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狂人号_SN-ST-4_海沿いの大通り
存在自体に意義を持つこのグランファーロの町で、裁判所とアビサルハンターたちは協議を行うこととなった。イベリアの眼の捜索は目前に迫っている。
「私は、じっとりとした我が故郷から、この乾いた新天地へと辿り着いた。ここでは、すべてが驚きと悲しみに満ちている。」
「雲というのは、音に聞くその伝説ほど美しくはないし、大地と空には不幸が溢れている。この地に於いては、エーギルに匹敵するほどの都市も、いずれ天災によって滅びるものなのだ。」
「陸の人々は、とある不治の病に悩まされている。私も、科学アカデミーの文献から鉱石病と源石の存在を知ってはいたが、この目で確かめた今、それがこの地に深く根付いていることを理解した。」
「だが、この状況でも彼らは粘り強く生き抜いている。そして、独自の方法で科学技術と真理を探求し、今後も自分たちが存続していくための資格を求め続けているのだ。」
「私は、裏切り者の誹りを受けても、陸へ上がったことを後悔はしない。シーボーンは版図を広げている。十年のうちにエーギルは完全に包囲されるだろう。私もいずれ旅を終え、イベリアへ戻る。」
「この文書は、エーギル人に発見と解読を委ねるつもりだ。貴族は信用できないし、島民と呼ばれるエーギルたちは、その内何らかの理由で、今イベリアから向けられている敬意を失うだろうから。」
「黄金の大船、文明の眼、進化の理、生命の碑。陸と海とは、肩を並べて波濤に立ち向かわなければならない。」
「私は先駆者になるつもりはない。単に運命の一歩先を進んでいるだけなのだ。」
――名のあるイベリアの建築家であり、最高造船技術士でもあったブレオガンの遺したノートの写し。それは、難解なエーギル文字でしたためられていた。
[ウルピアヌス] これはエーギルの問題だ。
[大審問官] お前がイベリアの地にいる限り、法の眼は注がれている。そして私の眼もまた同じことだ。
[ウルピアヌス] フン……
[大審問官] 三人のアビサルハンターとの関係は?
[ウルピアヌス] ――貴様はスカジに傷を負わせたそうだな。実に妙な話だ。あいつは戦いを避けたがっただろうに。
[大審問官] ……
[ウルピアヌス] スカジの血は特別だ。俺たちの誰よりもな。――ときに、貴様の得物に付いた血は念入りに拭っておいたか?
[大審問官] 質問しているのは私だ。
[ウルピアヌス] 答えるかどうかは俺が決める。
[大審問官] ……カルメン閣下が自由を許した狩人は、サルヴィエントの戦いで己の立場を表明したエーギルのみ。とならば――
[ウルピアヌス] ……なるほど。あいつに手傷を負わせたことは、偶然ではないようだな。
[大審問官] あれは、彼女が私に実力で劣っていたからではない。
[ウルピアヌス] ……優劣などというくだらん物差しで計れるとは思うなよ。
[ウルピアヌス] 単にあいつは陸に不慣れであるゆえに、柔軟には対応できないというだけのことだ。
[???] ――動かないで。
[審問官アイリーニ] 大人しく調査に協力しなさい。アビサルハンターはすでに、裁判所と契約を結んでいるの。あなたの一挙手一投足が、私たちの協力関係に悪影響を及ぼすことになるのよ。
[ウルピアヌス] ……協力関係だと?
[審問官アイリーニ] ええ。よく考えてちょうだい。
[ウルピアヌス] 審問官よ。イベリアには、あとどれほど貴様のような戦士がいる?
[大審問官] 答える義理はない。
[ウルピアヌス] 三千人はいなければ、「協力」など話にならんぞ。
[大審問官] ……
[ウルピアヌス] その反応を見るに、今のイベリアではやはり不十分のようだな。
[大審問官] 逃がさんぞ!
[恐魚] ギュイイイ、ギギギッ!
[大審問官] 何? 一体どこから……
[審問官アイリーニ] 上官! お怪我はありませんか?
[大審問官] ああ。だが、あのエーギルは……
[審問官アイリーニ] 申し訳ありません、私のせいで……!
[大審問官] ……奴なら、今の隙を狙えば、私の腕を斬り落とすこともできたはずだ。しかしそうはせず、逃げを選んだ。
[大審問官] ――とはいえ、追っている暇はないようだな。
[審問官アイリーニ] この恐魚、町のほうから来ているようです……! きっと土の下に潜んでいたのですね!
[大審問官] いいや、違う。
[大審問官] この土地すべてが汚染されているんだ。
[審問官アイリーニ] そんな……どうしてそんなことに……!?
[大審問官] ――この邪悪な気配で満たされた、灰色の大地を見ろ。
[審問官アイリーニ] っ、はい!
[大審問官] グランファーロはすでに、深海教会の手に落ちている。
[大審問官] 戦いに備えろ。できうる限り迅速に、閣下の安否を確認するぞ。
[聖徒カルメン] この溟痕というのは、恐魚にとって命を育む領土……たとえるなら都市のようなものか。
[聖徒カルメン] 信じがたいことだが、奴らは溟痕から生まれ、そして溟痕によって勢力を広げているようだ。
[恐魚] グギュ……ジュル……
[聖徒カルメン] すべての生命が自立を渇望しているわけではない。そう考えれば、こうした不浄なるものが、この小さな町に潜んでいたのも不思議ではないが……
[聖徒カルメン] ……これを上陸させたのは何者だ?
[Alty] あ~あ、がっかりね。今回のバカンスは良いインスピレーションが得られそうだったのに、これじゃ台無しだわ。
[Frost] (賛同を表すソロを奏でる)
[Dan] ってか、ヤバくね~? 海が大地を撫でてる感じすんだけど。
[Aya] ケルシーが言うには、エーギルは一度勝ってるとか、あのアビサルハンターたちはその戦争の生き残りだとかって話だったけど……現状を見る限りじゃ、とても勝ったとは言えなさそうだよね。
[Aya] あ。そういえば、あれはもう渡したの?
[Alty] ええ。
[Aya] そう。にしても、回りくどいやり方だよね。ケルシーが、自分であのグレイディーアってエーギルに渡したほうが早かったんじゃないの?
[Frost] (疑問を示すソロを奏でる)
[Alty] もしかすると、あの鍵を使って、私たちをここへ呼ぶのが目的だったのかもしれないわね。だとすれば、その目論見は上手くいったわけだし。
[Aya] あるいは、元々は私たちに何かを探させたり、手伝わせたりするつもりだったけど、気が変わったとか。
[Alty] ん~……でもあの人、何でもお見通しって感じで計画立ててるタイプでしょ? そんな人の気を変えさせるような何かがあったってことかしら?
[Aya] ……かもね。まあ、あの人は確かに知識も豊富だろうけど、それ以上に慎重でもあると思うよ。じゃなきゃ、命がいくつあっても足りないでしょ?
[Aya] で、さっきからDanはどうしてエアドラムなんかしてるわけ?
[Dan] え~? 決まってんだろ? 「この礼拝堂、ライブハウスにぴったりじゃん!」って意味をこめてんだよ!
[グレイディーア] サメ、それにスカジも。
[スカジ] 見える範囲の敵は片付けておいたわ。
[スペクター] ……見えざる波が、浜辺に聞こえる潮騒のように、ここまで打ち寄せてきています。
[スペクター] これは良からぬ兆候です。私たちはここにいるべきではない、と告げているよう……
[グレイディーア] ……ゴミを片付けたくらいでは、我に返るには足りないようね。
[スカジ] だったら、このあとはどうするの?
[グレイディーア] ここの掃除を終わらせましょう。そうすれば、イベリア人の手を借りてあの船を探し出すことができるわ。
[スカジ] ――ねえ。こいつらの身体には、私たちの知らない何かがあると思うの。
[グレイディーア] 知らない何か、ね。それもあるいは、恐魚の一部なのかもしれなくてよ?
[スカジ] ……だけど私、前から考えていたのよ……
[スカジ] 奴らはなぜ、こんなにも早く進化することができるのか。そして、なぜ、あれほど生命力に満ちているのかを。
[スカジ] だって、「あれ」はとっくに私たちが……
[グレイディーア] それはこの先考えていくことよ。だからこそ、私はケルシーとの協力を選んだのだもの。
[スカジ] ――ケルシーは……
[グレイディーア] 元気よ。
[グレイディーア] さあ、あなたたち。日が落ちる前に片を付けましょう。海の声が聞こえない恐魚など、単なる下等生物なのだから。
[スカジ] ……そうね。
[スペクター] あら……グレイディーア。来てくださったのですね。それならば、あなたのご指示に従いましょう。
[グレイディーア] ……サメ。
[グレイディーア] 得物の調子はどうかしら?
[スペクター] これのことですか? ええ、まるで共に踊っているかのようで……武器を手にしているということすら、時折忘れてしまうほど、しっくりときておりますよ。
[グレイディーア] そう。……それが過去よ。もうじきあなたに追いつこうとしている過去。
[グレイディーア] 私たち、あなたを待っているから。
[恐魚] ビィィ……ギュギュギュ……!
[聖徒カルメン] 素晴らしい行軍速度だな、ダリオ。頼んでおいた件は順調かね?
[大審問官ダリオ] はい、閣下。
[大審問官ダリオ] 懲罰軍に、イベリアの眼へ向かう船を用意させました。彼らはその後海岸を離れ、この町の包囲に当たっております。
[大審問官ダリオ] 道を踏みはずした者に、逃げ場などありません。
[聖徒カルメン] 確かに、あの小悪党たちは恐るるに足りん相手だろう。しかし、奴らの持ち込んだ新たな脅威は油断ならないものだ。
[大審問官ダリオ] とはいえ、我々の技術ならば、汚染を取り除くことも可能かと。
[聖徒カルメン] それでもたらされるのは、一時の勝利に過ぎぬ。加えて言うと、あれは我々ではなく「エーギルの」技術だ。
[聖徒カルメン] 潮が砂浜に打ち寄せるこの一分一秒、そして海水の一滴や、砂の一粒……すべてが恐魚とその生態系の延長線上にあるとすれば。我らは、如何にして故郷を守り抜けばいいのだろうか?
[大審問官ダリオ] 時が来るまでには、方法を見つけ出してみせましょう。
[聖徒カルメン] ああ。必ずや、成し遂げてみせよう。
[大審問官ダリオ] それから、もう一点――不測の事態に備え、あの三人のアビサルハンターとの交戦準備も整えました。必要とあらば、彼女たちを殲滅することも可能です。
[聖徒カルメン] よろしい。……この地は墓場に相応しき場所だ。彼女らが賢明であるよう、そしてケルシー女史が約束を果たしてくれるよう、願っておくとしよう。
[審問官アイリーニ] ……
[聖徒カルメン] さて。その子が君の弟子か……裁判所でも、噂は耳にしているよ。
[審問官アイリーニ] は、はい、カルメン閣下! 私は審問官アイリーニと申します! ここにご挨拶を申し上げますっ!
[聖徒カルメン] ダリオが廃墟で君を見つけた時のことは聞いている。傾いた梁に身につけた経典が引っかかり、奇跡的に君の命を救ってくれたそうだな。
[審問官アイリーニ] はいっ!
[聖徒カルメン] ふむ……若者よ。ダリオは、君が前線に赴く意志を持っていると判断した。それゆえ、君はここにいるのだろう。
[審問官アイリーニ] はい!
[聖徒カルメン] 君はまだ未熟だが、活力に溢れており、身体も丈夫で、健康そのものだ。
[聖徒カルメン] とはいえ、グランファーロでの任務は、サルヴィエントの時ほど甘くはない。これまでより深く、邪悪の中心へと入り込んでいくことになるだろう。君にその覚悟はあるか?
[審問官アイリーニ] 私は、イベリアの潔白と美徳を守るために、この剣と灯りを掲げております。
[審問官アイリーニ] この言葉は私にとって、単なる宣誓以上のものなのです。
[大審問官ダリオ] アイリーニは、覚悟を決められる人間です。
[聖徒カルメン] ふむ……ならば、君の判断を信じるとしよう。だが、運命は往々にして覚悟を決めるいとますらも与えてはくれないものだ。
[聖徒カルメン] では、アビサルハンターの小隊をイベリアの眼へと案内する任務は任せた。私はケルシー女史に用があるのでね。
[審問官アイリーニ] イベリアの眼……ですか。上官、具体的には、何をすればよろしいでしょうか?
[大審問官ダリオ] ……整備士が安全に大灯台へ辿り着けるよう、拠点を作り、道を整えるんだ。
[聖徒カルメン] グランファーロに最も近い海岸から五十海里ほど行った場所に、最後のイベリアの眼がある。
[大審問官ダリオ] 前提として、その灯台が地図通りの場所にあれば、ということにはなりますが。
[審問官アイリーニ] 五十海里……
[聖徒カルメン] ――かつて、我らの艦隊は見渡す限りの穏やかな海を目にすることができていた。だが大いなる静謐のあと、海はさながら毒の煮えたぎる鍋のごとく、触れる物すべてを融かしてしまうようになった。
[聖徒カルメン] これは困難な任務となるだろう。けれども、最後の灯台を取り戻すことは、非常に大きな意義のあることなのだ。
[審問官アイリーニ] わ、わかりました!
[聖徒カルメン] そのためにも、あのエーギルたちの協力を得なければな。
[審問官アイリーニ] ……
[聖徒カルメン] その表情、聞きたいことでもあるのかね?
[大審問官ダリオ] 彼女は、裁判所の地下にある檻を見たのです。
[聖徒カルメン] ならば、君も裁判所が探っている真実を見たということになる。たとえ、我々がその答えを導き出すことができておらずともな。
[聖徒カルメン] 行きなさい、若き審問官よ。時間は待ってはくれぬゆえ、必要とあらば、君たちには時間をも裁いてもらうことになるぞ。
[恐魚] ギュアアアッ――!
[エリジウム] っ、危ない!
[エリジウム] 大丈夫かい!?
[ジョディ] は、はい……! また助けていただいちゃってすみません……
[エリジウム] ははっ、これくらい気にしないで。
[ジョディ] ありがとうございます。――あっ……あの恐魚たち……
[エリジウム] (どれも同じ傷が残ってる。穴を狙って叩き込まれてるみたいだけど――このやり方は、スカジとお仲間さんだろうな……)
[ジョディ] ……街中、ボロボロにされていますね……
[エリジウム] そう、だね……
[エリジウム] ッ――ジョディ、止まって!
[ジョディ] うわっ!?
[ジョディ] な、何なんでしょうか、これは……!?
[エリジウム] ――光る……植物? いや、プランクトンか……? あるいは……珊瑚とか?
[ジョディ] この先はアレに覆われているみたいですね。……あれ? 待ってください、何かが軒先から……
[エリジウム] ――! 避けて!
[エリジウム] っ……! う、嘘だろ――
[エリジウム] ――こいつら、ここに巣を作ってるの!? じゃあ、単に深海教徒の指揮で攻め込んできただけじゃないってこと……!?
[エリジウム] (それに、こんなにたくさんいるなんて……もしかしてあの巣から生まれてきてるのかな? だとしたら、とんでもない速さで増えてるんじゃないか……!?)
[エリジウム] ジョディ!
[ジョディ] えっ、は、はい!
[エリジウム] こっちには進めないし、来た道を戻ろう!
[ジョディ] で、でも、後ろも似たような感じですよ……!
[エリジウム] ――くっ……! こいつらときたら、鉗獣よりも巣作りが早いみたいだね……!
[エリジウム] こうなれば、一か八かだ。何か武器になりそうなものを握ってて。
[ジョディ] ええっと……傘でもいいでしょうか?
[エリジウム] ……はは、確かに一雨来そうな天気だしね。ま、とにかく、なんでもいいからしっかり持っておいて!
[恐魚] ジュギギギ……ギュイイ!
[エリジウム] ――っ! 来るよ!
[Mon3tr] (得意げな雄たけび)
[ケルシー] ――Mon3tr、家ごと焼き尽くせ。
[Mon3tr] (愉快そうな雄たけび)
[ケルシー] 見たところ、エーギルの技術に頼らずとも、溟痕を取り除くことはできるようだな。
[エリジウム] ケルシー先生!
[ケルシー] 無事で何よりだ。一体何があった?
[ケルシー] ……それと、そこで呆けているエーギル人は誰だ?
[聖徒カルメン] 素晴らしい実力だな、狩人諸君。
[グレイディーア] お世辞は結構ですわ。早く本題に入りましょう。
[聖徒カルメン] ……ケルシー女史はここしばらく、貴女の代わりに多くの苦労を引き受けてきたのだぞ。
[グレイディーア] もちろん、肝に銘じておりますわ。彼女が我々のためにしてくれたことも、そしてあなた方の行いも……私は決して忘れはしませんもの。
[スカジ] ……
[大審問官ダリオ] ……
[グレイディーア] ですが、この会合は紛れもなく、彼女が作ってくれた機会です。狭く小さな海辺の町で、顔を合わせるだけの簡単なものではありますけれどね。
[聖徒カルメン] では、彼女のためにも、暫し平和的な姿勢で話を進めるとしよう。
[聖徒カルメン] 貴女は、かのブレオガンの遺産――スタルティフィラ号を探しているのだろう。
[審問官アイリーニ] ――!
[審問官アイリーニ] (スタルティフィラ、またの名を「狂人号」……大いなる静謐の時に全滅した艦隊の、旗艦の名前だったはずよね……? でも、どうして今になってそれを……!?)
[聖徒カルメン] 私としては、貴女のような部外者が、何ゆえあの船はまだ沈んでいないと考えているのか……そちらのほうが興味をそそられるがね。
[グレイディーア] でしたら、イベリア人たるあなたのご見解はいかがですの?
[聖徒カルメン] ……そうだな。
[聖徒カルメン] 恐らく、あれは沈んでなどいない。
[審問官アイリーニ] ――!
[聖徒カルメン] だがその一方、港へ戻った試しはないというのも事実だ。
[グレイディーア] かの船は、六十年以上も沈まぬまま、けれど陸へと戻りもしない……そんな状況にあるということですのね。
[グレイディーア] 船の現在地を確認することはできますの?
[聖徒カルメン] 過去には可能だった。しかし、今は不可能だ。
[グレイディーア] となれば、それゆえに……
グレイディーアは、脇目に彫刻を見やる。
彼女の記憶の中には、それと同じ建物は存在しなかった。大方、彼女が陸へと上がってきた頃には、この手のものは静謐の中に飲み込まれたあとだったのだろう。
[聖徒カルメン] 「イベリアの眼」。
[聖徒カルメン] その奇跡はかつて、壮大な計画の礎だった。けれども、今となっては灯台のほとんどが大いなる静謐に飲み込まれ、最後の一基を残すのみとなってしまった。
[グレイディーア] あれはあなた方の物ではなく、エーギルの物ですのよ。
[聖徒カルメン] ……確かに、ブレオガンは海から訪れたエーギルだ。彼は私欲のない人であり、イベリアの海洋探査に大いに貢献してくれていた。
[グレイディーア] そうは仰いますけれど、あなた方は災厄のあと、民衆がエーギルに――そして彼に怒りをぶつけたその愚行を黙認したのでしょう? そうした判断を下す方々は、信用しがたく感じますわ。
[聖徒カルメン] ならば、エーギルは大いなる静謐とは無関係だと本当に言い切れるのかね?
[グレイディーア] ……
[聖徒カルメン] ……
[ケルシー] 隔絶の先に待つのは袋小路です。これ以上その話題を続けるおつもりであれば、イベリアとエーギルは滅びたも同然かと。
[ケルシー] とはいえ、それでも文明は滅びず、単に変化していくだけですが――この次の文明は、人類とは無関係のものとなるでしょうね。
[大審問官ダリオ] ケルシー医師。閣下に対する言動には気をつけていただきたい。
[聖徒カルメン] 構わんさ。我々はもう随分と親交を深めたからな。……しかし、君は常にこうなのかね? ケルシー女史。
[聖徒カルメン] 大きな運命の中から鍵となる人物を選び出し、説得して、君の考えを実行に移す――そうしたことを繰り返してきたのか?
[ケルシー] 私の考えは、あくまでもあなた方を救うためのもの。イベリアにはそれを拒絶する権利がありますし、エーギルもまた同じことです。
[グレイディーア] ……
[ケルシー] そちらの若く優秀なお嬢さんを含めれば、この場には裁判所の人間とアビサルハンターが三人ずついる、ということになります。
[ケルシー] 加えて、この広場にはエーギル人が築いたイベリアの景観が広がっており、交渉の場を飾るには最適といえるでしょう。
[ケルシー] ――今この時も、溟痕は広がり続け、恐魚は町に営巣し、同時に以前とはまったく異なる形に変化しています。この「変化」は、十分警戒に値するものです。
[ケルシー] この期に及んで海の脅威の全貌が見えていないというのなら、確かに我々は皆一歩引き、アビサルハンターがその身を犠牲に稼いだ貴重な時間が無駄になるのを、黙って見過ごすべきかもしれません。
[スカジ] ……あの勝利には、意味があったの?
[ケルシー] 勿論だ。そうでなければ、大いなる静謐のあとのイベリアが、命を長らえることなどできなかっただろう。
[ケルシー] ……カルメン閣下におかれましても、エーギルに対する先入観を暫くの間手放していただけますと幸いです。あなたの――
[聖徒カルメン] ――ケルシー女史。私も歳だ。時間を無駄にする気はないとも。
[グレイディーア] ……
[聖徒カルメン] 老いた我が身はもはや闘争心を失い、言葉で己を誉れ高く飾り立てる気力もない。結局は、生きることこそが最大の誉れなのだ。
[聖徒カルメン] 私は誰よりも現状を理解している。これ以上の説得は不要だ。――裁判所は、アビサルハンターとの協力を望んでいる。狩人諸君がかの失われし大船を見つけられるよう、助力させてもらいたい。
[スペクター] ……大船……黄金の、大船。
[審問官アイリーニ] ……
[グレイディーア] こちらも、異存はありませんわ。
[大審問官ダリオ] エーギルはイベリアとの交流を躊躇うものと思っていたが。
[グレイディーア] 交流? ああ……もしあなたが水中でも呼吸をできて、機材の助けなく私たちの都市へ辿り着けるのなら、真のエーギルの技術展示会へ案内して差し上げてもいいくらいですわよ。
[聖徒カルメン] それは実に楽しみだ。
[聖徒カルメン] さて、今後の動きについてだが……懲罰軍の大方陣と軍艦数隻がグランファーロに向かってきている。その到着を待って拠点を作り、港を制圧して、準備に取り掛かるとしよう。
[聖徒カルメン] ダリオ、アイリーニ。君たちはアビサルハンターに同行しなさい。イベリアの眼への航路確保を優先し、我々の到着と指示を待つように。
[大審問官ダリオ] かしこまりました。
[グレイディーア] ……ケルシー。
[グレイディーア] 訪れた機会が限られていて、選択を迫られた場合には、私はエーギルとの繋がりを取り戻すことを優先いたします。
[ケルシー] ああ。船を探すも、エーギルへ帰る手段を探すも、君の判断に任せよう。
[ケルシー] 海へ深入りすることは誰にとっても危険な行為だが、君たちからすれば、単なる里帰りに過ぎないのだろうしな。
[グレイディーア] 次にお目にかかるのは、ずっと先になるかもしれませんわね。
[ケルシー] ――我々が伝えたことを忘れるな。願わくば、エーギルに戻った時には、彼の地に起きたすべてをもう一度確かめてくれ。
[グレイディーア] ……
[聖徒カルメン] それでは、早速だが――
[ジョディ] あっ……
[エリジウム] ……すみません、ケルシー先生。灯台って言葉が聞こえたので……
[大審問官ダリオ] ……ちょうどいい。お前には色々と聞きたいことがある。
[ケルシー] 待ってくれ。
[大審問官ダリオ] 口を挟まないでいただこうか。――エーギル人よ、お前は何者だ?
[ジョディ] ……僕は……ジョディといいます。この町に住んでいて……
[審問官アイリーニ] グランファーロにエーギルが住んでるわけないでしょ! この町の資料には目を通したけど、昔エーギル人と深海教会が共謀する事件が起きたと書いてあったもの!
[大審問官ダリオ] では、お前の両親はどのような人間か答えろ。
[ジョディ] ぼ、僕の両親は……灯台の、整備士でした。イベリアの眼のために命を落としたんです。
[ジョディ] だから、家には古い図面がたくさんあって……でも、僕は実際にその灯台を見たことはないので……
[ジョディ] 見てみたいんです……故郷がしてきたことの意義を……両親が生涯を捧げたことの意義を、確かめたいというか……その……
[大審問官ダリオ] そうはいかん。お前はまず、裁判所の尋問を受けねばならない。
[グレイディーア] 私としても、戦いのさなか、ひ弱な労働者を守らなくてはいけないというのは、効率的な提案とは思えませんわ。
[ケルシー] 彼がブレオガンの子孫だとしてもか?
[グレイディーア] 何ですって? この方は映像記録の中のブレオガンとは似ても似つかないように見えますけれど……
[審問官アイリーニ] 仮にそれが本当でも、ご家族の遺したものは裁判所に引き渡して、研究を引き継いでもらうべきよ。
[審問官アイリーニ] そうですよね、上官!
[大審問官ダリオ] ……
[聖徒カルメン] エーギルの若者よ、名は何といったかな?
[ジョディ] ……ジョディ……ジョディ・フォンタナロッサです。おじさんが教えてくれたことには、ですけど……
[聖徒カルメン] では、ジョディ。君も、我々の前に現れるということが何を意味するかはわかっているのだろう?
[ジョディ] は……はい、わかっています。
[聖徒カルメン] ――アイリーニ。
[審問官アイリーニ] はっ!
[聖徒カルメン] この若者を拘留し……
[聖徒カルメン] ……同行させてやりなさい。
[審問官アイリーニ] かしこまりまし――えっ? い、今何と仰ったのですか?
[聖徒カルメン] これが君の望みなのだろう?
[ケルシー] ありがとうございます、閣下。しかし正確に述べるのなら、私の望みは、エーギルとイベリアが今後長きにわたって、真の意味での協力関係となることにあります。
[聖徒カルメン] 千里の道も一歩からと言うだろう?
[ケルシー] なるほど。……ならば早速ですが、この荒れ果てた海をイベリアの眼で見つめ直すといたしましょう。
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