aklib_story_未完の断章_さらばロイ

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未完の断章_さらばロイ

新たな顔を手に入れる時が近付き、ロイは「ラズライト」としての自分に別れを告げようとしていた。ロイとして生きる最後の日、彼はカジミエーシュの街でもがきながら生きている二人の若者と出会う。


俺が無冑盟に入る理由?

変なこと聞くなよ、親父殿。こいつはあんたの組織だろ? 俺が入るのにそれ以上の理由なんか必要か?

だとすりゃこれは面接ってやつだよな? 街のほうの会社ならどこも似たようなことしてるらしいが、今後のスカウトはこういう感じでいくのか? なら、あんたのことは社長って呼ぶべきかねえ。

おいおい、そう嫌そうな顔すんなって。

俺個人としちゃ、会社も殺し屋組織も大して変わんないと思うぜ。出勤して、残業して、ほかの奴にも残業させる。な、仕組みはそっくりだろ?

さておき、どうしても理由がほしいってんなら、やっぱ稼ぎの良さかな。ちまちま羽獣を狩って稼ぐ額とはケタ違いだしよ。

どのみち、やるこたぁ同じだし、狙いを定めて――撃つだけだ。となりゃ、当然稼げるほうがやりがいあるだろ。

そうだよ、社長さん。結局皆、いい暮らしがしたいだけなのさ。

[血騎士] 無冑盟の刺客よ。如何にしてここへ辿り着いた?

[モニーク] そんなこと今更聞く?

[ロイ] 血騎士様みたいな有名人は、当然、その一挙手一投足まで注目されてるもんなのさ。

[ロイ] あんたは相当慎重にやってるとは思うが……何も、この場所を見つけられるのは俺たちだけってわけでもないんだぜ。

[血騎士] ……

[ロイ] 天下の血騎士を狙ってる奴なんざわんさかいる。俺らが一番乗りできたのも、並々ならぬ努力あってこそでね。

[ロイ] とにかく、今は時間がねえんだ。ここは俺らの誠意を信じちゃもらえねえかなあ。

[血騎士] ……信じる? 貴様らをか?

[血騎士] 無冑盟が信用を口にするとは、笑わせてくれる。

[ロイ] だったら、無冑盟じゃない俺たちならどうだ?

[モニーク] ……

[血騎士] ……部下が俺の手にかかるのを黙って見ていたのはそのためか?

[血騎士] 貴様ら、まさか……

[ロイ] しーっ、その先は言わぬが花ってもんさ。

[ロイ] 常に聡明な血騎士様なら、もちろんわかってくれるだろ?

[血騎士] ……

[ロイ] ちょっと手を貸して、自分もしがらみから解放されるチャンスを得る――そう考えれば悪い話じゃねえはずだ。

[ロイ] むしろ、お互いウィンウィンの提案だと思わねえか?

「無冑盟のラズライト」。どうよ、い~い響きだろ?

実際稼ぎも相当なもんだが、その辺はある意味競技騎士と変わんねえな。どっちも命を懸けて金をもらってるわけだしさ。

ま、手っ取り早く稼ぎたいなら、相応の代償を払ってリスクを負うのが当たり前だろ?

つっても、この仕事は十年以上続けりゃぼちぼち潮時なんだがな。

だから良い頃合いですぱっと辞める。簡単な道理さ。時代に逆らってもがいたところで意味ねえし、平穏な暮らしができるならそうしたいのが人情ってもんだ。

時が来りゃ、足を洗っておさらばしよう。

他人の下で働くより、自分のことは自分で決める環境のほうが快適に決まってるしな。

[モニーク] 手術は二時間後よ。時間厳守ね。

[モニーク] それが終われば明日から、あんたは一般人の「ヨル・テイラー」。近いうち会社に顔を出すけど、ヘマやらないでよね。

[モニーク] あと……連合会の奴らは私たちと血騎士が共倒れになったって情報を完全には信じてないみたい。

[モニーク] 現場の調査すら終わってないのに、無冑盟のほうはもう新しいラズライト候補を決めたらしいし……チッ……

[モニーク] とにかく、全部片付くまで外出は控えて、余計なトラブルは避けるように……

[モニーク] ……ちょっと、聞いてんの?

[ロイ] ん? あーうん、聞いてる聞いてる。

[ロイ] ――店長、この店で一番高いセット頼むよ。

[ロイ] ここで食べる。あ、辛さはマシマシでな!

[ロイ] で……え~っと、モニーク先生、何の話だっけ?

[モニーク] ……死ね。

[ロイ] そうもいかねえだろ~? 俺が死んだら可哀想なテイラー夫人が早速未亡人に……

[ロイ] ……あーらら、切られちまった。

[ロイ] (万事順調って感じだな。理事会が疑念を持ったところでもう遅すぎる。血騎士のほうも……賢い奴なら、今ボロを出したりはしねえだろうし。)

[ロイ] (その上、今はどいつもこいつも自分のことで手一杯だ。「道具」が何個か使えなくなっても、誰も大して気にしやしないだろ。)

[ロイ] (もちろん、クロガネに関しちゃ心配無用だ。あとは顔と身分を変えさえすれば……)

[ロイ] (…………)

[ロイ] (もうすぐこの顔ともお別れか。)

[ロイ] (新しい顔がどんなもんかは知らねえが、さすがに今ほどのイケメンにってのは望めねえだろうなあ~。)

[ロイ] (あーあ、もったいねえ。)

かつてラズライトと呼ばれた男は、街道のネオンサインの影へと身を隠し、そこに佇んでいた。

そして、自分の頬を軽く叩くと、どこを見るともなく煌めきに満ちた街並みに視線を巡らせる。

商業ビルの大スクリーンでは、最新ニュースのハイライトを流していた。

街中に点在するこうしたスクリーンは、どれも似たようなものばかり映している。めまいがしそうなほどに、明滅する光とノイズが溢れていた。

[テレビ] 競技生活引退後、地方で生活していた血騎士が、何者かに襲撃されました。現場には激しく争った形跡があり、調査の結果、残された血痕は血騎士本人の物であることが確認されています。

[テレビ] また、関係者への取材から、犯人の者と思われる遺体が多数発見されたという情報も入っております。

[テレビ] 専門家によりますと、争いの形跡及び、現場に残された大量の血痕から、血騎士が生存している可能性は極めて低い、という見方が強まっており……

[テレビ] 現状最も有力な推測として、我らが前チャンピオンは耀騎士との戦いに於いて力を使い果たしており、そのため襲撃者と相討ちになったのではないかとのことです。

[テレビ] 事件の詳細につきましては、このあとの番組でお伝えしましょう。――血騎士襲撃の真相に、当番組のカメラが迫ります!

[感染者騎士] ふざけんな! デタラメばっかり言いやがって!

[感染者騎士] 血騎士がただの殺し屋なんかに殺られるわけねえだろうが! きっと怪我をしただけだ、そうに違いない! だから他人の血を啜って生きてるマスコミなんかの前に姿を見せたくないんだよ!

[感染者騎士] クソ、恥知らずの卑怯者! ドブいっぱいのウジ虫どもめ! 血騎士が……血騎士が、そんなことで死ぬわけねえだろ!!

[会社員] わかりましたから、口で言うだけで十分でしょう……そう腕を振り回さないで――あいたっ、頭が……!

[感染者騎士] うわっ!

[感染者騎士] す、すまん! つい興奮しちまって……大丈夫か?

[会社員] うう……いいですよもう……ほんと、最近ツイてないや……

[会社員] そっちのお兄さんは大丈夫でしたか?

[ロイ] ……

[会社員] ……お兄さん? あ、頭とかぶつけてないですよね……?

[ロイ] ん~……ん? ああ、俺に聞いてたのか?

[会社員] そうですよ。こんな夜中に屋台でぐだぐだ飲んでる人なんて、ここには私たち三人しかいないでしょう。

[ロイ] それもそーだな、悪い悪い、心配してくれてありがとよ。俺はなんともないぜ。たださっきのニュースに夢中だっただけでね。

[感染者騎士] けっ、ニュースなんかどれも嘘っぱちだ!

[感染者騎士] あいつらは血騎士の生死になんか興味ねえんだよ! 血の匂いに群がるクソ虫どもが……! 何もわかってねえくせにいい加減なことばっかぬかしやがって!

[ロイ] 「耀騎士に敗れた元チャンピオンが取った意外な行動!?」ねえ。

[ロイ] まあ、こういうウケそうなタイトルつけときゃ数日は簡単に閲覧数が稼げるからな。皆が興味本位で開いてくれたら大儲け、それがビジネスの最新トレンドなのさ。

[感染者騎士] だとしても、あの人はっ……そんなふうに消費されるべきじゃねえだろうが!

[ロイ] 言葉選びが上手いなあ。的を射てるよ、あんた。

[会社員] ……うちの会社は騎士競技関係の業務も手掛けてるんですが、あの人にはプロジェクトで何度かお会いしたことがあるんですよね。ここ数日のニュースで、それも白紙になっちゃいましたけど……

[会社員] はあ……血騎士のことは好きですし、無事を祈るばかりですよ。

[感染者騎士] ……へえ、それを聞いたらあんたに奢ってやりたくなってきたぜ!

[会社員] えっ?

[感染者騎士] ほら、さっきのお詫びってことでさ……

[感染者騎士] 俺みたいな感染者の奢りで悪いが、一杯付き合わねえか?

[会社員] 私、明日も仕事なんですけど……

[会社員] ……

[会社員] いや、明日のことは明日考えることにします。

[会社員] どこで飲むんですか? ついていきますよ。

[感染者騎士] 肝据わってるねえ。よーし……あんたはどうだ? せっかくだし、一緒に飲むか?

[ロイ] 俺も? いいのか?

[ロイ] 実はこのあと、用事があるんだけど――

[ロイ] ……ま、お誘いを断るのも失礼だろーし、これも何かの縁ってことで……喜んでお供しましょうかね!

[感染者騎士] 決まりだな! おし、ついてこーい!

[ロイ] ぷっは~、もういっちょ! かんぱーい!

[会社員] かんぱーい!

[感染者騎士] ……こらこら……その辺にしといてくれよ。俺、そんなに金持ってきてねえぞー。

[会社員] 実は私~……あなたのこと、知ってるんですよ~。確か今日の試合に出てましたよねえ、え~っと……

[会社員] 鉄腕騎士だ!

[会社員] ってことは、その鉄腕でひっぱたかれたのかあ~……

[ロイ] あっははは! 確かに!

[感染者騎士] ごほっ、それはもう謝ったじゃねえかよお~……!

[会社員] っていうかあ!

[会社員] 今日の試合、惜しかったですよねえ~。あとちょっとで勝てたはずなのに……向こう側に補給パックさえなければ~!

[会社員] 私、あなたに賭けてたんですよ~!

[感染者騎士] ……俺に? そりゃまたなんで?

[会社員] そりゃあ、オッズが高かったんでえ。

[感染者騎士] ……まあ……そらそーだろうけどなあ……

[感染者騎士] 俺たちみたいな感染者騎士に賭けるのは、やめといたほうがいいと思うぜ。あの連中は俺たちに勝たせる気なんかねえからな。

[感染者騎士] 必死で戦ってはみたんだが、やっぱり結果はこの通りだ。特に今回は裏にいる連中にいい顔されてねえだろうし、正直恐ろしいよ。

[ロイ] いやあ、想像しただけでも怖い話だねえ。

[感染者騎士] 俺にも、血騎士みたいな実力がありゃなあ……

[ロイ] でもその血騎士だって、耀騎士に負けちまっただろ? ああ悪い、こんなこと言うべきじゃなかったな。

[感染者騎士] ……

[感染者騎士] そういや、あんたは何やってる人なんだ?

[会社員] もしかしてあなたも騎士だとか~?

[ロイ] まさか。俺はただの田舎者だよ。まあいわゆる狩人ってやつ? 羽獣を狩って売りに出してるんだが、たまに儲かりゃラッキーくらいの仕事でね。

[ロイ] ただ、最近は景気が悪くなっちまってさ。仕方ねえから街へ出て一儲けしよう、ってんでここに来たんだ。

[会社員] へえ~、じゃあ競技騎士にでもなりますか? 勝てさえすれば稼げますよ。

[ロイ] んー、ちょっと勘弁願いてえなあ。俺なんかが騎士様たちに敵うはずねえし。

[ロイ] 切った張ったはどうも苦手でさ。

[感染者騎士] 賢明だと思うぜ。騎士競技に夢なんか見るもんじゃねえよ。本当に稼いでる騎士なんざ一握りだし、俺なら別の仕事を薦めるね。

[感染者騎士] 俺自身、ほかに選択肢があったらこんなことやってねえしよ。

[ロイ] 世知辛いもんだねえ、兄さん。

[感染者騎士] ああ。……俺も初めは、都市で良い生活がしたかっただけなんだよなあ……

[感染者騎士] もし過去に戻れるなら、何年か前の俺に教えてやりてえよ。大騎士領なんかに来るな、おとなしく田舎でコツコツやれ、ってさ。

[感染者騎士] 一生を畑仕事に捧げるってのもいいもんだ。……今となっちゃ、そう思うよ。

[会社員] 実際~、稼げる騎士はごくわずかって話は、同意見ですねえ……

[会社員] 競技騎士が受け取る金額なんてえ、その背後にいる企業の利益に比べれば、ないも同然ですしい~……げぷっ……

[ロイ] だいぶ酔ってんねえ~。

[会社員] 酔ってなんかないですよお!

[会社員] っていうかあ……もし私が感染者になったらあ、明日は出勤しなくてもいいんですよねえ~……?

[感染者騎士] ……

[ロイ] そりゃあなあ。明日どころか、二度と仕事なんか行かなくたってよくなるぜ。

[会社員] あ……いや、聞かなかったことにしてください……うえっ……なんかほんとに、酔っ払っちゃったみたいで……

[会社員] ごめんなさい……さっきから、くらくらして……変なこと言いましたよね……うっぷ……

[感染者騎士] ……仕方ねえな。本気で気分悪そうだし、とりあえず今はぶん殴らずにいてやるよ。

[感染者騎士] だが、そういうのはジョークで言っていいことじゃねえからな。……もう一回でも言いやがったら、あんた今夜は病院で折れた鼻を診てもらうことになるぜ。

[会社員] はい……二度と言いません。

[会社員] ――実は、私……小さい頃は、騎士に憧れてたんです。

[会社員] 競技騎士じゃなくて、もっと古い感じの……おじいさん世代が大好きだったような騎士に。

[ロイ] っていうと、この前街へ来た征戦騎士みたいな?

[会社員] はい。私にそんな実力なんかないってことは、わかってましたけどね……うぅ……

[ロイ] そう落ち込むなって。血生臭い殺し合いなんてもう時代遅れさ。暴力頼りで作る未来なんて、たかが知れて……

[感染者騎士] んなこたわかってるよ。それでも、俺たちには……選択肢なんかねえんだ。

[感染者騎士] はぁ……マスター、もう一杯くれ!

[ロイ] 俺に言わせりゃ、皆もっと良い暮らしがしたいだけなんだし、会社にでも入るのが一番だと思うがねえ。

[会社員] 企業勤めになりたいんですか?

[ロイ] うん、まあそんなとこ。できれば、オフィスに座って仕事できるような大企業で働きてえよなあ。あーでも、営業職もありか? 俺、そういうのは得意だろうし……

[ロイ] でかい企業なら、優秀な社員にはボーナスってのを出してくれるらしいし、年収も安定してるし、最高だろ!

[感染者騎士] ハハッ、そりゃいいな……

[会社員] ……甘いっ!

[ロイ] え?

[会社員] 大企業で働くというのは、そんな簡単なことじゃないんですよ……

[ロイ] んー……それもそうか。俺もちょっと夢見すぎてたな。会社に入ること自体そう簡単じゃねえんだし。

[会社員] そりゃあ入るのも大変ですが入社なんて最初の一歩に過ぎません。

[会社員] 一度入ってしまうと出られなくなることも多いですし、そこからが本当の地獄なんですよ……

[会社員] ……

[会社員] 私、今日……無断欠勤したんです。

[会社員] 本当は休暇を申請したかったんですけど、有給がもう残ってなかったんで、連絡入れずにサボりました。

[ロイ] そんなことして、誰かから電話かかってきたりしねえのか?

[会社員] 昨晩充電し忘れたので、携帯はバッテリー切れで……かかってきててもわかりませんよ。

[ロイ] ははっ、大した兄さんだねえ。

[感染者騎士] あんたなあ……それでほんとに大丈夫なのか?

[会社員] もちろん大丈夫なんかじゃありません。大問題ですよ。

[感染者騎士] ……その割に落ち着いてんな。

[会社員] は、はは……落ち着いてるように見えますか?

[会社員] 実のところ、舌はぴりぴりするし、お腹は空っぽだし、頭の中はその両方を合わせたような感じなんですよ。

[会社員] そこにお酒を入れちゃったんで、お腹も頭も酒浸しのスポンジみたいで……

[感染者騎士] また訳わかんねえこと言って……

[ロイ] 俺は結構面白いと思うけどなあ、その台詞。

[会社員] とにかく、今はすごーくいい気分なんですよお。着信音が鳴らない分なんにも問題ないみたいに過ごせちゃいますし~……

[ロイ] あー、こんなこと言うのもなんだが、そいつは束の間の安らぎってやつだぜ、兄さん。

[ロイ] 携帯を充電して、電源を入れたら……いやあ、考えただけで恐ろしいねえ。

[会社員] ……やめてくださいよ、寒気がしてきた……

[感染者騎士] つられて胃が痛くなってきちまったよ……

[会社員] はあ、もうどうでもいいかな……私みたいな従業員なんて山ほどいますし、経験豊富なベテランも、やる気満々の新人も溢れかえってるわけで……私がいなくても誰も困りませんから……

[会社員] ただ疲れちゃっただけなんです……たった一日、何も気にせず休んでみたかっただけで……

[会社員] これでクビにされても構いません。踏ん切りつかずに続けてただけなんで、辞められるならせいせいしますし……

[ロイ] 本気か? 怖くねえの?

[会社員] ……怖いに決まってるでしょう。こんなのは冗談ですよ。家のローンだってまだ残ってますし……

[会社員] 今から帰って徹夜で始末書を書いて……明日部長に提出するつもりです。ひどい風邪を引いて一日中寝込んでいた上、携帯は誤って壊してしまいました、って感じで。

[ロイ] んー、ちょっと嘘くさくねえか?

[感染者騎士] ちょっとどころじゃねえだろ……!

[会社員] 本当かどうかなんて、どうでもいいんですよ。体裁が整ってれば、誰も気にしませんし……

[会社員] はあ、今日はそろそろ、お開きにしましょうか。

[感染者騎士] おう。マスター、お会計……って、うおっ! お前ら、ほんとに遠慮がねえな! 高い酒ばっか頼みやがって!

[ロイ] ごちそうさんでした~。いやあ、街に出るなりあんたみたいな良い奴に奢ってもらえて、つくづく運が良かったぜ。

[ロイ] ……

[ロイ] 今日のお礼に、一つアドバイスしてやるよ。

[感染者騎士] アドバイス?

[ロイ] あんた、今夜はバーで夜を明かすといい。ここは夜通しやってるみたいだし、客もたくさん入ってるからな。

[ロイ] そんで朝になったら、人の多いところを探すんだ……要は、人込みの中を歩けってことさ。

[会社員] んん……? どういう意味ですか?

[ロイ] 俺からは以上! んじゃ、お先に失礼~。

[会社員] 行っちゃいましたね。ちゃんと説明もしないで……

[会社員] まあいいや。私もそろそろ家に帰りますけど……あなたはどうしますか? あの人の言った通り、一晩中飲み明かします?

[感染者騎士] そうだなぁ……

親父殿は後に言った――俺の称号は「クロガネ」だ。お前には「ラズライト」が相応しいだろうな、と。

確かにあの人は黒くてタフな男だが、俺はちっとも青くねえってのに……まあ、ボスに口答えなんかできねえし、ラズライトはラズライトになったわけだ。

親父殿が俺を拾ってくれた時――いや、ちょっと語弊があるな。俺は一人でも生きていけたし、拾われたってのは違う気がする。

とにかくその時、俺は二匹の羽獣を仕留めた。熱湯で毛を抜いて血抜きをしたら、焚火でこんがり焼いて食おうって算段だ。

なのに色々苦労した挙げ句、一匹半はあの人に食われて、俺に残されたのは二つの頭と爪二本、それからモモ肉一本だけだった。

そんで、親父殿はそいつを食い終わると、お話に出てくるお師匠さんみたいな調子で言った。

「お前はその若さで、誰から教わるでもなく、道具も持たずに、熟練の狩人すら手こずるような機敏な羽獣を狩ってみせた。天賦の才があるのだろう。」

「坊主。良い暮らしがしたいと思うか?」

――したいよ。したいに決まってんだろ。

[感染者騎士] ……

[感染者騎士] 今夜は飲みすぎたなあ。あいつのアドバイスを信じたお陰で、随分長居しちまった。

[感染者騎士] もうすぐ夜が明けるし……そろそろ帰るか。

[感染者騎士] うー……さみーなあ……

[感染者騎士] にしても、人っ子一人いやしねえ。明け方の大騎士領ってこういう感じなのか……見渡す限り、散らかるゴミだの、捨てられた騎士のポスターだの……

[感染者騎士] ははっ、俺たちゴミ同士ってわけか……

[感染者騎士] ――ッ、誰だ!?

[感染者騎士] お前ら……

[無冑盟の刺客] 鉄腕騎士。

[無冑盟の刺客] 連合会への協力を拒否した以上、お前は邪魔になった。

[無冑盟の刺客] 血騎士の庇護はもうないぞ。

奴らのために働くほど、奴らのことがよくわかってきた。

騎士ってのは奴らの倉庫に蓄えられた商品で、殺し屋は奴らの隠し持つ武器だ。となりゃ世論はっていうと……奴らにとっちゃ、操り方を知り尽くしたものでしかない。

カネと権力、この二つはカジミエーシュじゃ往々にして切っても切れない関係だ。

ああ、言っとくが俺は別段大金持ちになりたいわけじゃない。ただ……考えてもみてくれ。良い暮らしがしたいなら奴らの仲間になるしかない、そういうもんなのさ。

そうして大体の人間は上へ昇り詰めていくことになるが、どこまで行けば支配を抜け出して自由になれるのかっていうと……

ま、深く考えるのはやめとこう。多くを望まず、ちょっとだけ良い暮らしを、快適な生活を手に入れるだけで十分だ。

少なくともこれからは、誰かを殺せなんて電話で言われることもないし、トチって怪我をすることもない。その上、ボスを誤魔化そうとしなくてもよくなるんだからな。そうだろ?

[モニーク] はい、顔はもう大丈夫よ。目を開けていいわ。

[ロイ] ……んー……

[モニーク] わざとらしく自分の顔を触るのやめて。殴るわよ。

[ロイ] おいおい、勘弁してくれよ、モニーク様。

[ロイ] しょうがねえだろ? 顔中に包帯が巻かれてんのが、なんつーか……新鮮でさ。

[モニーク] ……今はターナ・テイラー。で、あんたはヨル・テイラー。忘れないで。

[ターナ] 医者が戻ってきたら、もう間違えないでね。

[ヨル] ああ、そういや、それなら呼び方も変えるべきだよな。俺たち、夫婦になるわけだし~?

[ターナ] ……

[ヨル] ん~? 照れてんのか?

[ターナ] は? 目でも腐ったの?

[ヨル] そう怒んなよ。確かにこの配役はちょっとアレだけどさ……ま、大丈夫だろ。

[ヨル] それに、今の顔だって美人だぜ、お前。安心しなって。

[ターナ] ……やっぱり目が腐ってるみたいね。

[医者] お目覚めになったんですね。お加減はいかがですか?

[医者] 今回はお急ぎということでしたので、アーツで経過を加速させています。これにより、段階的な手術を長期にわたって行う必要はありませんが、相応のリスクも伴いますのでご注意を。

[医者] しばらくは包帯を取らないでくださいね。それから、一ヶ月後に一度アフターケアをするのが望ましいと思います。そうすれば安定性を最大限確保できますし……

[ヨル] どうもどうも、お陰様で生まれ変わったような気分だよ。

[ヨル] けど、アフターケアってのは遠慮しとこうかな。

[医者] ぐっ……!?

[ヨル] あとは自分たちで何とかするからさ。お疲れさん、先生。

[ターナ] ずいぶんサクッといったじゃない。死体は自分で何とかしてよ。

[ヨル] 仕方ねえだろ? 口の固い医者がほしいなら、自分で作るのが一番だからな。

[ヨル] 死人に口なし、ってやつだよ。

[ヨル] そういや、血騎士についてた感染者騎士に連合会が手を下したって話知ってるか?

[ヨル] 昨日の晩、その一人に会ってな。ちょっとしたアドバイスはしといたんだが……

[ターナ] なんとなく聞いた気がするけど、今の私には関係ないわ。

[ターナ] あんたも関わらないほうが身のためよ。私たちはもう無冑盟とは無関係だってこと、忘れないでよね。

[ヨル] 確かに、それもそーだな。

[ヨル] もう俺たちには関係ない、か……

[ヨル] さーて、それじゃ新生活の始まりだな。この先どうする? 一応営業職なわけだし……マジでやってみるか?

[ターナ] あんたがそうしたくても、クロガネが許さないでしょ。

[ターナ] まあ、お陰であんたが客を追い出すようなことにならないのは何よりだけど。

[ヨル] いやいや、ひょっとすると才能あるかもしれないだろ? 俺たちは今やすべてを手に入れたわけだし、やることを見つけないとさ。

[ターナ] 要するに暇なわけ?

[ヨル] まあな。そうだ、二人で狩りでもしにいくってのは? 田舎のほうに別荘買ってさ、羽獣の狩り方は俺が教えるから。そういうの得意なんだぜ、俺。右に出る者なしってくらいにな。

[ヨル] しっかし、森で狩りをして暮らしてた頃は、こんな日が来るとは思わなかったよ。

[ヨル] ちょっと前まで休む暇すらなかったが、今は最高だ。時間はたっぷりあるし、いくらでものんびり楽しく過ごせるだろうな。

[ターナ] そんなに暇なら一人で行けば。

[ターナ] 私は休暇を取りたいの。どっかの田舎じゃなくて、ドッソレスとかシエスタで過ごすようなやつをね。

[ターナ] あんただって、子供時代を懐かしむためだけにああいう苦労をしてきたわけじゃないんでしょ?

[ターナ] 本当は何のために頑張ってたわけ?

[ヨル] ……さてなあ。俺にもわかんねえや。

[ヨル] もっと良い暮らしができんなら、人間頑張っちまうもんだし。そこまで考えてなかったって感じかな。

[ターナ] ……チッ、あっそ。いつかトチ狂って山に籠もりたくなったら、あんた名義の財産全部私に譲ってくれてもいいわよ。口座番号送るから。

[ヨル] あっはは! 今は夫婦なんだし、俺に何かあったら遺産は自然とお前のもんだけどな。

[ターナ] 確かに。じゃあ、すぐやりましょう。

[ヨル] お~こわ、奥様は冷酷でいらっしゃいますなあ~。ま、冗談はさておき、色々片付いたら、さっき言ってた休暇のこと真面目に考えてくれよ?

[ヨル] ――お前の行きたいとこへ行こうぜ。お供するからさ。

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