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夕景に影ありて_安寧を得ず
人目を忍ぶためズウォネクへ越してきたシェブチックは、学校帰りの息子を迎えに行く途中で爆発事件に巻き込まれてしまう。
11月30日 p.m. 8:00
ズウォネク市街地
[テレビのニュース] ……リターニアの訪問団は、本日の遊覧を経て我々の繁栄した都市の様子を高く評価し、双方は早期の合意に達しました。
[テレビのニュース] この協定の締結により、我らズウォネクはリターニアのグラウフェルトと安定した貿易関係を築き、互いに協力していくこととなります。
[テレビのニュース] 新市街地ではすでに、リターニア風のショッピング街建設に着工しており、第一期工事はリターニアの音楽をテーマとする予定です。
[テレビのニュース] 建築工事を請け負うゲイル工業の担当者は記者に対し、国際的な一流デザイナーの指揮のもとに完成予定のショッピング街は、カジミエーシュで唯一無二の観光スポットになると述べました。
[テレビのニュース] このプロジェクトは、我が市の観光収入を大幅に増加させるものと見込まれており……
[シェブチック] (うむ、これでは少し浅いか……)
[部屋の中の女性の声] あなた?
[部屋の中の女性の声] ……そろそろ学校が終わる時間よ。作業は後にして、あの子を迎えに行って。
[シェブチック] 自分で帰って来られるだろう?
[部屋の中の女性の声] もう、余計なお世話って言われたから拗ねてるの? あんなの口だけよ。
[シェブチック] フンッ、この貴族騎士が迎えに行ってやってるというのに……あいつは一般庶民の子供たちと遊んでばかりだ。
[部屋の中の女性の声] もうしばらくの辛抱よ。ほら、あなたも言ってたじゃない。すぐにみんな「合成樹脂」シェブチックのことなど忘れて、私たちに危害を加えてくる人もいなくなるって。
[テレビのニュース] ……次のニュースです。旧市街地で再び感染者の暴動事件が発生したことを受けて、国民議会が調査に乗り出しました。
[テレビのニュース] 警察は、以前自首した感染者の首謀者、ゼノ・シェルヴィンが逃亡したことを認め、関係者への責任追及が行われています。
[テレビのニュース] 市民の皆様におかれましては、何か手がかりがございましたら……
[部屋の中の女性の声] 今のニュース聞いたでしょ? 早く迎えに行って! ……はぁ。
[部屋の中の女性の声] ズウォネクみたいな田舎都市に来て、一般市民に紛れておとなしくしてても、結局平穏な暮らしは得られないのね。
[部屋の中の女性の声] 以前は競技場であなたの身に何か起きないか心配して、今は息子が道の途中で何かに巻き込まれないか心配してるなんて……
[シェブチック] 恐る必要はない。ああいった報道はわざと大げさに言って、耳目を集めようとしてるにすぎん。
[シェブチック] 本当に危険な勢力ならば、国民議会が公に調査に乗り込めるはずがないだろう?
[シェブチック] 感染者にちゃんとした身分識別コードがないせいで、無能な警察はどこから調査すればいいかわからないだけだ。感染者どものどこにそんな──
[シェブチック] ……
[シェブチック] ……あのメジャー以来、感染者は、人々に防具や保険を買わせる便利な口上の一つに加えられたというだけだ。結局は商人の策略にすぎない。
[部屋の中の女性の声] ふふっ……大げさに言ってるだけだって言うんなら、どうして全身武装して出かけようとしているの?
[シェブチック] ……
[部屋の中の女性の声] あら、私は心配してないわ。あなたを信じてるもの、「騎士」様。
[ズウォネク代表] ……この記念像の足元が、中心部の境界となります。
[ズウォネク代表] 外縁部の区画は古びていますので、ご紹介できるようなものは何もありません。
[リターニア貴族] 教えていただきたいのですが、あれは山積みのコンテナですか?
[ズウォネク代表] ええ、おっしゃる通りです……あそこはただの廃棄区画ですので。
[ズウォネク代表] 元々あそこは地下層に通じる輸送通路があったのですが、閉鎖後になぜか、使われなくなった輸送車両から降ろされた古いコンテナが徐々に積まれていったんです。
[ズウォネク代表] ──も、もちろん、ズウォネクは都市を改造中ですので、こうした廃棄区はすぐに一流の建設会社によって再開発され、次ご覧になる時はこのような光景はなくなっているはずです。
[リターニア貴族] 私はむしろ、あのような色とりどりの古いコンテナでできた街並みも美しいと思いますがね。
[ズウォネク代表] えっ、そうでしょうか? ハハ……やはりリターニアの方は芸術に関して、素晴らしい感性をお持ちですね。
[リターニア貴族] ふふっ、お褒めに預かり光栄です。
[リターニア貴族] もう時間も遅いですし、これ以上お付き合いいただくのは心苦しい限りです。
[ズウォネク代表] そんなことはありません! この都市の夜景をあなたにご案内することができて光栄です。
[ズウォネク代表] ですが、明日は落成式が控えておりますし、早目にお休みいただく方がよろしいかと。
[ズウォネク代表] そうだ、音楽はお好きですよね。ちょうど地元で大人気のレコードを何枚か持っておりますので、ご興味があればホテルの部屋で鑑賞されてはいかがでしょうか?
[リターニア貴族] ご厚意感謝いたします。残念ながら、今晩はすでにお気に入りの曲を決めておりますので、せっかくですが……
[ズウォネク代表] いえいえ、とんでもない……
[ズウォネク代表] では私はこれで失礼いたします。ごゆっくりお休みくださいませ。明日また私どもがお迎えに上がりますので。
[貴族の護衛] 旦那様、すでにここの市民には聞き込みを行いました。
[貴族の護衛] ですがこんな遅くに本当に行かれるのですか?
[リターニア貴族] 私たちを見張っている者はまだいますか?
[貴族の護衛] 私の見た限りでは誰もいません。
[リターニア貴族] では参りましょう。今回の旅にはさらなる成果を期待しています。
[荒々しい密航者] どうだ?
[怪我した感染者騎士] どうもこうもない。この足に、回復の兆しがあるように見えるか?
[荒々しい密航者] この薬は俺たち二人の金を合わせて買ったんだ。ちゃんとした薬屋の棚にあったやつだぞ。それでも役に立たねぇってのか?
[怪我した感染者騎士] はぁ、正規ルートで買ったものが役立たずだったなんて、一度や二度の話じゃないだろ……
[荒々しい密航者] お、お前が歩けないなら、俺たちの計画はどうすりゃいいんだ?
[怪我した感染者騎士] シーッ……
[怪我した感染者騎士] 誰か来たぞ。
[ムリナール] ……
[荒々しい密航者] ゴホンッ、貴族の旦那、こんな汚ねぇとこに何かご用ですかい?
[荒々しい密航者] 俺たちゃ、みんなおとなしくしてますぜ。街の襲撃事件やら何やらは俺たちとは何の関係もねぇ。あんたが連れてるそいつだって、誰か知りませんぜ。
[荒々しい密航者] 警察が何度も来て取り調べしてったんでさぁ。ここの奴らはみんな潔白ですぜ。
[ムリナール] ……「網結(あみすき)」を探している。
[荒々しい密航者] おっと、あいつらのご友人だったんですかい? ハハハ、そいつぁまた意外なこった。
[荒々しい密航者] あっちにある真っ赤なコンテナの後ろ、廃棄された仕立屋の裏側の壁が空洞でしてね、地下に長い小道があるんでさ。あいつらの倉庫の入り口に着いたら、またその辺の人に聞いておくんなせぇ。
[荒々しい密航者] ……あーあぁ、お礼の言葉もなしかよ?
[怪我した感染者騎士] はっ、お貴族様に何を期待してんだ。俺たちみたいな連中に、お礼もくそもねぇだろ。
[怪我した感染者騎士] 計画の話に戻ろう。兄貴からの連絡は受け取ったか?
[荒々しい密航者] ああ、緊急任務で、今晩実行だとよ。なんか怖くねぇか?
[怪我した感染者騎士] 少しな。だが鉗獣狩りと同じで、怖くても逃げ道なんてないさ。
[怪我した感染者騎士] ……もしこれで、あの偉そうにふんぞり返ってる奴らに目にモノ見せれるんなら、やる価値があるってもんだ。
[真面目な企業職員] 街の向かいのあのガラクタがようやく片づけられるらしい。今後、このショッピング街が東に延長されるそうだ。
[疲労した企業職員] へぇ、いいニュースですね。
[真面目な企業職員] ほんとだよな、さっさと爆破してくれればいいのに。近くの学校の子供が毎日あの中でかくれんぼしてるんだ。恐いもの知らずもいいとこだよ。
[真面目な企業職員] あそこのボロ家やコンテナの中には色んな奴が隠れてるらしいぞ。浮浪者だったり、感染者だったり……
[真面目な企業職員] はぁ、ほんと理解できないよな。まともに生きていけないんなら、もういっそ荒野で村を見つけてのんびり暮らせばいいのに。
[真面目な企業職員] 青信号だ、行こう──
突然、巨大な音と共に、薄暗い廃棄区から火の手が上がった。
[真面目な企業職員] ──ば、爆発? 本当に爆発したのか?
[真面目な企業職員] ……早く逃げなきゃ!
[真面目な企業職員] なに突っ立てるんだ! どいてくれ!
[シェブチック] ──今、近くの学校の子供が廃棄区を遊び場にしてると言ったか?
[リターニア貴族] ゴホッ、ゴホゴホッ……アロイシア!
[貴族の護衛] 旦那様! ご無事ですか?
[貴族の護衛] 大変申し訳ございません、気付けなかった私の失態です……
[リターニア貴族] 自分を責める必要はありません、私は怪我一つしていませんから。それに、貧民が生活している区画を見に行くと言ったのは私です。
[リターニア貴族] ……しかし、どうやら私たちは崩れた壁で分断されてしまったようですね。
[貴族の護衛] はい、少々お待ちください。すぐに道を探してきます。
[貴族の護衛] ……それと旦那様、先ほどの爆発は我々から相当近かったです。
[貴族の護衛] 今回の爆発は、我々を標的にした襲撃かも知れません。どうかお気を付けください。
[リターニア貴族] ……ええ、私はここでおとなしく待っています。
[リターニア貴族] ……
[リターニア貴族] 近くで声がしますね……
[涙声の子供] 痛いよぉ──うぅ……
[焦る子供] どうだ!? この鉄板をどうにかこじ開けられないか! こいつ血が出てるんだぞ!
[緊張する子供] な、何とかしようとしてるけど……こんなに暗いと見えないよ……
[緊張する子供] これ以上力を入れて……傷口が広がっちゃったらどうしよ……
[リターニア貴族] (たとえ見張られていたとしても……子供たちのためにアーツで石や金属を動かすくらいなら、気付かれることはないでしょう。)
[リターニア貴族] (……というより、この襲撃の標的は本当に私なのでしょうか? 廃棄区を訪れることは元々計画していませんでした。)
[リターニア貴族] (もし何者かにつけられていたとしたら、アロイシアが気付かないことなど有り得るでしょうか?)
[涙声の子供] 暗いよぉ……おうち帰りたいよぉ……
[涙声の子供] ねぇ……僕を置いていったりしないよね?
[緊張する子供] ……
[焦る子供] 待て……誰か来たぞ! 石を持って準備して!
[リターニア貴族] (……商人? それとも役人でしょうか?)
[リターニア貴族] (……いえ、あれは昨日、像の下で会った男性。それとそばにいるのは……感染者。)
[リターニア貴族] (彼はリターニアに偏見を持っているようでした。それに、そばにいる感染者も善人には見えません。念のため、しばらくここに隠れておきましょう。)
[ムリナール] ……この区画で、腕に白い傷のある感染者を見なかったか?
[緊張する子供] (力いっぱい首を振る)
[焦る子供] お前が誰だろうと、俺たちは怖くなんかないぞ……
[ムリナール] ……お前たち、何かあったのか?
[緊張する子供] ……えっと、僕らの友達を助けてくれませんか? 彼の足は下敷きになったわけじゃないけど、尖った鉄板の縁に挟まっちゃって……動くと血が出るんです。
[ムリナール] ……
[リターニア貴族] (あの男……一瞬こちらを見た?)
[ゼノ] あぁ、何か道具が手元にあればよかったのですが……もしオレたち労働者の誰かがこの状況になったら、強引に引っ張り出すしかないと思います……
[ムリナール] ……他に良い方法はない。
[涙声の子供] うあああああっ!
[緊張する子供] ち、血が……傷口が大変なことに……
[焦る子供] ……なに泣いてんだ、泣くなよ。服で縛ってやるから。
[焦る子供] 心配するな。俺の父さんも前はよく怪我してたけど、二、三日も休めば良くなるって言ってた。
[ムリナール] ……ただのかすり傷だ。
[ムリナール] できるだけ早く病院に行って、処置をしてもらえ。
[緊張する子供] うん……行こう、肩を貸すからね。
[ムリナール] ……
[ムリナール] それと、そこのリターニア人。
[ムリナール] いつまで隠れて見ているつもりだ?
[シェブチック] ここの廃棄区は大騎士領の感染者地区よりもひどいな……あいつを捕まえたら、貴族の子が行くべき場所というものを、しっかりと教えてやらなければならぬようだ。
[シェブチック] ……クソッ、一体どこへ行った!?
[シェブチック] そこのお前、この辺りで子供たちが遊んでいるのを見なかったか?
[おどおどした難民] どこの子だ? この区画はかなり広いんだ。子供は何人か見たが、いちいち覚えてらんねぇよ……
[シェブチック] なら黙って聞け。
[シェブチック] ……慌てて逃げるな。どうせお前たちは、都市の内にも逃げ場などないだろう。
[シェブチック] 金をやるから、すぐに戻って見つけた子供を全員救出してこい。
[シェブチック] 途中で他の奴を見かけたら、このことをそいつらにも伝えていい。子供を連れてきたら、人数に応じて報酬を払ってやる。
[おどおどした難民] あ、あんた何モンだ? ……そんなデタラメにゃ騙されねぇぞ!
[シェブチック] 金ならこの通りだ。受け取れるかどうかはお前次第だがな。
[おどおどした難民] こ、こいつはすげぇ……わかりました旦那様、すぐに行きます!
[???] 火災現場に、素人を送り込んだか。へっ……金があるってなぁ〜本当に、良いもんだよなぁ?
[陰険な難民] ──「合成樹脂」シェブチックさんよ。
[シェブチック] ……何のことやら。
[陰険な難民] しらばっくれる必要はねぇよ。俺ぁ、結構色んなことを知ってるんだが、あんたにゃさほど興味はないんだ。
[シェブチック] 手伝いに来たのでなければ、俺の時間を浪費するな。
[陰険な難民] ……つーか、そもそもあんたみたいな使い捨ての商品にゃ何の価値もねぇ。この火を起こすのは、もっと大物じゃねぇとな。
[シェブチック] ……どういう意味だ? お前爆発を起こした奴を知っているのか?
[シェブチック] ──俺の息子を傷つけようとする馬鹿野郎は一体どこのどいつだ?
[陰険な難民] こぇこぇ。どんなに大声で脅そうが、俺ぁ口を割らねぇぜ。
[陰険な難民] あんたみたいな金持ちがあちこち駆け回って、俺たちと同じように大切なものを失うザマァ見りゃ、気分も晴れるってもんだ。
[シェブチック] ……時間の無駄だ。お前の嫌味に俺が反応すると思うなよ。
[陰険な難民] ──そうか? でも見てみろよ、あそこの看板が落ちそうだぜ。
[陰険な難民] あんなにでけぇ看板が落ちたら、何人押し潰されて死ぬのかね。その中にあんたの息子がいねぇとも限らねぇ……どうだ、賭けてみるか?
彼がそう言い終えた瞬間、一本の矢が彼の目の前を飛んでいった。
[シェブチック] チッ。
[シェブチック] いない方に賭ける。
落ちてきた看板を、矢がビルの二階の壁にはりつけにした。
[陰険な難民] ……
[シェブチック] ──さて、協力してもらおうか。
[シェブチック] この辺りに詳しいなら、道案内をしろ。
[陰険な難民] 自分で入るのか?
[シェブチック] 私の息子を見つけ、ここから連れ出すのだ。でなければ、次に壁にはりつけになるのはお前だ。
[リターニア貴族] 忠告しておきましょう。私の命を脅かせば、カジミエーシュは外交上リターニアから、強く非難されることになりますよ。
[ムリナール] 外交上の非難? ……それよりもまず、なぜご自分がこのような場所で隠れていたのかを説明する方が先でしょうな。いつからスラム街まで、カジミエーシュの観光名所になったのでしょうね?
[ムリナール] それに、あなたを脅した覚えもありません。ただついてくるようにお願いしているだけです。
[リターニア貴族] あなたは私に……リターニアに強い敵意を抱いています。
[ムリナール] もし、ご自身の巧みな言葉遣いと暗躍行為こそが、リターニアらしさであるとお思いなのであれば……
[リターニア貴族] ……
[リターニア貴族] 我々の間には何らかの誤解があると思われます。恐らくこの爆発を起こしたのは別の人物でしょう。
[リターニア貴族] ですが、私はあなたに対する警戒心を解くわけにはいきません。手はこのままアーツユニットに置かせていただきますよ。
[ムリナール] ご随意に。
[ゼノ] あ、あの……あっちで誰かが助けを求めているような声がします。聞こえますか……?
[ゼノ] 助けに行きますか? それとも……あの、さっきから聞きたかったんですが、こうやってオレと一緒に行動して、逮捕されるのが怖くないんですか?
[ムリナール] 向こうに私を逮捕する理由はない。
[ゼノ] じゃあ感染するのも怖くないんですか……?
[ムリナール] ……行くぞ。
[リターニア貴族] ……もしあなた方が他人に救いの手を差し伸べるというなら、私は喜んで心からの善意を示したいと思います。
[ムリナール] 傍観する善意を?
[リターニア貴族] ……先般は我が身の安全を優先したせいで、アーツを放つことをためらい、無辜の子供に傷を増やしてしまうことになりました。この点については深く悔いています……
[ムリナール] ……リターニアからの来訪者……あなたは一体ここへ何しに来たのですか?
[リターニア貴族] ……どうか私の誠実な思いを信じていただきたいものですが。
[リターニア貴族] 正直に申し上げますと、私がここへ来たのは……カジミエーシュの──あなた方の都市が羨ましいからです。
[ムリナール] ……今のこのカジミエーシュが、ですか?
[リターニア貴族] そうです。貴族や企業家、一般人が等しく賑やかな大通りを歩き、誰かが誰かに道を譲るということもない。
[リターニア貴族] 素晴らしい製品は誰に対しても平等に設計され、アーツを持たない者を拒むことも、音楽を理解できない者をあざ笑うこともない。
[リターニア貴族] 富さえあれば、いかなる者でも己が望む生活を送ることができ、財を成すチャンスが生活の至る所に潜んでいるのです。
[リターニア貴族] 私は自分が治める領民にも、こういう活力を有してほしい。より多くの人々に、素晴らしい日々を己が手で掴みとってほしいのです……
[ムリナール] チャンス? 素晴らしい日々? フッ。あなたほどの身分と経験があれば、薄っぺらい表層ごときに視界を奪われることもないでしょう。
[リターニア貴族] 公式に遊覧できる場所が、限りある華やかな一面だけだというのは無論承知の上ですよ。ここ数日で黄金や宝石はもう充分堪能しました。
[リターニア貴族] だからこそ、私は貧民が住む区画に来てみたかったのです。あなた方の生存戦略は、どのような人々をその外側に捨て去ったのか、この目で見てみたかったのです。
[リターニア貴族] そして、それを学び、改善して取り入れたいのです。
[ムリナール] ……
[助けを求めるかすかな声] 嫌だ! 死にたくない! ……足を怪我していて歩けないんだ……助けてくれ……
[リターニア貴族] 二次爆発……
[リターニア貴族] 恐らく高温によって誘発されたものですね。
[ゼノ] ここは危険です、本当に──うっ! ……本当にこのまま、あなたがおっしゃっていた人を探しに行くつもりですか? もしその人がすでに逃げ出していたら?
[ゼノ] オレを助けるためにあなたが怪我するようなことがあっては……
[ムリナール] ……私にも事情がある。
[ムリナール] リターニア人、あなたが本当に「心からの善意」を持ち合わせているなら、この道を切り開く手伝いをしてもらっても?
[ムリナール] 今すぐ駆けつければ、まだ助かる見込みがあります。
[リターニア貴族] この壁の向こう側の部屋ですね……声が微かに聞こえます。
[リターニア貴族] ドアが……変形してしまっています。アーツで入り口をこじ開けてみましょう。
[リターニア貴族] ……ですが少し時間がかかります。
[ムリナール] ……どうぞ。もし私があなたに危害を加えるつもりなら、今の今まで待つ必要はないのでね。
[リターニア貴族] わかりました……
[リターニア貴族] ゴホゴホッ……火がこちらまで来そうです。
[リターニア貴族] そういえば、何年か前にも、火災を経験したことがあります。
[リターニア貴族] 巫王の威光がリターニアの地から消え去ったあの日、何者かが伯爵の高塔に火を放ったのです。
[リターニア貴族] 付け火の実行犯が一体誰なのかは、最後まで判明しませんでした。恐怖の奴隷であった大勢の人が、再び息ができるようになったその瞬間に、それぞれ火の中に薪を投げ入れたのかもしれません。
[リターニア貴族] あの火災による損害は、たいしたものではありませんでした。父上の部下の優秀な術師たちにとっては、火災を制御することなど、赤子の手を捻るくらいにたやすいものです。
[リターニア貴族] そして、珍しい宝物が消失したなら、また人をやって集めるだけ。使用人が死傷したなら、また代わりを見つけるだけです。
[リターニア貴族] ……あの日以来私は思うのです。私の生活が平穏無事であるということ自体が、人々が火を放つ原因であるのではないかと。
[リターニア貴族] あなたはなぜ……火中に身を置いても恐れずにいられるのです? いくら否定しようとも、かつて燃え盛る戦火の中を走り抜けた経験を持つことはすぐにわかりますよ……
[ムリナール] ……
[リターニア貴族] ──終わりました。
立ち込める煙の中、話し声がふいにはっきりと聞こえてきた。
アーツのわずかな光が、大きく開いたドアからほの暗い小部屋へと差し込む。室内は散乱しており、椅子やテーブルはひっくり返り、瓦礫の中に埋もれた人はすでに息絶えていた。
一台の通信機器だけが、微かに音を発し続けている。
[通信機器] ……次は、新型装備実地テストのため、ズウォネク近くに配備した小隊の状況だ。
[通信機器] 今回捕らえたリターニアのスパイが自供した情報によると、すでにリターニアは、カジミエーシュの騎士の鎧を貫くことを目的としたアーツユニットを多数開発したそうだ。
[通信機器] 来たるリターニアとの戦争に備え──
拾い上げられた通信機器は、すかさず地面に叩きつけられ、粉々に飛び散った。
ノイズが響く中、自分が何を聞いたかを理解したリターニア貴族の顔は、血の気が引いて真っ青になっていた。
軍事上の要衝ズウォネク――「この都市の片隅にはかつての歩哨所や砲塔の残骸が未だに隠れています。」
先日、彼自らが目の前にいるカジミエーシュの騎士にそう言った。
ズウォネク。この巨大な鉄の瞳は今もリターニアを──彼をじっと見つめていたのだ。
[リターニア貴族] わ……私は何も……聞いてなど……
[リターニア貴族] 私は何も知らない……
宙を泳ぐ彼の視線は、カジミエーシュ人の背後から早足で近づいてくる術師に引き寄せられた。
[リターニア貴族] ……アロイシア! 彼を殺すのです!
[貴族の護衛] はい、旦那様。
[陰険な難民] 引き返さねぇと、俺たちまで火の中に閉じ込められちまうぞ。
[陰険な難民] ここまでの道のりで救える奴は救った。見る限りじゃここにはもう生存者はいねぇぞ。
[陰険な難民] 俺たちの探してる奴らは見つからなかったが……手元の情報が一つ減ろうが、俺にとっちゃ大したことじゃねぇ。
[陰険な難民] あんたも心配しなくていいぞ。通りには数十人の息子候補があんたに引き取られるのを待ってるだろうからよ。
[シェブチック] 何者かが交戦している……こんな時にか?
[リターニア貴族] このっ……感染者! どきなさい! 私のアーツユニットから手を放すのです!
[ゼノ] いやだね。
[ゼノ] オレの命の恩人を傷つけるっていうなら、まずはこの身体の感染者の血を浴びてからにしろ。
[ムリナール] ……下がれ、ゼノ。
[ゼノ] えっ……?
若い感染者が突き飛ばされたその瞬間、飛来した一本の矢が彼の頬を掠めた。
[シェブチック] 貴様……この感染者め、そのツラには覚えがあるぞ! 暴動を起こした張本人だな!
[シェブチック] ──それと、ムリナール・ニアール。感染者どもの背後には、必ず支援者がいるというのはわかっていた。
[シェブチック] 一体何を企んでいる? こんな場所へ何しにきたのだ? お前たちニアール家の人間は、そんなにも感染者の肩入れが好きなのか?
[ムリナール] お前ごときがニアール家の──
[シェブチック] 大騎士領からこんなに離れているんだぞ。なぜ俺たちをトラブルに巻き込もうとする?
[ムリナール] ……
[リターニア貴族] ……アロイシア! 今のうちに退却を!
[ムリナール] ……お前のせいであのリターニア人たちに逃げられた。
[シェブチック] 答えろ、何を企んでいる? 俺の息子はどこだ?
[ムリナール] いい加減にしろ。まさかニュースの調査結果を信じているのか? くだらん見世物で初めて負けて、自棄酒に逃げた時の愚かさは、まだ抜けきっていないようだな。
[シェブチック] 貴様──
[ムリナール] ……紫色の髪をした男児なら、一人見た。
[ムリナール] 彼が最低限の責任感を持ち合わせているのであれば、今頃は友人に付き添って病院にいるはずだ。
[シェブチック] ……
[シェブチック] ……いいだろう、ひとまずお前を信じてやる。
[シェブチック] だが、もし息子が病院にいなければ、覚悟しておけ。
[ムリナール] ……それと、そっちの「網結」。
[陰険な難民] おっと、あんたはあの……
[陰険な難民] なんだ? あいつらに用があるのか?
[ムリナール] 私とこの感染者をバウンティハンターに会わせろ、今すぐ。
[リターニア貴族] ふぅ……逃げ切れたようです。あの男は追ってきていません。多分邪魔をされたのでしょう。
[リターニア貴族] ……アロイシア、傷の具合はどうですか?
[貴族の護衛] 抵抗された時に少々擦りむいただけです……
[リターニア貴族] そうですか。リターニアに戻ったら、もうこんな危険な職務を負う必要はありません。ゆっくりと静養してください。
[貴族の護衛] ……はっ、恐れ入ります。
[リターニア貴族] この付近で、私たちに注意を向けている者はいますか?
[貴族の護衛] おりません。
[貴族の護衛] 区画の出口に記者たちがおりますが、何者かをインタビューしようと取り囲んでおり、我々に構う暇はないはずです。
[リターニア貴族] では急いでここを去りましょう。
[リターニア貴族] ……今すぐカジミエーシュを離れるのです。
[貴族の護衛] では明日の落成式は?
[リターニア貴族] ……残念ですが。
[興奮した記者] 今回の事故で、二十二名もの子供を救出されましたが! お名前をぜひ! ご職業は? これまでにも、事故現場で救助活動をされた経験が豊富なのでしょうか?
[興奮した記者] 救出した子供の中に、面識のある子はどのくらいいたのですか! 面識のない子供に救いの手を差し伸べたのは、どういった心境からですか?
[情にもろい記者] どこで子供たちを発見したのでしょうか? 先ほど重傷の子供が病院に運ばれましたが、その子を助けた時の感想は?
[シェブチック] どけ、どいてくれ。
[シェブチック] 息子を迎えに行くんだ。
[興味津々な記者] あなたの格好は、失踪した「合成樹脂騎士」に似ていますね! 彼のファンか何かでしょうか? 事故現場の英雄になる勇気は、彼からもらったのですか?
[シェブチック] ……
[独立騎士シェブチック] 問題ない、合成樹脂の鎧で充分だ。俺はクロスボウ使いだからな、相手に近づくチャンスは与えない。
[独立騎士シェブチック] これまでの戦いは真剣勝負ではなかったのはわかっている。だが、誰も俺に敵わなかったのも事実だ。
[独立騎士シェブチック] それにポジティブに考えてみろ、この鎧に企業の広告が載ることは絶対にない。
[独立騎士シェブチック] つまり、これを着て試合に勝ち、インタビューを受けた時、全都市に知らしめることができる。これは俺自身で作ったものだとな。
[独立騎士シェブチック] 俺はこれで、大企業どもに吠え面をかかせてやるのだ。奴らの質の悪い商品に、俺たちの手工業のシェアを奪われてたまるか!
[独立騎士シェブチック] はぁ……泣かないでくれ。大丈夫だ、怪我などしない。勝てなければ降参するから、必ず無事に帰ってくるから。な?
......
[シェブチック] ……インタビューに来るのが遅すぎたな。
[シェブチック] もう一度言うぞ。どけ、俺は息子を迎えに行く。
[征戦騎士] ……工作員が一人、事故で犠牲になりましたが、それ以外に我が方に死傷者はいません。計画通りです。
[征戦騎士] ターゲットはすでに護衛を連れて滞在中のホテルに戻りました。
[シチボル] 残念だ。彼がもし廃棄区で事故に巻き込まれたことが公になれば、彼の勝手な行動を理由に、外交の主導権を握れたというのに。
[シチボル] だが即席の計画である以上、うまくいかなくても無理はない。
[シチボル] ニアールの方は?
[征戦騎士] 行方がわかりません。
[シチボル] ……恐らく抜け道に詳しい者と行動を共にしているのだろう。
[征戦騎士] それと、先ほど手紙を受け取りました。
[シチボル] こんな遅い時間に手紙が?
[征戦騎士] はい、トランスポーターはあなた宛ての個人的な手紙だと。
[シチボル] バウンティハンターか……うむ、君は見張りに戻ってくれ。
[シチボル] はぁ……トーランド、私が約束を破るような人間でないことくらいわかっているだろうに……
そういや、俺たちの夢を見たって言ってるやつが居たんだがな。大概だろ? どうせ、考えすぎでまともに眠れてねえのにな。
お前の考えはもうわかってる。シチボル、忠告しとくぜ。滅多なことはすんじゃねぇ。
お前は俺たちの中でも、冷静に行動することこそ最も重要だと理解してた奴だったろ?
ちなみに言っとくがな、俺は、約束通りおとなしくしてるからな。ただ、ゲイル工業とお前ら騎士団との提携記録をくれた奴がいたんだ。
[シチボル] ……
[シチボル] ……フッ。今更、他の選択肢などあると思うのか?
[テレビのニュース] ……廃棄区の建材自然発火事件で、正体不明の男性が二十名以上の子供を救出しました。
[テレビのニュース] 男性は救出の経緯を語らず、カメラ撮影も避けていましたが、現場の記者によると、彼が着ていたマントにはたくさんの煤埃が付いていたとのことです……
[大きな声の男の子] 父さん、父さんみたいな騎士ってカッコいいね。
[シェブチック] フンッ、今頃気付いたか?
[大きな声の男の子] 俺も騎士になりたい。
[シェブチック] ダメだ。
[大きな声の男の子] どうして父さんがなってるのに、俺はなっちゃダメなの?
[大きな声の男の子] 俺も人を救えるようになりたい。父さんみたいに友達をたくさん救いたいんだ。
[シェブチック] いや、あれは俺がやったんじゃない……
[大きな声の男の子] 毎日家で暇つぶしに工芸品を作ってるでしょ? 俺にもプラスチックの鎧作ってよ。
[大きな声の男の子] 母さんから聞いたよ。昔、うちには全然お金がなくて、父さんにすごい装備をくれる企業もなかったんでしょ。だから父さんは、自分で鎧を作ったって言ってた。それって本当なの?
[シェブチック] なぜあいつは何でもかんでもお前に話すんだ?
[シェブチック] ……はぁ、無駄話はこれくらいにしろ。明日からは学校に行かなくていい。しばらくは家から出るな。
[大きな声の男の子] えー、病院に友達のお見舞いに行きたいのにぃ……
[シェブチック] ダメだ。今日の事故でまだ懲りていないか? まさかお前も入院したいのか?
[大きな声の男の子] 俺怖くないもん! 騎士はこんなことで怖がらないんだよ!
[シェブチック] ……言っただろ、騎士になるなんて夢は持つな……それに騎士なら人を守れるなどと思うな。
[シェブチック] 夢が美しいほどに、失望は大きくなる。
[シェブチック] ほら、部屋に戻って寝なさい。
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