aklib_story_在りし日の風を求めて_天空の物語

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在りし日の風を求めて_天空の物語

物語が物語を呼び、多くの物語が語られる。幼いオペレーターたちが祭日のパーティの合間に語ったのは、古より伝わる各地の天空の物語であった。


[シャマレ] どうしたの、モルテ?

[モルテ] (ぐったりとソファーに寝そべっている)

[シャマレ] 食べ足りなかった?

[モルテ] ……

[シャマレ] 今日は祭日だから、みんな楽しそうにしてた。

[シャマレ] 悪霊たちもみんなどこかに隠れたみたい。

[シャマレ] パーティで食べ物を取るときに、泣いてる人をたくさん見たけど――

[シャマレ] あの感情は、モルテの口には合わなかった?

[モルテ] ……

[シャマレ] 好き嫌いが激しくなってきたのかもしれないね。

[シャマレ] 今朝ドクターは言ってた。

[シャマレ] パーティには食べ物に友達、それから普段あんまり見かけないものがたくさんあるって――

[モルテ] ……

[シャマレ] 楽しい? 私に聞いてるの?

[シャマレ] さあ……よくわからない。

[シャマレ] この場所にある感情は、すごく変わってるし。

[シャマレ] 最近いろんな感情を受け取ったから。

[シャマレ] よくわからない感情もある。

[シャマレ] さっき見たのもそうだよ。楽しそうに笑いながら飲み物を飲んで――

[シャマレ] それから少し言葉を交わしただけで、涙が止まらなくなって――

[シャマレ] 笑いながら泣いてた。

[シャマレ] 喜びと悲しみが入り混じってるの。困っちゃうね。

[モルテ] ……

[シャマレ] うん、それだけはわかったよ。

[シャマレ] そういう感情は、モルテの口には合わないんだね。

[モルテ] !

[シャマレ] また裂けちゃったの?

[シャマレ] ……

[シャマレ] 大丈夫、そんなひどくないよ。

[シャマレ] リンゴを取ってきて。アタシはほかの材料を用意するから。

[シャマレ] お行き。お腹の詰め物をまき散らさないようにね。

[シャマレ] あと、包丁を振り回すのもダメだよ。じゃないとドクターに怒られるから。

[モルテ] (うなずく)

[シャマレ] ほら、急いで。

[シャマレ] ……

[シャマレ] ……

[シャマレ] ん?

[スズラン] あ、お邪魔しちゃいましたか? シャマレお姉さん。

[シャマレ] なんか用?

[スズラン] た、ただシャマレお姉さんがずっとペンを持っているのに、何も書いてないのが気になって……

[シャマレ] ふーん。

[スズラン] あうっ……

[スズラン] お仕事の……お邪魔でしたか?

[スズラン] ごめんなさい!

[シャマレ] ……

[スズラン] えーっと、パーティでお腹いっぱいになったので、ここでしばらく本でも読もうかと……いいですか?

[シャマレ] 好きにすれば。

[スズラン] ありがとうございます、シャマレお姉さん、えへへっ。

[スズラン] ふぅ~、ここの大きなソファなら尻尾をぜんぶ下ろせそうです――うん、これでよし。

[スズラン] あぁ、気持ちいい~。

[スズラン] ふわぁぁ~~。

[シャマレ] ……

[シャマレ] 戻ってきたの?

[シャマレ] (小声)モルテ、リンゴを一つスズランにあげて。

[モルテ] (うなずく)

[スズラン] ふわぁ――

[スズラン] え、モルテ?

[スズラン] これ……私に!?

[シャマレ] ……

[スズラン] ありがとうございます、シャマレお姉さん!

[スズラン] モルテもありがとう!

[スズラン] はむっ……

[スズラン] んんっ!?

[スズラン] 甘~い!

[スズラン] んんんーー

[スズラン] 歯が痛くならない丁度いい冷たさで、甘酸っぱくて美味しいです!

[スズラン] う~ん。

[スズラン] はぁ~幸せ~。

[スズラン] あ、芯はゴミ箱に捨てなきゃ。

[スズラン] えっ?

[モルテ] ……

[スズラン] モルテ、あなたが捨ててくれるの?

[スズラン] じゃあお願いするね。

[スズラン] ありがとう。

[スズラン] あれ……

[スズラン] シャマレお姉さんは食べないんですか?

[シャマレ] 後で食べる。

[スズラン] わかりました。

[スズラン] では、こちらでしばらく本を読みますね。

[スズラン] 何かあったらいつでも言ってください!

[シャマレ] うん。

[スズラン] えーっと……前に読んだのは――

[スズラン] あった。

[スズラン] 『夕娥、月に奔る』

[スズラン] うん。

[スズラン] 「むかしむかし、炎国に夕娥という、優しくて善良な女性がいました――」

[スズラン] ふむふむ……

[シャマレ] ……

[シャマレ] (ペンを置く)

[シャマレ] モルテ、リンゴ。

[モルテ] ……

[シャマレ] (ゆっくりとリンゴをかじる)

[スズラン] 「――人々は遠くへ行ってしまった夕娥を忘れないように、毎年その日になると、彼女が大好きだった食べ物をお供えするようになりました。いつしか、その日は地元の大切な祭日になりました。」

[スズラン] そうなんだ――

[???] そうなんだぁ~。

[スズラン] わぁ!? ポプカルちゃん? それに、ムースお姉さんまで?

[ポプカル] 来たよ~。

[ムース] こんばんは、スズランさん。

[スズラン] 二人ともどうされたんですか? パーティには行かないんですか? 炎国の美味しい食べ物がたくさんありますよ。

[ポプカル] ポプカルお腹いっぱい。宿舎に帰るつもりだったけど、スズランお姉さんがお話を読んでるのが見えたから、聞きに来たんだよ。

[ムース] ムースもお話を聞きに来ました! あとついでに、ねこちゃんたちがパーティで走り回らないように見ておこうと思って。

[スズラン] ねこちゃん?

[ムース] ほら、あそこに……

[スズラン] あそこ? シャマレお姉さんのところですか?

[スズラン] わぁ、本当ですね!

[スズラン] シャマレお姉さんとモルテは、ねこちゃんにも大人気ですね!

[モルテ] ……

[シャマレ] うん……

[ねこちゃん] ニャ~ゴロゴロ――

[ポプカル] (スズランの上着の裾を引っ張る)

[スズラン] どうしたの?

[ポプカル] さっきのお話、もう一回読んでほしいの……

[ポプカル] ポプカル来たのが遅かったから、全部聞けてなくて。

[ムース] ムースからもお願いします……

[スズラン] そうでしたか――わかりました!

[スズラン] えーっと、もう一度全部を読むととっても長いので、簡単にお話ししますね。

[スズラン] これは炎国の神話で、主人公は夕娥というお姉さんです。

[スズラン] 彼女は旦那様と幸せに暮らしていました。

[スズラン] でもある日、旦那様がいなくなってしまったのです。

[ポプカル] そんなの、きっと悲しい……

[スズラン] そうだね。それから……夕娥は旦那様の行方を探し回りますが、彼がどこへ行ってしまったかは誰にもわかりませんでした。

[スズラン] どうしようもなくなった彼女は仕方なく家に帰り、彼が植えた柳の木の下で顔を覆って泣きました。

[スズラン] 夕娥がそうして毎日泣き暮らしているのを見て、村の賢いご老人は彼女のために知恵を絞りました。

[スズラン] ご老人は言いました――

[スズラン] ゴホン、うん。

[スズラン] 「夕娥よ、そなたは生まれつき千里を見通せる目を持っておる。ではなぜ、西にあるあの高い山の頂に行かんのじゃ?」

[スズラン] 「あそこへ行けば大地を見渡し、お前の夫を見つけ出すことができるじゃろう」

[スズラン] 夕娥はご老人の話はもっともだと思い、村人に別れを告げて大地の果てにあるその高い山を目指しました。

[スズラン] その最も高い山は、炎国の人々から天岳と呼ばれていました。

[ポプカル] カッコいい名前!

[スズラン] 天岳とは、天空のように高くそびえる山という意味です。炎国にはこれより高い山はありませんでした。

[スズラン] 夕娥は様々な苦難の末についに山の頂にたどり着き、大地を見渡しました。しかし、三日三晩、目が真っ赤になるまで見ても、旦那様は見つかりませんでした。

[スズラン] 数年経っても夕娥は旦那様を見つけることができず、とめどなく涙を流しました。その涙は山を流れ、地上で川となりました。

[ムース] 可哀想……

[スズラン] ママの話によると、私も小さい頃はそんな風にめそめそ泣いていたそうです……

[スズラン] では続きを。

[スズラン] 勢いよく流れていく涙は山の神々を驚かせました。ある日突然現れた川を、神々はたいそう不思議に思ったのです。

[スズラン] そして、川の水源を見た神々はもっと驚き、長である天岳の神が夕娥のところへ向かうことになりました。

[スズラン] 夕娥の話を聞いて気の毒に思った善良な天岳の神は、彼女にこう言いました。

[スズラン] 「天岳高しとも双月に及ばず。昇天し月に奔れば、汝の夫を尋ねるも可なり」

[ポプカル] えっ?

[スズラン] あ、ごめんなさい、これは炎国の言葉です。訳しますね。

[スズラン] 意味はこうです。「この山がいくら高いといっても、空の双月には及ばない。月へ行って探せば、きっと夫を見つけられるだろう」。

[ポプカル] わぁ~。

[スズラン] 夕娥は山の神の提案を受け入れつつ、助言を求めました。神々は相談した結果、夕娥にある方法を教えました。

[スズラン] その後のある晩、村人がいつものように過ごしていると、突然、西の高山から一筋の燃えるような軌跡が月に向かって伸びていきました。

[スズラン] それはどんどん明るくなり、時には月を凌ぐほどに強く光り輝きました。

[スズラン] 最後にそれは月につながり、巨大でまばゆい光を放ちました。星も霞むほど夜空は明るくなりました。

[ポプカル] (小声)ムースお姉さん、今日そんな花火は見られる!?

[ムース] (小声)そんなすごいのはないよ!

[スズラン] 人々は夜空の様子に恐れを抱きました。災難に見舞われると思ったのです。

[スズラン] しかしご老人は夕娥のことを思い出し、みんなに言いました。これは夕娥が夫を見つけた証だ。恐れるよりも祝うべきだと。

[スズラン] 村人はご老人の話はもっともだと思い、次々と家からお酒やごちそうを持ってきて、夕娥の門出を祝いました。

[スズラン] それからというもの、毎年その日になると村人たちはお酒や食べ物を持ち寄って、夕娥の好きだった物を祭壇に捧げるようになりました。

[スズラン] その習慣はいつまでも続きました。

[スズラン] そうして時が経ち、その日は土地に根付いた伝統的な祭日になりました。

[スズラン] 夕娥が去ってからも川の水は天岳から流れ続けていました。村人たちは、彼女の名にちなんでその川を夕江と名付けました。

[スズラン] その後、小さな村は長い年月をかけて町となり、夕江に接していたため、自然と夕都と呼ばれるようになりました。

[ポプカル] だから今日は美味しい物がいっぱいなんだね?

[スズラン] うん、そうだよ。

[スズラン] それに、今日は極東の祭日でもあるんです。

[スズラン] この日になると神社がとても賑やかになって、パパは一日じゅう大忙しでした。

[スズラン] でも、一番賑やかだったのは、たぶんツキノギお姉さんのところの神社です。あの神社で祀られている神様は主祭神らしくて、お祭りも盛大で人出もすごいとか。

[スズラン] 極東の各地から、ツキノギお姉さんの神社にお参りするために人が集まるんです。

[ムース] じゃあ……極東にも似たような物語があるんですか?

[スズラン] はい、あります。

[スズラン] 物語といっても実際は祝詞です。パパが昔よく祭典で奏上していました。奏上しながら音楽に合わせて舞うんです。面白いですよ。

[スズラン] 内容はこんな感じです。

[スズラン] むかしむかし、あるところに貧しい老夫婦がいました。ある日お爺さんが畑を耕していると、突然空から女の人が落ちてきました。

[スズラン] 女の人は宝の鉢をお爺さんに贈りました。蓋を開けると、見たこともない金銀財宝が詰まっています。

[スズラン] 彼女はお爺さんに、自分の夫になる人を一緒に探してほしいと懇願しました。財宝はその謝礼だというのです。

[スズラン] お爺さんはその女の人を連れ帰り、お婆さんに相談すると、お婆さんはたいそう喜びました。

[スズラン] 老夫婦は家を修繕し、出来上がった屋敷に彼女を迎え入れました。

[スズラン] そして、夫になる人を探していると知らせて回りました。

[スズラン] その知らせは町から町へと広まって行き、すぐに極東全体に伝わりました。

[スズラン] しかし彼女のお眼鏡にかなう人はほとんどおらず、気に入った男性が見つかっても、まずは珍しい宝物を持ってくるよう言いました。なんとか持ってくることができれば、結婚するというのです。

[ポプカル] 極東の人たちって、そんな風に結婚するの?

[スズラン] 大昔はそうだったみたい。

[スズラン] 今は……よくわからないけど……

[スズラン] 少なくともパパとママの結婚はそんな風じゃなかったみたいだよ。

[スズラン] えっと、続けるね。

[スズラン] 彼女はどの相手にもそれぞれ違う宝物を求めましたが、それでも、誰ひとり指定したものを持ってくることはできませんでした。

[スズラン] 「宝物を持ってくれば、あなたの妻になりましょう」

[スズラン] 多くの男性が、この言葉に躍起になりました。

[スズラン] ですが、都から来た権力者でさえ、彼女の要求には応えられませんでした。

[スズラン] これまでに都からは五人の権力者が訪れていましたが、皆彼女の出す難題に、腹を立てて帰ってしまいました。

[スズラン] そのうちの一人は、宝物を探している途中で命まで落としてしまいました。

[スズラン] 以来、彼女に興味はあっても、簡単に求婚してくる男性はいなくなりました。

[ムース] 危なそうですしね……

[スズラン] ある山に、噂を聞いて面白いと考えた三兄弟の狩人がいました。

[スズラン] 長男と次男は興味津々。対して三男はこの話は嘘だろうと考えていました。

[スズラン] しかし、兄たちには逆らえず、仕方なく一緒にお屋敷へ向かうことになりました。

[スズラン] 意外にも彼女は願いを聞き入れ、彼らに難題を出しました。

[ムース] 「宝物を持ってくれば、あなたの妻になりましょう」ですね。

[スズラン] そうです。

[スズラン] 長男には極北の地にある永遠に融けない氷を求めました。

[スズラン] 次男には南方にある決して消えない炎を。

[スズラン] そして先に持ってきた方と結婚すると約束しました。

[スズラン] 三男もお題を聞こうとしましたが、彼女は何も言いませんでした。

[スズラン] お屋敷を出た二人の兄は、彼女の要求はとても難しく、恐らくその宝物を持ち帰ることはできないだろうと考えました。

[スズラン] しかし、辛い山暮らしに戻りたくもありません。

[スズラン] そこで相談の末、二人は期限を定めることにしました。

[スズラン] 三年。

[スズラン] 宝物を見つけていようがいまいが、三年後、ここで再会しようと。

[スズラン] その話を聞いていた三男は、女に惑わされるなと兄たちを止めようとしました。

[スズラン] しかし二人は約束をすると、そそくさとそれぞれ別の方向に去ってしまい、三男はぽつんと取り残されました。

[スズラン] それから、三男も憤りと困惑を胸に村を去りました。

[ポプカル] それで、お宝は見つかったの?

[シャマレ] ……

[スズラン] 三年後、長男と次男は約束通り村で再会しました。

[スズラン] なんと、二人とも宝物を見つけていたのです。

[ポプカル] わー、結婚できるね!

[スズラン] 宝探しをしているうちに、二人はすっかり立派な人物になっていました。

[スズラン] しかし、二人は異なる主君に仕えており、あろうことかそれぞれの陣営は対立関係にあったのです。

[スズラン] 宝物を手に、兄弟はそれぞれ軍を率い対峙しました。

[スズラン] 双方は互いに攻め合い、村中が戦場と化すと、多くの死傷者が出ました。

[スズラン] 生き延びた村人は散り散りに逃げていきましたが、老夫婦は山のような財宝を諦めきれず、村に残った者とともに殺されてしまいました。

[スズラン] しかし、結婚の約束をした女の人の行方は誰も知りませんでした。

[スズラン] 結局、兄弟は約束を交わした場所で二人とも死んでしまいました。

[ムース] ……

[ポプカル] 兄弟なのに、なんでケンカなんかするの!

[スズラン] 大将を失った後も、双方の陣営は兵の投入を続けました。

[スズラン] 兵士を派遣し、陣地を整え、要塞を建造しました。

[スズラン] 戦は終わることはありませんでした。

[スズラン] それから、人々は二つの要塞をまとめて二戸城(にとじょう)と呼ぶようになりました。

[スズラン] 北戸要塞と南戸要塞、その間にあるのはかつての村の痕跡と……

[スズラン] 無数の亡骸でした……

[スズラン] ……

[スズラン] 普段の祭典で奏上されるのは最初の数段だけで、残りの部分は数年に一度の大祭で奏上されるんです。

[スズラン] なぜ極東人がこの物語を特別に好きなのかは、私にもよく分かりません。

[ムース] 狩人の三男と、女の人はその後どうなったんですか?

[スズラン] あ、続きもありますよ。えーっと……

[スズラン] この物語の結末には、いくつかの説があるんです。

[スズラン] 一つ目の説はこうです――その後とある人が荒れ果てた村へ行き、お屋敷で財宝を探そうとしましたが、白骨以外は何も見つかりませんでした。

[スズラン] それからその人は「女の人は実は天女で、美しい幻想を抱いて極東に来たけれど、貪欲で暴虐な人々を見てがっかりして天へ帰ったのだ」と皆に話しました。――というものです。

[スズラン] もう一つの説はこうです――その天女は、実は地上の民を弄ぶのが趣味で、これまでにこのような惨劇を幾度となく起こしてきた悪者だったのです。

[スズラン] 狩人の三男は兄たちの悲劇を目の当たりにし、死んだ兄のために天女を殺そうとしました。

[スズラン] ところが、彼は天空へ行くすべを持たなかったため、天女は彼の行いを声高らかにあざ笑いました。

[スズラン] 結局、三男は悪霊となって極東を彷徨い、無限の時間の中で、今も天女に復讐する方法を探しているのです。――というものです。

[シャマレ] ……

[シャマレ] モルテ、裂け目を縫うよ。

[ねこちゃん] ニャオ――

[ムース] んー……

[ムース] なんだかムースが子供の頃に聞いた物語とちょっと似てます……

[スズラン] そうなんですか?

[ムース] 皆さん、ヴィクトリアの神話を聞いたことはありますか?

[ポプカル] なーい。

[スズラン] 私もあまり……

[ムース] じゃあムースがお話ししてみますね。

[ポプカル] やったー、またお話が聞ける!

[ポプカル] 次は誰も死なないお話がいいな~。

[ムース] あっ……

[スズラン] ふふっ……

[シャマレ] (針と糸を取り出し、モルテを繕う)

[ムース] では、始めます――

[ムース] コホン……

[ムース] 昔、ヴィクトリア地方に豊かな国があり、国王には双子の子供がいました。

[ムース] 彼らが生まれた時のことです。この国のとても優れた術師がやって来て、国王に王子と王女の誕生を祝う言葉を述べた後、次のような予言を残しました。

[ムース] 「神聖な光がお二人を輝かしい未来へと導くでしょう」

[ムース] 国王はたいそう喜び、術師にたくさんの財宝を贈りました。ところが国王が予言について詳しい説明を求めると、術師は沈黙し、宮殿を立ち去ってしまいました。

[ムース] 時は流れ、王子と王女が成人すると、賢明な国王は重病に倒れてしまいました。医師たちはこれは不治の病で、聖なる源石がなければ国王を救うことはできないと言いました。

[ムース] 国中の勇者が源石探しに出発する中、王子と王女も冒険者に扮して探索に加わりました。

[ムース] 父を救うため、王子と王女も聖なる源石を探す旅に出たのです。

[ムース] 二人は、一緒に奥深い洞穴を探索し、危険な樹海に足を踏み入れました。

[スズラン] (ムースお姉さん、語り出したら別人みたいです)

[ムース] 二人は邪悪な魔女の陰謀を暴き、凶悪な蛮族を倒し、源石の手がかりを探し続けます。

[ポプカル] 冒険だね!

[ムース] 二人はついに、聖なる源石が存在する確かな証拠を掴み、手がかりを頼りに高い山に登りました。ですが、山の頂に着くと、二人の目に飛び込んできたのは怪物と――

[ムース] ――その怪物の巣穴に山のように積まれた財宝でした。

[ムース] 空を飛び回る翼と刀剣をも通さぬ硬い鱗を持ち、口から激しい炎を吐く怪物に、二人はまったく歯が立ちませんでした。

[シャマレ] (裁縫の手を止める)

[ムース] そこで二人は怪物の財宝への執着心を利用して、怪物を巣穴の中へと誘い込みました。

[ムース] 長きにわたる死闘の末、兄は傷を負って気を失い、妹が一人で怪物と戦うことになりました。

[ムース] すると、意外なことに、怪物は攻撃をやめ大きな口を開いて妹に問いかけました。何が欲しくてこの巣穴に入ったのかと。

[ムース] 彼女はありのままに答えました。

[ムース] 父の命を救うために、聖なる源石が必要なのだと。

[ムース] 怪物はうなずくと、宝で埋め尽くされた巣穴の奥を指差し、王女に源石を自分で探すように言いました。

[ムース] やがて兄が意識を取り戻すと、怪物は同じことを尋ねました。

[ムース] 兄の答えも妹と同じだったため、怪物は兄にも道を譲りました。

[ムース] しかし、王国が保有する財宝を遥かに上回るとてつもない数の財宝を前にして、兄は考えを変えました。

[ムース] 彼はできる限りの財宝をポケットに詰めたり身に着けたりして、妹に見つからないようこっそりと巣穴を出て行きました。

[ポプカル] 悪い人だ!

[ムース] 妹は財宝の山をしばらく探し回り、光り輝く財宝に埋もれて目立たなかった源石をやっと見つけました。彼女はそれを手に兄を探しましたが、兄はもうどこにもいませんでした。

[ムース] 妹は巣穴を隅々まで探した後、勇気を出して怪物に兄の行方を尋ねましたが、怪物はただ笑うだけで何も答えませんでした。

[ポプカル] ポプカルにもしそんなお兄さんがいたら――!

[スズラン] ポ、ポプカルちゃん落ち着いて。これは物語だから!

[ムース] 怪物は山頂に立ち、遠ざかっていく王族を見ながら、満足げに雄叫びを上げました。その怪物の体の表面では、たくさんの源石の結晶が神聖な光を放ち、怪物の呼吸に合わせて明滅していました。

[ムース] その後、王女が源石を献上すると、国王はたちまち元気を取り戻しました。

[ムース] 国王は大喜びで王女に褒美を与え、さらにその源石で作ったネックレスを娘に贈りました。しかし、病気こそ良くなったものの、国王の体はなぜかどんどん大きくなっていきます。

[ムース] 手足の数が増え、頭はパンパンに膨れ上がりました。国王は次第に怪物と化し、意味もなく周囲の人々を殺し始めてしまったのです!

[シャマレ] ……

[ムース] 騎士たちは怪物になり果てた国王を力を合わせて倒すと、王女を全ての「元凶」と定め、謀殺の罪で処刑台に送りました。

[ムース] 源石のネックレスは、彼女の死に際までその首元で柔かい光を放っていました。

[ムース] 混乱の中、かつて国王に予言をした年老いた術師が、王女の亡骸と聖なる源石の前に突如として現れ、それらを運び去ってしまいました。

[ムース] 国王の血脈はそこで途絶え、国中が混乱に陥りました。

[ポプカル] あの悪いお兄さんは!?

[ムース] 王国から遠く離れた別の国で、兄はことの一切を知りました。

[ムース] 慙愧の涙は流れても、肉を食べるナイフとフォークが止まることはありませんでした。

[ムース] 怪物の巣穴で手に入れた財宝のおかげで彼は他国の封臣となり、贅沢な生活を送って一生を終えました。

[ポプカル] 不公平だよ!

[ポプカル] あっ、ポプカル気づいちゃった。

[ポプカル] 神話は大きな怪物みたいなものなんだ! いい人はみーんな食べられちゃう。

[スズラン] 言われてみれば……

[ムース] シャマレさんはシラクーザの方ですよね。あちらには似たような物語はないんですか?

[シャマレ] (モルテを繕っている)

[ムース] ……えっと、じゃあスズランさんは何かご存知ですか?

[シャマレ] 昔、ある部族が七つの丘に囲まれた渓谷で暮らしていた。

[ムース] え?

[シャマレ] 部族の領主の母狼には六人の子供がいた。

[シャマレ] 母狼と子供たちはそれぞれ一つの丘を縄張りにして、餌を巡って争いあった。

[シャマレ] 百年後、子供たちはそれぞれ自分の群れを確立し、これまで通り争いを続けていた。

[シャマレ] 争いの中、群れの一つが他の群れに敵わないことを悟り、母狼から餌を奪おうと考えた。

[シャマレ] 子供と争いたくなかった母狼は空に昇り、月を覆う影となった。

[シャマレ] 月が闇に覆われるたび、ループスの群れたちは母狼の寛容さと憤りを心に深く刻んだ。

[スズラン] 月影にはそんな由来があったんですね。

[シャマレ] 母狼を失ってから、他の群れはようやく悟った。

[シャマレ] 彼らは元凶となった狼を追放すると、ルールを定めた。集落を「七つの丘の都市」という意味のセッテコッリシティと名付け、評議会も設立された。

[シャマレ] それ以来、ループスたちは部族の名ではなく、ファミリーネームで互いを呼び合った。

[シャマレ] 六つのファミリーはそれぞれ一つずつ丘を占有し、残りの丘は母狼に捧げた。

[シャマレ] ルールを破ったループスは皆、セッテコッリ評議会とセッテコッリシティから厳しい報復を受けた。

[ムース] その街は今もあるんですか?

[シャマレ] ある。

[シャマレ] でも、百年前にもっと大きなファミリーに吸収されたよ。

[シャマレ] 物語とルールだけが、今でも伝わってる。

[シャマレ] アタシの物語はこれで終わり。

[シャマレ] みんなは続けて。

[シャマレ] (モルテの修繕を続ける)

[ポプカル] むむむ……

[ポプカル] みんながお話ししてくれたから、ポプカルも披露しなきゃ。

[ポプカル] オーキッドお姉さんから聞いた物語だよ。

[ポプカル] いい?

[スズラン] もちろん大歓迎だよ!

[ムース] うんうん、頑張って!

[ポプカル] ――

[ポプカル] ……

[ポプカル] ちょっと思い出すね……

[ポプカル] 昔、手先が器用な、ん~と、蝋……そう、蝋人形がいました!

[ムース] ?

[ムース] (小声)なんだか変なお話ですね……

[スズラン] (小声)とにかく聞いてみましょう……

[ムース] (小声)はい……

[シャマレ] (モルテを繕っている)

[ポプカル] 蝋人形はいろんな物が作れるから、みんなから大発明家って呼ばれてました。

[ポプカル] でも蝋人形はずっとゆーうつでした。

[ポプカル] 蝋人形は自分に合うフォルテのお嫁さんを探そうと思いました。

[ポプカル] たくさんの人が自分の娘を連れてお見合いをしに来ましたが、蝋人形はどの人も気に入りませんでした。

[ポプカル] だから蝋人形はずっと一人でした。

[ポプカル] でもある日! 蝋人形は急に思いつきました!!

[ポプカル] 自分に合うお嫁さんがいないなら、自分で作っちゃえ!

[ポプカル] それから蝋人形はながーい時間をかけて、お金も使い果たして――

[ポプカル] とうとうお嫁さんを作り出しました!

[ポプカル] 蝋人形は自分で作ったフォルテのお嫁さんをすっごく気に入って、誰にも見せようとしませんでした。

[ムース] (小声)なるほど。

[スズラン] (小声)謎が解けましたね。

[ポプカル] ところが国王は蝋人形を捕まえると、兵隊さんを連れて高い塔の前へ行きました。お嫁さんを自分のものにするつもりなんです。

[ポプカル] 何日か経ってから、蝋人形は解放してもらいました。

[ポプカル] それから蝋人形は、近くの人にお嫁さんがどこに行っちゃったのか聞きました。

[ポプカル] その人は、国王と兵隊さんが高い塔に入ったら、雷が鳴って、蝋が塔の上からぽたぽたって垂れて、国王と兵隊さんを包み込んだんだと言いました。

[ポプカル] それから、逃げ出してきた兵隊さんは、融けたお嫁さんが蝋の中でさまよい、悪い人をみんな蝋で殺したと言いました。

[ポプカル] 国の偉い人がいなくなって、みんなは蝋人形の発明家がいい人だったから、新しい国王になってってお願いしました。

[ポプカル] あっ……

[ポプカル] 間違えてた! 蝋人形じゃなくて、フォルテの発明家だった!

[ポプカル] フォルテの発明家に、新しい国王になってってお願いしました!!

[ポプカル] ううう……最初のほう全部間違えちゃった……どうしよう……

[ムース] 大丈夫だよ、ちゃんと分かったから。

[スズラン] それで、それからどうなったの?

[ポプカル] そ、それから?

[ポプカル] ん~と、それから……

[ポプカル] それから、発明家は良い国王になって、いろんな物を発明してみんなを喜ばせました。

[ポプカル] でも発明家はずっとお城のお庭に隠れて、出てきませんでした。

[スズラン] え、どうして?

[ポプカル] 発明家は、ずっと新しいお嫁さんを作り続けていたんです。

[ポプカル] だけど、なかなかうまく行きませんでした。

[ポプカル] 何人作っても、最初のお嫁さんみたいに、完璧なお嫁さんにはなりませんでした。でも、どのお嫁さんのことも大好きでした。

[ポプカル] 発明家はお嫁さんがたくさんいるお庭で歳をとって、長い眠りにつきました。その顔は、なんだか幸せそうでした。

[ポプカル] 発明家のことが大好きだった国民のみんなは、たくさんのお嫁さんと一緒に、発明家をお庭に埋めてあげました。おしまい。

[ムース] ふぅ、やっとハッピーエンドの物語が聞けましたね。

[ポプカル] ポプカル、オーキッドお姉さんに質問したよ。最初の蝋人形のお嫁さんはどこに行っちゃったのかって。

[ポプカル] オーキッドお姉さんは、塔が崩れたから、お嫁さんは塔に閉じ込められちゃったって言ってた。

[スズラン] (きっと融けてしまったんでしょうね……)

[ポプカル] だけどお嫁さんも、ずっと発明家のところに帰りたいって思ってるんだよ。

[ポプカル] お嫁さんはきっといつか、発明家のところに戻れるんだ。

[ポプカル] ポプカルこういうあったかーいお話が好き。

[オーキッド] ポプカル、どこにいるの? もう寝る時間よ!

[ポプカル] オーキッドお姉さん、ここだよ!!

[ポプカル] 残念……オーキッドお姉さんが探しに来ちゃった。

[ポプカル] また今度一緒にお話ししようね。

[ポプカル] みんな、またねー!

[ムース] ムースも眠くなってきました。ふわぁ……

[ムース] ねこちゃんたち、私たちも行こう。シャマレさんにあんまり迷惑をかけちゃダメだよ。

[ねこちゃん] フー――ニャオウ――

[ムース] 騒がないの、いい子だから。

[ねこちゃん] ニャー――

[ムース] 皆さん物語を聴かせていただいてありがとうございました。おやすみなさい。

[スズラン] 私もそろそろ帰る時間です。

[スズラン] 十時までにお布団に入らないと、パパが悲しんじゃうので。

[スズラン] まあ、ここにパパはいませんけど……

[スズラン] シャマレお姉さんは帰らないんですか? もう遅いですよ。

[シャマレ] まだやることあるから。

[スズラン] そうですか。

[スズラン] では、シャマレお姉さん、おやすみなさい。

[シャマレ] おやすみ。

[シャマレ] (繕い終えて玉止めする)

[シャマレ] できた。

[シャマレ] モルテ、最後のリンゴをとって。

[モルテ] ……

[シャマレ] (指にリンゴの汁をつけ、本のページに擦りつける)

[シャマレ] 印を浮かべて……

[シャマレ] モルテ、ページの上に横になって。

[シャマレ] 印をつければ、修繕完了。

[シャマレ] さ、帰るよ。

[モルテ] ……

[シャマレ] まだ何かあるの?

[モルテ] ……

[シャマレ] そう、わかった。

[シャマレ] 行くよ。スズランに本を返しに。

[モルテ] ……

[シャマレ] もっと物語が聞きたかった?

[シャマレ] 珍しいね。

[モルテ] ……

[シャマレ] なんで物語の結末はみんなああなのかって?

[シャマレ] ……

[シャマレ] 考えてごらん、モルテ。

[シャマレ] この大地の姿を。

[シャマレ] アンタが食べるものや、アタシたちが昔住んでたところを。

[シャマレ] どうして結末がああなるか、分かったでしょ?

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