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潮汐の下_SV-9_信仰者_戦闘前
司教がその狂気じみた感情を露わにしながら姿を変えた。ハンターたちは、狩りの感覚を取り戻す。
[グレイディーア] スカジ、動けそう?
[スカジ] わからない。あの感覚を抑えるのは……難しいわ。考えないようにするのも一苦労よ。
[スカジ] それと指が動かせない。少しでも動かそうとすると、爪が手から離れていってしまうような感じがして……
[グレイディーア] 神経細胞が急速に代謝を行っているのね。けど覚えておきなさい、スカジ。あなたはハンターよ。奴らではあなたをどうすることもできないわ。
[スカジ] そう考えれば、何かの役に立つの?
[グレイディーア] ええ。シーボーンになりたくないと思っていれば、そうはならずに済むわ。
[スカジ] そう……わかった。
[スカジ] なら、武器を手にするくらいは……できるかしら。
[司教] 武器を持たぬ者、重傷を負った者、そして感染者……雑種風情に何ができるというのです?
[司教] それにその表情、一体何のつもりですか? 気高い身分にでもなったつもりですか?
[スカジ] ……私のこと?
[スカジ] 変なこと言うのね。何か勘違いしてるんじゃない?
[スカジ] 私がシーボーンの言葉に少し心を痛めたからって、あなたまで調子に乗らないで。あなたなんて一瞬で斬り殺しておしまいよ。
[グレイディーア] ――
[グレイディーア] あなた、本気でそれがサックスケースだと思っていたの?
[グレイディーア] それと……ねえ、人魚姫。あなた、いつまで眠っているつもりなのかしら? 目をお開けなさい。過去に閉じ込められるほど柔ではないでしょう?
[司教] ……単なる実験台に向かって、何を!
[スカジ] もうとっくに起きてるんでしょ? ……サメ。
司教が振り返る。
スペクターがガラスの壁に手を触れて、好奇心に満ちた……優しい眼差しを司教に向けていた。
[司教] そ、んな……これほど高濃度の源石液を以てしても……
司教はよろめきながら後ずさったが、二人のアビサルが後ろにいるのを思い出し、思わずその場で凍り付く。
スペクターが口を動かし、何か言う。
恐らくひどく残忍な言葉のようだ。
[グレイディーア] 相変わらずのようで大変喜ばしいことね、サメ。
[スカジ] ああ……彼女がこういう性格だって、ほとんど忘れかけてたわ。
スカジがケースを蹴り開ける。収められていたのは剣――そう、彼女の大剣と……長い柄をした丸鋸だ。
[スカジ] はあ、やっぱりまだ手に痺れが残ってる。
[スカジ] 長くロドスにいるんだもの。なら、私にもこのくらいの準備ならできるわ。さあ、受け取って。
スカジはわずかに体を反らし、思い切り振りかぶると、丸鋸を水槽に向かって投げつけた。
司教は慌ててそれを避けたが、回転中のノコギリが起こす旋風は彼のローブに大きな裂け目を残していった。
その残忍な武器がガラス共々彼女を粉々にするかに思われた瞬間、青白い手がガラスを突き破る。水槽から水が溢れ出し、その手は宙を舞うガラス片などお構いなしに大きな丸鋸を掴み取った。
手のひらと鋸の長柄に挟まれたガラス片はそのまま無遠慮に握りしめられ、そのすべてが輝く粉となって指の間から零れ落ちる。
勿論、スペクター自身の手には傷一つない。
そう、ハンターが――スペクターが目覚めたのだ。
[スペクター] 私、まだ心の準備ができてないのよね……ちょっとだけ、恥じらう時間をいただいてもいいかしら?
スペクターが意味ありげに微笑んだ。
[スペクター] だって随分長いこと、お利口さんなシスターだったのよ? 「お二人にどんな顔で向き合えばいいのやら、私にはわかりませんわ」……なんてね、あははっ。
[グレイディーア] 遊んでいないで、出てきなさい。
[スカジ] こんなに時間が経ったのに……私が慣れ親しんだ「あなた」は今のあなたなのか、それともあの殻にこもった頭のおかしいあなたなのか、自分でもよくわからなくなってくるわね。
司教が未だ呆然としているうちに、水槽内の捕食者が脆い檻から倒れ込むように出てくる。
次の瞬間、すべての元凶の体へと、その丸鋸が押し当てられた。
悲痛な叫びが洞窟にこだまする。
[スペクター] わあ~、あなたとっても硬いのね。
[グレイディーア] 戻ってきなさい、サメ! 彼はもうシーボーンになっていてよ!
悪臭が鼻をつく。匂いの元が誰なのか、スカジは瞬時に理解した。
[スカジ] 第二隊長、スペクター……ひとまずここから離れましょう!
三人全員が、次に起こることを理解した。
[司教] この……罪深き者どもが……滅ぼしてやる――
司教の身体が急速に膨張を始める。
彼の身体はどんどん肥大化し、洞窟の壁は彼の触手によって破壊された。
[司教] あなたたちは……ァアア……
[司教] 己の運命を……過大評価……したのだ……
司教の頭が、目と目の間からばっくりと割れた。
まぶただった物が巨大な両目からずるりと落ち、その瞳はハンターが後ずさる姿を映し出していた。
無数の触手が痩せ細った彼の体から素早く飛び出し、彼にとって無価値と断ずる虫けらたちを薙ぎ払う。
すると今度は海水が洞窟に流れ込み、司教の体が膨張する度に水位が上昇していった。
彼は身を捩らせながら、洞窟中すべての機器を破壊した。その姿は最早シーボーンに近く、しかし人だった彼の怒りのためにこそ暴れ回っていた。
[司教] ゥ……アあ……んグ、ギゅ……
[スペクター] かなり大きくなったわね。彼、どうやってあれだけの肉を小さな身体に詰め込んでたと思う?
[スペクター] あはは、見て見て。頭が二つに分かれちゃってるわ。あっ、右は私の分だから、忘れちゃイヤよ? 二人とも。
[司教] ぐりゅっ……ギ、りゅ……
[スカジ] ……あなたたち、どうしてそんなに急いでるの?
[司教] ァ、が……ユるさヌこロすほ、ロぼシてやル……rrr……
[グレイディーア] 狩りは手早く済ませるべきではなくて? 獲物が逃げ出したり、他のハンターの手で死んだりする前に仕留めなくてはいけないもの。
[司教] あナた……
[司教] ガガッ、ガシャッ……こノ……
[司教] ベチャ……ビチャッ……つミぶカきモ、のどモ……!
[スペクター] ねえ、見た? あの人、よっぽど頭にきてるのね。上手く言葉が出てこなくなっちゃってるもの。
[グレイディーア] もう「人」と呼んでやる価値もなくてよ。この手の獲物はハンターに狩られる時にのみ、価値を得ることができるのだから――さあ行きましょう、教会まで上がるのよ!
人が生みだした巨大な怪物が、小さき三人の女性を追う。
巨体は未だ成長し続けている。すべてを破壊し、自らの意に添わぬあらゆるものを粉砕するその勢いは止めようもない。
彼女たちと怪物は、通路の最上部――教会まで上っていった。
怪物の急成長と共に水が逆巻き、教会へと勢いよく流れ込む。
うねる波が飛沫を上げ、ハンターたちの手足を鋭く掠め――
その指が海水に触れる。
彼女たちは帰ってきたのだ――故郷へと。
[住民] ……
[住民] うう……
[男性住民B] なん……だ?
[アニタ] 地面が揺れてる……海岸沿いの山から、何か……何か、落ちてくような? こっちの窓からなら……見えた! あれは……き、教会?
[アニタ] わわっ――揺れが、全然収まらない! 私の宝箱、それから食べ物と……ペトラおばあさん!
[ペトラおばあさん] ごほ、げほごほっ、ごほっ……
[審問官アイリーニ] 皆さん、脱出しましょう! 先導します、ついてきて! 屋内にいるのは危険で――
[住民] ……
[住民] ……
[審問官アイリーニ] はぁ……そうね、あんたたちにこんなこと言っても無駄よね!
[審問官アイリーニ] いいから来なさい――
[アニタ] あっ、審問官が……ペトラおばあさんを抱っこしちゃった!?
[審問官アイリーニ] ぼさっとしないで、あんたもよ! あんたは話が通じるの、知ってるんだから! これがどんなに古い家だかわかってるの? ぐずぐずしてたら一気に崩れるわよ!
[審問官アイリーニ] 今教会で何が起きてるかなんて私にもわからないけど、あの人たちが行ったからにはもっと大変なことになるかもしれないし……これだけで済むかどうかなんて保証できないわよ!
[アニタ] ほこり、レンガ、石柱、暖炉おじさん! 私の手を握って! そしたらほこりは、他の人の手も握って……
[アニタ] 審問官のあとに続いて……外に出るの!
[審問官アイリーニ] はぁ……
[審問官アイリーニ] やっと終わったわ! 皆、揃ってるわよね?
[男性住民C] 山……教会。
[男性住民D] 食いもん……
[男性住民C] 食いもん。
[男性住民D] 宣教師……
[審問官アイリーニ] この期に及んでまだあいつを……人の皮を被った異教徒のことなんかを気にしてるの!?
[審問官アイリーニ] 一体誰のせいであんたたちがこうなったか、ちゃんとわかってるのかしら……ほら、もう忘れなさい! って、そこのあんた、どこへ行くつもり!? 戻ってきて!
[ペトラおばあさん] う……うぅ……
[アニタ] ペトラおばあさん……あっ、目を開けた? 私はここにいますよ、おばあさん……
[審問官アイリーニ] そこっ、危ない!
[アニタ] や、屋根から……岩が――
[アニタ] あ、あれっ? 審問官……もしかして、助けてくれたんですか?
[審問官アイリーニ] あんたね……
瀕死の老女が、審問官の袖を力強く掴んだ。
[アニタ] ペトラおばあさんが見てますよ、審問官。おばあさんは、あなたに感謝してるのれす。
[審問官アイリーニ] ……なら、好きなだけ掴んでなさい。
[アニタ] あっ……審問官、血が出てますよ。
[審問官アイリーニ] ちっ……今のでぶつけたせいね。少し痛むわ。
[審問官アイリーニ] ま、あんたも私のために、恐魚を倒してくれたもの。これでおあいこね。
[審問官アイリーニ] それにしても……結局、私はなんでここにいるのかしら……あんたたちときたら、恐怖さえ理解してないのよね。命の危機に瀕しても逃げようともしないし……これで本当に生きてるって言えるの?
[審問官アイリーニ] ……
[審問官アイリーニ] あの歌が……頭の中にあるから、かしらね。
[アニタ] 審問官、歌い手さんがいないんです。何かあったんでしょうか?
[審問官アイリーニ] 「何か」? ふっ、別にあんたが気にするようなことは起きてないわよ。
[審問官アイリーニ] それに、もし「何か」起きてるんだとしても、それは別段悪意あってのことじゃないでしょうし……だから、きっと悪い結果にはならないわ。
[審問官アイリーニ] 何にせよ、結果を知りたければ待ちなさい。そうすれば彼女は本当に……良い結果を出してくれるかもしれないわよ。
[スカジ] 教会まで突っ込むわよ!
[スペクター] ええ! 向こうも、止まる気なんてなさそうね!
触手が伸び上がり、落ちてきた岩の一つ一つを粉砕する。砕かれた石は岩壁へとぶち当たり、ひびを入れていく。
スペクターの持つ丸鋸が低く唸る。そして、触手が彼女へ接近した瞬間、その「シスター」はにんまりと口角を上げた。
[スペクター] こんな獲物はいつぶりかしら? ちょっぴり、こういうのに餓えてたところなの。
彼女は両手で振りかぶり、丸鋸の柄を岩壁へと打ちつける。すると花崗岩の硬い岩肌に、大きな穴が空いた。
そのまま彼女は勢いに乗り、ひらりと身を翻す。同時に、丸鋸が彼女の体の下に重い灰色の軌跡を描き、触手の影と交差した。
耳障りな切断音と共に、触手がぶつりと断ち切られる。
髪を乱した「シスター」は階段だった瓦礫に触れると、それを力強く押しのけて、教会へと駆けていった。
振り向きざま、触手の断面を注視する。数本の小さな若芽のようなものが、透明に近いその白の中から頭を出していた。
[スペクター] ねえ、聞こえる? あれの体の中で、細胞が悲鳴を上げてるわ。よく似てるのね、私たちと。
[スカジ] 感情があるのよ、元々はただのエーギルだったんだから……いや、そうでもないわね。今はもうエーギルじゃないし、前だってそんなことなかったわ。
怪物の触手の先にあるつぼみが突如として花開き、鋭く飛んだ液体が三人のハンターへと容赦なく突き掛かる。
スカジは剣の柄をくるりと回すと、大剣を体の下で盾にした。
液体で出来た三本の矢が刀身へと激突し、スカジは勢いよく数メートルほど押し上げられた。砕けた水飛沫は岩壁へと突き刺さり、細かな穴を開けて蒸発していく。
[スカジ] 作業台で使ってるウォータージェットよりも速いわね。
[スペクター] 私たちを見てるわよ、あれ。
[スカジ] なんとかしないと……そういえば、あれって無限に大きくなるのかしら?
「司教」の巨大な目が、突然異様な光を放った。
[スカジ] 何なの、このエネルギー!?
その瞬間、グレイディーアの矛が「司教」の視覚器官を素早く切り裂いた。
硬い「膜」がすぐさま怪物の目を覆い、矛の切っ先がその膜に一筋の長い跡を刻む。
怪物は不満げに叫び声を轟かせた。グレイディーアはその爆音のさなか、上へと跳躍する。
そこは最早「建物の底」と呼ぶべき位置だった。教会の床はこの戦闘でとっくに崩れ去り、下からは怪物が迫っている――彼女たちが教会の天井にぶつかるまで、あとわずか数秒のところだ。
しかし、そこでグレイディーアは速度を緩めた。
[スペクター] あら、どうしたの? カジキ。
[グレイディーア] ……こんなところね。あれの体格と重量からして、大凡の限界はこの辺りだわ。
[グレイディーア] 準備なさい。
怪物の体が、奇妙な音を立てる。山の崩落音がその奇妙な叫びと混ざり合い、教会全体を揺さぶった。
「司教」の捕食が突然止まる。
[司教] なゼだ……!?
「それ」には自信があった。
「それ」の力の源は大いなる海だ。それらの攻撃は防げない。ただ意識の中へ手を伸ばすだけで、答えはいくらでも手に入った。
「それ」の触手は既に「シスター」の足を捕らえかけていた。あとは彼女を引きずり下ろし、引き裂くだけ――
しかし、届きはしなかった。
己の触手がこれ以上伸びようがないことに、「それ」は気付いた。そのたった四センチの距離が、まるで巨大な海溝のように「それ」とハンターの間に横たわっている。
鋸が旋回し、「シスター」が激流の中の海草のように素早く体を捻らせて、武器を下へと傾ける。彼女が反撃してくる! 彼女に……彼女たちにチャンスを与えてはならない!
今の肉体が許すのならば、司教は焦りを感じただろう。
進化しなければならない。進化し続けなければならない! 今にも内側から膨れ上がり、肉体の檻から解放されるはずなのに!
体表の突起物は鋭い棘の如く充血し、飛散させられるはずなのに……この神経は大量の電荷を放出し、触手の先は硬い武器へと瞬時に変じるはずなのに!
海の底に根を下ろしてはならない! まだ動ける……そう、動けるはずだ。崩れた壁の隙間を滑り、泳ぎ、天井へと突っ込んで、三人まとめて引きずり下ろして潰してやる!
進化を! 進化を! ……さらなる進化を!
しかし「それ」はあのシーボーンを「思い出した」。あのシーボーンは自分の命などほんの少しも気にかけていなかったことに、突然気が付いたのだ。
一族は存続する。未来は広がる。それは子孫が、次の世代が進化していくからなのだ……彼らの子孫が。自らの子孫が。子孫が。
進化するのは、決して自分自身ではないのだ。
司教の思考は、その既に溶け落ちた頭蓋骨の中で息絶え、硬直していた。
「進化」とは……未来の一族全体に訪れるものだ。そして「未来」とは……「それ」という一個体とは何の関係もない。
「それ」は死にゆくのだから。
「それ」の迎える唯一の結末は、絶望に満ちた死のみだ。
だが、シーボーンに「絶望」など存在するのだろうか? あるいは……「それ」はエーギルのなれの果てであるがために、失意の底に沈むのだろうか?
「それ」はもがいた。外なる触手で必死に縋り、内なる触手を自らの思考へと伸ばす。
「それ」にはもう、理解しようがなかった。「それ」には永遠にわからない。何が「それ」自身に本来属した種族を超越させ、成長させ、滅亡させたのかを。
そして「それ」は、既に成長の限界を迎えていた。恐魚が「それ」の放つフェロモンに従い向かってくるが、もう遅い。遅すぎた……「それ」が栄養にありつくことは決してない。
シーボーンは、神ではないのだから……
シーボーンは一種の生物であり、「それ」もまた、その一つだ。最早この個体の命運は尽きた。その死体は海を育むことだろう。
すべてを悟った司教は、恐怖に駆られて叫ぼうとした。しかしその肺は既に濾過器官へと変じており、声となろうとしたものは無力に嚢胞を拍動させるばかりだ。
「それ」は強烈に濁った空気を口の器官から押し出して、成長しすぎた巨体を必死で巻き上げる。幾重もの硬い歯の上で息が擦れ、甲高い音が響く。教会全体がその肉体の収縮に合わせ震動していた。
しかし、「それ」は逃れられない。
「それ」は獲物なのだ。
……ハンターが、獲物を見つけた。
[スペクター] 今よ!
[スペクター] よくも好き放題してくれたわね……あなたの仕打ちに比べたら、こんなものじゃ全然足りないわ!
[グレイディーア] 逃れられるとは思わないことね。
[スカジ] こんなに大騒ぎして……もううんざりよ、司教。
[スカジ] 他のハンターを殺した罪は、あなた自身にはないでしょうけど……
[スカジ] 私はこの剣を、かつてあなたたちに殺された家族と、海にいた、そして陸で得た、友人たちのために振るいましょう。
[スカジ] 自分の愚かさを悔いるがいいわ。
海中に咲く花の如き三つの影。その手の冷たい武器と共にハンターたちが急降下する。
「司教」が後ずさる。「それ」は自らの巣穴、洞窟へと戻ろうとしている。獲物というものは、巣穴こそが最大の安全地帯だと認識しているのだ。これは数万年の昔から刻み込まれた本能だ。
巨大な生物が後退すると、それにつれ、触手のうねりに通路が崩れ落ちていく。山は菓子のように脆く、ビスケットの欠片の如く石が次々と落下する。
「司教」が逃げる。それは非常に素早く、既存の生物構造で到達可能な限界を越え、捕食者が、生存を望む者たちが欲するすべての特質をその身体に備えていた。
巣穴へ戻りさえすれば、通路を塞いでしまいさえすれば。「それ」の敵はあとを追うことはできない。いずれは敵が眠っている間に、生きたまま飲み込んでしまえばいいのだ。
巣穴へ戻りさえすれば。
だが、それは叶わぬ夢だった。
ハンターが落ちる――
――流星の如く。
それは深海に棲まう者にとって、滅多に見ることのない光景だ。
欲望と陰謀に溺れ、一度として空を仰ぎ見たことのない司教が、流星を知ろうはずもない。
しかし、彼女たちは違った。
憂鬱と犠牲から逃れるべく、アビサルが懸命に上を目指して泳ぐ時……海面へと浮上し、果てなき星空を静かに眺める時……ハンターたちはこの短命の星が背負った運命を心に刻んだものだった。
それでも、星は――暗闇を切り開くのだ。
[スカジ] ――死になさい。
三つの流星が、ほの暗い通路を照らす。
司教は強く恐怖した。彼には肺も、声帯もない。響き渡るその鳴き声が、「それ」の新たな身体に於ける悲鳴の代替品だった。
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