aklib_story_自分

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自分

海から陸地に戻って、正気に返ったスペクターはアビサルハンターたちやアイリーニと行動を共にするうちに、少しずつ自分を取り戻していく。


[グレイディーア] エーギルを代表して、今ここに。新たなアビサルハンターとして、あなたを迎え入れましょう。

[グレイディーア] これよりあなたは私の部下で、教え子よ。

[グレイディーア] 海が我らに狩りを許した今、害為す者はもはや隠れ家を失った。

[スペクター] ――ご命令に従い、この身を狩りに捧げることを誓いましょう。

[グレイディーア] 立ちなさい、ローレンティーナ。

[スペクター] はい。

[グレイディーア] あなた、ダンスの経験はあって?

[スペクター] 授業ではちょっと習ったけど、上手なほうとは言いがたいわね。

[グレイディーア] 習熟の度合いなんて、踊りのセンスには無関係よ。

[グレイディーア] 前へ出て、私の手を取りなさい。

[グレイディーア] 正式に殺戮を教えていく前に、まずあなたには――

[グレイディーア] 人生を楽しむコツを身につけてもらうわ。

[グレイディーア] では、始めましょう。

[グレイディーア] 音楽に耳を傾けて――

イベリア グランファーロ

[スカジ] つまり、それって……こういう感じ?

[スペクター] ええ。リズムに乗って、足の力を抜いて、あとは私に任せてくれたらいいわ。

[スペクター] かがんで……手を振って……くるっと回って……はい、ストップ。

[スペクター] うん、結構上手じゃない。やるわね、スカジ。

[スペクター] この分なら、隊長もあなたのダンスパートナーになる日が待ちきれないんじゃない?

[スカジ] その冗談、全然笑えないわよ……

[スペクター] あら、残念。

[スペクター] ふふふっ。

[スカジ] ……順調に回復してきてるみたいね。

[スペクター] 気配り上手のあなたがそばにいるんですもの。良くならないほうが難しいくらいよ。

[スカジ] ……

[スカジ] あなたってやっぱり変わらない。相変わらず、でたらめばっかり言うサメね。

[スペクター] そんなふうに心から褒めてくれる人なんて、滅多にいないわよね。ありがとうって言っておくべきかしら?

[スペクター] ああ、でも考えてみれば……真面目な話、あなたにはきちんとお礼を言わないといけないわね。

[スカジ] どうして?

[スペクター] 私の面倒を見てくれたこと……感謝してるのよ。

[スペクター] もう一人の私が変な気を起こしたら、陸の人だけじゃ私を押さえられないもの。

[スペクター] そういう時に私を捕まえて、病室のベッドへ戻してくれる人なんてほかにはいないでしょ。

[スペクター] ね、スカジ。

[スカジ] 私はただ……陸でアビサルハンターに会えたことが、嬉しかっただけよ。

[スカジ] あなたと第二隊長、それからうちの隊長――その三人の狩人にしか会えてないしね。

[スカジ] 仲間を守ることは、私の責務なの。

[スカジ] それだけのことよ。

[スペクター] ……ありがとう。

[スカジ] どういたしまして。

[スペクター] ところで、ダンスの魅力を教えてあげた代わりに、歌の秘訣を教えてくれない?

[スペクター] もう一人の私の歌声ってあまり耳障りが良くないから、プロにご指導をお願いしたいと思ってたのよ。

[スカジ] そう? 良い声だと思ったけど。

[スペクター] でも私、本当ならもっと上手に歌えるもの。

[スカジ] そういうことなら。

[スカジ] やり方は教えてあげるから、ちゃんと覚えてね。

[スペクター] もちろん、真面目にお勉強させてもらうわ。

[スカジ] (ゆったりとした歌声)……♪ ……♪♪

[スペクター] (躍動感のある歌声)……♪ ……♪♪

[スカジ] もう少し声を抑えて、お腹から出すようにして。

[スペクター] やってみるわ。

......

[グレイディーア] 少し良いかしら。

[スペクター] あら。ごきげんよう、隊長。

[スカジ] 第二隊長。

[グレイディーア] スカジ。あなたをケルシーが探していてよ。

[スカジ] ケルシーが?

[グレイディーア] ええ。よりあなたに適した精密検査を行う必要がある、と言っていたわ。

[スカジ] わかった。今行くわね。

[スカジ] 二人とも、またあとで。

[スペクター] ええ、またあとでね。

[スペクター] もうちょっと歌いたかったのに、残念。

[スペクター] それで、これからどうするの?

[グレイディーア] 時間は限られているし、ロドスに戻って補給を行う余裕はないわ。

[グレイディーア] けれど代わりに、ケルシーがロドスから物資を調達してくれる手はずよ。

[グレイディーア] それと、イベリアの聖徒も懲罰軍による支援を約束してくれたわ。私たちがエーギルに帰る上で、彼らは重要な助けとなるでしょう。

[スペクター] なるほど、もう色々と考えてるってことね。

[グレイディーア] とはいえ、向こうはシーボーンの大群よ。あの規模を鑑みるに、これだけの支援でエーギルへ突入する機会を作るとなると、作戦成功率は高くないでしょうね。

[グレイディーア] それでも、私には戦略設計士として、作戦目標を設定し、達成へと導く義務があるわ。

[グレイディーア] ただし、懸念点はそれだけではないの。

[グレイディーア] 私は、海に点在するエーギルの都市の大半を訪れたことがあるけれど……

[グレイディーア] あの都市には、見覚えがないのよ。

[グレイディーア] その上あれは、都市としての規模や、建築のディテール……すべてが科学アカデミーの公布した基準とは異なっているわ。

[スペクター] となると、厄介なことになりそうね……

[グレイディーア] そういうことよ。突入する前に、できる限り準備を整えておかないとね。

[グレイディーア] 機が熟せば、その都市とエーギルの状況について……

[グレイディーア] 必ず、あなたたちにも納得のいく答えを手に入れてみせるわ。

[スペクター] 武器の準備も、私の準備も、いつでもOKよ。何か斬りたくなった時は言ってちょうだいね。

[グレイディーア] ええ。

[グレイディーア] ところで、ローレンティーナ。このあと、まだ時間はありそう?

[スペクター] そうねえ……今日は、潮風がとっても心地いいから……

[スペクター] お散歩ならご一緒するわよ、隊長。

[スペクター] すう……はぁ……

[スペクター] 自分らしくいられるって、気持ちのいいことね。

[グレイディーア] 源石の影響はもうないようね。良かったわ。

[スペクター] だって、まだ波の音も聞こえて、潮の香りも感じられる場所にいるもの。

[スペクター] お陰で今はかなり安定してるし、自分をコントロールできてるけど――

[スペクター] この先、海から離れてしまったら……

[スペクター] どうなっちゃうかはわからないわ。

[グレイディーア] 無理をする必要はなくてよ。あなたはよくやったのだもの。

[スペクター] ええ。だけど実際、自分を改めて理解することもできたのよ。もう一人の「私」も、私の目標に喜んで貢献してくれるみたいだし。

[スペクター] 二人の私は、仲良くできそうな気がするの。

[グレイディーア] ……あなたが直面している難題については、ケルシーと話をつけておいたわ。彼女も解決に取り組んでくれるそうよ。

[グレイディーア] スカジの問題同様、これも相互援助契約の一部だから。

[スペクター] 色々と気を遣ってくれてありがとう。

[スペクター] ところで、隊長のお時間をもう少しもらえそうだったら、町の外まで足を伸ばしてみない? 見せたい作品があるの。

[スペクター] ほら、ここよ。

[スペクター] 遠くに立ってるあの岩、見える?

[グレイディーア] とても抽象的な形ね。

[スペクター] そうね、とっても……

スペクターは、潮風に浸食され続けたその岩の独特な形を表現しようと言葉を探す。

正面から見た時は、粗末な麻布をまとった老婆を思わせる。だが、横に数歩ずれた角度からは、静かに祈る信徒の姿にも見えてくるのだ。

それはたった一つの岩でありながら、可能性そのものを具現化したかのように、多元的な見方が叶うものだった。そのため、彼女は暫し、適切な言葉を見つけられずにいた。

[スペクター] ……美しいと思うわ。

[スペクター] あの作品は、風に蝕まれたことで豊かな表現力を得られたのよ。

[グレイディーア] もしかして、自分の作品にしたいと考えているの?

[スペクター] 私の作品に?

[スペクター] いいえ。私にはそんな資格ないわ。

[スペクター] あれはもう完成品だもの。手を加えるのは作品への冒涜よ。

[スペクター] あ~あ。こんな逸品がエーギルの街にはないなんて、残念ね。

[グレイディーア] それは仕方のないことよ。私たちは海に広がる自然を征服したのだから、その代償を支払うのも当然だわ。

[スペクター] だとしても、こんな奇跡に巡り会えたのは嬉しいわ。

[スペクター] エーギルであの大きさの彫像を作ろうとしたら、まず上級技術員に許可を取って……その次は石材製造機の使用権を買い取るか、もっとお金を出してぴったりの石材を買うかしないといけないわよね。

[スペクター] その上で、大型彫刻台のレンタル費用も必要だし、石を彫る時は絶対に手元を狂わせないように気をつけて……

[スペクター] それだけ苦労をしても、作品作りは始まったばかり。そこから年月を重ねていくことでようやく、石材は彫刻家にとって我が子のような存在になっていくのよ。

[スペクター] 日常の些細な雑事も、食事も忘れて、閃きさえも捨て去って、石にすべてを捧げるの。

[スペクター] それを育て、不純物を削ぎ落として命を吹き込むには、血の滲むような努力が必要なんだもの。

[スペクター] そうして最終的には、作り上げた作品を送り出して評価を受けさせることになるし、その中には当然、理不尽な批判もあるわ。

[グレイディーア] それがあなたの本来進もうとしていた道、ということかしら?

[スペクター] ……前に、こんなジョークを聞いたことがあるの。

[スペクター] 「彫刻家が、芸術家ではなく技術者とされるのはなぜでしょう?」

[スペクター] 「それは、彼らがもっぱら科学アカデミーのために彫像を作っているせいで、科学者たちは芸術を純粋な技術の賜物だと思っているからです。」……って。

[スペクター] ふふふっ……

[グレイディーア] 随分楽しそうに笑うのね。

[スペクター] あら、そう見える? ふふっ。

[スペクター] こうやって説明したら、隊長にも、私があの石を気に入った理由がわかってもらえると思っただけなんだけど。

[グレイディーア] 時間が生んだ単なる偶然でしょう。

[スペクター] ええ。あれは時間と自然が生み出した偶然の産物であって――

[スペクター] それが偶発的なものだからこそ、喜びに胸打たれるのよ。

[スペクター] そうだ、ここに座ってしばらくゆっくりしていかない? もう少しあの岩を見ていたいの。

[グレイディーア] いいわよ。あなたの好きなようになさい。

[スペクター] ねえ、隊長。

[グレイディーア] なにかしら。

[スペクター] 鱗獣の干したやつを持ってきたの。ちょっと食べてみない?

[スペクター] まあ、あまり質のいいものじゃないけどね。

[グレイディーア] あなた、まだ空腹を感じることがあるの?

[スペクター] お腹を満たすためじゃなくて、味覚へのちょっとした刺激と、噛み心地を楽しむために食べるのよ。

[グレイディーア] であれば、そうする必要はないでしょう。

[スペクター] 確かに、「必要」はないかもね。

[スペクター] でも、試してみたっていいんじゃない?

[グレイディーア] ……

[グレイディーア] (干し鱗獣を受け取る)

[スペクター] もしかして、おやつを食べるのは初めて?

[グレイディーア] (細かく噛み砕く)

[グレイディーア] 乾燥しすぎね。それに硬いし、味付けも濃すぎるわ。

[スペクター] だけど便利だし、人生に現実味を持たせてくれたりもするのよ。

[スペクター] 昔、私がいい成績を取るたびに、両親はこの干し鱗獣を一袋手渡してくれたの。

[スペクター] それはもっとおしゃれで、カラフルな袋に入ってたけどね。

[グレイディーア] あなたを認めて、応援してくれるご両親に恵まれたことは幸運だったわね。

[スペクター] とはいえ、二人のお陰で大変な思いだってしたのよ。

[スペクター] 私を育ててくれたあの人――お母さんは、都市ドームのデザイナーで……

[スペクター] お父さんは、彼女のアイデアを実現させる建築家だったの。

[グレイディーア] アビサルハンターとしての招集の際に、二人についての資料は読ませてもらったわ。

[スペクター] ええ。知っての通り、私は、二人に連れられて各地を転々としていたの。お母さんの図面に描かれたドームが少しずつ作られて、都市が海底の四方へ広がっていくのを見ながらね。

[スペクター] 彼女の芸術的センスは、ドームの下で生まれた子供たちに影響を与えていたし、もちろん私もその一人だったわ。

[スペクター] そうして、ひとつひとつ……

[スペクター] 無から有を生み出すことの素晴らしさと、そのたびごとにゼロからもう一度始められることの喜びを見届けてきたのよ。

[スペクター] つまり、お母さんは深海を虚無の闇から救い出した人なの。

[スペクター] 私もあんなふうになりたいと思ってたわ。

[スペクター] それに、そうやってあちこちの都市に滞在していると、色んな文化に触れる機会もあってね。音楽やスポーツ、それから絵画……エーギルの豊かな文化が、私の視野を広げてくれたの。

[スペクター] だから、将来何になるべきかは相当悩むことになりそうだと思ってたのに――あの彫像を見た瞬間、彫刻家になる決心がついたのよ。

[スペクター] 暗い海の中、あの真っ白で大きな彫像がどれだけの意義を持つものか……あれは、見上げているうちに、気付けばこちらが像の仕草を真似しているほどのものだった。

[スペクター] それは、祈りと希望の表れなのよ。

[スペクター] 思えば、そういう経験が暗示になっていたからこそ、もう一人の私はシスターという立場を抵抗なく受け入れたのかもしれないわね。

[グレイディーア] ……あなた自身が選んだことなら、私は何も言わないわ。

[スペクター] ふふっ、残念。お説教される気満々だったのに。

[グレイディーア] アビサルハンターに選ばれたからといって、夢を追う権利を手放す必要はなくてよ。

[スペクター] じゃあ、隊長の夢も聞かせてくれる?

[グレイディーア] 街明かりが再び海へと広がるその日が来たら、エーギル大劇場の赤いベルベットの座席に座って、舞台を見たいと思っているわ。

[グレイディーア] さあ、そろそろ行きましょう。十分に休んだことだし、町へ戻る時間よ。

[スペクター] あと数時間で日が落ちて、星が見えるようになるわね。

[グレイディーア] 夜空が相当お気に入りなのね。

[スペクター] 海みたいに深くて広い空に、小さな光が煌めいていて素敵だもの。

[スペクター] 隊長はお気に召さないの?

[グレイディーア] 衝撃は受けたけれど、感動するほどではないわ。

[グレイディーア] 海の外の物事を何一つ知らないというわけでもないのだし。

[スペクター] だけど、彫刻家見習いの私が一瞬を永遠にしようなんて無駄な努力をしていた時、空はとっくに永遠を一瞬と同じくらい鮮やかなものにしていたのよ。

[スペクター] それを見て、私が感動しないわけがないでしょう?

[グレイディーア] 陸上生活を経て、芸術家としての情熱が目を覚ましたのね。

[スペクター] まあ、この大地からは散々苦痛も与えられたけどね。

[スペクター] 岸に漂着して干からびてたら、おかしな連中に捕まって源石を注ぎ込まれちゃったし、挙げ句今ではシーボーンから仲間呼ばわりされる現実を受け入れるしかないんだもの。

[スペクター] でも、だからこそ急いで今を楽しまないと。アートへの情熱で人生にもっとスパイスを加えるの。

[スペクター] 隊長なら、私よりもずっとよくわかっていると思うけど……

[スペクター] 芸術は裏切らないわ。ただ美しいものと醜いものを区別するだけ。

[スペクター] 私は、今でも自分が「美しさ」の何たるかを知っていることを幸運に思うの。

[グレイディーア] 町が見えてきたわね。今日はまだやるべきことがたくさん残っているから、先に失礼するわ。

[グレイディーア] 楽しいひと時をありがとう。

[スペクター] ちょっと待って。

[スペクター] せっかくの機会だから、不躾なお願いをしてもいいかしら。

[スペクター] 私と一曲踊ってくれない? グレイディーア。

[スペクター] (手を差し伸べる)

[グレイディーア] ……

[グレイディーア] ええ。

[グレイディーア] 喜んでお受けするわ。

枯れ草茂る野原の上で、海の娘たちは軽やかに踊る。

潮風は伴奏をもたらして、葉はその風に揺れていた。

苦しみも悲しみも、このひと時は消え去って、生きる喜びがあたりを満たす。

アビサルハンターの血は繋がっている。

ダンスが幕を閉じた。

[グレイディーア] 久しぶりにあなたと踊れて楽しかったわ。

[スペクター] ええ。こんなふうに踊ったのは初めてだしね。

[スペクター] カサカサの枯れ草の上で、しっとりとした踊りを……なんて。

[スペクター] あら、可愛い小鳥ちゃんじゃない。

[スペクター] 灯台側の岸辺へ向かっていったけど、もう一度見ておきたいってことかしら?

[グレイディーア] この辺りの恐魚は殲滅したというのに、何をしにいくのかしら。

[スペクター] さあね。

[スペクター] 隊長はもう仕事に戻るの?

[グレイディーア] ええ。ケルシーとあのイベリアのご老人に確認しておくべきことがたくさんあるの。

[スペクター] それなら私は、小鳥ちゃんが無事に帰ってこられるように、ちょっと街の外をお散歩してくるわ。

[スペクター] またあとでね。

[アイリーニ] ……

[スペクター] 可哀想な小鳥ちゃん、迷子にでもなっちゃったの?

[アイリーニ] っ、誰!?

[アイリーニ] なんだ、あなただったのね。

[アイリーニ] 考えてみれば、それもそうだわ。私を小鳥ちゃん呼ばわりする人なんてあなたくらいだし……

[スペクター] 夜の海岸をお散歩するのはやめたほうがいいわよ。

[アイリーニ] この辺りは懲罰軍が制圧してるわけだし、恐魚だって一掃されたんだから、危険はないと思うけど。

[スペクター] それでも、陸の人からすれば、波は時にシーボーンより容赦のない脅威になりえるの。

[スペクター] 噂をすれば――ほら、波よ。足元に気をつけてね。

[アイリーニ] きゃっ!

[スペクター] 本当にちゃんとわかってる?

[アイリーニ] わからないことは、あなたたちに教えてもらうつもりよ。

[アイリーニ] 災厄に対処するために、きちんと勉強しないといけないもの。

[スペクター] 勉強熱心ね。

[スペクター] ところで、ここには何をしにきたの?

[アイリーニ] 師匠が亡くなられた場所を、もう一度この目で確かめにきたの。

[アイリーニ] 教えを思い返して、恐怖に打ち勝つためにね。

[アイリーニ] あいたっ!

[アイリーニ] な、何よ、急に頭を叩いたりして!

[スペクター] うーん、可愛いリアクションね。

[スペクター] それにとっても元気だし。ふふっ。

[アイリーニ] どういうこと? 訳がわからないんだけど……

[スペクター] 自信を持って前を見られるようになったのね。

[スペクター] あなたの視線の先に、何があるのかを教えてくれる?

[アイリーニ] 海と灯台、それに懲罰軍の船よ。見ればわかるでしょ。

[スペクター] もっとよく見て。あなたになら見えるはずよ。

[アイリーニ] もっとって……岩礁に灯火、作りかけの柱とか……

[スペクター] それから?

[アイリーニ] もう、いつまで私をからかうつもり!?

[スペクター] 上を見上げてみて。

アイリーニが怒りを露わにしかけたその時、スペクターは天を指さした。それにつられて、アイリーニの視線は夜空へと向けられる。

そうして満天の星空が目に入った瞬間、彼女の怒りは消え去った。

[スペクター] まだ感じ取れるでしょう? 小鳥ちゃん。

[スペクター] ――理想は重く、あなたにはそのために尽くす覚悟もできている。

[スペクター] けれど、信念を持って戦う間も、生きる喜びを忘れてはダメよ。

[スペクター] それはありふれているけれど、確かにあなたを救ってくれるものだから。

[アイリーニ] そ……そうね……

[スペクター] ふふふっ、素直でよろしい。

[スペクター] じゃあ、帰り道にも気をつけてね。

[アイリーニ] あら、もう行くの?

[アイリーニ] ――あっ、待って!

[スペクター] どうかしたの?

[アイリーニ] 私、思ったの。ずっと「あなた」としか呼ばないのは失礼なんじゃないかって。

[スペクター] そういえば、まだ自己紹介をしてなかったわね。

スペクターは二歩下がると、スカートの裾を軽く持ち上げた。

双月の明かりがその布へと降り注ぎ、煌めく波に反射した銀光が、飾り帯の経文を照らしている。

[スペクター] 改めまして――私はスペクター。アビサルハンターよ。

[スペクター] あなたがそうしたければ、エーギルのローレンティーナと呼んでくれても構わないわ。――ね、イベリアのアイリーニさん。

[アイリーニ] ……ローレンティーナ……

[アイリーニ] ……綺麗な名前ね。

[スペクター] それじゃ、またね。頑張り屋の小鳥ちゃん。

[スペクター] ……♪ ……♪♪

[アイリーニ] ……彼女……歌ってるのかしら?

......

私が祈る時……♪

星も夜空へと昇る……♪

私が踊る時……♪

双月も黒いヴェールを脱ぐ……♪

私が笑う時……♪

大海も我が喜びを見届ける……♪

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