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堅固な氷
エンシオディスは、誘拐された貴族の娘の救出をロドスに依頼し、ドクターはこれに応じた。しかし予想外にも、その依頼はシルバーアッシュとの友情の証ともなった。
[エンシオディス] ドクター、シルバーアッシュ家の外界への探求は、私の先祖――祖父から始まったことは知っているだろう。
[エンシオディス] イェラグに広く流布している話では、祖父はとある冒険家と冒険に赴き、数え切れないほどの金銀財宝を持ち帰ったとされている。
[エンシオディス] だが実のところ、確かに祖父は冒険家に同行して十数年も不在だったものの、値打ちのある物は何一つ持ち帰らなかった。
[エンシオディス] 持ち帰ったのは、書籍と、当時は最先端だったいくつかの工具と設計図くらいだ。
[エンシオディス] とはいえ、それらは私の父――オラファーに影響を与えた。結局、父はイェラグで初めて正式に外国へ留学したのだ。
[エンシオディス] そして父はヴィクトリアでの留学中に、母エリザベスと出会い、貴族たちとも知り合った。
[エンシオディス] このウォルトン子爵は、私の父が当時知り合った友人の一人だ。
[エンシオディス] 私がヴィクトリアに留学していた間も、この街を訪れた際には世話になったものだ。さらには、彼の子供たちとも知り合った――兄のカール、そして妹のケイト。
[エンシオディス] カールは私と同い年だった。プライドが高く、当時は私をライバル視して何をするにも張り合ってきたが、決して性根の腐った人間ではなかった。
[エンシオディス] ただ残念なことに、私がこの街を離れた後、彼が感染者に襲われて死亡したという知らせが唐突に届いてな。
[エンシオディス] カールの死後、ウォルトン子爵は次第に感染者を憎むようになり、感染者に不利な規則をいくつか制定した。
[ドクター選択肢1] ヴィクトリアは感染者の人権を保障する国だと聞いていたが。
[ドクター選択肢2] そんな人物からの依頼をロドスに託すのか。
[エンシオディス] 実際は、それぞれの都市を管轄する貴族次第だ。
[エンシオディス] カランド貿易の支店も、それぞれ現地の状況に合わせて、全く異なる感染者対策を講じなくてはならないのだ。
[エンシオディス] ロドスの名誉は私が保証する。安心してほしい、ドクター。
[エンシオディス] 気を張る必要すらない。ロドスの最近の動向については多少耳にした程度で、お前たちが何をしようとしているのかは知らないが……
[エンシオディス] 権力を握っている子爵と繋がりを持つことは、どう転んでも損にはならないはずだ。
[エンシオディス] ともかく、子爵の娘のケイトが、今回誘拐された人質だ。そして誘拐犯は、またしても感染者だ。
[エンシオディス] 感染者を憎んでいるにも拘わらず、ウォルトン子爵がこの件をお前たちに依頼することに同意した理由の一つは、それだ。
[エンシオディス] 子爵は、過去の行いに報復されることに相当な恐れを抱いている。だからこそ、今回はお前たちを頼ることも含めて、あらゆる手段を惜しまないのだそうだ。
[ドクター選択肢1] ......
[ケルシー] ……
[ケルシー] ザイック郡の領主、ウォルトン子爵。彼の娘が感染者集団に連れ去られた。犯人は十万ポンドの身代金を二十日以内に支払うように要求しており、用意できなければ人質を殺害すると言っている。
[ケルシー] 子爵は我々に、娘の捜索と救出を依頼したいとのことだ。
[ケルシー] ウォルトンはヴィクトリア西部の貴族たちの間では、いくらか名の知れた男だ。数年前に長男を感染者に殺害されて以来、感染者に対して極めて厳しい態度をとってきた。
[ケルシー] 彼が治めるザイック郡の感染者を対象にした各種法規は、他のどの郡よりも厳しく、また公の場において、ウルサスの対感染者政策を見習うべきといった趣旨の発言を繰り返している。
[ドーベルマン] さらに重要なのが、ウォルトンの姓がカスターだということだ。
[ドーベルマン] カスター家はヴィクトリア西部で非常に大きな影響力を持つ。もしその一族と繋がりを築ければ、多くの面倒事を避けられるようになるかもしれないな。
[ケルシー] だが、まさに問題はそこにある。
[ケルシー] 感染者を敵視している子爵だ。当然、我々に直接依頼してくるような人間ではない。事実、この依頼はとある仲介者から我々に回ってきたんだ。
[ケルシー] その仲介者の名は、エンシオディス。
[ドクター選択肢1] 自分とは無関係だ。
[ドクター選択肢2] 偶然だろう。
[ドクター選択肢3] 彼が何かに勘づいていても、何ら不思議はない。
[ケルシー] もし君と関係があれば、本件は君とロドスとの関係を引き裂くための企みだと私は考えるだろう。
[ケルシー] しかし、彼はそんなに軽率ではないはずだ。
[ケルシー] 渡りに船か……そんな偶然があるとは、とても信じられないな。
[ケルシー] だが、たとえエンシオディスの件を勘案してもなお、十分に魅力的な依頼であることは認めよう。
[ケルシー] 同意見だ。
[ケルシー] ロドスの停泊地点を探すために、最近我々はヴィクトリア西部の移動都市で活動した。
[ケルシー] エンシオディスの留学歴と、ヴィクトリアの一部の貴族界に残した名声を考慮すると、彼が何かを知っていても不思議ではない。
[ケルシー] 実際、本件での関わり合いを避けるべきなのは我々ではなく、彼の方だとも言える。しかし彼はそうはしなかった。
[ケルシー] 君を信頼していると解釈する以外、ほかに説明のしようがない。
[ドクター選択肢1] 信頼か……
[ドクター選択肢2] (肩をすくめる)
[ドクター選択肢3] からかわないでくれ。
[ケルシー] 君はイェラグへの旅で、彼の「信頼」を勝ち取った。違うか?
[ケルシー] 心当たりがあるようだな。
[ケルシー] では、そういうことにしておこう。
[ケルシー] 君の報告書に目を通した時は、もちろんそうしたい気持ちに駆られたよ。
[ケルシー] しかし今、この依頼が届いたことだけでも、君のイェラグ旅行の価値は十分に証明された。
[ケルシー] もちろん、私は君の人間関係にまで介入するつもりはない。
[ケルシー] ただ、カランド貿易との提携を打ち切らなかった以上、彼との関係については、いっそう注意を払っておく必要がある。
[ケルシー] あのイェラグへの旅が、我々に予想外の利益をもたらしたことは認めよう。
[ケルシー] だが、君も我々のこれからの行動の特殊性は理解しているだろう。その際は、ヴィクトリアのいかなる関係者ともビジネスパートナー以上の関係を持たないことを強く勧める。
[ケルシー] それは双方にとって、非常に危険な行為になり得る。
[術師オペレーター] ドクター、ターゲットを発見しました。郊外の林に隠れています。
[ドクター選択肢1] ご苦労様。
[術師オペレーター] いえ、スラム街で少し聞き込みをして、ちょっと追跡しただけですぐに見つかりましたよ。
[術師オペレーター] はぁ、本当にこの街は感染者に厳しいですね。感染者というだけで皆ひどい暮らしです。
[術師オペレーター] 貴族のお嬢さんを連れ去ったのは、ここで唯一、そこそこの規模を持つ感染者グループのようです。
[術師オペレーター] 訓練されていない者たちにしてはなかなかの警戒態勢でしたので、ひとまず周囲の写真を撮影してきました。
[術師オペレーター] どうぞ。こちらは拠点周辺の写真です。
[術師オペレーター] それからこちらは、彼らのリーダーの写真です。
[エンシオディス] ……ほう?
[術師オペレーター] どうされました?
[エンシオディス] ……なるほど。そういうことだった……か。
[エンシオディス] ……ドクター、ぶしつけな要求で悪いのだが……
[感染者の手下] ボス、食料の備蓄が減ってきました。
[???] 持たなくなったら「サンディー」を潰して、皆に肉を食わせろ。
[感染者の手下] そ、そんなことできませんよ。「サンディー」はボスが可愛がってる駄獣じゃないですか!
[???] 人間が飢え死にしそうなのに、動物を気に掛けてどうする?
[感染者の手下] ……そ、そうは言っても……
[???] ……あと少しの辛抱だ。金を手に入れたら、身分を変えて、別の街でいい暮らしをしよう。
[感染者の手下] 分かりました。
[貴族の妹] お兄様。私、一回こっそりお家に戻ってくるわ。そうすれば……
[感染者の兄] 馬鹿なこと言うな。どうせ見つかって戻ってこられなくなる。ここで大人しく人質になってろ。
[感染者の兄] それから、俺たちに近寄りすぎるなと言っただろう。鉱石病にかかりたいのか? あっちへ行ってろ。
[貴族の妹] うん……
[感染者の手下] お、お前ら、何者だ!
[エンシオディス] 慌てるな。お前たちの首領と話をしに来た。
[感染者の手下] お呼びじゃねぇぞ、とっとと失せろ。言うこと聞かねぇと痛い目見るぜ!
[貴族の妹] エンシオディス兄様……
[エンシオディス] カール、私たちを入れてくれぬのか?
[感染者の兄] ……下がれ。そいつを通せ。
[感染者の手下] ですが……
[感染者の兄] お前がかなう相手じゃない。
[エンシオディス] 安心しろ。こちらは丸腰で、護衛もいない。
[感染者の兄] カランド貿易のエンシオディス社長が拙宅へお越しくださるとは、草庵に光がさしますよ。
[エンシオディス] 前回会ったのは、もう八年前、あの舞踏会だったか。
[エンシオディス] 当時、ウォルトン子爵の長男として、意気盛んな様子だったことを覚えている。
[感染者の兄] ええ。私もあなたが現れた瞬間、全員のまなざしを奪い去ったことを覚えていますよ――
[感染者の兄] チッ。*ヴィクトリアスラング*、やめだやめだ!
[感染者の兄] よく聞け、エンシオディス。お前と貴族の繰り言に興じるつもりはない。そんなお遊びはもうとっくにやめたんだ。
[感染者の兄] それよりも、どうやってここを見つけたんだ? その得体の知れないフード野郎とたった二人で、一体何しに来た!
[エンシオディス] ……お前は感染者の暴動で死んだと聞いていたが、どうやら何か内情があるようだな。
[感染者の兄] 人の話が聞こえねぇのか!?
[エンシオディス] ここへ来たのは、ただの好奇心だ。
[貴族の妹] エンシオディス兄様、もしお父様に言われて来たのなら……どうかお引き取りください。
[貴族の妹] 私はあなたと行く気はありません。
[エンシオディス] ケイト。今回の誘拐事件は、君とカールが協力して画策した。そうだな?
[エンシオディス] しかも、私の推測が正しければ、発案者はカールではなく、君だ。
[貴族の妹] ……そうです。
[貴族の妹] お兄様は感染者になってから、ずっとひどい暮らしをしています。私は密かにお兄様とご友人たちを助けたいと思っていたのですが、一人では何もできず……
[エンシオディス] それで兄に自分を誘拐するよう持ちかけて、父親を強請ったのか。
[エンシオディス] ウォルトン子爵はあんなにも君を可愛がっていたのに、この件を知れば悲しむぞ。
[貴族の妹] 分かっています……私も、お父様を悲しませたくはありません。けれど、お兄様をこんな風にして……
[感染者の兄] 黙れ、ケイト!
[貴族の妹] ……ごめんなさい、お兄様。話すべきじゃなかったわ。
[感染者の兄] とにかくだ、エンシオディス。もしお前があのクソじじいの依頼で説得しに来たんなら、さっさと消えることだ。
[感染者の兄] ケイトを連れて帰るために来たんなら、こいつらにそれが許されるか聞いてみるといい。
[エンシオディス] そういきり立つな。確かに私はお前の父親の依頼を受けたが、今日は私人としてここへ来たんだ。
[エンシオディス] こちらは私の友人だ。ドクターと呼んでくれればいい。
[エンシオディス] ……そして私が来たのは、お前を助けるためだ。
[感染者の兄] 助けるため……か。施す、あるいは見下すって言ったらどうだ? いや、お前の大好きな言葉を使うべきかもな。あれだよ……取り引き、そう、取り引きだ。
[エンシオディス] 好きなように解釈してくれて構わない。
[感染者の兄] お前の目にはまだ、俺は目立つことしか頭にない間抜けな貴族に見えてるんだろう。
[感染者の兄] あの時の俺だったら、確かにお前と取り引きする手立てくらいあっただろう。
[感染者の兄] だが今の俺には何もないんだ、エンシオディス。
[感染者の兄] 取引するつもりなら、お前は何をもって、俺の何と引き換える?
[エンシオディス] それはこの話し合いの結果次第だ。
[エンシオディス] まず約束しよう。今からここで起こることを、ウォルトン子爵は一切知り得ない。
[感染者の兄] はは……ケイト以外の人間が、こんなにまともに話しかけてくるのはどれくらいぶりだろうな。
[感染者の兄] たとえお前の口から出てきた言葉だったとしても、懐かしく感じるものだな。
[感染者の兄] まずはお前なりの方法で俺を尊重してくれたことに感謝しよう。実際は尊重の欠片も感じなかったがな、エンシオディス。
[感染者の兄] お前が堂々とここに足を踏み入れ、才徳あふれる輝かしい姿で話しかけてきた時点で、お前に俺は救えないことなんてわかっていた。
[感染者の兄] なぜ俺が生きてるのか、そしてなぜクソじじいとこんな関係になってしまったか、知りたいんだったな。
[感染者の兄] なら教えてやるよ。
[感染者の兄] あの舞踏会で、俺はお前に完全にお株を奪われて、むしゃくしゃしていた。
[感染者の兄] それでお前がザイックにいる間は、お前が行くところには行かないようにしようなどと考えながら、さっさと会場を後にしたんだ。
[感染者の兄] それから、くだらないことを考えながら車を走らせていたら、うっかりある女性を撥ねてしまったんだ。
[感染者の兄] 俺はロクな奴じゃないが、ひき逃げするほど腐っちゃいない。すぐに彼女を車に乗せて病院へ向かったよ。
[感染者の兄] でも病院に着いて、その人が感染者だってことがわかったんだ。誰も感染者を治療したがらないってこともな。
[感染者の兄] あれは笑えたな。医者たちは領主の息子である俺を見るなり、媚びへつらった顔で集まって、我先にと治療しようとした。だが彼女の肌に源石の結晶を見た瞬間、全員あとずさったんだ。
[感染者の兄] 俺は理解できなかった。本当にまったく理解できなかったよ。鉱石病が恐ろしい病気だってことは知っていたが、だからってこんな仕打ちを受けるいわれはないって。
[感染者の兄] それでだんだんイラついてきて、思い切って彼女を家に連れ帰り、自分の家のホームドクターを半ば脅して治療させたんだ。
[感染者の兄] クソじじいはそれを知って、もちろん血相変えて怒ったよ。でも無理矢理追い返して、治療を続けさせた。
[エンシオディス] その件なら覚えている。私はすでに次の街へ旅立つ準備をしていたから、特に構ってやれなかったが。
[感染者の兄] そうさ。お前も罪な男だぜ、あんなに派手に目立っておきながら、いくらもしないうちに行っちまいやがって。どれだけのお嬢さんの心を奪い去ったか分かったもんじゃない。
[感染者の兄] 今思い返してみると、当時の俺はちょっと頭がおかしくなってたんだろうな。
[感染者の兄] 鉱石病が怖くなかったわけじゃない。ただ、他の奴らが怖がるのを見て、何がそんなに怖いんだって思ってたのさ。
[感染者の兄] 今はもう鉱石病は怖いもんだって分かってるよ。本当にパンッと爆発して死んじまう奴もいるからな。
[感染者の兄] そうならない奴もいるが、苦しんで死ぬのは変わらない。ふっ、お前も気を付けるんだな。今すぐ俺も爆発して、お前とご友人を吹き飛ばしちまうかもしれないぞ。
[ドクター選択肢1] それから?
[ドクター選択肢2] 実際、爆発する例は多くはない。
[感染者の兄] へぇ? フードのあんた。エンシオディスとも違った反応だが、あんたも感染者か?
[ドクター選択肢1] 感染者の友人がたくさんいる。
[ドクター選択肢2] 君を診察しようか。
[感染者の兄] どうりで落ち着いているわけだ。
[感染者の兄] もし暇なら、あっちであいつらとお喋りしてな。
[感染者の兄] この件はあんたにゃ関係ないからな。
[感染者の兄] あんた、医者なのか?
[感染者の兄] よせよ、治療費なんて払えないんだ。
[感染者の兄] ま、とにかく、その後はクソじじいが彼女を家に住まわせるのを許さなかったんで、俺は彼女を自分の別宅に寝かせたんだ。
[感染者の兄] 彼女はずっと、俺が彼女をどうかするつもりじゃないかと疑っていたらしい。だが当時の俺には深い考えなんかなくて、ただ彼女を治したいと思っていただけさ。
[感染者の兄] あの頃の俺はとんだ間抜け野郎だったよ。誰かが難癖を付けてきた時は、必ず向こうを張って争っていた。
[感染者の兄] クソじじいが彼女を追い出そうとしたら、頑として突っぱねたし、彼女が俺に迷惑をかけるんじゃないかと心配すれば、意地になって手厚く看病した。
[エンシオディス] 愛し合っていたんだな。
[感染者の兄] ああそうさ、ありきたりなシナリオだろ。貴族と平民が愛し合った結果、年長者たちに認めてもらえず、最終的に親子は反目する――
[感染者の兄] 少し違うのは、その平民が感染者だってこと。それから間接的にその平民を殺した父に復讐するために、貴族は自ら感染者になったってところだな。
[エンシオディス] なるほどな。お前の「訃報」と、ウォルトン子爵の唐突な感染者への徹底した嫌悪は、そこから来ていたのか。
[感染者の兄] そういうこと。大きな期待を寄せていた長男が、感染者と恋に落ちた挙句、自分と敵対して仇となったんだ。自分の失敗を認めたくなかったあいつは、すべてを感染者のせいにするしかなかったのさ。
[感染者の兄] そして今や、俺自身もあいつが忌み嫌った感染者だ。
[感染者の兄] 俺の訃報は本物だよ、エンシオディス。
[感染者の兄] カール・カスターという男は、七年前に死んだんだ。
[エンシオディス] ……
[感染者の兄] ほら見ろ、またそんな顔をして。
[感染者の兄] エンシオディス。俺が身代金を手に入れたらどうなると思う?
[感染者の兄] その金を子分たちと分け合って、それから皆で別の街へ行き、さらに本名を隠して暮らしさえすれば、本当に何の心配もなく穏やかな日々を送れると思うか?
[感染者の兄] いいや、俺たちはそれでも感染者として、そこら中で門前払いをくらうだろう。
[感染者の兄] 見下され、石を投げられ、スラム街に追いやられてひもじい思いをするかもしれない。
[感染者の兄] 仕事を探したくても、誰からも必要とされなければ路地裏で孤独に死を待つしかない。
[感染者の兄] この金は俺たちにとっても当然役に立つものだ。すでに多くの仲間たちが、飯にありつけず飢え死にしている状況だからな。
[感染者の兄] だが、いつまで持つっていうんだ?
[感染者の兄] ここ数年間、俺は感染者の仲間たちと必死にもがき苦しんで、やっと悟ったんだ。
[感染者の兄] 感染者は生きていけない。
[感染者の兄] 噂によると、感染者を団結させているレユニオンという組織や、感染者を助けているロドスという組織もあるにはあるらしい。
[感染者の兄] いつになったら俺たちに救いの順番が回ってくるんだろうな。
[感染者の兄] きっとその頃にはもう生きていないだろうけど。
[感染者の兄] だけど、俺たちの力になってくれるのはそういう奴らだけさ。俺やここで必死に生きている奴らのことを理解しているはずだからな。
[感染者の兄] ――お前と違ってな。
[貴族の妹] お兄様……
[エンシオディス] ……
[感染者の兄] というわけで、エンシオディス、選択肢は二つに一つだ。今俺を殺して、ケイトを連れ帰ってクソじじいから褒賞をもらうか――
[感染者の兄] 或いは、諦めて帰るかだ。クソじじいに全部話したって構わない。それが何だって言うんだ。
[感染者の兄] 結局のところ、お前じゃ俺を助けられないってことだ。
[エンシオディス] どうやら私は、わざわざ恥をかきに来ただけのようだな。
[エンシオディス] 行こう、ドクター。
[エンシオディス] ……
[ドクター選択肢1] ......
[エンシオディス] ドクター、一つ聞かせてくれ。
[エンシオディス] カールの前で、私は進退窮まっているように見えたか?
[ドクター選択肢1] いいや。
[ドクター選択肢2] いつも通りだった。
[エンシオディス] つまり、いつも通りの振る舞い方では、彼には効果がないということか。
[エンシオディス] ……うん?
[エンシオディス] あれは……カールか?
[エンシオディス] 一人でどこに……市街地の方角だが……
[ドクター選択肢1] ……追おう。
[ドクター選択肢2] あの表情は……
[エンシオディス] ……
[感染者の兄] お願いです。妹には感染を防ぐ装備がどうしても必要なんです。
[感染者の兄] 今はこれだけしかお金がありませんが、あと数日で大金が入るので安心してください。ひとまず掛け売りにしてもらえませんか。必ず倍にしてお返しします!
[商人] しっしっ、毎日来ては騒ぎやがって、うるさいんだよ。
[商人] 数日後に大金が入るなんて話、今どき誰が信じるんだよ。金がねぇ奴はみんなそう言うんだ。モノが手に入ったらそのまま逃げるつもりだろ?
[商人] それにウォルトン様の条例で、市街地では感染者に物を売っちゃいけないことになってるんだ。
[感染者の兄] ですが、スラム街にはそんな装備は売っていないんです! そこら中駆け回って、ようやくあなたのお店にたどり着いたんです……
[感染者の兄] 頼れるのは、もう心優しいあなた様しかいないんです。私を憐れに思うなら、どうか今回だけお助けください。
[感染者の兄] 私の身につけている物で欲しいものがあれば、何でも持って行っていただいてかまいません。
[感染者の兄] あるいは、ここで働かせてもらえないでしょうか? 私が感染者だということは、絶対に他の人に悟らせません!
[感染者の兄] 頼みます……お願いです……どうか……
[商人] ……分かった分かった。そのみすぼらしい恰好を見てみろ。どこに金目の物がある?
[商人] 入れよ。これ以上騒がれて、衛兵が来たら面倒だからな。
[感染者の兄] ありがとうございます、ありがとうございます!
[商人] 膝をつくな、床が汚れちまうだろ。
[ドクター選択肢1] 簡易防護スーツを一セット用意してほしい。
[術師オペレーター] すぐに用意します。
[エンシオディス] ……
[ドクター選択肢1] 意外だったか?
[エンシオディス] 少しな。
[エンシオディス] いや、認めよう。かなり驚いた。
[エンシオディス] 彼が私では助けられないと言った理由が、今なら少し理解できる。
[エンシオディス] ……ケイト、いつまで付いてくるつもりだ?
[貴族の妹] ごめんなさい……
[エンシオディス] お前は知っていたのか?
[貴族の妹] ええ、知っていました。でも私には何もできません。
[貴族の妹] もし私が今飛び出していっても、お兄様は私を追い返すでしょう。
[エンシオディス] ……
[貴族の妹] エンシオディス兄様、恥知らずなお願いと分かっています。ですが……どうか、お兄様を助けてください!
[エンシオディス] カールは私の手助けを拒否したのだ。
[貴族の妹] お兄様が身代金を欲しているだけなら、私もわざわざ見つかるリスクを冒してあなたに会いに来たりしません……お兄様に誤解されたくありませんから。
[貴族の妹] ですが、あなたは頼れる方だと知っていますし、私には他に頼れる人もいません。あなたにお願いするしかないんです!
[エンシオディス] ならば、できる限りのことはしよう。
[貴族の妹] 誘拐の計画は、確かに私からお兄様に持ちかけました。
[貴族の妹] 私は「誘拐」された後、兄とそのご友人の感染者の方たちと一緒に暮らしていました。
[貴族の妹] 彼らのことを完全に理解したとはとても言えませんが、考えさせられることはありました。
[貴族の妹] お兄様は当時、お父様とお母様、それに私の目の前で、源石の欠片を自分の腕に突き刺して、家を飛び出したんです。
[貴族の妹] それから二年後に、偶然スラム街でお兄様を見つけました。
[貴族の妹] 元々せっかちだったお兄様の気性は、今の荒っぽいものに変わってしまっていました。ですが一番の変化は――
[貴族の妹] お兄様は……確かに生きているのに、まるで生きていないかのようなのです。
[貴族の妹] すみません、なんと表現したらいいか……
[貴族の妹] 感染者のご友人のために、お兄様はスラム街で喧嘩を繰り返していました。自分がこてんぱんにやられても、ちっとも気にしません。
[貴族の妹] 先程のように、他の人のためならば、どれだけ頭を下げることも厭いません。
[貴族の妹] ですが、自分のことだけは、もうどうでもよくなっているかのようで……
[エンシオディス] ……
[貴族の妹] 今回の誘拐だってそうです。お兄様は本当は……
[ドクター選択肢1] 最初から身代金を要求するつもりはなかった。
[ドクター選択肢2] 自分の命を使って何かをしようとしていた。そうだね?
[貴族の妹] ええ。その通りです……
[感染者の兄] ……ケイト?
[貴族の妹] あっ、お兄様……
[感染者の兄] それにエンシオディスとフードの……おっ、お前たち、全部見ていたのか?
[感染者の兄] ケイト、お前が連れて来たのか?
[貴族の妹] 違うの。お兄様……
[エンシオディス] 私がお前をつけて来たのだ、カール。
[感染者の兄] 今時のご貴族様は、人を尾行していたことさえそんなに堂々と公言するのか。はっ!
[エンシオディス] カール。
[感染者の兄] 俺言ったよな、エンシオディス。お前じゃ俺を救えない。
[エンシオディス] ……
[感染者の兄] お前はいつまでも雲の上からすべてを見下ろしてろよ。俺みたいなみすぼらしい奴が、お前の心を乱しちゃいけないんだ。
[感染者の兄] その方が、互いに気まずい思いをしなくて済む。そうだろ?
[感染者の兄] 行くぞ、ケイト。
[貴族の妹] ……はい。
[貴族の妹] ごめんなさい、エンシオディス兄様。
[エンシオディス] ……
[前衛オペレーター] ドクター、ご注文の物を持ってきましたよ。
[ドクター選択肢1] ありがとう。
[エンシオディス] ……
[ドクター選択肢1] 君はどう思う?
[前衛オペレーター] ……
[前衛オペレーター] って、ドクター、俺に聞いてるんですか?
[ドクター選択肢1] そうだ。
[前衛オペレーター] ええと、ここまであなたの護衛として近くから様子を窺っていましたので、一通りの流れは把握しています。
[前衛オペレーター] 確かに、考えさせられることもありましたね。訊かれた以上は答えますので、変なことを言っていたら指摘してください。
[前衛オペレーター] まずカールにとって、身代金は彼の目的の一部に過ぎません。
[前衛オペレーター] 彼は確かに身代金を必要としていますが、それは彼自身のためじゃなく、周りにいる感染者の仲間たちのためです。
[前衛オペレーター] そして自分自身のことは、全く気にかけていないようです。
[前衛オペレーター] 彼は元々貴族の坊ちゃんだったにも拘らず、自ら感染者となってからは、浮浪者としてこの街で何年も暮らしてきました。
[前衛オペレーター] 感染者に対する抑圧に直面した時に、その身分の落差をよりはっきりと実感したことでしょうね。
[前衛オペレーター] なぜなら過去の彼は、抑圧する側だったかもしれないからです。
[前衛オペレーター] 一方で愛する人の死によって、彼は衝動的に、父親への報復手段としては最も理性に欠ける方法を選択しました。
[前衛オペレーター] それにより彼は、自分が路頭に迷うことになっただけではなく、父親が感染者に対する抑圧をさらに強めるという結果を招いてしまいました。
[前衛オペレーター] きっとそれが心のわだかまりとして、ずっと残っているんですよ。
[前衛オペレーター] 思うに、彼が本当にやりたいことは、身代金を受け取った後にあるんだと思います。
[前衛オペレーター] 具体的に何をするかについては……一般人の命さえあまり顧みられない世の中で、ましてや我々感染者の命ですからね。
[前衛オペレーター] そんな命の使い道といえば、自ら命を絶つか、人殺しくらいのものでしょう。
[エンシオディス] ……
[ドクター選択肢1] 行こう。
[エンシオディス] ドクター、そちらはカールの野営地の方向だが。
[ドクター選択肢1] 道なら分かっている。
[エンシオディス] ……
[エンシオディス] ならば、どうやらここで一先ず別れの挨拶をせねばならんようだ。
[エンシオディス] 少々、お前には謝らなくてはならないな。
[エンシオディス] 元々、仲介者としてこの依頼をロドスに託した後、私は再度介入すべきではなかったのだ。
[エンシオディス] しかし、状況は変わったようだ。
[エンシオディス] 認めねばなるまい。お前がイェラグの件に介入した時ですら、今の状況ほど厄介には感じなかった。
[エンシオディス] お前は私に、一年以上も保留している答えを出すように促しているのだな。
[エンシオディス] ならばもう一度聞こう、Dr.{@nickname}。この答えはお前にとって、本当に重要なのか?
[ドクター選択肢1] とても重要なことだ。
[ドクター選択肢2] パートナーは毎回慎重に選んでいる。
[エンシオディス] ……ならば、私も自分の答えを示さねばなるまい。
[ドクター選択肢1] ロドスはロドスのやり方を貫き通す。
[エンシオディス] 私も私のやり方を貫くつもりだ。
[ドクター選択肢1] 一つだけ聞きたい。
[ドクター選択肢1] エンシオディス、君は何をもって彼の命に代えるんだ?
[エンシオディス] ……
三日後
[感染者の兄] ……ドクター。正直言って、今でも不思議な感じだよ。まさかあんたが、あの感染者を助けるロドスの人だったなんて。
[感染者の兄] あんたらのことは、ただの伝説だと思ってた。
[感染者の兄] それ以上に予想外だったのは、あんたらがエンシオディスと手を取り合っていたことだ。
[ドクター選択肢1] 人生とは不思議なものだ。
[ドクター選択肢2] どういうわけか知り合った。
[感染者の兄] ……はは、そうだな。人生は不思議だ。
[感染者の兄] あの頃の俺は、腹の底からエンシオディスって男を嫌っていた。
[感染者の兄] だが実際は奴には人に嫌われる所なんかなくて、俺はただ嫉妬していただけなんだ。
[感染者の兄] 今だってそうさ。
[感染者の兄] まぁともかく、あんたのことは信じるよ、ドクター。
[感染者の兄] だから、もしこの後で俺の身に何かあったら……ケイトと俺の仲間たちを、よろしく頼む。
[ドクター選択肢1] ......
[感染者の兄] エンシオディス? どうしてお前が!?
[エンシオディス] まさかウォルトン子爵本人が、お前と取引するために危険を冒して人里離れた荒野に来ると思っていたか?
[感染者の兄] ……何だと!?
[エンシオディス] 私は子爵から代理人として、お前と取引する権限を与えられた。
[感染者の兄] あいつめ……自分の娘のことだぞ。どうして……なんでそんなことができる!
[エンシオディス] まさにその娘を誘拐したお前に、子爵の決定を評価する資格があるのか?
[感染者の兄] よ……よぉし、いいだろう! その通りさ!
[感染者の兄] そういうことなら、おい、人質を連れてこい!
[貴族の妹] お兄様……
[感染者の兄] 金と人は同時に受け渡す。
[感染者の兄] お前たちが中間の位置に箱を置いたら、こっちも人質を解放する。
[エンシオディス] 問題ない。
[感染者の兄] 行け、ケイト。
[感染者の兄] (小声)帰るべき場所に帰るんだ。
[貴族の妹] お兄様……うっ……
[エンシオディス] 取り引きは成立したようだな。
[感染者の手下] ボス、箱は受け取りました!
[感染者の兄] 受け取ったなら、さっさと逃げやがれ!
[感染者の手下] えっ?
[感染者の兄] お前ら、本当にクソじじいが見逃してくれると思ってんのか?
[感染者の兄] そうだろう、エンシオディス。
[感染者の手下] ちっ。おい、お前ら! 逃げるぞ!
[前衛オペレーター] ドクター、どうしましょう?
[術師オペレーター] 子爵の衛兵に手を出せば、面倒事に巻き込まれるでしょう……とはいえ、まさかこのまま見ているつもりですか?
[ドクター選択肢1] 彼らの安全を確保しろ。
[ドクター選択肢1] だが手を出す必要はない。
[エンシオディス] あらかじめ仲間は遠くへ逃がしていると思っていたが。
[感染者の兄] 金はあいつらが持っていかないと意味がないんだ。それに、あいつらの実力なんてたかが知れてる。初めから逃がしてたら、今ごろお前に捕まって、俺を脅す材料にされてただろうよ。
[エンシオディス] 彼らに持っていかせる……つまり、お前は初めから生きてここを離れるつもりはなかった。そうだな?
[感染者の兄] ……
[感染者の兄] 生きて?
[感染者の兄] どういう状態なら生きていると言えるんだ、エンシオディス。
[感染者の兄] 心臓が動いているときか?
[感染者の兄] 愛する人の遺体が、ボロ布のように引きずられていくのを見ているときか?
[感染者の兄] それとも、他の病人たちが、薬がなくて自分の目の前で無残にも事切れるのを見ているときか?
[感染者の兄] エンシオディス、俺にはもう、生きるとはどういうことか分からないんだ。唯一分かるのは、自分がどうやって死にたいかだけだ。
[感染者の兄] 本当なら今日、俺とクソじじいは、ここで共に死ぬはずだった。
[感染者の兄] 奴に息子がまだ生きていることを伝え、奴がひとしきり絶望したあとに殺して、それから自ら命を絶つつもりだった。
[感染者の兄] 俺の望みはたった一つ、それだけだったんだ、エンシオディス。
[感染者の兄] どうしてお前は、そんな最期の望みまで奪うんだよ?
[エンシオディス] お前が私の助けを拒絶したのだ。ならば、私は私のやり方で問題を解決するほかない。
[感染者の兄] ……はは、それもそうだ。お前は確かにそういう奴だ。
[エンシオディス] それから、子爵はもうお前の事情を知っている。その点は安心するがいい。
[エンシオディス] 息子が生きていると聞いた瞬間の、あの驚愕に歪む顔は、実に見ものだった。
[感染者の兄] なんだよそれ、心置きなく死ねってか。
[エンシオディス] そうとも言える。
[感染者の兄] エンシオディス、気が変わったよ。俺はまずお前を殺して、それからクソじじいを殺しに行くことにする。
[エンシオディス] その後は?
[感染者の兄] そんとき考えるよ!
[感染者の兄] 死ね、エンシオディス!
[感染者の兄] !?
[エンシオディス] 目が覚めたか。
[感染者の兄] エンシオディス、俺、どうして……
[感染者の兄] ……
[感染者の兄] どうして俺を殺さなかった? 同情か?
[エンシオディス] カール。私ではお前を助けられないと言ったが、その実お前が言いたかったのは、私は感染者の立場を理解していないということだった。
[エンシオディス] 確かに、それは事実だと認めねばなるまい。
[エンシオディス] ……子爵の元へ戻る道中、ドクターに聞かれた。
[エンシオディス] 何をもってカールの命に代えるのだ、と。
[エンシオディス] ずいぶんと考えた。復讐、希望、未来などといった言葉を、その問いの答えにしたくなかったものでな。
[エンシオディス] そして、現時点での結論を出した。
[エンシオディス] お前の友人全員の命をもって、お前の命に代える。
[感染者の兄] なにっ!?
[エンシオディス] 今この時、お前も含め、お前たちはこの街でもう死んだのだ。
[エンシオディス] これから、彼らには近くの都市にあるカランド貿易の支店で、新たな生活を始めてもらう。
[エンシオディス] お前もだ。もちろん、もしお前に他の考えがあるならば、それを尊重しよう。
[感染者の兄] ……あいつらは、死んでいないのか?
[エンシオディス] 彼らを追っていたのは私の手の者だ。
[感染者の兄] ……は、はは……お前って奴は、本当に、傲慢な野郎だ。
[エンシオディス] ああ、否定はしない。
[エンシオディス] 子爵についても心配はない。ただ妹については……残念だが、別離は避けられないだろう。
[感染者の兄] ……お前の計画なんて関係なく、初めからもう会いに行くつもりはないさ。
[感染者の兄] 俺みたいな兄貴は、このまま忘れ去られるのが一番だ。
[感染者の兄] とにかく、少し……考えさせてくれ。
[エンシオディス] ああ。この先、時間はたっぷりある。
[エンシオディス] ……ドクター。
[ドクター選択肢1] 中々息が合ってただろう。
[ドクター選択肢2] 感謝していただきたい。
[エンシオディス] ああ、完璧だった。
[エンシオディス] そうだな。
[エンシオディス] この依頼をロドスに委ねた本意は、お前への詫びの一環とすることにあったのだが、結局さらに大きな借りを作ってしまうとはな。
[エンシオディス] そのうえ、お前とウォルトン子爵の仲を取り持ってやることもできなかった。
[エンシオディス] 未だかつてない失態だ。
[エンシオディス] だが今回の出来事を通して、いくつかの物事に対する新たな知見も生まれた。
[エンシオディス] 少し時間をいただけるか、ドクター。お前を満足させられる見返りを用意しよう。
[ケルシー] 任務報告書を見たぞ。
[ケルシー] 結果から言えば、この依頼は失敗に終わった。我々はウォルトン子爵とコネクションを築けなかったばかりか、彼に排斥されてしまう可能性すらある。
[ケルシー] ウォルトン子爵を通じてロドスの停泊地点を探す計画も、当然破綻した。
[ドクター選択肢1] すまない。
[ドクター選択肢2] 後悔はしていない。
[ドクター選択肢3] 君でも、そうしていただろう。
[ケルシー] まだ話は終わっていない。
[ケルシー] ロドスの立場から言えば、君は正しい選択をした。
[ケルシー] 後悔すべき点などない。
[ケルシー] やむを得ない場合を除いて、私もロドスがこのような貴族と関わりを持つことは望まない。
[ケルシー] 私ならば、更に思い切った手段に出ただろうな。
[ケルシー] だが、同じような結果に至ったであろうことは否定しない。
[ケルシー] さらに言えば、本件は全く収穫が得られなかったわけではない。
[ケルシー] その収穫がどんな結末をもたらすのかは、私でもすぐには判断しかねるがな。
ケルシーはそう言って、書類の山から一つの文書を取り出し、手渡した。
それは臨時オペレーターの協力申請書であり、コードネーム欄にはシルバーアッシュと記されていた。
エンシオディスだ。
[ドクター選択肢1] そんな馬鹿な!?
[ドクター選択肢2] ……
[ドクター選択肢3] 彼は……
[ケルシー] 昨日到着した。
[ケルシー] 彼がオペレーターとしてロドスに加入したいと申し出た時の、人事部の困惑ぶりを想像してみるがいい。
[ケルシー] さすがにこればかりは、私が表に出て対応するしかなかった。その結果――
[ケルシー] 私が出した数々の条件を受け入れた上、完璧な成績でオペレーター試験にパスした。
[ドクター選択肢1] さっきすれ違った人たちの不思議な表情は、そのせいか。
[ケルシー] 今、彼は応接室で君を待っている。ちょうどいい、ロドスを案内してやってくれ。
[ドクター選択肢1] ......
[ドクター選択肢1] どういうことだ?
[ドクター選択肢2] これが君の言っていた見返りか!?
[ドクター選択肢3] シルバーアッシュ?
[エンシオディス] 妹のエンシアがここで治療を受け、同時にオペレーターとして勤務している。兄である私は、彼女が心配で追ってきた――
[エンシオディス] それのどこにおかしい点がある?
[エンシオディス] その通りだ。
[エンシオディス] 熟考に熟考を重ねた結果だ。
[エンシオディス] 一族の名をコードネームにすれば覚えやすい。違うか?
[エンシオディス] カールは私の提案を受け入れた。彼と友人たちの行方は誰にも知られていない。安心してくれ。
[エンシオディス] ところで、この配布されたモニタリング用ブレスレットをしばらく使用してみたが、今まで使っていたものより際立って優れている。
[エンシオディス] 大口注文に非常に興味があるのだが。
[エンシオディス] よければ少し話し合わないか。
[ドクター選択肢1] どうしてオペレーターに?
[ドクター選択肢2] ケルシーから聞いた時は、聞き間違いかと思った。
[エンシオディス] ケルシー女史が起草した、不平等な契約にサインしたことを言っているのか?
[エンシオディス] あれはロドスの一員になるために、支払うべき代価だ。
[ドクター選択肢1] そんなことは聞いていない。
[ドクター選択肢2] なぜなんだ?
[ドクター選択肢3] ロドスは君にふさわしくない。
[エンシオディス] そう凄まないでくれないか。
[エンシオディス] もし私がロドスをどうにかしようと企んでいるならば、こんな行動は取らない。違うか?
[エンシオディス] お前ほど聡い人間なら、てっきり見当がついているものと思っていたが。
[エンシオディス] 「君はロドスにふさわしくない」と、はっきり言えばいい。
[エンシオディス] たとえ私であっても、大胆な挑戦だと認めざるを得ないのでな。
[ドクター選択肢1] 単刀直入に言ってくれ。
[ドクター選択肢2] 一体何がしたい?
[エンシオディス] ……
[エンシオディス] 私はお前と友人になりたいのだ、{@nickname}。
[ドクター選択肢1] 社長ともあろう者が、友達がいないのか?
[ドクター選択肢2] もう友達だと思っていたが。
[エンシオディス] 私には、ビジネスパートナー、部下、ライバル、敵ならば無数にいるが、唯一いないのが――
[エンシオディス] 友人だ。
[エンシオディス] お前とは、確かに阿吽の呼吸で理解し合えることもあるだろう。
[エンシオディス] しかし人と人との理解には、常にズレが生じるものだ。だから私はそれをあまり信用してはいないのだ、ドクター。
[エンシオディス] 相手の考えを知りたい時、最良の方法は直接本人に問うことと相場が決まっている。そうだろう?
[ドクター選択肢1] 適任者なら周りにたくさんいるだろう。
[ドクター選択肢2] 君にはたくさんの理解者がいるはずだ。
[エンシオディス] 例えば?
[ドクター選択肢1] エンヤは。
[エンシオディス] エンヤはよくやっている。私の想像以上だった。
[エンシオディス] 確かにエンヤとはある意味での相互理解を築いている。しかし、だからこそ、互いに相手の選択がはっきりと分かってしまうのだ。
[エンシオディス] 彼女は良きライバルになるだろう。ドクター、私にはそうとしか言えない。
[ドクター選択肢1] エンシアは。
[エンシオディス] エンシアは成長し、多くの物事を鋭く洞察するようになった。
[エンシオディス] 私としては、エンシアが必要とするものはすべて与えるし、本人の意見も尊重するつもりだ。
[エンシオディス] しかし私は、エンシアに告げられることよりも、告げられないことの方が多い。
[ドクター選択肢1] ノーシスは。
[エンシオディス] ノーシスはその実力と性格から、すでにお前たちの研究室でも名が広まっているようだな。彼は多くのことを知っているが、それは私との長年の付き合いの結果に過ぎない。
[エンシオディス] 我々は何かを分かち合う相手にはなり得ない。それは彼の方がより深く理解していることだろう。
[ドクター選択肢1] デーゲンブレヒャーは。
[エンシオディス] 彼女とは浅からぬ縁があるし、多方面への洞察力は評価できる。
[エンシオディス] ただ、彼女は無関心なのだ。できるだけ物事の外に身を置こうとしている節がある。彼女からすれば、多くの場合、私は好き好んで苦労をしているだけに見えるらしい。
[エンシオディス] 私もそれは否定しないが。
[ドクター選択肢1] マッターホルンとクーリエは。
[エンシオディス] ヤーカとヴァイスか……二人のことは信頼しているし、多くの仕事を任せられる相手だ。
[エンシオディス] 上下関係により隔たりが生じているとは言わないが、事実として、私たちは頼む側と頼まれる側の関係であり、互いに分かち合う関係にはなり難いのだ。
[エンシオディス] ご覧の通りだ。
[エンシオディス] お前が名前を挙げた者たちとは、自分の一部分を共有することはできる。
[エンシオディス] だが様々な要因により、すべてを分かち合うことはできない。彼らもまた私とすべてを分かち合うことができないように。
[ドクター選択肢1] みんなを細かく分類しすぎだ。
[ドクター選択肢2] ……彼らが皆イェラグの関係者だからか。
[エンシオディス] ……望んでそうしているわけではない。
[エンシオディス] あの年、当主になる意志があるか否かすら、誰も私に問わなかったように。
[エンシオディス] 知り合った者一人一人の価値を秤に掛け、私の進む道での位置づけを決めてやることには慣れている。
[エンシオディス] 彼らがその位置に立っている限り、私は彼らに対して誠実だ。
[エンシオディス] だがすべてを引き受けてくれる者は誰もいない。
[エンシオディス] ああ、そうだ。
[エンシオディス] 私の事業の核はイェラグという土地にある。そのために、周囲を見渡せば、この土地と密接な関係にある者ばかりがいるのだ。
[エンシオディス] 多くの場合、それは悪いことではない。
[エンシオディス] だが、私に紐付くすべてを客観的に評価し、分かち合いたいと思った時、その客観的な視点が欠けていることに気付かされるのだ。
[エンシオディス] ……
[エンシオディス] 思いがけず両親を亡くした年、エンヤとエンシアはまだ幼かった。
[エンシオディス] 当主の重責はおのずと私の肩にのしかかり、妹のため、そして一族のために、私は歯を食いしばってシルバーアッシュ家を支えた。
[エンシオディス] だが当主を務めて数年経った頃、私は気付いたのだ。イェラグでこの家の当主をしているだけでは、何も変わらないと。
[エンシオディス] ゆえに私はイェラグを離れ、父親のようにヴィクトリアで学ぶことにした。
[エンシオディス] 留学中の出来事について、もし興味があるのなら、後日良い話の種になるだろう。
[エンシオディス] 結果から言えば、この道を選んだのは正解だった。もし外に出ていなければ、イェラグに何が必要なのか、そしてイェラグが直面するだろう問題について、真に理解することはできなかっただろう。
[エンシオディス] 数年後、私は留学を途中で切り上げ、築き上げた資本と人脈を両手にイェラグへ戻り、カランド貿易を設立した。
[エンシオディス] 本来ならもう少し時間をかけるべきだった。正直に言えば、留学中ほとんどの時間は勉学と戦略的な社交で埋め尽くされていたが、全く余暇の時間がないわけでもなく、充実した日々を過ごせていた。
[エンシオディス] ただ残念なことに、私の心の中で四六時中鳴り止まない警鐘が、早めの選択を迫ったのだ。
[エンシオディス] そこから先はもう、カランド貿易の発展史だ。
[エンシオディス] カランド貿易の今日の成功は私一人の功労ではない。だが私がカランド貿易のため、そしてこの土地のためにすべてを捧げてきたこともまた事実だ。
[ドクター選択肢1] なるほど。つまり君は疲れていたのだな。
[ドクター選択肢2] それを人と分かち合いたかったんだな。
[エンシオディス] ドクター。我々は人をからかう時のセンスも少し似ているようだ。
[エンシオディス] 疲れを感じたことがないとは言わないが、私は一息ついて疲れを癒やす術も熟知している。
[エンシオディス] もし現状に疲弊し、ただ心を打ち明けられる相手が欲しくてここに来たのだとしたら……私にお前と友人になる資格はないだろう。
[エンシオディス] その通りだ。
[エンシオディス] 私やお前のような人間は、自分がやると決めたことを苦労という言葉で形容したりしない。ましてやそれを軟弱になることへの言い訳にするなど、なおさら考えられないだろう。
[エンシオディス] 私の目的はまさにその正反対であり、自分の認めた人間と、これまでの歩みの中で見てきたすべてを分かち合いたいのだ。
[ドクター選択肢1] でもそれがロドスへの加入と何の関係が?
[エンシオディス] 元々両社の事業は貿易面でしか交わることはないと思っていた。だがお前は、ロドスの事業はすべての人間と密接に関わるものだと伝えようとした。
[エンシオディス] そして、お前はそれに成功した。
[エンシオディス] イェラグは今まで天災をほとんど免れていたこともあり、イェラグ人は感染者に対してあまり偏見を持たない。
[エンシオディス] しかし感染者がこの社会においてどんな立場に置かれているのか、そしてどんな経験をしてきて、これから何を経験するのか――
[エンシオディス] 今までの私は、深く考えていなかったと言わざるを得ない。
[エンシオディス] ヴィクトリアの法規に従って定めた企業規則も、せいぜい管理学ではありふれた技巧をなぞったに過ぎないのだ。
[ドクター選択肢1] それで十分じゃないか。
[ドクター選択肢2] 押しつけるつもりはない。
[エンシオディス] お前と友人になろうと思うなら、それでは不十分だろう?
[エンシオディス] だがもし友人になれば、お前は押しつける権利を手にする。
[エンシオディス] 私は感染者について理解を深めなくてはならないし、ロドスの事業についても理解を深めなければならない。
[エンシオディス] それはカランド貿易にとってのみではなく、私のこの大地に対する考え方にも重大な影響を及ぼすだろう。それをお前は気付かせてくれたのだ。
[エンシオディス] そしてお前と出会った今、その目的を達成する一番の近道は、ロドスと、お前と、行動を共にすることだった。
[エンシオディス] だから私はオペレーター・シルバーアッシュになったのだ。
[エンシオディス] あるいは、もっと単純な理由もある。友人ならば、たまには顔を合わせるものだろう?
[ドクター選択肢1] ......
[エンシオディス] 私は取引として人と係わることに慣れてしまっている。一方がある価値を差し出せば、もう一方も同等の価値を差し出し、貸し借りなしとする。
[エンシオディス] だが友情や血のつながり、愛情によって差し出されたものは、価値によって量ることができない。
[エンシオディス] それゆえ、相手は慎重に選ぶ必要がある。
[ドクター選択肢1] 君の留学の経験には興味がある。
[ドクター選択肢2] どうやら拒否権はないみたいだな。
[ドクター選択肢3] 見る目がないな。
[エンシオディス] ロドスには数日滞在するつもりだ。時間ならある。
[エンシオディス] もしかしたらそうしたエピソードの中から、ヴィクトリアの貴族が他人に漏らすことのない秘密を知ることができるかもしれないな。
[エンシオディス] 当然だ。ドクター、もしこの会話を第三者が見ていたら、その者はすぐに気付くだろう――
[エンシオディス] 私が今日ここへ来たのは、友情を「確立」させるためではなく、ただ友人とお喋りをするためだったのだと。
[エンシオディス] だとしたら、お前も見る目があるとは言えないだろうな。
[エンシオディス] さて。ドクター、お前にはまだ私に艦内施設を案内する任務があるはずだ。
[エンシオディス] 歩きながら話すとしよう。
[ドクター選択肢1] 問題ない。
[ドクター選択肢2] 分かったよ。
[ドクター選択肢3] はぁ……
[エンシオディス] ……それから、ドクター。
[エンシオディス] 確かに、今回のやり方は少々唐突だった。お前を困惑させてしまったかもしれない。
[エンシオディス] だが次に会う時は、喜びを露わにしてもらいたいものだ。
[エンシオディス] お前が抱えている問題を解決できるのは、この私のほかにはいないのだからな――そうだろう?
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