に裂け目ができるたび、すぐさま細かい砂粒がそれを埋めていく。

[サイレンス] 何とかしてこの場を打開しないと……

[グレイ] 先生、僕に任せてください。

[グレイ] 外へ出て、アーツで気を逸らしてみます。

[サイレンス] ダメ、そんなの危険すぎる!

[グレイ] ――さっき、サニーさんと話していた時も似たようなことを言ったんですが……僕には、何年も一緒に歩んできた言葉があるんです。

[グレイ] 「まだ踏み出してもいないのに、その一歩で活路が開けるわけがないなんて決めつけるな。」

[グレイ] ふぅ……

[グレイ] 正直……上手くいくかはわからないな。

[グレイ] 失敗するかも、って思っちゃうけど……

[グレイ] でも、成功しないと決まったわけでもないよね?

[グレイ] 先輩たちが言ってたよね。自分を疑っちゃう時は……上手くできた時のことを思い出せ、って!

彼は深呼吸すると顔を上げ、目の前に広がる暗闇を見た。

銀色の幾何学体は目に似た形の何かを持っていたが、彼には自分と目を合わせているものの正体がわかっていた。

それは新たな知的生命体でも、謎に満ちた化け物でもない。

単なる技術の結晶だ。それを用いることも、分析することもできるような――

間違いなく、打ち倒すことのできるもの。

[グレイ] 君のことは……少しも怖くないよ。

[グレイ] 僕たちは未知を恐れる生き物だけど……

[グレイ] 君はアーツで作られた物だし、開拓隊の人たちの心の中から生まれた副産物でしかないからね。

[グレイ] 人間は夜の闇さえ乗り越えてきたんだから……今更、自分の作った物に負けるはずなんてない。

彼の手元から光が飛び出し、頭上の影へと向かっていく。

銀色の液体の大部分はバラックを離れ、闇夜に絡みつくようにしてその光を目指し、狂ったように噛みついた。

光が一瞬で引きちぎられ、そのわずかな残滓までが深い闇へと飲み込まれる。

けれど、それより多くの光が何度でも立ち上っていく。

[ドロシー] ……グレイは勇敢ね。

[ドロシー] 彼には、サニーや開拓隊の人たちと同じように、困難に立ち向かう勇気があるんだわ。

[サイレンス] でも、アレの攻撃は激しくなってる……

[サイレンス] 光は注意を逸らしてくれるけど、アレはまだ私たちを狙い続けてるんだ。

[ドロシー] ……ごほっ、ごほっ……

[サイレンス] ……鼻血が出てるよ。

[サイレンス] 感染した臓器がなくても、このレベルのエネルギー放出には血管が耐え切れない……このまま続けたら、あなたはそのうち内出血で死ぬことになる。

[ドロシー] 私は……みんなを守るためなら……

[サイレンス] 「喜んで命を捧げる」……

[サイレンス] そんなふうに言ってたのは、開拓者たちの心を動かすための演技なんかじゃないんでしょう。

[サイレンス] あなたは……本気でそう言ってるんだ。

[ドロシー] あなただって、家族を守るためなら同じことをするでしょう?

[サイレンス] ……

[ドロシー] 私はもう、一度失ってしまったから。

[ドロシー] 二度と……二度と失いたくないだけよ。

[サイレンス] ……それって、あなたのお母さんのことだよね。

[ドロシー] ……これまで何年も、繰り返し同じことを考えてきたの。

[ドロシー] 砂嵐に飲まれてしまう前、みんなはどういう気持ちでいたのか……

[ドロシー] この開拓者の人たちみたいに、狭い空間に閉じ込められて、絶望の中で死を待っていたんじゃないか……って。

あの時招待を断っていれば、最期までお母さんといられたのか……

私と一緒に都市へ行く権利さえあれば、お母さんがあの嵐に巻き込まれることもなかったのか……

私の研究は多くの難題を解決してきたけれど、結局――

なぜ私だけが助かったのか、その答えは未だに見つからない。

[ドロシー] サイレンスさん……

[ドロシー] アレが本当に、被験者たちの意識の集合体だというのなら……

[ドロシー] 私は、家族同然にアレを愛しているというのに――

[ドロシー] なぜ私には、アレが語り掛けてくる声が聞こえないのかしら?

砂の壁に深い亀裂が入った。

ドロシーはその場に倒れ込みそうになったが、それを受け止める両手がある。

[サイレンス] ……どんなに努力を重ねても、あなたのお母さんを救うことはできない。

[サイレンス] 過去に起きた嵐は……もう過ぎ去ったことだから。

[ドロシー] そう……なのかしら?

壁にできた亀裂を、ドローンがその機体で埋めていく。

砂粒はさらに強い生命力を得たようにして即座に壁を再構築した。

[サイレンス] あなたは、家族の声が聞きたいんでしょう?

[サイレンス] だったら、あの被験者たちと話してみるべきだ。

[サイレンス] この嵐が過ぎれば、彼らが答えを教えてくれるから。

[グレイ] っ……

彼の手は熱を増していた。機械は出力制限を超えた力で稼働し続けており、もう限界に達していることを彼は知っていた。

けれど、それでも諦めることなどできない。

仮にここで倒れてしまえば、その背後にある建物までもが永遠の闇に包まれるのだ。

彼は持ちこたえなければならなかった。何年も前のあの夜のように……寒さで手がかじかみ、疲れで足が痛もうと、はるか遠くへ至るまで――

その手にあるかがり火を誰かの手へと託すまで、歩み続けないとならなかったのだ。

と……その時、固く握りしめた彼の手を温かな力が包み込み、エネルギーの出力を安定させた。

それは誰かの――仲間の放ったアーツだった。

[グレイ] ……っ、フィリオプシスさん……?

[フィリオプシス] あなたにはサポートが必要だと判断しました。

[グレイ] でも……

[フィリオプシス] このエリアの危険性に関する警告は不要です。

[フィリオプシス] サイレンスさんに外出を申請する前に、ミッションの成功率を計算しました。

[グレイ] ……それって、何パーセントくらいですか?

[フィリオプシス] フィリオプシスのサポートを変数として追加した場合、成功率は――

[グレイ] あ、いや、やっぱりいいです……!

[グレイ] 僕、本当は計画を立てて行動するほうが慣れてるので……こんなふうに飛び出していくのは衝動的すぎるってわかってるんです。だけど、どうしても自分を抑えられなくて……

[フィリオプシス] 計算はすべてを予測しうるものではありません。

[フィリオプシス] 最終的な結果を決めるのは常に、あなたが踏み出したその一歩……

[フィリオプシス] 「衝動」と呼ばれるものです。

[フィリオプシス] フィリオプシスに現在発生している脳波の揺らぎが「衝動」によるものかは定かでありません。ですが、あなたの行動がフィリオプシスをここまで駆り立てたことは確かです。

[グレイ] フィリオプシスさん……

[グレイ] ありがとうございます。

彼の頭上で、光は数を増して咲き誇る。

その武器は理論上の出力限界を超え、設計者であるグレイ自身も、Mechanistさえも予測しなかった境地へ達している。

けれど、それは紛れもなく彼のアーツだった。

アーツのすべてを説明できる理論という物は今も存在していない。……というのも、この光はアーツユニットだけでなく、彼の心にも由来しているからだ。

光はついに――制御不能となった実験体を、暗闇を、そして雲を、あらゆる未知を突き抜けた。

電光の中に一瞬だけ見えた可能性を――

グレイは確かに掴んだのだ。

[フィリオプシス] 微弱な信号を受信……

[フィリオプシス] 接続しています。

[グレイ] ふぅ……

その瞬間、激しい振動と共に、巨大な実験体が全員の前に現れた。

前触れもなく、動く気配すらもなく――ただその場所に出現した。

[グレイ] えっ……?

[サイレンス] グレイ、下がって!

[グレイ] ですが……

[サイレンス] いいから早く――

サイレンスがグレイの手を掴む。

ドローンは空へと舞い上がり、限界を迎えたグレイの残した僅かな金の輝きをかき集めて、空を覆った銀色の巨体に向かってまっすぐに飛び込んでいく。

それは最大高度まで上がった途端、雷のような爆発音と共に無数の光の粒と化し、ばらばらと落ちていった。

[サイレンス] ……エレナの真似をしてみたけど……

[サイレンス] マジックが通用するのは一度だけだ。

[サイレンス] この光も……そのうち消えてしまう。

[フィリオプシス] データの送信が完了しました。

[グレイ] ってことは……一番大事な任務は無事に終えられたんでしょうか?

[サイレンス] ……うん。

[サイレンス] 私たちはやり遂げたんだ。

彼女はもう片方の手を伸ばし、フィリオプシスの手を取った。

光は彼女たちの頭上で少しずつ消えていき、中から巨大な銀色の幾何学体が現れる。

......

けれど、それは進んでは来なかった。

砂の層が今も頑なに、彼女たちと幾何学体の間に立ちはだかっているからだ。

[サイレンス] ……ドロシー?

[サイレンス] それって……あのバングルと試薬……?

[サイレンス] まさか、あなたまでアレと接続するつもり……!?

[ドロシー] ……みんなの声が聞きたいの。

[サイレンス] ダメ!

[サイレンス] どうすれば被験者たちを起こせるかもわからないのに……あなたまでそうなったらどうするの!?

[サイレンス] 他の人たちの意識に飲まれるかもしれないし、アレを倒すことができたとしても、神経系に取り返しのつかないダメージを負う可能性だって……

[ドロシー] 私は研究者なのよ。どんな不確実性も喜んで受け入れるわ。

[サイレンス] それを言うなら、私は医者だ!

[サイレンス] 自分の命を危険にさらそうとする人を、黙って見てるわけにはいかない!

[ドロシー] 大丈夫だから、気にしないで。

[ドロシー] もしそうなれば、私は家族に会えるんだし。

彼女の後ろには、黙したままの被験者たちが――

そして彼女の前には、黙したままの幾何学体がいる。

ドロシーは目を閉じ、銀色の液体が身体の中へ流れ込んでくるのを感じていた。

それは家族の指に優しく撫でられているようでいて、少しだけ冷たい感覚だった。

[ドロシー] オリヴィア……

[ドロシー] 私、答えを探してくるわね。

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