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砂漠にかかる虹
トゥイエは長く干ばつが続いている小さな町のために井戸を掘ろうとするが、事態はどんどん予期せぬ方向へと進んでいく。
母はたっぷりと円を描く満月を抱き泣いた。\n暴虐な太陽は燃え盛る炎を降らせ、\n彼女の銀に輝く髪と白き面輪を呑み込んだ。\n月よ。我が子よ。もはや母はこの両腕を離し、\nあなたを果てしなく冷たい蒼穹へと返すしかない。
流れる彼女の涙は黄砂の中へと沈み、\n星の如く大きな結晶と化す。\nその形はまるで絶望に満ちた彼女の瞳に映る、\n遠ざかりゆく後ろ姿。\n永久に夜空に刻み付けられた後ろ姿。\n\n――『月を盗む女』
[トゥイエ] ――!
[トゥイエ] (目をこする)どうした……なんで急に車が止まったんだ?
[外勤オペレーター] 起こしちゃったか、すまないね、トゥイエさん。子供を抱えた女性が突然飛び出してきて、急ブレーキを踏むしかなかったんだ。
[トゥイエ] それで、ぶつかったのか?
[外勤オペレーター] いや、ギリギリブレーキが間に合った。だけど、何か手に持っているようだな。あれは……ボウル?
[トゥイエ] は?
[意気消沈した女性] お嬢さん、み、水を……ゲホッ、この子はもう二日も水を飲んでいないのです。ほんの少しでいいから、どうか水を恵んでくださいませんか?
[トゥイエ] 奥さん、水がほしいのは分かるが、子供を抱えたまま、走っている車に突っ込むなんて、タイヤの下敷きになったらどうすんだ?
[意気消沈した女性] 私だって、もうあれしか方法がなかったのです。優しいお嬢さん、どうか水を恵んでください。
[外勤オペレーター] トゥイエさん、腕の中の子、唇がカラカラに乾燥してひび割れてる……このままじゃ、脱水で死んじゃうよ。
[トゥイエ] ほら、ここに水が数袋ある。全部持っていきな。
[外勤オペレーター] おい、そ、そんなに渡すのか?
[トゥイエ] お前が飲む分さえ確保できていればいい。私は必要最低限の水があれば十分だ。
[外勤オペレーター] いいわけないだろ!
[トゥイエ] 私がいいって言ってんだから、いいんだよ。
[トゥイエ] 確かこの近くに小さな町があったな。お前たちはそこに住んでいるのか?
[意気消沈した女性] はい。
[トゥイエ] だったら、町で水を調達すればいいだろ。それができない事情でもあるのか?
[意気消沈した女性] 二年前から続いている干ばつのせいで、町に一滴の雨も降っていないのです。
[トゥイエ] 町の井戸は?
[意気消沈した女性] すべて枯れてしまいました。汲んでも汲んでも桶に入っているのは黄色い砂ばかり。
[外勤オペレーター] ……そんな惨状なのに、現地の役人は対策もせずにただ見ているだけか?
[意気消沈した女性] 他の人たちみたいに、荷物をまとめて逃げ出さないだけマシです。それ以外に何を望めるのでしょう?
[トゥイエ] なら、お前も他所へ移ればいいじゃないか。どこへ行ったって、今よりヒドいことにはならないだろ?
[意気消沈した女性] 故郷は簡単には捨てられません……気持ちの問題ではなく、家庭を持たない若者はいつでも身一つで出ていけますが、私のような家族連れの女がどこに行けるというのでしょう?
[トゥイエ] すまない……浅はかだった。
[意気消沈した女性] アハハ、気になさらないで。もしかしたら、来年まで耐えれば、雨が降るかもしれませんしね。
[トゥイエ] 確信はあるのか?
[意気消沈した女性] 遅かれ早かれ、いずれ必ず降ります。
[トゥイエ] 遅くても早くても、降るべき時に降ってくれればいいんだがな。
[意気消沈した女性] フフッ、私たち人間ですら生まれる時代を選べないというのに、こちらの都合で雨を願っても、果たして叶うものでしょうか?
[トゥイエ] ……
[トゥイエ] ナギル、ロドス本艦との合流予定日はいつだったっけ?
[外勤オペレーター] 任務が早く片付いたから、まだまだ先だよ。少なくとも一ヵ月は余裕がある。
[トゥイエ] ここには最長で後どれくらい留まっていられる?
[外勤オペレーター] 半月かな。
[トゥイエ] よし、充分だ。
[トゥイエ] (車から飛び降りる)
[トゥイエ] 奥さん、お前の住んでる町はどっちの方角にあるんだ? 案内してくれよ。
[外勤オペレーター] トゥイエさん、何をするつもりなんだ!?
[トゥイエ] 井戸を掘る!
[外勤オペレーター] は?
[トゥイエ] だから――
[トゥイエ] 井戸を掘りに行くっつってんだよ!
[外勤オペレーター] ここに来るまでの道のりで見た町の風景は、あちこち荒れ果てていたのに、町長の屋敷だけやたら立派だな。
[トゥイエ] 見る前から想像つくだろ?
[外勤オペレーター] それは……まぁ確かに、町にまったく金がかかってなけりゃ、必然的に別の場所に金が消えてることになるか。
[トゥイエ] フン……
[外勤オペレーター] トゥイエさん、危ない!
[激しく怒る老人] あたしの水が……! 小娘、どこを見て歩いてんだい! うちの家族全員、この水を待っていたのに、どうしてくれるのかね!
[外勤オペレーター] すみません! トゥイエさんもわざとじゃないんです。
[トゥイエ] 落ち着いてくれ、婆さん。ほら、詫びにこの水をやるから。
[激しく怒る老人] これは……
[トゥイエ] 遠慮はいらないよ。よそ見していた私が悪い。
[激しく怒る老人] 余所者、本当にこれをあたしにくれるってんのかい? こんなの、町で売れば最低でも金貨七枚にはなるのに。
[トゥイエ] 金貨七枚? 冗談はよしてくれ。入れ物の袋をつけたって、そんな大金にはならないと思うけど。
[激しく怒る老人] さっきこぼしちまった泥水ですら、金貨を五枚も払ったんだ。こんなきれいな水なら、もっと高く売れるだろうよ。
[トゥイエ] (しゃがみ込んで、割れた壺に残った水を観察する)
[トゥイエ] こんな汚い水、本当に飲めるのか?
[激しく怒る老人] あたしたちに他の選択肢があると思うかい?
[町長の秘書] トゥイエ様、お待たせいたしました。町長が中でお待ちです。
[激しく怒る老人] ハハッ、あんたら町長の奴に会いに来たのかい? じゃあ、せいぜい幸運を祈っておくよ。
[外勤オペレーター] お婆さん、それはどういう意味……おい! お婆さん!
[トゥイエ] もういい、ナギル。とっくに行っちまったよ。
[町長] ようこそ、トゥイエさん。私がこの町の町長だ。町民のみんなを代表して、あなたたちの訪問を歓迎するよ、ハハ。
[トゥイエ] どうも、握手はしない主義でね。
[町長] ハハハハ、どうやらトゥイエさんは、ずいぶんと個性的なお方のようだ。ジャミル、はやく大切な客人たちに水をお出ししなさい。
[町長の秘書] トゥイエ様、ナギル様、どうぞ。
[トゥイエ] (顔色一つ変えずにがぶりと一口飲む)
[外勤オペレーター] (小声)トゥイエさん、この水、本当に飲めるのか? さっきの泥水みたいに、黄色く濁ってるぞ。
[町長] お二方、茶碗の水が濁っているからといって、私どものもてなしが行き届いていないと誤解しないでほしい。正直に話そう、それは町で唯一枯れていない井戸から汲んできた水なんだ。
[トゥイエ] まだ飲み水があるのなら、どうしてここの町民は命の危険を冒してまで、荒野を行くキャラバンに水をせがむんだ?
[町長] あの井戸は私の祖父がずっと昔に大枚はたいて裏庭に掘らせた、一族専用の井戸でね、普段は町民に使わせたりしないのさ。
[トゥイエ] 今は普段の状況じゃないだろ。
[町長] えぇ、おっしゃる通り、私は町の長だ。この緊急事態で自分のことだけ考えてはいけない。だから昨年、裏庭の井戸を町民たちにも開放した。だが……
[町長] コホン、井戸の水には限りがある。使えば使うほど減っていくのだから……より高値を支払える方に譲るのは当然だ。
[トゥイエ] 一壺の泥水が金貨五枚なのも妥当だと言いたいのか?
[町長] (テーブルに止まった虫を潰す)
[町長] フン、ここは砂漠だ。水より貴重なものなどあるはずないだろう?
[外勤オペレーター] (がめつい男め。)
[町長] ところで、秘書から聞いたのだが、お二方は井戸を掘るために、この町へやって来たそうだね?
[外勤オペレーター] えぇ、井戸を掘るのは規模の小さな工事ではありません。だから事前にこうして町長に許可を取りに来たのです。
[町長] それは非常に喜ばしいことだ! お二方が町のために尽力してくれることを知り、町長としては本当に感謝してもしきれない。だが、残念ながら、工事の許可をすることはできないのだ。
[外勤オペレーター] どうして! 喜ばしいことだと自分で言ったじゃないですか!
[町長] 『月を盗む女』という詩は、知っているかね?
[トゥイエ] サルゴンで知らない者はいないだろ。
[町長] この町の起源は、百年前までに遡るんだ。とある探検家がこの地に辿り着き、町を建てたのが始まりとされている。
[町長] 彼の手記によれば、星のように大きな宝石がちょうど我々の足元に埋まっているそうだ。
[町長] これはいわゆる言い伝えではあるが、宝石が余所者の手に渡らないよう守護することは、町長である我が一族代々の使命。
[町長] やって来るなり、我々の土地で大規模な掘削工事をしようとする余所者は、特に警戒せねばならなくてね。
[トゥイエ] そんな伝説を真に受けるのは、馬鹿しかいないと思うが。
[町長] 必ずしも真実だけを信じる必要もないと思うが?
[トゥイエ] この――!
[トゥイエ] ナギル、行こう。
[外勤オペレーター] 待ってよ、トゥイエさん。もう少しゆっくり歩いてくれ。
[トゥイエ] オエッ――
[外勤オペレーター] ト、トゥイエさん!? 大丈夫か! まさか、さっきの水のせいなのか?
[トゥイエ] ……ああ、井戸水が黄色く濁るのは、ほとんどが水中に含まれる鉄やマンガンの量が基準値を超えているのが原因だ。だが……
[トゥイエ] うっ……ゲボッ――
[外勤オペレーター] トゥイエさん!
[トゥイエ] ……平気だ。だが、さっき飲んだ水からは、鉄っぽい味はまったくしなかった。
[外勤オペレーター] それってつまり……!?
[トゥイエ] 水が濁っているのは……人為的に不純物を混ぜられているせい。
[外勤オペレーター] *サルゴンスラング*、それでもわざわざ飲む必要はなかっただろうに。
[トゥイエ] 仕方ないだろ。井戸は厳重に見張られているだろうし、推測を確かめるにはあれしかなかったんだ。
[外勤オペレーター] それじゃあ、これからどうする?
[トゥイエ] まずは水源を見付けてから考えよう。
[トゥイエ] ナギル、お前体力ないんだな。まだ半日も歩いてないぞ。
[外勤オペレーター] はぁ……はぁ……それはそうだけど、砂の上を歩くのは、足が取られて動きにくいし……本当に、疲れるんだよ……
[トゥイエ] そっか、お前は私と違うことを忘れてたな……水飲むか?
[外勤オペレーター] いや、少し休むだけでいい。
[トゥイエ] ほら、こっちに来い。前の方に見えるあの岩陰に着いたら、休憩しよう。太陽の下にいては、体内の水分がすぐに奪われてしまうからな。あと少しの辛抱だ。
[外勤オペレーター] でも……トゥイエさんは誰かと一緒に傘をさすのは嫌いなんだろ?
[トゥイエ] くだらないことを言ってないで、はやくこっちに来い。それとも、このまま日向ぼっこを続けたいのか
[外勤オペレーター] うっ……分かった、言う通りにするよ!
[外勤オペレーター] いや、やっぱいいや。トゥイエさん、居心地が悪そうに見えるし。
[トゥイエ] いいからさっさと歩け。言いたいことがあるなら後にしろ。
[外勤オペレーター] ゴクゴク――ぷはあ! もう少しで干からびるとこだった。トゥイエさんも座って休んだらどうだ? ずっと歩いてたじゃないか。
[トゥイエ] ……ここは三方向が山に囲まれていて、地下水が溜まりやすい。それに日陰があるから、井戸水の蒸発も防いでくれる。
[外勤オペレーター] トゥイエさんは本当に物知りだな。井戸掘りの知識なんて、どこで学んだんだ?
[トゥイエ] 家の者に教わった。うちの一族は全員、砂漠で生きるための訓練を受けさせられる。水源を探すことは訓練の必須科目だ。
[外勤オペレーター] 全員訓練を受けるって……どんな一族だよ。
[トゥイエ] 砂漠を転々として生計を立ててる旅商人の一家だ。
[外勤オペレーター] ああ、フォルテの一族が経営してるあの貿易会社か……なんで今まで気付けなかったんだ?
[トゥイエ] そんな大層なもんじゃないよ。うちの両親は家系図の上じゃ、分家の端の端っこだ。そんなに離れていても、先人のジジイどものしきたりから逃げられないなんてな。
[外勤オペレーター] ははっ、どんな知識でも学んで損はない。いつの日か役に立つかもしれないだろ?
[トゥイエ] おっ、いたいた……ほらナギル、受け止めな!
[外勤オペレーター] うわっ! 何だコイツ!?
[トゥイエ] はは、そうビビんなって。人を噛んだりはしないよ。
[外勤オペレーター] だけど、その、あまりにも見た目が……キモイ。
[トゥイエ] 見た目で判断するな。その虫の助けがなければ、うちの一族はとっくの昔に砂漠の下に埋まってたぞ。そいつがいるってことは、水源はもうすぐそこだ。
[トゥイエ] ナギル、辺りの石をひっくり返して、下に灰色がかった黄色い葉っぱが生えていないか、確認してくれ。細くて小さな葉っぱだ。
[外勤オペレーター] ああ、探してみるよ。
[外勤オペレーター] 見つけた! 本当に生えてるなんて……それで、こいつをどうすればいいんだ?
[トゥイエ] 根っこを見せてくれ。どれどれ……
[トゥイエ] 北側の根茎が特に発達しているな。そっちへ向かってみよう。
[外勤オペレーター] 俺たち以外、誰もこんな場所には来ないと思っていたが、なんで周りがでこぼこした木の杭で囲まれてんだ?
[トゥイエ] 恐らくここは墓地だろう。あれは杭じゃなくて、墓碑だ。
[外勤オペレーター] ……本当だ、よく見たらどれも文字が刻まれている。
[外勤オペレーター] 「慈悲深き父であり、忠実なる夫、そして勇敢なる戦士だった男、ここに眠る――ブリス・サイディン・ヌーマンハド」。
[外勤オペレーター] 「……愛しき娘……ルシア・ヌーマンハド」。
[外勤オペレーター] 「知恵深き老人……先導者……ムタリ・ヌーマンハド」。
[外勤オペレーター] どうやらここに埋葬されているのは、ヌーマンハドという一族みたいだな。
[トゥイエ] ヌーマンハド……どこかで見たことあるような字面だ。
[外勤オペレーター] 言われてみれば、確かに見たことある気がする。
[トゥイエ] ……ハッ、思い出したぞ。
[トゥイエ] あのクズ町長の屋敷に飾ってあった一族のタペストリー、そこに書かれていた姓がヌーマンハドだ。
[外勤オペレーター] (息を呑む)それって……
[トゥイエ] ああ、私たちが探している水源は、奴の祖先の墓の下にある。
[外勤オペレーター] *サルゴンスラング*
[外勤オペレーター] どうせ、あのクソ野郎は俺たちをどうすることもできないんだし、最悪、無理やりにでも工事を進めればいいと思っていたのに。
[外勤オペレーター] だけど水源があんなとこにあるなんて……俺の考えが甘すぎたみたいだな。
[トゥイエ] (乱暴に前髪をかき上げる)こっちを見るな。私だっていい打開策を思いつきそうにない。
[外勤オペレーター] だったら……もう諦めようぜ。
[トゥイエ] ……だめだ。
[外勤オペレーター] はぁ……
[意気消沈した女性] あっ、トゥイエさん、ここにいたのですね。先日はお世話になりました。
[トゥイエ] ああ、この間の奥さん。もっと水がいるか? まだ余っているから後で持っていくよ。
[意気消沈した女性] (首を横に振る)いえ、水袋を返しにきたのです。あの時はご親切にありがとうございました。
[トゥイエ] ……気にすんな。
[意気消沈した女性] なんだか浮かない様子ですね。もしかして、井戸を掘る計画が上手く進んでいないのですか?
[トゥイエ] (悔しそうに頷く)
[意気消沈した女性] トゥイエさんはもう、この町から離れた方がいいでしょう。あの人がいる限り、あなたたちにできることはありません。
[意気消沈した女性] どうしても諦めきれないのなら、壁に貼りだされたものを読んでみてくださいな。
[外勤オペレーター] この人混みじゃ、何も見えやしない。
[外勤オペレーター] 失礼、みんな、ちょっと通してくれ。
[外勤オペレーター] 「警告……町で個人が許可なく井戸を掘る行為を禁ずる。工事に参加した者は鞭打ち二十、無許可の井戸から水を汲んだ者は鞭打ち十に処す」。あの畜生、よくもこんなことを!
[トゥイエ] 胸を掻っ捌いて、中に何が詰まってるのか確認してやりたいよ。
[外勤オペレーター] きっと良心のかけらは一つも入ってやしないだろうな。
[意気消沈した女性] あの人がみんなからお金を巻き上げているのも、たまった金額を首長に献上し、他の場所に配属してもらえるよう頼むためです。
[意気消沈した女性] そのために半生を費やしてきたのですから、お金を得られる道を簡単に邪魔させるはずがありません。
[意気消沈した女性] ここの町民ではないお二人には、手の出しようもないでしょう。だけど、ここで暮らしている私たちは皆、彼に服従するしかないのです。
[トゥイエ] (歯を食いしばる)
[意気消沈した女性] 水袋もちゃんとお返しできたし、私はこれにて失礼します。トゥイエさんたちも、早めにお休みくださいね、もうじき日が沈みますから。
[トゥイエ] 前に抱いていたあの子は、元気になったか?
[意気消沈した女性] ああ……娘なら、祖母が眠っている場所へ埋めてあげました。
[トゥイエ] ――っ!?
[意気消沈した女性] やっぱりトゥイエさんの言う通り、タイミングが一番大切ですね。
[外勤オペレーター] トゥイエさん、大丈夫か?
[トゥイエ] (眉間をつまむ)ナギル、もうほかの選択肢はない。
[トゥイエ] (首にかかっているペンダントを外す)
[トゥイエ] この石をお前にやる。一つ頼まれてくれないか。
[外勤オペレーター] おいおい、トゥイエさん、報酬なんか必要ないって。
[トゥイエ] 違う、この石を昨日の場所に埋めてきてほしい。ヒモとリングを外して、表面にちょっとした傷をつけてからな。
[外勤オペレーター] でも、これってかなり貴重な宝石なんだろ? なんでわざわざこんなことをするんだ?
[トゥイエ] 欲にまみれた野郎は、自ら墓穴を掘るものさ。
[外勤オペレーター] トゥイエさん、なんで朝っぱらからこんなところで待機してなきゃいけないんだ?
[トゥイエ] 劇の開幕に遅れないようにするのはマナーの基本だろ?
[トゥイエ] ほら、奴らのご登場だ。
[町長] あの女が宝石を見付けたという場所は確かにここなのか? 聞き間違いじゃないだろうな?
[町長の秘書] 何度も確認しましたから、間違いございません。あの女はここで砂嵐をしのいでいる時に、宝石が砂中から突き出ていたのを発見したそうです。
[町長] あれはかなり貴重な宝石だ。あの詩はやっぱり本当だったんだな。この下には本当に財宝が埋まっているんだ!
[町長の秘書] 星のように大きな宝石ですね。首長に献上すれば、昇進間違いなしです!
[町長] シャベルは持ってきたな?
[町長の秘書] ええ、もちろんですとも。ですが、なぜもっと人手を連れて来ないのです? 私たちだけですと、掘り起こすのにかなり時間がかかりますよ。
[町長] 間抜けめ! 先祖の墓を掘り起こすなぞ、他人に知られたらとんだ恥だ!
[町長の秘書] さ、左様ですね! それは確かに、知る者は少なければ少ないほどいいでしょう。
[町長] 無駄口を叩いていないで、さっさと取り掛からんか!
[町長の秘書] 私が、ですか?
[町長] お前以外に誰がいる?
[町長の秘書] はぁ……分かりましたよ。
[町長] 父上、母上、どうかお許しください。お二人のご加護に感謝いたします。
[町長] お祖父様、お祖母様、どうかお許しください。お二人のご加護に感謝いたします。
[町長の秘書] ゲホゲホッ! どうして舞い上がる砂埃が白いんだ? ペッペッ――口にまで入ってくる。
[町長] 何か出てきたか?
[町長の秘書] それが……いくら掘っても、何も出てきません。
[町長] 役立たずめ、どけ! 私がやる。先祖の墓がなんだってんだ!
[町長] (思いっきりシャベルを地面に突き刺す)
初めは、ただ気泡を含んだ泥水が、シャベルが掘り起こした砂と土から湧き出てくるだけだった。
次第に、地下に溜まっていた湧き水は地面を突き破り、砂地の上で白い気泡混じりの水しぶきを次々と噴き上げ、砂を湿らせていく。
町長の足元の砂がだんだんと沈み始める。いやな気配を察した秘書は慌てて、まだ呆けている町長を押しのけた。
次の瞬間、ものすごい量の湧き水が一本の水柱となって空高く噴き上がり、墓地を丸ごと押し流した。
数メートルにも及ぶ水のカーテンは、水滴を地面にまき散らしながらも、澄み渡った細い一本の水流となって、砂丘を越え遠く彼方の町の方へと流れていく。
[町長] どうして……
[町長] 全部ただの水じゃないか!
[町長] 財宝は!? 宝石は!?
[町長] どういうことなんだ! お前、さっさと掘れ! 私がいいと言うまで掘り続けろ!
[町長の秘書] 町長、無理ですよ! これ以上掘ったら溺れて死んでしまいます!
[町長] 今度はなんの声だ!?
[トゥイエ] 町民たちの歓声だよ。
[町長] なんだと?
[トゥイエ] まぁ、分からないのも無理はないか。町民たちの声がお前の耳に届いたことは、一度もないのだから。
[町長] (訝しげにトゥイエを見つめる)貴様、何しに来た?
[トゥイエ] おめでとうを言いに来たのさ。ここは砂漠だ。水より貴重なものなどあるはずないだろう、町長さん?
[町長] (無様に顔にかかった水を拭う)
[トゥイエ] 願いが叶って、さぞかし満足だろう。
[町長] き、貴様が――
[トゥイエ] (肩をすくめる)
[町長] よくも私を謀ったな! さてはあの貧乏人どもの差し金か! そうに決まってる!
[町長] あいつら、ただじゃ済まさんぞ! どいつもこいつも……全員無事で済むと思うな!
[トゥイエ] 大層ご立腹のようだな。長年夢見ていたことが、一瞬にして砕け散るのは、どんな気分なんだ?
[トゥイエ] 一つだけ挽回できる方法を教えてやる。
[トゥイエ] 先祖の墓を壊してまで、町民のために水源を掘り当てたことは大きな功績だ。首長に知らせれば、どこへだって好きに異動先を選べるだろうよ。
[トゥイエ] けどな……
[トゥイエ] お前がどんなに豊かな土地へ行って、どんなに名声を上げようと、所詮は一生、他人の血を啜ることしか能がない、汚らわしい寄生虫にすぎないんだよ!
[トゥイエ] お前の功績を知らせるための手紙を出してやった。一ヶ月もしないうちに、首長の使節がここへやって来るだろう。
[トゥイエ] もしまだここを離れたいのなら、これは絶好の機会だ。町民たちを親切に扱い、何としてでも良い評判を得るんだな。
[トゥイエ] これはお前にとって最後のチャンスだぞ。
[町長] な……な……
[トゥイエ] 秘書さんよ、はやく町長を連れて帰った方が良さそうだぞ。感激のあまりにもう言葉も発せられないようだからな。
[トゥイエ] 行こう、ナギル。私たちのやるべきことはもう済んだ。
[外勤オペレーター] トゥイエさん……
[トゥイエ] ナギル? なんでそこに突っ立ってんだ?
[外勤オペレーター] 虹だよ、トゥイエさん。ほら、太陽の下に虹がかかってる。
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