aklib_story_文字なき呪い

ページ名:aklib_story_文字なき呪い

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文字なき呪い

ロドスの外勤小隊と共にシラクーザの町へとやって来たシャマレ。任務遂行中、彼女はこっそり自分のやり方で、現地の悪逆非道な「裁判官」をこらしめてやることにした。


[ロドスオペレーター] シャマレ、私たちはこれから病室に行って感染者たちの診断と治療をしなきゃいけないんだけど、一人でここで待ってても平気?

[ロドスオペレーター] あ、そっか……ごめん、モルテも一緒だったね。二人一緒ならきっと大丈夫だよね?

[シャマレ] ……うん。ここはアタシに任せて、アンタたちはあの人たちを助けに行ってあげなよ。

[ロドスオペレーター] 特に何か任せたいわけではないんだけど……

[ロドスオペレーター] (まあいいか。ロドスの他の子供と比べれば、シャマレはしっかりしている方だし大丈夫なはず。)

[ロドスオペレーター] 分かった、じゃあ私は行くね。

[シャマレ] ……

[シャマレ] モルテ、あの声、聞こえてるんでしょ?

[モルテ] ……

[シャマレ] うん、知ってる、アンタは泣き声を聞き逃したりしないもん。

[シャマレ] 行こう。

[町の裁判官] マウロさん、そうおっしゃられても困ります。

[町の裁判官] 感染者は、保険金を規定額の半分以上納めませんと、仕事を続けることはできません。

[感染者マウロ] で、ですが、既に十分な額を払っているはずです……昨夜、裁判官の部下が徴収に来たばかりじゃありませんか。

[町の裁判官] 私の部下? そんな指示をした覚えはありませんね。ましてやあなたが支払ったと豪語する保険金も私は見ておりません。

[町の裁判官] ごらんなさい、法典のここに明記してありますでしょう? 保険金は裁判官自らが徴収すると。

[町の裁判官] 保険金は必ず私に納付しなければいけないのですよ。でなければ、納付記録の更新ができないじゃありませんか?

[町の裁判官] 大変申し訳ありませんが、マウロさんは記録では現在、保険金未納の状態となっております。

[感染者マウロ] でも……裁判官の部下たちが来た時、「取り立てのためだけに裁判官の手を煩わせるなんてありえない」と言っていたのに……

[町の裁判官] 私が持っているこの法典をよーく見て、もう一度ちゃんと思い返してください。自身の勘違いではないと確信をもって言えますか?

[感染者マウロ] い、いえ……すみません、俺の勘違いでした。すべて俺の愚かさのせいなんです。

[感染者マウロ] だけど、本当にもう金がないんです……

[町の裁判官] そうですか、それは非常に残念ですね。それに、あなたの健康状態では、我々が斡旋した仕事をこなすこともままならないでしょう。

[町の裁判官] こういう場合は法律に従い、抵当としてあなたの財産の一部を押収せざるを得ません。

[感染者マウロ] で、ですが、保険金ですらやっとの思いで工面した金です。金目のある物なんて家にはもう……

[町の裁判官] そうでしょうか? 私の目は、あなたよりも物の価値をはっきり見分けられると思いますが。

[感染者マウロ] ですが家族のためにも住む場所はどうしても必要です……どうかお願いします、もう少しだけ待ってくれませんか?

[感染者マウロ] 必ず金を工面しますから……

[町の裁判官] どうか法典を尊重していただけないでしょうか?

[感染者マウロ] ……はい、もちろんです。

[町の裁判官] 幸いにも今まさに、私の目の前には価値のあるものが一つだけ残っています。法典はそれを抵当に入れることを許しております。

[感染者マウロ] それって……この懐中時計のことですか?

[感染者マウロ] ……ああ、俺としたことかうっかりしてました! はい、おっしゃる通りです!

[町の裁判官] 思い出したのならそれで結構です。

[町の裁判官] では、その時計の短針が二周した頃に再び伺いましょう。

[感染者マウロ] ええ、お心遣い感謝します……

[感染者マウロ] その……押収品を再び買い戻すのは法律で許されていますか? この時計は曾祖父がファミリーの内乱の際に遺した形見……俺にとっては栄誉を証明する大切な物なのです。

[町の裁判官] もちろんです。

[シャマレ] モルテ、アイツに話した方がいいと思う? ……そう、話さない方がいいんだね?

[シャマレ] アイツの周りには、もうたくさんの呪いがまとわりついてる。このままいけば良くないことが起きるよ。

[町の裁判官] あら、おかしな子ね。一人でフラフラほつき歩いちゃって……

[町の裁判官] 家族でも探しているのかしら?

[町の裁判官] 大方、裏路地のゴミ箱近くや川底、それか墓地や庭園あたりにいるのでしょう。

[シャマレ] ……

[シャマレ] モルテ、痛いの? ……雨が降ってる。でも痛いのは雨のせいじゃない。

[シャマレ] アイツも痛くてたまらなくなっちゃうよ。

[町の裁判官] (あの子、今何か言ったような気が……)

[町の裁判官] ああ……鬱陶しい雨ね。また頭が痛くなってきた。もう考えるのはよそう。

[裁判官の部下] トランスポーターから手紙が届いております。

[町の裁判官] ウォルシーニーからの葉書はあったかしら?

[裁判官の部下] あなた宛ての手紙を勝手に読むことはありません。

[裁判官の部下] ですが、これだけの働きをしていることですから、きっとドンからの賞賛を得られるはずです……私の勝手な憶測ではありますが、そろそろ葉書が届いている頃かと思いますよ。

[町の裁判官] そうね、まずは他のものから確認しましょう……

[町の裁判官] 製紙工場の工場長からの贈り物に、イーストストリート二十世帯分の賠償金……悪くないわね。

[町の裁判官] 町議会からの招待状? こんなもの、いちいち送ってこなくていいのに。

[町の裁判官] こっちは投獄された息子の解放を求める懇願書か……くだらない。

[町の裁判官] ……いや。

[町の裁判官] 裏側にも何か書いてあるわ。

[町の裁判官] ……

[町の裁判官] あなた、この件を片付けてきなさい。

[裁判官の部下] はい。

[裁判官の部下] ……その、こいつの息子を監獄から出してやれってことですか? この家はまだ支払いが足りていませんが……

[町の裁判官] 読んでほしいのは裏面よ。

[裁判官の部下] 裏面はただの白紙ですけど……

[裁判官の部下] コホン、分かりました。この差出人は一切の痕跡も残さずに、きれいさっぱり片付けておきます。

[町の裁判官] フン。

[町の裁判官] 呪いの言葉で恨みを晴らそうだなんて、あまりにも馬鹿げているけれど、私の法典を尊重しない人は一瞬たりとも視界に入れたくないの。

[裁判官の部下] ……呪い?

[裁判官の部下] ……

[町の裁判官] まぁいいわ、次の手紙を確認しないと。

[町の裁判官] ――何よこれ!?

[町の裁判官] あなた、ちょっと戻ってきて。もう一度その手紙を見せて。

[裁判官の部下] はい。

[町の裁判官] ……まったく同じ内容と筆跡。

[町の裁判官] どの手紙にも書かれているわ!

[町の裁判官] 「アンタの悪意が呪いを招いた。これからアンタの身に災いが降りかかる。黒い羽獣に付きまとわれ、唯一持っている光り輝く物を失うことになるだろう」。

[町の裁判官] ……馬鹿馬鹿しい。

[町の裁判官] こんな幼稚な真似をしたのは誰なのか、突き止めてちょうだい。

[裁判官の部下] ですが、俺には文字なんて見え……

[裁判官の部下] いえ……必ず悪質ないたずらをした犯人を捕らえて参ります。

[町の裁判官] 呪いの手紙の件、丸一日調査したのにまだ手がかりすら見つかっていない……この町の人口なんてたかが知れてるはずなのに。

[町の裁判官] はぁ、もっと助手を有能な者に取り換えるべきかしら。

[町の裁判官] ……あの感染者の懐中時計、標準時より五分も遅れてるじゃない。

[町の裁判官] 常々思うけど、私って本当に心が広いわよね。

[町の裁判官] 私の善意を無下にしないでほしいものだわ。

[ロドスオペレーター] いつから鉱石病の症状が現れたのか覚えていますか?

[感染者マウロ] 正確には覚えていないけど、ここ最近のことだとは思う……

[ロドスオペレーター] では感染した原因に心当たりはありませんか?

[ロドスオペレーター] 実は最近、この周辺で急性感染を引き起こす人が急激に増えているのです。そして臨時検査の結果によれば、マウロさんもそのうちの一人です。

[ロドスオペレーター] これ以上、町に鉱石病が広がらないようにするためにも、大規模感染の元凶を突き止めなければいけません。

[感染者マウロ] お、俺には難しくてよく分からないよ。

[感染者マウロ] 俺、前はあそこのレストランのキッチンで働いていただけで、何も知らないんだ。

[ロドスオペレーター] 分かりました。お邪魔してすみません。

[ロドスオペレーター] シャマレ、そっちに何か異変はなかった? 前みたいに活性源石の影響で、アーツが暴走しそうな感じがするとか……

[ロドスオペレーター] シャマレ? 何を見てるの?

[シャマレ] ……黒い羽獣。

[町の裁判官] あなたたちは何者ですか? ここで何をしているのです?

[ロドスオペレーター] こんにちは、私たちは町の病院に技術支援を提供するために、医療機関から派遣された者です。

[町の裁判官] というと、クルビアから来たのですね。

[ロドスオペレーター] いえ、そうではなくて……

[町の裁判官] とにかく、そこにいる彼に話があります。道を空けてもらえ――

[町の裁判官] ――キャッ! 羽獣!?

[町の裁判官] やめ……あっちに行って! つっつかないで!

[ロドスオペレーター] あっ、懐中時計が地面に……

[ロドスオペレーター] ……シャマレ、どうして袖を引っ張るの?

[シャマレ] ここにいて。動いちゃダメ。

[町の裁判官] ゲホッ、クッ……やっと行ったか、チッ。

[町の裁判官] でも、黒い羽獣って……

[町の裁判官] フッ、私を呪えるほどの度胸がある輩なんて、いるわけないわ。

[感染者マウロ] 裁判官……その、何か手伝えることはありますか? なんならうちで着替えていかれては……

[町の裁判官] 必要ありません。私はただ公務をこなしに来ただけです。

[感染者マウロ] そ、そうですね。保険金の徴収のためにわざわざ来たんですものね……どうぞ。

[町の裁判官] 足りませんよ。

[感染者マウロ] そんな……まだ数えてもいないのに。

[町の裁判官] 封筒は最低でも今の三倍の厚みがなければおかしいです。保険金滞納に課される延滞金の額を間違えてしまったのではありませんか?

[町の裁判官] ごらんなさい、延滞金の規定についても法典にしっかりと記載されています。私は法に則って手続きを行わねばなりません。

[感染者マウロ] ……きっと俺が勘違いしたんです。なんとか金を借りるあてを探しますから、もう少し待ってください。

[町の裁判官] もちろんです、私はどんな時でも寛容ですから。

[町の裁判官] (あの金のオンボロ時計、どこへ落としちゃったのかしら?)

[町の裁判官] (呪い……いやいや、ただの偶然よ。呪いなんて実在するわけないでしょう?)

[町の裁判官] ……では、二日後にまたお会いしましょう。

[感染者マウロ] クソ! クソ! もうおしまいだ!

[感染者マウロ] 空気の読めない忌々しい羽獣め! 全部お前らのせいだ! お前らがあの女の機嫌を損ねたりしなければ、全部丸く収まっていたはずなのに!

[シャマレ] ……

[シャマレ] モルテ、地面に落ちた時計を拾ってきて。

[モルテ] ……

[シャマレ] うん、壊れてないみたいだね。

[シャマレ] はい、これアンタのでしょ。

[ロドスオペレーター] (やっぱりシャマレがアーツを使ったんだ。だから私たちには落ちてた懐中時計が見えていたのに、あの裁判官には見えなかった。)

[ロドスオペレーター] (シャマレが他人を思いやれるほどにまで成長してるなんて。)

[ロドスオペレーター] (自分が今とても勇気のある行動をしているって、あの子は気付いてるのかな?)

[ロドスオペレーター] (でも……いくらロドスで訓練を受けたからって、こんな風にアーツを使うことで体に負荷がかかることに変わりはない。)

[ロドスオペレーター] (とにかく、間違ったことをしているわけじゃなくとも、もっとあの子を気にかけておこう……できれば、力になってあげたいし。)

[感染者マウロ] ……え?

[シャマレ] これはアンタにとっての「家族」の象徴。「大きな家族」ってすごく大切なものなんでしょ。

[シャマレ] 取り返せて、うれしくないの?

[感染者マウロ] ……君は何を言っているんだ? そ、それは俺の時計じゃない。

[感染者マウロ] そんな時計見たこともない。勝手にどこへでも持ってってくれ! 俺は何も見ていない。今日のことだって何も知らないんだからな!

[シャマレ] ……そうなの?

[シャマレ] モルテ、今日は調子よさそうだね。

[シャマレ] 何を食べたの? 哀しみ? 恐怖? それとも恨み?

[モルテ] ……

[シャマレ] なんで怖がってるの? アタシも知りたい。

[感染者マウロ] その時計を持って、早いとこどっかへ消えてくれ! もうドアを閉めるからな!

[シャマレ] まだ知りたいことがあるの。

[シャマレ] アイツが持ってた本、文字なんて書いてないのに。

[シャマレ] なんで教えてあげなかったの?

[感染者マウロ] ……あれは法典なんだ、何も書いてないはずがない。文字を読めないからって、変なことを言わないでくれ。

[感染者マウロ] おい、そこの医者。あんた、この子の保護者だろ? さっさとこのおかしな子を連れていってくれ! 二度とうちに近づけさせるな!

[ロドスオペレーター] はぁ……

[ロドスオペレーター] 行こう、シャマレ。

[裁判官の部下] 今日も町は相変わらず平和なもんです。審理が必要な事件もありません。

[裁判官の部下] 通りでのトラブルも些細なことばかりですしね。レストランで強盗事件が起きたそうですが、どうやら保険金を滞納している感染者のうちの一人の仕業のようです。

[町の裁判官] これで期日までの納付が保証されたわね。

[裁判官の部下] ええ、それと……

[裁判官の部下] 何やら陰であなたの噂話をしている者が大勢いるようでして……

[町の裁判官] ――どんな噂話かしら?

[裁判官の部下] ただの馬鹿げた「予言」ですよ。路地のポスターに落書きされていたそうなんです。

[裁判官の部下] 下の者に探させたのですが、見つかりませんでした。きっともう剥がされてしまったんでしょう。

[町の裁判官] 未だに法の意思を尊重しようとしないのは一体どこの誰かしら?

[町の裁判官] そして、第一声が私への報告ではなく、馬鹿げた噂話を口にしているのは誰?

[裁判官の部下] ……

[裁判官の部下] この件に関してはその……言い出した人は実際にはいないようなんです。

[町の裁判官] 言い出した人がいないのなら、なぜ噂が立つの?

[裁判官の部下] ……いつもと同じですよ。

[裁判官の部下] 口では何も言わないが、心の中では分かっているんです。

[裁判官の部下] 奴らが何から目を背けているのかを見れば一目瞭然ですよ。

[感染者マウロ] ハァ……

[ロドスオペレーター] あなた、一体何を考えてるんです? ここでシャマレと食事をしていたら、あなたが店の前でお子さん二人の頭を撫でてから入って来る姿を見たものですから……

[ロドスオペレーター] てっきり二人のためにランチでも注文するかと思ったのに――

[ロドスオペレーター] まさか強盗するつもりだったなんて!

[感染者マウロ] これが俺たちのやり方なんだよ、余所者が口出しするな!

[ロドスオペレーター] 怒鳴っても無駄ですよ。私もシャマレも、あなたが犯罪に手を染めるのを見過ごすはずがありません。これが私たちのやり方です。

[感染者マウロ] ハッ……あんたら、昨日のアレを見たよな? だったら、俺がいくら保険金を滞納してるかも知ってんだろ?

[感染者マウロ] 感染者を死なせたくないってんなら、俺の邪魔をしないでくれ!

[ロドスオペレーター] ……

[ロドスオペレーター] 確かに、ここの状況については詳しくないかもしれません。でも、こんなことを続けていては、マウロさんは遅かれ早かれ誰かに報復されてしまうことだけは、はっきりと分かります。

[ロドスオペレーター] あそこで他の子と遊んでいる二人の息子さんを見てください。あなたが今、ここにいるお客さんを傷つけて怪我を負わせたりしたら、あの二人にも危険が及ぶのかもしれないんですよ。

[感染者マウロ] ……じゃあ教えてくれよ。俺は一体どうすりゃいいんだ?

[感染者マウロ] 奴らは明日にも俺たち家族を家から追い出しに来るのかもしれないのに、今後のことを考えるなんてできるかよ!

[シャマレ] ……そうはならないよ。

[シャマレ] モルテが助けてくれるから。

[シャマレ] 見つけてきてほしいものがあるの。

[シャマレ] ここの土は、恨みと恐怖に満ち溢れてる。他の材料は、ほんの少しだけあれば足りるよ。

[感染者マウロ] なんのことだ?

[ロドスオペレーター] いえ、なんでもありません。私はあの子を手伝ってきます……あなたを助けるためにね。

[感染者マウロ] 俺を助ける? どうやって?

[ロドスオペレーター] 周りから向けられる悪意に苛まれ続け、居場所をなくしてしまった人は、まったくの不可解な出来事をも信じ込んでしまう……例えば幻覚とか。そうは思いませんか?

[感染者マウロ] ……

[感染者マウロ] ……ああ。

[感染者マウロ] だが、昨日みたいな面倒事は起こさないでくれよ。

[ロドスオペレーター] ……マウロさん、一つだけ約束してくれませんか?

[ロドスオペレーター] もし明日、裁判官を自称するあの女性が、あなたの元へ取り立てに来なかったら、急激に感染者が現れた状況について、知っていることを教えてほしいんです。

[町の裁判官] 「アンタの悪意が呪いを招いた」……前回と同じ始まり方ね。

[町の裁判官] ハッ、馬鹿馬鹿しい。

[裁判官の部下] そうですとも。こんないたずらを真に受けるような者などいやしません。

[裁判官の部下] タチの悪い冗談を一番最初にバラまいた元凶については、まだ捜索中です。しかし、その……困ったことに、私含め捜索隊は誰一人呪いの文字を直接見ていないものでして。

[裁判官の部下] 書かれていた内容は調べがついているのですが、それを書いたのが一体誰なのかは誰も知らないようで――少なくとも答えてくれる者はいませんでした。

[町の裁判官] ……

街行く人々は、誰も自分と目線を合わせようとしない。なのに、すれ違う瞬間、全員が探りを入れるような好奇の目線を向けてきているのを、裁判官はひしひしと感じた。

沈黙は一種の秩序ではあるが、この瞬間の沈黙は、彼女をひどく怯えさせた。

[町の裁判官] ……コホン。

[町の裁判官] 今日会う予定の感染者だけれど、もうあんな奴に無駄な時間を割きたくないわ。お金を用意できていなかったら、すぐに家を没収してちょうだい。

[町の裁判官] 私は最後に一度だけ顔を――

[町の裁判官] うぐっ!

「アンタの悪行が呪いを招いた。この地の土はアンタの体を支えることを拒んでいる。悪霊はアンタを思いっきり転ばせ、歩くことすらままならなくなるだろう」

地面に倒れた瞬間、人づてに聞いた噂の呪いの言葉が裁判官の脳裏にこだました。

そして次に伝わってきたのは、ふくらはぎの激しい痛みと、通行人たちがひそひそと話す声。

「本当に予言通りになった」

[裁判官の部下] だ、大丈夫ですか? 私に掴まってください。ここは大勢の目につきます。あなたのイメージを損なっては大変……

[町の裁判官] どいて!

[裁判官の部下] はい……!

[町の裁判官] 使えないわね……あなたの目は飾りなの!? ケガしているのが見えないわけ? さっさと病院に連れて行きなさいよ!

[裁判官の部下] は、はぁ……

[裁判官の部下] では、例の感染者のところへは他の者に行かせましょうか? 大した仕事でもないですし。

[町の裁判官] ……

[町の裁判官] 呪いって、一生付き纏うものなのかしら?

[裁判官の部下] そんな……呪いなんてあるわけないじゃないですか。

[町の裁判官] あなたには見えないの!? 呪いは本物よ……このままじゃ捕まってしまう! 悪霊に捕まっちゃうわ!

[裁判官の部下] 落ち着いてください。他の人が見ていますよ……

[町の裁判官] ……

[町の裁判官] あの感染者の件は一旦保留よ。頭を冷やす時間がほしいの。

[感染者マウロ] 約束通り、俺が知っていることについて話そう。

[感染者マウロ] 実を言うと、あんたたちの努力はまったくの無意味だ。ここにはあんたたちが想像してるような源石鉱脈も埋まっていなけりゃ、恐ろしい大規模工場も存在していない。

[感染者マウロ] ただ少し前に、ここでマフィア同士の一ヶ月近くにも渡る派閥争いが起きて、たまたま近くにいた通行人の俺たちが巻き込まれた、それだけの話だよ。

[ロドスオペレーター] 確かに聞いた記憶があります。ここで源石の大量密輸事件が起きたと……

[ロドスオペレーター] もしマフィアたちがその源石を使って爆発物を作っていたのなら、しかも安全基準を無視した製造過程であれば、活性源石粉塵の飛散を容易に引き起こしてしまうのは間違いない……

[ロドスオペレーター] 感染者が自分の体調変化にすぐに気付けなかったり、病気を隠すのもよくあること。だから最近になって一気に患者が増えたように錯覚してしまったのか。

[感染者マウロ] マフィアの抗争に巻き込まれて感染したなんて、医者に言うような間抜けはいない。

[感染者マウロ] みんな何事もなかったかのように装ってるのさ。

[ロドスオペレーター] でもそれほど大規模な抗争があったというのに、あの裁判官は止めに入らなかったんですか?

[感染者マウロ] 裁判官? ハハッ、大都市の状況は知らないけど、少なくともこんな田舎町には裁判官なんていやしないよ。

[感染者マウロ] 抗争に参加する連中の背後には、各ファミリーの支持がある。奴らはどちらか一方を完全に追い出し、町全体を支配するまでは止まらないよ。

[感染者マウロ] あんたたちが会ったあの「裁判官」は、勝利を収めたファミリーが町を支配するために寄越した、ファミリーの構成員に過ぎない。

[ロドスオペレーター] す、すみません……鉱石病とは関係ない質問をしてしまいました。

[ロドスオペレーター] とにかく任務にご協力いただきありがとうございます。

[感染者マウロ] はは、礼を言うのは俺の方だよ。厄日が訪れるのが少し先にずれただけだとしても、あんたたちには感謝してるさ。

[感染者マウロ] けど、あんたの後ろにいるその子は、俺の礼なんてどうでもいいって感じだな。

[ロドスオペレーター] 気にしないでください。この子はただ別の場所を見ているだけで、マウロさんの話はちゃんと聞いていますよ。

[ロドスオペレーター] それと、家で薬を飲むのを忘れないでくださいね。症状を抑えてくれますから。ではお大事に。

[ロドスオペレーター] シャマレ。

[シャマレ] モルテがアイツを助けてくれるって言ったでしょ。あの時、信じてくれなかったの?

[ロドスオペレーター] そんなことないよ。シャマレのアーツは、大勢の人に影響を与えていたね。

[ロドスオペレーター] だから次にアーツを使う時は、ちゃんと周りに相談するんだよ。

[ロドスオペレーター] もし暴走しちゃったら、他の人もたくさん傷付けちゃうし……何よりシャマレ自身も傷付いちゃうかもしれないから。

[シャマレ] 同じ話はロドスで何回も聞いてる。

[シャマレ] モルテがケガしなければ、それでいい……

[ロドスオペレーター] シャマレはいつも、モルテの調子がいいから、モルテにケガはないから、だから大丈夫だって言うね。

[ロドスオペレーター] でもシャマレはすごく疲れてるんでしょ? 体に悪影響が出るほど疲労を溜めさせるわけにはいかないの。

[シャマレ] ……分かった。

[シャマレ] ここではもうアーツは使わない。

[シャマレ] それと……リンゴを一個ほしいの。アーツの材料にするわけじゃないよ。

[シャマレ] もっといっぱい食べたいだけ。

[ロドスオペレーター] アハハ、了解。

[ロドスオペレーター] 感染源も確認できましたし、感染者の応急処置も終わったので、そろそろ本艦に戻ろうと思います。

[ロドスオペレーター] 計器の梱包は終わりましたか? 問題がなければ撤収しますよ。

[ロドスオペレーター] あっ。

[町の「裁判官」] ……

[ロドスオペレーター] すみません、一旦台車を脇に寄せて道を空けてください。足の不自由な方が通ります。

[町の「裁判官」] ……調査はもう終わったのですか? あの感染者たちの病因を調べていたそうですが、その様子ですとどうやら調べはついたようですね。

[ロドスオペレーター] えーと、それは……

[ロドスオペレーター] 私たちは派遣されてきた立場ですので、時間も能力も限られているんです。残念ながら、滞在期間中にはっきりとした病因は特定できませんでした。申し訳ございません。

[シャマレ] ……

[シャマレ] モルテ。

[シャマレ] アイツが持ってる本を取って来て。

[ロドスオペレーター] (ほとんどの人は、自分の過去と似た状況に遭遇した時、心に負った傷の痛みが蘇る……だけどシャマレはそんなこと、最初から気にしてなんていなかったのかもしれない。)

[ロドスオペレーター] (変わった方法ではあるけれど、あの子は自分なりの方法で成長しているんだね。)

[ロドスオペレーター] コホン――シャマレ、今から君を褒めるから、心の準備をしておいてよ。

[シャマレ] え、どうして?

[ロドスオペレーター] 君がアーツを使ったのは、君が――じゃなかった、モルテがあの町で過去と似た苦しみを感じたからでしょ?

[ロドスオペレーター] 誰しもがむき出しにした敵意を、相手にぶちまけていた。

[ロドスオペレーター] 呪いの元凶が君じゃないことを大勢の人が知っていたのに、誰一人として声を上げようとする者はいなかった。

[ロドスオペレーター] だから君はあの町でアーツを使って、マウロさんや他の感染者を助けてあげたんだね。

[ロドスオペレーター] 「法典は何も書かれてない白紙だ」って、みんなが声を上げられるように。

[ロドスオペレーター] そこまで成長していたなんてびっくりだよ。

[シャマレ] ……アンタ、変。

[シャマレ] モルテもアタシも、そんな難しいことは考えてない。

[シャマレ] モルテはあの裁判官の感情を食べたがっていた。だからアタシは食べさせてあげた。それだけじゃダメなの?

[ロドスオペレーター] あー、そんなに深く考えてなかったの?

[ロドスオペレーター] 私なりにかなり悩んでから、アーツを使うことを黙認したんだけどな……

[ロドスオペレーター] でも、相手がみんなをイジメる悪い奴だから、こらしめたいっていうのも……シンプルで悪くない理由かもね。

[ロドスオペレーター] ――あれ、待ってよ。どうして私、突然こんなことを考えちゃってるの? 別に君の世話なんてしなくてもいいかって思えてきてる……まさか、君の暗示にかかってるなんてことはないよね?

[ロドスオペレーター] ちょっと、このタイミングで急に笑わないでよ!

[「裁判官」の部下] 杖はここに置いておきます。

[町の「裁判官」] ええ、私は少し休むわ。何かあれば連絡するわね。

[「裁判官」の部下] はい。

[町の「裁判官」] ふぅ……ここ最近は呪いの噂も耳にしなくなったわ。悪夢がいよいよ終わりを迎えようとしているのね。

[町の「裁判官」] 日曜の朝、雨に濡れていない通り。心なしかいつもより空気がおいしく感じるわ。

[町の「裁判官」] ……あら?

一陣の風が吹き抜け、無造作にデスクに置かれた法典のページがめくられる。

パラリ、パラリ。

開いたページには文章が一行綴られていた。以前に見た呪いの言葉と全く同じ筆跡。

「日曜日の朝にこれを読めば、呪いが降りかかる」

「アンタは自らの悪行が招いた結果に恐れわななき、悔い改めるだろう」

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