aklib_story_故郷からの便り

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故郷からの便り

ミッドナイトは極東からのボイスメッセージを受け取った。隊の仲間からの励ましを受け、ついに彼は勇気を出して最後まで聞き終えることができた。


p.m. 11:18 天気/曇天

ロドス本艦 オペレーター宿舎

[スポット] ミッドナイト、まだ出てこないんなら、俺はもう行くぞ。

[ミッドナイト] あと少しなんだ、待ってくれよ。完璧な状態の俺をお供に残業ナイトを過ごしたくない?

[スポット] それならパートナーの変更申請をする方が早いな。

[スポット] おい、端末が鳴ってるぞ。

[ミッドナイト] ちょっと代わりに出てくれる? 俺の姿が見えないから、オーキッドさんが火がついたように焦っているんだと思うよ。

[スポット] 断る。漫画で手が塞がってるんだ。

[ミッドナイト] それじゃ、水も滴るいい男を出迎える心の準備をしておいてよ。こんなサービスを無料で受けられるなんて、スポットくんは運がいい……

[スポット] ……

[ロドストランスポーター] ミッドナイトさん、こちらはあなた宛ての個人メッセージです。転送は完了しておりますので、三秒後に自動で再生されます――

[疲れた女性の声] ……ヨルくん、前に送った手紙は届いたかしら? あなたが今どこにいるかも知らないまま、半年も経ってしまったわ……

[疲れた女性の声] あなたに届ける方法があるっていうから、試してみたの。間に合うといいのだけど……

[疲れた女性の声] 前回の手紙を出してから、お父さんの体調は日に日に悪化していてね……今じゃ起き上がるのもやっとよ……

[疲れた女性の声] お父さん……最近よく庭を眺めているの。トランスポーターを待ってるんだと思うわ……あの人、口ではあなたに連絡を取るなって言うけど、本当はあなたから連絡が届くのが最後の望みなの……

[疲れた女性の声] ヨルくん、どうか――

[ミッドナイト] ……コホン。

[スポット] お前の頭から落ちた水滴が俺の漫画に付いたんだが。

[ミッドナイト] たまには自然乾燥でスタイリングするのも、俺の違った魅力を引き出すのさ。

[スポット] いいのか?

[ミッドナイト] 自分のルックスについては、いつだって分かってるからね!

[スポット] 違う。最後まで聞かなくてもいいのかと言ってるんだ。

[スポット] 極東の言葉はよく分からないが、大事な用じゃないのか?

[ミッドナイト] ……任務に行くんじゃないのかい? 親愛なるパートナーくんを、一分でも待たせるのは心苦しいからね。

[スポット] さっき散々シャワーを浴びて髪をいじってる時は、そんなこと言ってなかった気がするがな。

[スポット] まぁいい。どのみち残業からは逃れられないんだ。準備が出来たなら行くぞ。

[オーキッド] あなたたち、私はてっきりもう出発してると思ってたんだけど。

[スポット] 誰のせいだと思う?

[ミッドナイト] ごきげんよう、オーキッドさん。夜も深いのに、あなたの美貌は完璧でくすみ一つないね。船窓から差し込む月もあなたを真似て可憐に輝いているよ。

[オーキッド] ……私が前回言ったこと、忘れてないわよね?

[オーキッド] 無駄話で浪費した時間は、勤務時間からさっ引くわ。これ以上その調子でぺらぺら喋るつもりなら、今晩の残業代がもらえるとは思わないことね。

[ミッドナイト] はぁ。オーキッドさん、ずいぶん他人行儀だね。俺は金銭なんて些細なものより、オーキッドさんの負担を肩代わりできるかばかりを考えているんだけどな。

[オーキッド] ……任務の情報は確認した?

[スポット] この付近で一人の青年が失踪中で、俺たちの任務は彼を連れ戻すことだ。

[オーキッド] ミッドナイトは?

[ミッドナイト] もちろん確認済みさ。俺たちは闇夜にさまよえる若者を追いかけるんだね。

[ミッドナイト] 安心しなよオーキッドさん。俺の魅力の虜にならない人間など存在しないからさ。俺がいれば、彼は間違いなく――

[オーキッド] ちなみに、彼の両親は、息子が地元のマフィアに誘拐されたんじゃないかと疑ってるわ。

[ミッドナイト] おや?

[スポット] 本当にそうだとしたら、すぐに解決だな。

[オーキッド] 派手にやらかさないようにね。始末書が山ほど溜まってるの、これ以上書かされるのはごめんよ。

[オーキッド] そもそも、この子の両親がロドスと接点を持っていなかったら、これは私たちが引き受けるべき任務じゃないのよ。

[ミッドナイト] かしこまりました。親愛なる隊長様、つまりは控えめにってことだよね?

[ミッドナイト] あふれ出る俺のオーラを抑えるのは非常に困難なことだけど、その挑戦受けて立とうじゃないか。何よりも、俺はあなたの困った顔なんて見たくはないからね。

[オーキッド] ……分かればそれでいいわ。さっさと行きなさい。

[オーキッド] そうだ、ミッドナイト――

[ミッドナイト] ん?

[オーキッド] さっき通りかかったトランスポーターに、極東からあなた宛の緊急通信が届いてるって聞いたんだけど、もう受け取ったのかしら?

[ミッドナイト] ……

[オーキッド] もしも急ぎの用があるなら、この任務はカタパルトに回すわよ。

[ミッドナイト] ああ、オーキッドさん、いきなりそんなに優しくされたら、感動で目頭が熱くなってしまうじゃないか……

[オーキッド] いいから、その必要があるのかないのかだけ答えなさい。

[ミッドナイト] ……俺は故郷のささいな連絡程度で、重要な任務に穴を開けるつもりはないよ。

[オーキッド] 分かった。じゃあ終わったら報告してちょうだい。

[スポット] チッ、本当に大丈夫なのかよ?

[ミッドナイト] おや、今夜はスポットくんまで心配してくれるのかい? どうやら俺の心の込もった笑顔がついに君たちの心を溶かしたようだね! 感動が止まらないな!

[スポット] 勘違いするな。俺はあとちょっとでパートナーを変えてもらえるところだったのを、残念だと思っているだけだ。

[市民A] ジェレミー? あなたなの? どうしてここへ……当分戻らないって言ってたでしょ――あっ!

[ミッドナイト] 美しいお嬢さん、騒がないで。

[市民A] あ、あなたたちは誰?

[ミッドナイト] あなたの言う「ジェレミー」を探している者です。

[市民A] い……居場所なら知らないわ。警察には昼間に言ったはずよ……

[ミッドナイト] 俺たちは警察じゃありませんよ。

[市民A] えっ!? じゃ……じゃあ誰なの?

[ミッドナイト] 彼が凶悪そうなマフィアたちにさらわれたと、あなたは彼の両親に伝えた――間違いありませんね、お嬢さん?

[市民A] ううっ、はい……

[ミッドナイト] では、あなたの斜め後ろに立っているあのレプロバの男性を見てください。

[スポット] ……

[ミッドナイト] あなたを睨みつけている両目が見えますか? すごく凶悪そうな顔をしていますよね?

[市民A] こ、怖い! なんてこと、まさかあなたたち……

[ミッドナイト] シーッ。

[ミッドナイト] そうです。俺たちはまさに、今この瞬間あなたが脳裏に思い描いている類いの人間です。

[ミッドナイト] 俺たちのような人間は、自分がやったことははっきりと認めます。けどもしも、誰かが、やってもいない罪を俺たちになすりつけようとするのなら――

[市民A] 彼は……ジェレミーは十八番街を曲がった所にあるバー・アイゼンにいます!!!

[市民A] ぜ、全部話すわ……彼の嘘に協力すべきじゃなかった……謝るわ、お願い、酷いことしないで……うう……うっ……

[ミッドナイト] 美しい解決だったろう?

[ミッドナイト] ターゲットはバーにいて無事、誘拐ではなく、ただの家出だった――改めて俺の実力に震えたんじゃない? 俺の人を見る目はやっぱり少しも衰えていないね。

[スポット] ……さっきのジェスチャー、俺に殴る準備をしろという合図だったよな?

[ミッドナイト] そういう言い方はよくないな。これほど可憐な女性に手を上げるだなんて、俺の心が許すはずないだろう? こういう場合は、安心して俺の華麗な演技に任せればいいんだよ。

[スポット] 効果があったのは俺の武器なんじゃないか?

[ミッドナイト] 親愛なる我がパートナー――スポットくんにはこれまで何度も見せたのに、どうしてまだ分からないんだい?

[ミッドナイト] 大抵の場合において、言葉は武力よりも有効なんだよ。

[市民B] あと一杯? バカ言うな。一杯じゃ足りるかよ、あと一ダース持ってこい!

[市民B] せっかく親の邪魔が入らねぇんだ、思い切り飲まなくてどうする?

[市民B] あのクソ親父め。あいつは何にも分かってない……どうして俺が、あんなくだらない勉強を続けなくちゃならねぇんだ。

[市民B] 俺は音楽をやりたいんだ。このバーから一躍トップミュージシャンになって、シエスタでライブを開いてやる!

[ミッドナイト] (拍手)

[市民B] 誰だ? あんたら……

[スポット] 俺たちはお前を――

[ミッドナイト] 俺たちは心地よい音楽を求めて来たんですよ。

[ミッドナイト] 音楽好きとして、このバーで最も将来性のあるミュージシャンと一杯ご一緒してもよろしいですか?

[市民B] は、ははは……もちろんさ。あ……あんたは中々お目が高いね!

[ミッドナイト] 素晴らしい審美眼を持っているとよく言われますね。ただ、もう一つ付け加えるなら、目と同じくらい俺の耳は敏いですよ。

[ミッドナイト] あなたの得意な楽器はなにか、伺ってもいいですか?

[市民B] な……なんでもできるよ! でも一番は……ギターかな!

[ミッドナイト] ということは、これはあなたのギターですか? 優美なラインに、魅惑的なカラーリングで、誠に美人さんですね。

[市民B] あんたの口から出る言葉は、なぜそんなに心地良いんだ……?

[ミッドナイト] お褒めいただきありがとうございます。誰しも得意なことがあるものです。俺はたまたま人との会話が得意なんですよ。

[ミッドナイト] 俺たちの才能に乾杯!

[市民B] さ……才能に乾杯!

[ミッドナイト] では、若き未来のトップミュージシャンさん、ご自慢の音楽を聴かせてもらえませんか?

[市民B] お、OK! じゃ……じゃあ聴いてくれ!

[市民B] (ギターを弾く)

[市民B] ど……どうだ? イケてるだろ?

[スポット] げ……

[ミッドナイト] ……ああ、印象深い音色ですね。

[スポット] (心にもないことをサラッと言えるのが、お前の才能だな。)

[ミッドナイト] 続けてください。

[スポット] (マジかよ? 俺はもうゴメンだ。)

[市民B] は……はは! 一曲じゃ足りなかったかな? つ、次はここ最近で作り上げたばかりの曲を聴かせてやるよ!

[市民B] (ギターを弾く)

[客A] 何なんだよこの曲……マスター、こいつ下手すぎだろ!?

[客B] そうよ。これ以上私の耳を痛めつけるつもりなら帰るわよ!

[市民B] な……! 今なんて言った?

[市民B] こんなに素晴らしい曲なのに……音楽を少しも理解してないくせに何でそんなことが言えるんだ?

[客A] 雑音を撒き散らしておいて何を言う! どこのガキか知らないが、早く家へ帰って宿題でもしてな!

[市民B] ……

[市民B] 俺の音楽が、雑音だって?

[ミッドナイト] うーん……正直な感想が聞きたいですか?

[市民B] ……話してくれ。

[ミッドナイト] 確かに、あなたの音楽の才能はそれほど優れていないかもしれませんね。

[市民B] う……嘘だ!

[ミッドナイト] どうか落ち着いてください。たとえ才能がなくても、人には夢を追いかける権利がありますからね。

[ミッドナイト] あなたが音楽を続けていけば――

[市民B] もういい!

[市民B] もし才能がないんなら、全部無意味じゃないか……何が音楽だ! こんなギターなんか――

[ミッドナイト] ……その美人さんに、乱暴な仕打ちは似合いませんよ。

[ミッドナイト] (無造作にギターを演奏する)

[市民B] どうして……

[客A] おっ、この曲はいいな。やっぱこれくらいは弾けなきゃ!

[客B] なんだ、別人が弾いてたの……マスター、今の聴いてたわよね? もし店で演奏させるんなら、今の人がいいわ!

[ミッドナイト] ご好評をいただき光栄です。しかし俺はミュージシャンでも何でもありません。前職でお客様にもっとリラックスしてもらおうと思い数ヶ月学んだだけです。

[市民B] 何だよ……あんた、最初からぶち壊すつもりで来たんだな?

[ミッドナイト] 言いがかりだとご自分でも分かっているでしょう?

[ミッドナイト] 愛する楽器をぶち壊そうとしたのは、俺ではないですよ。

[ミッドナイト] 今すぐギターをお返ししてもいいですが、これを受け取る準備はできていますか?

[ミッドナイト] 夢を実現するためには、苦労もしなければならないし、お金も必要です……それらの準備は、できてるんでしょうね?

[市民B] 金……そうさ……俺には金がない!

[市民B] けどもうすぐ手に入る。あのマフィアたちと話をつけてあるんだ。俺が数日家に帰らないだけで、大金が手に入る――

[市民B] プハッ……! てめぇ何するんだ、酒なんかかけやがって!

[ミッドナイト] おっと失礼、少し手が滑りました。

[市民B] なんだと……

[ミッドナイト] これで目は覚めましたか?

[市民B] 俺は……

[ミッドナイト] 美酒には色々な使い道がありますが、一番無駄な使い方をしてしまいました。

[ミッドナイト] でも、もし君がまだマフィアと協力するというなら、俺は何杯でも付き合ってあげますよ。君の目が完全に覚めるまでね。

[市民B] も、もうやめてくれ!

[市民B] クソ親父からはした金を巻き上げるだけじゃないか! 準備をしろと言ったのはあんたなのに、何で今さら反対するんだ?

[ミッドナイト] 君に必要なのは、俺の支持でも他人からの支持でもないよ。

[ミッドナイト] 君のその計画で多少の金銭は得られるかもしれない。だけどそれは本当の意味での「準備」じゃない。

[ミッドナイト] 一つ質問なんだけど、君は今この瞬間のご両親の気持ちを想像したことがあるかい?

[市民B] あいつらの気持ちだって? ……やっと俺みたいな問題児から解放されて喜んでるだろうよ!

[ミッドナイト] ……もし、君の安否を心配し、涙を流しているとしたら?

[市民B] それはないだろ……俺は信じないぞ……

[ミッドナイト] 信じない? それとも信じたくない?

[ミッドナイト] そんな調子で、その計画が君と君の両親にもたらす結果を受け止めきれるのかい?

[市民B] 俺は……

[市民B] どんな結果になるかなんて、知るわけない……

[市民B] ……ていうかあんた……一体何者なんだ?

[ミッドナイト] 自己紹介を忘れていたね。俺はロドスのオペレーターだよ。こっちの寡黙な渋いレプロバさんは俺のパートナー。

[市民B] ロドス!? 俺の母さんに薬を送ってくる人たちか……

[市民B] あんたら……俺を探しに来たのか? もしかして母さんが――

[ミッドナイト] 俺の勘違いじゃなければ、君はお母さんのことを心配しているね?

[市民B] そ……そんなことは!

[ミッドナイト] 夢を追う道に足を踏み入れる前に、後ろを振り返ってみるのは何も悪いことじゃない。

[ミッドナイト] もしも君が無事に家に戻りたいというのなら、俺たちはバーの入口で待っているよ。

[市民B] …………

[市民B] わかったよ……

[スポット] ふうん?

[ミッドナイト] 任務完了だ――その表情、またもや俺の輝かしい仕事っぷりに感服したんだろう?

[スポット] ……あいつが出てこなかったらどうしようかと考えていただけだ。あんなやつを殴り倒すのに力を使いたくないからな。

[ミッドナイト] 大丈夫、彼は出てくるよ。

[オーキッド] もう戻ったの? 早かったわね。

[ミッドナイト] 俺の素晴らしい手腕のおかげで、こんな時間に帰ってこれたのさ。五時間以上の睡眠をとらないと、明日の俺の美貌に響くしね。

[オーキッド] レポートを見たけど、あの子は本当に家出だったの?

[ミッドナイト] そうだよ。オーキッドさん、俺を褒めるなら、迷う必要はないよ。

[スポット] ……褒め言葉なら自分で言い尽くしただろ。

[オーキッド] あの子……地元のマフィアと組んで、親からお金を騙し取ろうとしてたのね……母親の薬代だっていうのに。危ないところだったわ。

[オーキッド] もしかすると、一回警察に捕まえてもらった方が、身に染みて自分がどれほど大きな過ちを犯したか理解できるかもね。

[ミッドナイト] 大丈夫さ、オーキッドさん。そういった悲惨な事態が実際に起こる前に、迷える青年は家に戻ったわけだから。

[オーキッド] 本当にもう騒ぎは起こさないかしら?

[ミッドナイト] 隊長さん、もう少し俺を信用してよ。

[スポット] 釈然としないが、俺もこいつに賛同だ。

[スポット] なんたってあの小僧は、最後にゃこいつにしがみついてわんわんと泣きじゃくったんだからな。おかげで俺の毛まで濡れちまった。

[オーキッド] なぁにそれ……? また東夜の魔王の「特殊能力」か何かなの?

[スポット] こいつ、家の玄関であの小僧に自分の身の上話をしたんだ。したら小僧は涙を流して、人生の師を見つけたように興奮してたな。危うく家に連れ込まれて、帰してもらえなくなるところだった。

[オーキッド] 身の上話?

[オーキッド] ミッドナイト、そういえばあなたのご両親について、まだ話してくれたことはないわよね。

[ミッドナイト] オーキッドさん、そんなまさか、そこまで俺に興味があるなんて……

[オーキッド] ……そこは全力で否定したいところだけど――

[オーキッド] でもミッドナイト。今回だけは、もし話したいのなら聴くわよ。私だけじゃなくて、スポットも――

[スポット] 俺まで巻き込むのかよ?

[オーキッド] いつものあなたなら、とっくに立ち去ってるはずでしょう?

[スポット] チッ、わかったよ。俺も聴いてやるよ、ミッドナイト。

[ミッドナイト] ……

[ミッドナイト] ここは、感動して二人を抱きしめる場面じゃないかい? 残念なことにオーキッドさんは目の前にいないから、抱き締めるのはスポットだけになってしまうけど――

[スポット] その必要はない。頼むから今回は口だけを動かしてくれ。

[ミッドナイト] 実は……それについてはさっき半分話し終えたようなものなんだ。

[スポット] 先祖代々伝わる鉄剣で、全身傷だらけになるまで父親に叩かれたお前だが、それでも家を離れ、夢を追い、多くの困難と危機を乗り越えた末に業界の頂点に上り詰めたという苦労話のことか?

[スポット] 叩かれたって部分以外は聞き飽きてたから、耳の毛が絡まっちまいそうだったな。

[ミッドナイト] その後の話は全然パッとしない……それどころか相当つまらないんだよ。

[ミッドナイト] 俺は生活が安定してからは、毎月実家への仕送りをしていたんだ。母親は時々返事をくれたよ。けど父親は……

[ミッドナイト] あの性格だから、俺を許すはずがなくてね。俺もこれ以上は父親をうんざりさせたくなかったから、すっかり話をしなくなったんだ。

[オーキッド] それじゃあ……病気になって極東を離れたことは、ご両親に言ってないの?

[ミッドナイト] オーキッドさんも外で働き始めて長いだろうけど、両親に仕事や生活の悩みを打ち明けることは少ないんじゃない?

[オーキッド] ……鉱石病は、普通の悩みとは比べものにならないわよ。

[ミッドナイト] そうだね。ちょっとばかり大きめの悩み事ってところかな。

[ミッドナイト] 極東を離れるとき、貯金をほとんど置いてきて、人に頼んで毎月一定額の仕送りがされるように手配したんだ。二人が平穏な晩年を過ごせるようにね。

[スポット] 当時のお前が、本当に触れ込み通りの凄さだったら、今こうして薬代を稼ぐために仕事をしなくても済んだのにな。

[ミッドナイト] 金なんてどうせまた稼げるさ。最も貴重な財産は俺自身だよ?

[オーキッド] その通りじゃない? お金とあなたのどちらが大事かと聞かれて、ご両親が選ぶのはどちらかしら。まだ手紙が届くということは、彼らが必要としているのはお金だけじゃないってことでしょう?

[ミッドナイト] ……俺にも答えられないことがあるんだよ、オーキッドさん。

[オーキッド] まあ、あなたのご両親の考えについて、私たちが勝手にあれこれ言うべきじゃないわね。

[オーキッド] ……それよりも私とスポットが気になっているのは、今のあなたがどう思っているかということよ。

[ミッドナイト] はぁ。

[ミッドナイト] 強いて言うなら……俺の思ってることはとてもシンプルだよ。

[ミッドナイト] もう二十年も家に帰っていない人間が、今さら本当に帰る必要があるんだろうか?

[スポット] あのな、まさか怖いってんじゃないよな?

[ミッドナイト] この東夜の魔王に恐れるものなど……

[ミッドナイト] ……

[ミッドナイト] ……まぁ少しもないとは言い切れないんだけどさ。

[オーキッド] ……家に帰るのが怖い? もしかして当時の選択を後悔してるの?

[ミッドナイト] こんなにゴージャスでダイナミックな人生が送れたんだ、何を後悔することがあるって言うんだい?

[オーキッド] じゃあ、ご両親に受け入れてもらえない可能性を心配しているの?

[ミッドナイト] 十代だったあの頃、もしかしたら俺はあの青年と同じように、自分に一番近い人たちに認められたかったのかもしれない。

[ミッドナイト] だけどオーキッドさん、今の俺はそんなことはとっくに諦めているのさ。

[オーキッド] よく分からなくなってきたわ。

[ミッドナイト] もしかしたら……俺が本当に恐れているのは……

[ミッドナイト] まぁいいよ。どうあれ、今さら遅いだろうから。

[ミッドナイト] 長話に付き合ってもらっていた間にもう夜が明けそうじゃないか。もう一度バーに行って飲み直そうか?

[スポット] 断っていいか?

[ミッドナイト] 本心じゃないって方に賭けるよ。

[スポット] いいだろう、今日だけはお前の勝ちだ。

[スポット] だが先に言っておくぜ。お前が飲み過ぎて寝ちまっても、宿舎まで運んでやらないからな。

[ミッドナイト] はぁ、そんなに冷たくしなくてもいいだろう? 傷つくなぁ。

[スポット] ……やっぱり止めておこう。

[スポット] 悪く思うなよ。長旅の前に飲み過ぎるのは良くないからな。

[ミッドナイト] ん? ……俺、遠出するなんて言ったっけ?

[スポット] 言ってたじゃないか。後ろを振り返ってみるのは何も悪いことじゃないって。

[ミッドナイト] 振り返る……

[スポット] ……お前の端末、つきっぱなしじゃないか。また再生され始めたみたいだぞ、あのボイスメッセージが。

[ミッドナイト] ……!

[ミッドナイト] では親愛なるパートナーくん、また明日!

[スポット] おい、そんなに慌てなくても俺は極東の言葉は分からないって!

[スポット] それからな、もし長期休暇を取るなら、早めにオーキッドに伝えておけよ。お前の尻拭いで残業するなんてまっぴらだからな……

[ミッドナイト] ふう……

[ミッドナイト] ……メッセージを再生。

ヨルくん。 お父さんが今まで持ちこたえてきたのは、 もう一度ヨルくんに会いたいからよ。

あの人は何も話そうとしないけど、私には分かるの…… あの人が伝えたいことは、きっと私と同じだもの。

……お父さんとお母さん、あなたに言わないといけないわ。 ヨルくん……

ごめんね。

[ミッドナイト] ……ごめんね、か……

[ミッドナイト] はは……恐れていたことほど往々にして起こるものだな……

[ミッドナイト] 先に謝られてしまったら、俺には……振り返らない理由が完全になくなってしまうじゃないか。

[ミッドナイト] 極東行きの切符……

[ミッドナイト] うん。買いに行く前に返信だけしておこう。

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