aklib_story_殻を破る

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殻を破る

バイビークは思い描く新しい人生への第一歩を踏み出したが、全てが思い通りにいくわけではないのだ。


[バイビーク] オーキッドさん……わ、わたし、やっぱり緊張します。

[オーキッド] 初任務の時は誰だってそうよ。大丈夫。私がついてるんだから、そんなに心配することないわ。

[オーキッド] それに、今のあなたなら、剣術は誰にも引けを取らないでしょ? ここ最近は訓練室にこもりっぱなしだったし。

[バイビーク] ですが……鉗獣というのは、すごく凶暴な生き物なんですよね? 村の方たちがみんなお手上げだって聞きますし、わたしなんて……

[オーキッド] 鉗獣の凶暴さについては否定しないわ。ただ、ジュナー教官の剣と盾や、ドーベルマン教官の鞭には到底及ばないでしょうね。賭けてもいいわよ。

[オーキッド] その教官たちのお墨付きでこの外勤任務に配属されたんだから、対応できるだけの実力は備わっているってことよ。もっと自信を持ちなさい。

[オーキッド] それに、よくよく考えた末に決心したんでしょ? これからもっと頑張るんだったら、初任務くらいパパッとこなして見せなきゃ。

[バイビーク] はい……

[バイビーク] ふぅ――この車両に乗るのって、こんな気持ちだったんですね。

[バイビーク] さっき事務所のオペレーターさんがやって来た時、一瞬、また今度にしようかなって思ったんです。でも……やっぱり一歩を踏み出したくて、それで手を挙げてしまいました。

[バイビーク] ドーベルマン教官に笑いかけられたのは、いつ振りだったかな? わたし、必ず今回の任務を成し遂げてみせます。

[バイビーク] この剣と一緒に……もっとたくさんの人を守りたいです。

[オーキッド] そうこなくっちゃね。

[バイビーク] そうだ、良ければオーキッドさんの初任務のお話を聞かせてくれませんか? 参考にしたいです。

[オーキッド] そうね……もうずいぶんと昔のことよ。たしか、小隊を連れて任務に向かって――

[オーキッド] 帰りには退職届を出してやろうかしらって、半ば本気で思ったんだから!

[オーキッド] 幸いその後は、あの子たちもだんだんと言うことを聞いてくれるようになってきて……いるのかしらね。どうだろう。

[バイビーク] 先輩たちってそうだったんですか……

[村人A] あのー……

[村人A] ロドスから来た人ってのは、あんたたちか?

[バイビーク] あっ、はい。そうです……

[オーキッド] ちょうどいいわ。バイビーク、まずは村のみんなに任務の詳細について説明してあげて。お願いできるかしら?

[バイビーク] はい!

[バイビーク] 初めまして、本件を担当するロドスの者です。わたしたちの任務の流れについてご説明しますね。

[バイビーク] まず、村の外周に防御装置を配置していきます。その後は、みなさんにも仕組みと設置方法をお伝えします。

[バイビーク] これにはセンサー式警報装置もついていますから、鉗獣の襲撃を事前に知らせてくれます。前もって準備をしておくことで、被害を最小限に抑えられますよ。

[バイビーク] 配置途中でもし鉗獣が現れたら、わたしたちの方で対応します。

[村人A] ああ……その、ちょっと質問があるんだが。

[バイビーク] はい、何でしょう?

[村人A] 嬢ちゃん、あんたは喋りもトロくさいし、腰の剣だってヒョロヒョロだ。ロドスは何であんたみたいなのを寄越したんだ?

[村人B] 本当に鉗獣を撃退なんてできるのかねぇ……

[オーキッド] ちょっとあなたたち――

[バイビーク] 大丈夫です。信じてください。

[村人A] いやぁー、はっきり物を言うタチでね。気を悪くしないでくれ。

[村人A] あんたみたいなお上品な娘さんは、家で本を読んだり茶を飲んだりしてるイメージしかないからよ……害獣駆除なんて慣れないことをしても、ケガするだけだろうって心配なのさ。

[村人B] そうそう。俺たちからしちゃ手伝いに来てくれたってだけで、感謝しかないよ。

[村人B] さあ、ついてきてくれ。俺ん家に茶と菓子を用意してある。どれも村で作ったやつだ。口に合えばいいんだがな。

[バイビーク] ええ、ぜひ。

[バイビーク] このお茶、とてもおいしいです。ありがとうございます。

[村人B] だろう? 自分たちで植えた茶葉だよ。まあ、去年のだけどな。今年は茶畑のほとんどが鉗獣にめちゃくちゃにされちまって、収穫はほとんど期待できねぇ。

[村人B] 生活は苦しくなる一方だよ。

[バイビーク] そうだったんですね……ここを離れて、違う暮らしをしようと考えたことはないんですか?

[村人B] どこに行けるってのさ。そう簡単な話じゃねぇんだ。

[村人B] 今や学がなきゃ工場だって雇ってくれねぇ。俺らみてぇなのはな、せいぜい畑を守りつつ細々と暮らして、子供らの将来に希望を託すだけだ。

[バイビーク] すみません……

[村人B] 気にすんなって。ところでおまえさんたち、ずいぶん上品な出で立ちだけど、暇を持て余したいいトコのお嬢様の社会体験かい?

[村人B] もしいいビジネスを知ってるんなら、俺らにもぜひ紹介してもらいたいね。

[村人B] この状況じゃ、茶畑で食っていけるのもせいぜいあと数年だろうからよ……

[オーキッド] お嬢様だなんてとんでもない。会社勤めで生計を立てているただの一般人よ。

[オーキッド] でも、本当に困っているのなら、任務のあとで話を聞かせてちょうだい。もしかしたらロドスが力になれるかもしれない。

[村人B] おお、そうか! 悪いね、恩に着るよ。

[村人A] おーい! みんなー! 見張りからの知らせだ! 鉗獣の群れれが向かって来てる! 各自武器をとって配置につくんだ!

[村人A] 急げ! 早く!!

[村人B] おまえさん方、何度も言うようですまねぇ。今回で決着をつけねぇと俺らの村はいよいよおしまいだ。だからどうか、どうか鉗獣どもを一掃してくれ!

[村人B] 礼は惜しまねぇからよ!

[バイビーク] みなさん……なるべく高い場所にいてください! 下はわたしたちが引き受けます!

[村人A] 嬢ちゃん、こっちの心配はしなくていいぜ。あいつらとは何度もやりあってるから、ちったぁ慣れてる!

[村人A] ここは俺たちに任せとけ! あんたらにゃ及ばないが、肩の荷は軽い方に越したことはないだろう?

[オーキッド] ええ、任せたわ! ここの防御設備さえ守ってくれればそれでいいからね。自動でアーツを発射するから、くれぐれも気をつけて!

[村人B] アーツだと? アーツまで扱えるのか!

[村人B] まったく大当たりだぜ! 噂じゃ外のすげぇ術師は、一人でビルを余裕でふっ飛ばせるってな。おまえさん方がいりゃあ楽勝じゃねぇか!

[オーキッド] 喜ぶにはまだ早いわよ。私はそこまで強くはないから。

[村人B] 俺たちからすりゃアーツが使えるってだけですげぇことなんだよ!

[オーキッド] とにかく気をつけてちょうだい。ホワイト、パディ、盾の源石回路を起動して!

[外勤オペレーターたち] 了解!

[村人B] ほう! 何だか凄そうじゃねぇか!

[村人B] 本当にこれを残してってくれるのか?

[外勤オペレーターA] 君たちに装備の使い方を教えれば、ロドスが頻繁に人を派遣する必要もなくなるだろう? 残しておいた方が、時間も労力もかなり削減できる。

[外勤オペレーターA] どちらにとっても良いことずくめだ。

[村人B] おまえさんたち、本当に良い人なんだな。

[バイビーク] ――きゃっ!

[バイビーク] オーキッドさん、気をつけて! 鉗獣たちが集まってきています!

[オーキッド] 大丈夫!? どこを怪我したの?

[バイビーク] 肩を引っかかれました。けど心配はいりません……自分で処置できます。

バイビークは服の破れた部分を引き裂き、素早く傷口を縛る。そのせいで、今まで覆われていた首元が露わになってしまった。

[村人A] ……

[村人A] ん……?

[村人A] (おい……あいつの首を見ろ。アレって、源石なんじゃ……)

[村人B] (うそだろ?)

[村人B] (*スラング*!)

[村人B] おい、お、おまえ……感染者か!?

[村人B] ……ほ、ホントだ。体に石が生えてやがる!

[村人B] なんてこった――お、おい、近付くんじゃねぇ! あっちへ行け!

[バイビーク] みなさん、急にどうし――

[村人B] おまえら、マジで感染者なのか?

[村人B] クソッ、一緒に飲み食いしちまったじゃねぇか! ハッ、ひょっとしたら俺はもう――

[村人C] 鉗獣どもめが、倒しても倒してもまるで切りがない――ええい! なぜわしらにばかり群がるんじゃ! あの感染者たちを狙えばよいではないか!

一人の村人が家から匂いの強い食べ物を持ってきて、小隊のいる方向に向かって投げる。

すると鉗獣たちはその匂いにつられ、進行方向を変えた。

[村人C] 奴らを襲え!

[村人C] わ、わしは鉗獣に家じゅうの食いもん食い尽くされたとしても、あの病気にはかかりとうないわ!

[村人C] 貴様ら、どうやってこの村に入ってきた!?

[バイビーク] それは、あなた方が依頼をしたから――

[村人B] 感染者に来てくれなんて頼んじゃいねぇ!

[バイビーク] なぜそんなことを言うのです? 今だってみなさんと一緒に戦っているじゃないですか。

[バイビーク] さっきは家にまで招待してくれたのに……!

[村人B] ――あれは、おまえらが感染者だって知らなかったからだ!

[村人B] 俺たちを騙しやがって! 体の源石を見られないよう、服でしっかり覆い隠しちゃってよぉ、とんでもねぇ奴らだな!

[外勤オペレーターA] なんだって!?

[村人C] 失せろ! あっちへ行け!

[村人C] 鉗獣よ、そやつらを追い払ってやれ!

[オーキッド] ……

[外勤オペレーターA] こんな時に何を言うんだ! 鉱石病は日常的な接触では伝染したりしない!

[外勤オペレーターA] 俺を見ろ。俺は感染者じゃないが、この人たちとはもう何年も一緒に仕事をしている。普通にピンピンしてるぞ!

[村人C] 感染者じゃないだと? ならばもっとイカれておるわ!

[村人C] ビルがまさにそうだった……どういうわけかその病にかかり、体に石が生えてからというもの、劣悪な環境の鉱山にすら受け入れてもらえずに、行き場を失ってそのまま死んでしまいおった!

[村人C] しかもあやつは、死んだあとに体が……ともかくわしらの村は感染者のせいで台無しになったんだ!

[村人C] よくも抜け抜けとこの村に入り込んでくれたな? わしらを病気で皆殺しにするつもりか?

[村人C] 助けに来ただと? 害をなしに来ただけだろう!

[村人C] 全員まとめて出て行け! 貴様らの助けなど必要ないわ!

[外勤オペレーターB] ……オーキッドさん、隊長として指示を出してください。

[外勤オペレーターB] 正直自分はかなり頭に来てます。こんな言い放題を黙って聞いてる道理なんてありません。しかも鉗獣をわざとこっちへおびき寄せるなんて!

[オーキッド] ……

[オーキッド] バイビーク、その一匹を倒したらここを出ましょう。村人たちがそう望むのなら、私たちも無理に留まる必要はないわ。

[オーキッド] 私は高台から下へ向かって撤退する。あなたは防護設備に沿って迂回して行きなさい。車の前で落ち合いましょう。

[バイビーク] どうして……

[バイビーク] どうしてわたしたちが、こんな追い出されるような形で出て行かなければならないんですか……

[バイビーク] ……何も間違ったことはしてないのに!

[バイビーク] わたしたちがここへ来たのは──

強い匂いを放つ食べ物が再び投げつけられ、バイビークの足元に落ちた。それを嗅ぎつけた鉗獣たちは、くるりと体の向きを変え彼女へ這い寄る。

オーキッドはバイビークの周囲に群がる鉗獣をアーツでどうにか撃退する。その攻撃に驚いた他の鉗獣たちは、警戒したのか足を止めた。

[オーキッド] バイビーク、こういうことは時々起こるのよ。みんなただロドスに助けてほしいだけで、資料の説明にちゃんと目を通している人なんてほとんどいないんだから。

[オーキッド] そして今の状況は私たちにとって相当不利なの。ここにいても、村人たちの怒りを煽るだけだわ。

[オーキッド] 万が一、過激な行動に走る人が現れたら、事態はますます悪化するだけ。だから、今は速やかに撤退するべきよ!

[バイビーク] ……

[オーキッド] ……任務の失敗を気にしているのね、バイビーク?

[バイビーク] いいえ! いや、よく分かりません……

[バイビーク] オーキッドさん、これはわたしの初めての外勤任務です……こんな形で諦めたくありません。

[バイビーク] それに――わたしたちは何も間違ったことをしてないのに!

[バイビーク] どうしてですか? みなさんを助けているのに、どうして追い出されなくてはならないんですか?

[バイビーク] わたしは……わたし、以前は鉗獣なんかに遭遇したら、怖くて両親の後ろに隠れてるくらいしかできなかったんです。危害を加えようとする相手を前にしても、ただ、自分の身を案じるだけ……

[バイビーク] だけど、わたし……もうこれ以上……

[バイビーク] 逃げたくありません! こんな風に……追い出される形で去っていくなんて、嫌です!

オーキッドの発するアーツに慣れ始めた鉗獣は、やがて探るように一歩を踏み出す。

バイビークは剣を振り下ろした。まるで目に見えない何かを断ち切るかのように――

彼女はかつて、守るべき者を背に庇い、激昂する群衆の前に立ちはだかったことも、訓練場で幾度となく剣を振るったこともある。

しかし今日の彼女は、己がためだけに、その剣を振るいたいのだ。

[バイビーク] こんなことをするのは、ただわたしが感染者だからなのですか?

[バイビーク] ……感染者であるわたしは、村をめちゃくちゃにしてしまう鉗獣よりも、憎くて恐ろしくて、遠ざければならない存在なのですか?

[バイビーク] 鉱石病はうつることはないと、何度も申し上げているのに……どうして信じてくれないのですか!

その問いには、村人たちは誰一人答えなかった。

この間にも、鉗獣の群れは無限に湧き出て、村の周りに築かれた防御壁を突破した。

バイビークは微動だにせず、ただその場に佇んでいるだけだった。口を固く結び、細身の剣を持ったその手を何度も振り上げてはまた振り下ろす。

[オーキッド] ……

[オーキッド] (……案外強情な子ね。)

[オーキッド] (今回の任務を自身の証明と捉えているんだわ……そこまで自分を追い込む必要なんてないのに。)

[オーキッド] (でもあなたがそうしたいのなら……)

[オーキッド] バイビーク、それがあなたの望みなら、力を貸すわ。

[オーキッド] でもあまり無茶はしないでちょうだいね。ケガをしてるんだから。

[村人A] クソッ、鉗獣の大群が押し寄せて来るぞ!

[村人A] これ以上、村に入れるわけにはいかない。なんとしてでもここで鉗獣を食い止めるぞ!

[村人B] クロスボウやらの得物があるヤツは、後ろに隠れてねぇで戦え!

[村人B] 戸締りはしっかりしとけよ。鍵がちゃんとかかってるかどうかよく確認するんだ!

村に押し寄せる鉗獣はどんどん増えてゆく。その数は当初の予測をはるかに上回っていた。

一人また一人と、村人たちは次々と家を飛び出し、最前線まで進み出た。

すでに撤退を始めていたオペレーターたちは、黙って剣を振り続けるバイビークの姿を見て、大きなため息をつくと足元に放り出した武器を拾いなおした。

[外勤オペレーターB] ……*スラング*、しゃあねぇな!

[外勤オペレーターB] オーキッドさん! 私とパディは設備を補強してきます。このまま鉗獣の侵入を許していては、いずれ全滅ですから。

[村人C] お、おい……感染者どもが近付くんじゃ――

[村人C] ぐわぁ! 足がぁ!

[外勤オペレーターA] ケガをしたのなら下がってろ。

[村人C] よ、寄るな……! 自分で立てるわい!

[外勤オペレーターA] チッ、もともと肩を貸すつもりなんかなかったよ!

[外勤オペレーターA] 防御装置、再設置完了! オーキッドさん、バイビーク、この裏まで下がってください!

[オーキッド] 分かったわ!

[村人B] 一体どこからこんなに! ああもうやってやる!!

[外勤オペレーターA] ……おい! 後ろ!

[村人B] うぉ……ありがとよ! って……

[外勤オペレーターA] 余計なことは言わなくていい。

[村人B] ああ、とにかく、助かった……

[外勤オペレーターA] ぼんやりするな。口より手を動かせ!

[外勤オペレーターB] 他の者も見てるだけか? 口では郷土愛を語っておきながら、いざとなれば戦う感染者に隠れて見てるしかできないのか?

[外勤オペレーターB] もう一度言う、通常の接触で感染を引き起こすことはない! 本気で鉗獣を追い払いたいなら、前に出て戦え!

[村人B] お、俺は……

[村人B] あああ*スラング*、やってやらぁ!

[村人B] これを使え! だ、だが近付くんじゃねぇぞ、そこに立ってろ……投げて渡すから!

[外勤オペレーターB] そんなに怖いなら無理しなくてもいい。別に頼んじゃいない。

[村人B] ……

[村人B] ああ怖いさ、怖いとも! でも俺にだってなぁ……カケラくらいの良心はあんだよ!

[村人B] おまえらはさっき助けてくれた、俺は自分を許せなくなるようなことはしたくねぇんだよ!

[村人B] これは村で自作した匂い袋だ。鉗獣が嫌う匂いだから、少しくらいは役に立つはず。

[村人B] ほらよ――受け取れ!

[オーキッド] ホワイト、そっちに注意して……

[驚きおののく声] きゃぁぁっっ!!

突如上がった金切り声に、全員がその方向を振り返る。そこには一人の少女がバイビークのいる方を指差し、恐怖に震えていた。

その先には、バイビークの背後から鋭い爪を振り上げている鉗獣の姿が。振り向きざまに剣を構えようとするバイビークだが、疲労が蓄積していたせいか体勢を崩してしまう。

迫る凶爪がまさにバイビークに届くその時――一本の矢が鉗獣の急所を穿った。

少女の母親と思しき村人は、空いてるほうの手で震える我が子を背後に庇い、無言でまた弓をつがえ、もう一匹の鉗獣を狙った。

[バイビーク] あ……

[オーキッド] バイビーク! 大丈夫? ひとまず退避して――

[バイビーク] いえ! わたし、平気です。

[村人C] 後ろじゃー! 後ろからまた来るぞー!!

[外勤オペレーターA] わめくんじゃない! 手が空いてるならこっちに来て防御壁を支えるのを手伝え!

[村人C] ――! わ、分かった! うむ……わしは怖くなどないぞ!

[村人C] 余力のある者も手を貸すんじゃ!

[村人C] それから余ってる手作りの大砲も全部持ってこい。多少は役に立つはずじゃろ!

夕方になる頃、鉗獣たちもどうやらこれ以上は進めないと気づいたらしく、のろのろと退散していった。

人々はくたびれた手を止めて、呆然とその場に立ち尽くしていた。先ほどまでの死闘から、まだ現実に戻れていないようだ。

立っているのもやっとなバイビークは、剣を地面に突き立て身体を支えると、村人たちに背を向け、遠くの方に止まっているロドスの車両へ向かって、よろよろと歩き出す。

[バイビーク] ……

[オーキッド] バイビーク! 肩を貸すわ、早く戻りましょう。その傷もちゃんと手当しないと。

その場に立ち尽くしていた村人たちの何人かは、ためらいがちに駆け寄ろうとする動きを見せるも、結局は踏みとどまった。

[村人A] ……

[村人B] ……

[外勤オペレーターA] ……フンッ。

[村人A] これってさ。俺たち、やり過ぎたんじゃ……

[村人A] ……

[村人B] なぁ! おまえさんたち、その、なんだ……

[村人B] 悪かったよ……マジで感謝してる。家に食事を用意してるんだ。もうすぐ日も暮れるし、少し包んでくるよ。帰り道で食べてくれ。

[村人B] ……世辞とかじゃなくて、本気だから!

[バイビーク] ……

[バイビーク] 結構です。それでは、この辺で。

[バイビーク] ……

[バイビーク] オーキッドさん。なぜか急にオーキッドさんお手製のお菓子が恋しくなりました。

[バイビーク] 持ってきていますか?

[オーキッド] ええ、車の中にあるわ。

[オーキッド] 行きましょうか。

[村人A] ……

[オーキッド] はい、これで大丈夫よ。

[バイビーク] ……

[バイビーク] うっ……

[バイビーク] うぅ……

[オーキッド] 辛かったわね。もう我慢しなくていいのよ。泣きたかったら泣けばいいわ。

[オーキッド] すごく立派だったわよ。最初から全部諦めて泣きながら逃げ帰ったわけじゃなく、鉗獣をすべて倒してから、自分の足で歩いて戻ってきたんだから。

[オーキッド] 村人たちの先入観を変え、一緒に戦う気にさせたのだって、あなたなのよ。

[オーキッド] だってあなたがいなかったら、私とほかのみんなはすぐにあの場を立ち去ってたわ。それで帰り道で愚痴を言い合うだけで、何も変えられずに終わっていたでしょうね。

[バイビーク] オーキッドさん……

[バイビーク] 今まで何度も自分に言い聞かせてきたんです。憎しみに囚われてはいけない、自分自身を怪物にしちゃいけないって。

[バイビーク] でも他の人から見れば――鉱石病にかかっていない普通の人たちから見れば、わたしの姿はまさに恐ろしい怪物そのものなんです。

[バイビーク] でも、それは、あながち間違いでも……ないのかもしれません。

[オーキッド] バイビーク……無理に自分を納得させなくてもいいのよ。

[オーキッド] 資料には「隊員には感染者も含まれる」とはっきり記載されているのに、読んでいなかったのはあの人たちよ。ちゃんと目を通してさえいれば、もう少しマシな対応ができたはずだわ。

[バイビーク] ……でもオーキッドさん、わたしは本当にそう思っているんです。みなさんが恐れるのも当然です。だってわたしですら自分の病気が怖くて、憎くて、恐ろしいんですから。

[バイビーク] わたしは引きこもることをやめ、治療のためにロドスに来て、多くの訓練にも参加させてもらい、今日のような機会も頂きました。そのおかげで、自分の心の恐怖とまだ戦えているんです……

[バイビーク] でも、誰しもがそうとは限らないですよね。

[バイビーク] だけど、こんなに頑張ってきたのに、初めての任務で足を止め、来た道をそのまま戻っていくのは、どうしても嫌だったんです。

[バイビーク] ……これは、わたしの独りよがりでしょうか? 村のみなさんは本当に怖がっていたのに、わたしはなんてことを……

[オーキッド] バイビーク、少し横になって休みなさい。色々考えすぎるのは良くないわ。ほら、おやつでも食べて。

[オーキッド] 鉱石病を怖がるのは、病気のことを何も知らないせいよ。でも私たちは、ちゃんと正しい知識を教えてあげたわ。

[オーキッド] 村のみんなだって、落ち着きを取り戻したあとは、ちゃんと納得してくれたでしょ?

[バイビーク] あの人たちは、またロドスに助けを求めるのでしょうか?

[バイビーク] もし、また助けを求めてくれたら……わたしはまだその任務を引き受けたいと思えるのでしょうか?

[オーキッド] それはあなた次第ね。

[オーキッド] 人にはそれぞれの選択があるわ。たとえば私なら、そうね……悩みに悩んだあげく、断るでしょうね。

[バイビーク] ……未来のわたしの考えなんて、今はまだ分かりません。

[バイビーク] 次こそは、わたしたちのことを怖がらなくなるかもしれないし、またのけ者扱いにするかもしれない。もしかすると、「次」なんてそもそもやって来ないのかも……

[バイビーク] だけどわたしは、その「次」が来ることを待ち続けていたいです。

[オーキッド] (お菓子を渡す)

[バイビーク] オーキッドさん、今日はずっと、そばにいてくれてありがとうございました。

[バイビーク] オーキッドさんがいなかったら、もっとバカな真似をしでかしてたかもしれません。

[バイビーク] でも……今回の外勤任務に参加したことは後悔していません。想像していたものとはだいぶ違ってましたけど――

[バイビーク] これからも、頑張り続けたいと思います。

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