登録日:2015/03/14 (土) 00:49:00
更新日:2024/01/12 Fri 10:47:16NEW!
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剣豪小説 藤沢周平 短編 武士 魔剣 邪剣 邪剣竜尾返し
藤沢周平の短編剣豪小説。世に語るべからざる「秘剣」を身につけた武士と、その周辺の人々を主人公に据えた短編小説のシリーズである”隠し剣”シリーズの内の一編。本作が第一作目にあたる。
1976年10月、文芸誌「オール読物(「読」は旧字体)」に掲載されたのが初出。現在は”隠し剣”シリーズを纏めた短編集「隠し剣孤影抄」(文春文庫)に収録されている。またその他、藤沢氏の死後に刊行された全集「藤沢周平全集」の第16巻に収録されているが全集だけあってこっちは生粋のファンでもなければ手を出しにくいであろう。
□概要
秘剣を題材とした短編剣豪小説”隠し剣”シリーズの記念すべき第一作目。シリーズとついているが、基本的に各話間に繋がりはなく、これ一話で完結する。
試合のため、一派に伝わる秘剣を探し出さんとする男の奔走という割とオーソドックスなストーリーではあるが、深い歴史的な知識や言葉の理解が必要な訳ではなく剣豪小説の初心者も読みやすいおすすめの一作。
因みに”隠し剣”シリーズと言えば(と、いうより藤沢周平作品全般)、山田洋次監督による映画化がわりかし有名だと思われるが、本作は残念ながら映像化していない。
ただ、隠し剣鬼ノ爪の映画の中で主人公が竜尾返しらしき剣技を遣う場面が存在する。
【物語】
父親が病で伏せた武家の長男、檜山絃之助は、その快復を願い赤山不動の夜籠もりに参加する。
夜籠もりとは、不動の参詣に来た客のうちで、特に祈願する事があるものや信心深いものが参詣後、そのままお籠り堂と呼ばれる場所で夜を明かす儀式である。しかしそこはまた、男女が共に夜を明かすということで一夜限りの交わりの場という側面も持っていた。絃之助はそこで、誘われるまま名も知らぬ人妻の女と関係を持ってしまう。
それから十日余り後、上役の坂部将監に稽古を付けていた絃之助は、坂部の下に赤沢と呼ばれる男から絃之助と試合がしたいとの申し入れがあったと事を聞く。赤沢は一刀流を遣う兵法者であり、突然城下に現れては弟子を取り一刀流を教えると共に、近くの名のある道場や剣術使いに試合を申し込んでいた。雲弘流の皆伝である絃之助もこれまで幾度か試合を申し込まれていたが、絃之助は拒否しており、今回もまた坂部に話が来た時点で拒否していた。
だが、それからいくらか後、絃之助は赤沢の試合を受けざるをえなくなる。絃之助が夜籠もりで抱いた女は赤沢の妻女であり、もしも試合を受けなければこの事実を城下に言い触らすと脅しをかけてきたのだ。
かくて半月の後に赤沢と立ち合う事となった絃之助は、試合に万全の万難を廃して臨むべく、父弥一右エ門が工夫し、病故に伝えられなかった不敗の秘剣「竜尾返し」を探し求めるが……
【登場人物】
○檜山絃之助
城で馬廻組を勤める平藩士の男性。家族構成は両親と姉が一人で所帯はない。
現在は城勤めを優先してやや遠ざかっているものの、雲弘流と呼ばれる剣術を遣う。
父にあたる弥一右エ門は今でこそ病床に伏せているものの、元は藩の剣術指南役の任を負った程の傑物であり、その長男にして幼い頃から手ほどきを受けた絃之助の剣の腕は文字通り天才的。早い頃から「檜山門の麒麟児」の異名を取り、十八にして既に師範代も勤めた程。当然ながら免許皆伝も受けている。
竜尾返しの秘剣についても、弥一右エ門に「いずれは伝える」と言われていたものの、その後病に倒れたため結局伝えられる事はなかった。
かつての雲弘流門下生達にも慕われており、絃之助が檜山門の正統な後継者であることを疑うものは雲弘流には居ない。その為、弥一右エ門が倒れた現在は父に代わり弦之介がかつての門下生達に雲弘流の指導を行っている。
とはいえ、絃之助が自ら道場を開き、大勢の門下生に指導しているという事ではなく、あくまで雲弘流の門人が指導を求めたときのみ、自宅に呼んで一対一の稽古を行うという消極的かつ内々のもの。作中では絃之助の上役にあたる組頭の坂部将監が絃之助に稽古を求めていた。
その腕前から、士官を望む流浪の兵法者である赤沢弥伝次に目をつけられ、策にはめられ弥伝次と立ち合うことになる。
○赤沢弥伝次
一刀流を遣う兵法者。妻帯者。
本編より七年ほど前、唐突に絃之助の住む藩(明言されていないが恐らく海坂藩)に現れ、町のとある廃寺で一刀流指南の看板を立てる。
当初は人も来ず、人足などの他の仕事に従事していたものの、門人を徐々に増やしてゆき、ある程度の数が集まると名を売るためか城下の剣術道場に対して試合を申し込みはじめる。大抵は断られたが、不伝流を伝える道場主が申し込みを聞き入れ、赤沢と立ち合う。
結果、赤沢は不伝流を屠りその名を上げるが、その時の傷がもとで不伝流は死亡。赤沢は剣名と悪名を同時に得る事となる。
その後、赤沢は伝手を頼って藩の剣術指南役(弥一右エ門とは別人)との試合を望むが、当然のように聞き入れられず、その代わりとでもいうように絃之助に付きまとい始め、現在に至る。
女房を抱かせ、それを脅迫に使い、更に抱かせた事を後々後悔するという少々アレな人物ではあるが、不伝流の道場主に勝利したことからも解るようにその実力は本物。剣の腕は絃之助をして出来れば立ち合いたくないと思わせるほど。
剣術指南役への試合を申し込む伝手を持っていたり、藩の中老と親交を持っていたり、門外不出の剣、竜尾返しについても名前だけは知っていたりと以外に顔が広い。
○女
絃之助が夜籠もりの時に交わった女。赤沢の妻女。年の頃は二十四、五。
赤沢の策に従うが、その後絃之助に対し「試合を受けてはいけない」と忠告したり、卑怯と罵ったりと、赤沢の事はあまり快く思っていない模様。
以下ネタバレ注意
見たぞ、竜尾返し…
卑怯な、騙し技にすぎん。汚い…
門人の里村や、姉の宇禰の助けもあり、絃之助は竜尾返しの秘剣を身につける。
そして試合の日、立会人の見守る中、絃之助と対峙した赤沢は木刀による試合ではなく真剣を用いた果し合いを提案する。予想外の展開に立会人は動揺するが、赤沢の妻女から「真剣での立ち合いを望むだろう」と聞いていた絃之助はこれを承諾。
試合の最中、赤沢は獲物を木刀から真剣に変えた理由を語る。それは赤沢の妻女に関することだった。
「あの女は石女だったのだ。それがどうやら貴様の子を孕んだらしい」
赤沢と妻女の間には子が出来なかった。それなのに絃之助との一夜の交わりで赤沢の妻女は絃之助の子を孕んだ、というのがただの試合を命のやり取りへと変えた遺恨だった。
その後、僅かな立ち合いの内に絃之助は、赤沢に勝利するには竜尾返しを使うしかないと実感する。そうして遣われた竜尾返しは狙い違わず赤沢の命を屠ったが、その際に赤沢が放ったセリフが上記のものでる。
そう、竜尾返しとは、不意に背を向けることで一瞬相手の剣気を殺ぎその虚を捉えて瞬転して必殺の一撃を振り下ろす剣技であったのだ。それは「相撃のうちに、相手より一瞬速く技を磨く」という雲弘流の流儀に背く異端の剣であり、真剣勝負の最中に相手に背を向けるという武道に背いた剣でもあった。それは邪剣の類であった。
こうして竜尾返しにより勝利を拾った絃之助であったが、その邪剣たるを実感し、竜尾返しは二度と遣わないという誓いを立てるのであった。
その翌日、絃之助は赤沢の妻女に会うため廃寺へと向かうが、もはや赤沢の妻女は旅立った後であり、絃之助は女に会うことは無かった。絃之助は最後まで、彼女の名前を知ることすらなかったのである。
追記修正よろしくお願いします。
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- 自分が時代劇という文化に目覚めた作品。作成ありがとう。 -- 名無しさん (2015-03-14 13:02:52)
- 個人的には隠し剣シリーズで一番好きな作品。 -- 名無しさん (2015-03-24 22:59:10)
- このなんとも言えない読後感が好き -- 名無しさん (2015-03-28 01:54:36)
- YAIBAって漫画で主人公が使ってたけど、青山剛昌はこの作品を参考にしたのかな -- 名無しさん (2015-06-30 21:23:40)
- 真剣勝負で相手を確実に屠らないとネタバレされて二度は使えないというまさに決死の必殺剣 -- 名無しさん (2020-06-27 11:46:17)
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