箱舟はいっぱい

ページ名:箱舟はいっぱい

登録日:2023/06/11 Sun ??:??:??
更新日:2024/04/21 Sun 09:37:38NEW!
所要時間:約 8 分で読めます



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「箱舟はいっぱい」は、藤子・F・不二雄のSF短編漫画の一作。雑誌初出はSFマガジン1974年10月増刊号。


「藤子・F・不二雄SF短編ドラマ」にて実写化された。 (後述)




藤子F作品で天変地異による「終末もの」と言えば、『ドラえもん』に描かれたように「夢オチ」だったり「ただの日記」だったりと、終末を否定するようなギャグとして描かれることが多いが、本作も途中までこれらと同路線の系統のオチの話として安心して読める話となっている。





と思っていたら……










【あらすじ】


「500万円!?」




隣人の細川から家を売りたいと言われ、大山は仰天する。土地だけでも2000万円、おまけに新築したばかりの家を破格で売るということで大山はなぜかとたずねるが、細川は暗い顔で「急に現金が必要になりまして……」と答えるのみ。


突然降ってわいた話に、大山は興奮してOKする。そして「家内と相談する」と言って細川と別れて自宅に戻った……





【登場人物】



〇大山家

  • 大山

演:永山絢斗
本作の主人公。妻子持ちの平凡なサラリーマン。マイホームが破格の値段で手に入ると喜んでいたが、「ノア機構」の存在を知ってから周りの状況に疑念を抱き始める。


  • 大山の妻

演:さとうほなみ
大山と同じくごく平凡な主婦。


  • 大山の息子

演:岩川晴
幼稚園~小学校低学年くらいの平凡な子供。



〇細川家

  • 細川

演:袴田吉彦
大山の隣の家に住むサラリーマン。新築したばかりの家を急に売ることになり、その顔は終始暗い。


  • やっちゃん

演:加藤斗真
細川の一人息子。



〇その他


  • 連絡員*1

演:古田新太
突然大山家にやってきた謎の男。大山にいきなり「ノア機構」の紹介をするが、家を間違えたことがわかりすぐに退散する。


  • 友人A*2

演:福徳秀介(ジャルジャル)

  • 友人B

演:後藤淳平(ジャルジャル)
喫茶店で大山と3人で「カレー彗星」(後述)とそれにまつわる陰謀論について論争をする。





【用語】


  • カレー彗星

本編の3年前に発見された彗星。ドラマ版では核の直径が200㎞級と言われている。「地球と衝突して地球は滅亡する」と世界中で大変な騒ぎとなったが、すぐに軌道計算の間違いだと判明して、騒動は収束を迎えた。
もし本当ならば本編の時期に衝突予定だった。


  • ノア機構

大山の前に突然現れた謎の組織。その目的は、カレー彗星の衝突に備え、無作為に選ばれた一般市民をロケットで避難させるというもの。名前の由来は「ノアの方舟」より。
中身が壮大な割に、連絡員が訪問先の家を間違えるなど、詰めが甘いところがある。












以下ネタバレ



大山は着替えながら妻にマイホームの話をする。手持ちの貯金、親からの借金、その他からお金を集めて何としてでも家を手に入れると公言する。
喜び勇んで風呂に入る大山に妻は「やっぱりおかしいわよ」と諫言するが、浮かれて歌いながら体を洗う大山には伝わらない。



そんな時、一人の男が物陰に隠れるように、大山家の扉を叩く。
「ノア機構の連絡員」と名乗る男は、妻がドアを開けると「いそぎますので失礼」と無理やり家の中に入っていく。
妻は風呂から上がった大山にこのことを話すが大山も知らないという。



連絡員は大山に「今夜はおやくそくの物をいただきにきました」と言う。
そして計画の進行状況の報告というとで一枚の写真を見せる。「ノアロケット」と称する数台の巨大ロケットの写真だった。
連絡員は「あなたは戸籍簿から天文学的な確率で無作為に選ばれた幸運なご家族だ」と語る。そして、大山に費用として500万円を要求する。


「いったいなんのこと?」
「まだ用意できないの? 困るなあ!!」



「まさか…… あなたたしかに細川さんでしょうね。 ナニ!? 大山さん? 細川さんはとなり!?」


あまりにも急いでいて入る家を間違えた連絡員は慌てて大山家を出ていった……



その後、妻と息子が寝ている横で大山は何か引っかかるものを感じていた。
「ひっかかるなあ…… なにか…… なんだか気にいらんぞ」





翌朝、通勤途中に、大山は細川に昨夜のマイホームの話は本気かとたずねる。


「あ、あれ…… も、もちろん本気ですとも」


これを聞いて大山は「ぜひお受けしたい」とOKする。
「……わるいですなあ」
細川の力ない返事にも大山は笑顔で答える。



「なにをおっしゃる。ありがたいのはこっちですよ。お宅の庭はひろいですからねえ。日曜日には息子とキャッチボールがたのしめますよ」



この台詞を聞いて細川は真っ青になって胸を押さえる。
大山がどうしたのかと聞いても、細川は「なんでもありません」と場を取り繕っていた……





大山の息子が泣きながら自宅へ戻り、母にすがってきた。
息子が言うには、細川家のやっちゃんたちだけがロケットに乗れて、他はお星さまにぶつかって地球といっしょに死ぬと言いふらしているというものだった。
これを聞いて母は笑って息子を励ます。確かに地球とお星さま(カレー彗星)とぶつかる話はあったもののすぐに嘘だと解ったことを教える。だから安心して遊んでいらっしゃいと息子を送ったのだった。


「おしゃべりしちゃだめっていったでしょ!!」
「ワ〜〜〜ッ」
息子が細川家の前を通ると、やっちゃんが母親に怒られている声が聞こえた……





昼休み、大山は友人二人と喫茶店で3年前のカレー彗星について語り合っていた。


「そうそう、あんときゃキモをつぶしたっけな」
「世界天文学会議がすぐ公式に否定したからよかったけど……」


大山と友人Bはそう言って笑っていたが、友人Aが「ある筋から聞いた話だけど」「否定声明の方が、実は嘘だ」と語る。


Aによると、世界中が地球滅亡騒ぎになっている裏でネッシンジャー大統領補佐官*3が天文学会議に圧力をかけて嘘の声明を出させ、その裏でひそかに人類救済策を準備してきたと主張する。


この話を聞いてBは大笑いをする。


「マンガじゃあるまいし アハアハ」
「なにをいいやがる! これはさる確かな筋から……」


2人の会話を聞きながら大山は険しい表情をしていた……









その夜、自宅で妻や息子がテレビの歌番組を見ているのを尻目に、大山はこれまでのことについて一人で考えていた。


テレビで、司会者がトークを始める。
「ね、みなさん知ってる? 富士山のふもとでジャンボなロケットがつくられてるの。ほんとのはなしよ。NASAが極秘に開設してた宇宙バスですよ。で、そのこさえ方をおそわって世界各国がいまさかんにつくってんの。のってみたいねえ。」
「ところがこれのれないんだな。ほんのひとにぎりの人をのぞいて」


司会者はこれよりヒートアップして声を荒げて叫ぶ。



「地球はこわれるんですよ。彗星とぶつかって!! これほんとのはなしよ!!」




司会者はスタッフに取り押さえられながら必死に訴える。




「わたしゃね!しらべたんだ。ちょっと気になることがあって。報道部へもちこんだけど相手にされないの」


「報道規制が…… パニックをおそれて…… こんな…… 不公平……」




「わたしたちもロケットに!!」





ここで画面が一瞬途切れる。そして女性アナウンサーが汗をかきながら「おみぐるしい点のありましたことをおわびいたします」と取り繕った。
この一連の光景を見て大山家はみな驚愕する。


「クソーッ」


マイホームを大山に売り払った金でノア機構の予算を捻出し、自分たちだけロケットで地球を脱出する━━ 細川の魂胆に気づいた大山はすかさず細川家に乗り込み、殴り合いの喧嘩になった……









国会前には無数の抗議デモが殺到し、各地で暴徒と機動隊の衝突が発生と、日本中がパニックと化していた。総理(演:小野武彦)は「このようなデマは何者かがわが国に深刻な社会不安をひきおこす目的で故意にばらまいた」と声明を発表し、「彗星との衝突は断じてあり得ません!!」と国民に呼びかけることで事態の収束を図ろうとしたが、一旦パニックに陥った国民にはもはや届かなかった……




「お、おれは失格だ… 父親としても夫としても」


大山は酒を呷りながら落胆した顔でつぶやく。そして寝静まった息子に泣きながら何度も謝る。大山は自分の家族さえ救えない自分の無力さを嘆いていた……


















パニックは一瞬にして収まった。
ノア機構の一味が詐欺容疑で逮捕されたというニュースを見て大山家はみな大笑いする。テレビには先述の連絡員が連行されるシーンが映し出されていた。
ニュースによると、ノア機構の一味は3年前の彗星騒ぎに目をつけて、ロケットの搭乗権を売ると称して1世帯当たり100万円から7000万円をだまし取っていたのだった。
ニュースに出演したコメンテーターは「世界のどこを探してもジャンボロケットなんてあるわけない」「ロケットで脱出したとしてもその先どこへ行こうというのか」とノア機構の穴を一つ一つ指摘する。


「サギ以前です。全くもう…… 日本人の民族性をマザマザと見せつけられた事件ですな」


そのコメンテーターはそういってノア計画を断罪した。


大山は右腕に三角巾を巻いた細川に謝罪する。細川も大山をだましたことについて後ろめたさを感じており、毎日通勤中に大山に会うたびに心苦しくなっていたと打ち明ける。
こうして大山と細川は和解したのだった……








「ドラえもん」で描かれた終末ものがあくまで子供たちの内輪での範囲で書かれていたのに対し、本作は騒ぎが日本全国に広がっていったのが大きな違いと言えるだろう。それでいて、全くの詐欺だったということがわかるとたちまち騒ぎが収束する。先述のコメンテーターの言葉を借りれば、「日本人の民族性をマザマザと見せつけた」という、風刺と言えるだろう。







【藤子・F・不二雄SF短編ドラマ】


NHK・BSプレミアムにおいて、2023年6月4日に放送された。 しかし、放送直後に発覚した主演俳優の不祥事により、再放送・配信がされない状態にある。


時間の経過による物価の上昇、SNS上のコメント、「マイナンバー」「フェイクニュース」という言葉が出るなど、世界観を現代に合わせた変更がなされている。


〇主な変更点


  • 細川の家の地価が5000万円に値上がりした。
  • 連絡員が大山夫妻にロケットの写真を見せるときにタブレットを使う。
  • 大山の息子が泣いて帰ったところの部分がカットされた。
  • 大山家が自宅で見ている番組が歌番組からトーク番組に変更された。ゲスト(演:清水ミチコ)が自分のコレクションの話をしている最中に、司会者(演:東野幸治)が突然彗星の衝突とロケットでの避難の話を持ち出すという展開になる。
  • 先述の総理の会見の中継の際に、画面にSNS上のコメントが流される。







追記・修正は怪しげな終末論に流されないと誓える人がお願いします。




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[#include(name=テンプレ3)]



















































「総理。最終報告におめ通しを。それからそろそろお時間でございます」





「部外秘」と書かれたファイルを持って秘書が総理大臣の元へ向かう。総理は頭を抱えていた。


「やはり……彗星の尾がかすめることは決定的なのかね」




彗星が直撃はしないものの、尾がかすめることは決定的だった。しかもかすめるだけでも大暴風雨・大地震・大津波など、地球が壊滅するほどの打撃を受けるのは確実だった。
そこで世界各国でシェルターを作って避難させるプロジェクトが極秘裏に行われていたのである。


日本では、彗星衝突の危機感から国民の目を逸らさせるために、ノア機構というダミーをでっち上げて後で詐欺だったと明かすことで、「彗星衝突なんてありえない」と国民に思い込ませたのである。
結果的にこのプロジェクトは大成功したものの、総理は「この成功の憶い出は生涯わしを苦しめることだろう」と自分の罪を認めていた。


日本国内で用意出来だシェルターの数は16か所、キャパシティは4万人。あまりにも少なく、秘書も「やむを得ませんでした」と語る。


総理も避難用のヘリにのって避難を開始した……





そのヘリコプターを大山の息子が発見した。


「やっちゃんまだァ? おそいぞ!!」


息子は細川家に対してそう呼びかける。この日は大山・細川両家の親善を祝して両家一緒に遠足へ行く日だったのだ。


「どうもどうもおそくなりまして」
「ごいっしょに遠足なんてはじめてですな」

大山・細川両氏とも偶然を喜び合う。


と、そこに友人Bが家族を連れて通りがかった。


「きみんとこも遠足?」
「あ、ああ、せがまれちゃってね」


Bの一家は大山たちよりも多めの荷物、そして見られてはいけないものを見られてしまったというような焦った様子でその場を去った……





ドラマ版ではここで『アヴェ・マリア』が流れる。


「じゃ、われわれも出かけますか」

「なんだか風が出てきたようですな」

ラストシーンに漫画の最後のコマが被さったところに、ノイズが入ってブツ切れになるという、「SF短編ドラマ」の他作品では見られない不穏な終わり方で幕。





追記・修正は彗星衝突の際にシェルターへ避難できた選ばれた人がお願いします。



*1 ドラマ版でのネームプレートには「連絡太郎」と書かれていた
*2 表記はドラマ版による
*3 当時活躍していたキッシンジャー大統領補佐官のもじり

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