aklib_story_狂人号_SN-ST-2_海辺の小道

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狂人号_SN-ST-2_海辺の小道

ティアゴは街を離れるようとジョディを説得し、グランファーロに関するすべてを彼に教えた。黒い海に相対した人々は、行き場をなくしているようだ。


[ティアゴ] ジョディ!

[ジョディ] あっ、ティアゴおじさん。……どうかしたの?

[ティアゴ] ……いいか……今すぐ荷物をまとめて、ここを離れろ。

[ジョディ] そんな、ど、どうして? それに、離れるってどこへ……?

[ティアゴ] もうじき、この町へ裁判所の連中がやってくる。

[ジョディ] ……えっ?

[ティアゴ] あの邪教徒どもや海の怪物が――

[ジョディ] ……

[ジョディ] じゃあ、僕たち……この町を見捨てることになるの?

[ティアゴ] 僕「たち」?

[ティアゴ] ……

[ティアゴ] いや、違う。お前だけでもここを離れろって言ってるんだ。なんせ邪教徒がいるのを見つけたら、裁判所は絶対にエーギルを相手に面倒を起こそうとするだろうからな。

[ティアゴ] 俺は邪教の連中がどうなろうが構わんし、自分の命も惜しくはない……だが、ここで長いこと暮らしてきたから行くあてもないし、よそでどう生きていけばいいかもわからん。一緒には行けないよ。

[ティアゴ] だが、お前はそうじゃないだろう。これまでずっと、外の景色を見てみたいと言ってたじゃないか。お前はまだ若いし、才能だってあるんだから……

[ジョディ] で、でも……こんなの、急すぎるよ。

[ティアゴ] いいか、ジョディ。これはチャンスなんだ。お前が変わるための最後の機会だと思って、勇気を振り絞れ。

[ティアゴ] このままここに残っていたら、お前は裁判所に尋問されることになるだろう。そうなれば、運良く家に帰ってこられても、波と恐魚に怯えながらむなしい余生を過ごす羽目になる。

[ティアゴ] だが、ここを離れさえすれば……お前の運命はお前自身のものだ。

[ティアゴ] あの礼拝堂は、一生を委ねるには狭すぎる。……ずっとあんな場所にいることはない。

[ジョディ] ……だけど、僕……

[ティアゴ] 決断を躊躇うな、坊主。もっと強くなれ。お前の父さんと母さん、そしてその両親がそうだったようにな。

[ジョディ] ……父さんと、母さん……二人は、本当にイベリアのために命を捧げたんだよね?

[ティアゴ] 今はその話をしてる場合じゃない。――ほら、支度を始めるぞ。

[ティアゴ] やれやれ。とんと行商が来なかったせいで、どれもこれも古着ばっかりだな……若者が新しい服を着ようってだけでも苦労するような町なんだ、こんなところ早く離れたほうがいいだろう。

[ジョディ] でも……裁判所は、どうしてエーギルを捕まえたがるのかな? 仮に邪教徒がいたとしても、リーベリやフェリーンの人かもしれないのに……

[ティアゴ] そりゃあ、海から来たエーギルと、海から来る怪物だの災厄だのを結びつけて考えてるからだろうな。

[ティアゴ] ……まさかお前、あいつらに会ったのか?

[ジョディ] ううん、僕は――って、待って。……もしかして、あの人たちがここにいることを知ってたの?

[ティアゴ] ああ。……口ではそうは言わないだけで、あの噂が無根拠なでたらめじゃないことくらい、俺らはみんなわかってたのさ。

[ジョディ] そっか……実は、ファンさんもその内の一人だったみたいなんだ。怪我をして倉庫に隠れていたあの人を見つけて……でも、ファンさんは僕に危害を加えようとはしなかったよ。

[ティアゴ] それはお前がエーギルだからだ。あの連中は狂ってる。まともじゃないんだよ。

[ジョディ] だったらどうして――まさか……あの人たちのことを庇ってるの?

[ティアゴ] そんなこたもう関係ないだろう。お前はここを出て行くんだから。

[ジョディ] ……嫌だ。おじさん、僕行きたくないよ。

[ティアゴ] 何だと?

[ジョディ] 僕は……このグランファーロで生まれ育ったんだ。裁判所から逃げるためだけにここを離れるなんて、そんなの……

[ティアゴ] お前、自分が何を言ってるかわかってるのか!?

[ティアゴ] 裁判所に連れて行かれたエーギルが無事で帰ってきたことなんざ一度もないんだぞ! 戻ってきた連中ですら皆、頭や身体をおかしくしちまってたし――そもそも、ほとんどの奴は行方不明になった!

[ティアゴ] そいつらは裁判所に囚われてるって噂もあれば、審問官に処刑されたなんて噂もある! とにかく、誰一人真っ当に戻ってきた試しはないんだ!

[ティアゴ] その上「お優しい」裁判所の連中は、あの怪物や深海教徒どもが暴れ出さんうちに、この町の何もかもを焼き払っちまうときてる! 何か起きる前にぶっ壊しちまえば、効果はてきめんだからな!

[ジョディ] っ、ティアゴおじさん……! 落ち着いて!

激怒する老人の目にジョディの姿が映る。それは、何十年も前、不安を抱えて怯えながらも、廃墟の中に自らの手で新たな庭を造ろうと奮闘していたあの頃の自分と重なった。

あれから半生を過ごした今では、若く力強かった人々の黄金時代など過ぎ去っていたが――今のイベリアの姿はどうだろうか? あの頃の彼らが、グランファーロに築けたものなどあったのだろうか?

実のところ、その健気な努力は、深い井戸に投げ入れられた石ころの如く、運命には少しも影響しなかった。かつて彼らがひたむきに築き上げた故郷は、今日では崩れ去ってしまっていた。

大きな虚脱感が、海上に浮かぶ雲のように、ティアゴのすべてを包み込んだ。

[ティアゴ] ……これまで、誰一人……

[ティアゴ] 誰一人として、帰ってはこなかった。マリーンも、あいつらもな。……グランファーロはもう火が回っちまってるようなもんだ。裁判所にしろ怪物にしろ、奴らが来た以上俺らに逃げ場なんざない。

[ジョディ] ティアゴおじさん……

[ティアゴ] ……ジョディ。万が一お前に何かあったら、俺はお前の両親に合わせる顔がない。

[ジョディ] ……わ……わかってる、けど……

[ジョディ] ……

[ジョディ] 僕……海が見たいんだ。行ってもいい?

[寡黙な深海教徒] ぐッ――が、あああっ……!!

[聖徒カルメン] 恐怖の中で微睡むが良い。さぞや夢見は悪かろうがな。

[聖徒カルメン] さて、ケルシー女史。陰謀のありかを自白させるため、彼奴らの処遇は任せてもらうぞ。

[ケルシー] ええ。当然、お任せいたしましょう。

[Alty] (小声)へ~え、こんなクールなおじいさんを連れてきてたのね、先生。

[聖徒カルメン] 君たちは……「AUS」だな。失礼、私は若者向けの文化には疎くてね。ロックバンドのことはよくわからないのだが……

[Alty] その難解さも、音楽の神聖さゆえと思ってくれたら嬉しいわ。

[聖徒カルメン] ふむ。その音楽が君たちの人間社会への見解を表現しているのであれば、私も強い興味がある。何しろイベリアではこの数世紀、巨獣との交流はおろか、直に目撃したという記録すらないものでね。

[Alty] 人間社会への見解ねえ。そういうテーマの曲は「Deep Color in the Sea」以降作ってないのよ。もう身近すぎて飽きちゃったから。

[聖徒カルメン] ははは……それでも、君たちの見るイベリアがどのような音色を奏でるか、というのは知りたいところだな。そうすれば、この長き人生にもまだ新たな驚きを与えてもらえることだろうから。

[聖徒カルメン] では、ケルシー女史。先ほど伝えた通り、君をイベリアの眼へと辿り着かせるため、裁判所は早急に手立てを整えるとしよう。

[聖徒カルメン] その出発までに準備を整えた上で、可能な限りの障害を排除しておこうではないか。

[Alty] ……あの恐魚――そう、今あそこの変な人が身体に埋め込んじゃったあれだけどね。

[Alty] エーギル人の匂いがしたわ。それも普通じゃないエーギルのね。私たちによく似た――海の匂いがするの。

[ケルシー] ……何?

ティアゴの歩幅は小さくも、その足取りは速い。多少老いが見え始めているとはいえ、彼には何とも言えない気迫があった。

そんなティアゴに遅れまいと、ジョディは懸命にそのあとをついていく。そもそも海を見たいと言い出したのは彼自身なのだ。

けれど、どうしてそう言ったのかは彼にもよくわからなかった。こうして歩いている今も、本当に海へ行きたいのは自分なのか、ティアゴなのか、どうも判然としないのだ。

ジョディは思った。――「僕はエーギル人だ。海こそが、僕の故郷なんだ。」

「だけど、僕は海の中で呼吸なんてできやしない。『島民』と呼ばれた祖先たちは、どんな技術を使って、水中での生活を送っていたんだろう?」

――そんな疑問が、次々と彼の心に蘇る。小さな頃はこうしたことが気にかかっていたのだが、どれもリーベリであるティアゴには答えられようもなかったものだ。

しかし、エーギルが海から来たのなら、なぜその海で溺れ死ぬなどということが起きるのだろうか?

[ジョディ] 海……

[ジョディ] 最後に見たのは、いつだったっけ……

[ティアゴ] ――もし懲罰軍がこの辺にいたら、連行されて尋問でも受ける羽目になったんだろうな。

[ジョディ] ご、ごめんなさい。こんなこと頼んだりして……

[ティアゴ] ……いや、気にするな。

[ティアゴ] そら、この海岸線を見てみろ。……今じゃ随分物寂しくなっちまったが、何十年も前には、ここを難攻不落の要塞にするって大きな計画があったもんだ。

[ティアゴ] だが実際は、そうはならなかった。確かに、北東へ何キロか行ったところには懲罰軍の詰め所があるし、西の断崖にも一つ置かれちゃいるが、それ以上は何もありゃしない。

[ティアゴ] 残ったのは嘘か……あるいは、いわゆる夢ってやつだけだ。しかも今目の前にある現実は、俺たちの目を覚まさせて、かつてのイベリアは二度と戻らないと思い知らせてきやがる。

ティアゴは口笛を吹いた。こうも浮ついた彼を見るのは、ジョディにとって初めてのことだ。

今のティアゴは、抑圧された町長ではなく……情熱を胸に故郷を築き上げてきた、一人の労働者としてそこに立っていた。

[ティアゴ] まあ今となっちゃ、何もかもが昔の話だ。俺たちはしくじった。お陰でグランファーロは落ちこぼれどものゆりかごさ。

[ティアゴ] それで、坊主。さっき、両親のことを聞いてきたな。

[ジョディ] ……うん。少し、聞いてみたくなって。

[ジョディ] だって僕、陸で育ったから……海のこともよく知らないし、エーギル人だとか島民だとか言われても、ぴんとこないんだもの。

[ティアゴ] だが、お前の両親……いや、厳密に言えば祖父母の代が、エーギルからやってきたってのは事実だ。

[ティアゴ] だからお前も、海の底に広大な土地を持つあの国から来たってことになる。

[ジョディ] ……エーギル……

[ティアゴ] ――昔、俺たちが夢見ていたグランファーロは、今みたいな寂れた田舎町じゃなかった。さっきも言った通り、盤石の要塞になってるはずだったんだ。

[ティアゴ] 本当なら、ここを起点に、海岸へ防衛線を築く予定もあった。そうして自分たちの手で災害から国を守り、復興と再建を果たそうと……

[ティアゴ] そんなふうに、本気で考えていた時代もあったんだ。

[ジョディ] ……

ジョディは口を挟まなかった。ティアゴの表情は次第に高揚し始めていて、曇ったその眼にも再び光が戻りつつあった。

彼が背筋を伸ばせば、潮風がその顔を撫でていく。老人の姿は今やどこか大きく見えた。

[ティアゴ] 俺たちは、その半世紀にもわたる一大計画の最終段階として、イベリアの眼へ向かい……あの灯台を蘇らせようとさえ思っていた。

[ジョディ] ……「灯台」?

[ティアゴ] ああ。あれは、黄金時代の遺産として唯一、大いなる静謐を生き延びた灯台でな。

[ティアゴ] なんだか、それを思うと俺たちは、どんな災難にも負けず、希望を胸に進み続けられる気がしてた。

[ティアゴ] 当時のマリーンは青い帽子を被っていて……こう言っていたよ。――我々は皆、英雄であり、この偉業を以て不滅となるのです、ってな。

[ティアゴ] そうして、この国の未来のために、お前の祖父母も両親も、二世代にわたって力を尽くしてきた。その名は後世に語り継がれ、本当に不滅となるはずだったんだ。

[ジョディ] しかし、実際には……

[ティアゴ] この場所にはもう、何一つ残っちゃいない。

[ティアゴ] 本来この港にはたくさんの船が泊まってたはずだが、見ての通り今あるのはあの船くらいのもんだ。しかも、あれは本来懲罰軍が接収する予定だったってのに、連中はそんなことすら忘れてやがる。

[ティアゴ] そのくせ、ここにあるべきだったものは何もかもがなくなった。あとに残されたのは取るに足らん田舎町に、そこら中へ転がるゴミ、数え切れないトラブルと、行き詰まった人々、そして……

[ジョディ] ……あの船、だね。

[ティアゴ] ……ああ。あの船だ。

[ジョディ] 父さんも母さんも、それから会ったことのないおじいさんとおばあさんも……皆、自分たちの仕事に誇りを持っていたのかな?

[ティアゴ] ……そう聞かれるのは、これで何度目だろうな。

[ティアゴ] お前が物心ついた時にも、礼拝堂で介護士の仕事をすると決めた時にも、同じ質問をしてきたのをよく覚えてる。ほこりを被った古い手帳や図面を指さしながら、何度も何度も聞いてきたもんだ。

[ジョディ] あ……うん、僕も覚えてるよ。

[ティアゴ] それなら、答えは知っての通りだ。

[ティアゴ] 何度聞こうと、俺は変わらず「そうだ」と答える。行き着いた結果はどうあれ、全員があの大災害のあとにも希望を持ち続け、精一杯貢献してきたわけだからな。

[ティアゴ] 俺たちが最後にイベリアの眼を目指そうとしたあの時、お前の両親は自らその役目を買って出てくれた。

[ティアゴ] まだ小さかったお前を置き去りにしちまったこと、責めないでやってくれ。……二人は皆の信念を背負っていたんだ。あまりにも長い間、たった一度の成功を求めて打ち込んできた俺たちの信念をな。

[ジョディ] ……

[ティアゴ] その後、お前の両親は艦隊を率いて、ここから陸を離れ……それが二人を見た最後になっちまった。

[ティアゴ] マリーンは俺たち全員が英雄であるべきだと言ってたが、今生きてる連中は、俺も含めてそんな大層なもんじゃない。死んだ奴らだけが英雄なのさ。……ジョディ、お前の父さんと母さんは英雄だ。

[ジョディ] ……そう、だったんだ。

[ジョディ] 父さん、母さん……

[ティアゴ] だが知っての通り、そんな努力を全部台無しにした連中がいる。絶望の中、俺たちが灯台の光に一縷の希望を託したその結果……

[ティアゴ] 裁判所がやってきて、何もかもを滅茶苦茶にした。奴らはエーギル人を捕まえて、その上俺たちの中に深海教会のスパイがいるだなんて抜かしやがった。

[ティアゴ] 俺たちはイベリアのために戦おうとしてたってのに、クソ裁判所の連中にすべてを奪われた。尊厳も理想も、一つ残らずな。

[ティアゴ] ……これでわかってくれたか? 坊主。

[ティアゴ] ここを出て、この絶望に満ちたイベリアを離れろ。何とかして遠くへ……外国へ、もっと広い大地へ向かうんだ。

[ティアゴ] グランファーロには……何も残っちゃいないんだから。

[Dan] 海だー!!

[Aya] ……そんなはずないでしょ、完全に逆方向だし。それより、本気であんな湿った部屋に楽器を置いてくわけ?

[Dan] い~や、聞けってAya! 絶対こっちなんだよ! 前から波しぶきの匂いがしてるし!

[Aya] 何それ、どんな匂い?

[Dan] 綿みたいで、なんかふわふわした感じの~!

[Aya] 全然伝わんないんだけど……

[Aya] でも、まあ……目の前に「海がある」っていうのは確かだね。

[グレイディーア] ……あなた方は……

[Aya] エーギル人だよ。陸で育った子たちとは全然違うタイプのね。……ところで、君たちはエーギルの――

[Aya] なんて呼ばれてるんだっけ? ……そうだ、「アビサルハンター」でしょ。

グレイディーアが眉間にしわを寄せる。彼女がこうした仕草で感情を表すのは、滅多にないことだ。

アビサルハンターとして、優れた執政官として、もしくはエーギルの技術者として、あるいは戦士としての――予感。

[スカジ] そう言うあなたたちは、AUSね。

[グレイディーア] あら、知っているの?

[スカジ] ええ、偶然だけど。

[Aya] 何その意味深な言い方……まあ、エーギル人にもバンドの名前を知られてるのは嬉しいけどさ。

[Aya] ま、Altyは君たちの残した匂いを辿って、あの陸上船まで行ったことがあるし、多分その時に知り合ったんでしょ? とはいえ、こうして直接会うのは初めてだから……

[Aya] まずは自己紹介しようか。私はAya、AUSのボーカルだよ。それからこっちはDan。ドラム担当ね。

[Dan] よろしくなー、海からのお客さん!

[グレイディーア] ――お二人も、海からいらしたのでしょう? お目にかかれて光栄ですわ。

[グレイディーア] 陸へ上がったあと、ケルシーから――陸地にいるあなた方の同族については、教示を受けております。

[Aya] あ~……陸での話なら、確かに「私たちは」同族って言えなくもないけど、海に残ってる子たちのほうはまた話が別なんだよね。

[Aya] ところで、君たちはどうしてここにいるの? あのお医者さんを探しに来たとか?

[グレイディーア] 単に、約束があるから来たというだけのことですわ。

[グレイディーア] 何しろ私たち、エーギルへ帰る方法を探しているものですから。

[Aya] エーギルに? ……三人とも一緒にってこと?

[スカジ] そうね。簡単に離ればなれになる気はないし。

[Aya] へえ、仲いいんだね。で、後ろの子はどうかしたの? さっきから一言も喋らないよね。単に照れてるだけ? それとも何かあったとか?

[スペクター?] ……

[Aya] ちょっとぼんやりしてるみたいだし、何かに苦しめられてるようにも見えるけど。もしかして病気?

[グレイディーア] そうとも言えますでしょうね。

[Aya] なんだか可哀想。

[Dan] ――うわっ!

[Aya] 何、どうしたの?

[Dan] 今、何かがビビっとアタシの脊髄を駆け上がってった! 脳に電流がビリビリっときて、上手く言えない何かがぶわ~っと――

[スペクター] ――声……

異常なほど無口だったスペクターは、その時、空を見つめていて――ふと、目を閉じた。

混沌とした思考が、波音に洗い流されていく。海岸はまだ遠くにあるのだが、それでも何かがスペクターの意識に触れていた。

それは風に乗り、雲に隠れ、陸を越えて、海からやってきたのだ。

[スペクター] 声が、聞こえます。

[グレイディーア] 声……? 何も聞こえてこないけれど。

[スペクター] この声は海の旋律。海の子が泣いているのです。

[スペクター] これは……一つの、歌……

[スカジ] ……! 恐魚の匂いがするわ。町を襲いに来たみたいね。

[慌てる町民] ま、待った……ど、どうしてここに!?

[慌てる町民] あ、あなたは、審問官ですよね!? その、今引きずってらっしゃるのは――

[聖徒カルメン] 家に帰りたまえ、市民。

[聖徒カルメン] この二人には、異教徒との共謀罪で容疑が掛けられている。ゆえに私は審問官の名において、職務を遂行しているだけだ。

[聖徒カルメン] 町民は皆、この場所を離れておきなさい。彼らの血は敵を引き寄せてしまうだろうし、戦いに巻き込まれぬようにな。

[慌てる町民] や、やっぱり審問官なんですね!? い、いつの間にこの町へ――もしかしてあのよそ者が、裁判所の人だったとか……!?

[慌てる町民] と、とにかく……! お、俺は邪教徒じゃありませんよ! そいつらとは無関係ですから!

[聖徒カルメン] おや、彼らが誰だかわかるのかね?

[慌てる町民] え、ええと、そいつは……ファン? ファンだと思います! 前から怪しいとは思ってたんですよ! だって――

[聖徒カルメン] ……もう良い。それで十分だ。

[聖徒カルメン] そのように、自己保身のために良心を痛めるような真似をする必要はない。すぐに帰って、しっかりと戸締まりをしなさい。

[慌てる町民] は、はい――!

[聖徒カルメン] ……

[聖徒カルメン] ……さて、来るが良い。隠れたところで無駄だ。

[深海教徒A] チッ……この男、審問官……いや、大審問官の一人だな!

[深海教徒B] どうしてここに現れたんだ!?

[深海教徒A] アマイアとティアゴの姿も見えないし……こうなったことも、まさかあのエーギルに関係しているのか?

[深海教徒B] クソッ……それより貴様、ファンを殺したな!?

[聖徒カルメン] まだ命までは取っておらん。聞きたいことがあるのでな。

[聖徒カルメン] それにしても、見たところお前たちは、この辺りで見かけたほかの敵とは違うようだ。明瞭な意識を持っており、何者かに導かれているように見える。

[聖徒カルメン] とはいえ、本当に正気が残っているのであれば、理解できるはずだ――

[聖徒カルメン] ――お前たちでは、私はもちろん、裁判所の勇敢な戦士たちには決して叶わないということがな。

[深海教徒A] ……くっ……

[聖徒カルメン] それがわかっていながら、炎に飛び込む虫のごとく、身を捧げるのは何のためだ?

[聖徒カルメン] この打ち捨てられた海岸で一体何を企んでいる? あの邪悪な波濤は何を約束した?

[聖徒カルメン] ああ……イベリアの敵よ、お前たちには聞きたいことが山とある。

[聖徒カルメン] お前たちの神が、信徒に答えを与えてくれることを祈るとしよう。

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