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ニアーライト_NL-2_瀕死な棘_戦闘前
誇りなき卑劣な騎士たちによる包囲の中、とある感染者騎士が競技場で犠牲になった。それは一連の騒動へと繋がったが、事件を報じるニュースすらも操られ、その真相は覆い隠されていくのだった。
[感染者騎士] はァッ――!
[参加騎士] 感染者ごときが――よくも!
[感染者騎士] 消えるがいい。お前のような奴に、この場所は相応しくない。
[参加騎士] チッ、せめてテメエを、得点エリアから引きずり出してやらあ!
[感染者騎士] ――! くっ!
[感染者騎士] ……よかった、まだ点数は残ってる――
[錆銅騎士] そう思うか? 鉱石病野郎。
[感染者騎士] なっ――!?
[イヴォナ] ちっ、イングラの奴……!
[興奮する観客] いいぞ、錆銅! そいつを得点エリアから追い出してやれ!
[興奮する観客] 手を潰せ! 感染者なんかに好き勝手させるな!
[慎重な観客] シーッ! ちょっと、大声出さないで! ほら、向こうの席見てみなよ……
[興奮する観客] はあ? ……あれ、一人しか座ってない。「感染者騎士席」?
[イヴォナ] ……
[慎重な観客] 声大きすぎ……! あの人、こっち見てるよ。
[興奮する観客] ハハッ、平気平気! 向こうの席とは、間に壁があるだろ? 何も聞こえちゃいないって。っつーか、あの感染者が俺を殴りにあの壁を乗り越えてくるってのか? まさか。
[感染者騎士] ――騎士の剣術とはこういうものだ、イングラ。お前の動きの単調さはまったく見るに堪えないな。
[錆銅騎士] ペッ……クソ感染者風情が……この俺に説教だと!? 後悔させてやるぜ――身体中をずたずたに引き裂いてなァ!
[感染者騎士] (よし、乗ってきた。思った通り、頭に血が上りやすい単細胞だな……このまま、冷静さを欠かせれば……)
[感染者騎士] (来る――!)
[錆銅騎士] 感染者のクズが――
[感染者騎士] ――クズ? 向上心のないお前たちのような騎士こそ、よほどその名に相応しい弱者だと思うが。
[錆銅騎士] ぐっ……俺様の剣が、弾かれた……!?
[錆銅騎士] ――いや、お前の短剣ごときで弾けるはずがねぇ。なにをした、風のアーツか? それとも単なる推進力か……?
[感染者騎士] 教えるとでも思うのか? オルマー・イングラ!
[錆銅騎士] 貴ッ様――だったらこれを喰らいやがれ!!
[感染者騎士] (なッ――!?)
[錆銅騎士] チッ! やっぱり風じゃねぇか……
[錆銅騎士] まあ、そんなアーツじゃ動きを補助するくらいが関の山だな。イカレ野郎の風騎士には遠く及ばねぇ。
[感染者騎士] (探られていた……? ただの脳筋野郎じゃない、ってことか。)
[錆銅騎士] フンッ……感染者め。アーツユニットでもねぇ剣しか持ってないのにアーツが使えるんだから、気味が悪い。だけどな……体内の汚れた源石で扱うアーツじゃ、勝負は変わらねぇんだよ!
[錆銅騎士] クソが……血騎士の野郎もだ。実力もねえのに名声だけ得た感染者騎士が何人か現れたってだけで、一般人に感染者を認めさせようとでも思ってんのか?
[錆銅騎士] 監査会はお前らに甘すぎるんだよ。せいぜい有り難く思うんだな、鉱石病のゴミ野郎が。
[感染者騎士] ……「有り難く思う」?
[感染者騎士] お前たちに、か……?
[錆銅騎士] ……ハッ、何だその態度は? カジミエーシュの底辺なんぞで這いつくばってる感染者が、騎士貴族様を見下そうってのか?
[感染者騎士] 感染者が……感染者が、合法の身分を得るために……どれだけ犠牲を払わなければならないのかを……お前は、知っているのか?
[錆銅騎士] ンなこと俺様が知るわけねぇだろ? 俺が知ってんのは、お前が俺になぶり殺しにされることだけだ!
[感染者騎士] ――産卵後に捕らえられたメスの鉗獣が、どれほど凶暴かを知っているか? 感染者騎士の選抜においては、殺しが黙認されているということを、知っているか?
[感染者騎士] ……なぶり殺しだと? ずいぶんと大口を叩いたな、オルマー・イングラ。お前は弱い者いじめを楽しんでいるだけの卑劣な男だ。殺し合いにすべてを捧げる勇気などないのだろう。
[感染者騎士] ――騎士貴族のクズ。お前は、無価値と判断された命が、どう扱われるのかを見たことがあるか?
[興奮する観客] まだ得点エリア内に立ってる連中は……たったの五人か!?
[興奮する観客] *カジミエーシュスラング*! 有り金はたいて賭けたってのに、あの役立たず……! この三十分で一回も得点エリアに入ってねーじゃん!
[騒がしい観客] どうしてまだ感染者なんかが残ってるの? あいつ、いつまで錆銅騎士と戦ってるわけ?
[興奮する観客] おい! その汚物野郎を片づけろ! イングラ!
[興奮する観客] イングラ! イングラ! イングラ!
[興奮する観客] !? ……な、なんだ!? 地震か……?
[騒がしい観客] ち、違うみたいだよ……多分、あそこの感染者騎士じゃないかな……さっき、すごい勢いで地面を蹴ってたから……
[イヴォナ] ……チッ。
[イヴォナ] あいつら……感染者を囲み始めやがった。
[感染者騎士] イングラッ! この痛みを味わうがいい!!
[感染者騎士] ……ッ! 包囲された……!?
[錆銅騎士] ……感染者……
[錆銅騎士] お前はここに相応しくねぇんだよ!
[感染者騎士] ぐっ――!?
[真面目な騎士] 棄権しろ、感染者。
[真面目な騎士] イングラのやり方は気に入らないが、我が騎士団も、そして我が一族も、我々が感染者と同じ舞台で競い合うという恥辱を認めないことは確かなんだ。
[感染者騎士] お前……よくもぬけぬけと……
[真面目な騎士] 誤解してくれるなよ。そもそも、得点エリア内に最後まで立っていられるのは一人だけなんだ。
[真面目な騎士] これは乱戦だからな。しかし今、君が全員の標的になっているのは事実だぞ。
[感染者騎士] ……クソッ……
[錆銅騎士] 分別のねぇバカどもが……感染者を片づけた後は、お前らの番だ。
[媚びへつらう騎士] あのう、イングラ卿……俺は途中でケガをしてしまいまして、一位は目指せないんですが……少なくとも今は、協力してあの感染者を叩き潰すべきだと思うんです。
[媚びへつらう騎士] おい、下賤な感染者ども! 恐れ多くも騎士様に向かって好き勝手ばかり言いやがって! 貴様らも、以前感染者が引き起こした騒動くらいは知ってんだろう?
[媚びへつらう騎士] レッドパイン騎士団は怪しいぜ! 感染者の不法居留民たちの背後には、あいつらがいるって噂じゃねぇか。
[媚びへつらう騎士] 俺らと同じ舞台で戦って得た賞金で、カヴァレリエルキに――果てにはカジミエーシュ全体に仇為すつもりなんだろう? そんな連中を、俺たちが黙って見過ごすとでも思ったか!?
[感染者騎士] ……不法居留民、だと?
[感染者騎士] 私が目にした彼らは! 工場や農場、闘技場に見捨てられ、帰る家を失った――可哀想な人たちだった!!
[錆銅騎士] わめくんじゃねぇよ。
[錆銅騎士] そうやって被害者ぶるつもりかよ? だったら、殺されるのを待ってねぇで、おとなしく収容地区に逃げ帰るんだな。
[錆銅騎士] ――なあ、正直に言ってみろよ。内心、騎士なんざ全員ぶっ殺してえと思ってんだろ? 怒りではらわた煮えくり返ってんだろ? 復讐したくてたまらねぇよなあ?
[錆銅騎士] だったら、何をグズグズしてやがんだ?
[感染者騎士] ――貴様ッ……!
[感染者騎士] が、はっ――ぅぐ……はぁ、はぁ……
[錆銅騎士] 無駄なんだよ、ザコ! お前の腕をへし折って、そいつでぶん殴ってやる!
[感染者騎士] (ダメだ、このまま戦い続けるのは不味い。ここは――)
[真面目な騎士] ……
[媚びへつらう騎士] ……おーっと、通行止めだぜ。
[感染者騎士] 貴様ら、どけッ――!
[感染者騎士] うっ……!?
[感染者騎士] ク、ソッ……一体何のつもりだ……!?
[媚びへつらう騎士] ここに突っ立ってるだけだ。見りゃわかんだろ?
[真面目な騎士] ……
[錆銅騎士] さあ、今度は逃げられねぇぞ!
[感染者騎士] ぐ、ああっ……!
[錆銅騎士] ……ほー、良い鎧使ってんなあ。安物なら背骨がイってたはずなんだが。
[感染者騎士] ぐ……うッ……がは……ごほっ、げほ……
[媚びへつらう騎士] どうして騎士協会はお前らにメジャー参加なんぞ許したんだろうなあ……感染者の血は猛毒なんだろ?
[真面目な騎士] ……おい、待て。
[真面目な騎士] ここを去るんだ、感染者。棄権してくれ。
[真面目な騎士] 君はもう重傷を負っている。これ以上続けたら、このあとの試合もふいにしてしまうぞ。
[感染者騎士] ――黙れ!
[感染者騎士] こ、この……偽善者気取りの恥知らずどもが……!
[感染者騎士] う……ッ!?
[錆銅騎士] 偽善者気取りぃ? そいつは俺様も込みでの話か?
[錆銅騎士] ハハ! どこまで減らず口が叩けるか試してやろうじゃねぇか。どうせお前はひざまずいて許しを請うことになるんだろうがよ!
[イヴォナ] 野郎ッ――!
[イヴォナ] おい、審判! 絶対おかしいだろ、この状況!!
[イヴォナ] あのド畜生は、試合に個人の復讐なんぞを持ち込んでやがんだぞ!
[イヴォナ] あたしは――
[イヴォナ] ――
[興奮する観客] イングラ! イングラ! イングラ!
[興奮する観客] 錆銅、万歳! カジミエーシュ、万歳! 騎士、万歳!
[イヴォナ] ……ッ……
[騒がしい観客] その感染者を立たせて! さっさと立ち上がらせてよ!!
[騒がしい観客] まだやれるでしょ!? もっと戦わせなさい!! そいつがどこまで持つのか見せてちょうだい!!
[イヴォナ] ――ンだと!?
[興奮する観客] うわっ、なんだ!? や……やめろ、来るなっ!
[イヴォナ] ……なんなら、お前をあん中にぶん投げてやってもいいんだぜ? 間近で見られりゃ嬉しいだろ? なぁ?
[興奮する観客] お……お前……
[興奮する観客] 騎士のくせに、観客を襲うつもりなのか!?
[イヴォナ] ……なっ……!?
[騒がしい観客] 警備員! 警備員はどこ!? 感染者が一般人を襲ってます!!
[イヴォナ] ッ、このクソ野郎どもが!
[感染者騎士] ぐ、はっ……
[感染者騎士] ……貴様、ら……
[錆銅騎士] 話す気力が残ってるとは――しぶとい野郎だ!
[感染者騎士] うぐッ――! ぅう……おえっ……
[真面目な騎士] もうよせ、錆銅。このままでは彼が死んでしまう。
[真面目な騎士] そもそも、彼も騎士として登録を受けた立場なんだぞ。感染者一人のために、国民議会へ面倒ごとが持ち込まれるのは……
[錆銅騎士] はぁ? 偉そうに指図すんじゃねぇ! 何様のつもりだ、てめえ!
[真面目な騎士] 我々はもとより、勝負をつけなければならない立場だろう……この試合の勝者は一人と決まっているのだから。
[錆銅騎士] 上等だ、ぶっ潰してやる――
[錆銅騎士] ……あ? 何だこりゃ、風か? ……お前、まだやる気なのかよ。
[感染者騎士] ……錆、銅……貴様……
[錆銅騎士] ハハッ、どうした感染者? 必死でやってその程度かよ? そこらの壊れた扇風機でも、お前のアーツよりは役に立つだろうなあ!
[感染者騎士] ……後悔……するぞ……
[錆銅騎士] っ……!?
[媚びへつらう騎士] こ、こいつ……! 命が惜しくねぇのか!?
[真面目な騎士] ――この風、勢いを増している? 一体、どこにこんな余力が……
[真面目な騎士] くっ――!
[感染者騎士] 聞け!
[感染者騎士] イングラ……そこの恥知らずどももだ……!
[興奮する観客] お、おい見ろ! あの感染者……!
[興奮する観客] あれって……アーツを使ってるのか……!?
[イヴォナ] お前ら、よそ見しやがって――
[イヴォナ] ――待て、アーツだと!? マズい、このままじゃ――
[感染者騎士] 貴様らは……感染者が強いられる苦痛を、理解していない……
[感染者騎士] 我々が――自ら望んで鉱石病になったとでも思っているのか!?
[感染者騎士] 家族にも戦友にも見捨てられた。貴様らには、ゴミ同然に扱われ、闘技場へ放り込まれた。腹を空かせた鉗獣と戦い、血を流してきた……
[感染者騎士] 私は、貴様たちに――
殺されようとしている。今、ここで。
確かに、この場所はメジャー本戦の会場だ。けれども、結局これは娯楽性重視のバラエティー競技でしかない。
いや。場所なんてものは、問題ですらないのだろう。
もとから感染者に「ハプニング」が起きたところで、取りざたされることはない。
抗わなければ、殺されるだけだ。
ああ……そうだ。
抵抗しなければ。
立ち向かうしか、ないのだから。
[感染者騎士] 貴様らに……血を以て、償わせてやる……!
[真面目な騎士] うっ……風が、さらに強く……!
[媚びへつらう騎士] けっ。こうなりゃ、残ってたってしょうがねぇ……どの道、お前らには敵わねーしな。騎士団上層部だってわかってくれるだろ。
[媚びへつらう騎士] 元々漁夫の利を狙うつもりだったが、望みは薄いと見た。――俺は棄権だ、棄権するぜ! あとはそっちで頑張れよ!
[真面目な騎士] ……思うに、これではあまりにも不公平だ。感染者はアーツユニットに頼らずにアーツを使えるのだからな。
[真面目な騎士] この件はノースウッド大騎士団に報告させてもらう。感染者のアーツ使用に関して、制限を設けるべきだ、とね。……さて、そうと決まればここは退こう。
[錆銅騎士] ……
[真面目な騎士] ……錆銅?
[錆銅騎士] っせえな、黙ってろ。……あいつは俺を殺そうとしてんだぜ。俺の名声に傷をつけるために、死に物狂いでアーツを繰り出して……
[感染者騎士] ……逃がさんぞ、イングラ……!!
[錆銅騎士] 笑わせんな。逃げるわけねえだろ?
[錆銅騎士] 貧相なアーツも、てめえのツラも――俺がまとめて引き裂いて、その血だまりで踊ってやるよ!
[錆銅騎士] 来い! 感染者ァ!
[感染者騎士] ……殺してやる……絶対に……
――ああ……
あのアルバムは、離婚した時に彼女が持って行ったんだったか。
一目だけでも、見たかった。私の、可愛い――
[興奮する観客] ……
[イヴォナ] …………
[興奮する観客] な、何がどうなった? 最後の瞬間、風が急に止んだような……
[興奮する観客] 待てよ……だとしたら……
[興奮する観客] 錆銅の一撃が……当たったのか……!
[イヴォナ] ……! クソッ!
[錆銅騎士] ハァ……ッ、ハァ……残念、だったなぁ……必死こいた結果が、このザマとは……
[錆銅騎士] どうした! 答えろよ感染者! 最後の最後に力使い果たしちまったのかァ!?
[錆銅騎士] てめえみてぇな――
[錆銅騎士] ――
[錆銅騎士] 待て……まさか、この野郎……
[錆銅騎士] 死んだのか?
[媚びへつらう騎士] ……感染者野郎が……死んだ……?
[媚びへつらう騎士] で、でもよ――
[真面目な騎士] ッ――! とにかく急いで医療チームを呼べ! ここは競技場なんだぞ! もし大規模感染が起きたら――
[真面目な騎士] 錆銅! 聞いてるのか!? 早くそこから離れろ!
[錆銅騎士] ……こいつ、死んだぞ……マジで死にやがった……
[錆銅騎士] ハハ……ハハハッ……これっぽっちのアーツと引き替えにくたばったのかよ!?
[錆銅騎士] お前ら感染者はこれだから――
[警備員] ――錆銅騎士。まずは競技場から離れてください。
[警備員] 医療チームの人員は、感染リスクがないことを確認した上で、遺体を密閉容器に入れて運び出せ。早く!
[錆銅騎士] ……チッ……
[錆銅騎士] ――ッ!?
[イヴォナ] ――
[錆銅騎士] レッドパイン騎士団よお!? ここにいる騎士全員を敵に回そうってのか!? あぁ!?
[イヴォナ] うるせえッ! ――そいつを放せ!!
[警備員] ……ほかの騎士たちや、観客全員の安全を守るための措置です。どうかご協力をお願いします。
[警備員] 錆銅騎士。繰り返しになりますが、あなたも早くここを離れてください。
[錆銅騎士] ハン、汚れた感染者騎士め。……いいだろう、離れてやるよ。俺は鉱石病で人生を棒に振るなんざ御免だからな……
[警備員] ……あなたも、感染者の方ですか? どうか落ち着いてください。ここはメジャーの会場ですし……
[感染者騎士] ぅ、っ……
[イヴォナ] あいつはまだ死んでねぇ! 息してんのが見えねぇのか!? いいからさっさと退きやがれ!
[イヴォナ] お前ら……!
[真面目な騎士] 君、落ち着きなさい! 騎士協会に盾つくつもりか?
[真面目な騎士] この場は医療スタッフに任せて――
[感染者騎士] ごほっ……! げほ、ごほごほっ――!
[感染者騎士] は、ぁ…………
[イヴォナ] 通せ、この野郎!
[警備員] 放っておきましょう……彼女も感染者ですから。観客を避難させる方が優先です。
[イヴォナ] ……大丈夫か?
[感染者騎士] ……は、は……大丈夫、とは……言えないな……
[感染者騎士] 血が……止まらないんだ……でも、それより……
[感染者騎士] ……ぐっ……源石が……広がって…………ひどく、痛む……
[放送の声] ――ただ今、競技場で予期せぬ事態が発生いたしました。ご来場の皆様はスタッフの指示に従い、速やかに避難してください。――表彰式は二時間後に執り行う予定です。
[放送の声] 繰り返します――ただ今、競技場で……
[感染者騎士] ……野鬃。
[イヴォナ] 聞いてるぜ。
[感染者騎士] お願いだ……私の、代わりに……
[イヴォナ] ……奥さんと娘さんなら、ソーナが見つけてくれるよ。
[イヴォナ] だから、安心しろ。
[警備員] まずいぞ! 源石が体表に広がり始めている。これ以上は危険だ、早く密閉容器へ!
[イヴォナ] なっ……! 何しやがる!?
[警備員] 感染防止のため、適切な措置を取ります。
[感染者騎士] ……この……くそったれ、が……
[感染者騎士] ――イヴォナ!
[感染者騎士] こいつら、一人一人の顔を、忘れないでくれ……!
[感染者騎士] この騎士たちを……カジミエーシュの……残忍な、人殺しのことを……記憶に、刻みつけて……
[感染者騎士] 誰一人……見逃さないでくれ……!
[老職人] ――あんたの番だぜ。さっさと出せよ。
[老騎士] そう急かすでない。考える時間くらいよこさんか。
[老職人] はあ? たったそんだけの手札で何を考えるってんだ。
[テレビの音声] ここで、臨時ニュースです――
[テレビの音声] 本日行われたメジャー本戦のバラエティー競技、フラッグ戦にて、アクシデントが発生しました――
[テレビの音声] とある感染者騎士が虚偽の身体状況を申告して出場し、試合中負傷したにもかかわらず、無理にアーツを使用したため――
[テレビの音声] ――試合中にショック症状を起こし、治療のかいなく死亡したという情報が入っております――
[老騎士] ……感染者が……
[老職人] ……死亡……? 本当に死んだのか? 競技場で?
[テレビの音声] 大会医療部による会場清掃は完了しており、競技場は明日消毒作業を行った後に、通常通り使用される予定です――
[テレビの音声] 事件発生後三時間で、国民議会には感染者騎士法の改正を求める問い合わせが多く寄せられています――
[老騎士] ……法改正ぃ? フン、バカバカしい。プライドだけは山のように高いあの国民議会の連中が、一度決めたことを撤回なぞするわけがなかろう。
[老職人] だな。大体、血騎士の時、圧力かけられて感染者騎士を合法化したあいつらが、今更白紙に戻しますなんて言ったら、それこそ面目が丸潰れだろう。
[老騎士] やれやれ、感染者問題は戯れなどではないというに……「面目」で政策が決まるとは、嘆かわしいわい。
[禿頭マーティン] とはいえ、この数十年、騎士貴族たちがその「面目」を何よりも重要視してきたのは確かだろう?
[禿頭マーティン] 時代は変わったし、彼らの考えは読み切れないが、たとえ結果が悲惨になる予想がついてようが、馬鹿の一つ覚えみたいに、ルールにしがみつく保守的な態度は変わったことがなかっただろ。
[禿頭マーティン] その辺りのことは、我々が一番よくわかってるはずじゃないか。お陰で皆、割を食ってきたんだから。
[テレビの音声] ――安全面への配慮から、大会参加騎士の全員が、三日以内に医療検査を受ける予定となっております――
[放送の声] ――今回の事件に関しましては、騎士協会も多大なる関心を寄せており――
[放送の声] ――現在、多くの騎士団が、感染者の突然死や制御不能なアーツ、そしてメジャー期間中の大規模な感染リスクに関して、連名で意見書を提出しています――
[マーガレット] はッ――!
[マーガレット] うむ、いい感触だ、マリア。
[マーガレット] 重心の調整が素晴らしい。ここまで手に馴染む武器は、随分久しぶりだ。
[マリア] あっ……ほんとに?
[マリア] えへへ、お姉ちゃんの前の戦闘データを基にして、しっかり調整したからね。
[マーガレット] ……そうか、ありがとう。
[ゾフィア] ……じゃあ、データ上の調整が終わってるなら、お次は軽く実践といきましょうか。
[ゾフィア] マリア、君は向こうに行ってなさい。
[マリア] う、うん……!
[マリア] 二人とも、無理はしないでね!
[マーガレット] ……ああ。
[ゾフィア] ……ふふっ、良い目をしてるじゃない。
[ゾフィア] 真剣勝負よ、マーガレット。手加減なんてされた日には、私のプライドが傷ついちゃうから。
[マーガレット] 無論そのつもりだ。
[マーガレット] では、始めよう――
[放送の声] ――ということで、騎士競技専門家の皆さんをお招きし、意見を述べていただきました。――では、騎士協会の担当者に繋いでください。
[放送の声] ――カジミエーシュ市民の皆さん、こんにちは――
[マリア] ……
[放送の声] ――感染者はアーツユニットに頼らず、アーツを放つことが可能であることは、医療分野においてはよく知られていますが――
[放送の声] しかし、競技場での試合に限っては、これは「極めて不公平」と言うほかありません――
[マリア] (……不公平か。)
[マリア] ……公平って、なんだろう。
[ムリナール] 規則の中でその規則の主に勝てるとでも? まったくもって馬鹿げた話だ。
[マリア] ……
[ゾフィア] くっ……!
[マーガレット] おっと、危ない。
[マーガレット] 大丈夫か?
[ゾフィア] な……なんともないわ。手を離してくれる……?
[マーガレット] すまなかった。長物の扱いは久しぶりで、加減ができなくてな。
[ゾフィア] ……はぁ……
[ゾフィア] ――ちょっと? なにを笑ってるのかしら? マ~リ~ア~?
[マリア] えっ! あっ、ご、ごめんなさい~!
[ゾフィア] まったく。……それにしても、マーガレット。
[ゾフィア] 君は、本当に変わったのね。
[マーガレット] うん? そうか?
[ゾフィア] 見た目の話じゃないわよ? ……髪の毛が乱れちゃったわね。――ほら、こっちに来なさい。直してあげるから。
[ゾフィア] マリア、くしを取ってくれる? 君の作業台の後ろにあるやつよ。
[マリア] これかな? うん。
[ゾフィア] ありがとう。……さあ、座って一休みしましょうか。
[マーガレット] ああ。手間を掛けるな。
[ゾフィア] いいのいいの。……こうしてると本当に、君がここを離れてからの時間なんて、あっという間のことみたいに感じるわね。
[ゾフィア] (あっという間に、君はまた遠い人になっちゃった……)
[放送の声] ――死亡した感染者騎士は、不法居留感染者の事件の関係者である疑いも持たれており、詳しい状況は現在も調査中となっています。
[放送の声] 騎士協会は、「メジャーのスケジュールは予定通り遂行する」「こうした小規模な混乱による影響は受けない」と表明しており――
[マリア] ……お姉ちゃん、これ……
[ゾフィア] まさか、またイングラなの? 試合中に相手を殺すなんて……!
[マーガレット] ……
[スクリーンの音声] ――現在、問題の試合を観戦していた多くの観客たちが、騎士協会に対応を求めています。
[スクリーンの音声] また、本件に直接関与した「錆銅」オルマー・イングラなど数名の騎士たちも、インタビューに答えており――
[代弁者マルキェヴィッチ] …………
[企業職員] あの、マルキェヴィッチ様? どうされたのですか?
[代弁者マルキェヴィッチ] あっ……申し訳ありません。続けてください、ジュエルさん。
[企業職員] は、はい。では……こちらは、騎士協会から送付されたもので、本大会の大騎士全員の個人情報と注意事項が記載されております。
[企業職員] 商業連合会としましても、大スターたちとの関係を損なうことがないよう、より一層の注意を払ってほしいと考えているらしく……
[代弁者マルキェヴィッチ] なるほど。目を通してみましょう……
[代弁者マルキェヴィッチ] (ベテラン選手ばかりだ……ああ、やっぱり耀騎士も含まれているのか……)
[代弁者マルキェヴィッチ] ……おや?
[代弁者マルキェヴィッチ] この追魔騎士も、騎士団に所属していないようですが……独立騎士ですか? メジャー本戦に出場する騎士の中では、該当者は耀騎士だけかと思っていました……
[代弁者マルキェヴィッチ] それに追魔騎士、という名前を見るに……彼はまだ、大騎士ではないのですよね? 一般的に、大騎士の称号は簡潔かつ本人の特徴を踏まえた一文字の称号となるはずですし……
[代弁者マルキェヴィッチ] となると、彼の情報が載っているのはなぜなのでしょうか?
[企業職員] ああ、その方ですか……ハハ。聞くところによると、彼は騎士協会を長いこと悩ませ続けている方だそうですよ。私も詳しくは知りませんが……
[企業職員] なんでも、騎士称号にはまったく興味を示さない上に、商業連合会の方針もまるで無視して取り合わないんだとか。ですが、ものすごく反抗的というわけでもないです。
[企業職員] まあ、一言で言えば、変人ですね。
[代弁者マルキェヴィッチ] 変人、ですか……
[企業職員] ええ。とはいえ、実力は本物ですよ。どういうわけか、複数の騎士一族が彼の正体に強い興味を持っていて、それを尋ねに何度も協会まで来てるくらいですし……
[企業職員] まあ、我々も彼の素性について、はっきりと知っているわけではないんですよ。噂では、サルゴン近辺の田舎から来たとかなんとか?
[代弁者マルキェヴィッチ] ……
[企業職員] マルキェヴィッチ様?
[代弁者マルキェヴィッチ] ……色々と教えていただいて、ありがとうございます。先に向かっていてもらえますか?
[企業職員] はい。
[代弁者マルキェヴィッチ] あっ……そうだ、ジュエルさん。
[企業職員] ? 何でしょうか?
[代弁者マルキェヴィッチ] ……私はまだ、あなたの知るマルキェヴィッチのままですから……そう堅苦しく接するのは止してください。どうも慣れない感じがして……
[企業職員] ああ……承知いたし、じゃなくて、わかりました。マルキェヴィッチ……様。
本件について、国民議会はどのような判断を下すのでしょうか? メジャー開幕初日にこうした重大事件が発生したことに、騎士協会はどういった対応を取るのでしょうか?
CMの後は、騎士協会の記者会見場から中継でお伝えします。
――ジャ~ジャ~ン♪♪
三百年の伝統を誇るブルーイヤー酒造から、選ばれし騎士にこそ愛されるこの味を――
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