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未完の断章_狼と群れ
群れる狼やそのリーダー格、そして一匹狼も……龍門は多くのよそ者を受け入れた。この鋼鉄のジャングルで、彼らは静かに変化していく。荒野からの呼び声が聞こえるその時まで。
[カポネ] 9時35分か。約束の時間から5分も過ぎてやがる。
[カポネ] 安全面から言っても、場所を変えたほうがいいと思うぜ。
[ガンビーノ] 俺だってこんな所にゃ一秒だっていたくねえが、取引相手がこっちを見つけらんねえほうがもっとやべえからな。
[ガンビーノ] 街に入ったらすぐに落ち合う約束だったが、まだ誰も来てねえってこたぁ、大方足止めでも食らってんだろ。もう少し待つぞ。
[カポネ] そうは言っても、入城ゲートは目立ちすぎる。本気でここで待つつもりか?
[ガンビーノ] じゃあどうしろってんだよ? 今の俺たちゃあのイカレ女のために働いてんだぞ!
[ガンビーノ] あいつに取っ捕まった時、あの女が最初に何てほざきやがったかくらい覚えてんだろ?
[カポネ] 「気が変わったよ。キミたちを生かしておいたほうが、死体を二つ作るより役に立つかもしれないよね。」
[ガンビーノ] 違う、その次に言ったやつだよ!
[ガンビーノ] 「二人には仕事をあげよう。くれぐれもミスはしないでね。一度でもしくじったら、やっぱり死んでもらうから。」
[ガンビーノ] こんなこと言われちゃ、手紙を受け取り損ねるよりは人目を引くほうがまだマシじゃねえか。
[カポネ] お前――いや、いい。
[カポネ] ほら、何人か出てきたぞ。
[ガンビーノ] 例の手紙を持ってる奴はどいつだ……?
[カポネ] 考えても無駄だ、やめておけ。
[ガンビーノ] あ? どういう意味だてめえ。
[カポネ] はぁ……
[カポネ] あの女は、この件の相手がどんな奴で、どんな格好してるのかすら教えてくれなかっただろう。向こうが俺らを見つけるから、探す必要はないとか言ってたが。
[カポネ] お前も取引の流れぐらいは覚えてるよな?
[カポネ] ……おい、ガンビーノ?
[ガンビーノ] ……向こうが「鉄板焼きマヨネーズマカロニは要るか」って聞いてきたら、「お徳用二人前セットで」って答える。そうすりゃ手紙を渡してくる。だろ?
[カポネ] ハッ、大した記憶力だ。
[ガンビーノ] こんなヘドの出る合言葉、忘れたくても忘れらんねえよ。
[カポネ] ……もう9時50分だな。最後に入ってきた連中も行っちまった。
[カポネ] どっかで計画が狂ったんだろうな。そろそろ動かないとまずいぞ。
[ガンビーノ] だがよ、もしこのあと奴さんが出てきて、俺らがいないなんてことになったらどうなる?
[カポネ] んなわけねえだろ! もう呑気に突っ立って待ちぼうけしてるわけにいかないんだよ!
[ガンビーノ] じゃあ、万が一向こうさんが入口で捕まってたらどうすんだ?
[ガンビーノ] そうじゃなくたって、ここで待つのは間違いじゃねえと思うぜ。俺らを探すのは向こうの仕事なんだろ? それが上手くいかなくたって、こっちのミスにはならねえし……
[カポネ] そんな細かいこと、いちいち汲んでもらえると思うのか!?
[カポネ] 冗談抜きであの女はどうかしてるんだ! 奴が見るのは結果だけ、となりゃヘマやったのが誰だろうと同じだろうが! ここで動かないって言うなら、その時点でお前もヘマをしたことになるんだよ!
[ガンビーノ] ……わかったよ。お前の言う通りだとして、どこへ探しに行けってんだ?
[カポネ] 少しは頭を使ったらどうだ。
[カポネ] あのイカレ女に用がある以上、相手はシラクーザの関係者に決まってる。ペンギン急便の奴は置いといて、今の龍門でシラクーザと接点のある人間と言えば……
[ガンビーノ] 俺らがシラクーザから連れてきたあの裏切り者ども、か?
[ガンビーノ] まさかあの連中……俺らを裏切った上に、取引相手まで攫ったってのか!?
[カポネ] ハッ、お前もようやくわかってきたみたいだな。
[ガンビーノ] ……
[カポネ] まあ、実際あいつらが手紙の持ち主を攫ったかまではわからんが、今回の件とどこかで繋がってるのは間違いないだろうよ。少なくとも、何かは知ってるはずだ。
[カポネ] 行くぞ。
[ガンビーノ] クソッタレの裏切り者どもめ、俺がぜってえ――
[カポネ] おい、よせ!
[カポネ] この街に足を踏み入れた時からずっと言ってきただろうが。龍門には龍門のルールがあるんだよ。
[カポネ] 俺たちがなぜ鼠王に嵌められたのか、そしてどう見逃してもらったのか。それを忘れるんじゃないぞ。
[ガンビーノ] るせえな、わかってるよ!
[カポネ] だといいんだが。
[カポネ] つまりだな。今から裏切り者のアジトを訪ねる目的は、ケンカでもお礼参りでもなく、情報を聞き出すこと、たったのそれだけだ。わかったな?
[ガンビーノ] ……
[カポネ] ここだ。この先は声を落とせよ。
[カポネ] 今の気分は?
[ガンビーノ] 「最高」だ。
[ガンビーノ] で、このあとは? 適当に誰か捕まえて聞いてみるか?
[カポネ] やめとけよ。
[カポネ] 本当に裏切者どもの仕業なら、シラクーザからの使者を攫うなんてのは上の人間の思惑だろう。奴らの仕業じゃない場合はなおさら、下っ端が細かい事情なんざ知るわけがない。
[ガンビーノ] へえ。お前の脳ミソもちったぁ役に立つな。
[カポネ] ……
[ガンビーノ] そんで、どうしろってんだ? 若い頃みたく、俺が引っかき回してる間にお前が忍び込むって段取りで行くか?
[カポネ] いや、もう少し様子を見る。奴らの警戒が緩んでるようなら、そんなリスクを犯す必要もないしな。
[カポネ] あのイカれ女の下で働く以上は、お前みたいな足手まといでも貴重な同僚だ。そうそうなくすわけにいかないんでね。
[ガンビーノ] ハッ、言うじゃねえか。俺がいなけりゃ、お前なんざ今頃とっくにくだらねえヘマやってぶっ殺されてるだろうによ。
[マフィアA] ハッハー! 見ろよ、これで21点だ!
[マフィアA] いや~儲けた儲けた!
[マフィアB] おい待て、そいつぁ何だ?
[マフィアA] 「何だ」じゃねえよ、負けたからって駄々こねてんじゃ――
[マフィアB] てめえ、イカサマしやがったな!
[ガンビーノ&カポネ] ……
[カポネ] (小声)見張りのくせに、白昼堂々トランプに興じてるなんてな。
[ガンビーノ] (小声)俺がボスなら、あいつらの口にカードを詰め込んでるところだぜ。
[カポネ] (小声)現実見ろよ。今の立場を忘れたのか?
[ガンビーノ] ……
[カポネ] (小声)とにかく、無防備なのは好都合だ。
[マフィアA] あーあ、大損こいちまった。
[マフィアA] 最近稼ぎが悪いから、こうでもしないとやってけねえってのによ。
[マフィアB] はあ? 俺は儲けてるって言いてえのか? タカろうってんじゃねえだろうな、おい!
[マフィアA] 実際儲けられんだろ? 感染者がわんさかいる雰囲気わりーとこでぶらつくしかできねえ俺と違って、お前の縄張りは市場の近くだし……パシリの仕事でももらって稼ぎゃいいじゃねえか。
[ガンビーノ] なっ……「パシリ」だぁ!?
[マフィアA] っ、誰だ!?
[マフィアB] ん、誰かいるのか?
[マフィアA] 声が聞こえたんだよ。結構近いぜ。
[マフィアB] 声? なんて言ってたんだ?
[マフィアA] 多分だけど……「パシリ」がどうとか?
[マフィアB] アッハハ……空耳だろ。それか、意地悪な誰かさんがお前の真似してビビらせようとしてんじゃねえの?
[マフィアA] まー、そうかもな。
[カポネ] (小声)お前、気でも狂ったのか!?
[ガンビーノ] (小声)……うるせえ……
[ガンビーノ] (小声)俺たちがあの食うに困ったガキどもを引き入れたのは、あいつらにガンビーノとシチリア二代目の名を背負わせてくだらねえ真似させるためじゃなかっただろうが……!
[ガンビーノ] (小声)それが……パシリだと!?
[ガンビーノ] (小声)狂ってるのはどいつのほうだ? これまで俺たちがしてきたことは一体何だったんだ? あいつらだって……何のためにやってきたってんだ?
[カポネ] (小声)生き延びるために決まってんだろ! 思い上がってんじゃねえ!
[カポネ] (小声)今も生きられてるだけ俺らはマシなほうだろうが! それの何が不満なんだ!?
[ガンビーノ] (小声)むしろ何に満足しろって――
[カポネ] ッ、この音――
[カポネ] 源石爆弾か? もう少し先のほうから聞こえたような――おい、待てガンビーノ!
[ガンビーノ] いいから来い。一生そこでグダグダ考えてるつもりか?
[カポネ] ……
[カポネ] だったらもうちょっとゆっくり走れ!
[カポネ] ガンビーノ、お前……もっと、ゆっくり走れって――
カポネは暫し言葉を失った。それは彼より十数秒早く現場に着いていたガンビーノも同じことだ。
彼らの前には、黒い帽子とコートを身につけた男が立っていた。
彼の足元には、地元龍門のマフィアたちが倒れている。何人かは気を失い、何人かは傷口を抑えて呻いていたが、全員生きているようだ。
[黒服の男] 鉄板焼きマヨネーズマカロニは要るか?
[ガンビーノ] ……
[カポネ] お徳用……二人前セットで。
[黒服の男] よし、これを。
カポネは数歩前に出て、一通の封筒を受け取った。
それを閉じた封蝋にはどことなく見覚えがある。だが、その意味するところをすぐに思い出せはしなかった。
[ガンビーノ] そんでお前、一体どこのファミリーの――
[ガンビーノ&黒服の男] !?
[黒服の男] お頭――じゃない、ガンビーノ……さん?
[ガンビーノ] トマゾじゃねえか!?
[ガンビーノ] お前、こんなとこで何を――いや、それよりこの封筒、誰から渡されたんだ? そいつはどこに行った?
[トマゾ] な、何のことですか? これは俺からあなたたちへの手紙ですよ。
[ガンビーノ] お前のことはよく知ってんだ。俺を騙せると思うなよ。
[ガンビーノ] この人数を一気に蹴散らす力なんざお前にはねえ。逆に半殺しにされたっておかしくねえくらいだ。となりゃ、お前に封筒を渡した奴がこの連中をぶっ飛ばしたに決まってらあ。
[ガンビーノ] さっさとそいつの行き先を教えな。でなきゃ痛い目見せてやるぜ。
[トマゾ] い……言えません……
[ガンビーノ] へえ? しばらく会わねえうちに色々忘れちまったみてえだな。
[ガンビーノ] ま、言えないってんなら言えるようにしてやるよ。死んだほうがマシな目に遭わせることになるがなあ。
[トマゾ] む、無理です、本当に無理なんです!
[トマゾ] たとえ死んでも話せません……!
[ガンビーノ] いい度胸じゃねえか。そんじゃ、こいつを喰らって――
[カポネ] ガンビーノ!
[ガンビーノ] おい、お前までぬるいこと抜かすつもりか? 手紙の送り主さえ見つかったら、俺たちはこのクソみてえな街を出られるかもしれねえんだぞ。そうすりゃシラクーザにだって……
[カポネ] その封筒と封蝋をよく見ろ。まさかわからないとは言わないよな。
[ガンビーノ] ……
[ガンビーノ] !?
[ガンビーノ] こいつは……あの女の!? な……なんで龍門に……!?
[カポネ] クソッ、近衛局だ。さっきの爆発で気付かれたんだろうな!
[ガンビーノ] トマゾ、とにかく俺らについて――
[ガンビーノ] ……逃げやがった。
[カポネ] ほっとけ! それよりまずはこの場を切り抜けるぞ!
[くぐもった音声] ……武器を捨てろ……君たちは包囲され……
[カポネ] ……よし、こっちだ。
[ガンビーノ] 行き止まりじゃねえか!
[カポネ] 俺を信じろ、さっさと来い!
[近衛局局員A] こ、これは……抗争でもあったのか?
[近衛局局員B] いや、どっちかって言うと一方的な見せしめだろうな……見ろ、全員息がある。
[近衛局局員A] 本当だ。しかし、どれも軽い怪我ではなさそうだな……
[近衛局局員A] ともあれ、犯人はまだ近くにいるはずだ。急いで探そう!
[近衛局局員B] 了解。
[近衛局局員A] 大通りのほうはうちの見張りが押さえてるし、よっぽどのバカじゃない限り路地裏に逃げ込むだろう。
[近衛局局員B] そりゃいい。あの路地は行き止まりなんだ。
[ガンビーノ] (小声)信じた結果がこの有様かよ。
[カポネ] (小声)今の話聞いてなかったのか? どのみち大通りは見張られてたんだし、行ってもしょうがないだろ!
[近衛局局員A] 隠れてないで出てこい!
[近衛局局員B] 殺しまではしていないようだし、大人しく投降すれば手荒な真似はしないと約束しよう!
[近衛局局員A] 無駄な抵抗はやめて、すぐ出てくるんだ!
[ガンビーノ] (小声)なあ、もうそこまで来てるぞ!
[カポネ] (小声)騒ぐな、今考えてんだよ……!
[近衛局局員A] 壁の後ろに隠れているのはわかっているぞ! 武器を捨てて、投降しろ!
[ガンビーノ] (小声)どうすりゃいい……!?
[カポネ] (小声)だから考えてるっつってんだろ――
[近衛局局員A] 繰り返す! 武器を捨てろ! そうすれば、こちらもそれを考慮した措置を――
[ガンビーノ] 寝ぼけたこと言ってんじゃねえ!
[近衛局局員A] ……ッ! 待て――
[近衛局局員B] 止まれ! そこで止まるんだ!
[ガンビーノ] ほら、今だ! 走れ!
[近衛局局員B] 仲間がいるのか!? まさか、奴は囮……? 早く増援を――
[近衛局局員A] ……確かに、少なくとも一人はいそうだな。クロスボウを持ってるようだが、射撃の腕はお粗末だぞ!
[カポネ] 誰の腕がお粗末だと、てめえ!
[カポネ] チッ、ここが龍門じゃなきゃ脳天ブチ抜いてやるんだがな!
[カポネ] はぁ、はあ……
[カポネ] ここまで来りゃ……追いつけねぇ、だろ。ふぅ……
[ガンビーノ] けっ、たかが雑魚数匹相手に逃げ回ることしかできねえとはな。
[カポネ] その思い上がった言い草……いかにもお前らしいな。
[ガンビーノ] ……
[カポネ] そうやってどん底の時ほど余計に気取りやがって、若い頃よりよっぽどいけ好かねえ。
[ガンビーノ] なんだよ、あの頃が懐かしいってか?
[カポネ] 少しな。
[ガンビーノ] ……
[ガンビーノ] 俺はこの一番新しい矢傷が誰に撃たれてできたもんかを忘れちゃいねえぞ。
[ガンビーノ] そのクソ野郎と同じ舟になんか乗らされてなけりゃ、とっくにそいつの心臓近くへ同じ傷を作ってやってるところだ。昔を懐かしむならそのあとだな。
[カポネ] ……そうかよ。
[カポネ] 俺もあの傲慢バカにもう一発矢をぶち込んでやりてえところだ。今度は確実に心臓撃ち抜いてやるぜ。
[ガンビーノ] ハッ、言うじゃねえか。そんなに殺りてえならかかってこいよ。
[カポネ] てめえ、俺がビビるとでも思ってんのか?
[ガンビーノ] じゃなきゃなんだ? 不意打ち抜きで俺に勝てるとは思ってねえんだろ?
[カポネ] (深呼吸)
[カポネ] ……はいはい、お前には敵わねえよ。
[ガンビーノ] ンだよ、もう降参か?
[カポネ] ……お前自身が言ってたことだろうが。「俺たちが誰のために働いてるのか」、忘れるんじゃない。
[ガンビーノ] ……
[カポネ] 頭は冷えたか? お前にも理性が残ってたみたいで何よりだ。
[カポネ] とはいえ、目下の問題は解決してないがな。……俺たちはこの封筒を本来の持ち主から直で受け取ったわけじゃない。それをあのイカレ女が「失敗」と取るかどうか、お前はどう思う?
[ガンビーノ] 知るかよ、そんなこと。
[ガンビーノ] 俺にわかるのは、俺ら二人が結託したところで、あの女とやり合えば10秒持たねえってことだけだ。
[ガンビーノ] 元々選択肢なんざありゃしねえし、腹くくるしかねえだろ。
[ラップランド] ドアの向こうからずっと君たちの匂いがしてたけど、何かあった?
[カポネ] い……いえ、何でもありません。それより姉貴、例の封筒ですが首尾よく手に入れましたよ。
[ラップランド] 「首尾よく」?
[カポネ] ええ、そりゃもう順調に。
[ラップランド] こんなに時間をかけて今ようやく帰ってきたのを、「順調」だって言いたいのかな?
[カポネ] ……
[ラップランド] ほら、手紙を渡して。
[カポネ] も……もう読み終えたんですか?
[ラップランド] 意見したいなら言ってごらん。
[カポネ] い、いえいえいえ、意見なんて滅相もない。
[ラップランド] そうかい? 何か言いたそうに見えるけど。
[カポネ] ……
[ガンビーノ] こいつは、その手紙の中に……俺らについて何か書いてないかを気にしてるんすよ。
[ラップランド] アハッ、アハハハハッ!
[ガンビーノ&カポネ] ……
[カポネ] 書いてあったんですか?
[ラップランド] うん。
[ラップランド] キミたちの処分は好きなようにしろってさ。
[ラップランド] おや、どうして何も言わないのかな?
[カポネ] 本当に……その一言だけでしたか?
[ラップランド] フフッ、キミたちも案外鼻が利くんだね。
[ラップランド] それじゃ、教えてあげようか。この手紙には、恥晒し二人を始末するなら、荒野に穴を掘って埋めるといいって書かれてたんだ。
[ラップランド] ……
[ラップランド] 驚いてないみたいだね。
[ガンビーノ] 自分でも、今の俺たちが情けねえ有様だってことくらいわかってるんでね。別に驚きやしませんよ。
[ラップランド] そう。それで、どうするつもりかな?
[ラップランド] 生き恥を晒すより、ここで落とし前でもつけてみる?
[ラップランド] あるいは、もう一度追いかけっこをしようか。今度は15秒あげるから。
[カポネ] ……冗談は止してくださいよ。自分の実力なんて、自分が一番よくわかってますから。
[ラップランド] フフフッ。
[ラップランド] じゃあ、もう一つ提案してあげよう。
[ガンビーノ&カポネ] ……
[ラップランド] 結局、キミたちなんてどうなろうと構わないんだ。
[ラップランド] 彼らの掟はわかってるよね? ミズ・シチリアは負け犬二匹のことなんて気にしてないし、自惚れも大概にしたほうがいいよ。何せ、彼女はボクのことだって眼中にないくらいだし。
[ラップランド] 今言ったことの意味はわかるよね? キミたちを消したがってるのは「シラクーザ」なんだよ。
[ラップランド] まあ、ボクとしてはそんなのどうでもいいんだけど、何にせよキミたちの死にかけた野良犬みたいな顔はちょっと見てられないし……そこで提案なんだけどね。
[ラップランド] 二人には、片方が死ぬまで殺し合ってもらうっていうのはどう?
[ラップランド] それでキミらはいわゆる「名誉」を少しは取り戻せるし、手紙の送り主も少しは気が収まる。ボク自身、しばらくは何事もなく過ごせそうだしね。
[ラップランド] ね、どうかなあ? やってみない?
[ガンビーノ] ……それを忠誠の証と捉える、と?
[ラップランド] 何が言いたいのかな?
[ガンビーノ] 手紙の指示に背いてファミリーを裏切る以上、死んだ奴の命を以て誓いを立てたところで、生き延びたほうを守れる人間はあんただけだってことですよ。
[ラップランド] 誓いだとか忠誠の証だとか、面白いことを言うんだね。
[ラップランド] 二人がお互いに何度裏切りを重ねてきたのか、覚えてないのかな?
[カポネ] ……いいでしょう。俺はそれで構いませんよ。
[ガンビーノ] おい、カポネ……
[カポネ] お前だって、昔を懐かしむのは俺を殺ってからだとか何とかぬかしてただろうが。その喧嘩、買ってやるって言ってんだよ。
[カポネ] 三つ数えたら始めるぞ。
[カポネ] ああ、そうそう。今の話をしてる間に不意打ちしなかったのは、前に奇襲したことへの詫びだ。
[ガンビーノ] いいだろう。――今度こそ裏切りの代償を払わせてやる。
[カポネ] 3……
[カポネ] 2……
[カポネ] 1!
[カポネ] ――かかれ!
[ラップランド] フフッ、アハハハハハッ!
[ラップランド] いいねえ! その反応、最っ高だよ!
[ラップランド] さあ、もっと激しく! 溜め込んできた恨み辛みをボクにぶつけてきなよ! 死に物狂いのキミたちがどこまでやれるか、じっくり見せてもらおうか!
[カポネ] 今だ!
[ガンビーノ] はあああッ!!
[ガンビーノ] 喰らえ!
[カポネ] っ、左だ!
[カポネ] 嘘だろ、あの女! 剣も抜いてねえのに――
[ラップランド] 動きが単純すぎるんだよ。よく見てなくても、次にどこを狙ってくるかなんて筒抜けだ。
[ラップランド] つくづく仲良し兄弟だよねえ。脳筋くんはすぐ頭に血がのぼっちゃうし、頭脳派ぶってるほうも見かけ倒しでさ。
[ラップランド] きっと若い頃は苦労の一つもせずに、シラクーザでの気楽で楽しい生活を満喫してたんだろうね。
[カポネ] ガンビーノ、あの女に口を開かせんじゃ――
[カポネ] す……素手であんな真似しやがったのか……!?
[ラップランド] そんなに驚くようなことかな?
[ラップランド] どうやら、ボクたちがシラクーザで過ごした時間は、それぞれ全然違うものだったみたいだね。
[ラップランド] 今の結果がその証拠さ。
[ラップランド] 自分のクロスボウを喉元に向けられる気分はどうだい?
[カポネ] ……良くはねえな。
[ラップランド] そう。――ボクの提案を無視した以上、手紙の指示通り、キミたちをどこか適当な場所へ埋めることになるね。
[カポネ] 何か忘れてるんじゃねえか?
[ラップランド] っていうと?
[カポネ] ここは龍門だ。
[ラップランド] それが何?
[カポネ] ゴムの矢じりじゃ人は殺せねえってことさ!
[ラップランド] ナイフを持ってるのは知ってたけど、案外抜くのが速かったね。
[ラップランド] でも残念、それじゃまだ遅すぎるよ。
[カポネ] ぐっ……!
[ラップランド] あと、もう一つ。この矢で人は殺せないとしても――
[ラップランド] 大動脈がどこにあるかを見つけるなんて、ボクにとっては簡単なことだ。
[カポネ] がッ……は……
[ガンビーノ] カポネ!!
[カポネ] ぅ……ぐっ――
[カポネ] げほっ、ごほごほっ!
[ラップランド] ふふっ、命拾いできてよかったね。
[カポネ] げっほ、ごほ……それがなんだ……どうせ、お前に……
[ガンビーノ] よせ、カポネ。
[ガンビーノ] 俺たちはとっくにくたばっておくべきだったんだ。せめて最期くらい本物のシチリア人らしく死のうじゃねえか。
[ラップランド] へえ、そうかな?
ガンビーノとカポネは、一瞬我が目を疑った。
美しい装丁の封筒と丁寧に折られた便箋を、ラップランドが火の中へと放り込むのを見たからだ。
放り込まれたそれは、端から燃え上がっていく。
[ガンビーノ] っ、狂ってんのかてめえ……ミズ・シチリアからの手紙をわざと燃やしやがったな!?
[ラップランド] あれ? キミたち、ボクが狂ってないとでも思ってたの?
[ラップランド] 高尚ぶったナンセンスな言葉でいっぱいの紙切れなんて、灰にしたほうが気持ちいいじゃない。
[カポネ] この、イカレ女……
[ラップランド] おや、彼女のために戦おうって言うの?
[カポネ] ……誰がするか、そんなこと。
[ラップランド] だろうね。キミたちには、彼女に牙を剥く勇気も、彼女のために戦う勇気もないと思うよ。
[ラップランド] あの人に故郷を追い出されておいて、文句の一つも言わないし……
[ラップランド] あるいは、シラクーザから追い出されたことは彼女のせいだと思ってないとでも言いたいのかな?
[ラップランド] でも、この手紙にはキミたちを殺せと書いてあるのに、どうしてそれを燃やすだけのことを恐れているの? そんなに彼女が怖いのかい?
[ガンビーノ] ……
[カポネ] ……
[ラップランド] あーあ、つまらないなあ。
[ラップランド] ほら、起きて。
[カポネ] ……どこへ連れて行くつもりだ?
[ラップランド] どこへって?
[カポネ] 荒野に埋めるんじゃなかったのか?
[ラップランド] キミたちが取った行動は稚拙だったけど、恥を晒すようなものではなかったからね。
[ラップランド] それに、手紙はもう燃えてしまったし、あの人の言うことを聞く義理なんてないと思わない?
[ラップランド] わかったらもう起きて!
[ラップランド] まだ仕事が残ってるんだから、いつまでも寝転がってる場合じゃないよ!
[ガンビーノ] 仕事だあ……?
[ラップランド] ――この街にいる「一匹狼」は、一人だけじゃないからね。
[鼠王] 龍門のお茶はいかがだったかな。
[???] ......
[鼠王] どうやら好みに合わなかったようじゃのう。確かに、シラクーザ人が茶を飲むのは病気にかかった時くらいだという話は聞いたことがあるが。
[???] ええ、その通りです。
[鼠王] とはいえ、カデドゥさん。ここは龍門であるからして……我々龍門人は皆お茶が大好きでのう。
[カデドゥ] もちろん、それをとやかく言うつもりはありませんよ。俺はただ夫人からのメッセージをお伝えしにきただけですしね。
[カデドゥ] ですが、この大地のどこにいようと、シラクーザ人はシラクーザ人ですから。俺たちにはぬるい茶なんざ必要ありません。
[鼠王] だとしても、シラクーザから来た友人の何人かは、お茶の香りが気に入っているようじゃぞ。それでもお主や、お主を遣わしたご婦人は、まだ彼らの口に無理やり別の何かを流し込むおつもりかな?
[カデドゥ] ……
[カデドゥ] 夫人にはもう奴らに干渉するおつもりはありません。あなたへの敬意をこめて、奴らが龍門で身勝手な振る舞いをしたお詫びとしてそちらのやり方で処理していただけたらと仰っています。
[鼠王] では、わしもお主にお詫びするとしようか。今日午前、土地の者がお主を彼奴らの味方と間違って、アジトに引き込んでしまった件をな。
[鼠王] 手加減をしてもらったそうで、お気遣い痛み入る。
[カデドゥ] お気になさらず。
[鼠王] では、ほかに用件がなければ……
[カデドゥ] 失礼、もう一つだけ。
[鼠王] お伺いしよう。
[カデドゥ] あの落ちぶれた連中については、どうなろうと姉御はお気になさいません。しかしほかに二人、どうしても見逃せない奴らがいましてね。
[鼠王] 二人というと、あの「一匹狼」たちのことかな?
[カデドゥ] はい。
[カデドゥ] ほかの連中を大目に見てやったことで、夫人はすでに最大限譲歩をなさっています。ですから、その二匹が群れを完全に抜けることだけは絶対にお許しになりません。
[鼠王] 彼女たちの噂はわしの耳にも入っておる。我々としても、そちらのいざこざに首を突っ込むつもりはないとも。
[カデドゥ] ご理解に感謝申し上げます。
[カデドゥ] 加えてお伝えしますと、奴らが龍門に滞在している間はこちらも余計な手出しはしません。しかし、もし奴らがあまりに長居するようであれば介入せざるを得ないこともあるかと。
[鼠王] 構わぬ。龍門のルールにそぐわぬ行いでない限りはのう。
[カデドゥ] できる限り最善を尽くしますが、保証はいたしかねます。
[鼠王] それは何かの脅しかな?
[カデドゥ] とんでもない。
[鼠王] では、「できる限り」というのは一考すべき言葉じゃのう。
[鼠王] 率直に言わせてもらうと、この龍門で土地の掟を破るような真似は避けたほうが賢明じゃろうな。
[カデドゥ] 無論こちらもそのような真似はしたくありません。正直なところ、龍門や、その背後にある炎国と事を構えるのは、我々としても避けたい事態ですから。
[鼠王] この老いぼれのメンツをずいぶんと立ててくださるのう。
[カデドゥ] それでも、どうにもならない可能性もあるということをおわかりいただけたらと。
[鼠王] ……
[鼠王] ならば、そのような事態に陥らぬよう祈るとしようか。
[カデドゥ] 「祈る」というのが、あなたの最終的なご回答だと解釈してよろしいですか?
[鼠王] ミズ・シチリアに多大なる敬意を表して、そのように。
[カデドゥ] わかりました。
[カデドゥ] 深刻な事態を防ぐため、やはり最善を尽くすといたしましょう。
[鼠王] うむ。
[カデドゥ] では、そろそろお暇させていただきます。
[カデドゥ] お招きいただき、ありがとうございました。機会があればシラクーザにもご招待させてください。その折には4ショットのエスプレッソをご馳走しますよ。
[鼠王] それは有り難い。
[鼠王] しかしその前に……お出しした茶を飲み干してはもらえぬのかな?
[カデドゥ] ……?
[鼠王] 客人は主人のもてなしを有り難く受け取ること。これも、龍門の掟の一つでのう。
[カデドゥ] ……
黒服のシラクーザ人は、目の前の茶を一息に飲み干した。
[カデドゥ] これでよろしいですか?
[鼠王] 結構、結構。親愛なる友よ、道中にはお気を付けなされ。
[鼠王] 行ったか?
[部下] はい。街を出るまで追跡させましたが、今回は変装しようとはしませんでした。
[鼠王] よろしい。
[鼠王] 奴との話は聞いておったな?
[部下] はい。
[鼠王] では、しばらくの間、シラクーザマフィアの動向に十分注意せよと命を下せ。
[部下] かしこまりました。
[鼠王] さて、あの一匹狼たちだが……一匹はエンペラーの奴が見ておることだ。心配は要らぬだろう。もう一匹については、龍門を離れるまでよく見張っておくように。
[部下] はい。
[部下] 仮に離れようとしなかった場合には、どういたしますか?
[鼠王] ……
[鼠王] …………
[鼠王] ………………
[鼠王] 今日は金曜日じゃのう。
[部下] ええ、そうですが……なぜそのようなことを?
[鼠王] となると、世に言う……何とかフライデー? 今時の若者言葉はますますもってよくわからぬが……
[鼠王] とにかく、氷城ホテルでの食事が三割引になる日だったように思うてな。
[部下] ええと――確認いたします。
[鼠王] うむ。合っているようなら、二人分の予約を取ってくれ。
[部下] 二人分ですね……かしこまりました、すぐに!
[鼠王] はは、そう緊張するでない。旧友と食事をするだけの話じゃよ。
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