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商店街の日々
エニスはもうすぐ故郷を後にし、新しい旅路へと足を踏み出そうとしていた。彼は出発する前に、家族のために忘れられない思い出を残していきたいと思い立った。
[ラジオの声] 火山に「別れ」を告げてから、二週間の時が経ちました。親愛なるシエスタ市民の皆さん、火山噴火の際に目の当たりにした景色をまだ覚えていらっしゃるでしょうか?
[ラジオの声] あの瞬間、皆さんの胸に去来したものはなんだったでしょうか? 一生に一度の――ええ、二度目はないことを願いたいものですが、滅多にない風景に様々な言葉が浮かんだのではないでしょうか?
[ラジオの声] 「よかった、まだ生きてる!」あるいは「これだけ? もう終わりなの?」それとも「さらば、我らが過去のシエスタよ!」でしょうか?
[ラジオの声] まあ、私があの時考えてたのは、綿あめみたいな火山雲をぎゅっと掴んで口に入れてみたら、トマトの味がするのか、それともイチゴ味がするのかですけどね!
[エニス] もうすぐできるぞー。何か足すか? イチゴジャムとか、ケチャップとか。
[ルート] 綿あめをのっけて食べたい!
[エニス] そんな食べ方ないっつーの。ほら、受け取れルート船長。
[ルート] 今日の僕は船長じゃなくて、大佐だよ。
[エニス] 了解しましたルート大佐。このジャムがお口に合えば嬉しいんですがね。リーフは何味にする?
[リーフ] ……
[エニス] リーフ?
[リーフ] (小声)君も欲しいの?
[リーフ] (小声)けどエニスが作った分はこれだけなんだよ。君にあげたら母ちゃんの分がなくなっちゃう!
[リーフ] (小声)じゃあ、あたしと半分こしよ。それでいい?
[エニス] ……
[エニス] (リーフのやつ……何もないとこに話しかけてる?)
[エニス] (まさか寝言じゃないだろな?)
[エニス] (寝坊すけめ。)
[エニス] (二人分に分けてやるか。)
[エニス] はいよ、リーフの分。半分はジャムで、もう半分はケチャップな。
[ルート] リーフだけずるい!
[エニス] はいはい、ルート大佐の分のケチャップもあるぞ。
[エニス] じゃ、こっからはクイズの時間な――
[エニス] もしエニスもヘイリーも家にいない時は、二人が自分たちでご飯を作らなくてはいけません。では、作り終わって最初にやるべきことは何でしょうか?
[ルート] 火を消すこと!
[ルート] 楽勝すぎるよ。おととい同じ問題出したばっかじゃんか。
[エニス] リーフの答えは?
[エニス] っておい、リーフ――食い始めたばっかなのにどこ行くんだ!
[エニス] ……いきなり走り出して、どうしたんだろ。
[エニス] (あいつ、今日は様子が変だな……ずっとうわの空みたいだけど、もしかして俺がもうすぐ出て行くのが嫌なのかな?)
[エニス] (やっぱきちんと話し合わないとダメか。出発前にペットショップにでも連れてってみるかな。もしかしたら、あいつに寄り添ってやれるのがいるかもしれないし。)
[エニス] うわっ! 俺の目玉焼きが……
[ルート] エニス、さっきクイズ出したばっかだろ! ご飯を作り終わったらまず火を消せって!
[エニス] あはは……兄ちゃんの真似はするんじゃないぞ。これは悪い例だからな。
[ルート] まったく、一人は食べ終わらない内に出て行っちゃうし、もう一人は自分の朝ご飯を台無しにするし。
[ルート] なのに、おとなしくテーブルについてちゃんと食べてるルート大佐には、それに見合ったご褒美もないなんてなー。
[ヘイリー] 何が欲しいんだい?
[ルート] 「D32鋼戦士」がいい。
[ヘイリー] ふっ、それよりもっと良いご褒美を思いついたよ。例えば、あんたがあたしのリップを勝手に使ってメニューに落書きした件を水に流してやる、とかね?
[ルート] あれは僕がやったんじゃないって! じゃあ、もっと簡単なやつでいいよ。エニスに僕の分の目玉焼きもう一個作らせるとかさ。
[ヘイリー] ここにきて交渉してくるようじゃ、ご褒美はナシだね。
[ルート] ふんっ、だったら僕も出て行くぞ!
[エニス] ルート、今日はどこに遊びに行くつもりなんだ?
[ルート] おーしーえーなーいー
[エニス] ……
[ヘイリー] これは、あたしのかい?
[エニス] ああ。コショウをかけた、いつものやつ。
[ヘイリー] あたしはそっちのコゲた黒目玉でいいよ。
[エニス] いや、大してコゲてないから……俺が食べるよ。
[ルート] (コップに手を伸ばす)
[エニス] 待った、ルート! そいつは飲んじゃダメだ!
[ルート] ……え?
[エニス] (匂いを嗅ぐ)
[エニス] ヘイリー! 飲み残しの酒をカウンターに置くなって何度も言っただろ! ルートたちは――
[ヘイリー] 分かってるって。まったく近頃の若いのときたら、たかがオレンジリキュールでそう騒ぐんじゃないよ。最近じゃあたしよりあんたの方がこの子らのおふくろみたいになってるじゃないか。
[ヘイリー] 「大事な日」を目前にしてリラックスできない男が、各地を旅する探検家なんかになれっこないよ。
[エニス] それとこれとは別の話だろ……
[ヘイリー] 演奏直前の音楽家に、隣の奴の楽器のコンディションを気にかける余裕なんてないもんさ。あたしたちの心配するより、自分のことを考えたらどうなんだい。
[ヘイリー] もうすぐここを出てくんだろ? バイト先の引継ぎはきちんと済ませた?
[エニス] 三、二、一、それっ――
[トランスポーター] ちょっ、もうちょっとゆっくり頼む……よしっ、こっちは支えた。上げるぞ、力入れろよ、せーの――
[エニス] よいしょっ――
[エニス] ふぅ……よし、これが最後の一箱っすね。端末によるとまだシエスタに届いてない荷物があるそうなんで、それが届いたら倉庫に運んで、しっかり点検するようよろしく頼むっす。
[トランスポーター] 安心しろって。これはフェンレン貿易の注文だからな、金がもらえるんならサボったりはしないさ。
[トランスポーター] はぁ、しかし近頃は緊急の配達が続く上に、仕事を手伝ってくれるお前までいなくなるなんて……今日もまた夜遅くまで配達しなきゃダメみたいだな……
[トランスポーター] そういやエニス、お前本当にシエスタを離れることに決めたのか?
[エニス] はい、もう決めたっす。
[トランスポーター] そうか……しかし驚いたよ。これでシエスタ観光業拡大への道のりに有用な人材が、また一人減っちまうことになるな。
[トランスポーター] ほら、ハグしようぜ。道中、気をつけるんだぞ。
[エニス] ……
[エニス] なんすか、この湿っぽいトーン。まるで俺が二度と帰ってこないみたいじゃないすか……
[トランスポーター] 俺にとっちゃ、ほぼ毎日顔を合わせてた親友が出て行っちまうわけだからな。そりゃ名残惜しくもなるさ!
[トランスポーター] だけど、お前の家族はもっと辛いよな。四六時中一緒だったってのに離れ離れにならなきゃいけないなんてよ。しかも商店街の建て直しが決まったばっかだってのに。
[エニス] うん……
[エニス] ヘイリーは結構すんなり受け入れてましたけどね。自分が若い頃あちこち回ってたことがあるから、もとから俺にも外を見て来させるつもりだったんじゃないすか。
[エニス] 弟と妹たちに関しては、まだ少し時間がいるみたいですけど……
[エニス] 俺もここ数日、ずっと考えてるんですよ。あの子たちのために、何か残してやれないかなって。
[エニス] ……
[トランスポーター] なぁエニス、あの道端でぶつぶつ言いながら歩いてるのって、お前の妹じゃないのか?
[エニス] そうっすね……ちょっと様子が変だな。
[エニス] 様子を見に行ってみます。
クレーンのアームが伸び、空に広がるふわふわとした雲をゆっくり掠めている。それはまるで熟練のパティシエがケーキ上のクリームを一心不乱にむらなく塗っているようだった。
遠くに見えるシエスタ火山は間断なく灰色の煙を吐き出している。二週間前に大噴火を起こして以降、それはずっとそうしてゼェゼェと喘いでいた。
[リーフ] こっちのジャムがかかった目玉焼きは君の分ね。
[リーフ] 今日はトムお爺ちゃんがお店開いてなかったから、アイスは買ってあげられないなぁ。
[リーフ] けどこのジャムもすごくおいしいんだよ。エニスの手作りなんだ。エニスはね……
[リーフ] はぁ……
[エニス] リーフのやつ。また未完成区画なんかに来て、何をする気なんだ?
[エニス] 確か火山が噴火した時にも一人でここへ来てたよな……まさかあの日の津波がトラウマになったとか……? いや、だったらなおさらこんなとこへは来ないはずだ。
[エニス] 近くに行けば、もう少しはっきり聞こえるかな。見つからないようにしないと……
[エニス] あれ? なんかリーフのそばに……もこもこした生き物がいる? あの子がさっきから話しかけてたのはあいつだったのか?
[明るい生物] (もぐもぐと口を動かしている)
[リーフ] これ、エニスがあたしにくれた泥人形なんだ。パーマヘアで、耳にお花がついてるの。どう? あたしに似てる? 魔法で作ったものだって言ってた。
[リーフ] エニスの嘘つき、魔法なんて全然使えないくせにさ。だって物語に出てくる魔法使いはみんなすごい力を持ってて、病気にかかったりしないんだから。
[明るい生物] (不満げに鼻を鳴らす)
[リーフ] え? 魔法使いだって病気になる、って?
[リーフ] だったらむしろ、エニスが魔法使いじゃない方がいいな。
[リーフ] あたしはただ、エニスが「石塊病」にかかってほしくないだけなんだもん。
[明るい生物] (落ち込んだようにうなる)
[リーフ] 医者のお姉さんがエニスの病気はそこまで重くはないって言ってたけど、こないだは病院でまるまる三日間も眠ってたんだよ……
[リーフ] 前に商店街の大人たちが言ってた。もし「石塊病」にかかったら、最後には石に変わっちゃうんだって。動けないし、喋れもしない、風が吹いたら砂粒になって散っちゃうんだ。
[リーフ] あたし……エニスがそんな風になるのはイヤだよ。
[明るい生物] (近付いて慰めるように身体を擦りつける)
[リーフ] 最近のエニス、ずっと様子が変なんだ。なんだかすごく緊張してるように見える。あれも「石塊病」のせいなのかな?
[リーフ] だけど、エニスはもうすぐロドスっていう船に行くから安心なの。
[明るい生物] (疑わしげに鼻を鳴らす)
[リーフ] ……そりゃあたしだって、エニスに出て行ってほしくないよ。
[リーフ] でも母ちゃんが言ってたの。その船にはすごい優秀なお医者さんがたくさん乗ってるから、きっとエニスの「石塊病」を治してくれるはずだって!
[リーフ] エニスが元気になってくれるなら、あたしはそれでいいの。
[リーフ] 商店街のことなら……母ちゃんと君が一緒にいてくれるでしょ? ああ、それからうっとうしいルートも。エニスが帰って来るまで、あたしたちで頑張ればいいんだよ。
[明るい生物] (うなずく)
[エニス] ……
[エニス] ……リーフがずっとうわの空だったのは、俺と離れるのが嫌なのかと思ってたけど。俺の病気のことを心配してたからだったのか。
[エニス] こんなんじゃダメだ、エニス。妹に心配かけるなんて――
[明るい生物] (振り返る)
[エニス] うおっ――
[エニス] あのもこもこ……俺に気づいたのか?
[エニス] そういや津波が来た時にもあんな感じの生き物見た気がするなぁ。
[エニス] あれって夢じゃなかったのか……俺とリーフや、シエスタを守ってくれたのはあいつらだったってことか?
[エニス] ってことはリーフにも「新しい友達」ができたんだな。
[エニス] ん?
[エニス] これは……トム爺ちゃんからのメッセージ?
[エニス] トム爺ちゃん!
[エニス] トム爺ちゃん?
[アイス屋の店主] シッ! 静かにせんか。
[アイス屋の店主] こっちじゃよ、こっち。サンシェードの上じゃ。
[エニス] ……
[エニス] そんなとこで何やってんすか? あんな大量のビックリマーク付きのメッセージでものすごい急かして……それに今日はお店も開いてないし、てっきり何かあったのかと――
[アイス屋の店主] バカなこと言うなこわっぱ! わしの身体はまだそこまでガタが来とらんわ!
[アイス屋の店主] くだらんこと言っとらんで、さっさと上がってこんか!
[エニス] ええ? 上がってどうすんだよ……
[アイス屋の店主] 文句ばっかり垂れるやつめ。素直に上がってくりゃ分かるわい!
[エニス] はいはい……
[エニス] で、このサンシェードの上にどんないいもんがあるってんです? シエスタの午後の太陽を一緒に楽しみたいなんてことは言わないでくださいよ。
[アイス屋の店主] ほれ、あれを見てみろ――
[エニス] ん? あれは……
[エニス] ルート? あいつ、楽器屋の入口で何やってんだ?
[アイス屋の店主] アルバイトじゃよ。最近しょっちゅう見かけるわい。どうやら客寄せを手伝ってるらしい。
[エニス] バイト? 何でそんなこと……
[エニス] そういや確かに最近どこかに通ってる様子だったなぁ。けど、どこで何してたのか訊いてもだんまりを決め込むし。どうも怪しいっすね。
[エニス] もしかして小遣いが足りないからとか? あの「D32鋼戦士」ってやつが欲しすぎて……
[アイス屋の店主] まったくお前というやつは。兄貴だからって、いつまでもあいつらを子供扱いしてはいかん。もっとあいつらの成長に目を向けてみんか!
[エニス] チビたちの……成長?
[アイス屋の店主] うむ。ルートの坊主はどうやら楽器に興味を持ち始めたようじゃ。さすがは商店街で育った子ってところかのう。
[アイス屋の店主] 楽器屋の店主にギターの値段を尋ねたり、ギターを学びたいなどと話しとるそうじゃ……
[アイス屋の店主] ヘイリーが滅多に人前で披露しないギターテクも、ついに後継者が現れたというわけじゃな。
[エニス] けどあいつはまだ若すぎる……マジで買うにしても、金の相談なら俺にしてくれればいいのに。
[エニス] ちょっと楽器屋の店主さんに聞いてみるっす。
[アイス屋の店主] こらこら、バカもん、横やり入れるのはよさんか。
[アイス屋の店主] 兄貴ってのはいつもそうやってうぬぼれて、弟妹たちのことを自分で何でも決めたがる。あの子らは一生自分なしじゃ生きていけないと思いこんでな。
[アイス屋の店主] わしからすりゃ、子供離れできておらんのはお前さんの方じゃ!
[エニス] そう言われても……俺たちはずっとこうやってきたんすよ。
[エニス] 俺はもうすぐ出て行くから。だからこそ、チビたちのためにベストを尽くしたい。ギターの一本くらい、俺が買ってやればいいんですよ。
[アイス屋の店主] ギターを買ってやれても、教えてやれるわけじゃあるまい。教えてやれたとして、お前さんがあの子の代わりに練習ができるのか? だったらいっそ、今すぐあの子の夢を叶えてやったらどうじゃ!
[エニス] それは……
[エニス] よくよく考えてみりゃ、リーフにも「新しい友達」ができたみたいだし、ルートも自分の夢に向かって進み始めてる……確かに前ほど俺を必要とはしてないみたいだ。
[エニス] ふと思ったけど、結構残酷だよな――
[アイス屋の店主] お前は後ろをくっついてきてたチビたちが恋しいだろうがな、時間は皆に公平なのじゃ。あの子らもいつかは大人になるんじゃよ。
[アイス屋の店主] いつの日か、あの子らにも人生の決断をするべき日が来るんじゃ。お前さんが今、シエスタを離れると決めたようにな。
[エニス] でも俺はチビたちの成長を見逃したくないんだ……
[アイス屋の店主] 見てみぃ、ルートが観光客に丁寧に商品の宣伝をしとるあの姿を。誰かに似てるとは思わんか?
[エニス] 似てる? 誰に?
[アイス屋の店主] 旧シエスタのビーチのあちこちで、観光客に瓶入りのサイダーを売り付けてたエニス少年じゃ。
[エニス] ……
[アイス屋の店主] これからお前さんは弟妹の傍にいてやれなくなるじゃろう。じゃが共に過ごしてきた日々の中で、お前さんはすでに知らず知らずの内にあの子らの行動や考えに影響を及ぼしてきとるじゃないか。
[アイス屋の店主] 「ホワイト・ヴォルケーノ」での思い出が、お前さんの代わりにあの子らの成長を傍で見守ってくれるはずじゃ。
[エニス] 俺たちの……思い出……「ホワイト・ヴォルケーノ」。
[エニス] なんだか、ちょっとだけ分かったような気がするっす……どうしてヘイリーが「ホワイト・ヴォルケーノ」の取り壊しにあんなに強く反対したのか。
[アイス屋の店主] まあ、子供の頃のお前さんはルートよりだいぶ小賢しいがな。
[アイス屋の店主] 何と言っても、ビーチのバーベキュー店の味付けをこっそり超激辛に変えた後、その隣で何食わぬ顔しながらサイダー売ってたくらいだ。
[エニス] そんな昔のこと、よく覚えてますね……
[アイス屋の店主] あの超絶激辛バーベキューを口にした者なら、誰だろうと生涯忘れられんわ。
[エニス] 俺はただ、早いとこ店の飲み物を全部売り切りたかっただけです。
[エニス] そうすりゃ早めに仕事を切り上げれるから、ヘイリーも空いた時間でバンド仲間と新曲の練習ができるっしょ。それに俺も、ルートやリーフたちと一緒に海で泳ぎ回れるし。
[エニス] あれはあいつらが家に来て間もない頃だっけ。まだビーチボールも抱えられないほど小さかったから、背中にビート板くくりつけて、俺の腕に捕まって浅瀬で遊ぶくらいしかできなかったんですよね。
[エニス] そんな奴らがあっという間に……時が経つのはほんと早いなぁ。
[エニス] どれもこれも、全部俺たち家族の思い出、か……
[エニス] トム爺ちゃん、ありがとうございました! 俺、ウォーターパークの工事現場に行ってくるっす!
[エニス] 出発前に何を残すべきかが分かったんで!
[アイス屋の店主] ……
[アイス屋の店主] まったく若者は、元気が有り余っとるの。
[アイス屋の店主] 確かお前さんがシエスタに来たばかりの頃も、ちょうど今のエニスのように使い切れんエネルギーを溢れさせておったのう。
[アイス屋の店主] で、さっきのわしの話しっぷりはどうじゃった?
アイス屋のドアノブが軽く回され、閉じていた扉がゆっくり開く。
その中から現れた女性は、サンシェードの上で悠々と日光浴を楽しむ老いた店主に視線をやった。
[ヘイリー] なかなか良かったよ。
[ヘイリー] さすがは商店街より長く生きてるトム爺ちゃんだね。あんたに解決できない家庭問題なんてあるのかい?
[アイス屋の店主] お前さんに事前に要点を教えてもらったおかげで、柄にもなく大口を叩いてしもうたわい。
[アイス屋の店主] じゃがそこまでよく分かっておるのなら、どうして自分でエニスに話すのでなく、わざわざわしのような他人に「焚き付け」させたりするんじゃ?
[ヘイリー] ……
[ヘイリー] そうね、どうしてだろうね?
[アイス屋の店主] がはははっ! チャックと別れた時でさえ、普段と変わらぬ様子で飲んで歌って、思い切り騒いどったお前さんが……
[アイス屋の店主] 息子が出て行くとなるとやはり違うわい。何と言っても母親じゃものな……フラフラ遊び歩いとるチャックのやつと代わってやるべきじゃないかのう。
[ヘイリー] あいつに代わってほしいだなんて思っちゃいないよ! あの子らの母親になった時点で、あたしはもう旅行家はやめたんだ。
[アイス屋の店主] ……
[ヘイリー] うまい酒でもおごるよ。
[アイス屋の店主] なら、新作の「サンセット・コットンファズ」を試させてもらえんかのう。
[ヘイリー] 激辛トウガラシ粉も入れるかい?
[アイス屋の店主] まさにそういう気分じゃの。
カン、カン。
コン、コン。
[エニス] うん……
[エニス] 前の看板は確かこんなカンジだったよな。うーん、なんかサイズが違うような気が……ここをもっと短くするか。
[エニス] ダメだな、この木材じゃヤワすぎる。やっぱ石材を使うべきか。
[エニス] どれどれ……確か工事現場から持ってきた石がまだ残ってたはず。
[エニス] これなんか良い感じだな。よし、みんなが帰って来る前に終わらせよう!
[エニス] チビたちの驚く顔が見ものだ。
[エニス] うっ……また鼻血が出てきた。
[エニス] きっと、やる気がすごくて興奮しちまったんだろうな。
[ヘイリー] エニス!
[エニス] え? ヘ、ヘイリー!? どうしてこんな早く……
[ヘイリー] この石ころに土くれ……あんた、またこっそりアーツの練習してたのか? 医者の話聞いてなかったのかい?
[エニス] 違うって! これには訳が……
[エニス] (鼻血を拭う)
[エニス] 見てよ。彫刻刀に、ハンマーに、弓ノコ……これ全部俺が自分の手で作ったんだ! アーツなんて使ってない!
[ヘイリー] ……
[ヘイリー] これは……
[エニス] この状態じゃまだ分かんないかな? けどこの「屋根」を上に乗せれば――
[エニス] じゃじゃーん! ようこそ、初期「ホワイト・ヴォルケーノ」へ!
[エニス] どう? この模型、結構リアルだろ? こいつのパーツも全部俺が一個一個作ったんだぜ! 見てよこの標識、旧商店街のやつと瓜二つだと思わない?
[エニス] まあ、あんまし彫刻は得意じゃないからさ……この冷蔵庫の取っ手なんかは、ちょっと歪んじゃってるけどね。
[ヘイリー] つまり、それが出発前に残したいって言ってた「サプライズ」ってやつかい?
[エニス] 俺一人の作品ってわけじゃないんだぜ。
[エニス] これはまだ完全体とは言えないんだ……めちゃくちゃ重要なパーツがいくつか足りてないからね。残りの部分は、家族みんなで一緒に完成させなきゃならない。
[エニス] ほら、これ。
[ヘイリー] 泥人形……これ、あたしかい? どうしてアフロなのさ?
[エニス] 元々一つに括ってたんだけど、ミスって切り落としちゃったからアフロに変えるしかなくてさ……俺が小さい頃はこういうモコモコの髪型だったっしょ? いっつもカッケーって思ってたんだよな。
[ヘイリー] まあ、悪くはないね。
[ヘイリー] けど、一番最初の頃の「ホワイト・ヴォルケーノ」はこんなんじゃなかったよ。このビーチチェアとボートは拡張工事した後に揃えたもんだからね。
[エニス] 正確に言えば、ここにあるのは全部、リーフとルートがやって来てからのものだよ。
[エニス] あの時から、ここは完璧な「ホワイト・ヴォルケーノ」に……「俺たちの思い出」になったんだから!
[ルート&リーフ] ただいまー!
[ルート] あっ、何これ?
[リーフ] ちっちゃい「ホワイト・ヴォルケーノ」だ!
[エニス] 兄ちゃんが作った「ホワイト・ヴォルケーノ」の模型さ。どうだ、すげーだろ?
[ルート] 入口の前に立ってるのって……母ちゃんとエニス?
[リーフ] 泥人形さんだ!
[エニス] その通り! そんでもって探検隊メンバーの泥人形も一緒にここに加えちまおう!
[エニス] それと新しい友達二人も――
[リーフ] これって……羊さんの泥人形だ!
[ルート] それに……「D32鋼戦士」の泥人形まで!
[エニス] いや、こいつは「D32鋼戦士」じゃなく、「源岩少佐」さ。
[エニス] まだ子供なのに楽器店でバイトをするルート大佐を見て心を打たれた彼は、俺たちについてくることに決めたんだ。
[ルート] ……
[ルート] (なんでエニスが知ってるんだよ? こっそりチクったんだろ!)
[リーフ] (あ……あたしじゃないよ! あんたがバカすぎるからバレちゃったんでしょ!)
[エニス] ゴホンッ……と、とにかく! 「源岩少佐」は、ルート大佐が念願のギターを買って音楽の道を歩める日が来ることを、兄ちゃんと同じく心から期待してるんだ。
[エニス] ルート、次に兄ちゃんが帰ってくる時までに、ヘイリーから音楽をたくさん学んでおけよな!
[ヘイリー] ちょっと、あたしはまだこの子に教えるなんて言ってないよ。
[ルート] ギター?
[ルート] 何だよ、ギターって……
[エニス] え? だってお前が楽器屋でバイトしてんのは、ギターを買うためなんじゃ……
[リーフ] ルート……あんたよりエニスの方がバカだったみたいだね。
[リーフ] 教えてあげなよ。
少年は肩をすくめると、バッグから一つの小さな木箱を取り出し、エニスに手渡した。
滑らかな鉄片がずらりと並び、その末端が綺麗な弧を描いている。それはまるで、海が砂浜に捧げる波の花のように見えた。
木箱の表面には色鉛筆で「ホワイト・ヴォルケーノ」のロゴマークが描かれており、隣に貼られたピンク色の小さな羊が、そのマークを飲み込もうとしているように見える。
[エニス] これって……カリンバか?
[エニス] これを兄ちゃんに?
[ルート] うん。楽器店の店長と「取引」したんだ。上のマークはリーフが描いたやつだよ。
[エニス] ……
[エニス] (二人を抱きしめる)
[ルート] う、くっ……
[リーフ] ちょっと、エニス! 苦しいよ!
[エニス] ルート……リーフ……ありがとな。
[ヘイリー] 素敵じゃないか。
[ヘイリー] どうやらルートもリーフも、あんたのことをよく分かってるみたいだね……あんたが辛うじてカリンバが弾けるレベルの「楽器下手」だってことをさ。
[エニス] ……ヘイリー、こんな時に雰囲気ぶち壊さないでくれよ。
[エニス] よし、完成だ!
[エニス] 「ホワイト・ヴォルケーノ」の模型……店の入口辺りに置いたら、縁起物っぽくて結構イイ感じじゃんか。
[エニス] ウォーターパークが完成したら、訪れた観光客に「この小さな家は何だい?」なんて訊かれるかな?
[ヘイリー] あんたの力作を褒める客が来ることより、酔っ払いがこいつの上に吐いたりしないよう祈っとくんだね。
[エニス] そん時はヘイリーが止めてくれるって信じてる!
[エニス] なんせ、これから俺はしばらく模型版「ホワイト・ヴォルケーノ」の泥人形としてしか、みんなのそばにいてやれないからな。
[ヘイリー] ふん、自分を大事にすることが何より大切だよ。
[ヘイリー] ところで、あんたこの模型には何かが足りないと思わないかい?
[エニス] え?
[エニス] ……あっ、しまった!
[エニス] 「チャック」も仲間に加えるのを忘れてた!
[トランスポーター] エニス! お前宛ての速達便だ!
[トランスポーター] 最後の配達がお前宛てで助かったよ。じゃなきゃこの多忙で退屈な一日を呪ってたところだ。
[エニス] 速達便? 誰からだろ……
[エニス] 差出人は……チャ、チャック!?
少年は少しの期待を胸に、遠方から届いた紙の箱を開けた。
箱の中には、干し草で作られた藁人形が幾重もの古新聞に包まれて収められていた。
[エニス] この人形、なんかチャックに似てるな。
[エニス] ん、こいつが背負ってるバッグ……紙を折ってある? 何か中に文字が書かれてるみたいだ。
[エニス] 「聞いたぞ息子よ、『ホワイト・ヴォルケーノ』から出て行くそうだね。」
[エニス] 「ヘイリーに伝えておいてくれないかな。家族の銀行口座にちょっとした『サプライズ』を入れておいたと。」
[ヘイリー] まったく、あの人らしいね。
[ヘイリー] そのサプライズってのが債務通知書じゃなくて、ルートとリーフが来学期に使う分の宿泊代だと助かるんだけど。
[エニス] 「その藁人形はボリバルに滞在していた時に、現地の人から編み方を教わったものだ。俺のようにたくましそうに見えるだろう?」
ふいに風が吹き、人形の手足が蔓のようにゆらゆらと揺れた。
それと同時に葉っぱでできた帽子が風で吹き飛ばされ、人形の禿げ上がった頭が露になった。
[エニス] 「君の見送りは、俺の代わりにその人形にさせてくれ。」
[エニス] 「旅に出るってのは簡単なことじゃないんだよ。どうやって進むかはちゃんと決めてあるかな? 旅の目的地はどこ?」
[エニス] 「次にみんなで集まる頃には答えが出ていることを期待するよ。」
数名の常連客が暖簾をくぐって入ってきた。母親は彼らを席に着かせた後、シェーカーの中で氷を踊らせる。
弟と妹の笑い声が聞こえてくる。ぼんやり放心していると、まるであのビーチに……子供の頃の小さな店に再び戻ってきたような錯覚を起こした。
少年が商店街の端の方に目を向けると、いつの間にか夕陽の残照が平凡な夜に楽譜を映し出していた。
[エニス] ……
[エニス] ついに出発の時か。
[エニス] これから先、どんな未来が待ってるかな?
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