aklib_story_統合戦略3_追憶映写5

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統合戦略3 追憶映写5

ローレンティーナは、遠くの海底で揺らめく灯火を、半ば呆然としながら見つめていた。

波濤の如き怪物は既に退けられ、それによりエーギルの都市はまた一つ、辛うじて滅びを免れた。もちろん、それはただ一時のことに過ぎない。今、眼前に広がる災厄の下で不変であるのは、死と苦痛の二つのみである。構造から推し測るに、そこは廃れた都市のようだ。かつては歴史の輝きをその身に纏っていたのだろう。たとえ距離が離れていても、ドームの下の建築物からは威風と傲慢さが垣間見えた。

あの恥ずべき裏切りの後、アビサルハンターたちは二度と都市に近付くことを許されなかった。より時代遅れで、より「原始的」である彼らは、厳格な監視下に置かれたのだ。彼らは波を押しのけたが、そこにもはや故郷はなかった。

そして二度と故郷を持つこともなかったのである。

ローレンティーナはそれに対し何の不満も持たなかったが、彼女も、彼女の隊長も、とうに定められた死を目前にして、血管の中で脈打つ不安と焦燥をはっきりと感じ取っていた。あるいはさらに悲劇的に捉えれば、死は既に始まっているのかもしれなかった。彼女たちにできることは、この果てしなく続く腐敗に、ただじっと耐え忍ぶことだけだ。

ローレンティーナは相変わらずそのエーギルの都市を眺めていた。既に再起動したそれは、どこまで退いたとも知れぬ防衛線に向かって、どこで待ち受けているかも分からぬ運命に向かって、移動を始めていた。灯りが徐々に海底へと消えていく。深海では、太陽の光は頭上数千メートルに浮かぶ朧ろな影でしかない。確かにそこにあるはずだが、誰もその存在を感じ取ることはできないのだ。ローレンティーナの周囲は再び暗黒に呑み込まれていった。

ローレンティーナは水流が変化するのを、彼女の隊長が今まさにその場を離れていくのを感じた。グレイディーアはもう何年も言葉を発していない。彼女は自分の声を嫌っていた。しかし長年培われた暗黙の了解によって、彼女たちの間で言葉などは不要だった。この腐敗が完全に終わるその時まで、彼女たちはただこのまま続けていくしかないのだ。

彼女たちの関係を「信頼」と評することは、浅はかで軽率であるように思える。アビサルハンターたちの血は繋がっている。これはただそれだけのことに過ぎない。

そしてその関係の終わりを、彼女たちは既に何度も見届けている。ゆえに言わずもがな、分かりきっていることだった。

今はまだその時ではない。しかしそれは着実に迫っていた。二ヶ月後か、あるいは明日かもしれない。

ローレンティーナは自らに言い聞かせた。次のメンテナンス時に、この丸鋸の刃を交換する事を忘れないようにと。

汚れたモノどもが再び押し寄せてきた。ローレンティーナはこのダンスを終えるまで、未来の可能性について考えを巡らせるのはやめることにした。


ダンスパーティーがあちこちで繰り広げられる。しかしダンスパートナーはいつも黙して語らない。

ローレンティーナはそのことに嫌気がさしていた。こんなものは本当のダンスとは呼べないだろう。水中に溶けてゆく残骸、耳をつんざくような歌声。

彼女は奴らの歌声の美しさは認めていたが、それは彼女のステップに釣り合うものでは決してなかった。

最後のダンスパートナーが塵と化し、発光器官が段々とその光を失うにつれて、彼女の周囲は再び馴染み深い暗闇に包まれていく。海の底で波を感じることは不可能だが、彼女は海から何らかの重みを感じ取っていた。「これが、安らぎ?」ローレンティーナはやや困惑していた。断片的な思考でしかないが、安らぎというものは、もっと多くの人と共有したり、もっと違う歌声が伴うものではなかったか?

もっと温かく、もっとゆったりとした……

それはどんなメロディーだったろうか? ローレンティーナは目を閉じて思い出そうとした。しかしひっきりなしに響いてくる奴らの合唱が邪魔をして、微かなさざ波を押しつぶしてしまう。ただ奴らだけが、永遠に存在し続けている。

朧ろな人影がローレンティーナの脳裏を掠めた。それが安らぎの正体なのだろうか……

これが安らぎ? ……それとも、恐怖?

ローレンティーナは数歩前に進み、つま先でぴんと立ち、ターンを決める。両腕の形はもっとしなやかでなくては。そう思い直して腰をかがめ、再びターンする。

かつてこのダンスを誰かと踊ったことがなかったか? その時、手の中に何かを握っていたはずではなかったか?

あの人は……今どこにいるのだろう?

ローレンティーナは思い出した。あれは不器用なパートナーだったが、目の前のこいつらよりはずっと強かった。

記憶、記憶……それはまるで糸のように絡みついてくる。ローレンティーナはそれを解いて、自分が探し求める一本の糸を見つけ出す方法を知っていた。しかし彼女は実行しなかった。

見つけ出してどうなるというのか。記憶が自分を一体どこへ連れ去るのか、彼女はそれを知らなかったし、知りたくもなかった。

既に定められたことは、未だ訪れぬことよりも嫌気がさすものだ。

次のダンスの曲が始まるのだろうか、奴らの歌声が熱を帯びてきたようだ。

ローレンティーナはその歌声に呑まれたくはないと思い、ドレスの裾を正した。次のパートナーたちが、既に入場を開始していた。


それは綺麗な石だった。真っ白で、整った形をしており、その半身を柔らかな砂の中に埋めている。まるで丁寧に作られた菓子が慎重な手つきで波の下に置かれたかのように。

ここはとても心地いい。彼女はそう思った。彼女を邪魔するものは何もない。

彼女は一人、長い時間をかけて歩いてきた。崩れた残骸を、粘つく破片を、歌声を、死を踏み越えて。

そしてついに、彼女はこの石の前までたどり着いたのだ。それは単なる偶然だったのだろう。彼女は自らの長旅にゴールを定めてはいなかったのだから。しかしそれでもよかった。最高の瞬間とは、往々にして予期せず訪れるものなのだから。

彼女は歩み寄り、目の前にある石の感触を確かめてみた。かつて身に着けていた知識は、今や彼女の名前と同じく、暗い海の底に沈んでしまっている。しかし、あの感情だけは未だそこにあった。とうに理解を諦めていた感情が、彼女の微かに震える両手の中に間違いなく存在していたのだ。

こんなに震えたのは、本当に、本当に久しぶりだった。

石の表面を撫で、微かな温もりを感じようと試みたが、何も伝わってこない。彼女は既に温度を感じることができなくなっていた。指先でなぞると、少しざらついている。まるで永遠を越えられるかのような錯覚を起こすほど、優れた石だった。

遥か遠い時の彼方のとある午後、彼女はこのような石を撫でたことがあった。その時の彼女は、永遠の存在というものをまだ本気で信じていた。滅亡に──いずれ来る終焉に抗い得るものが存在すると。

しかし、運命の思い通りにはさせまいとする行為も、また抗いと呼べるのではないだろうか。

……繋がっている。

かつて度々口にしてきた言葉は、既に記憶の中で見分けがつかないほど色褪せていた。しかしもはや自分と繋がっている者など存在しないことは分かっている。

時は来た。これ以上先延ばしにはできないことを、はっきりと理解した。

彼女は軽やかに腕を起こす。かつて武器と呼ばれていたそれは、今やただの朽ち果てた残骸である。だがこれから行う仕事をこなすだけなら事足りるだろう。

石が少しずつ削られていく。

あと少し、もう少し。

......

彼女は目を閉じた。ついに完成したのだ。

形ある物の中から虚無を解放し、己が運命を虚無に帰す。

波が打ち寄せ、あらゆる痕跡を奪い去っていく。砂の上にあった大きな石の塊と人影は、既に跡形もなく押し流されていた。


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