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私は「私」
激しい戦いを終えたばかりのスペクターは、自身がまたすぐに狂気に陥ってしまうことを察していた。目覚めている短い時間の中で、彼女には会うべき人、話すべきこと、そしてやるべきことがある。
[スペクター] におい。
[スペクター] 海のにおいがしない液体。鼻をつく栄養剤に、無臭の蒸留水。おかしくなりそう。
[スペクター] 騒々しい。
[スペクター] ここには歌も、踊りもなく、際限のない喚声が響くだけ。恐ろしいささやきは人を狂わせる。
[スペクター] だけど時折、少しの間静寂が戻る。そうすると、はっきりとした声が聴こえる。
[スペクター] ……「私」が聴いた声? いや、わからない。じゃあ「私」はどう反応すべき? いや、それも重要じゃない。
[スペクター] この朽ちかけた体では……どのみち今は沈黙を保つ以外、何もできない。
[スカジ] ……彼女は……
[スカジ] ……サメ……ローレン……ローレンティーナ!
[ケルシー] やめておけ、スカジ。過去の彼女については、君の方が詳しいかもしれない。だが、今の彼女を私より理解しているとは限らない。
[ケルシー] 仲間にようやく会えたんだ、興奮するのもわかる。だが今彼女との接触は避けてくれ。やっと眠りに就いたところなんだ。
[スカジ] サメ……第二部隊のサメ。本当にあなたなのね。
[スカジ] 生きてた……私以外にもアビサルの生き残りがいた……
[ケルシー] もちろんだ。
[スカジ] ……なぜそう言えるの?
[スカジ] 私はもう何年も陸地を放浪しているわ。だけど、私以外のアビサルを見つけたのはこれが初めてよ。ロドスは一体どうやって彼女を見つけたの?
[ケルシー] ある取引でだ。代価は決して安くはなかったが、教会が彼女をどこに隠しているかを知ることができた。
[ケルシー] 我々が連れ帰ってきた時、彼女はまだ最後の理性を保っていた。だがほどなくして昏睡状態に陥った。
[スカジ] サメ……本当に私の声が聞こえないの? 私のことは覚えてるはずでしょう……お互い話したいことがたくさんあるはずじゃない。
[ケルシー] 「サメ」、か。しかし彼女との会話では――再び理性を失う直前のことだ、彼女は「スペクター」と名乗った。
[スカジ] 「スペクター」? 彼女はそんな呼ばれ方はしていないわ。彼女はアビサルハンター――それも第二部隊で最も残忍な「殺戮者」の一人よ……
[ケルシー] だが今の彼女は、深海教会から逃げ出し、「スペクター」を名乗る感染者でしかない。
[ケルシー] スカジ、過去の彼女が何者であれ、正気を保った彼女が最後にそう名乗ったんだ。アビサルに関してはひと言も触れずにな。
[スカジ] ……どうして?
[スカジ] サメ……スペクターは陸地の教会にさらわれたの? だとすれば、奴らに残酷な実験をされたに決まってるわ。
[スカジ] 奴らは秘密を知りたがっているから……スペクターの秘密や、アビサルハンターの秘密をね。もしかしてあなたも……
[スカジ] あなたも奴らと同じなんじゃないの?
[ケルシー] これが有意義な話題になり得ないことは君も分かっているだろう。何はともあれ、アビサルの秘密は私が知りたい最終的な真実ではない。君への態度にも表れているはずだ。
[ケルシー] スペクターに対しても同様だ。彼女はまず第一に私の患者であり、次にロドスの一員だ。それより過去の──彼女自身が触れなかった事象に関して、私は深く追究するつもりはない。
[スカジ] ……彼女はいつ目覚めるの?
[ケルシー] 見守っていても時間の無駄だ。そんなほんの僅かな奇跡のために、君も自らの歩みを止めるようなことはしないだろう。
[ケルシー] 我々はあくまで、彼女の生命を維持しているだけに過ぎない。陸地で我々にできるのはこれくらいだ。良くも悪くも、回復するかどうかはすべて彼女次第というわけだ。
[スカジ] また来るわ。
[スカジ] 目覚めた彼女に会って、話して、歌声を聴くの。私はもう……私たちはもう、あまりにも長い時間、僚友たちと離れ離れだったから。
[ケルシー] 君と彼女とでは、ロドスへ来た使命も意味も違う。だがスカジ、彼女が目を覚ました時……きっと彼女は、君や私の問いに答えてくれるだろう。
[ケルシー] その日が……そう遠くなければいいな。
サルヴィエント とある街外れ
[スペクター] ……ねぇ隊長、まだ出発しないの? スカジなら置いていっても自分でたどり着けるでしょ?
[グレイディーア] ……一緒に出発した方が楽よ。彼女の方がロドスのオペレーターと親しいから。
[スペクター] あぁ、なるほど。隊長はケルシー先生との取引にしか興味なかったから、他の人たちには連絡してないってことね。
[スペクター] だけど、私もロドスに留まって長いわ。あそこのことはそれなりに分かってるし、私がいれば変な顔はされないってば。
[グレイディーア] 今のところ落ち着いていても、まったく問題なしとは言い切れないでしょう? 仮に最悪の事態になっても、私とスカジのどちらかがあなたを確実に連れ帰れるようにしておく必要があるわ。
[スペクター] はぁ、ロドスに帰るまで持たないほど弱ってないわよ。
[スペクター] それより隊長、あそこがどんな場所か知ってる? 自動水洗トイレすらないのよ!
[グレイディーア] ええ。
[スペクター] つまり、私もそこまで急がないってこと。スカジにやることがあるなら、こっちはこっちでお喋りしてましょ。
[グレイディーア] 好きになさい。
[スペクター] じゃあ、今さらこんな話をしてもしょうがないんだけど、言わないと気持ち悪いからこれは伝えとくわ。……私たちのこと、誰にも漏らしてないわ。
[スペクター] 教会の奴らは私たちの秘密を知ろうと躍起になってる。私の口をなんとか割らせて、喉の奥から秘密を引きずり出そうとしたわ。
[スペクター] だけど私は拒んだ。そしたら奴らは私の血肉、そして脳みそから手がかりを見つけようとしたみたい。でも……結果は隊長の見た通りよ。
[スペクター] 奴らの思い通りになんて、なってやらなかったわ。
[グレイディーア] ええ。昔であれば、あなたは賞賛されるべきでしょうね……けれど今となってはもう、あなたの行為に正式な評価を下す資格のある者なんていない。
[スペクター] つれないわねぇ、隊長。あなたにはその資格があるわ。今だけは、過去の……私たち共通の記憶の中で話してると思ってちょうだい。
[グレイディーア] そう。サメ……あなたの判断は正しかった。よく秘密を守り抜いてくれたわね。
[スペクター] フフッ……アハッ、アハハハ。悪くない気分ねぇ!
[スペクター] もう伝えておきたいことはないわ。あなたの腕だし、もう私に起きた全てを知ってるんでしょ。隊長の経験に比べれば、私のことなんてあまりにもつまらないわよねぇ~。
[スペクター] ああでも、知りたいことが一つ。隊長はこれまで一人だったけど、もしこれから「私たち」……
[スペクター] アビサルハンターが再び集結することになったら、何するつもり?
[グレイディーア] 私の使命は変わらないわ。けれどサメ、今のあなたは何者なの?
[スペクター] 私?
[グレイディーア] ケルシーや、ロドスにいる陸の者たちだけでなく、今となってはスカジすらも、あなたを「スペクター」と呼ぶわ。
[グレイディーア] あなたはもうその「スペクター」を受け入れた。「サメ」であり続ける必要はもうどこにもないわ。
[スペクター] ……私は何も変わらないわ、隊長。面倒ごとは他人に押しつけて、できる時にできることをするだけよ。今の私は、ローレンティーナであり、サメであり、スペクターなんだから。
[グレイディーア] それも悪くないわね。
[スペクター] ……あいっかわらず話が広がらないんだから。こんなに長く会ってなかったのに、もう話は終わり?
[スペクター] 他人に無関心なのは変わらないわね、なんなのよもう。
[グレイディーア] 訊きたいことはあるけれど、あなたが思い返す必要はないわ。
[スペクター] 訊きたいこと? 回りくどいったらありゃしないわ、勿体ぶらないで言いなさいよ。
[グレイディーア] あなたは、いつ捕まったの?
[スペクター] 陸地にいるときよ。あの獰猛な怪物たちから逃げて、疲れ果てて岸に打ち上げられていた時に、あの「亡霊」たちに捕まったわ。
[グレイディーア] ……となると、海底に引きずり込まれた他のハンターの情報は、やはりわからないということね。
[スペクター] そうね、みんな散り散りになっちゃったからね。
[スペクター] 隊長、もしアビサルの生き残りが私たち三人だけなら……
[グレイディーア] たとえそうであっても、私たちはアビサルハンターよ。この体を流れる血が、私たちを逃しはしない。
[スペクター] はいはい、そう言うと思いました。まぁ、私は使命から逃げないってことは信じてくれていいから。
[スペクター] それにしてもスカジは誰に会いに行ったの? 誰かと話してるにしても、こんなに長くなんて珍しいわね。変わり果てたサルヴィエントに名残惜しいものなんてないでしょ。
[グレイディーア] 陸を行くアビサルハンターの中で、彼女の変化が一番大きいのかもしれないわ。多くのものを背負ったようね。
[スペクター] ……陸の人間の情ってやつね。あの無愛想な彼女が陸地での生活に慣れて、こんなに色んな人と関係を築くなんて信じられない。
[グレイディーア] 全くもって無意味なことよ。けれど、あなたにとっては、それも一つの生き方でしょう? サメ。
[スペクター] それは私だってよーくわかってる。口を開けばくだらない言葉が飛び出しちゃう「病気」が治ったら、どう生きていくかちゃんと考えることにするわ。
[スペクター] 今はそんなこと考えるより、昔話を楽しみましょうよ。
[スペクター] 今の私ときたら、武器のキレはないし身体も重い。反応だってずいぶん鈍くなってる。あなたの力になるには、もう少し時間がかかるわ。
[スペクター] ……それにしてもスカジ、いつになったら戻ってくるのよ。もう休憩ということにして……せっかくだから歌いましょ! 隊長、どっちから歌う?
[グレイディーア] どちらでも。
[スペクター] ずっと我慢してたの。あの滅茶苦茶で狂気じみた苦しい日々の中、もし歌うことさえ許してもらえるなら、戦う力を捨てろって言われても受け入れてたかもしれないわ。
[スペクター] でも……結局、それだけは唯一叶わなかった。
[グレイディーア] ……
[スペクター] ……もう何年にもなるわ。私の喉はまだ歌い方を覚えているのかしらねぇ? 試してみましょ。
......
彼女が祈る時♪
星のきらめきも止まる♪
彼女が涙する時♪
夜空も微笑む♪
......
[スカジ] 行きましょう。
[スカジ] 第二部隊隊長……スペクター。
[グレイディーア] 話は終わったの?
[スカジ] ええ。片づいたわ。
[スペクター] 陸地の人とこんな話すなんてあなたらしくないわねぇ、何か教えてたの? 海の知識? それとも踊りや歌?
[スカジ] そんなこと教えないわ……つまらない話をしていただけ。
[スペクター] 嘘。アハハッ、スカジ、またウジウジくだらないこと心配して嘘付いてるわね!
[スペクター] あなたはどうせ歌って、踊ったんでしょう。それから彼らに、海辺で食べられるものでも教えたのかもしれないわね。海でエーギルが食べるような……
[グレイディーア] サメ。
[スペクター] ねぇ隊長、ずっと報告したかったのよ。スカジは変わったわ! よく私の部屋へ来て、歌って、話を聞かせてくれるのよ!
[スペクター] この頑固者は、あの災いの悲劇を全部自分のせいにしてるのよ。悲しきエーギルの運命に、自分が直接立ち向かったからそう思い込んでるのかしらね?
[スカジ] そんなことはないわ。
[グレイディーア] 行きましょう、スカジ。サメの話に付き合ってるとキリがないわ。
[スペクター] もちろん、私も話したいことはまだまだあるわ。だけどそれはスカジも一緒でしょ。身体は動かなかったし、目を開くことすらできなかったけど、問いかける声は聞こえてたわ。先に聞いてあげる。
[スカジ] ……もうしなくてよくなった話もあるわ。
[スカジ] 真実が明らかになったことだってある。
[スカジ] スペクター、あなたに……聞きたいことは確かにあった。でもそんな感情をあなたにぶつけるべきじゃないわ……少なくとも今は。
[スペクター] あっそ、別に構わないのに。もしまた話したくなったら言って。でも……
[スペクター] ……できれば、深淵が再び訪れる前に……「亡霊」はまだ生きて……
[スペクター] えっ?
[スカジ] スペクター、あなた今──
[スペクター] チッ、何でもないわ。ただの悪い癖よ。
[スカジ] 本当に大丈夫? また狂気に呑まれそうになっているのなら、すぐにでも戻らないと。
[スペクター] 急いで戻って何になるの? 陸地の医療システムなんて、何の役にも立たないわ。あんなの私を生かしておくのが精一杯のガラクタなんだから。
[スカジ] ……だけど……
[グレイディーア] いずれにしても、急ぎましょう。
[グレイディーア] サメ、スカジ。私たちに時間の余裕はないわ。
[スペクター] アハッ。スカジ、何年間も離れ離れだった三人の旧友がまた会えたのに、隊長ったらいい加減にあしらってると思わない?
[スカジ] 別にそんなことは気にしないわ。私はただ真実を確認したかっただけだから。
[スペクター] フッ、真実ね。何の意味があるの? アビサルハンターはただ必要な知識を交換するだけ、そういう関係でしょう?
[スペクター] ああ……まただ……頭の中を、脊髄の中を、何かがずっと内側から掻き回しているように……痛い……
[スペクター] ……ようやく抜け出したのに、再び狂気に陥るのは避けられない。アハハッ、いったい私に何ができるの? こんな私に、これ以上何ができるっていうの?
[スペクター] ……そう……私にできるのは……
[スペクター] 戦うこと。そう、それだ。
[スペクター] ノコギリならお手の物よ。正気じゃなくても、意識がもうろうとしていても振り回せる。
[スペクター] また深淵に陥ったとしてもこれさえあれば……自分を証明できる。私はスペクターであり、サメであり、ローレンティーナでもある。誰かが私を覚えていてくれる。
イベリア北部
[スペクター] ケルシー先生の言う通りなら、出迎えはもう到着してるはずよね。Misery……だったかしら?
[スペクター] でもロドスらしき人影はどこにも見えないわ。
[連絡オペレーター] ――もしもし、聞こえますか? スカジさん、スペクターさん、グレイディーアさん。
[スカジ] ええ。
[連絡オペレーター] 私はMisery小隊のメンバーです。
[連絡オペレーター] 通信がつながるということは、我々はそう遠くない場所にいるはずですが、指定された場所まで行けず申し訳ありません。実はイベリアのロドス外勤チームがトラブルに遭ってしまって。
[グレイディーア] ケルシーは部下にそのようなミスをさせる人間ではありませんわ。
[連絡オペレーター] 確かにそうですが、このトラブルは先生の想定外です。敵の待ち伏せにより、ロドス小隊の状況が不明なんです……あなたたちの言葉を借りれば、「陸地の面倒ごと」でしょうか。
[連絡オペレーター] Misery隊長は、これを解決してから合流すると。
[グレイディーア] どれくらいかかりますの?
[連絡オペレーター] うーん……急いで二時間くらいです。私たちが一番近くにいます。
[スペクター] ここで待つの? 私は嫌よ。隊長、それならいっそこっちから──
[グレイディーア] それは最善策とは言えないわ。私とロドスはまだ正式な協力関係にないのよ。
[スペクター] はいはい、そうですか……じゃあスカジ、あなたはどう? もし普段のあなたなら、ロドスのオペレーターとしてどう行動するの?
[スカジ] ……言うまでもないわ。
[スペクター] あら、私と同じ考えね。
[グレイディーア] 今のあなたたちの、陸地人に対するスタンスは似たり寄ったりということね。
[スペクター] じゃあ隊長も加わってみたらいいじゃない。どうせ目的は同じなんだから、早くロドスへ戻るためなら手伝って損はないでしょう?
[スペクター] それに、長い間一緒に戦ってないでしょ? さっきの戦いだけじゃ全然満足できてないわ。
[スペクター] 今度こそ存分に……と言っても、陸地の奴らとやり合うのにそんなに体力は使わないけどね。かすり傷だって負わないかも。
[スペクター] ……ああもう! あなたたち、片方は必要最低限しか話さないし、もう片方は重要な悩み事すらウジウジして話さないときた。もううんざり!
[スペクター] いいわ、私が決めてあげる! ロドス、私たちも今すぐそっちに向かうから待ってなさい。それから一緒に支援に行くわよ、その方が早く片付くわ。
[連絡オペレーター] しかしケルシー先生から、あなた方は先程激しい戦いをしたばかりだろうと伺っています。なのにもう次の戦いに向かうと言うのですか?
[スペクター] はぁ、あれはただのウォーミングアップよ。私たちの意見は一致してるんだし、ケルシー先生がとやかく言うことじゃないわ。
[連絡オペレーター] ──確認ですが、これはあなた方が支援を願い出ているということでしょうか?
[スカジ] それで問題ないわ。
[グレイディーア] 私は陸地の人たちを助けることに興味はありません、むしろ反感を抱いていますわ。ですがそれはあなた方の敵に対しても同じ。ぶちのめしても罪悪感はありませんわ。
[スペクター] ということで、私たちの総意は明らかでしょう? ロドスさん。
[スペクター] ……時間がないの。あぁ、深淵の誘惑が、ゆっくり迫って──
[スペクター] 「シスター」よ、私の言葉に従いなさい。私の呼び掛けに応じ、真なる精神を大地に広めなさい……
[スペクター] くっ……ゴホッ、ゴホゴホッ……やめて!
[スカジ] スペクター? あなたまた……
[スペクター] 違う……フッ……フフッ……私を哀れまないで。
[スカジ] そうじゃないわ……心配しているだけ。
[スペクター] ……スカジ、あなたが恐れてることはわかってる。確かに砂時計は想像よりも早く流れてる。だけど……まだ耐えられるわ。
[スカジ] ……生き残り同士で、ゆっくり話せることもたくさんあるはずなのに……
[スペクター] 今はそんなこと話している場合じゃないでしょう。それに、私たちは結局アビサルハンターなのよ。経験を語り合って盛り上がるのは楽しいでしょうけど、ほとんど無意味よ。
[スペクター] アビサルハンターのコミュニケーションは──すべて歌声と戦いの中で行う。昔からそうでしょ? そっちの方が私たちにとって意味のある交流と言えるわ。
[スペクター] 隊長、戦う時は余計なことは考えない、そうよね?
[グレイディーア] ええ。あなたが問題ないと言うなら、私はこれ以上訊かない。
[スペクター] それでいいのよ。さあ行きましょう、目覚めた状態で戦える……久しぶりに、自由に楽しめるわ。
[スペクター] ゴホッ……うっ、ゴホッ……
[スカジ] 大丈夫、スペクター?
[スペクター] うっ……!
[スカジ] あなた……ひどい状態だわ。そんな状態で何をするつもりなの?
[スペクター] フフッ……私は何をするつもりなんでしょうね……例えば、時間切れになる前に、あなたから出されたクリスマスの宿題を提出しに行くとかかしらねぇ。
[スカジ] 宿題? 私が出した?
[スペクター] あなたが陸地のクリスマスで私に受け取らせた「好意」は、ただの素朴なプレゼント以外に……また違う感情を私に与えるためじゃなかったの?
[スカジ] ……別に。ただせっかくのクリスマスだからってだけよ。それ以外の意味なんてないわ。
[スペクター] フッ、他の人たちは昔のあなたを知らないけど……でも私と隊長はあなたの本当の姿を知ってる。
[スペクター] スカジ、あなたはすっごく変わったのよ。昔と違って今のあなたの心は……いつも柔らかい。陸の人の暖かい心があなたをそう変えたんでしょう。だからあなたも彼らにお返しをした。
[スカジ] じゃああなたは? 教会に連れ去られたあなたは……ロドスに助けられ、僚友たちに再開できた。あなたはこの陸地をどう思っているの?
[スペクター] 私は……海を崇拝するあの教会の虫けらどもを罵倒し、蔑視し、嘲笑する以外、ロドスの人たちとはまだまともに話をしてないわ。
[スペクター] あなたも知ってるでしょうけど、彼らは私の言葉の意味だって理解できないし、エーギルの生活に一番必要な日用品がどういう物かも理解してない。
[スペクター] ロドスは、私たちが生活するには……とっても面倒、面倒すぎて嫌になるわ!
[スカジ] 否定はしないわ。
[スペクター] でも、人の心は似通ってる。
[スペクター] そう……万物の主も、深淵の中で、この総てを覗き見た……
[スペクター] 「それ」は探し出し、籠絡しようとしています……「それ」は再びここに降臨せんと……ううっ……
[スカジ] スペクター、あなた……まだ歩ける?
[スペクター] (……もう時間がない。)
[スペクター] ええ。帰り道でもたくさん話したことだし、おしゃべりはこの辺にしましょう。私にはまだやらないといけないことがあるわ。
[スペクター] それと……「面識のない」──あるいは少ししか面識のない陸地の人たちにも、最後に会っておこうと思ってるの。
[スカジ] 必要なら手伝うわ。
[スペクター] フッ、別に大丈夫よ。アビサルハンターが二人肩を並べて歩いてきたら、陸の人が震え上がっちゃうでしょう。
[スペクター] 最後の余力は、陸地の人のために使うわ……挨拶ができた人たちは……きっと私のことを覚えててくれる。はぁ、でもそれに何の意味があるのかしらね?
[スペクター] 結局はケルシー先生が言うように、ただ必要だから──他人に必要とされるからこうやって生きてるのかもね。
[スペクター] 或いは……そうね。
[スペクター] ケルシー先生は、私に「新しい友人」ができたって言ってた。
[スペクター] 友達? 陸地の? ……フッ。
[スペクター] とにかく、自分で会って挨拶してみないと、信じられないわ。
[スペクター] 行ってくるわ。
[スカジ] ……わかった。
[スカジ] あなたはまた目覚めるわ、スペクター……その時も私はきっと側にいるから。
[スペクター] スカジ、そんなに険しい顔しないで。罪悪感を持つ必要なんてないんだから。あの厄災に関してあなたを恨んだことなんてないわ。
[スカジ] わかってる……わかってるのに……
[スペクター] ほら、笑って。私だって、ずっと正気じゃいられないことを受け入れたわ。あなたも自分の過去と今を受け入れてよ。
[スペクター] 次に目覚める時が来たら……その時また会えたら、楽しい話をたくさんしましょう。
[クロージャ] あ、やっと戻ってきたんだ。予定より遅かったね。
[スペクター] どうして私だけを呼んだの? 隊長とスカジが持ち帰った情報の方が重要だと思うんだけど。
[クロージャ] そんなのは後でやることだよ。君の身体を適宜適切に治療することの方が、ロドスにとっては重要だからね。ちゃんと考えて総合的に判断してるんだから。
[クロージャ] それに、ケルシーがわざわざ言い残したことでもあるからね。
[スペクター] ……彼女が心配じゃないの?
[クロージャ] ケルシーが? だって本人が自分で決めたことでしょ? それに、事態がこうなるってことを、あたしに言ってなかったとでも思う?
[スペクター] あなたたち──陸地のそういう謀り事は、本当に煩わしくてくだらないわね。
[クロージャ] いやー、あたしは口の達者な君に会えて嬉しいよ、スペクター。そういえばMiseryが教えてくれたけど、君たちアビサルの三人がロドスの外勤チームを助けたんだってね。
[スペクター] 私とスカジはもうロドスに登録済みだし、もう一人もそのうちロドスに加わるんだから、仕事みたいなもんでしょ。
[クロージャ] それで……戦ってみてどうだった?
[クロージャ] 君の戦闘能力の評定をしなきゃいけないんだよね。
[クロージャ] 目覚めた状態で、問題なく他の隊員たちと協力して戦闘を行えるってことなら、あたしたちも喜んで新たな任務をアサインするよ。
[スペクター] あんな簡単な「テスト」じゃなんの評定もできないわ。あの程度の雑魚数匹なんて、本来私たちアビサルハンターが三人で戦うような相手じゃないもの。
[スペクター] それに、私たちが到着した時にはもう、Miseryがほとんど片付けてたわ。
[スペクター] まったく、つまらないったらありゃしないわ。これならあのクソ変異司教の方がマシよ。あ、もう死んじゃったんだったわ。
[スペクター] ……私がこの手であれを深淵に還してやったから……でも深淵は……深淵はまだ背後から追いかけてくる……
[スペクター] ウフッ……アハハッ……誰が逃れられるというのでしょう……一つに帰する大群への渇望から……
[クロージャ] スペクター? まだ耐えられそう?
[スペクター] ううっ……たぶん、あまり長くはもたないわ。
[クロージャ] 神経系への再侵食が思ったよりも早いみたいだね。すぐに検査しないと。
[スペクター] ……慌てて検査しなくてもいいでしょう。どのみち最後は、またあのベッドに戻されるだけなんだから。それに今のうちにやっておきたいことだってあるの。
[クロージャ] ……やっぱそうなるかぁ。ケルシーからも言われてたんだよ、君を無理に止めるなって……ケルシーは君の現状と選択を予想していたんだね。
[クロージャ] でもスペクター、ロドスとしてもいくつか訊かなきゃいけない質問を用意してあるんだ。
[スペクター] 面倒くさいわねぇ、じゃあさっさと訊いて。
[クロージャ] あとどれだけ目覚めていられるの?
[スペクター] 何とも言えないわ……ずいぶん頭がぼうっとしてる。半分くらいは意識がないのかもしれないわね。
[クロージャ] そっか。じゃあこれからの発言が君自身のものであることを願ってるよ。ロドスは君の望みをできるだけ尊重するつもりだから。
[クロージャ] スペクター、君が初めてロドスに来た時、何かを伝えようとしてたみたいだけど、最後まで言うことができなかったよね。それを今また伝える気はある?
[スペクター] もう必要ないわ、クロージャ……って名前だったわよね? 私が伝えないといけないことは、僚友たちがもう知ってるから。
[スペクター] 残りの……教会の手先が私の意識下に植え付けた毒については、それが芽を出して、広がっていくことを許すつもりはないわ。
[クロージャ] わかった。じゃああの後、ロドスは君を治療して、それから慎重に検討した上で君を外勤作戦に投入してたわけだけど、それに対する意見や抗議は……
[スペクター] それなら願ったり叶ったりよ、戦うことは私自身の選択なのよ。ケルシー先生はその点を理解してくれてたみたいだし、少しは感謝しないといけないかしら。
[スペクター] 戦場は……静かなの。静寂の廃墟は時に稼働し続ける医療機器よりもずっと静かだから。
[クロージャ] もし……もしもだよスペクター、君の意識が回復した時……あたしたちが君の意識をある程度保たせる方法を見つけていたとしたら、君はどんな将来の計画を立てる?
[スペクター] 計画? それだったらもう考えてあるわ。
[スペクター] さっきの帰ってくる道中でも考えてた。
[スペクター] いっそ隊長とスカジを誘って、三人で戦闘専門の小隊を組んだらどうかなって。隊長の指揮のもと、私たち三人で完璧な軍隊になるのよ。
[スペクター] スカジが言ってたわ。陸を何年も歩く中で、あなたたちの「良い」と「悪い」の定義を理解したって……だから私たちが、陸地の「悪い」雑魚どもを虐め抜いてやるわ。
[クロージャ] 確かに、アビサルハンターの実力があれば……
[スペクター] でも、この話は彼女たちにはしてないわ。
[クロージャ] え?
[スペクター] ケルシー先生から忠告も受けてるし、私自身も察してるわ。この理性ある状態はそう長くは続かない、そうでしょう?
[スペクター] だから結局、三人小隊の計画は実行不可能なの。私の戦い方だって昔とはまるで違うし、ロドス──あなたたちが私のために選んだ戦術が現状においては一番よ。
[クロージャ] でも、君の治療法が見つかれば……
[スペクター] 考えるだけ無駄よ。あなたたち陸地の技術では、私を一時的に静かにさせるくらいしかできないもの。
[スペクター] 私の身体の問題は……私にしか解決できない。他人に頼っても無意味だから。
[クロージャ] ……
[スペクター] あら、そんな顔しないでよクロージャ。とにかく今の私は、あなたたちの管理下にいることしかできないわ。「私」が人を斬りたい気分になってる時を見計らって戦場へ出せば、きっと役に立つから。
[クロージャ] つまり、君はロドスのオペレーターとして戦い続けることを受け入れたって考えていいの?
[スペクター] 言ったでしょう。戦場は私の頭を落ち着かせてくれる場所なの。もうアビサルハンターのようには戦えないでしょうけど、ロドスには戦場の楽しみを与えてくれる人もいる。
[クロージャ] あたしたちの指揮官の采配が、君に対して効果的だってこと?
[スペクター] ええ。あなたと話し終えたら、すぐにその人に会いに行くわ。
[スペクター] まだ目覚めてる時に話したことないの。言っておかなきゃいけないこともあるから。
[スペクター] ロドスの指揮官──ドクターは、あなたたちの誰とも違う。
[クロージャ] それは感じ取れるんだね。
[スペクター] 言葉での意思疎通ができない時には、代わりに他の器官が鋭くなるものよ。私が戦場に立ち続けるためには……
[スペクター] 必ず……あの人を連れて行かないといけません……あの場所へ……
[クロージャ] スペクター……
[スペクター] ……シーッ。今はまだ立ち止まれない。深淵に追いつかれるわけにはいかないわ。
[スペクター] 行かなきゃ。
スペクターは駆ける……否、陸地をさまよう。
狂気の囁きが頭に響き、彼女の神経を蝕む。
脊髄に注入された高濃度源石液が常に反応することで、彼女の身体は絶えず侵蝕され続け、そして彼女自身の細胞により修復される。
肉体はまだ耐えられるだろう。しかし神経と意識はそうはいかない。
教会はより残酷で罪深い手段を用いて、徹底的に彼女の思考に影響を与えた。
本当のローレンティーナを、「スペクター」が覆っている。
ローレンティーナは……スペクターでもある。長い時間をかけて、彼女はようやくそのすべてを受け入れた。
それは、彼女が身にまとう修道服を引き裂く行為をやめたという事実からも、伺い知ることができる。
[スペクター] あぁ……やっと……見つけた……
[スペクター] あの……ドクター……
[ドクター選択肢1] スペクター……無事に帰ってきたんだな。
[ドクター選択肢2] スペクター。
[ドクター選択肢3] もう大丈夫か?
[スペクター] フフッ、目覚めた状態で話すのは初めてね……
[スペクター] そう……私はまだ目覚めてるわね。だけど……またちょっと疲れてきたみたい。
[スペクター] そう固くなっちゃイヤよ、ドクター。こうやって私と話すのは慣れてるでしょう? 今なら、私の言葉もわかりやすいはずよ。
[ドクター選択肢1] 訊きたいことがたくさんある。
[ドクター選択肢2] 何を話してくれるんだ?
[スペクター] ドクター……あなたはかつて、さまよっている私と話をしてくれたわね。
[スペクター] もしその時の話で、理解できない言葉があったなら……それはもう忘れてほしいの。
[スペクター] ああいう狂気は広がっていくべきじゃないわ。だけど、私はそれを制御できないの。幸い、私には口を閉ざすという選択肢が残されているけどね。
[ドクター選択肢1] 話を聞くよ、スペクター。
[ドクター選択肢2] 話した方がいい。君は吐き出したいんだろう?
[ドクター選択肢3] いいや、耐えられるから言ってほしい。
[スペクター] フフッ……ドクター、そんなこと言ってくれる人なんてほとんどいないわ。
[スペクター] 一つだけ残念なのは、その状態の私は歌えないということ。そして……今の私にも、もう歌声はないの……
[スペクター] でもドクター、私はあなたのために歌いたい。
[ドクター選択肢1] どうして?
[ドクター選択肢2] そうか。
[スペクター] 何が何でも、歌わなきゃいけないの。そして……あなたなら、歌を聴けばわかってくれるかもしれない。あなたには力があるから。
[スペクター] ドクター、私は僚友たちに会ったわ。隊長……私は彼女と一緒にアビサルハンターになって、数え切れないほどの選別と淘汰を経験してきたの。
[スペクター] 彼女――グレイディーアはかつて私たちを指揮し、共にあの恐ろしい敵……海の深淵に立ち向かっていた。もちろん、今でも変わってないわ。
[スペクター] そして私は、「サメ」でありながら、「スペクター」になった。私にはスカジと同じように、陸地の匂いと、ロドスの匂いが染みついている。
[スペクター] 目覚めた状態を維持できない時は、隊長と泳ぐことはできないの……私の身体には陸地の造物が埋め込まれ、大地を這うことを強いられてる。
[スペクター] だからこそ、戦場に立つことを、海に行くことを、そして歌うことを心から望んでる。
[スペクター] あなたは指揮官よ……私の戦場での姿を知ってるでしょう? 私をあまり長く戦場から離れさせないで。それは私が……他人の死後もまだ生きているという証だから。
[ドクター選択肢1] どうすればいい?
[スペクター] もっと私を危険にさらしてほしいの。
[ドクター選択肢1] ……
[ドクター選択肢2] ダメだ。
[スペクター] じゃあせめて、もう少し私を前線に出して。心配しなくても、戦場での私は普段よりもずっと聞き分けがいいわ。
[スペクター] 私の力を恐れないでほしいの……ただ、私の鋸で斬るべきでないものは遠ざけて。
[スペクター] アビサルハンターには、戦闘中の余計なコミュニケーションなんて必要ないから。
[スペクター] とにかく安心して、ドクター。もう少し戦場で過ごせば、私たちはよりお互いを理解できるわ。言葉による束縛は……私のような戦士には全くの無意味よ。
[スペクター] 私を戦列に加えて、アビサルハンターのように戦わせてちょうだい……そしたら私の漂う意識を、武器を握りしめる両手に込められるかもしれないから。
[スペクター] あなたを信じてもいいかしら、陸地の指揮官さん?
[ドクター選択肢1] スペクター。
[ドクター選択肢2] ……
[ドクター選択肢3] わかった。
[ドクター選択肢4] 信じてくれ。
[スペクター] ……ウフ、ウフフ、アハハハ……
[スペクター] 御覧なさい、ドクター。私にはまだまだ「秘密」があるのです。あなたに話して差し上げないと、あなたが……あの場所へと行く前に……
[スペクター] ですが……今は、今、私は何をすればいいのでしょう……
[ドクター選択肢1] 歌えばいい、スペクター。
[スペクター] 歌……そう、歌。
......
彼女が祈る時♪
星のきらめきも止まる♪
......
スペクターは眼前の光景に満足しているようだった。そして彼女は笑みを浮かべた。穏やかに笑っている。
その神秘的な歌を口ずさみながら、さまよう身体はドクターの視界から消えた。
......
彼女が涙する時♪
夜空も微笑む♪
[スカジ] これは……スペクターの歌だわ。
[スカジ] スペクター、そこにいるの?
[スペクター] 彼女が涙する時♪
[スペクター] 夜空も微笑む♪
[スカジ] スペクター……ローレンティーナ、待って!
[スペクター] あぁ……僚友の匂い……
[スカジ] スペクター、あなた……聞こえてる? スペクター──
[スペクター] 私に……触れないでくださいまし……
[スカジ] ──!
[スペクター] 未だ……洗礼を受けていない……海に戻った穢れ……陸地の匂いがあなたを追いやり……誘惑する……
[スカジ] ……
[スペクター] フゥ……私はあなたの呼び声を聞きました……フゥ……深淵の縁で……
ハンター・スカジは、沈黙したまま彼女の後ろにつく。一定の距離を保って。
ひたすら歩き続けるスペクターが、スカジを構うことはない。
彼女は、しばらくブツブツと呟いていたが、再び歌い出した。この狂気の中の静けさを心から味わっている。
スカジは思う。少なくとも、彼女は歌い方を思い出したのだ、と。
......
彼女が嘆く時♪
苦痛が狂気に延び広がっていく♪
彼女が嘆く時♪
苦痛が狂気に延び広がっていく♪
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