aklib_story_局部壊死_6-6_過去を語るな

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局部壊死_6-6_過去を語るな

ファウストとメフィストの幼少期、そして彼らとタルラとの出会い――


[???] イーノ、この本はどんなことが書いてあるんだ?

[イーノ] あ、それは僕が読み終わったやつだよ。サーシャにも読んでほしくて持ってきたんだ。

[イーノ] サーシャならきっと気に入ると思う! この本はね、理想について書いてあるんだ。

[サーシャ] 理想?

[イーノ] うん。

[サーシャ] イーノにはどんな理想があるんだ?

[イーノ] ……うーん、理想か。

[イーノ] 分からない。僕が理想なんて持っていいの?

[サーシャ] もちろんさ、ダメなはずないだろ!

[イーノ] あ、まずい、そろそろ帰る時間だ……。

[サーシャ] 帰りたくないのか?

[イーノ] ……うん……帰りたくない。

[サーシャ] でもイーノは言ってただろ、早く帰らなきゃお父さんに殴られるって……。

[サーシャ] じゃあまた明日な。明日になればまた会えるから。

[イーノ] わかった。じゃあ、パンと本はここに置いとくから。

[イーノ] ……サーシャ、僕、行きたくないよ。きっと痛いに決まってる。今から帰ったって、どうせ殴られるだけだ。

[サーシャ] ……。

[サーシャ] じゃあもし今日殴られたら、明日会った時に俺のことを殴れ。

[イーノ] えっ? ……ハハハ、サーシャ、あいつらとケンカした時に、頭でも打ったんじゃないの?

[イーノ] 君だって傷だらけなのに、殴るなんて。

[サーシャ] でもそうすれば、お前の痛みを知ってやれる。少なくとも俺がその痛みを知ってやれるんだ。

[イーノ] うん、君の考えはわかるよ。でも僕にはそんなことできないよ。

[サーシャ] もし帰り道でまたあいつらにいじめられたら、俺に言ってくれ! 全員ぶちのめしてやるから!

[イーノ] わかった!

[イーノ] じゃあまた明日! 明日も歌を聴かせてあげるから!

あいつが今までどんな目に遭ってきたか、俺は知らない。

俺が知ってるのは、あいつが俺に食べ物を分けてくれること。

俺にも本が読めるように読み方を教えてくれたこと。

あいつらによくいじめられるのは、俺にパンを分けたからだということ。でも俺はあいつより力持ちだから、力の弱いあいつの代わりに殴り返して、そして俺も殴られた。俺が知ってるのは、そんなことばかりだ。

だが、あいつが今までどんな目に遭ってきたか、俺は知らない。

[イーノ] 怖いよ。サーシャ、僕、怖いよ。

[イーノ] 僕はきっと……きっとあの家の子供じゃないんだ。こっそり聞いたんだ、僕のママは……僕のママはもう家にいないって。

[イーノ] あいつらが僕を見る目は、すごく怖いんだ。帰りたくない。もう二度と帰りたくないよ……。

[サーシャ] でも、ここには食べ物も、住むところもない。ここはただの……下水道だから。

[イーノ] 気にしないよ。

[サーシャ] でも……。

[イーノ] ……。

[イーノ] 君も僕が嫌いなの?

[サーシャ] えっ? ……なんでだ?

[イーノ] 僕がいつも笑ってるから?

[サーシャ] いや……そんなはずないだろ。なんでそんな風に思うんだ?

[イーノ] 僕は笑っちゃダメだから。

[サーシャ] そんなことない! イーノはずっと笑ってる方がいい。

[イーノ] そうなの?

[サーシャ] そうさ。

もしあの日……俺が無理にでもあいつを帰さなければ、もしかすると何か変わっていただろうか?

ここが汚くて、寒いからって、それだけの理由で俺があいつを帰らせたせいで?

もしあいつが帰らなかったら、全てが変わっていたのだろうか?

[サーシャ] その怪我! おなかの怪我……一体どうしたんだ、何があった!?

[イーノ] サーシャ……僕はずっと笑ってたよ。

[イーノ] ほら、君が笑ってる方がいいって言ったから……僕はね、今みたいにずっと笑ってたんだ。

[イーノ] ずっと笑って……。

[イーノ] ねえサーシャ、まだ僕の歌が聴きたい?

その後も、あいつはよく俺のところに遊びに来てくれた。

だが、あいつの身体の傷跡は、日を追う毎に増えていった……。

日に日に増えていった。

俺の言葉があいつの行動に大きな影響を与えると分かって、俺は口数を減らすことにした。

だが、それに意味はあったのだろうか?

[サーシャ] その背中はどうしたんだ!

[サーシャ] その背中は……。

[イーノ] ……。

[サーシャ] ……痛むか?

[イーノ] ……。

[サーシャ] このままじゃダメだ。

[サーシャ] 一体誰がこんなことをしてるんだ! どうしてお前がこんな仕打ちを受けなければいけないんだ!

[サーシャ] どんな理由があろうと……そんな奴はみんな消えるべきだ! 誰であろうとそんな奴に生きてる価値なんてない!

[サーシャ] イーノ、俺を連れて行け!

[イーノ] ……うん、わかった。

[サーシャ] えっ?

[イーノ] やってみせるよ。

俺は何を言ってしまったんだろう。

本当はもう何も言うべきではなかったのかもしれない。

俺は何をしたんだ? 俺は一体何をした?

俺もたくさんの本を読んだ。しかし本は何も教えてくれなかった。

何も。

[イーノ] 見て、見てよサーシャ……。

[イーノ] サーシャは言ってくれたよね? 僕を傷つける奴はみんな消えるべきだって。

[サーシャ] ……。

[サーシャ] こっちに来てよ。

[サーシャ] その傷……。

[イーノ] 大丈夫。大丈夫だよ。

[イーノ] こうやって軽く息を吹きかけるだけで……ほら、治った。全部治せるんだ。

[サーシャ] 早く来い、手当をしてやるから! 布、余った布はどこだ……!

[イーノ] あの男に脚を斬られたけど……息を吹きかけたら、治ったよ。

[イーノ] あのおじさんに背中を斬られたけど、少し撫でたら、それも治ったんだ。

[イーノ] 全部、あのデブ女が僕の喉に放り込んだ源石のおかげなんだ!

[サーシャ] もういい、イーノ、もう喋るな……。

[イーノ] もう歌は歌えなくなっちゃったけど、でも見てよ、ほら、全部この源石のおかげだよ!

[イーノ] 今の僕はなんだってできるようになったんだ!

[サーシャ] イーノ!

[イーノ] ……ねぇ、嬉しくないの? どうして? 僕は君の言う通りにやったのに。

[イーノ] どうして喜んでくれないの?

[イーノ] あいつらは、僕が言う通りにすると、いつも喜んでくれたよ。あいつらの言いなりにさえなれば、みんな喜んでた……。

[サーシャ] ……それは、お前の家の奴らはみんなクズだからだ。あいつらはみんなゴミクズだ。

[イーノ] そうだよ!

[イーノ] だからあの子たちにあいつらを殺させたんだ!

[サーシャ] ……なんだって?

[イーノ] 感染者の子たちだよ、あのまだ街の外に追い出されてない感染者の子たち……。

[サーシャ] あいつらがどうしたって?

[イーノ] あいつら、今まで僕を殴ったり、君を傷つけたりしていたけど——

[イーノ] 今のあいつらなんて、チェスの駒と同じだよ。チェス、わかる?

[イーノ] 僕があいつらの怪我を治してやって、何かしろって言えば、あいつらはその通りにやるんだ。

[イーノ] だからあの醜くて気持ち悪いやつらをみんな……みんなやってやったんだ!

[イーノ] サーシャ、どう? 僕、よくやったでしょ?

[イーノ] 全部燃やしてやったんだ! 全部ね!

[サーシャ] ……。

[イーノ] サーシャ、どうしたの?

[サーシャ] もうこんなことはするな……。

[イーノ] でも君が言ったんじゃ……。

[サーシャ] こんなことになるなんて……思わなかった。

[サーシャ] イーノ、これからはお前が本当にやりたいことをやるんだ。こんなことじゃなくて。

[サーシャ] 俺が手伝ってやるから。もうこんなことはしないでくれ。

[イーノ] でも僕……。

[サーシャ] いいから、もうこんなことはするな! お前の本当にやりたいことをやれ!

[サーシャ] 何かを強制させられたり、血や涙を流すことじゃない! 復讐なんかでもない!

[サーシャ] お前はこんなこと、嫌いなはずだろ……!

[イーノ] ……サーシャ……。

[イーノ] 僕……。

[イーノ] 歌を……歌いたい……。

[イーノ] うぅぅ……。

[サーシャ] ……。

俺は何もできなかった。

俺は単なる役立たずだ。

[サーシャ] イーノ……。

[イーノ] でも……僕はもう歌えない。

[サーシャ] 一緒にここから離れよう。生きていくんだ。

[イーノ] 生きていく?

[イーノ] ……そしたら何か良いことでもあるの?

[サーシャ] ……。

[サーシャ] ない。

[サーシャ] だが、俺たちは一緒に生きていけるんだ。

[イーノ] ……それ、何するつもり?

[サーシャ] これは採掘場からくすねてきた源石だ。こいつを売って食い物を買うつもりだったが……。

[イーノ] サーシャ!

[サーシャ] うぐっ……!

[サーシャ] これで、俺たちは同じ感染者だ。

[サーシャ] これからは二人一緒に生きていくんだ。

[???] これまでのことか? あえては聞くまい。

[???] お前がやってきた全てに理由はない。この大地は何か理由があってお前を生かしているわけではない。

[???] 違う。お前には誰かの救いは必要ない……。

[???] 好きな名前を選べ。

[???] これか? いいだろう。

[???] メフィスト……。

[???] メフィスト。これからお前はメフィストだ。これまでのお前とはもう一切の関係はない。

[???] そして私はお前を信じない。お前を信じる権利を持たない。お前を信じてやれるのは、常にお前自身だけだ。

[???] だが、お前がやってきたことが全て消えるわけではない。自らの行いを全て背負うんだ。たとえお前が忘れようが、理解できなかろうが関係ない。

[???] お前がやってきた全て、経験した全ては皆、お前の薪となる。そしてそれらが心の炎を絶やすなと、お前を追い立てる……。

[???] 全ての大地が解放されるまで、お前が与えられたものを全て捨て去るまで、そしてお前がついに自分自身を理解するまで、な。

[???] その時が来たら、お前はこの名前すら捨てることができるだろう。残るか去るか、生きるか死ぬか、自らで選ぶことができるのだ。

[???] メフィスト、私はお前に理想を与えてやることはできない。もしお前にそれがないなら、自らで探せ。我々は自らが自らを救済する。

[???] 私が誰か? それは重要ではない。

[???] 私の呼び名を知りたいのか?

[???] ……タルラ。

[タルラ] 私はただの反抗する者、何の変哲もない一人の人間に過ぎない。私は誰でもない。ただ今は、私のことをタルラと呼べばいい。

そしてタルラは、俺には多くを語らなかった。

ただ俺を抱きしめ、背中を三度叩いただけだった。

タルラは俺を信じてくれた。エレーナにボジョカスティ、リュドミラも、みんな俺を信じてくれた。

あの街で過ごした過去は、頭の隅に追いやっておけばいいと思っていた。

しかし、事態はすぐに変わってしまった。あの村での出来事から。

あれが惨劇だったことは間違いない。だがあの惨劇が、なぜ彼女をあんな風に変えたの?

なぜあんな風に変わってしまった?

[メフィスト] 僕に何かをさせたいなら、言ってくれればいいよ。すぐにやってみせるから……。

[タルラ] 必要ない。お前がやりたければ、やればいい。

[タルラ] 私が許可する。お前はメフィストなのだから。

[メフィスト] でも、前に言ってたのは……。

[タルラ] それはもう何年も前の話だ。

[タルラ] 我々の事業が発展することで、自然と変化していくものもある。

[タルラ] もし情勢についていけなければ、我々はただ淘汰されるだけだ。

[タルラ] つまり我々は、感染者の同胞たちと共に、未来を自ら勝ち取らねばならぬ時期に来ている。

[タルラ] その理想を遂げるためには、誰も自らの犠牲を厭わないのだ。

[メフィスト] 僕はタルラを信じていい、そうだよね。リーダー?

[タルラ] ああ。私はタルラだからな。

[メフィスト] やってみせるよ!

[タルラ] お前ならできる。私は信じよう。

[タルラ] お前がやらなければ、我々の中で誰ができようか。お前は何をしてもいい、そして何もかもやり遂げることができる。

[タルラ] 入れ。

[ファウスト] ……。

[タルラ] 全て見ていたのだろう。

[ファウスト] あんたは誰だ?

[タルラ] 愚問だな。私はタルラだ。

[ファウスト] 昔のあの人は……今のあんたとは違ってた。

[タルラ] タルラはただの名前でしかない。ただの「タルラ」という符号だ。

[タルラ] 彼を手伝ってやれ。メフィストにはお前が必要だ。彼の価値を、お前が見出してやるんだ。彼はお前と私しか信じない。

[ファウスト] タルラはこんなやつではなかった。あんたはあいつの信頼を利用しているんだ!

[タルラ] 今の我々に選ぶ権利はない。

[ファウスト] ……。

[タルラ] お前なら彼のためにやってのけるだろう。全てを。

[タルラ] 彼が死ぬところを見たいのか?

[ファウスト] お前はまだ気付かないのか? あの村の一件からタルラは変わってしまった! 全く別の何かに!

[メフィスト] ああ、知ってるよ。

[ファウスト] じゃあどうしてまだこんなことをしてるんだ?

[メフィスト] 僕は君とタルラ姉さん以外に、誰も信じられないから。

[メフィスト] そして、何をするか自分で選ぶのも嫌だから。

[ファウスト] ……。

[メフィスト] ファウスト、僕たちはこれからどこへ行くんだろう?

[ファウスト] ……生きて……。

[メフィスト] ファウスト、教えて。僕たちはどうすればいいの?

[ファウスト] ……生きていくんだ。

[メフィスト] 生きていくのはつらいことじゃないの?

[ファウスト] ああ、つらい。

[ファウスト] だが俺たちは一緒に生きていけるんだ。

この本は、理想を語ったもの。

そうだ、俺の理想は……。

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