aklib_story_苦い根茎

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苦い根茎

ハニーベリーは故郷へ戻り、感染者と村人たちの対立問題に対処していたが、真に解決すべき問題は感染者のほうにはないようだ。


[キャンベル] 本当かいね? 鉱石病っていうのは、本当に感染者からうつることはないのかね?

[ハニーベリー] はい。安定期の患者さんとの日常的な接触程度では、鉱石病がうつるようなことはないんですよ。

[キャンベル] そうかい……でも、目の前の人が感染してるかどうかなんて、どうしたらわかるんだい?

[ハニーベリー] それも心配いりませんよ。ここから一番近いロドスの事務所と連絡を取ってありますから、クイック検査キットをすぐにでも届けてもらいましょう。

[キャンベル] お嬢ちゃんや、早いとこ引っ越したほうがええって、あんたからも家族に言い聞かせてもらえんかね?

[キャンベル] みんな本当は怖がってるんだよう。あんたとこの親父さんが、万が一病気を他人にうつしたら大変だからねぇ!

[ハニーベリー] サマンサおばさん、本当なんです。安定期の感染者との通常接触に伝染性はないんですよ。

[サマンサ] あらそう? だったらこの場で証明してみせなさいよ。

[ハニーベリー] ロドスから来たわたしがその証明です。ロドスでは感染者と非感染者は一緒に暮らしてるんですよ。鉱石病の進行を常に把握し、いざという時の対応ができれば普段は心配する必要なんてないんです。

[サマンサ] モリー、早くこっちへ来なさい! その子と遊んだらダメよ。感染者の家の子なんだから……まったくもう、石の病気にかかるのが怖くないの?

[サマンサの娘] 石の病気?

[サマンサ] 体から石が生える病気よ。死んじゃうくらい痛いんだからね!

[グラインダー] お疲れさん。ほれ、水だ。

[ハニーベリー] ありがとうございます。

[グラインダー] 午前中ずっと喋って回ってたみたいだけど、どう? 聞き入れてくれそうなのか?

[ハニーベリー] ……分かってくれるはずだって、信じています。それに、この場所から偏見が消えれば、感染者問題は自ずとなくなります。わたしがここへ来る必要も、なくなりますから。

[グラインダー] やれやれ、君は心が広いよ。

[グラインダー] 俺が君だったら絶対に無理だね。家族を追放した連中のもとへ戻ってきて、そいつらのために気持ちを抑えて、感染者問題の解決を手伝うなんてさ。

[ハニーベリー] いえ……わたしも、昔のことは完全に水に流せてるわけじゃないんですよ。

[ハニーベリー] お父さんに関してはまだ理解できます。昨日まで近くにいた人が、いきなり鉱石病にかかったと知れば、誰だってパニックになりますからね。

[ハニーベリー] でもお母さんのことは、どうしても……

[ハニーベリー] それでも、今回ここの任務を引き受けたのは、ひとえに村のみんなに偏見とわだかまりを捨てて欲しいからです。うちの家族みたいな悲劇は、もう二度と起きて欲しくないんです。

[マーティンソン] 冗談じゃない!

[マーティンソン] うちの息子はな! 鉱業会社の役員を目指して育ててるんだぞ! 感染者なぞと同じ地域に住ませてたまるか!

[マーティンソンの母] うちの子は将来、鉱業会社で働く人材なのよ。あなたたちなんかと一緒に暮らして、もし何かあったらどうしてくれますの?

[マーティンソンの母] こっちも手荒な真似はしたくありません。わかったら今すぐ荷物をまとめて引っ越してちょうだい。なるべく遠くにね!

[ハニーベリー] ……

[マーティンソン] 君たちをここに呼んだのは、感染者が起こしてる問題を解決してもらうためであって、正しい学説だかなんだかを説いて回らせるためじゃない!

[マーティンソン] せっかく鉱業会社の補給ライン上の重要拠点という立場までこぎつけたのに、感染者どもがこうも頻繁に騒ぎを起こすもんだから、ビジネスにも支障が出てるんだぞ!

[ハニーベリー] 落ち着いてください。お気持ちはよくわかります。

[ハニーベリー] ですが、こうは考えられませんか? みんなが平和に手を取り合うことができれば、感染者たちも自然と村が困るようなことをしてこなくなると。

[マーティンソン] どうだかな! やつらのリーダーなんかは、自分がアーツ能力を使えるって気付いたから騒ぎを起こすようになったんだぞ。根っからの悪人だよあんなの。石が脳にまで生えたイカれ野郎だ!

[ハニーベリー] そんな言い方は――

[グラインダー] ハニーベリー、もう行こう。

[ハニーベリー] ……はい。

[ハニーベリー] ひと通り回ったところ、理解してくれた人が大体四割、考えがまとまらない人が四割、頑なに反対する人が二割ってところですね……

[グラインダー] この状況でどう出る?

[ハニーベリー] この割合なら、一度全員を集めて、みんなで意見交換をしてみるというのもアリじゃないでしょうか。

[グラインダー] ……正直、君が「理解してくれた」ってカウントしてる人たちも、俺からしたらまだ気持ちが揺らいでるように見えるけどね。

[グラインダー] そういや、村人はまだ君だって気付いてないんだよな? いっそ正体を明かして実体験でもって説得してみるなんてどうだ。もしかすると昔の情なり、後ろめたい気持ちが生まれたりしてさ。

[ハニーベリー] それは……できれば、したくありません。

[グラインダー] っと、ごめん……

[ハニーベリー] でも、本当にみんながみんな、グラインダーさんの言うように頑として譲らないんでしたら……

[ハニーベリー] とにかく、まずは一回皆さんを集めてみましょう。

[ハニーベリー] ……ですから、患者さんたちの病状をきちんと把握し、継続的な検査と防護措置をしっかり行えば、感染者と非感染者の共同生活は実現可能で――

[マーティンソン] おいコラ! またお前か!

[マーティンソン] 何しに来た? 今すぐ出ていけ、この村はお前を歓迎しない!

[凶悪な感染者] ここは俺の故郷だぜ、どうして出てかなきゃならねぇんだ?

[凶悪な感染者] テメェらこそ、何雁首揃えてんだよ。 評決大会か? どうせまた感染者が出て、そいつらを追放しようって話を――って、お前は誰だ?

[ハニーベリー] わ、わたしはロドスのオペレーターで、ハニーベリーと――

[凶悪な感染者] ロドス? 何だそりゃ、鉱業会社が寄越してきた連中か?

[ハニーベリー] 確かにわたしたちは鉱業会社の依頼を受けて来ましたが、どちらか一方を責め立てるために来たわけではありません。ただ問題を解決しに来たのであって――

[凶悪な感染者] 調子のイイことを言いやがって、結局は向こうの肩を持つに決まってる!

[凶悪な感染者] ちょっとツラ貸せ! 腹ん中でどんな悪事を企んでんのか確かめてやる!

様子を見ていたグラインダーが動き、割って入ろうとしたが、そんな彼に向ってハニーベリーは小さく手を振って制止した。

[ハニーベリー] ちょうどよかったです。あなたに呼ばれなくても、わたしの方から押しかけて行きますよ。

[凶悪な感染者] おう、言うじゃねぇか!

[サマンサ] ガシー、そのお嬢さんは一応私たちの客人なんだから、もっと丁重に――

[サマンサ] ヒイッ!

[ガシー] どうだ、ビビったか!

[ガシー] 誰も邪魔すんじゃねぇぞ! 今度は頭狙うからな!

[ガシー] ついたぞ、入れ。

[ハニーベリー] (ここって……)

[ガシー] さあ言え! 鉱業会社がテメェらを寄越した本当の目的は何だ!

[ハニーベリー] ……

[ガシー] 何黙ってんだ? さっきまでよく回る口はどこへ行った?

[ハニーベリー] あなたたちは……ここに住んでいるんですか? どうしてここが……

[ガシー] はぁ? 俺らは家を追われて行き場がねぇんだよ。ここには誰も住んでなかったから住まわせて貰ったんだ。悪いか?

[ハニーベリー] ここには、昔、この村で最初に鉱石病にかかった人が住んでいたのです。その家族と一緒に……

[ガシー] それがどうした。昔話を持ち出したって俺は誤魔化されねぇぞ。

[ハニーベリー] 誤魔化すつもりなんてありませんよ、ガシーさん。わたしは本当にただ、あなたたちの間の問題を解決したいだけです。

[ガシー] 解決、ねぇ……どうする気だ? 俺は何度も言ってやったよ。他人様からうつされたわけじゃねぇ、勝手に石が生えてきたんだって。それで誰かが信じてくれたと思うか?

[ハニーベリー] ガシーさん、先ほどはまさに鉱石病の正しい予防対策と治療法を教えるために集まって貰ってたんです。皆さんが正しい知識を受け入れれば、あなたたちが村へ戻って生活することだって――

ハニーベリーが言い終わらぬ内に、二人の姿が物陰から現れた。

[感染者A] その話は本当なのか?

[感染者B] 俺たちは本当に村へ戻れるのか?

[ガシー] 黙れ! お前たちは引っ込んでろ!

[感染者A] でもその子が――

[ガシー] 本当かどうかもわからねぇだろ!

[ハニーベリー] わたしが話しているのは事実です。

[ハニーベリー] ところでガシーさん、あなたの妹は? 今どちらに?

[ガシー] お――お前、どうして俺に妹がいるって知ってるんだ!?

[ハニーベリー] ……

[ガシー] チッ、いいわもうどうでも。

[ガシー] リディアなら中にいる。会いたきゃ好きにしろ。

[ハニーベリー] こんにちはー、お邪魔しますよ。

[リディア] 誰……? また誰か村から追い出されたの? あなた、カールを知らない? 彼、最近どうしてるかしら。元気にしてるかしら……

[ハニーベリー] わたしはロドスのオペレーターで、ハニーベリーと言います。あなたたちの力になるために来ました。

[リディア] ハニーベリー、さん? どうも――

[リディア] えっ? ゲホッ、いや……あなたは――

[リディア] ゾーイ……ゾーイ・バリス、あなたなの!?

[ハニーベリー] リディア……まだ、わたしのこと……

[ハニーベリー] それもそうですよね。子供の頃、毎日ずっと一緒にいましたから……たとえ村の人たち全員に忘れられても、あなただけは……

[リディア] 覚えてるに決まってるでしょ――ゲホッ! 一番の親友を、忘れるはずないわ。

[リディア] ねぇ、おじさんとおばさんはどうしてる? ゾーイと一緒にロドスに行ったのかしら?

[ハニーベリー] お母さんはわたしと一緒にロドスで暮らしてますよ。お父さんは……お父さんはここを追い出されてから間もなくして、亡くなりました。

[リディア] ごめんなさい、そうとも知らずに……

[ハニーベリー] いいんですよ。わたしたちが村から追い出されてからも、リディアだけは生活に必要な物を色々届けてくれましたよね。今でもはっきり覚えていますよ。

[リディア] でもおじいちゃんに見つかった後は……

[ハニーベリー] それより今はあなたのことです。ずいぶん具合が悪そうですが……

[リディア] (首を横に振る)

[リディア] 村から追い出されてからは、よくこんな風に体調を崩すの。風邪を引いたり、頭痛になったりするのはもう慣れてきちゃったわ。たまに、吐きたくなることもあって……

[ハニーベリー] (まさか、リディアもお母さんと同じように……)

[ハニーベリー] とにかく、一度検査してみましょう。

[ハニーベリー] 簡易分析の結果では、鉱石病に罹患している可能性は極めて低いですね。器質性の病変も特にはみられませんでした。

[ハニーベリー] 体表にも源石結晶は見当たりませんし……もっと精密な検査も行ってみますね。

[ハニーベリー] 結論から言えば、鉱石病ではないようです。

[リディア] そう……

[ハニーベリー] (何だかあまり嬉しくなさそう……)

[ハニーベリー] 立ち入ったことを聞きますが、最近何かすごくストレスに感じることを経験してますか?

[リディア] ……いいえ。

[ハニーベリー] 本当に?

[リディア] ええ、ただ……ある人のことが心残りで……

[ハニーベリー] (それって、もしかして会ってすぐの時に言ってた……)

[ハニーベリー] カールさんのことですか? あのマーティンソンさんの息子の。

眼前にいる幼馴染は一瞬固まり、そしてその目からポロポロと大粒の涙がこぼれていった。

[リディア] ガシーの鉱石病が判明する前に、カールは私と約束してたの……タイミングを見て、マーティンソンさんに私たちの関係を打ち明けようって。そしたら婚約をしようって。

[リディア] 私たち、もうずっと、その日が来るのを待ち焦がれていたわ。時間をかけて準備して……なのに結局、こんなことに……

[リディア] ……

[ハニーベリー] リディア……

[リディア] もう一生、カールには会えないのかもしれない。そう思っただけで私は──

[リディア] うっ……

[リディア] ゾーイ、離れて……わ、私ちょっと気分が悪くなって、吐いちゃうかも……

[ハニーベリー] わたしに気をつかってる場合ですか!

[ハニーベリー] ガシーさん! ガシーさん!! そこにいますよね!?

[ガシー] どうした?

[ハニーベリー] 庭に、手のひらくらいの高さの小さな草が生えていないか見てきてくれませんか? 葉っぱが向かい合わせで生えていて、先端が少し赤い植物です!

[ガシー] お、おう――あるにはあるが……その草がどうした? 何をするつもりだ?

[ハニーベリー] それを何本か採ってきてください! リディアが嘔吐の発作を起こしたんです。その薬草は吐き気止めになります!

[ガシー] 何だって!? わかった、すぐに採ってくる!

[ハニーベリー] ……どうですか?

[リディア] ゾーイ、ありがとう……だいぶ良くなったわ。

[ハニーベリー] ならよかった……ですが、これはただの応急処置に過ぎません。

[ハニーベリー] 検出できなかった病変にしても、心理的な要因で引き起こされているにしても、薬草はあくまで緩和させることしかできないのです。根本的な治療にはなりません。

[ハニーベリー] わたしのお母さんも似たような症状を起こしたことがありますが、その時は心の病が原因でした。それが治ってからは体調もすっかり良くなりました。

[リディア] おばさんは、どうやって治ったの?

[ハニーベリー] わたしが独り立ちして、一緒に家を支えられるようになって、その日暮らしの生活に悩む必要がなくなったのが大きいですね。それと色々あって、自然と回復していきました。

[リディア] そう……でも、私の場合はどうすれば――

[リディア] ゲホッ、ゲホッ!

[リディア] 村のみんなは、もう私のことを感染者の身内としか思ってないの。ガシーも私を庇おうとしてあんな風に暴れたり……私自身だって、こんな有様なのよ。

[リディア] 正直、感染してるかなんてどうでもいいわ。みんなの目だって、どうだっていい。私はただ、もう一度カールに会いたいだけなの……もう一度だけで、いいから……

[ハニーベリー] ……

[ハニーベリー] 実は、一つ考えがあります。

[ハニーベリー] ここの近くに、生えてたと思います……服用すると炎症を起こして熱が出ますが、それ以外は特に副作用のない植物が……

[ガシー] これはどういうことだ! なぜリディアが突然こんな高熱を!?

[ハニーベリー] そういうのは後にしてください! 今一番の問題は、リディアがどうしても村に戻りたいと言って聞かないことです!

[ガシー] ああ知ってるとも! 何度も何度もせがまれたさ。カールが、カールがってな! けど奴は口だけ野郎なんだ!

[ガシー] そりゃ前までは確かにいつでもどこでもベッタリだったさ。けど今はどうだ? 俺らがこんな状況なのに、奴は一回も顔を出してねぇんだぞ。これ以上の証明はいらねぇだろ!

[ハニーベリー] それでも、リディアの気持ちは本物なんです。でなければ病気もこんなに酷くはなっていません!

[ハニーベリー] いくらあなたが村の方たちを――カールさんを憎く思っているとしても、せめて妹の気持ちを考えてあげてください。あの子が患っているのは鉱石病ではなく、心の病なんですから!

[ガシー] 心の、病……

[ハニーベリー] 本当に妹を想っているのなら、一度村へ帰してあげてください。わたしがエスコートしますから、嫌な思いはさせません。

[ガシー] そうかよ。で、そのあとは? あの腑抜け野郎に会って、多少気分がマシになったとしよう。それがどうしたってんだ。

[ガシー] 断言するぜ。村の連中がリディアを受け入れることはねぇし、カールの奴も愛情とやらのために家を捨てて俺らと暮らすことはねぇ。そんなことしたって、結局リディアを苦しめるだけなんだよ!

[ハニーベリー] ではガシーさんは、このまま心の病のせいで高熱に苦しむ妹を黙って見ているつもりなんですか?

[ガシー] ……

[リディアの祖父] バリスよ、鉱石病というのはのう、一旦広まれば、村全体が破滅の危機に陥ることになるんじゃぞ。

[ハニーベリーの父] けど、妻と娘は無事なんだ! 体に石など生えていない!

[リディアの祖父] はぁ……これも万が一の事態を防ぐためなのじゃ。村が抱えている不安を理解してくれ……

[ハニーベリー] ガシーさん……今回わたしがここへやって来たのは、村から恐怖を取り除き、あなたたちと村人たちの間に横たわるわだかまりや、偏見を解消するためです。

[ハニーベリー] 確かに多くの人に鼻で笑われましたが、わたしの話に耳を傾けようとしてくれた人もいたんですよ。

[ハニーベリー] 試してみましょうよ。自分のため、リディアさんのため、そして村の人たちのために、ね?

[ガシー] ……

[ガシー] お前の言葉に嘘はない、それはわかる。だがあいつらが心から偏見を捨てられるなど、俺には到底思えない。

[ハニーベリー] それはつまり……

[ガシー] 試させてあげてもいい。ただし、一つ条件がある。

[ガシー] 妹とカールの仲は村の連中にはほとんど知られていない。マーティンソンの奴も、息子の将来のことしか考えてねぇから、たとえ察していたとして自分から言い触らすことはないだろう。

[ガシー] だからこれを機に奴の本気を確かめさせてもらう。絶対に先にカールの名を出すんじゃねぇぞ。迫られてうなずいたって、その場しのぎの演技かもしれねぇからな。

[ガシー] 自分から進んで出てこない限り、誰が認めてやるもんか!

[キャンベル] ハニーベリーさん、よかったわ無事で――待たんかね、どうしてその人らまで……

[ハニーベリー] キャンベルおばさん、怖がらないでください。さっきもお伝えしたように、安定期の感染者から病気がうつることはないんですよ。

[ハニーベリー] リディアがその証明です。彼女は感染者たちと長く共に暮らしてきましたが、鉱石病にかかっていません。

[キャンベル] 本当かいね……でもその子、なんだか具合悪そうに見えるけんど。

[ハニーベリー] それは……実は、そのために村に戻ってきたんです。彼女が患ってるのは、恋の病なんです。

[キャンベル] なんと、リディアに好きな人がいたなんて、そりゃ初耳だね。おばさんに話してくれるかい?

[キャンベル] ……そういうことだったんだねぇ。

[キャンベル] ガシー、あんたもひどい男ねぇ。妹が恋煩いでこんなになってるというに、好いた男に会わせてもあげないだなんて。

[ガシー] そりゃテメェらが――

[ハニーベリー] キャンベルおばさん、ガシーさんだって、ほんとは辛い思いをしてきたんですよ。だけど、そうなったのも皆さんが鉱石病についてよく知らなかったからだけですよね。

[キャンベル] それで、リディアがどのうちの息子さんに惚れてるんだい。あたしだけにでも教えてくれんのかい?

[ハニーベリー] これはガシーさんの判断ですから。

[キャンベル] ガシー! あんたって子は!

[ハニーベリー] あまり責めないであげてください……ガシーさんたちは長い間村から追放されていましたし、多少の恨みがあるのも仕方のないことです。

[ハニーベリー] それに、その人が自分から出て来なければ何の意味もありません。縁というのは無理に結ぶものじゃない、そうですよね?

[キャンベル] それもそうねぇ。まあええ。それじゃみんなを呼んでくるかね。

[ハニーベリー] (小声)リディア、カールさんは来てますか? あの人の顔はさすがにもう覚えてないです。

[リディア] ……

まだ熱があるリディアは、唇を噛みしめながら、眩む目で人だかりの隅にいる一人の男を見つめる。

その男は少し縮こまって父親の隣に立っていた。父親のマーティンソンは偶然にもハニーベリーと目が合ったが、その表情は警戒の色に満ちていた。

[ハニーベリー] ……ということですので、もしあなたがまだ恋人のことを愛しているのなら、どうか前に出てきてください。

村人たちはひそひそと耳打ちし始めた。子供を持つ者は自分の子に聞き、誰がそうなのかを探し出そうとした。マーティンソンに話しかける者もいたようで、彼はしきりに首を横に振っていた。

カールは父親の陰に隠れており、表情はよく見えない。

[ハニーベリー] あなたの恋人は鉱石病にかかってもいないのに、あなたを想うあまりここまで苦しんでいるんですよ。

[ハニーベリー] 彼女はただ、あなたに一目会いたいばかりに、こうして村に戻って来たんです。聞いているのでしたら出てきてください!

マーティンソンはもはや苛立ちを隠せなくなり、すぐに踵を返そうとしたが、カールはその場に立ち尽くし、微動だにしなかった。

[マーティンソン] その小娘は鉱石病で脳ミソまでやられてるだけじゃないのか。恋人などどこにいるというのだ? これ以上付き合ってられるか。さっさと追い返せ!

ハニーベリーは、人だかりの中から反論の声が上がるものと思っていたが、その期待はあっけなく裏切られた。

[ハニーベリー] 皆さん……

[ハニーベリー] わたしは……

[ハニーベリー] わたしは皆さんに一つ訊きたいことがあります。皆さんは一体何を恐れているんですか?

[ガシー] もういいって。そいつらは耳を貸しちゃくれねぇよ。

[ハニーベリー] いいえ! どうしても言わせてもらいます!

[ハニーベリー] キャンベルおばさんは、子供たちから好かれるとっても良い人で、いつも近所の子供たちにクッキーを焼いてくれました。

[ハニーベリー] サマンサおばさんは、少し疑り深い性格ですが、一旦おばさんに認められれば、それはもう一生の付き合いです。

[ハニーベリー] マーティンソンさん一家は、良い暮らしがしたいと願っていて、そのためにガツガツと働いてはいたけど、村の人たちを助けることは怠ったことがありません……

[ハニーベリー] 他の皆さんも決して悪い人たちじゃないはずです。なのに、そんな皆さんを冷酷で無慈悲な人間に変えてしまったのは、一体どれほど酷くて、重くて――邪悪な恐怖なんですか!?

[リディア] ……もういいよ、ゾーイ。

[ハニーベリー] リディア?

[ハニーベリー] でも、まだ彼に会えてないんじゃ――

[リディア] (弱々しく微笑む)

[リディア] 会えたよ。もう、会えたんだ。

[ハニーベリー] でも!

[リディア] 彼は、ここであなたの叱責を聞いていてくれた。家族の意に背くことになっても、ここに残ろうとしてくれた。何より……もう一度彼の顔を見られた。そして彼も私に会えた。

[リディア] 私には分かるの。彼はまだ私のことを愛してくれてる。ただ、彼にもどうすることもできないってだけ。彼のことを責めたりしない……責められるはずないわ。

[リディア] もう十分よ、ゾーイ。私はこれで満足なの。

[リディア] それに、たとえ私が感染していなくとも、やはり自分のために彼のことを巻き込むべきじゃないわ。

[リディア] 私たちは……

[リディア] 私――

[リディア] (すすり泣く)

[リディア] もう……帰りましょう……

[マーティンソン] カール? どこへ行くつもりだ、血迷ったか!?

カールは弱り切ったリディアを力強く抱きしめた。

[カール] ……リディア、誓うよ。二度と君から離れたりはしない。

[リディア] カール? 私……夢を見ているのね、そうでしょ? これは夢──

[カール] 違う、夢なんかじゃない!

[カール] 僕は危うく君を失うところだった。これからはもう誰にも僕たちを引き裂くことはできない、誰にも!

[ハニーベリー] (涙を拭う)

[ハニーベリー] ガシーさん、ね、言ったでしょ……わたしの言った通りでしょう。

[ガシー] カール……

不意に人だかりを見たハニーベリーはドキッとした。

そこには密かに目頭を押さえるキャンベルの姿があったが、彼女以外にこの恋人同士の再会を喜んでくれている人はそう多くはなかった。

ほとんどの人は躊躇いや疑り、薄れたとは思えない恐怖心に満ちたような表情を浮かべている。

[ハニーベリー] あの……

冷ややかな反応をする人々に囲まれたハニーベリーは、背筋を這い上がる何かを感じた。

[ハニーベリー] 皆さんは……リディアが村に戻るのを受け入れてくれますか?

彼女は無意識に「感染者さんたち」という言葉を「リディア」に置き換えていた。

場が静まり返る。

しばらく経って、ようやく口を開く者が現れた。

[マーティンソン] カール、よく考えるんだ。

[マーティンソン] その娘について行ったら、二度とここへは戻れんぞ。

[ハニーベリー] ちょっと、何を!?

[マーティンソン] これは、仕方のない事だ。

ハニーベリーはめまいを覚えた。

[ハニーベリー] な……今なんと? もう何年経ってると思ってるんですか。わたしたちはその間ずっと何ともなかったんですよ。それでも健康であることの証明にはならないと言うのですか?

[リディアの祖父] ゾーイ、みんなは恐れておるのだよ。

[ハニーベリー] 一体何がそんなに怖いんですか?

[ハニーベリー] お父さんを追い出して、死に追いやって……! お母さんもわたしも何年も森の中での生活を強いられてきたんですよ。一体何が怖くて、一歩たりとも村へ入らせてくれないんですか!?

[リディアの祖父] それは仕方のないことなんじゃ。

[ハニーベリー] 「仕方ない」、それが皆さんの最終的な答えなんですね?

[サマンサ] もしもの事態を恐れない人間なんていないわ。

[サマンサ] こうしましょ。ガシーが出した損害や彼のせいで台無しになった分のビジネスについては不問にするわ。今後もう関わりを持つこともないだろうしね。

[サマンサ] それなら文句ないでしょ? そっちもこれ以上ちょっかいを出すのはやめなさいね。いい?

[サマンサ] さあさ、もう帰らせてちょうだい。それが済んだらあなたのおもてなし会もあるんだから。こんな大変な問題を解決してくれたんだもの、みんなもあなたに感謝しているわ。

[ハニーベリー] 説明したじゃないですか、安定期の鉱石病患者は――

[サマンサ] もう! 一々蒸し返さないでよ。石が生えてない段階で、感染してるかしてないかなんてわからないじゃない!

[ハニーベリー] もうすぐ検査キットやモニタリング用の装置が届きます。使い方もきちんと教えます。それでも皆さんの恐怖心を和らげることはできないんですか?

[サマンサ] そんなの……結局、先のことでしょ! もしもそっちの手違いで届かなかったら? 届いたって、測った結果に間違いがあったらどうしてくれるのよ!

[サマンサ] これ以上ことをややこしくしないで。早くあの感染者たちを帰らせてちょうだい。おもてなし会の料理の準備もまだなのよ。振舞ってあげるわ、私の自慢のお手製――

[ハニーベリー] ミルクレープ……ですよね。

[サマンサ] !?

[ハニーベリー] サマンサおばさん、覚えていますか。わたしは……

[ハニーベリー] わたしは、ゾーイ・バリスです。

その場が一瞬で騒然となった。

[サマンサ] バリス、ですって……? あなた、まさかあのバリスの娘のゾーイなの? ありえないわ……あなた、感染してなかったの?

[ハニーベリー] 最初から言ってるはずです。鉱石病は風邪などのように、いたずらに伝染したりはしません。それにお父さんは――

[マーティンソン] 村から出て行け! この村は感染者の子供など歓迎しない!

[キャンベル] マーティンソン、あんた何てことを言うんだい!

[マーティンソン] バリスはこの村で出た最初の感染者だ。その娘がここに居ていいはずもない。

[キャンベル] 鉱石病はそうやってうつるもんじゃないってこの子が言ってるじゃないかい!

[マーティンソン] 絶対にそうだって言い切れるのか? 我々の中から新たな感染者が出たら、そいつが責任を取ってくれるのか?

[怖気づく群衆] そうだ、そうだ!

[ハニーベリー] わたしは──

ハニーベリーは話を続けようとしたが、言葉を詰まらせてしまう。

険しい顔でまくし立てるマーティンソン。ハニーベリーには、彼の瞳の中に潜む恐怖の色が見えた。

当時、村人たちが自分の家族を見ていた時と同じ恐怖の色を。

サマンサを見ても、周りの人を見ても、彼らの目つきはほとんど一緒だった。

[グラインダー] ハニーベリー。

[ハニーベリー] ……グラインダーさん?

[グラインダー] 俺たちが何をしにここへ来たのか、その本来の目的を忘れるな。

[グラインダー] 今回の任務は、鉱石病の正しい予防法を広めるためでもなければ、彼らのわだかまりや偏見をなくすためでもないはずだ。

[グラインダー] 俺たちは感染者の問題を解決しに来た、ただそれだけだ。

[グラインダー] 君はもう十分、自分の責務を果たせたんじゃないのか? 残った問題については、装置を届けに来るオペレーターたちに任せよう。

[グラインダー] それに、今俺たちが心配すべきなのは、ガシーたち感染者や、そこのカップルの行く末の方だろ?

[グラインダー] 落ち着いたか?

[ハニーベリー] (鼻をすする)

[グラインダー] もっとハッピーなことを考えようじゃないか。

[ハニーベリー] ハッピーなこと?

[グラインダー] ここからほど近いレム・ビリトンの移動都市に、ロドスの事務所があるんだが、ちょうど人手が足りてないらしい。これはハッピーなことだろ?

[ハニーベリー] ……そうですね、ガシーさんたちに行くあてがあるのは、喜ばしいことです。

[グラインダー] リディアの体調も良くなって、カールと一緒に移動都市にある鉱業会社の支社に履歴書を出している。これもハッピーなことじゃないか?

[ハニーベリー] ……そう、ですね。

[ハニーベリー] ……

[ハニーベリー] 今、改めて遠くから眺めてみて、ようやく気がづきました。この村はあの時からずっと変わってないってことに。

[ハニーベリー] わたしたち一家を追い出し、お父さんが人知れず亡くなった後も、お母さんを連れてロドスに入った時も、そして今に至っても、この村は何一つ変わっていません。

[グラインダー] 正直、こんな小さな村だ。新規の源石鉱区の補給線とたまたま被ってなきゃ、多分この先もずっと変わらないままだろう。

[ハニーベリー] でも、今回のことが……何かが変わるきっかけになるような気がします。

[グラインダー] 酷なことを言うかもしれないが、悪く思わないでくれよ。

[ハニーベリー] 大丈夫ですよ。どうぞ言ってください。

[グラインダー] 俺が思うに、鉱業会社が近くに鉱脈を掘り当ててからというもの、変化はすでに訪れているし、これからも止まることはないはずだ。

[グラインダー] 村人たちに残された選択はその変化に適応するか、もしくは押しつぶされるか、その二択しかない。

[グラインダー] 彼らのために、あんな目に遭った君が目を瞑って戻ってきてあげたんだ。それを目の当たりにしてなお、過去の偏見や恐怖を手放すことができないというのなら、恐らくはもう――

[ハニーベリー] ミントちゃん! 行くよー!

[ミント] はい! ちゃんと受け止めますから、どんと来いです!

[ハニーベリー] ふぅー。

[ミント] それにしても、元気そうで良かったです。今回外勤から帰って来たばかりの時は様子が変でしたから、すっごく心配してたんですよ。

[ハニーベリー] 大丈夫ですよ。ちょっとショックな出来事があっただけで、でもすぐに復活しましたから――

[ミント] そういえば、昨日、ハニーベリー宛てに手紙が届いてましたよ。姿が見当たらないからって、トランスポーターさんが私に預けていったんですよね。

[ハニーベリー] え? わたしに? 誰からでしょうか。

[ミント] レム・ビリトンから出されてるみたいですよ。ほら。

[ミント] それじゃ、先に訓練に行ってますね。読んだら早く来てください――あっ、よかったら相手役を頼めますか?

[ハニーベリー] もちろん!

親愛なるゾーイへ:

元気にしてるかしら。あなたに報告したいことがあって、お手紙を書いてます。

私とカール、二人で一緒に鉱業会社に応募したの。どっちが採用されたと思う?

正解は……二人ともよ! ほんと信じられないわ!

お祝いに二人で食事に行ってね、カールがシラクーザ風のレストランを選んだんだけど、すごくおいしかったの。今度遊びに来たら案内するわね。

入職健康診断も受けたんだけど、私もカールも鉱石病には感染してないんだって。前に感じていた体調不良も、今はもうすっかり良くなったわ。

あの時は、私たちのために頑張ってくれて本当にありがとう。感謝してもしきれないくらいよ。

お母さんにもよろしく言っておいてね!!

リディアより、愛を込めて。

追伸:この前、マーティンソンさんがまたカールに会いに来たの。村の特産なんかを持ってね。

聞くところによれば、ロドスのオペレーターさんが鉱石病を検査する設備などを届けてくれて、何回か研修をしてくれた後、村の人たちは何日も言い争ってたとか。

結果、なんと感染者とその家族が村の近くに住むことを認めたらしいの。もうあんな森の奥で暮らさなくても良くなったんだって。

村に戻ってこないかとも言われたけど、カールが断ったわ。

まあ、たとえカールが同意しても、私はもう戻るつもりはなかったけど。二度とね。

[ハニーベリー] ……

[ハニーベリー] それなら、わたしももう戻る必要はなさそうね。

[ハニーベリー] あの人たちは……ようやく大切な一歩を踏み出せた。だったら最後にはきっと、偏見を捨て去ってくれるはず。

[ハニーベリー] きっと。

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