aklib_story_故郷を去る日

ページ名:aklib_story_故郷を去る日

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故郷を去る日

シエスタの事件後、シュヴァルツはセイロンに付き従い、ロドスに行くことを選んだ。その出発前、ヘルマン市長が彼女にある任務を与えた。


[放送] 観光客の皆様、市民の皆様、こんにちはシエスタ市政府でございます。一昨日のライブ・フェス開催時に発生した地震は、極めて稀な条件が重なり偶発的に生じたものであることをご報告いたします。

[放送] 天災トランスポーターのクローニン氏の詳細な調査により、今後同様の地震が発生する心配はないことが確認されました。

[放送] この調査報告を受けて、各出演者の皆様と慎重に協議した結果、市政府は三日後の夜にライブ・フェスを改めて開催することを決定致しました。

[放送] 同時に、市政府は火山の状況にも引き続き注視して参ります。皆様におかれましては、我がシエスタ市が誇る黒曜石祭をどうぞ安心してお楽しみください。

[観光客A] おい、一昨日の夜はマジでビビったぜ。

[観光客B] そんなにすごかった? 私、あの時はホテルで寝てたけど、上の階に縄跳びをしてるデブでもいるのかと思ったわ。

[観光客A] ……お前は運が良かったか悪かったか分かんねぇな。

[観光客B] 街中の人も全然減ってないよね。あんな大ごとが起きたんだから、一気にシーンとするかと思ってた。

[観光客A] これでもだいぶ減ったらしいぞ。ただ、市政府の対応が早かったからな。

[観光客A] ライブ中止後、ヘルマン市長がじきじきにお出ましになって状況説明をしたし、ここ二日は新しい騒動は何も起きてないからな。みんな安心したのさ。

[観光客B] よかった……シエスタみたいに素敵な場所、私あと数日は遊んでたいもん。

[シュヴァルツ] ……

[護衛A] リーダー、ご用ですか?

[シュヴァルツ] チャーリー、私はもうリーダーではなくなりました。明日からはあなたが治安局の局長になります。

[チャーリー] え? リーダー、いつの間に冗談を言うようになったんですか?

[シュヴァルツ] 冗談ではありません。

[チャーリー] ではそれほど大事なことを、こんな場所でこんなにあっさりと私に話していると?

[シュヴァルツ] 治安局には便宜上籍を置いただけですから、私がすべきことは何もありません。引き継ぎに関しては、旦那様が手配してくれるはずです。

[シュヴァルツ] あなたには口頭での伝達だけで十分でしょう。

[チャーリー] ……そんなこと言わないでくださいよ。これまでだって月単位で出かけたりとかはあったじゃないですか。どうして今回いきなり辞めるなんて言い出してるんですか?

[シュヴァルツ] 今回はいつもと違います。私はお嬢様と共にある遠い場所に行くことになっています。しばらくは戻る予定がありません。すでに旦那様には私の後任としてあなたを推薦してあります。

[チャーリー] ……局長なんて責任の重い立場、私には無理ですよ。

[シュヴァルツ] 局には人が大勢いますが、正直なところ半分は経験不足で、残りの半分は頭が固い者たちばかり。人格的にも能力的にも信用できる者といえばあなたくらいでしょう。

[チャーリー] それでも私にあなたの代わりが務まるとは思えません。戦闘力が違いすぎます。

[シュヴァルツ] 普通の傭兵組織を相手にする程度なら、これまでに教えてきたことだけで充分です。

[シュヴァルツ] これまで旦那様と関わった人で、あなたたちの手に負えないのは、私が見た限りこの前のあの老人くらいでしょう。

[チャーリー] ええ、あのじいさんは確かに異次元の強さでしたね。

[シュヴァルツ] あれは極端な例ですから、ああいう強敵に遭うかもしれないと心配する方が無駄です。本当に問題が生じたら、改めて私に連絡をしてください。

[チャーリー] はあ、どうせ初めから私に拒否権などなかったんでしょうね……わかりました。精一杯、尽力します。

[シュヴァルツ] 尽力では足りません、やり遂げるのです。もし旦那様に何かあればあなたに責任を問います。

[チャーリー] リーダー、本音を言わせていただきますが……本当に人との会話が下手ですね。

[シュヴァルツ] 私はおしゃべりがしたいわけではありませんから。この仕事をするのであれば、口数はむしろ少ない方がいい。あなたの話は多過ぎです。

[チャーリー] ……

[シュヴァルツ] では、私はこれで。

[チャーリー] え? もう行っちゃうんですか?

[シュヴァルツ] ええ。旦那様がテレビ塔で取材を受けておられますので、これから旦那様のところに伺います。

[チャーリー] あっ、なら私もご一緒させてください。

[シュヴァルツ] なぜです?

[チャーリー] リーダーが旅立つ前に、少しでも教えを聞いておきたいですよ。

[チャーリー] それと、あなたの後任として、私もヘルマン様にご挨拶が必要かと思います。

[シュヴァルツ] ……

[チャーリー] リーダー? ちょっと待ってください!

[放送] ヘルマン市長! 市長の秘書であるクローニン氏が、一昨日の火山調査中に重傷を負ったとお聞きしましたが、本当でしょうか?

[ヘルマン] ああ、私も非常に遺憾に思う。彼は恐らくベッドの上でかなり長い時間を過ごす必要があるだろう。

[放送] そうですか、シエスタの安全のため、クローニン氏がそんなに大きな犠牲を払われたとは……我々としては非常に残念です。

[ヘルマン] 私も同感だ。ここ数年のシエスタに対する彼の尽力には言葉では言い表せないほど感謝している。だが彼を心配してくださる方々は安心してほしい。我々は最高の技術で彼を治療するとお約束しよう。

[放送] ありがとうございます。それなら、クローニン氏が我々の前に戻って来る日を待ちたいと思います。

[放送] では、ここでいったんCMです。CMの後も、引き続きヘルマン市長に建設中の新都市について伺いたいと思います。

[観光客A] クローニンって誰だ?

[観光客B] えーっと、前によくテレビに出てた、あの天災トランスポーターの人だよ。

[観光客A] あぁ、面は整ってるけど、なんかうさん臭い感じの奴か。

[観光客B] そうそう、良い人じゃなさそうって思ってたけど、シエスタのためにこんなに頑張ってくれてたんだね。誤解してたわ。

[シュヴァルツ] ……

[チャーリー] チッ、クローニンは私たちが捕まえたのに、外に向けてはこんなふうにしか伝えられないなんて、なんかムカつきませんか?

[シュヴァルツ] 大衆をパニックに陥れてはなりませんから。

[チャーリー] そりゃそうですけど……リーダーもムカつくでしょう。具体的に何が起きたのかは知りませんけど、あいつがお嬢様とあなたにひどいことをしたという話は聞いてますよ。

[シュヴァルツ] ……噂は噂だ。

[チャーリー] はいはい、話題を変えましょうか。リーダー、今後、どちらへ行かれるおつもりですか?

[シュヴァルツ] お嬢様のお供として、あのロドスという製薬会社で働きます。

[チャーリー] あぁ、今回の騒ぎの真の英雄ですね。お嬢様とロドスの人たちとの関係が良好だとは伺ってましたが、もう決まっていたのですね。

[チャーリー] やっと納得できましたよ。お嬢様がここを去って働きに行かれるのであれば、リーダーがついていかない道理はないですから。

[チャーリー] ロドスは製薬会社という触れ込みですが、裏では傭兵稼業にも手を染めている様子ですし、リーダーならきっとそこでも活躍できるでしょう。

[シュヴァルツ] さあ、どうでしょうね。

[チャーリー] はぁ。しかし、お嬢様もいつの間にか、外に働きに出るようになられたのですね。

[シュヴァルツ] お嬢様と親しいような口ぶりはやめさない。

[チャーリー] いやいや、私だってシエスタにもう五年いるんですよ。ヴィクトリアの学校にお嬢様を送り届ける際の隊列にも加わってましたし、全く接点がないというわけではありません。

[シュヴァルツ] フッ。

[チャーリー] でもお嬢様は、あの頃から全く変わっていませんね。

[シュヴァルツ] 確かに。

[チャーリー] リーダー、あなたもですよ?

[シュヴァルツ] そうですか?

[チャーリー] そうです。私たち部下からしてみれば、リーダーと出会ってから、あなたはずっと今のような感じでした。

[シュヴァルツ] それはどんな感じですか?

[チャーリー] うーん……なんと言いましょうか。

[チャーリー] つまり、今みたいな感じなんですよ。旦那様とお嬢様のことしか考えず、自分のことはほとんど気にしないというか。

[チャーリー] 我々のような仕事で雇い主は確かに重要な存在です。報酬のでどころですからね。でもリーダーの行動原理は明らかに金じゃないし、旦那様たちに対する真剣さが私たちとはまるで違う。

[シュヴァルツ] 私も普段はビーチで景色を眺めたり、街のフェスへ行ったりもしています。それでもいけませんか?

[チャーリー] いけないということはありません、生き方なんてその人の好き好きです。ただ私があなたを見て、本当にこんな生活ができる人が世の中に存在するんだという思いを抱いただけです。

[シュヴァルツ] こんな生活とは、どんな生活のことですか?

[チャーリー] 答える前に、何を言われても怒ったりはしないと先に約束してくださいね。

[シュヴァルツ] 私がそのような愚かな真似をするように見えますか?

[チャーリー] 旦那様は私たちに良くしてくださいますが、我々は体を張った対価として報酬を得ています。迷いなく殉じるほどとは言えませんが、それなりに忠誠心もあり、良い信頼関係を築いているはずです。

[チャーリー] 私が妻と結婚した時、旦那様は自ら出席なさってスピーチもしてくださいました。おかげで私の家族は、近所では顔が利く方となり、妻に旦那様のためにしっかり働けと言われています。

[チャーリー] 私も旦那様には感謝しています。ですのでリーダーの後任に私を選ばれるなら、誠心誠意務めさせていただこうと思います。

[チャーリー] でも私はリーダーのように旦那様のためにすべてを犠牲にできるとは言い切れません。

[チャーリー] もしある日、突然誰かが私の家族を利用して旦那様に仇をなせと脅してきたら、私はそれに屈しないとお約束はできません。

[シュヴァルツ] 私はそこまであなたに求めていません。

[チャーリー] わかっています。あくまでも例えです。そもそもこんなことできるのはリーダーだけですよ。だってあなたはお二人と何の血縁関係もないのに、本当に気にかけて大事にしてますからね。

[シュヴァルツ] ……旦那様とお嬢様は、私の家族ですから。

[チャーリー] そうじゃないですよ。リーダーは私の言葉の意味がまだわかっていませんね。

[チャーリー] 旦那様どころではない、たとえ自分の命と天秤にかけられるのが妻の命だとしても、私は迷うんですよ。

[チャーリー] でもリーダー、あなたは迷わないでしょう?

[シュヴァルツ] そう思いますか?

[チャーリー] ええ、あなたはきっと迷いません。

[シュヴァルツ] ……

[シュヴァルツ] それは……そうでしょうね。

[チャーリー] でしょう。旦那様かお嬢様のために何かをしているか、あるいは、そのために待機をしているか、リーダーは常にそのどちらかです。あなたにはそれ以外の時間はありません。

[シュヴァルツ] ……あなたには関係ないことです。

[チャーリー] まあ、そうですね。私には関係のないことですし、正しいかどうかを判断する資格もありません。これは世間話ですよ、リーダーからも意見をください。私の見解は正しいですか?

[シュヴァルツ] そうかもしれませんね。

[秘書] 市長、次の予定はハウス氏の晩餐会です……

[ヘルマン] その予定はキャンセルだ。先ほどエヴァ女史から招待を受けたのを忘れたのか。優先順位ははっきりさせておけ。

[秘書] あっ……は、はい。

[ヘルマン] ん?

[ヘルマン] シュヴァルツ……来たか。

[シュヴァルツ] 旦那様。

[チャーリー] 旦那様。

[ヘルマン] チャーリー、シュヴァルツから話は聞いている。しっかりと頼む。

[チャーリー] はい。全力を尽くします。

[ヘルマン] ああ、そうだ。私のスケジュールを今から三十分、後ろ倒しにしてくれ。

[秘書] あの、何か緊急のご用でも?

[ヘルマン] 私の前治安局局長と話がある。

[秘書] こ、この方ですね。かしこまりました。

[ヘルマン] シュヴァルツ、こちらへ。

[シュヴァルツ] はい。

[ヘルマン] チャーリー、ここまで来たなら先に私の秘書についていって、引き継ぎの手続きをしてくれ。それくらいのことはあいつにもできる。

[チャーリー] 承知しました。

[シュヴァルツ] チャーリー。

[チャーリー] どうしました、リーダー?

[シュヴァルツ] シエスタを、頼みます。

[チャーリー] ……はい。

[ヘルマン] クローニンの奴は忠誠心には欠けるが、使える人材ではあったな。奴の代わりになりそうなのが、なかなか見つからない。先程の若者じゃあいつの穴は埋められん。

[ヘルマン] 良い人材というのは本当になかなか見つけ難いものだな、シュヴァルツ。

[シュヴァルツ] 教育すれば、いつかは使えるようになるはずです。

[ヘルマン] そうであればよいがな。

[ヘルマン] シュヴァルツ、私を殺しに来た時、君はいくつだったか、まだ覚えているか?

[シュヴァルツ] 十二歳です、旦那様。

[ヘルマン] あぁ、そうだったな、十二歳だ。

[ヘルマン] 十二歳の殺し屋か。ハハ、もし君が仕事を放棄しなかったら、私は恐らく本当に君の手にかかっていただろう。

[シュヴァルツ] 旦那様、以前にも申し上げましたが、子供の殺し屋なんてものは大して珍しくもありません。

[シュヴァルツ] ターゲットの警戒心を下げるには非常に効果的な手段です。

[ヘルマン] わかってる、わかっているよ。君のおかげで、今では誰が殺し屋か一目でわかるようになった。

[ヘルマン] 例えば……あそこのビーチウェアを着た奴。挙動不審で、サングラスもしているから、殺し屋だとすぐにわかるな。

[シュヴァルツ] 彼は訓練を受けていないと見受けられます。恐らく周囲の女性を見ているだけかと。

[ヘルマン] そうなのか?

[シュヴァルツ] 確実に。

[ヘルマン] やれやれ……どうやら私はまだ勉強が必要なようだ。

[シュヴァルツ] このようなことは、私がいれば問題はありません。

[ヘルマン] 君はシエスタを出るのではなかったのか?

[シュヴァルツ] ……旦那様は私にここを離れてほしくないのですか?

[ヘルマン] いや、その逆だ。

[ヘルマン] シュヴァルツよ、今だから言うが、ここ数年の間、あることがずっと私を悩ませていた。

[シュヴァルツ] どのようなことでしょう?

[ヘルマン] 君の未来だ。

[シュヴァルツ] ……旦那様に心配していただくようなことは何もありません。

[ヘルマン] だからだ。……シュヴァルツ、だからこそだ。

[ヘルマン] 私は君のことを、自分の体に生えた第三の腕のように感じていた。必要とする時に意識すれば扱うことができ、不要な時は放っておけばいい、そういう風にな。

[シュヴァルツ] ……先ほど、チャーリーとも似たような話をしました。

[シュヴァルツ] これは私の選択です。旦那様、これが悪いことだとは私には思えません。

[シュヴァルツ] 旦那様が私に今の生活を与えてくださいました。たとえ旦那様が私を追い出そうと、私から旦那様とのつながりを断ち切ることはできません。

[ヘルマン] そういう点については、君はいつまで経っても生真面目なままだ。

[ヘルマン] だが、私は君の成長を見てきた。他の誰もが知らないとしても、君自身がそのままでいいと思っていることに私は理解している。

[ヘルマン] はぁ……

[ヘルマン] シュヴァルツ、私はずっと君をもう一人の娘だと思って接してきたつもりだ。

[シュヴァルツ] ……はい。

[ヘルマン] お偉方と世間話をしていると彼らはいつも不満を口にする。子供のためを思ってしたことなのに、自分が用意してやった道を子供たちは歩もうとしてくれない、とな。

[ヘルマン] そういう時、私は自分は恵まれていると思っていた。娘の片方は、私と親しいとは言えないが名家の令嬢と言うにふさわしい出来の良さで、もう一人に至っては全く心配の必要がない。

[ヘルマン] 子供に関しては、彼らのような悩みは持つことはなかったよ。

[シュヴァルツ] その分、旦那様は安心してシエスタを建設できたのですね。

[ヘルマン] ああ、これまでは私もそう思っていた。

[ヘルマン] だが私は少し疲れたよ、シュヴァルツ。

[ヘルマン] 新都市の完成は間もなくだ。市民たちは、手続きさえすませばすぐにそちらに移せるだろう。

[ヘルマン] 私はあのロドスのドクターにこう言った。シエスタ人がいる限り、シエスタは永遠にこの大地に存在し続ける、と。

[ヘルマン] しかし、同時に、私の心にあるシエスタが永遠に失われてしまったのも確かなのだ。

[ヘルマン] バーバラと約束したシエスタ、彼女のために私が作り上げた天国は……葬られる。私自身の手で、だ。

[シュヴァルツ] それは……仕方のないことです。

[ヘルマン] いや、きっと何か回避する方法があったはずだ……ないはずがないんだ。

[ヘルマン] バーバラが亡くなった後、このシエスタを作り上げることが私の目標となった。この目標のためなら、私はどんなことでもしてきた。

[ヘルマン] 今更、こんな理由で見捨てるはめになろうとは……

[ヘルマン] 私はそれを受け入れられないのだよ、シュヴァルツ。

[シュヴァルツ] 旦那様……

[ヘルマン] ここ数日、ろくでもない考えが頭をよぎっていた。

[ヘルマン] シエスタの運命を変えられないのであれば、私も運命を共にしようと思った。生きながらえたところで後悔を抱えるだけだと。

[ヘルマン] 新都市への移動が済んだら、私は一人ここに戻って、バーバラと約束したこのビーチで、彼女を埋葬したこの海と向き合うんだ。

[ヘルマン] それから、そのまま自らの命を絶つ、と。

[シュヴァルツ] それはいけません、旦那様。何があろうとも……それだけは私が阻止します。

[ヘルマン] ハハハッ、安心しろ。口に出してしまったのだから、本気でそんなことをするつもりはもうないさ。

[シュヴァルツ] ……お嬢様のためにも、それだけはおやめください。

[ヘルマン] 違うな。

[ヘルマン] 私が死ねない理由があるとしたら、それは君だ。シュヴァルツ。

[シュヴァルツ] お嬢様はそこまで旦那様を嫌ってはおりません。

[ヘルマン] いいんだ、私たちの関係は今のままでいい。

[ヘルマン] 私はセイロンの将来についてはあまり心配していない。あの子は真面目だし運もいい、そこまでひどい人生を送ることはないだろう。あいつが望むなら、私は何でも与えてやれるしな。

[ヘルマン] だが君に関しては、とても心配している。

[ヘルマン] 親というものは子が笑顔で日々を過ごしてくれることを常に望んでいるのだよ、シュヴァルツ。

[ヘルマン] 腐った親だけが子をそばに縛りつけ、いつまでも支配下におくことを望んでいる。

[ヘルマン] しかし私は、たとえどんな時であっても、君たちには自分のやりたいことに邁進していてほしい。私のことなんて気にせずにな。

[シュヴァルツ] 私のやりたいこと……

[ヘルマン] 君のやりたいことが、セイロンのやりたいことと同じである必要はない。

[ヘルマン] この大地にはそんな道理などないのだ、シュヴァルツ。

[ヘルマン] 奮闘できる目標は持つのはいい。しかしその目標が他人であることはダメだ。一人の父親として、私の娘にはそうなってほしくない。

[ヘルマン] 私がなぜ君をセイロンと共にあのロドスという会社に行かせるかわかるか?

[シュヴァルツ] お嬢様をお守りするためでは?

[ヘルマン] それも理由の一つであるが、君もあの会社の者たちの力量を見ただろう? 私は彼らのリーダーと話した。彼らはセイロンに危険なことはさせないだろう。

[ヘルマン] だから、君はセイロンの側に常に張り付いている必要はない。彼らがあの子に良くしているのかを、私の代わりに見守ってくれるだけで十分だ。

[ヘルマン] 君にロドスへ向かってほしいのは、私が親としての権力を行使するからだ。

[シュヴァルツ] 私には意味がわかりかねます。

[ヘルマン] 私は、君が好まない道を用意するつもりだ。

[ヘルマン] だから君をロドスに行かせるのだ。

[ヘルマン] 彼らはきっとセイロンを歓迎するだろう。だが君に対しては違うはずだ。

[ヘルマン] なぜかわかるか?

[シュヴァルツ] ……私がお嬢様の供だからですか?

[ヘルマン] まさに君の持つその意識のせいだ。君はおそらく、まずはセイロンのために行動し、それから企業に従うだろう。

[ヘルマン] しかしどんな企業であれ、彼らが必要とするのは命令に従って利益をもたらす者だ。

[ヘルマン] ここで君と彼らの思惑には衝突が生じる。

[ヘルマン] 君の性格からして、きっと企業に歯向かってでも、セイロンに従い続けるだろう。

[ヘルマン] だがそれは私の望むところではない。私はこの、起こりうる問題を君に解決してほしいのだ。

[ヘルマン] そのために君の枷を外そうと思う。シュヴァルツ、君はセイロンが外で仕事をするためのボディーガードではない。

[ヘルマン] 君はもう、私に解雇されている。

[ヘルマン] 君は私のもう一人の娘として、セイロンと共に新たな仕事を探しにロドスに行くのだ。

[ヘルマン] 私は君自身のやりたいことを探させるために君をロドスに行かせる。それがセイロンや私に関することであってもいい。だが、セイロンや私が目的であってはならない。

[シュヴァルツ] 私は……

[ヘルマン] セイロンはずっとヴィクトリアで生活を送ってきた。今回の件を見ても、あの子はもう自立することを学び、己のものとしている。

[ヘルマン] だが君はまだだ、シュヴァルツ。

[ヘルマン] その点においてだけは、君はあの子に遠く及ばない。

[ヘルマン] 君はまだ、本当の意味でこの家を離れて、自分自身のために何かをした経験がないはずだ。

[シュヴァルツ] 私は……復讐が……

[ヘルマン] それは君の過去に関する話だ。君が進むべき未来の話ではない。

[ヘルマン] だからこそ今が、君が本当に前へ踏み出す時なのだよ。

[ヘルマン] わかったかい?

[シュヴァルツ] なら……私はまた帰って来てもいいのですか?

[ヘルマン] ……

[シュヴァルツ] 旦那様、私は……自分の用を済ませた後、また帰って来てもいいのですか?

[ヘルマン] ……

[ヘルマン] もちろんだ。

[ヘルマン] ハハハハハッ! シュヴァルツ、こちらにおいで。

シュヴァルツがゆっくりとヘルマンの方へ近づくと、彼は彼女の頭に手を置いて何度も撫でるのだった。

[ヘルマン] 私は自分の娘に、家の敷居をまたがせないほど冷酷ではない……

[ヘルマン] もし、君が今の話を真剣に受け止めて行動しないのだとしたら、私の育て方の責任だ。一人の人生を歪めた責任を取るために、いつかこのビーチで自ら命を絶つかもしれんな。

[シュヴァルツ] そういう脅し方はやめてください、旦那様。

[ヘルマン] 私の唯一の心配事を正直に明かしただけだ。意味はわかるね。

[シュヴァルツ] ……尽力はします。

[ヘルマン] 尽力では足りないよ、やり遂げなさい。もし、何かを見つけることができていなければ、家の敷居をまたぐことは許さないからな。

[シュヴァルツ] ……はい。

[ヘルマン] それでいい。

[シュヴァルツ] ……少々お待ちください。

[セイロン] もしもし、シュヴァルツ? 今、どこにいるの?

[シュヴァルツ] 旦那様のところです。

[セイロン] 今から手が空くようなら、手伝いに来てくれないかしら?

[セイロン] 荷物がとても多いの!

[シュヴァルツ] わかりました、少ししたら行きます。

[ヘルマン] ほら、セイロンのところに行ってやれ。

[ヘルマン] 君たちがロドスと共にここを去る時、私はもう新都市へと居を移しているだろう。残念だが見送りはできない。

[シュヴァルツ] わかりました。

[ヘルマン] ……シュヴァルツ。

[シュヴァルツ] はい。

[ヘルマン] 元気で暮らすんだよ。

[シュヴァルツ] ……はい。

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